山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
春の風が吹く庭園。蝶は舞い、花が揺れる優雅な空間。普段であるならば俺もこの空間に癒され、ただぼーっと空を眺める事が出来ただろう。
だが、それが出来ない現状だ。その理由は.........
「いや〜!まさか桜木さんが来て下さるなんて!」
「今までは[大会]?に行くとかで予定が合いませんでしたもんね」
「本当ですね〜。私、桜木さんって実は存在しないのかと思ってました〜」
桜木「あ、あはは。そんな都市伝説じゃ無いんですから〜.........」
頬が引き攣る。冷や汗が額から流れ落ちて行く。土曜日という一般社会人が無敵になれる日に俺はその中で最弱と成り下がっている。
優雅な時間が流れている。目の前に居る人達はテーブルに置かれた紅茶を美しい所作で飲んでいるが、俺はそれだけでもかなりのダメージを負っている.........
桜木(なんで.........!なんで俺をここに連れて来たんだマックイ〜ン.........!!!)
マック「.........?トレーナーさん?」
桜木「な、何でもないよ.........」
してやられた。そんな思いを乗せた視線を感じ取られてマックイーンから首を傾げられたが、何とか誤魔化す。
クソ.........なんでそんな悪びれずに紅茶を飲むんだマックイーン.........!!!
花道「ん〜.........良い香りですね。イギリス産でしょう?」
桜木(お前も馴染んでんじゃねぇぇぇぇ)
突然連れてこられて一番焦らなきゃ行けない奴が何故か一番馴染んどる。こ、ここは俺も紅茶を飲んで牽制(?)するべきか.........?
いや、まだ熱い.........下手をすると火傷した上に恥をかくことになる。焦っても俺は猫舌だと言うことを忘れてはならない.........!
「桜木さんっ!僕達の名前分かりますか!!?」
桜木(はァ!!?俺の事バカにしすぎ!!!)
突然落とされた爆弾。目の前で[メジロライアン]の隣に座っているトレーナーは身を乗り出して目をキラキラとさせている。さながらハスキー犬の様な男性だ。ライアンも申し訳なさそうな顔をしている。
ククク.........舐めるなよメジロ家専属トレーナー達よ.........俺はこう見えて[敵]の攻略はしっかりとするタイプ。
そう。名前からプロフィール。経歴。趣味。行動範囲まで既に把握済み.........だからこそ今の今までここに俺が姿を現す事が無かった.........この―――
―――[メジロ家]の[懇親会]になァッ!!!
桜木「.........ライアンのトレーナーは[西城]さん」
西城「はいっ!」
名前を呼んだだけで嬉しそうな反応を見せるムキムキな好青年。いや本当に凄いムキムキだな.........どんなトレーニング積んだらそんな筋肉が肥大するんだ.........?ボディビルでもやってたのか?
まぁいい。この誰にでも気さくなオーラが俺の心を窓わせるんだ。俺は陰キャ.........相入れる事の無い世界の住人。
桜木「ドーベルのトレーナーは[早乙女]さん」
早乙女「ふふ、よろしくお願いします」
柔らかい物腰で中性的な顔立ちの男性。初めて遠目で拝見した時はメイクもしてたし、服装も女性の物だったから完全に女の人かと思っていたが.........どうやらドーベルの男性恐怖症を和らげる為だったらしい。
涙ぐましいな.........だがその献身さが俺には毒だ.........
桜木「ブライトのトレーナーは[西園寺]さん」
西園寺「よろしくお願いします〜」
おっとりとした雰囲気を漂わせている人。このメジロ家専属トレーナー達の中では紅一点の女性トレーナー。
この人は良い人だ。だが残念。俺は女性が苦手だ。残念な事にな。
桜木「パーマーのトレーナーは[梅園]さん」
梅園「さん付けしないで良いですよ。僕の方が年下ですから」
この中で一番歳の若いイケメン男子。その煌びやかな容姿から見える綺麗な所作のギャップで頭がおかしくなる。そして雑学を沢山知っていると言う知識的な面もかなり好印象。
.........なんだ。何を言えば付き合いが無かった事の言い訳になる?距離感?そう!距離感!距離感が近い!!それが良くない!!!
桜木「アルダンのトレーナーは[八坂]さん」
八坂「お会いできて光栄です。桜木さん」
品行方正。礼儀と礼節を弁えた大人のトレーナー。
この人は.........良い人だ。悪く言うことすらはばかれる位に.........思ってしまうだけで悪者になってしまう.........
げんなりとした思いのまま最後の人へと視線を向ける。そこにはただ首を傾げて居る人が座っていた。
桜木「.........えっと、それと.........」
「.........なに?」
桜木「.........[ラモーヌ]さんのトレーナーは[神楽]さんでしたよね?」
ラモーヌ「そうね」
.........いやなんで貴方のトレーナーだけ不在なの!!?皆困惑してるんですけど!!!そんなさも当たり前の様な返答しないでよ!!!
マック「.........お姉様のトレーナーさんは多忙で、お茶会には参加出来ないんです」
桜木「!そ、そうだよね。プロウマ娘の担当トレーナーだもんね.........忙しくて当然よ」
ラモーヌ「今日は日帰りで函館レース場まで地方レースを全て見ると言っていたわ」
桜木(あれなんか親近感湧くな)
日帰りで函館なんかいくわけない。それもただレースを見に?絶対に有り得ない。ラモーヌさんじゃないんだし。絶対サボりだね。断言出来る。
.........いや待てよ。相手はメジロ家専属だぞ.........有り得るのか.........?函館だぞ!!?そんな滅多に行けない有名観光地にただレースを、しかもグレードの着いてない重賞も無い地方レースだけを見て帰るんだぞ!!?
西城「あ、どうやら一つ目のレースが始まるみたいですよ」
早乙女「!本当ですね。三番人気の子、やる気MAX.........洋芝のレース見るの久々だから楽しみ.........」
桜木(あ、これマジの奴だ)
不在のトレーナーから送られてきたであろうグループ(俺はやってない(大嘘)と言って入ってない)にメッセージとレースの写真が送られて来た。
お.........俺は今まで.........ありもしない[大会]とかいうふんわり単語で乗り切ってきたってのに.........!!!
俺は.........僕はゴミ虫なんですぅぅぅ.........
マック(.........また落ち込んじゃってるわ)
―――隣に座るトレーナーさん。その表情は少しぎこちないものの、平時のそれと変わりないように見えてしまいます。
しかし心の奥底では、今までの自分の在り方に対して、何かとてつもない程の罪悪感に苛まれている様に思えてしまいます。
うぅ.........年に何度かあるこのお茶会。トレーナーさんが居なくて寂しかった思いを沢山したからと言って、連れて来たのは間違いだったでしょうか.........?
マック「こ、今回はトレーナーさんの予定も丁度空いていましたのでお誘いしたんですのっ!」
マック「それに付け加え、我がチームには新たな新人サブトレーナーが一人。是非皆様からトレーナーという者は何なのかを教えて貰おうと思った次第ですわ」
花道「っ!こ、光栄ですっ!」
ビシッと背筋を正して挨拶をする花道トレーナー。トレーナーさんが新人だった頃もこんな.........
『良いかお前ら。普段のトレーニングで大事なのは[効率]だ。徹底的にサボりつつ最大効率を求めろ』
『もちろん俺にバレたら怒る。バレないように頭使ってサボるんだ。良いな?』
マック(.........う〜ん、結構不真面目さんだったわね.........)
チームと言える程の人数になった時、彼から課せられたのは真面目とはとても言えない練習方法。私自身を含め、多くのチームメイトが驚いて居ました。
しかし、その経験があった事で自分で仕組みや作戦作り。そして駆け引きの中で相手の思考に立つ事の大切さを知って行ったのです。
私もその.........黙ってスイーツを食べてしまっていた事もありましたが.........そのあとのトレーニング量を思い出してみたら、きっとバレていたのでしょうね.........
そんな事はさておき、今は花道トレーナーの事です。
同じ時期にサブトレーナーになって下さった桐生院さんとは違い、彼は正真正銘の新米トレーナー。まだ右も左も分からない状態です。
ここはチームのエースとして、持てる全てでサポートするのが役目ですわ。
我ながら良い案を思い浮かんだと思い、トレーナーさんの方に視線を向けると、少し不満気な表情から微笑みに変えて向けてくれました。
きっと私の思いが伝わったのでしょう。私も頬を緩めてしまいます。
しかし、そんな私達に対して疑問の声を上げる人が居ました。
早乙女「確かにマックイーンさんの案は素晴らしいけど、桜木さんに教えて貰うだけじゃいけないのかい?」
梅園「他の人のやり方を取り入れちゃってチームが上手く回らないって可能性も出てきちゃいますよね?」
マック「そ、それは.........!」
それはごもっともな指摘でした。後先考えずに、行動してしまいました.........トレーナーさんの為に、花道さんの為にと、相談もせずに.........
パーマー。ドーベルのトレーナーさんの指摘に反論は出来ません。私は自分勝手な行動を謝ろうと彼等の方へ向くと、そこには真剣な顔をした彼が真っ直ぐとお二人の方を見ていました。
桜木「花道は一人の[人間]です。個性があって、向き不向きが存在する生き物です」
桜木「俺のやり方を教えても良い。けれどそれだけ教えてそれが向いてなかった時、コイツは逃げれなくなる」
桜木「俺は[ウマ娘]を育てる様に、[トレーナー]も同じ様に[個性]を大切にしてやりたい。やりたい事をやらせたいんです」
桜木「それを、マックイーンは分かって手を打ってくれた」
マック「!」
彼はそう言ってから、勝手な事を言って申し訳ないと頭を下げました。それを聞いたお二人も納得し、こちらこそと言って頭を下げます。
.........そうでした。この人はこういう人でした。ウマ娘の為なら他のトレーナーの力だって借りる。そんな事普通だったら出来ません。
自分のやり方が正しいと信じるからこそ、自分の思い描くレース方法をウマ娘に教える。けれど彼は、どうやれば勝てるのかを徹底的に分析し、自分にそれが出来ないと判断すれば他人に預ける事が出来る。
そして何より.........それを快く引き受けてくれる他のトレーナーが居てくれる。それほどまでに他者との交流を大事にする人なんです。
西城「凄いですね桜木さんっ!もっとお話聞かせてください!」
桜木「え、いや。俺より皆さんの話の方が花道にとって有意義かと.........」
ライアンのトレーナーさんの発言を皮切りに、皆さんが私のトレーナーさんに話題を振って行きます。今まで交流が無かった分を消化して行くように。
そんな光景を嬉しく思っていると、パーマーがいつの間にか私の隣まで移動してきていました。
パーマー(やるじゃんマックイーン♪[愛]の力って奴?)
マック(!そ、そんなんじゃありませんっ!私はただトレーナーさんの力になりたかっただけで.........)
うぅ.........ニヤニヤして私の事を見つめて来て.........こういう時のパーマーは本当に意地悪です。
それに、何故かラモーヌお姉様までお隣に.........見世物じゃ無いですわよ!!
桜木(.........マックイーンも忙しそうだなぁ)
―――終わる事の無い質問攻め。いくら今まで参加していなかったとはいえ、ここまで俺に対して関心があったのは想定外だった。こんな事ならさっさと来ていれば花道の助けになっただろう。
肝心のマックイーンも今はパーマーやラモーヌさん。他の子達にワチャワチャと可愛がられている。あまり見慣れない姿を見れて満足ではあるが、頬を緩ませている状況では無い。
見てみろ。ウマ娘もトレーナー達も皆カジュアルでありながらしっかりとコーディネートされている服を着てるじゃないか。
その点俺は.........赤いジャケットに白いパンツって.........ロックンローラーか何かかよ.........
マックイーンに選んで貰った中のお気に入りとはいえ、別の落ち着いた服にしとくべきだった.........それもマックイーンが選んでくれた奴だけど。
このままじゃ話が終わらない。ここは俺から話を振ろうじゃないか。
桜木「その、そういえば皆さんはどうしてトレーナーに?」
専属「?そういう家だから」
桜木(そうでしたそうでした.........この人達教科書に苗字が乗るくらいトレーナーの名家でしたね!!)
くっ、目の前にいる人達は皆すんごい家の人達だ。正直嫉妬しちまうぜ.........
このお茶会に参加したくない。っていうのはこの人達が嫌いだからじゃない。俺の[コンプレックス]が刺激されるからだ。
ただの一般家庭だったら別になんて事は無かっただろう。だが俺の場合は[底辺]だ。経済的にじゃない。[心]が貧しい時代を過ごして来たと言う意味で底辺だった。
飯が食えないのは良い。服も買えないのも構わない。けど.........自分の身内に、[血]を分けられた存在が最悪だから、俺は自分を[信用]出来ない。
この[血]がいつ目覚めるか分かったものじゃない。自分じゃなかったとしても、自分の[血]を分けた子孫がもし、あんな[クソ野郎]と同じ事をし始めたら.........俺だけじゃなく彼女の、彼女の家の名にも泥を塗ってしまうことになる。
桜木(こんな事考えてるって知ったら皆怒るだろうけど.........)
桜木(.........はは、どうしようも無いな〜。俺)
桜木([離れる]って選択肢は、どうも思い浮かべたくも無いらしいや)
一人で勝手に沈んで、一人で勝手に吹っ切れて。本当に自分勝手な奴だと思う。
けど俺はやっぱり、どう頑張ってもあの子と離れると言う気が起きない。あの子と離れない為に自分を律しし続けるし、この[血]とも付き合う覚悟だって出来る。
桜木「.........でも皆さんには、皆さんにとっての[使命]を持ってこの世界に来たんだって、俺には分かりますよ」
西園寺「うふふ♪そう言われると照れてしまいます〜」
八坂「あはは.........息苦しいのはアレだけど、それがあったからこそ、僕達はあの子達の隣を歩けているんです」
真っ直ぐとした目。そして姿勢が良く物語っている。この人達にとって[トレーナー]とはどうあるべきかを。
普通とは違う。[メジロ]と言う大きな名を背負って居るまだ幼い少女達を共に支える覚悟。それがひしひしと伝わってくる。
隣に視線を流すと、花道もそれに感化されているように思えた。
花道「.........やっぱり、凄いですね」
桜木「ああ、流石はメジロ家専属トレーナー。見習わないとな」
出身や血筋なんかじゃない。[どう在るべきか]というのは、そんなもので決めていい程いい加減な物じゃない。[トレーナー]であるならば誰もが持つべき物だ。
そしてそれは、[他人]からは決して見えて来ない。必ず[自分]の中に存在していて、それを見つけない限りは本当の意味で、ウマ娘と[一心同体]にはなれないんだ。
桜木「なぁ花道。お前はどうしてトレーナーになったんだ?」
花道「!僕.........ですか?」
突然の質問で花道は酷く困惑した。話の振りをいきなり振られたから.........というよりは、どこか言ってもいいのかという彼の遠慮が見て取れた。
それに対し、メジロ家のトレーナー達は花道の表情を優しく、そして真っ直ぐ見つめた。
そんな優しさに背中を押されたのか、花道は次第に口を開いて行った。
花道「.........僕の母は、[ウマ娘]なんです」
花道「生まれつき身体が弱くて、レースとは無縁だったけど.........テレビでレースを見てる時、口にはしないんですけど、何となく羨ましそうに見えたんです」
花道「.........僕は、母を[救う為]にこの世界に来たんです」
桜木「花道.........」
それは揺るぎない決心だった。これを聞いた誰もが、その言葉が本心であると察していた。
母を救う為。大半の子供にとって親というのは初めて出来た一番大切な存在だ。それが例えどんな親であっても例外では無い。
花道は純粋だ。そしてその純粋さが、もしかしたら彼の[視野の狭さ]を作り出しているのかもしれない.........
だけど、それを知ってしまったのなら話は別だ。
桜木「.........だったら、俺らはそろそろお暇しましょうかね」
西城「えぇ!!?もう帰っちゃうんですか!!?」
桜木「ええ。名残惜しいですけど、どうやらコイツはもう[覚悟]を決めてるみたいですから」
俺は席を立ち上がりながら隣に居る花道の方を見る。そして俺の言葉の通り、真っ直ぐとした綺麗な目をしながら俺の顔を見て頷いた。
もうとやかく言う事は無い。それがコイツの決めた道なら、俺はそこまで[連れて行く]だけ。あの子達にしてやる事となんら変わりは無い。ただ[ウマ娘]から[新米トレーナー]になっただけの話だ。
西城「もっとお話したかったんですが.........」
梅園「仕方ないですよ。学園でも会えるんですから」
桜木「そうっすよ。それに次からはちゃんと来ますから」
専属「.........えっ!!?」
俺の言葉に全員驚きの声を上げる。そりゃそうだ。今まで散々[大会]とかいうふんわりとした言葉で断り続けてきたんだ。次は無いなんて思うのが当然だろう。
けれど俺自身、この人達から学べる物は沢山あると知った。トレーナーを初めてもう八年目。それでもこの先続けるには、成長を続けなければやって行けない。
そのまま俺はこのまま帰ることをマックイーンに伝える為に先程まで彼女達が居た方を振り返ってみたが.........
桜木「.........あれ、居ない」
花道「あれ!!?マックイーンさん!!?」
忽然と姿を消してしまっている。一体どこに行ったのかと辺りを見渡していると俺の肩を誰かが叩いた。
振り返るとそこには若干困り顔のライアン達が立っていた。
ライアン「あはは.........マックイーンなんだけど、今ちょっとトレーニング場に居て.........」
梅園「.........あれ、パーマーは?」
八坂「それに、ラモーヌさんも居ないね.........?」
確かに今目の前に居るメンバーにはパーマーもラモーヌさんも居ない。
この場に居ないマックイーン。パーマー。そしてラモーヌさん.........何故かトレーニング場に移動した.........
.........いや、そんなまさかぁ。
オタクの考察にも満たないぶっ飛んだ展開予想を蹴り、俺はとりあえずライアンが指さした場所に目を向けた―――
「はァァァァァァッッッ!!!!!」
―――そこには、先程まで身に付けていたクラシカルな私服からトレセン学園のジャージへと着替えたマックイーン。パーマー。ラモーヌさんがレースをしていた。
桜木(何やってんのあの子)
マック「今日という今日は絶対に許しません!!!お姉様とパーマーと言えども限度がありますわ!!!」
マック「これ以上私とトレーナーさんの[交際]に首を突っ込まないでくださいましッッッ!!!!!」
桜木(何言ってんのあの子!!?)
距離で言えば恐らく長距離だろう。のびのびと自身の得意な先行策の真骨頂を見せながら、バテ始めたパーマーと長距離が苦手なラモーヌさんを引き離している。
あぁ.........これが普通の公式レースだったなら俺は心を滾らせただろう.........マックイーンは強いんだぞと。誰がどう見ても最強なんだぞ。と.........
しかし残念な事にここはメジロ家のお屋敷。そしてもっと残念な事に彼女の声はここまで響いてきてしまっている.........
桜木「.........あ、あはは.........では私達はこれで」
「待って下さい」ガシッ
桜木「ヒェ.........」
強い力によって俺の肩がミシミシと音を立てる。痛みを感じつつ振り返ると、そこにはこわ〜い顔をしたアルダンが立っていた.........
ライアン「さ、桜木さん?マックイーンとその、お付き合いを.........?」
桜木「い、いy「えぇ!!?言ってないんですか!!?」花道ッッ!!!」
アルダン「桜木トレーナーさん。そのお話、詳しく聞かせて頂いてもよろしいですか.........?」
桜木「え、あの、その.........」
凄まじい圧で詰め寄ってくるアルダンとドーベル。顔を赤らめたライアンと一人のほほんとしたブライト。
そして専属トレーナー達は揃いも揃って目を輝かせて俺の方を見ている.........逃げ場は、無かった.........
桜木「.........き―――」
全員「き?」
「―――キスまでですゥゥゥゥ!!!!!」
.........こうして、終わりを迎えそうだったお茶会は結局終わらせる事が出来ず、俺達は夜まで拘束される所か、お屋敷に泊まらされる事になったのであった.........
......To be continued.........?
ーーー
『システム復元。オフラインネット再構築。音声ファイル構成正常化―――』
「.........っ、おいおいマジかよ.........!!」
―――薄暗い部屋の中、少女は一人ノートPCの画面を食い入る様に見ていた。画面に表示される情報量は膨大。その一つ一つを解読するのはとても短時間では成し得る事は出来ない。
パスワードのロックを解除し続け、セキリュティの絡まりを解き続けた結果、ようやく核心部分に手が届く。見た事もない[コード構成]。[システムデータ]。この[AIアプリ]が素人の作った物では無いという事を少女に知らせている。
(マジでありえねェ.........こンなの10年経っても辿り着けねェぞ.........!!)
冷や汗が流れ落ちる。自分のよく知る分野に置ける未知との遭遇。背中に冷たいナイフを突き立てられた様な恐怖を今、少女は感じていた。
次々と開示されて行く情報。システムが起動してからの経過時間。現在のアクティブユーザー数。そのユーザーの分布までもがハッキリと記されている。
(コイツはヤべェな.........思った以上に利用してるヤツが居やがる.........ウマ娘所か、若いトレーナー連中もこぞって.........)
少女は頭を抱えた。少し調べれば怪しいと思えるこんなアプリを多くの者が利用している現状に。
学生であるウマ娘だけならばともかく、良い大人であるトレーナーにも広く普及してしまっている。普通のネットリテラシーを備えて居れば入れはすれども、内容を見て消去するのが普通だろう。
幸い、ベテラントレーナー達はほとんど居ない。トレーナー志望。そして勤務三年目までが一番多い。自分のやり方を確立している者はそもそもアプリを入れていない様だ。
(全く.........選手のデータが所々抜けてる上に、出たレースがチグハグなヤツも居る。信用性に欠けるっつうのに.........)
一通り中身を確認していた少女はその内容を思い出す。それと同時に苦虫を噛み潰したような表情になって行った。
身近な所で言えば[アグネスタキオン]。彼女はクラシックの[皐月賞]以降からのレースデータが存在していない。同じ事例で言えば[ミホノブルボン]もそうだ。彼女も[菊花賞]を終えた辺りで情報が止まっており、[ジャパンカップ]に出場した事実が無くなっている。
極めつけは[トウカイテイオー]だ。[クラシック三冠]を手にした筈の彼女のデータに、[菊花賞]の文字が無い。これ程いい加減な事は無いだろう。
(.........まァ、欲しいデータは貰ったんだ。後はデジタルのヤツに適当に話して―――)
少女の目的はこのアプリの[コード]であった。並外れた演算速度。それを数世代も前の機種で行われている。その事実に惹かれ、彼女はこのアプリの検証。解析を請け負ったのだ。
そしてその目的は達成され、後はもう何も無い。自分の役目は終わっただろう。そう思い、残っているファイルを開いた.........
『[虚構認識改変プロトコル実行]。[現実抵抗値]現在[1.0023H]。ユーザー感度[極低]。睡眠状態を確認。音声を再生します』
『―――[桜木 玲皇]を信用するな』
『彼の者は独善的である』
『あれの語る[夢]は[非現実]に過ぎない』
『何故[夢]を語るか。それは[現実]を何一つ直視して居ないからだ。あれは何一つとして[信用して居ない]』
『全てを信用して居ない。故に信用するべきでは無い―――』
(.........なンだよ、これ)
突如再生された機械音声。その内容は正に一人の男を貶める為の物であった。
何故こんな物がデータ内に.........?しかし普通に考えればそれこそ信用出来ない物だ。普通に聞いた所で何も効力が無い。それどころか不信感を煽るだけの物だ。
しかし.........それが再生される仕組みを少女は見つけ出した.........
(っ、そういう事かよ.........!)
(ユーザーのノンアクティブタイムを計測してやがる.........こっから睡眠時間を個々に算出して.........)
([催眠]してやがンのか.........!!!)
辿り着いてしまった。事の[真相]に.........彼女も気付かなかった訳では無い。一人の男の評価の[低迷]に.........
人物が人物だ。恐らく何かしらをやらかした結果、こうなってしまったのだろう。そう考えていた。
だが蓋を開けてみれば、他人事であるはずなのに怒りを覚えてきてしまう事態に陥っている.........
(.........どこのどいつか知らねェが、気に食わねェな.........)
(こンなスゲェもン作っといて、やる事がこれなのはよォ.........)
(バカにされた気分だぜ.........!!!)
ある意味、このアプリの製作者に対して彼女は尊敬の念を抱いていた。見た事もない構成とデータで作り上げられたAIシステム。これを見て驚かない者は居ないと。
そしてそれを、こんな下らない事の為に、ましてや自分達ウマ娘を利用する形で.........
それが彼女の逆鱗に触れた。使命や責任など自分には無いと思っていたが、こうして目の前に自分の手で作り上げた物と同じ存在。それが全く別方向の意図で生まれ、その隠れ蓑として自分の物と同じ機能を有している事に果てしない程の怒りが湧いたのだ。
(クソ.........これが出回ってもうそろそろ[一ヶ月]になる)
(考えたくはねェが.........[影響]はでかくなってンだろうな.........)
預かっていたスマートフォンの電源を落とし、そして使っていた予備のノートPCのデータをUSBに移動させて初期化させる。
いくら安全を確保しているとはいえ、得体の知れない物を解析し、影響が無いとは言いきれないからだ。
彼女は溜息を吐き、机からベッドの上へと移動する。
これから何が起こるのか.........そんな予想も出来ない事を、無意味に続けながら瞳を閉じて行く.........
そして.........トレセン学園での新学期が始まって、[一ヶ月]が経ったのであった.........
......To be continued