山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜   作:ギノっち@カマタラル

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黄金達の居場所

 

 

 

 

 

「速報です。消息不明となっておりましたトレセン学園所属のウマ娘。ゴールドシップ選手が突如姿を現し、[凱旋門賞]に挑戦すると発表されました」

 

 

「彼女が公に姿を見せたのは実に半年ぶりと長い期間ですが、一体どこで何を―――」

 

 

 ニュースのキャスターが淡々とした口調で原稿を読み上げているテレビの画面。それを後目に、俺は[顔馴染み]の家に赴いて居る。

 木で出来た盤面に駒を弾く音。手慣れた様子の相手に四苦八苦しながらも、俺は次の一手を指そうと飛車を持ち上げたが.........

 

 

「桜木トレーナー。[王手]だ」

 

 

桜木「なに.........?ふむ。確かにそうだ。参った」

 

 

 手本である将棋の教科書と見比べれば、その展開の通りに詰みが出来上がっていた。その盤面を俺と[彼女]の間に立ち、くつくつと笑う存在が居る。

 

 

「おやおや。また負けたのかい?君は頭が切れると思っていたが案外将棋は苦手だったんだねぇ」

 

 

桜木「ビギナーズラックの経験など無い人生だ。今更期待もしてない。お前はどうなんだ?タキオン」

 

 

「彼女は素晴らしいよ。正に神算鬼謀。私にすら思い付かない手で相手を追い込んでくる」

 

 

 盤面の駒を戻しながら対面に座る女性は言った。聡明な彼女が言うのならばそうなのだろう。最も、俺はタキオンと指した事など一度も無いが.........

 将棋トレーニングは良い息抜きになりながらも、視野を広げる訓練になる。狭まった視界をどのようにして広げるのか。自分なりのやり方を模索出来る点が非常に優れている。レースと違って、切羽詰まる事もそう無い。

 

 

 アグネスタキオンは聡明だった。広い視野も類まれなる頭脳も、若き日の当時の俺を優に越していた。故に、このような頭脳トレーニングを施す必要など一度も無かった。

 

 

タキオン「それにしても、私の時ですらやらなかった将棋を今更学びたいとはどういう事だい?わざわざ私の家に来て、[会長]まで呼んで」

 

 

「会長は止めてくれ。タキオン。もう[生徒会]でも[URA職員]でも無いんだ」

 

 

桜木「残した功績が大きいと肩書きを下ろせなくなる。俺も未だに世界に革新を与えた技術会社の代表として見られる。気分が悪い」

 

 

「ははは.........貴方はもう少し素直に受け取った方が良いと思う」

 

 

 俺達の言葉に反応を困らせる女性。冷や汗を流しながらも盤面の駒をもう一度最初の姿へと戻して行く。

 

 

 彼女は[シンボリルドルフ]。かつて俺がまだ若きトレーナーだった頃、[生徒会長]だったウマ娘だ。

 俺自身はウマ娘から手を引いた生活を送ってきたが、彼女の事は嫌でも耳に入ってくる。

 トレセン学園卒業後は有名大学を首席で卒業。その後レース界へ大きな影響を与えるURAに所属。

 その有能さからあっという間にトップに上り詰めた存在。コネクションやレースでの功績もあっただろうが、本人の能力からしても時間の問題であっただろう。

 

 

 現在は後任に任せて隠居生活を送っている.........が、実の所言うとどうやら俺の生存を確認した事がきっかけらしい。

 

 

ルドルフ「貴方とは一度お話したかった。メジロ家とは交流があったが、貴方とは機会が恵まれず.........」

 

 

桜木「当たり前だろう。人の多い所は苦手だ。家族としてならばいざ知らず、公人としてならば俺は埃の積もった狭い部屋を選ぶ」

 

 

タキオン「私の研究室の悪口かい?」

 

 

桜木「そうだ。掃除の時間が増えたお陰で気分転換が捗っていたよ。ありがとうタキオン」

 

 

 皮肉を込めて感謝を伝える。すると彼女は少し顔を歪ませて鼻を鳴らして不服さを伝えて来た。その様子を見てルドルフはまた苦笑いを浮かべる。

 将棋の盤面に目を落とすと俺の分も元に戻されている。こういう気遣いが上に立つ者にあると下も随分と働きやすかった事だろう。

 俺はまた教科書を片手に再戦の合図をルドルフに目で送る。

 

 

ルドルフ「それにしても、将棋を指したいという理由で私を呼んでくれるとは光栄だ。何かあったのか?」

 

 

桜木「なに。随分腕の良いウマ娘が最近チームに入ってきてな。そろそろ俺ともやりたいと言う物だからこうして特訓している」

 

 

タキオン「随分とやる気に満ち溢れているじゃないか。私の頃もそれくらい熱意を持って指導して欲しかった物だがねぇ」

 

 

桜木「持ってたさ。だがそれ以上に俺は弱かった。それだけの話だ」

 

 

 盤面はまた移り代わっていく。テレビのニュースも[凱旋門賞]の話は終えて、今度は[ウマプロレス]の話へと話題が切り替わった。

 映し出されているのは人気の[ヒールウマレスラー]。[ミス・ジャーニークイーン]。レース界を引退した後もその性分を活かせる職につけて俺含めた家族も皆安心している。

 

 

桜木「.........そういえば、うちの孫が[凱旋門賞]に挑戦する話は海外にも届いているらしい」

 

 

ルドルフ「それはそうだろう。彼女達は幾度か出走を経験している。しかも今度は一遍に仕掛けてくる」

 

 

タキオン「ククク、私も耳にしているよ?各国も今回の事で衝撃を受けている。正に[ゴールド・ショック]と呼んでも相応しいくらいにね」

 

 

桜木「悲しい物だな。俺にとっては可愛い孫達だ.........」

 

 

ルドルフ「.........桜木トレーナー。私にも貴方の言いたい事は分かる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「[G・ショック]で、[爺、ショック]」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ククク.........」

 

 

「フフフ.........」

 

 

「.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山あり谷ありウマ娘 外伝

 

 

 黄金達の行方

 

 

 第二話 居場所

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「おっしゃー!!!ジェンティルに勝ったー!!!」

 

 

ドンナ「なるほど.........こういう駒の動かし方もあるのね.........参考になるわ。癪だけど」

 

 

 チームルーム。アタシらがトレーニングの拠点としているこの場所でトレーナー達が来るまでの間、ゴールドシップの奴とジェンティルドンナが一戦交えて居た。

 それを囲んで見ているアタシ。ナカヤマフェスタとウインバリアシオン。そしてジャスタウェイはその内容に驚きを見せていた。

 

 

シオン「凄い.........!なんかテレビで見てるみたいっ!!」

 

 

ジャス「流石シップ〜!!私は信じてたよ〜!!!」

 

 

ドンナ「どうやら、おじ様の前に倒さなければ行けない相手が居たようね.........!」

 

 

二人(.........爺ちゃん(さん)の名誉の為にも、ここで止めておかなきゃな)

 

 

 爪を噛みながら盤面を凝視する貴婦人。その様子を周りにバレない程度に冷や汗をかきながら見るアタシら姉妹。

 爺さんは残念ながらこういうターン制ゲームに滅法弱い。時間制限付きならマシになると思うが、根が優柔不断な分余計な可能性まで換算させちまう。

 しかも運の悪いことに、ジェンティルは爺さんが将棋の強い奴だと勘違いしている。コイツの中では年寄りは皆将棋マニアになっちまってるらしい。何ともステレオタイプな貴婦人様だ。

 

 

ゴルシ「にしてもおっせーな〜トレーナー達。何やってんだー?」

 

 

ドンナ「何してるって、貴女の発言のせいで対応に追われてるんじゃない。中々際どいタイミングだったらしいわよ?」

 

 

ジャス「トレーナーさん達もそうだけど、オルフェーヴルが来てないのが気になるなぁ。どうしたの?先週は来てたよね?」

 

 

シオン「!あ、はは.........」

 

 

 ジャスタウェイの発言で罰が悪そうに頭を搔くシオン。週末を挟んだ月曜日の今日。オルフェーヴルの奴は学園に来ていない。

 寮部屋が一緒のアタシだから把握しているが、完全に仮病だ。そしてその仮病を使った原因は不運にもシオンの奴にある。

 

 

シオン(ねぇフェスタ。オルルっち。まだ落ち込んでる?)

 

 

フェスタ(ああ、結構ガッツリな)

 

 

シオン(うぅ〜.........悪い事しちゃったな〜。こんな事ならいつもの美容院にしておくべきだったっす.........)

 

 

 落ち込んだ様子を見せるが、仕方無い事だろう。オルフェーヴルは美容師になるのが夢だ。色々な美容室に行くのがその近道になり得るし、参考にもなる。最近出来て人気もあるスポットなら行かない手は無い。

 今回ばかりは運が悪かった。そう慰めようとした時、不意にアタシの耳が廊下からの足音が拾った。

 

 

 束の間を作ることも無くその足音は教室の目の前で止まり、直ぐにその扉は開けられる。

 

 

 そこに立っていたのは.........

 

 

シップ「.........誰?」

 

 

ドンナ「入団希望者かしら?ごめんあそばせ。今トレーナー達は出払っておりまして―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オルルっち(姉ちゃん)!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人「.........え゛!!?」

 

 

オル「.........」

 

 

 太陽の色をした栗毛。前髪の部分は白くまるで芦毛を思わせる光沢。そんなウマ娘が立っていたが正真正銘。アタシの妹の[オルフェーヴル]だ。

 

 

フェスタ「だから言っただろ?別に何ともねェって」

 

 

オル「な、何とも無い訳無いよ〜!!皆ウチの事じ〜っと見てきて怖かったもん〜!!」

 

 

ゴルシ「すっげー!!!昔の姉ちゃんだー!!!」

 

 

 他の奴らが知らねェのも無理はねェ。このオルフェーヴルを知ってんのは小さい頃を知ってる家族と幼馴染くらいだ。

 

 

 爺さんの通夜の後。アタシはグレて、コイツは塞ぎ込んだ。一番上の姉貴とゴールドシップだけが唯一まともに育っていった。

 お互い。一番の理解者を失ったのがデカすぎた。姉貴はもうトレセン学園に行ってたし、ゴルシは利口だ。

 

 

 家族に散々迷惑を掛けちまった。そんな中でウインバリアシオン。アタシらの幼馴染が一肌脱いで、丁度いい気晴らしが出来る提案をしてくれた。

 

 

 不良ウマ娘の相手は骨が折れたが、お陰で考え事はしないで済んだ。大きくなって行くグループに現れる猛者達。休んでる暇もねェ。

 だが四六時中狙われるっつうのも大変だ。幸いアタシは地味目な姿だったが、コイツは違う。中々に目立つ見た目だった。

 

 

 だからある日、髪を茶髪に染め上げたんだ。家族に迷惑をかけるかも知れない。祖母にまでそれが届くかもしれない。そう考えたコイツの、初めて自分で決めた行動だった。

 

 

オル「どどど、どうしよう.........ウチ結構この見た目で暴れちゃったから.........昔の話が届いて、最悪退学.........?」

 

 

シオン「そんな事言ったらあたしもフェスタもとっくに退学だよ.........」

 

 

フェスタ「そもそも。母さんが理事長に話を付けた時点でバレてんだろ?気にする事ァねえよ」

 

 

オル「うぅ.........ウチの、アタシの学園ライフが〜.........!!!」

 

 

 ったく。いつまで経っても引きずりやがって.........面倒臭い状態になっちまった。こうなると元に戻るまで時間が掛かっちまう。

 つうか、そもそも休日その頭でずっと出ずっぱりだったしゃねえか。また美容院に行っていたと思っていたが.........

 

 

 それを聞こうと口を開いた瞬間。コイツが背負っていたバッグが不自然に弾み始め、やがてその口を開いた。

 

 

「マイナスシコウダメ。ナニモウマナイ」

 

 

フェスタ「なっ!!?コイツ.........!!!」

 

 

オル「わー!!?ダメダメ出てきちゃ!!!またフェスタちゃんに破壊されちゃうよ!!?」

 

 

「キュートデプリティーナロボジイヤヲハカイスルノカ?」

 

 

ゴルシ「マジでなんだよこの爺やを侮辱する為だけの存在.........」

 

 

 ロボ爺や.........まだ生きていやがったのか.........!!!コイツは爺さんと一緒にハンマーで叩いて分解して学園にあるよく分かんねえ切り株の中に不法投棄したってのに.........!!!

 ま、まさかアソコから這い出てきたのか.........!!?だったらもう一度この手で投げ捨てるまでだ.........!!!

 

 

オル「待って!!!ロボ爺やは良い人だよ!!!」

 

 

フェスタ「良い奴な訳ねえだろ!!!コイツはなァ!!!アタシが勝ったボックスの中にトプシクがねェのをネタバレしたんだぞッッ!!!」

 

 

ゴルシ「うわ.........最悪じゃねーか.........」

 

 

 バッグに伸ばした手を払われる。それがアタシの怒りを増長させてつい怒鳴っちまったが、オルフェーヴルはそれでもひるむことなく両手で守り通し始めた。

 コイツのこんな姿を見たのは初めてだ。他の連中も普段のコイツを知っているせいか、驚いている。

 

 

 何故そんな事をするのか。オルフェーヴルはぽつりぽつりと話を始めた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オル「うぅ.........休みの間にこの髪染め直さないと.........いつもの美容院はお休みだし、どうしよう〜.........」

 

 

 誰にも見つからない朝早く。アタシは日が昇る前の状態で居ても立っても居られなくなってつい寮の外に出てきちゃったんだ。

 ウマフォンで美容院の検索を掛けてもいつも贔屓にしているところは定休日。他のところは評価がイマイチで.........ずっと悶々としていた。

 

 

オル「.........って!!!学園まで歩いてきちゃった!!?やっちゃった〜.........」

 

 

 歩きウマフォンはダメ!!!って言われてるのに、誰も居ないからってついついやっちゃった。いつもだったら電柱に当たってるのに、その日はスムーズに歩けちゃったんだ。

 頭を抱えたアタシは取り敢えず帰ろうと思って回れ右をしたんだけど、丁度切り株の中から声が聞こえてきたの.........

 

 

「助けてくれ〜.........」

 

 

オル「!!誰!!?大丈夫!!?」

 

 

 切り株の中は真っ暗だった。太陽の光も角度的に穴に差し込んでなくて、きっと誰かが落ちちゃったんだって思った。

 アタシは使われていない外のチームルーム。今は物置になっている場所からロープを見つけてその穴に垂らしたの。

 

 

オル「ちゃんと掴んだ!!?引き上げるからね!!!」

 

 

「うい〜.........」

 

 

 人を引っ張り上げるつもりで思いっ切り身体を逸らしたんだけど、それに反してロープに重さは感じなかった。気付いた時にはアタシは思いっ切り背中から地面に転んじゃったんだけど、引き上げたロープの先端にはロボ爺やの頭部が歯でしっかり噛み込んでいた。

 

 

ロボ爺「タスカッタ。カンシャスル」

 

 

オル(.........あれ?さっきまで結構流暢に喋ってたような.........?)

 

 

 切り株の中から聞こえて来た人の様な喋り方じゃなくて、本当に機械っぽい音声が聞こえて来る。さっきのは幻聴だったのかな?って思ったんだけど、とりあえずロボ爺やを地面に下ろした。

 話を聞くと、フェスタちゃんとじいじに解体されちゃったみたい。仕方無いよね。じいじとフェスタちゃん。怒らせたら怖いもん。

 

 

オル「.........あっ!!そうだ!!ねぇロボ爺やさんっ!今日予約空いてて評判の良い美容院知ってる?」

 

 

ロボ爺「ケンサクノケッカ。[アヴェック・プレズィール]ガデマシタ。ヨヤクシロ」

 

 

オル「それ昨日行った所だよ.........」

 

 

 最近評判って噂の美容室。確かに丁寧な接客に美容液とかシャンプーとかの取り揃えとかも凄かった。

 何より、その人の本質を引き立てる感じで仕立ててくれるから、自信が無い子達も自分のままで素敵になれるんだって思える。とても良い所。

 .........でもだからって折角染めた髪を元に戻すのは違うと思うんだ。というかどうやってやったんだろう?化学の力って凄いよね.........

 

 

 そんな悶々としていると、地面に転がっていたロボ爺やが口を開いた。

 

 

ロボ爺「.........オマえのイクべきばショはソコじゃナイダロ」

 

 

オル「え.........え?」

 

 

ロボ?「なにをまよってイル?なにをとまどってイル?じかんはまってはくれないゾ」

 

 

 機械の声に混じる人の声。さっきまで助けを求めていた声と同じ声。どこかで聞いた事あるような.........つい最近まで、知っている人だった声が、ロボ爺やから聞こえて来た。

 

 

オル「.........なんでそう思うの?」

 

 

ロボ?「分かるさ。[俺も]そうだった」

 

 

ロボ?「迷えば迷うほど足が囚われる。どんなに強くたって足を掴まれたら走る所か歩く事すらままならねぇ。今が絶好の[チャンス]なんじゃねぇのか?」

 

 

オル「っ!」

 

 

 そうだ.........今こうしている間にも、ゴルシちゃん達の時間は進んで行く。フェスタちゃんももう覚悟を決めているのに、アタシだけどっちつかずのまんまでいる。

 怖い。辛い。そんな思いを沢山してきたけど、一番怖いのはやっぱり.........自分で何かを[決める瞬間]。全部が自分の責任になる瞬間が.........とっても怖い。

 

 

オル「う、ウチ.........アタシ、は.........」

 

 

ロボ爺「ハヤクシロ。アト40ビョウデカクゴヲキメナイトフユバニホッカイドウノウミデエンエイノケイ」

 

 

オル「北海道!!?行きます!!!アタシそんな事するくらいなら行かせて頂きます!!!」

 

 

 いくらアタシがウマ娘と言っても流石に冬場に北海道の海で遠泳なんかしたら凍え死んじゃう。ロボ爺やの性能上人一人持って飛んで行けるらしいから絶対やらされる。そんな事絶対に嫌だ。

 結局アタシは半ば脅される形だったけど、前々から行くに行けなかった[ある場所]に行く覚悟を決める事が出来たのだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オル(.........暑い)

 

 

 電車で揺られながら多くの時間が過ぎて行った。まだ涼し気だった府中から南に動いて行けば嫌でも暑さを感じさせる。日本は意外と大きいんだって再確認した。

 

 

オル「ねっ、次で降りれば良いんだよね?」

 

 

ロボ爺「ソノトオリダ。ダメムスメ」

 

 

オル「むっ、ダメじゃないもん.........」

 

 

 電車に揺られながら疑問を聞いているうちにアタシのあだ名が決められてしまった。[ダメムスメ]だって。すっごく怒りたかったけど.........何だかその通りかもしれないと思って強く言い返す事は出来なかった。

 

 

 久々に吸った外の空気は爽やかって言うより、じめっとしていた。ここは一足先に夏が来ているみたい。電車の涼しい空気で満たされていた肺の中にぬるい空気が入って行く。

 

 

 それからアタシ達は必要な物を購入してから目的地へと向かった。場所の名前は.........忘れられなかったから。ロボ爺やに頼んで道のりを検索してもらった。

 上り坂を登って、下り坂を下りて、そんな道が沢山続いた。

 

 

 真夏の炎天下に晒されながら歩みを進める。その場所に近付いていくに連れて、心は気温に反してひんやりと冷えて行く。

 

 

 .........怖かった。今までずっと、行かなかったから。もう居ない筈の人に嫌われるのを恐れて、私は怖くて怖くて.........泣きそうになった。

 

 

 でもそれに反して足は止まってくれない。気が付けばアタシはもう.........目的の場所に着いていた。

 

 

オル「.........」

 

 

ロボ爺「ソコニミズクミバガアル。バケツニイレロ」

 

 

オル「!う、うん」

 

 

 指示された場所に向かうと、確かに蛇口があった。バケツを地面に置いて蛇口を捻る。冷たそうな水がバケツの中を満たしていく。

 

 

オル(.........羨ましいな)

 

 

 このバケツは直ぐに水で満たされる。誰の手でも良い。誰かが水を汲んであげればそれだけでいっぱいになる。

 アタシは.........空っぽだ。ここに来てもふわふわしていて、何をどうしたらいいのかすら分からない。

 

 

 アタシは.........どうしたいんだろう。

 

 

ロボ爺「アフレテイルゾ」

 

 

オル「!いけないっ」

 

 

 急いで蛇口を止める。中の水が半分になるように捨てると、地面に飛沫が跳ねて学生服に掛かる。

 .........私服の方が良かったな。なんて思いながら、アタシは半分だけ満たされたバケツを持って場所を移動した。

 

 

 前に一度だけ来た事があった。あれは.........有馬記念が終わった後。真冬の寒い時期だった。

 同じような形の石が積まれていて、苗字が掘られている。そこの下に.........誰かが[眠っている]。

 

 

 ここは[墓地]。死んだ人が.........眠っている場所。

 

 

オル「.........」

 

 

 無数にある墓石の内の一つ。苗字を確認して足を止める。まだ綺麗なお花が供えられていて、最近誰かが来たことを教えてくれた。

 その敷地内に入って、アタシはバケツに汲んだお水にハンドタオルを浸して絞る。

 

 

オル「.........最近、もう暑いよね」

 

 

オル「お姉ちゃんもね?ちょっと大変なんだ。しっぽの手入れとか、お肌のケアとか.........って、男の子に言っても分かりずらいか」

 

 

 日に照らされ続けた墓石は濡らしたハンドタオル越しでも熱かった。でも.........その熱は無機物特有の物で、生きている感触は無い。当たり前の事だった。

 でもアタシの口はその事実を受け入れられない様に良く回る。そんな自分にムカムカとしながらも、今までここに来れなかった分を償う様に.........アタシはその墓石を拭いていた。

 

 

『お姉ちゃんっ!凄いんだねっ!!!』

 

 

オル「.........っ」

 

 

『僕、テレビで見たんだ!!!三冠?って凄いんでしょ!!?』

 

 

オル「.........褒めて。くれたよね。アタシのこと.........」

 

 

 不意に思い出してしまった。昔の大切な記憶。思い出。その中でまだ生きる[男の子]の顔は、とても柔らかく。そして力強い笑顔だった。

 

 

 出会いは.........トレーニングでロードワークをしてた時だった。河原で休んでたらじーっと見つめてくる子が居た。それが.........その子だった。

 

 

 話している内に、アタシはその子の事が気に入った。子供はあまり好きじゃなかったんだけど.........思えばあの子が初めて触れ合った小さい子だった。

 健気で素直で.........アタシの言葉に一々反応してくれる。可愛い子だった。

 

 

『そうだ!今度直接レース見ない?』

 

 

『良いの!!?.........あっ、ごめん。僕ダメなんだ』

 

 

『?どうして?』

 

 

『えっ.........と、わかん、ない』

 

 

 レースを見に来ないかって誘った時。珍しく歯切れの悪い言葉を返して来た。その時は不思議に思ったんだけど、今思えばそれがあの子の出来る唯一の配慮だったんだろう。

 それから直ぐに、その子から引っ越すという話を聞いた。残念に思ったけど、連絡先を交換したから。寂しくはあったけど大丈夫だった。

 

 

 そして。

 

 

 そして。

 

 

 そして.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [―――の母です。今日の午前9時に息子が息を引き取りました]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生きた心地がしなかった。おじいちゃんが死んだって知った時以上に.........ショックが大きかった。

 そしてその子のお母さんがメールで教えてくれた。元々病気を患っていた事。レースを見に行けなかったのは病気で遠出が出来なかったという事。引越ししたんじゃなくて、入院したって言う事。

 

 

 何度も嘘だって思った。けれどいつもあの子が送ってくれるメッセージより漢字が多くて、難しい言葉遣いもあった。その言葉の意味を理解するまで救われていたけど、理解して行く内に救いは無くなって行った。

 

 

 アタシは失意に呑まれて行った。けれど時間は止まってくれない。直ぐに有馬記念があったから.........それだけは何とかしなきゃって躍起になった。

 あの子の事も、辛かった事も苦しかった事も全部忘れてトレーニングした。そしてアタシは勝った。有馬記念で勝ったんだ.........

 

 

 そしてその後。アタシは[抜け殻]になった。

 

 

 何もかもがどうでも良くなって。

 

 

 何もかもがどうにもならなくて。

 

 

 何もかもが.........どうしようも無くなった。

 

 

 この子のせいじゃない。アタシの中の何かがあそこで燃え尽きてしまっただけなんだ。

 それでも、トレセン学園を辞めるという選択も取れず、レースを辞めるという選択も取らずにフェスタちゃんを.........お姉ちゃんを巻き込んで休学した。

 

 

 今までの自分を思い出して、墓石を拭いていた手を止める。それと同時に、これから[やりたい事]を見出す事が出来た。

 

 

 アタシは[取り戻したい]。あの日に失ってしまった時間を.........取り戻したい。

 

 

 かつてあの子にしたように、膝を曲げて墓石と目線を合わせる。静かに目を閉じて両手を合わせてみる。

 

 

 今まで散々怖くて、最初の一回から随分時間が経っちゃったけど.........来てみれば直ぐに伝えたい事が出てきてしまった。

 アタシはその思いを着飾ること無く、記憶の中の子供に言葉をかけた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........お姉ちゃん。もう一回頑張るね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言葉を告げた時。今まで凪いでいた風が吹いた。まるであの子が返事をしてくれたみたいにアタシの頬を撫でて、供えられていた花を揺らした。

 

 

 そして、アタシの背後に誰かが経っている気配に気付いた。慌てて振り返ると、そこには大人の女の人が経っていた。あの子のお母さんだった.........

 

 

オル「.........あっ!アタシ怪しい者じゃなくてっ!!お、オル―――」

 

 

「ふふっ、オルフェーヴルさんでしょ?」

 

 

オル「え.........?ど、どうして分かるんですか.........?」

 

 

 お辞儀をした後に、今の自分の姿がかつての頃と大分変わっていた事に気付いたアタシはそれを弁明しようとした。

 けれどお母さんはそんなアタシの姿を見て笑った後、優しく微笑みながらアタシの名前を言ってくれた。

 

 

「分かるわよ。あの子が大好きだったんだから」

 

 

オル「!.........ありがとう、ございます」

 

 

「良かったわね〜。オルフェーヴルお姉ちゃんが来てくれたわよ〜」

 

 

 あの子に語りかけながらアタシの隣に来るお母さん。用意したお線香を上げながらさっきのアタシみたいに、跪いて両手を合わせている。

 しばらく静かな時間が続いた。お母さんの静かな祈りの時間。届いているのかさえ定かでは無い親子の時間に、アタシは自分の存在その物が異物のように思えてしまった。

 

 

 そんな静かな時間を終わらせたのは他でも無い。あの子のお母さんだった。

 

 

「.........さっきの話。本当?」

 

 

オル「っ、.........はい」

 

 

 背中を向けながら。顔の向きを変えることなくお墓に向けて女性は言った。それはきっと、アタシが[もう一度頑張る]と言った事に対してだと思う。

 どう言うべきか。でもあの子に約束した手前嘘はつけない。少し迷って言葉を探したけれど、結局情けない返事しか返せなかった。

 

 

「そう.........それじゃっ、私も前に進まなきゃねっ」

 

 

オル「え.........?」

 

 

 その場から勢い良く立ち上がり、背中を伸ばす姿を見る。女性はアタシの方へ振り返ると太陽の様な笑顔を向けてくれた。

 それに戸惑っていると、ゆっくりと彼女はアタシの方へ寄ってくる。直ぐにその距離は目の前の物となって、アタシの逃げ場を無くしてしまった。

 

 

「月一で来てたけど、それも今日でおしまいっ。お盆だけにしておくわ」

 

 

オル「あの、どうしてですか.........?」

 

 

「.........ここに来れば、[貴女]に会えると思ったのよ」

 

 

 微笑みながらアタシにお母さんはそう言った。何が何だか分からずに混乱していると、不意に腕を掴まれて何かを握らされる。

 

 

「あの子が貴女にって作ったの。私達にとってはあの子の残した唯一の物だけど.........持ち主は貴女が相応しいと思う」

 

 

オル「.........っ!!?これって.........」

 

 

「[お姉ちゃんは王様なんだ]って、嬉しそうに言ってたのよ?」

 

 

 握らされた手の中の物。指を開けば金色に輝く[小さい王冠]が手の中に眠っていた。

 それを見ると、記憶が蘇ってくる。いつまで経っても絶対に忘れる事は無い、[いつかの次]を生み出す為に[奇跡を超えた].........あの瞬間を.........

 

 

『メジロマックイーンが今―――ッッッ!!!!!』

 

 

『[私達の最強]が今日この日を持って―――ッッッ!!!!!』

 

 

『帰ってきたのです―――ッッッ!!!!!』

 

 

 身体に熱が[蘇る]。燻っていた火種が揺らいでその熱源を強く、大きくして行く。

 誰も到達出来なかった場所。針に糸を通す様な緻密さで、誰にも想像付かない程の大胆さで成し遂げた[あの人達]を.........その背中を思い出す。

 

 

 今はまだ遠い。けれど、その遠さに打ちひしがれては行けない。それじゃあアタシは.........あの子の言う[王様]なんかにはなれはしない。

 

 

オル「.........走ります」

 

 

オル「だから、見てて下さい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アタシの。オルフェーヴルの[レース]を.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 閉じられていた窓を開ける。夏になりかけたこの季節。部屋の中は少し暑かった。

 そんな空気が外に出て行く。カーテンはその風に乗せられて外に出て行くように膨らんで、アタシの背中を押してくれる。

 

 

ドンナ「.........まさか、貴女にそんな事があっただなんて」

 

 

シオン「わ、私も知らなかった.........」

 

 

オル「それはそうだよ。フェスタちゃんとゴルシちゃんにしか話してないもん」

 

 

 気恥ずかしかったんだ。こんなアタシが子供と仲良くしてるなんて.........皆のイメージとは違うかなって、勝手に思ってた。

 けれどどうしてかな。皆に話して行く内に話していないはずのあの子との思い出も.........アタシの中で元通りになって行った。

 楽しくて、居心地の良い[記憶]に.........戻って行った。

 

 

フェスタ「.........んで?どうすんだ?」

 

 

ゴルシ「おう!!走んだろ!!?宝塚か!!?有馬記念か!!?それともダービーかー!!?」

 

 

オル「ふふっ、もうダービーは走れないでしょ?」

 

 

 確かに。ゴルシちゃんの言う通り[宝塚記念]や[有馬記念]を走ろうかなって思っていた時もあった。

 けれどアタシにはきっと、それ以上に走らなきゃ行けない[レース]がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........ううん。[違う]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [勝たなきゃいけないレース]がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一回目は心細くて、皆を思い出している内に[おじいちゃん]まで思い出しちゃった。その時は悲しくて、辛い感情も思い出しちゃった。

 

 

 二回目は一回目を思い出した。あの時負けて.........日本の皆をガッカリさせちゃった。アタシだけが背負っていた訳じゃない。けれど、それでもその思いが強すぎて空回りしちゃった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だからこれは.........アタシの[レース人生]の中にあるたった一つの[思い残し]。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アタシ。取り戻したい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[あの子]の中の、[王様のアタシ]を.........だから―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――出るよ。[凱旋門賞]」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......To be continued

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