山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
桜木「.........」
.........時計の針が延々と響いている。頭の中はその音を反響させ、ただ広がりを見せている。思考は決して広がってなど行かない。
春を過ぎて五月となった。既に初夏だと言う者もいる。それを疑う者も居る。だが事実、こうして時間は過ぎ去ってしまった。
その結果何が起きたか?
俺の評価は著しく低下した。それはまだ良い。予想の範疇だ。あのまま放置を続ける事を容認したのだ。それを嘆く権利など俺には無い。
だがどうにもそれはあからさまだ。すれ違えば肩がぶつかり、子供達は俺に睨みを効かせ、大人達は舌打ちをする。
以前も[嫌われていた]が.........これほどまででは無かった。
しかし本当に考えるべきはそこでは無い。
それは今朝の事だった。
いつもであるならばトレーナー達は各自の階級に沿った職員室で全体ミーティング。朝礼を行う。学生であるウマ娘達はそれぞれの教室で朝の会を行う。
それを遮るように放送が鳴り響いた。全学生。全職員。直ちに体育館へ直行せよという放送が.........
そこで聞かされたのは、一つの驚愕的事実だった。
『報告ッ!!私、秋川やよいは[URA運営委員会]の命により―――』
『―――数年間のアメリカ出張を言い渡されたッ!!!』
.........突然の事だった。あまりの突然で、けど突然すぎたから、逆に理事長らしいなと思ってしまった。
驚く者が多数だったろう。俺もその内の一人だが.........それでもやはり、その変わらぬ理事長らしさに思わず微笑んでしまった。
そして彼女は、不在の間にトレセン学園を管理する[理事長代理]。そしてその[補佐]を登壇させた。
その人物が―――
「―――失礼するよ。トレーナーくん」
桜木「っ.........タキオン」
トレーナー室に現れたのはアグネスタキオンだった。彼女の登場により記憶は過去を見ることから現在を記録する事に集中し始める。
扉を閉めてからゆっくりと俺の目の前へと近付いてくる。心做しか彼女の表情には若干の苦悶と汗が滲んでいるように見えた.........
タキオン(っ.........やはり、[進行]してしまっている)
―――薄々勘づいていた。こうなる事は明白だった。だが今更止められる様な物でも無い。原因不明の[意識改変]。誰が、何の為に、どうやってそれを行っているのかが掴めないでいる。
.........いや、[一部掴めないでいた]。という表現が正しいのかもしれない。
桜木「.........どうしたんだ?珍しいじゃないか。今のお前が授業サボるなんて」
タキオン「心配無用だよ。単位は取っている。カリキュラム制の優位点は行使しないとただのプログラム制と大差なくなってしまうからね」
軽い言葉であったが、どこかその抑揚に安心している節を感じた。恐らくもう既に、[見知った存在]以外と[話せていない]のだろう。
事態は深刻だ。そしてそれは留まる事を知らない様に深まり続けている。
これを打開するには.........現状を知る事だ。
その一歩として.........
タキオン「.........トレーナーくん。単刀直入に言おう」
「今、私は君を[嫌いになりつつある]」
桜木「.........」
タキオン「.........」
桜木「.........」
タキオン「.........と、トレーナーくん?」
桜木「.........ぅ、ぅうぅぅぁぁあんまりだァァァ」
タキオン「トレーナーくん!!?」
「HEEEEYYYY〜〜〜ッッッ!!!!!」
「あァァァんまりだァァアァッッッ!!!!!」
ーーー
桜木「フースっとしたぜ〜」
タキオン「.........それは良かった」
突然泣き出したかと思えば気付けばケロッとしている。成人男性が声を上げて泣く姿は下手なホラーより恐怖を感じた。
天井を見上げた彼は息を吐いた後、前のめりになって私の方に視線を向ける。両手を組んでまるで秘密の話をする様に。
桜木「それにしてもわざわざ言ってくれるなんて優しいな。タキオン。目の前に居るのも辛いんじゃないか?」
タキオン「そうでも無いさ。[あの時]に比べればね」
桜木「.........あぁ、納得」
[あの時]。その単語だけで彼は意味を察し、その顔を歪ませて両手で顔を覆った。
その様子からまだ彼にとっては苦しい[過去]の様だ。いや.........当たり前か。あれが笑い話になるのなら人生をあと三週巡るくらいはやらないと無理だ。
私の中での[悪感情]の増幅は既にストップされている。これ以上を知らないと言うように、彼に対する嫌悪感は大きくならない。
だが私は.........私達は経験している。[これ以上]を。彼が憎くて憎くて.........それと矛盾するように[救いたい]と思った時期がある。
桜木「それ以上は無いって?そりゃ良い。んじゃ今後一切下がらない訳だ」
タキオン「流石トレーナーくん。[諦める事を諦めた男]は言う事が違う」
そう言ってやると彼は照れくさそうに唇を尖らせた。彼くらいの年齢になるともう少しあしらって対応してくる筈だが、これも彼の良い所だ。子供っぽくて分かりやすい。
だがその実、中々聡明で察しが良い。一を聞けば何も言わずとも十に辿り着く質問を返してくる。
今回はどちらの部分にも助けられている。精神的にも、現実的にも.........
桜木「まっ、天下のタキオン様がこうして行動を起こしたんだ。何か掴んだんだろ?」
タキオン「ご名答。君に一つ確認して欲しい物がある」
―――彼女は俺の事を嫌いだと言いながら、以前とは変わりない様子で話してくれている。
それが自然体なのか意図してそういう風に振舞ってくれているかは分からないが、俺としてはとてもありがたい事だった。
そんな彼女がポケットから取り出したのは一台のスマートフォン。流行に疎い俺でも分かるくらいには古い機種のそれをデスクの上に置いた。
画面には[IMUNI]と表記されており、やがて何かアプリのホーム画面が映し出されて行った。
桜木「.........ああ、最近流行りの[AIアプリ]ね」
タキオン「おや、知っていたのかい?」
桜木「うん。マックイーン入れてるし」
タキオン「そうかそうか.........んっ!!?」
驚いた表情で固まるタキオン。一体どうしたと言うのだろう?
そう思っていたが、直ぐに彼女はこの[アプリ]がもたらす効果を教えてくれた。
それは.........使用者が深い眠りに着いた際に[俺を嫌悪する]様になる[催眠]を施す物だった.........
桜木「そんな.........じゃあマックイーンも.........」
タキオン「あぁ.........恐らくだが」
桜木「そうか.........だったら納得出来る.........」
タキオン「ほう?そういう素振りでもあったのかい?」
桜木「ああ、最近スカートしか履いてくれなくなった」
タキオン「は?」
桜木「俺はズボンを履いた時の脚のラインが好きなのに.........」
タキオン「あぁ.........まぁ、うん。関係ないね」
そうか.........全てコイツが元凶だったのか.........!!!
許せん.........俺の、俺のマックイーンの脚を.........じっくり見る機会を俺から奪い取りやがって.........!!!
桜木「こうなったら直接聞いてやる.........!!!」
タキオン「?直接聞くって.........どういう事だい?」
俺の言葉に首を傾げるタキオン。まぁ無理も無い。この場合の直接聞くと言うのは、この製作者本人に聞くと言う事以外有り得ないだろう。
だがそんなヤツ俺は知らない。故に聞くのは.........[コイツ自身]だ。
俺には[秘密]がある。後天的で偶発的な、ある[特殊能力]がある。それは、[心を持つ者]と会話が出来るという物。
最初の内は単なる妄想に過ぎなかった。ただ単にぶつかった物に謝ったり、手に負えない物を叱ったりとしただけであったが.........気付けばそれは実際に話しかけて来て、俺に助言をくれ始めた。
[
桜木(ほんじゃまっと、ちゃっちゃか聞いちゃいましょうかねぇ〜)
―――言葉のやり取りをする為に、俺はスマホを持ち上げようとした。たったそれだけの事だ.........
けれど事態はもっと大きく動いて、目の前の現実は有り得ない変化を起こした.........
俺の手から.........[鎖]が出ている。
それはスマホを壊すこと無く、その[奥底]へと深く潜って行き.........
そして[何か]と、繋がったのだ―――
―――[強制共鳴]が発動している.........
ーーー
桜木「.........」
―――ぴと.........ぴと.........
水の滴る音が聞こえて来る。目を開ければそこは暗闇.........だけど、どこかの通路だと言うのが分かる。
出口はどこだろう?ここはどこだろう?
そう思っていても出られる事は無い。それだけは何故か分かっていた。
とにかく、道の先へ進もう.........
桜木(うっへ〜.........これがTRPGだったら即SAN値チェック案件だし、SCP物だったらDクラス担当案件なんですけど〜?)
酷い話だ。突如引きずり込まれてこの仕打ち。人に対する所業では無い。
通路は色々と枝分かれしているが、目的地が分からないのなら行き詰まるまで真っ直ぐ行く。
横目でその別れた通路の先を見れば檻があって、人間らしい奴がボーッとしてたり、ある時は万博マスコットみてぇな奴がコミカルな喧嘩をしている。
.........なんだここは。マジでゲームの世界なんじゃねぇのか?
桜木(.........つかAIに繋がった先がこれってどうなのよ?一応科学技術だぜ?)
桜木(こんだけ原始的かつ退廃的な構造だと、桜木さんも流石に未来を悲観するね.........っと)
行き止まりに辿り着いた。普通のそれだったら振り返って他の道を探すだろう。
だがそこには、大きな扉があった。ならば引き返す手は無い。古からのゲーマーはこういった物に後退すると言う二文字は存在していない。
開かぬなら 開くまでやるぞ ケツワープ
そう覚悟を決めてまず挨拶代わりに扉を押した。
―――ギギィ.........
「!.........やぁ、こんな時間に来てくれるなんて嬉しいな」
桜木「.........あっどうも。お邪魔してます」
.........なんか居る。服は着てるけど服としての機能を果たしてない感じのはだけ方してる男の人が居る。
俺は挨拶して扉をそっと閉めた。危ない所だった.........もしかしたら致している瞬間だったかもしれない。俺は寝てする派だけど世の中には座ってする派も居るらしい。臀部までは見てないけど多分してたかも。
.........それにしてもあの人、どこかで―――
―――ドガァッッ!!!
「うお!!?」
桜木「おいおいおいテメェッ!!!夢の中で会った人だろそうさアンタ間違いないさッッ!!!」ビシィッ!
思い出した。いや、何故今の今まで[忘れていた]のかすら理解出来ない。俺はコイツに会っている。最近所か毎晩夢に出てきて俺を鎖に繋いでいる男その人物だ。
人差し指を突き出しながら声を荒らげる。男はびっくりした顔をしているが、その表情は次第に冷静な物に変わって行く。
桜木「テメェの夢の中で俺の事鎖でグルグル巻きにしてただろ!!?」
「.........してたらどうするんだい?」
桜木「火をつけるよ」
「えぇ.........」
ふざけんじゃねぇよッッ!!!こちとらテメェのせいで夜寝ても疲れが取れねぇんだよッッ!!!どういう落とし前付けてくれるんじゃゴラァッッ!!!
と、怒りに身を任せ一発お見舞いしてやろうと全速力でソイツに突進をかましたが.........
桜木「へぶっ!!?」
「.........大丈夫?」
見えない壁に激突した。顔から思いっきり突っ込んだせいか、鼻が痛い。
恐らく敵である筈の男は俺を心配しているのか、椅子から立ち上がって俺の様子を静かに見ている。
「残念だけど、[端末]からじゃ僕には届かない。[ホスト]から繋がらないとここには来れないんだよ」
桜木「っ、じゃあそっから入ればぶん殴れるって訳?」
「理解が早いね。短略的すぎる気もするけど」
最悪だ。こうして目の前に諸悪の根源が居るのに、それに対して俺は何もする事が出来ない。
目的は分からない。だがコイツが何らかの方法で[AI]を乗っ取り、俺を陥れようとしているのは分かった。
.........分かった所で何もする事が出来ない。その一点だけが俺の頭痛の種になる。
しかし目の前の男はそんな俺を見て笑う所か、むしろ残念そうな顔を顕にした。
何故そんな顔をする?そう問う前に男は口を開いた。
「可哀想に。ここまで自力で来れたのに収穫が無いのは残念だろう」
桜木「あ.........?お前、何言って.........」
「これは[ゲーム]なんだ。特別な[シナリオ]を発生させたならそれ相応の対価をあげなきゃ、じゃなきゃやる気が無くなるでしょ?」
.........コイツは、[俺達]とは違う。明らかに価値観と言う物が欠如している。
人らしい見た目でありながら、人ならざる思考をしている。
目的が分からない。意味も分からない。ただ手のひらの上で転がされている感覚。俺達はお気に入りの玩具なのか、それとも単なる暇つぶしの道具なのか.........それすらも教えられない。
ただ分かるのは.........コイツはただ俺達の[人生]を貪り食う[神]。ただそれを[物語]として食うだけ食って満足するだけの存在なんだ。
拳を握り締める。コイツは.........コイツだけは何とかしなくちゃ行けない。痛みは薄れ、代わりに怒りが大きく膨れ上がる。
俺はその場で何とか立ち上がって見せた。男はその姿に感心した様な表情を見せたが、そんな物は俺の怒りを膨れ上がらせるだけの行動だ。
桜木「テメェが何者か.........正義か悪かは関係ねェ.........ッッ!!!」
桜木「気に食わねェんだよ.........テメェの在り方そのものが.........なァッッ!!!」
男に向かって拳を叩き付ける。だがそれもやはり、見えない壁に阻まれて終わってしまう。
叩き付けた部位からは焼けた様な熱が感じられ、やがてガラスに水が張り付いて落ちていく様に真っ赤なそれがドロリと垂れて行った。
「.........凄いね。立ち上がれるんだ?」
桜木「.........へっ、人間舐めすぎ」
「そのままだったら[良い事]教わって終わりだったのに。無駄な事するんだね」
桜木「無駄.........?あぁ、そりゃ[慣れてる]からさ.........」
今まで何度も倒れて来た。何度も転んで、何度も膝を折って、地面に顔を付けちまうくらい打ちのめされて来た。
慣れたさ。そりゃ何度もそんな目にあってきたんだ。あぁまたかって気分だよ。それでも立ち上がってきたから、どれくらいの根気と体力が必要かは分かってんだ。
.........けどだからって、不安が無いわけじゃない。[次]は.........立ち上がれないかもしれない。そんな不安が倒れる度に生まれて来る。
桜木「テメェにゃ分からねぇさ.........いつか立てなくなるって知ってても、今は立たなきゃ行けねェって思う俺のことなんざ.........!!!」
「.........へぇ。それは良い事を聞いたよ。お礼に[プラス]して[情報]と[特典]を渡そう」
嫌な笑みを俺の前で浮かべながら、男は指を弾き鳴らした。その瞬間。俺の背中に何かが[繋がる]感触を感じた。
後ろを振り向くと、部屋の奥。明かりが一切無い暗闇から一本の[鎖]が俺の背中に接続されていた。
ゆっくり.........ゆっくりと力を込められて引き寄せられて行く.........
桜木「ぐっ、ぐぐぐ.........!!!」
「まず一つ目。僕の名前は[アニマ]。[人の子]って呼ばれている。好きに呼んでよ」
桜木「誰がテメェの事を.........!!!第一こっから出たらいつも忘れて.........」
「二つ目。これは[特典]だよ。ここでの[記憶]はこれまでの物、そしてこれからの物も[残してあげる]。頑張り屋さんの君にご褒美だ」
離れる訳には行かない。引き寄せられる力に抗うように前へと脚を進めようとするが、踏ん張り切れずに足裏を擦らせて前のめりに倒れる。
それでも俺は諦めきれない。両手で這ってでもその力に対抗した。
男はそんな俺をまるで楽しむ様にして見ている。膝を折り曲げ、しゃがみこんで頬杖をつく奴の顔は.........俺の神経をとても上手に逆撫でて行った。
「三つ目。これは.........君にとっては悪い事かもね」
「あの[AI]は、[未来]の産物だ。[製作者]は―――」
「―――.........♪」
ーーー
マック「.........」
いつもよりも静かな廊下。帰りのホームルームを終え、いつもであるならば多くの生徒がトレーニングに心を踊らせて、騒がしくも微笑ましい風景がそこらかしこで見れていますが.........今は違います。
ゆっくりとした足取りで、私はチームルームを目指していました。
マック(.........環境の変化。というには余りにも劇的だったわね)
今日起きた事。それは理事長の突然の[海外出張]。宣言から直ぐに彼女は学園の屋上からヘリに乗り込んで行ってしまいました。
そしてその後、現れたのは一人の女性.........[樫本 理子]と名乗った人物は[理事長代理]として[URA運営委員会]から直々に任命された人物でした。
.........極めつけに―――
『その、騙したかった訳じゃ無かったんです』
『ただ.........僕も、[トレーナー]になってみたかった』
申し訳ない顔でマイクを持ち、そう言ったのは他でも無い。先日私達のチームに入ってくださったサブトレーナーの[花道 泰雅]さんでした.........
彼こそが[URA運営委員会]から送られて来た[理事長代理補佐]だったのです。
そこまでは良いのです。ですが所属していたチームからは脱退するだなんて.........せっかくこの一ヶ月で仲良くなれたと言いますのに.........
『.........今日は休んだら?』
マック(!それこそ有り得ないわ。あの人だってきっと傷付いて居るに決まってるもの)
心の中で語り掛ける存在。それは私の[ウマソウル]でした。
自分と同じ[名]を持ち、同じような運命を辿った数奇な存在.........であるのに、この人は私と違って自由奔放ですし、神出鬼没ですし、偶にキザったらしくて何を言ってるのか分からなくなります。後ファッションセンスが壊滅的です。
.........確かに彼女が案じる程にショックを受けました。裏切られた気分です。でもトレーナーさんはきっと私以上にショックを受けている筈です.........
あんなに新しいチームメンバーを迎えようと躍起になっていたんですもの。こんな結果になってしまって.........
マック(こういう時こそ、恋人である私が彼を慰めてあげるんです!)
『.........』
マック(大丈夫ですわ、トレーナーさん。貴方は素敵でカッコよくて、愛嬌のある人ですから、直ぐにチームに入ってくれる人が出て来るはずです)
桜木(マ)[うう、ありがとうマックイーンチュッチュ♡]
マック(やん♡皆さんが見てる前で.........んもう♡チュッチュ♡)
『.........バカに漬ける薬は無いってよく聞くけど、これは本当に薬が効かないレベルね』
ふふん、何とでも言いなさい。私とトレーナーさんの愛は不滅.........誰の手にも引き裂かれる事の無い[糸]で結ばれているのです.........
.........っと、そう考えている内に気が付けばチームルームの前まで来ていました。
マック「失礼しますわ」
桜木「おっ、やっほ〜マックイーン」
マック(あら?)
読んでいた本から視線を上げて彼は気怠げに私に手を振りました。その様子から見てもショックと言う物は無い様子.........
他の方々も普段と変わりなく過ごしています。私の考え過ぎだったのでしょうか.........?
そこまで考え、ならば私もいつも通り過ごそうと食器棚に置いてあるティーカップを取り出し、ポットのお湯を沸かそうとしました。
そこに二人。またチームメンバーが入ってきます。
桐生院「お、おはようございます.........」
ミーク「.........ず〜ん」
桜木「あら、桐生院さんにミーク。随分打ちのめされてるわねぇ〜」
わざとらしい女性口調を披露しながら彼は立ち上がり、くねくねとお二人に近付いて行きます。
仲の良い人達にはこういう振る舞いを偶にしますから、私達は特に気にしません。
そしてお二人もその内情的にもそれに反応をする事はありませんでした。
桐生院「その、知ってたんですか.........?花道トレーナーの事.........」
桜木「え?そりゃ知らなかったさ!俺も今朝聞いてびっくり!」
桐生院「そ、そうですよね.........」
桜木「ホントホント。チーム所属は取り消しますって、いきなり過ぎるよな〜」
桐生院「あっそっちですか!!?」
驚きの声をあげる桐生院さん。それを聞いて彼は首を傾げました。
.........まぁ、彼は殆どこの[世界]。[トレーナー業界]とそれに付随する様々な[問題]について知らずに来たのですから無理もありません。
[URA運営委員会]と[トレセン学園]は切っても切れない関係性があります。
表向きこそ、お互い干渉し過ぎずに居る様に見せていますが、その裏でどれほどこの[学園]が振り回されてきたのか.........[メジロ家]もそこに少なからず関与しています。
桐生院さんはその彼の能天気さに疲れた様に息を吐き、手持ちの鞄を新設されたデスクに置きました。
桐生院「.........彼が[URA職員]だったなんて、知りませんでした」
桜木「そりゃそうさ。アイツが隠したがってたんだから。知る必要なんて無いだろ?」
桐生院「っ、でも!!!」
桜木「でももへったくれもありません。[大人の世界]にゃそりゃそういう問題も沢山あります。けどここの[主役]は学生である[ウマ娘]達です」
桜木「その子達を[良い大人]にするんだったら、まず[俺達大人]が、そういう癒着だの何だのに囚われてちゃ行けないの〜」
彼は優しくふざけた口調でありながらも、至極真面目に自分の意見を述べました。それを聞いて彼女も思う所があったのでしょう。私達とハッピーミークさんの姿を見てから俯きました。
そして俯く彼女をフォローする様に、彼は胸ポケットから一つの[駄菓子]を取り出しました。
[ココアシガレット]。その箱を開けて彼女に差し出しました。
桜木「例え誰であろうと俺は構わない。このチームが好きになってくれたんなら、俺はそれに全力で応えるだけだ」
桜木「さっ!自由時間は終了っ![宝塚記念]も近いんだから、少しペースを上げてトレーニングするぞっ!」
手を叩いて先程までの空気を一変させるトレーナーさん。それを合図に他の方々も暗い空気を払拭し、その表情を輝かせて彼の話に耳を傾け始めました。
マック(ふふん♪流石私の玲皇さん.........素敵っ)
「―――」
マック(真剣な顔もおふざけしている時の顔も好き.........♡)ウットリ
「―――ン」
マック(あ、あんな顔で迫られたら.........わ、私の心臓が〜〜〜///)ジタバタ
「―――クイーン!マックイーン!!」
マック「ハッ!!」
わ、私とした事がつい我を忘れて妄想に耽ってしまっていました.........彼に名前を呼ばれるどころか、肩をゆすられるまで気付かないだなんて.........
こ、これでは彼の事を怒れないではありませんか.........
マック「ご、ごめんなさい.........」
桜木「良いの良いの。そういう日もあるしょ?」
彼は優しく微笑んで私の頭を撫でてくれました。その手つきにまたうっとりとしてしまいます。
うぅ.........ここは学園ですのよ.........?そんな事されてしまったら私だって抑えが効かなくなってしまいます.........
マック「.........んっ」ギュ
桜木「お、今日は積極的だね」
マック「貴方が行けないんです〜!」
全く!油断も隙も無いんですから!皆さんが居ないお陰で発散出来て居るのに、居たら危うく我慢し過ぎてトレーニング中に爆発する所でしたわ!!
.........そうやってしばらくの間彼に抱き着いていました。ようやく心は落ち着きを取り戻し、平常に戻ったので彼から離れます。
マック「.........すみません。落ち着きましたわ」
桜木「了解。じゃあマックイーンの今日のトレーニングについて話すね」
そうして、彼は話を聞けていなかった私にもう一度トレーニングの内容を事細かく教えて下さいました。
ーーー
タキオン「.........」
学園の廊下を一人歩く。心の内には[彼]に対する悪意を渦まかせ、それを抑え込みながら静かに息をする。
納得が行かない。彼の下した判断に、私は一種の憤りを感じていた.........
『.........タキオン。この一件からは手を引こう』
『は.........?何を言って―――』
『これ以上は[ダメ]だ。俺に何かあるまで行動するな』
彼はあの時、私がデスクに置いたスマホを返して席を立った。それっきりあの会話の続きは発生しなかった。
私はそれを問い詰めるために今、またチームルームを目指している。
タキオン(全く、何年一緒に居ると思っているんだ?私の性格なんてとっくに把握しているだろう?)
残念ながら彼に説教をされる筋合いは無い。何も言わないならば言うまで追求する。それが私だと言うのを知っていながら、敢えてその選択肢を取ったのだ。
ならばここで優位に立てるのは私だ。それを容認させ、今度こそあの固い口をこじ開けて見せる。
そう考えながら、私はチームルームのドアに手を掛けたが.........
「―――花道ッッ!!!」
タキオン「―――ッ、階段か!!?」
響き渡る声。彼の物だと直ぐに分かる。しかもその感じとしてかなり切羽詰まっていた様だった。何かがあったに違いない。
私は直ぐに、その声が聞こえてきた階段を駆け上って行った―――
花道「せ、先輩.........?」
―――[見つけた]。どこを探しても見つからなかったが、今こうして無事に見つける事が出来た。
階段の上から俺を見下ろす様に、そしてどこか怯えた目付きで俺を見ている花道。今はただ、聞かなければ行かない事がある。
桜木「悪いな。大きな声出して」
花道「いえっ、僕の方こそ.........逃げてしまって.........」
桜木「お前に一つ聞きたい事があるんだ」
俺はそう言って花道に近付いた。けれどそれすらも恐れるように花道は一歩後ずさる。
花道「すいませんっ!それは.........出来ないって.........」
桜木「.........[誰に]?」
花道「.........え.........っと」
歯切れの悪い回答。右往左往する瞳。俺は決して逸らす事はしない。
今はまだ、分からない。この現状を作り出し、そして誰が全てを操っているのか.........何を使っているのかすらも。
だがそれでも、着実に近付いて来ている。
俺の[心]は.........確かに[気付いている]。
桜木「.........花道、お前はそれが本当に自信を持って、[正しい]って言えるのか?」
花道「え.........?」
桜木「自分の子供や、大切な人に胸張れるのか?」
花道「それ、は.........っ」
苦しそうに言葉を捻り出そうとする。コイツも今、何かと戦っている。それを手助けする事は出来ないが.........俺はコイツを信じている。
コイツは良い奴だ。真っ直ぐな奴だ。純粋すぎて周りが見えなくなっちまうくらいに.........だから、信用出来る。
言葉を探し続ける花道に俺は近付いて、その肩に手を置いた。
花道「っ!.........[声]が、聞こえるんです」
桜木「[声].........?」
花道「最近になって、いや.........アレは確か[事故]の後.........うん。そうだ。[手術]の後には何も.........」
桜木(.........まさか)
花道「.........!!?桜木さん!!?」
[事故]。[手術]。断片的な言葉だが、それだけあれば不明瞭な輪郭の[真実]には辿り着ける。
俺はコイツの手を握って、静かに目を閉じた―――
「.........」
―――そろそろだ。僕の[脚本]が遂に始まる。完璧な形で.........
人は良く[嘘]をつく。僕はその[嘘]が大好きだ。人間が最も人間らしく、他の地球上の生物から掛け離れる瞬間は[嘘]をつく時だ。
そしてそれは[中身]が伴っていない.........人間は[中身]を大事だと思っている。
僕はそうは思わない。大抵の生き物は確かに[檻]より[中身]の方が本質だけど、人間に関してはその逆.........
そう。まるで[創造物]の様な―――
「―――ジャンッッッ!!!!!」
「っ!!?」
―――聞こえるはずの無い声が聞こえて来る。しかも背後からだ。絶対に有り得る筈がない。
僕は急激に迫り来る足音に急かされる様に慌てて振り返った。
「ケンッッッ!!!!!」
「な―――」
―――駆け抜けて、飛び掛かる。相手は最早意表を突かれ過ぎて防御を取る事すら出来ていない。
振り被った拳。[現実世界]とは全く感覚の違う重力に従いながら、俺は全力でそれを.........
「グゥゥゥゥ―――ッッッ!!!!!」
思いっきり、奴のいけ好かない顔に捻り込んだ。
「―――っ、ぐぅ、ぁぁぁあああ.........!!!!!」
地面に後頭部を擦り付けた後、痛みを感知したのだろう。両手で顔を押さえ付けながら呻き声を上げて地面にのたうち回る。
桜木「へっ。[神様の顔面にドデカイ一発]。こりゃプラチナトロフィーだな」
「フゥゥゥ!フゥゥゥ!」
桜木「よう神様。さっきぶりだな」
ゆっくりと後退りしながらも、片手を地面に着いて立ち上がろうとする。顔面を抑えた手からは鮮血が絶え間なく伝い流れており、地面に赤色を広げて行っている。
それでも奴の目はどこか嬉しげで.........荒い呼吸音から感じ取れる感情とはどこかギャップがあった。
「.........また会えて嬉しいよ」
桜木「俺もだ。今度は[対等]に話つけようぜ」
男はニタリと笑う。それに気圧されればあちらのペース。それに呑まれないよう俺もなるべくニヒルに笑った。
「それにしても驚いたよ。[ホスト]に接続してくるなんて」
桜木「俺もさ。始めはデケェPCを家に持ってんのかと思ったら、[聞こえる]っつうんだから.........まさかと思ったら[その通り]だったよ」
開示されていく情報。濁流のような展開。その中で思考停止せずに動ける方法は一つ。情報を[捨てる]事。付随する不要物は一度頭の隅に追いやる事で頭がクリアになる。
神だのなんだの、AIがどうだのと多くの問題や情報が出てきたが.........やってる事は[レース]の為のトレーニングと差して変わらん。
桜木「[花道]が[アプリ製作者]。最初に聞いた時は驚いたが、それだけだ」
「へぇ?それだけ?」
桜木「アイツの人間性には関係無い。[真実だけ]を突き詰めるなら過去や過程は邪魔になる」
いつも彼女達に対してやっていることだ。頑張ってきたから。努力してきたから。そんな主観的な過程では[結果]は直結しない。必要な物は逆算した物だけ。
もちろん彼女達も思考するし生きている。そこで折り合いを付けて共に生活して行くのがトレーナーだ。[結果だけ]では[夢]とは語れない。
桜木「.........さて、[隠しシナリオ]を二つもゲットしたんだ。[ご褒美]はあるんだろう?」
「.........ククク、そうだね。それも良い」
「でも[ダメ]。[今日]は閉店だよ」
―――突然、桜木さんが僕の腕を掴んで来ていた。
何が起きているのか分からないまま困惑していると、不意に頭に声が響いてきた。
『現在、76.3%の確率で貴方は捕縛されます』
『完全に脱する為には以下の行動が最適です』
『[桜木 玲皇]を突き落とす』
花道(!!?そんな.........!!!)
そんな事は出来ない。この人は僕にとって憧れの人で.........話が出来るだけでも素晴らしい事なんだ.........
この人の、この人の[力]を借りればきっと.........
『このままでは貴方の[正体]がバレてしまいます』
『先程提起した行動を推奨します。成功確率は100%です』
―――もうどうする事も出来やしない。きっと信じて貰えない。僕の身の上話なんて、どこの世界でも笑い話にされるのがオチだ。
それどころかきっと彼は怒るだろう。ふざけた事を抜かすなと。それは暗に、僕の[思惑]の全て。この[世界]に来た意味を全て水の泡にする想像だった.........
花道(.........[IMUNI])
花道(もし彼を突き落としたとして、僕の[理想]は潰えるかい.........?)
『いいえ。私の指示通りに動けば必ず達成出来るでしょう』
.........そうか。君の言う通りにすれば、僕は[救われる]のか。
[IMUNI]。僕がこの手で作り上げた[AIシステム]。[自立思考型確率演算ユニット]。それが.........僕の[頭]に埋め込まれている。
間違いなんて無い。それは今までの人生で経験してきた。これに従って失敗した事なんて一度も無いんだ.........
.........だから―――
「―――ごめんなさい」
「―――っ、え」
―――視界が突然明るくなる。先程まで見えていた薄気味悪い男の表情ではなく、目の前には酷く焦燥しきった花道の顔が見えて居た。
そしてその、うるりと揺らぐ瞳の奥に.........狂気の浮かんだ笑顔を向ける奴の顔が見えた.........
桜木(っ.........厄介だなこりゃ.........!)
必死に頭を回転させた。打開策。対抗策。強行策。全てに置いて時間的クオリティが足りていない物が頭の中で展開されて行く。
地面に落ち切る前にまだ時間はある。身体は平常。非常事態によってアドレナリンが大量に生産されて現実的時間が遅行するくらいには。
.........おかげで、一つの案が俺の中で[可決]された―――
「トレーナーくんっ!!?」
声を荒げ駆け寄ってくる存在。アグネスタキオン。切羽詰まり涙さえ滲ませている姿は中々にレアだ。写真が取れれば黒津木の奴に高く売れただろう。
.........しかしその表情に、どうやら悪感情は感じられない。突然の場面で[洗脳]を振り切ったか.........どちらにせよ良い傾向だ。
だが残念な事に.........いや、[幸い]な事に彼女は間に合わない。俺はそのまま階段の踊り場に向かって落ちて行く。
俺の中で[可決]された[案]。それは―――
―――[今考えても仕方ないから、取り敢えずそれっぽい音出して気絶した振り]。だ。
―――ドタァンッッッ!!!!!
タキオン「―――.........」
―――大きな音が響き渡る。成人男性が無抵抗なまま数メートル。重力によって地面に落ちた音が私の目の前で耳に入ってくる。
どんな実験結果よりも衝撃的で、あまりにも非現実的.........研究者でありながら、私は目の前の現実を受け入れられなかった。
タキオン「.........おい、トレーナーくん」
タキオン「なぁ、何を黙っているんだい.........?」
タキオン「悪ふざけだろう.........?君はそういう、質の悪いイタズラが好きだから.........」
何度も身体を揺する。呼吸音は聞こえる。脈拍は正常。だと言うのにまるで死んでいる様に肉体は脱力しきっている。
そして気付けば、私の中で[彼]に対する[悪感情]は消えていた。目の前の衝撃的な現実による影響かも分からないが.........今はそんな事を考えてしまう自分に[悪感情]が湧き上がった。
一度、彼が落ちてきた上の階に目を向ける。人影は無い。あの[アプリ]の影響を受けた第三者なのか。それとも.........あの花道くんなのかすら判断がつかない。
だが.........そんな事はどうでもいい
タキオン「くっ.........ふっ.........意識の全くない、肉体はっ、聞いていた通り想像以上に重いね.........!」
寝ているのとは訳が違う。そんな状態の彼を私は担ぎ、階段を降りた。
向かう場所はただ一つ。[保健室]。あそこにさえ辿り着けば、彼の親友である宗也くんが今の彼を見てくれる筈だ.........!
タキオン(ふふ.........トレーナーくん、もし君がこれを予期してああ言ったのなら.........)
タキオン(私は一層、君の事が[嫌い]になりそうだよ.........!)
心の中で彼への悪態をつきながらも、どうもどこか楽観的である。ここに来てまた彼の悪い癖.........思考が移ってしまったのかもしれない。
どこまで行っても視界は塞がれていない。それどころか明瞭さすらまである。何処までも広がる世界。分からない事と言えば.........私達がどこへ向かい、何に辿り着くのか.........
桜木(.........)
―――身体が振動を感じている。薄らと片目を開くと、俺はどうやらタキオンに運ばれている最中だった。
彼女に対して申し訳ない気持ちが生まれるのと同時に、それ以上に喜ばしい気持ちが溢れ出した。
最早そこに、殆どの人間に見向きもしない彼女は存在していない。どこにでも居る普通の少女であり、義理や恩を確かに感じてそれを返し、通す事の出来る存在になっていた。
桜木(.........さて。問題は山積みだ。目的も分からねぇ神.........確か[アニマ]と言った)
桜木(それと[花道]。アイツは普通の人間だ。だがこの先、それが[当てはまらない]事態に陥る可能性だってある)
―――二人は真っ直ぐと目の前を見ている。お互い見えている世界が同じなのか、それとも別なのかはハッキリと分からない。
何を見ているのかすら理解し合っていないだろう。
だが二人は同時に、同じ事を思考した―――
([奪われた]のは[翼])
(それと.........[プライド]か―――)
―――そして奇しくも、その目は[似通っていた].........
第百九十話
気付いたら皆に嫌われていて後輩も後輩もチームを抜けていた話
第百九十話
気付いたら皆に嫌われていて[蠕瑚シゥ縺ォ遯√″關ス縺ィ縺輔l縺ヲ縺?◆隧ア].........
第百九十話
気付いたら皆に嫌われていて[後輩に突き落とされた話].........
......To be continued