山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
先週は北海道からメジステ開催地である大阪に行ってましたので投稿しませんでした…
基本はレース回以外毎週投稿するので許してくだしあ
新学期が始まって1週間。慌ただしい日々と新たな環境にようやく慣れ、落ち着いた日常を取り戻し始めた今日この頃。
昼休みのチームルームにて、私は以前からの日課であるマックイーンくんとのティータイムを開いていた。
マック「まぁ、では桐生院さんにお薬を?」
タキオン「ああ、最初は渋ってはいたが、目の前でトレーナーくんがなんの躊躇もせず飲んでくれたお陰でそれに続いてくれたよ。案外尊敬されているんだねぇ」
マック「それは、まぁ.........私のトレーナーさんですし」
ポッ、と顔を赤らめながらも自信のある表情を見せる彼女。その姿に嫌悪感は抱かない。
.........どうやら、話に出てくるだけではあの何とも言えない感情は現れないらしい。一体何を引き金にして彼への悪感情が発現しているのか.........
マック「?タキオンさん?」
タキオン「っ、いやぁ!それにしても驚いたねぇ![ウマムスコンドリア]がまさか生体の[女性ホルモン]と強く結び付くとは!サンプルでは見せなかった現象だよ!」
危ないところだった。私ともあろう者が彼女に不信感を抱かせる所だった。咄嗟に誤魔化したが、彼女も驚いた様子を見せている所を見るに気付いては居ないだろう。
タキオン(.........だが実際、大きな収穫だった)
手に持ったソーサラーに乗っているティーカップを口に近付けて紅茶を啜る。この件に関しては本当に収穫だったのだ。
[ウマ娘]の身体にのみ存在する細胞。[ウマムスコンドリア]。男性であるトレーナーくんには何度も服薬し、服薬されたが、時間が経てば元の身体に戻る様になっていた。
これはまだ推論だが、活発な[男性ホルモン]。[テストステロン]の効果による物だと思われる。健康体を維持しようとする働きが外部存在であるウマムスコンドリアを排除し、一時的にウマ娘と同等の筋力が発現したとしても元に戻ってしまうのだろう。
そして[女性ホルモン]。特に[エストロゲン]との結び付きが強い。骨の形成に役立ち、自律神経を整わせる事の出来る効果を持つこの細胞と相性が良いのは意外だった。
タキオン(.........だがサンプルで実証出来なかったのが痛い。桐生院くんに使う度に解除薬を作るのは良いが.........アレは中々材料調達に苦心する物だ)
様々な検証を行うには手間が掛かり過ぎる。女性トレーナーは数も少ない上に桐生院くん並の身体能力を持つ者はそう居ない。
良い被検体だと思ったんだが.........これは当分の間仮凍結しておくしか無いだろう。
そう思いながら溜息をつこうとしたが、私より先に深めの溜息を吐いた者が居た。
「.........あの、私は何故呼ばれたのでしょう.........?」
長く黒い髪が顔に掛かりながら、常に見開かれた大きな目が私を睨み付ける。手にはコーヒーの入ったマグカップ。この場には相応しくないが.........私が呼んだのだ。
タキオン「良いじゃないかカッフェ!ゴールドシップくんも不在で退屈なんだよ。付き合ってくれると言っただろう?」
カフェ「.........言ってません」
タキオン「言ったじゃないかっ!私は確かに聞いたよ!!?私とマックイーンくんとの[恋バナ]に参加しないかと」
マック「ぶふぅ!!!どういう事ですの!!?」
タキオン「いや君は普通に喋ってくれていいんだよ。自然と惚気けるんだから」
飲んでいた紅茶を吹き出すマックイーンくん。私の言葉に不服なのか、じとりとした目付きで睨みながらテーブルを拭いている。
マック「コホン、そもそも[恋バナ]という物を貴女とした覚えはありませんけど?」
タキオン「毎日してるだろう。ほら、この前はトレーナーくんの服を買いに行ったと」
マック「それが該当するなら話してるのは私だけですわ.........」
カフェ「なるほど、最近の桜木トレーナーさんはオシャレに見えていたけど.........マックイーンさんのセンスだったんですね.........」
マック「む、その言い方だとまるでトレーナーさんのセンスは無い様に聞こえますけど?」
タキオン「ほら始まった」
堰を切ったように彼女はトレーナーくんのことを話し始める。これを惚気と言わずになんと言う?百人が聞けば百人とも惚気だと言わざるを得ないだろう。
.........だが事実、今の私の癒しと言うのはこれしかない。少しでも彼はマックイーンくんにとって大切な存在なのだと思えば、多少の違和感は何とか出来る.........はずだ。
カフェ「.........あの、私の求めていた物と違った場合はどうすれば.........」
タキオン「聞くしかないだろう。帰ったら後が怖いと思うよ?彼女もメジロのウマ娘だからねぇ.........」
げんなりとした様子を見せながらコーヒーを飲むカフェ。少々悪い事をしたとも思ったが、彼女も進展が余り無いだろう。
このバカップルぶりに触発されて司書くんとの仲が進展してくれれば良いのだが.........まぁ、無ければ無いで別に構わない。
そんな事を考え、マックイーンくんの惚気話を聞く時間が長く続いてくれれば良い。そう思った.........
ーーー
「[AIアプリ]の[解析]だァ〜?」
空き教室の一角。あたしこと[デジたん]。[アグネスデジタル]はある人をお昼休みに呼び出していました。
その人は[エアシャカール]さん。以前トレーナーさんが海外へ行っていた間にチームを支えてくれた優しい方達の一人です。
デジ「お願いします!!どうかお力添えして頂けませんでしょうか!!」
シャカ「理由が分からねェ。ンな事して何になるってンだ?」
その鋭い目を少し鋭利にしてデジたんに向けるシャカールさん。思わず幸せに包まれて鼻血を撒き散らす所でしたが.........今はそんなコメディチックなことをしている場合じゃありません。
デジ「そこをなんとか!!お願いします〜!!」
シャカ「はァ.........あンな得体の知れねェアプリ。入れる訳ねェだろ?」
シャカ「突然公開された[個人サイト]の[AIアプリ]。何の躊躇いも無く入れてるヤツらの気が知れねェ」
手を合わせてお願いしてみますが、シャカールさんは渋りを見せます。
無理もないです。このAIアプリ。正規のアプリストアには無く、突如現れた個人サイトの提供によるもの。その出処も開発理由も明かされず、ただインターネット上に存在しているだけの代物.........
シャカ「第一、調べンには実際にソイツをダウンロードしてみるしかねェ。しかもかなり時間の掛かる作業だ。どうすンだ?」
デジ「そこは大丈夫です。黒津木先生に頼んで使っていないスマホを提供してもらいましたから」
シャカ「随分と用意が良いじゃねェか.........」
ポケットからそのスマホを取り出してシャカールさんに手渡します。アプリを開いてまず確認して見る彼女を見て、やっぱり優しい人だと感じました。
シャカ「.........コイツァスゲェな。デビューしているウマ娘達のデータが詰まってやがる.........っ?」
デジ「.........気付きましたか?」
普段システムを扱っているシャカールさん。あたしですら気付いたんです。その違和感に目を付けるのは当然です。
しばらく操作した後、彼女はため息を吐きながらあたしが渡したスマホをポケットにしまい込みました。
デジ「やっぱり変ですよね?」
シャカ「あァ。演算速度が[速すぎる]。数世代型落ちしてるコイツのスペックで16人分のウマ娘のレース結果。そして勝率分布とその要因の表示に一秒も掛かってねェ」
シャカ「高性能PCならまだしも.........こんな機種でこれは.........[コード]の構成が[今の主流]とは違うって事だ」
頭をかいて面倒くさそうにしますが、既にデジたんのお願いを聞いてくれる流れになっています。
そんなあたしの嬉しそうな顔に気付いたシャカールさんは照れながら捲し立てました。
シャカ「言っとッけどなァ!!!オレはこのコードが気になるだけだからな!!!」
デジ「はいっはいっ♡存じておりまする〜♡」
シャカ「.........チッ、あともう一つ言っておくが、想像以上に時間を掛けちまう。ユーザーデータを取る為にオンライン接続されちまってるから、強制的にオフライン環境作ってそこで擬似的にオンラインを作るしかねェ。バレちまう可能性があっからな」
デジ「は、はぁ.........?」
な、何とも想像が難しそうな単語を.........確かにそれは時間が掛かりそうですね.........ここは気長に待たないと行けません。
そしてそのままシャカールさんは教室を出て行きました。見送る為に廊下に出てその背中を見ていると、やっぱり自分の行動が気に入らないのか一度立ち止まり、むしゃくしゃの勢いのまま頭をかいて足早に去って行きました。
デジ(.........関係無いハズなんだけど、どうも引っ掛かるんだよね〜)
頭の中で組み立てられる展開。トレーナーさんの評価の低下。突然現れた謎のAIアプリ.........無関係に見えるその結び付きがどうにも引っ掛かるんです。
勘。と言ってしまえば心許ない信憑性ですが、どうにもタイミングが良すぎるんです。春休みの間に出たこの[アプリ]と、春休み明けのトレーナーさんの[低評価化]が.........
デジ(それに、極めつけに.........)
アタシがそのアプリに違和感を持った原因。タキオンさんが手に取っているのを見た時に表示されていた[数値]。
それ自体に違和感は無かったんです。でも、クラスメイトの子に貸してもらった時にタキオンさんの項目を見たら―――
―――[クラシック期]の皐月賞までの出走データしか、無かったんです.........
デジ(.........あれ、これもしかして。結構不味い奴.........?)
ひやりとした汗が額から頬へと流れて行きます。その冷たさから事の深刻さを改めて実感し、そして今までの自分の思い込みに対して疑問を提示しました。
何故、[未来]から来たのがゴールドシップさん達だけだと思ってたんでしょう?
よくあるオタクの考察にも満たない突飛な妄想です。現時点で分からないことだらけのこの状況でそれをするのは悪手である。予測癖はあたしの悪い部分で直すべき悪癖です。
そう何度も自分に言い聞かせているのに、あたしの危険度センサーはカンカンカンと音を鳴らし続けます。
材料はあります。タキオンさんのデータは以前、未来へ言った時に聞いた[博士]のお話と一致している。
そして、シャカールさんの行っていた[コード]の構成が今の物と全く違うと言う物。
この二つを合わせてしまえば突飛な妄想も有り得ないの一言で片付ける事が出来なくなってしまいます.........
デジ(.........いずれにしても、シャカールさんが解析を終えるまでは何も分からないけど)
デジ(これはかなり.........危ないかも)
溢れ出る焦燥感。けれどシャカールさんの解析が終わらない限りは行動しようがありません。
仮に分かったとしても.........どう対策をして行けば良いのかすら今は不明瞭です。
兎に角今は、大きな事件が起こる事が無い事を、祈るしかありませんでした.........
ーーー
花道「皆さーん!!休憩タイムに入りますので、トレーニングを一旦中断してくださーい!!」
ウマ娘「はーいっ!」
遠くでウマ娘達を指導する花道。その姿を見ながら俺は沖野さんの隣で談笑をしていた。
沖野「まさかあのお前がトレーナーを育て始めるとはなぁ」
桜木「?意外っすか?」
沖野「いんや。懐かしいと思ってよ」
トレーニングコースの外側。鉄柵に両腕を乗せて空を見上げる沖野さんの横顔を見る。
.........別に俺が[レグルス]を立ち上げて活動してから実質一ヶ月もしていないし、なんなら[スピカ]のサブトレーナーだって継続して続けている。
大袈裟だなぁと思いつつも、俺も少しばかり感傷に浸ってしまっていた。
沖野「お前がマックイーンのプリン食べた時とか」
桜木「そんな事してないっす」
マック「その話。詳しく聞かせてくださいます?」
桜木「う〜んサブトレーナー辞めます〜」
一番聞かれたくない人に聞かれてしまった。ていうか完全なる捏造なんですけど。生まれてこの方人の食いもんに手ぇ出した事は一度たりてない。飲み物はあるが。
何とか弁解をしてみるものの、聞く耳持たずでほっぺを膨らませたまま俺に詰め寄ってくるマックイーン。
最終的にはそのまま俺の事を思い切り抱き締めて顔をグリグリと胸部に擦り付けて来た。
桜木「ごめんっ!絶対食べてないけどごめんっふて!!」
マック「許しません!!今週末はスイーツデートに変更しますから!!」
桜木「それって二日ともですゥ!!?」
マック「違います!!金曜日のトレーニングを終えてからです〜!!!」
沖野「ハッハッハッ!大分頭が上がらなくなってきたじゃねぇか桜木」
桜木「勘弁して下さいよ.........」
ただでさえ彼女の愛くるしさにやられていたんだ。ここ最近その可愛らしさに益々磨きがかかって仕事に支障をきたしている節すらあるのにけしかけるのは酷いと思う。
もしや、俺を辞めさせようとしてるのか.........なんて勘ぐってしまう位には質の悪いイタズラだ。
桜木「はぁ.........皆からはまた変な目で見られるし、沖野さんからも虐められるし。なんだかなぁ」
沖野「?なんだお前、またなんかやったのか?」
桜木「やってないっすよ.........ただな〜んか、昔の[トレーナーもどき]って言われてた時の視線を感じるっつうか.........」
沖野「ふ〜ん.........そういやこの前ハナさんと話した時も、お前の事をグチグチ言ってたな」
二人「えぇ!!?」
なんつってたかな〜。と割と軽く言って頭をかいている沖野さんだが、こちらとしては由々しき事態だ。
[東条 ハナ]さん。チーム[リギル]を指揮するトレーナーであり、全体のトレーニングとレース方針を調整するそのグループのトップだ。
ウマ娘の人数も多い事があり、それぞれのウマ娘にはまた別の担当トレーナーが付いているという珍しい形態でのチーム運用をしている。
そんな凄い人からすら俺の[評価]が下がってしまっている.........これは本当に不味い事になってしまっている.........
「サブトレーナーさん。私走りたいです」
「えぇ!!?まだ休憩時間は終わって.........ちょ、サイレンススズカさん!!?」
桜木(.........何とかしないとと思いつつも、今は[アイツ]の事を考えてぇなぁ)
遠目でウマ娘に振り回されている花道。最速の機能美と呼ばれる程の速さを持つスズカの初速に手が届く訳もなく、その手は空を切り地面へとそのまま身体を伏せる。
そんな彼女に触発され、手渡されたドリンクのボトルをベンチに置いて他の[スピカ]メンバーもそのあとを追う。
やや申し訳なさそうな表情でこちらを見てくる花道。前途多難とは正にこの事だろう.........
沖野「アイツ、良い感じに振り回されてんなぁ」
マック「そうですわね。その点トレーナーさんは上手くやっていた方ですわ」
桜木「そ、そう?」
自信満々な表情で胸を張るマックイーン。こちらとしては割と振り回されていた記憶しかないのだが.........そこは沖野さんも同意見だったようで深く頷いてくれていた。
どうやら俺も中々優秀だったようだ。他の人からそう判断が下されているんだ。ここは素直に受け取っておこう。
しかし、あんなに振り回されるトレーナーと言うのも珍しいかもしれない。それは恐らく、最初の頃に指摘した[視野の狭さ]が起因してしまっているのだろう。
桜木(.........とは言っても、そこの対策は慣れる事しかないし.........)
どうしたものか。そんなに深刻な問題では無いかもしれないが、悠長に事を構えている訳にも行かない。こういう初歩的な部分を見逃すとかえって取り返しのつかない状況になり得る.........
桜木「.........どうしたものかなぁ〜」
マック「.........トレーナーさん。余り根を詰めすぎない様にしてくださいね?」
桜木「うん。でもアイツも、花道もこの[チーム]が好きだって言って来てくれたんだ。だったらせめて、その期待は裏切らない様にしないとさ.........」
勢いで採用してしまったが、彼のその表情と言葉に嘘はなかった。本当に俺のチームが好きで来てくれたんだと思わせてくれた。
だから、その期待に応えたい。裏切りたくない。
花道は桐生院さんと違って本当に新米トレーナーだ。まだ右も左も分かっていない.........けれど、最初の頃の俺なんかよりよっぽどトレーナーとしてしっかりしている。
そんな奴を腐らせる訳には行かない.........そんな事を思っていると、不意に隣からクスクスと笑い声が聞こえてくる。
桜木「な、何さ二人して.........?」
沖野「いんや.........お前さんももう立派なチームトレーナーだと思ってよ」
マック「まだまだ一人でやり抜けようとする所はありますけど、頼りになるトレーナーさんになりましたわね」
桜木「うぐっ.........そりゃ俺だって、君達のトレーナーだし、沖野さんの右腕だった男よ?いつまでも頼りないままじゃ呆れられちゃうっての」
やれやれ。学習能力が無いって母親に言われ続けた約20年間の人生。そこから更に7年近く経っている。自分の事ならばまだしも、他人の人生を背負うならばそれ相応の努力と覚悟はしているつもりだ。
それで変わらないとなればもう死ぬしか無いだろう。完膚無きまでに自分を叩きのめし、来世などという物に手を伸ばさない程に.........
マック「.........マイナス思考になってますわよ」
桜木「.........いいも〜ん。これだけは俺のアイデンティティだも〜ん」
マック「また貴方はそうやって.........」
沖野「おいおい、痴話喧嘩なら歓迎だが普通の喧嘩は他所でやってくれよ?」
デリカシーの無い指摘が沖野さんから飛んでくる。なんだ痴話喧嘩って。その単語よく聞くけど普通に喧嘩するのとどう違うのかが未だによく分からん.........
マックイーンと二人で沖野さんの表情を見つめていたが、先に彼女の方が視線を逸らし、溜息を吐いた。
マック「全く。休日は空けて置いてくださいまし」
桜木「!う、うん」
マック「それと、花道トレーナーも誘ってください」
桜木「うん.........え!!?」
突然の申し出につい返事を返してしまったが、聞こえて来た言葉の意味を理解して驚愕した。
な、なんでそこで花道の名前が.........?も、もしかして俺なんかじゃやっぱり、恋人として不相応だったのか.........?
そんなもやもやとした[霧]が頭の中で発生する。最近はめっきり発生しなくなったが、子供時代は漠然とした不安と共に生まれるそれに付き合ってきた。
俺のあたふたとした様子を見て内心を察したのか、彼女は自分の言葉の足りなさに気付いて謝ってきた。
マック「ち、違います!花道さんが立派なトレーナーになれるよう私なりに考えたんですわ!!」
マック「決して貴方の事が嫌になったとかそういう訳じゃ.........?」
沖野「.........!おお、続けてくれ。痴話喧嘩なら大歓迎だ」
二人「!.........〜〜〜///」
ニタニタとした趣味の悪い笑顔を向ける沖野さん。俺とマックイーンはお互いの思いを見せ合う一部始終を見られて恥ずかしさの余り身を震わせた。
それでも尚、沖野さんはそのやり取りの続きを催促する様に顎をくいっくいっと上げる。その仕草を見て俺達は頬を赤らめたまま顔を見合せた。
沖野「お?なんだ?キスでもするのか〜?ヒューヒュー」
桜木「ええ、しますよ?キス」
マック「でもするのは沖野トレーナーと―――」
「「―――チェストォォォォ!!!!!」」
沖野「べふぅぅぅぅ!!!??」
腹部に刺さる蹴り二連。普通の人間ならばいざ知らず彼は一流トレーナー。ウマ娘の相手をするのだから当然蹴られ慣れている。
特に、現在は不在だがチームのリーダーであるゴールドシップはレースに勝利した際のパフォーマンスで良く[ドロップキック]を浴びせている。片足が地面に着いている分まだ俺達の方が優しいだろう。
マック「.........ほら、ターフとキスしていますわ」
桜木「フッ、流石は一流トレーナー。様になってますよ?沖野さん」
沖野「うっ.........蹴りは、やり過ぎだろ.........」
見事なコンビネーションにより、俺達は巨悪を打ち倒した。
息ぴったりな連携を見せた俺達は普通の恋愛に勤しむ者を冷やかし笑う邪悪を成敗して見せたのだ!
青空に向かって二人で勝ち誇っていると、先程蹴りつけた沖野さんが腹部を擦りながら立ち上がった。流石にしぶとい。
沖野「いつつつ.........からかって悪かったよ。ただマックイーン。お前がどうやってアイツを立派にするんだ?」
桜木「あ、確かに聞きたいな。どうすんのさ?」
マック「ふふん♪それは休日のお楽しみですわ♪」
桜木「えぇ.........って、ちょっと!!せめて行先教えてくれないと何時起きか決めらんないよ!!?」
マック「モーニングコールしますから♪ちゃんと起きてくださいね?」
さっ、トレーニングトレーニング♪と、浮き足立ってこの場を離れるマックイーン。彼女の周りに音符が飛んでいる様に見える錯覚すら感じる。とても嬉しそうなのがよく分かる。
沖野「.........中々大変だな。お前さんも」
桜木「沖野さん.........でも俺、超幸せっす」
あぁ.........去年の今頃の俺はこんな事になっているだなんて想像出来なかっただろう.........この上ない程俺は幸せだ。
きっと俺以上に幸せな奴なんて居ないはずだ。そう思えるくらいには幸せだ.........
そして俺以上にマックイーンの事が好きな奴なんて.........いや、それは言い過ぎか。勝ち負けとかいう概念じゃないもんな。好きって言うのは。
心に生まれた[闇]。俺らしくも無い考えが過ぎったのを振り払った後、未だに振り回され続ける花道のサポートをする為に沖野さんと二人で彼の元へ向かって行ったのだった.........
ーーー
―――ぴと.........ぴと.........
「.........」
水の滴る音。その音を頼りに私はこの[空間]へと意識を向けた。
辺りを見渡すと一面の暗闇。星空さえ存在しないこの空間に何が居るのか.........何となく把握はしている。
けれどそれが本当にそうなのか、確かめなければ行けなかった。
「やぁ.........随分と掛かったね。[始まりのウマ娘]」
「っ、 やっぱり[復活]していたのね.........」
暗闇の中。輪郭すらも分からない何かに脚を組んで座る存在。それだけは光もないのに良く見えた。
そして相手も.........私の視線に対して目を向けて問い掛けてくる。
「ふふ、僕は[人間側]だよ?君の[賭け]が失敗に終わったのなら、僕が勝つべきだ」
「そうは行かないわ。[形]は変わったけれど、私の[夢]は終わってない」
「だったら[寝て見れば]良いだろう?今度は僕の番なんだからさ.........」
薄ら笑いを浮かべる男。いけ好かないその笑みに背中を気色悪い感覚がなぞる。まるで直接指で触れられる様.........
「これは正当で公平な[取引]だった筈だ」
「[人間]を知らない君がこの世界に作れたのは、誰のおかげだい?」
「.........さぁ、誰だったかしら?」
「おいおい。仮にも神様だろう?」
気怠げな声が響き続ける。男は溜息を吐いてその場から立ち上がり、これまたやる気のない様子で指を鳴らした。
するとその傍に最初から居た様な[人間]が跪いて現れた。
「君の世界を[半分]作る代わりに、[計画]が頓挫した場合は世界を[明け渡す]。それが取引の全容だ」
「思い出したかな?[シロ]ちゃん?」
シロ「.........本当、あそこで[彼]を始末していればこうならなかったのに.........」
かつて封印した筈の男。それは[神]の類。この[世界]を作る為に必要な物。[人間]を作る為の知恵を私に与えた存在。
[危険]だと知っていた。だから封印した.........けれど、この男は[原初の繋がり]。誰かが繋がる力が覚醒した時に[強制的]に繋がってしまう存在.........
目覚める事は知っていた。けれどその動き出しが読めなかった。故に、その存在の検知が遅れてしまった.........[神]としてはやはり、この男の方が一枚上手だった。
シロ(.........何が目的かは未だに分からない)
シロ(けれど絶対、止めなきゃ行けない)
シロ(この[世界の為]にも.........)
―――意識を切断し、空間への干渉を止める。目を開いて広がるのは元の草原。
アレの考えている事は分からない。それは当然。生き物がどうなるかなんて分かりっこない。
特に[人間]。そして.........[その始まりの存在]―――
―――[人の子 アニマ]。奴は.........計り知れない。
「シロ様っ!」
シロ「大丈夫。平気よ」
切羽詰まった声が背中に掛けられる。振り返るとそこには[三女神]。そしてこの世界で初めて生まれた[
ダーレー「やはり、動き出したんだね.........」
ゴド「このままだと大変だわ.........」
ターク「しかし今の我々ではどうしようも無いだろう.........」
三人寄れば文殊の知恵。と言うけれど、ここまで何も分からなければ行動に移す事すら出来やしない。
明らかにあの男は[現実世界]に干渉している。せめてその方法さえ掴めれば何とか出来ると思うのだけど.........
レックス「ねぇシロ。[あの子]の力を借りるのはどうだい?」
シロ「あの子って.........ああ、[土着神]ね」
三人「.........」
その言葉を聞いて三人はそれぞれの反応を見せる。顔を悩ませる者。苦笑いを浮かべる者。眉をしかめる者。その様子からしてあまり好かれては居ないそう。
現在日本では[土着神]が居る。ここに居る[三女神]達とは違い、肉体を持って転生する事は一度も無く、そして尚ウマ娘達を見守る[ウマソウル]が何人も.........
彼が口に出したのは恐らくその内の一人。そして彼女達が思い浮かべた一人。
[日本]であるならばその力は既に[三女神]を優に超えてしまっている可能性のある存在。
けれど他の[土着神]とは違い、[務め]を果たす事などしないで気ままに居る存在.........
シロ「.........そうね。でもそれは切り札にしましょう」
シロ「あの子騒がしいから、直ぐに勘づかれるわ」
シロ「やるならそう.........[成り行き]。でね」
これから一体何が起こるのか。それはきっと誰にも分からない。私にも、[あの男]にも.........
けれど確実に[何かが起こる]。全てを巻き込んだ[存亡戦]が、近い内に火蓋を切られる。
[Xデー]。そこが全ての分岐点だと覚悟を決め、私達はその時を待つ事にした.........
......To be continued