山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
チーム[レグルス]
昨今のレース業界の賑わいはやはり[アオハル杯]の開催が大きいだろう。
その中でも注目されるべきチームが三つある。
一つはDivision.Aのチーム[ファースト]。現在トレセン学園の指揮を取っている樫本理子理事長代理がチームトレーナーを務めるグループである。
バランスの取れたチームであり、作戦も磐石。統率力、練習意欲も大いにある。
このチームがこのDivisionを抜けるのはそう難しい事では無いだろう。
二つ目はDivision.Bのチーム[リギル]。このチームは特殊な参加方法を取っており、何と別れての参加となっている。
所属人数が現在トレセン学園にあるチームで最も多い上に、今回は外部からもメンバーを募っている。その全員を参加させる為の戦略だと東条トレーナーは語ってくれた。
メンバーは正に強豪揃い。[無敗の三冠バ]であるシンボリルドルフを筆頭に、レース慣れしているメンバーが在籍している。
付け入る隙があるとするならば[チーム戦]という部分一点だろう。
そして三つ目は同じくBのチーム[レグルス]。今大会で最も注目した方が良いチームだ。
統率力。練習意欲。チーム力。正直言ってどちらのチームよりも劣っていると言わざるを得ない。
しかし、それでもこのチームは[全戦全勝]を堂々と目標に掲げ、その為に手段を選ぶ事をしない。
揺さぶり、思い込ませ、そして裏切る。たったの一レースで見せる幅の広い戦略はどのチームにとってもかなりネックになるだろう。
そして、相手の[急所]を突くと言ってもいいほどの精度を誇る作戦立案。全てが[桜木トレーナー]の物だと言う。
理由は不明だが、未だに表に出てこない彼の現状から人々は、数多の策略で相手チームを破壊する彼の事をこう[表現]し始めた。
[戦慄の魔王]。と.........
(―――ダッ.........)
ビール(ダッッッセェェェ.........!!!)
―――時刻、10時30分のコンビニの雑誌コーナーに俺は居た。アオハル杯初戦から二日。そろそろ他チームの具体的なレース運びも出てくるだろうと思い、こうして雑誌にて情報収集をしに来たという運びだ。
しかし残念な事に、大体の雑誌は注目チームの事しか取り上げていない。こういうトーナメント制の大会は注目されていない所にコロッと負ける可能性があるので、出来れば情報は欲しい所ではあった。
だがそれはまだ良い。問題はこの.........ダッサイ[二つ名]である。なんだ[戦慄の魔王]って?今どきの中高生ですらもっとマシな厨二病ネームを付けるぞ。最初に言い始めた奴誰だ?ぶち殺すぞ。
そう思い、俺はエゴサをした。確かに多くの人々が魔王だの悪魔的だの俺達の戦略にやんややんやと言っている。
その中で一番古い発言をした奴を見つけ出したが.........
黒津木✓[レグルス強すぎ。これもう魔王だろ]
カム[戦慄の魔王.........まぁハメツノオウとかって名前をDSネームにしてたくらいだし妥当か]
ビール(おいザケンナッッ!!!せめて鍵で会話しろタコッッ!!!)
何といつもの二人組であった。ふざけてる。プライベートな話を鍵すら掛けずにSNSで話しているのである(俺の黒歴史付き)。
終わってる。モラルが終わってる.........
『これは.........今更ではありますが、やはりあの方々との関係性を見直してはどうでしょう?』
『あァ?でも聞いた話じゃ相当助けられてンだろォ?コイツの性格からして無理なンじゃねェか?』
ビール(マックイーン慰めて.........)
『(キュン)!可哀想なトレーナーさん.........♡よしよし♡』
ビール「!ふふ、ふ!」
『気持ち悪い.........』
後ろから彼女が優しく包み込む様な形で俺を抱きしめながら頭を撫でてくれるマックイーン。そのあまりの気持ちよさについ赤ちゃんのような笑い声を出してしまう。
やはり母性は恐ろしい.........なんせ三十路手前の男を一瞬で赤子レベルの精神性まで叩き落とすことが出来るのだ。かの赤い彗星もこの母性中毒になってしまう理由もよく分かる。
そんなこんなで少し落ち着いた所で、俺は[本命]を探す事にする。それはもちろん[月刊トゥインクル]。その中でも俺の一番信頼出来る[乙名史記者]の担当するコーナーが目当てだ。
彼女の熱量とそれに突き動かされた取材によって生み出される情報は誇張表現も多分に含まれてはいるが、それを抜けば真実が浮かび上がってくる。それも100%の真実だ。
そう思い手に持った雑誌を戻して目を凝らした所。不意に俺のスマホに着信が入る。その着信先を見ると[桐生院]さんからだった。
桐生院「もしもし。桜木さん?」
ビール「コホン。なんでしょうか?桐生院[トレーナー]?」
桐生院「あっごめんなさいっ!ビールさんにお伝えしたい事がありまして、実は.........」
ーーー
二人「.........」イライラ
ウララ「シリウスちゃん?どうしたの?」
シリウス「.........何でも無い」
ファイン「シャカールもそんなにイライラして.........あっ!お腹空いてるの?これは私のカップ麺だからあげないよ!!」
シャカ「いらねェよ!!つかお前桐生院にもお前のトレーナーにも食事量抑えろって言われたばっかだろ!!!」
ファイン「ふーん。ラーメンは別腹だも〜ん」
昼休みのチームルーム。普段の[レグルス]だったらあまり気にならないが、多くなった人員のせいで多少窮屈になって来ている。
そのせいか身体を動かしたい奴らオペラオーの奴を筆頭に皆こぞってグラウンドの方へ行きやがった。小学生じゃねぇんだぞ。
普段だったらそれでも良いが、今日は違う.........
「皆お待たせ〜。[魔王の使い]のビールちゃんですよ〜っと」
ふぅ。とため息を吐きながら赤いキャップ帽を脱ぐウエスタンビール。余程大切な物なのか、普段の粗雑さを感じさせない丁寧な扱いでフックに引っ掛けた。
ファイン「[FATAL FURY]?[凄い怒り]って事?」
ビール「そうそう♪俺はこの復讐を果たして見せるぜー!っていう感情が現れてるよね〜。二番目のお気に入り帽子だよ♪」
ファイン「へー!じゃあ一番のお気に入りはどうしたの?」
ビール「あげちゃった。[NEOGEO]帽子」
奴は何の気なしにそう言ってドカッと椅子に座った。夏の暑さにやられてうちわを仰ぐ姿はやはり娘というよりは[中年男]と言える程のだらしなさがある。
.........実年齢的に考えればまだ若いと思うのだが.........
ビール「.........それにしても二人ともピリピリしてるねぇ。どしたの?話聞くよ?」
シリウス「どうしたもこうしたもあるか.........」
シャカ「[お前のせい]で、俺達は注目されちまッてンだよォ.........今までの事も全部パァだ」
ビール「ふーん。何だ。別に良いじゃん。[全戦全勝]。それを目指すんだったら遅かれ早かれこうなっちゃってたんだし、あ、もしかして案外シャイだったのかな〜?」
二人「ぶっ飛ばすぞ」
ビール「おぉ怖.........はいはい。黙りま〜す」
コイツ。本当に事態が分かってんのか.........?
注目を集めるってことは対策を立てられるって事だ。今回はほぼノーマーク。相手はレースの為の作戦を立てて来たが、次回からはそうも行かない。前回以上の対策を立ててくるだろう。
何より厄介なのが[一回]で終わらない事。二回戦。三回戦と続く度に時間は長引く。その分相手にチーム戦の経験が蓄積されてどんどん手強くなってくる.........
そうだって言うのに、この[バカ]は素知らぬ顔で椅子に座り込んで天井を見上げている。
シリウス(コイツ.........前から思っていたが危機感がねぇのか.........?)
そうこうしている内に昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴る。これで暫くは私達もここには来られない。
午後の授業の為にチームルームから出て行くと、奴はやはり気ままそうな様子で私らに手を振って見送ったのだった.........
ーーー
午後の授業が終わり、普段のチームだったら即ミーティングからの即トレーニング。それが勝利に直結する唯一の時間の使い方だと俺は思っている。
しかし、今日は違う。朝に桐生院さんから連絡があり、今日は用事があって皆チームルームに留まっていた。
桐生院「こちらです」
「ありがとうございます」
ビール(来たな.........[乙名史]さん.........)
扉を開けた桐生院さんに一礼し、チームルームに居る俺達に向けても会釈をする記者。[乙名史 悦子]さん。
[月刊 トゥインクル]で記事を書いている人で、その高いクオリティの内容からトレセン関係者からも評価が高い人だ。
乙名史「本日はお忙しい中、取材を引き受けて下さり誠に感謝いたします」
ウララ「乙名史さんっ!今日もよろしくねっ!!」
乙名史「はい。ウララさんの事も沢山書かせて頂きますね♪」
長い付き合いだからか、既にうちのチームメンバーとは完全に打ち解けている。ライスは未だにインタビュー慣れこそしてないものの、乙名史さんとは既に素で話せる程の顔見知りになってはいる。
そんな彼女が現在のチームメンバーの顔ぶれを見て、少し面白そうだと思わせる表情を見せるが.........見知った顔を探した自分自身に寂しさを滲ませていた。
乙名史「改めまして、本日はよろしくお願いいたします」
全員「よろしくお願いしますっ!!」
そんな表情も一瞬だけ。誰にも気付かれない内に彼女は仕事の顔へと戻る。
ペンとメモを手に取り、一人一人的確に、誰もが気になっている事の奥深くを簡潔に聞いてくる。
乙名史「チーム戦という事ですが、自分の勝ちだけが絶対では無い。という感覚は競技者にとっては余り慣れていないように思えます。タキオンさんとシャカールさんはどう思われますか?」
タキオン「私としては普段通りやるだけだよ。[可能性の追求]。それが私単体からチームメンバーに範囲拡大されただけさ」
シャカ「俺は元々ワンツーマンだったからな。チームってのも慣れねェ.........が、データとサンプル収集には事欠かねェ。研究するならチームの方が効率的だ」
乙名史「なるほど。確かにデータやサンプルは多く確保出来るでしょうね。しかし、自分の勝利がチームの勝利に直結する。というのも中々重たい環境に思えます。そこはどうお考えでしょう?」
デジ「た、確かにとても重たいですね。でも皆さんっ!チームの為に走るのはずっとやって来ましたからっ!!慣れっこですともっ!!!」
シリウス「うちのリーダーがそう言ってんだ。私ら助っ人が萎縮してたら勝てる物も勝てなくなる。外様は気張らずにやり抜くだけだ」
話を振られて答える彼女達。その情景を目に焼き付けながらゆっくりと瞳を閉じる。
思い浮かぶのは.........まだこのチームが小さかった頃。うちのチームがまだ、マックイーンしか走っていない時。
あの頃から随分変わった。多くの娘が成長し、実力を着け、人間的にも大人になって行った。
感傷にも浸るさ。ここまで歩けて来たんだ。少しくらいはご褒美にって思っても構わないじゃないか。
ビール(.........まぁほとんどがアオハル杯終わったら抜けるんですけどね。初見さん)
『.........自分で自分に水を差して何がしたいんですか?』
現実は非常である。この大所帯も結局は一時的。全てが終われば元通りになる。そう考えると少し寂しい。
だが俺達はそれを求めている。元の平穏を。元のチームを。元のトレセン学園を求めている。
ビール(.........その為に、俺は.........)
―――ん。ールちゃん」
「ビールちゃんっ!!!」
ビール「っ、え.........?」
カレン「乙名史さん。ビールちゃんの事聞いてるよ?」
ビール「あ、あぁ.........うん」
また意識が離れていた。ここ最近かなり頻発している。最近はそんな事も無くなったって言うのに、肉体が若くなるとそんな悪癖まで蘇ってくるのか.........難儀な物だ。
バク「やはり、以前のレースの疲れがまだ.........」
ビール「!大丈夫大丈夫っ!ほら!!ピンピンしてるよアタシっ!!」
心配して覗き込んでくるバクシンオー。他のチームメンバーも似たような顔で俺の方を見てくる。
その心配を払拭するために椅子から立ち上がって高く飛び跳ねる。そう。身体の方はもう心配しないレベルで元気なのだ。これもまた若さの利点である。
乙名史「で、ではビールさん。貴女は今回[外部選手]としてレースに参加していますが、相手チームとの力量差はどれほど感じておりますか?」
ビール「おぉ、結構ズッパリ聞いてきますね」
乙名史「これも仕事ですから♪」
口ではそう言ったが、しかし悪い気はしない。仕事に真摯であり、記事の向こう側に居る読者に多くの、そして確かな情報を届ける為に質問をしているのは重々承知している。妙にはぐらかして来ないのも好印象だ。
だがしかしどうしたものか.........口で言うのはとても簡単だが.........ここは、[見せた]方が早いだろう。
ビール「じゃあ一旦グラウンド行きましょうか。みんなも着いてきて〜」
全員「.........?」
唐突の場所移動。もちろん打ち合わせなんてしていない。これから俺が何をするのかも分かっていない。
だからこそ、[俺の真価]が浮かび上がる。誰もが基本的に身に付けてはいるが、その誰もが[疎か]にしている部分.........
それを見せる為に、俺達はグラウンドに赴いた。
ーーー
ビール「ではこれより、[デジタル]と[ウララ]ちゃんの[模擬レース]を行います」
デジ「いきなりなんて事を.........」
ウララ「わーいっ!!デジタルちゃんと走るの久しぶりだねー♪!!」
全員を案内した場所はグラウンドのダートコース。前持って予約を確認したが、今日は珍しく誰も予約を入れて居なかったのでこうしてここに来た。
そして俺の言葉に全員が驚きを見せる。まぁ当たり前だろう。デジタルとウララでは実力差がある。ウララも怖いくらいに伸び代をまだまだ感じさせるが、それでもまだデジタルには及んでいない。
ファイン「デジタルさんとウララちゃん.........大丈夫なの?」
ビール「平気平気。少なくとも[惨敗]は無いよ」
オペラ「おお!嘘の無い自信だっ!!彼女がそう言う時は大体何かが起こるぞ!!」
ブルボン「これまでの傾向から、大抵は悪い方向に行きます」
ライス「ぶ、ブルボンさんっ!しーっ!だよ!!」
ミーク「.........不穏.........です」
失礼な。こう見えても今回はかなり自信ある。なんせ既に[実証済み]だからだ。
一旦準備の為にウララを呼び寄せて皆から離れる。作戦タイムと言うやつだ。
ビール「良いかウララ?デジタルは後ろからガーって行くのが得意だ。こういう時はどうする?」
ウララ「えっと、えっと。デジタルちゃんよりずーっと前に行く?」
ビール「それも良いな。けど今回は二人だけだ。アイツはレースを[他の子]との[距離感]で見てる。ウララはデジタルの後ろから行って.........う〜ん。最後のコーナーから[3秒]経ったら思い切り走るんだ」
ウララ「!うんっ!!」
簡潔に内容を伝え、それぞれにゲートインを促す。デジタルは最初こそ渋っていたが、いざレースが始まるとやる気に満ち溢れていた。
俺は乙名史さんの隣でそのレースを見守る体制に入る。
乙名史「ビールさん。このレースがどう、貴女の[強さ]に結び付くんですか?」
ビール「[格下なりの戦い方]。かな」
乙名史「!.........それは、中々挑戦的ですね」
実力差と言うのはまともにやりあえば埋まる事は決して無い。どこの世界でもそうだ。そういう風に出来ている。もし仮にどうにかなるんだとしたら、それは天から何かしらの忖度がされている世界に他ならない。
だがそれは違う。そんな物はレースには決して無い。実力差はひっくり返らない。
ならばどう戦う?簡単な話だ。
ビール「必要なのは、[平行線]」
ビール「立った時に[同じ目線]になれる場所。そこで上手く立ち回れば相手を崩す一手になる」
乙名史「そ、その場所とは.........?」
ビール「.........[純粋な読み合い]ですよ」
―――ガコンッッ!!!
ゲートが開く。同時に二人が飛び出したが、デジタルが前。ウララが後ろを走る構図。距離差は2/3バ身。スタートは好調だ。
ポッケ「おお。この前見た時も思ったけど結構速ぇじゃん」
カフェ「ウララさん。以前の[有馬記念]より成長してますね.........」
フジ「あの子があんなに強くなるなんて。やっぱりトレーナーさんの腕が良いからかな?」
『!ふふん。当たり前です。私のトレーナーさんなのですからっ』
『!話題を逸らせっ!!コイツまた延々と惚気けるぞっ!!!』
ビール(えぇ!!?俺ちゃんとレース見たいんだけど!!?)
二人のレースのクオリティは高い。かつてのウララの噂しか知らない人が見たらそれはもう驚く事だろう。
芝とダート。どちらも一級品の実力を誇るデジタルに負けないくらい程の力を見せている。それだけでも素晴らしい成長だ。
.........だが、[勝負]はここからだ。
俺はゆっくりと意識をレースの方へ向け、相手の心情を読み取る事だけに専念する。彼女達の思考。癖。息遣い。身体運び。その全てから二人の内心を想定する。
デジ(そろそろ最終コーナー.........普段のレースだったら前に居る子がそろそろ.........)
ウララ(えっと、えっと。最終コーナーから3秒だったよね?)
ビール(ようし.........こんな感じかな)
全ては想像。妄想の域を出ない予想。しかし精度を高めれば侮れない推測になる。恐らく二人の内心はこれだ。決め打ちしてもリスクは少ない。
そしてやはりレース前の想定通り、デジタルは[多人数]のレースを想定して走っている。彼女は[バ群]の中での走り方を得意としている。それを想像して走れば勝ちやすい。
だがそれこそ、付け入る隙になる.........
デジ(最終コーナー.........!!!ここからははそうですね。少し抜け切れなかった想定にしましょう)
ウララ(.........[1])
デジ(それだったらウララさんとの距離もこのくらいに.........?)
ウララ([2].........!)
デジ(お、おかしいです.........!いつもだったらここでぐーんと前に出て来るはz―――)
「[3]ぁぁぁぁぁんっっっ!!!!!」
デジ「ひょわっ!!?」
やはり予想通り。彼女は急加速したウララに度肝を抜かれる。普段の仕掛け所とは全く違う場所から来た上に、彼女の普段のレースから経験の浅い展開が来た。
しかしやはりそこはアグネスデジタル。並ばれるまで来てもそこから横並びの展開が始まり、最終直線へともつれ込む。
暫く横並びの展開だったが、身体が驚いたのだろう。急加速したウララについて行く為に体力がかなり使われてしまったせいか、少し後ろに着く形で残り200mを切った。
乙名史「これは.........」
ビール「はい。これはウララの―――」
「びょわっっっ!!!??」
勝ちを確信した直後。唐突に奇声が響いた後にデジタルが手を挙げて減速をし始める。何かあったのかと彼女の方に目を凝らすと、その目の部分に思い切り砂が掛かってしまっていた。
ビール「あちゃあ.........運が無かったねぇデジたん.........」
公式レースルールに則り、走行中の自身の身体に競技続行困難な状況に陥った際には手を大きく挙げてゆっくり減速する事を義務付けられている。
今回は模擬レースだったから良かったものの、本番で起こってしまえば勿論勝利は出来なくなってしまう。
ウララ「デジタルちゃんっ!!大丈夫!!?」
タキオン「肩を貸すよデジタルくん。目を無理に開けずに水で洗おう」
デジ「おおお.........!レースで負けた悔しさ以上に皆さんの優しさが身に染みますぅ〜.........!」
ゴールを踏んだウララは脇目も振らずにデジタルへと駆け寄る。タキオンもコースの隔てりを乗り越えて急いで彼女へと駆け寄った。
取り敢えず心配はしなくても大丈夫だろう。そう思い、俺は乙名史さんの方へ振り返る。
ビール「結果は有耶無耶になっちゃいましたけど、どうです?」
乙名史「はい。確かにあの的確な戦術なら、どんな相手でも対等に渡り合える様に思えます」
ビール「そう。アタシが目指すのは[そこ]」
幾多の猛者。G1や重賞を走ってきたウマ娘に対して俺が太刀打ち出来る物は少ない。[フィジカル]と言ったものなら俺なんか一捻りでなんとでも出来てしまうだろう。
だが[思考]は違う。それこそ誰にも侵されない[絶対領域]。経験や予測なんかじゃ測りたくても測りきれない未知の部分。そこでなら.........俺は優位に立てる。
ビール「実力は正直[並以下]だよ。それは分かってる。けれど一つでも、アタシの中に通用する物があるなら.........」
「[なんでもやる]よ。それをぶつける為にね」
乙名史「.........なるほど」
アオハル杯予選第一回戦を終え、今日までの純粋なレース時間は[100時間]。思考と実体のリンクはかなり進んできている。[反射思考]の領域には達している。後はそれを一度切り離してしっかりと手札にした上でもう一度繋げ直す.........
そうする事によって[反射運動]は成立する。[最適解]を[無思考]で繰り出す。それこそが俺の求める[最大手]。
[レース速度]ではなく、[レース展開]を加速させる為の物だ。
ビール「アタシの強さに関してはこれで終わり。もう何も無いよ?」
乙名史「ありがとうございます。流石は[桜木トレーナー]のチームですね」
ビール(え、いやそこで何で俺の名前が出てくるの.........?)
唐突に飛び出てくる俺の名前。いや[レグルス]は俺のチームだし、それが強いって評判になったらそのトレーナーの名前が出てくるのも分かるが.........この人からそれが出ると何だか面倒な展開になりそうな気が.........
乙名史「前回は[繋靭帯炎]となったメジロマックイーンさんを優勝に導くという、誰も予想だにしない展開を見せ付けた彼が、今度は[魔王]という二つ名を持つ程に恐れられていますっ!」
乙名史「一体全体、これはどう言った事なのでしょう!!!」
ビール「あの、それ本人嫌がってましたよ?」
乙名史「なっ!!?つ、つまり彼は今回、敢えて[汚れ役]を.........!!?」
ビール(なんでそうなる?)
前々から思ってたけどこの人かなり面白い思考回路しているな。しかもそれが口に直結しているとかユルユルとかいうレベルじゃないぞ。
う〜ん、記事の内容は凄くクオリティは高いんだけど.........過大評価もそのまま書かれるからそこが難点よな.........まぁ読み慣れてるからどれが真実かは分かりはするんだけど。
乙名史「はっ!!?ま、まさか彼は.........この[アオハル杯]においては[ヒール役]として盛り上げようとしているのでは!!?」
全員「え」
『そ、そんな.........!』
ビール(え!!?マックイーンさん!!?)
乙名史「つまり、彼は自分の評価なんて気にもせず、ウマ娘達。引いてはトレセン学園が盛り上がるのならば例え大罪人の烙印を押されようとも構わず突き進む。と.........!!!」
そんな事を口走りながら目をかっぴらき、今日一番の熱量と速度でペンをメモに走らせる乙名史さん。一体貴女の頭の中ではどんなストーリーが繰り広げられているんだ。
『そうだったのですね.........!!!あぁ!私のトレーナーさんが素敵なのは知っていましたが、まさかこれ程までだなんて.........!!!』
『な、泣いてやがる.........!!!』
ビール(マックイーン!!!お願い!!!そんな勘違いしないで!!!肩の荷が重いッッ!!!)
「―――素晴らしいですッッ!!!」
乙名史「どんな状況になろうとも常に[ウマ娘ファースト]の精神。正にトレーナーとしての模範.........!!!」
乙名史「私、感服いたしました.........!!!」
ビール(ああもう、ダメだ。これで[魔王]確定だ.........)
今回の取材。あわよくば何とか魔王というイメージを払拭し、なんかこう、やるならちゃんと厨二病チックな二つ名にして欲しいなという打算は儚くも散った。
チーム名に因んで[獅子王]とか、特に関連性は無いけど[白璧]とか、なんなら[適当に書いとけ]でも良かったんだ。
[ちくわ大明神]
誰だ今の。
乙名史「本日は貴重なトレーニング時間を削って取材に応えて頂きありがとうございましたっ!!」
乙名史「今回は素晴らしい記事が書けそうですっ!!!」
ビール「え!!?あの、ちょっと!!?」
「[魔王]だけはマジで止めてェェェェ―――ッッッ!!!!!」
ーーー
―――チーム[レグルス]。過去に[URAファイナルズ長距離決勝]を制した[メジロマックイーン]と[桜木トレーナー]が在籍していたチームである。
しかし今回の[アオハル杯]の規約上、選手1名を特別移籍しなければ参加は出来ない。話によれば彼女の移籍は、彼女自身の申し出との事。
裏で何が起こっているのかは定かでは無い。だが確かに、今のトレセン学園は明らかに[変革]が起きている最中であろう。
[URA運営委員会]との確執。そしてそれと繋がりのある[現理事長代理]の[樫本理子]。私達ですら予測の域を超えることは出来ない。
しかしそんな中、自分の置かれた境遇。そして現在のレース界の[因縁]すら[エンターテインメント]として昇華する者がいる。
[桜木 玲皇トレーナー]。[魔王]と呼ばれる事を良しとし、[最強の相棒]が居なくなってしまった不幸すらも[追い風]に変え、新たな形で私達にレースの楽しさ、面白さを提供してくれる。
今後はもしかしたら、[ウマ娘]以外にも、[トレーナー達]に注目を集めても楽しめるかもしれない.........
「.........中々面白いわね」
ビール「へーへー。そうですかそうですか.........」
―――果てなき草原。一陣の風が吹いて緑の波が作られる。俺は地べたへとあぐらをかき、何故か俺の買った雑誌を手に持っている女神様達に呆れの目線を送った。
シロ「.........何よその顔」
ビール「何よじゃないのよ。俺はいつも夢も利用して走ってんの。明晰夢って奴。用が済んだなら早く戻して」
そう。突然俺はここに連れてこられたのだ。なんの脈絡も無く、雑誌を読んで寝落ちしたらここに来ていたのだ。こちらとしてはたまったものじゃない。
何せ俺にとって睡眠時間はそれすらも[経験値]の稼ぎ時。言わば思考能力の[メタキン狩り]に等しい時間なのだ。一分一秒すら惜しい。
そしてそれ以上に、俺は―――
シロ「.........[奴]に関しての事なら[辞めなさい]」
ビール「.........」
シロ「アレとの接触は把握出来てるわ。[結界領域]にしてないんだもの。外に筒抜けなのよ。いえ、[させてる]が正解かしら?」
厄介事の処理を考えるように女神は顔を顰めている。それはどんどんと深くなり、事態の対処難度の高さを察しさせてくる。
どうやら事は俺の想像以上に複雑らしい。ただの神様の策略。それが[以前]と同様の物と考えていたが.........どうやら見当違いだったらしい。
そんな中、黙り始めた女神に変わって彼女を慕う[三女神]が状況を教えてくれた。
ダーレー「彼は[願望器]だ。君と違って[完全]なね」
ゴド「彼に対する感情、思考が下手をすれば[願い]となってしまうわ」
ターク「それが奴の[力]となる。[恨み]や[怒り]は抱かない方がいい。だが、貴様の気持ちもよく分かる」
ビール「チーターやん.........」
なんだよそれ。つまり奴に対してアレしたいコレしたいと思うだけで、それだけで奴に力を与える結果になるのか?そんなのどうやって攻略すりゃ良いんだよ.........
そう思い頭を抱えていると、不意に肩に手を置かれる。
その方向を見ると、[白バの王子様]が俺に優しい目を向けてくれていた。
レックス「[願望器]に抗う術は[
レックス「.........でも、僕達ですら[受け入れた]君なら.........打開策を見つけられると信じている」
ビール「.........アイツのせいで、アンタもここに居るのか.........?」
無意識に聞いてしまった。それを言葉にした瞬間にしまった。と思ったが、彼は何も言わずに優しい表情でうなづいてくれた。
[願望器].........厄介な物だ。人類の発展と発達の原動力は[願いそのもの]だ。それに抗うには、今までの過程を[否定]する事になりかねない。
それを否定してしまった時.........[
シロ「.........私もまだ、分からないでいる」
シロ「それでも、今現状の[対抗策]を用意するつもりでいるわ」
ビール「!それって一体.........ぅ、あ.........?」
彼女が発した[対抗策]の言葉。それに反応して立ち上がった瞬間、視界がぐらつき始める。
この感覚は.........意識が覚醒し始めている。夢の中での時間感覚はかなりおかしくなる。一時間が一分になり、その逆も有り得る。
ふらついた俺の身体を三女神様が支え、そんな俺に女神がゆっくりと近付いてくる。
シロ「どうやら時間みたいね」
シロ「次はあの[二人]も呼ぶわ。驚かれても面倒だから説明しときなさい」
ビール「いや.........それ、こそ.........ご自慢の神様パワーで.........」
シロ「そんな便利な物ある訳ないでしょ」コツン
ビール「」
杖で軽く額を叩かれたのがトドメだった。その衝撃で俺は完全に夢の世界への意識を途絶えさせて行く。
その最中、俺はどう二人に説明するべきかを纏まらない頭で考え続けたが、結局そんな短い時間で答えは得られなかった。
.........瞼では遮れない程の[光]が、差し込んでくる.........
......To be continued