山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
人々の雑踏。入り交じる声。飛び交う視線。俺らが普段からやってる[アウトロー]とは空気がまるで違う。陽の光の当たるレース。いや、[トゥインクルシリーズ(星に照らされた舞台)]と言えるだろう。流石だ。
「こ、こんな大勢の人達の前で走るなんて.........根性座ってるッス.........」
「ハッ。見られて居ようが居まいが関係ねぇだろ。ゲートに入ったら走るだけだ」
「あの子、大丈夫かな.........」
メンバーの一人が不安な気持ちを口にする。気持ちは痛い程に分かる。いくら俺を負かしたとは言え、こことは舞台がまるで違う。
こんな緊迫した状況の中、アイツのやり方が通せるのかどうか.........それだけが懸念点だ。
「アイツの走り。磐石なんて表現じゃ生ぬるいレベルで洗練されている。だがそれが周知されているのなら、他はどうして来ると思う?」
「!もちろん[荒らしまくる]ッス!!これアウトローレースの定石っ!!」
「で、でもこっちではルールがしっかり定められてるんだし、失格になるからやらないんじゃない?」
「.........さぁて、どうかな〜?」
確かにここは陽の目を浴びる大舞台。そんな大それた事をする輩は居ねぇ。だが[もしも]は存在する。想定外っつうのは誰にも意図せずして発生する物だ。
「はむ。モキュモキユ.........」
レースってのは何が起こるかは分からねぇ。それが醍醐味ってなもんだが、それでも人ってのは[安定択]を取りたくなるもんだ。[大敗]が見えてきちまえば[降りる]選択肢も自然と産まれてくる。
「ゴクン.........ハムハム」
それを生み出されちまったら最後、[教科書]みてぇな走りを見せるアイツの走りじゃ.........って。
「!ハフ!ハフ!.........ふぅ」
「おいっ!!さっきからうるせぇぞ!!!今はウマ娘見とけよ!!!」
「?.........はむ。モグモグ」
「お前だよお前!!!」
「これからレースが始まるッス!!!その前にお腹をいっぱいにしとくのがマナーッスよ!!!」
さっきから隣で一心不乱に飯にかぶりつく奴が居やがった。普通レースの前にそこら辺済まして何も気にせずレースだけ見るのがマナーだ。
それを、帽子を深く被ってサングラスして、マスクも付けてる女子中学生くらいのガキは俺達の指摘を聞いて置いてため息を吐きやがった。
「はぁ。何も知らないのね。貴女達」
全員「はァ?」
「ここの売店のホットドッグは絶品よ。レビューで見た通り、自家製ウインナーと自家製ソースのハーモニーが抜群なの」
「折りたたみピザも種類豊富で味もデリバリーチェーンの物と比べ物にならない程美味しいの。分かる?」
「こっちはね.........ずっとずっとず〜っと.........レースの為の身体作りのせいで、思ってなくても身体が欲しちゃっているのよ.........!!!」
「お、おう.........?」
拳を握りしめて震わせる女。その目には涙が見えているが.........流石に気のせいだろう。多分。
流石にこんな奴に構ってる暇はねぇ。そう思ってレースに意識を向け直そうとした時、メンバーの一人が何かに気付いた。
「.........あれ。その[靴]」
「?何かしら?」
「そ、それ!世界に限定[100足]しかないブランド品!!![Tear Rhythm]のブーツ!!?」
「なんだって!!?」
[Tear Rhythm]って言やぁ、蹄鉄ブーツの超高級ブランドじゃねぇか.........!目にかかる事はねぇが流石に名前は聞いてるぞ.........!!!
し、しかもその超限定品を履いてるって事は.........相当な金持ちだ.........
俺達は改めて顔を見る。すると正体がバレると思ったのか、女は慌てて顔を隠す。サングラスを掛け、マスクを直した。
.........それでも俺達が凝視して恐れたのか、その帽子で完全に顔を隠しやがった。だが.........それが[決め手]になった。
「なっ.........!!!??」
「そ、その[髪の色]は.........!!?」
「め、メジ.........!!!コホン、([メジロマックイーン]さんですよね.........?)」
マック「っ!.........くっ」
―――バレてしまった.........まさかこんなにも簡単にバレてしまうだなんて.........こういうの面倒なのよ.........
でもそうなってしまったものは仕方が無い。私は顔を隠していた帽子をもう一度被り直して深くため息をついたわ。
「な、何でこんな所にマックイーン様が.........?」
「.........分かったッス!!!この人は[影武者]ッス!!!」
全員「え」
「あまりにも人当たりが冷たいッス!!ネット情報ではプライベートでも凄く優しくて誰とでも友達になってくれるって書いてたッス!!」
.........そうだわ。あの子家柄に反して割と行動的だし、人を寄せ付けて仲良くなれる魅力がある.........偽物と疑われても仕方無いわね.........
でもこれは[好都合]。これを利用すれば、彼女の[評価]には影響しないわ.........!!!
マック「.........ふふ、バレてしまっては仕方無いわね。貴女の言う通りよ」
「「な、なんだって―――!!!」」
「ふふん。ちっちゃい頃は名探偵を目指してたッスから!!このくらい朝飯前ッス!!」
マック「今トレセン学園は変革の時。けれど彼女のチームはほぼ半壊。そして自身も引き抜かれてしまったわ」
「え?でも噂では円満な形で移籍したって.........」
マック(あの[バカップル]が離れる訳無いでしょ)
っと、危なく声に出す所だったわ。確か周りには秘密なのよね.........?こういう隠し事は苦手なのよ。[馬]だし、やり慣れてないのよね。
でも基盤は作ったわ。後はペタペタと脚色してしまえば.........
〜〜〜
「つ、つまり本物のマックイーン様は.........!!!」
「自分の力を良い様に扱うリギルのトレーナーに対して反旗を翻す為に.........!!!」
「ひ、人知れず鍛錬を.........!!!」
ふ、ふふふ.........何とか上手く誤魔化せたわね.........これでこの場はひとまず凌げるわ。
それに、これが噂として出回れば私は私で動きやすくなるし、あの子の評価も落ちることは無い。
所詮は噂。けれど頭の隅に入れて置けば嫌でも意識してしまう物。知能を着けすぎた人間特有の弊害。利用させてもらう手は無いわ。
マック(.........こっちの不安は拭い去ったけど、[あの子]の方はまだなのよね)
一安心したのも束の間。私は今日ここに来た理由を思い出す。それは[数日前]の事だったわ.........
ーーー
マック(全く。毎日毎日並走並走.........あの男本当にトレーナーなのかしら?一辺倒のトレーニングじゃ飽きが来るわよ.........)
シャワーを浴び終えた私は彼女の言い付け通り、肌と髪のケアをしてベットに倒れ込んだ。慣れない作業ではあったけど、身体は覚えている物で直ぐに適応する事が出来た。
そのまま疲労感の導くままに微睡んでいると、不意にテーブルに置いてある[二つの携帯]の内、一つが振動した。
マック(こっちは.........[桜木]達からね)
既に持っていた物とは違う新しい携帯。あの[AIアプリ]の危険性からこちらで連絡を取るのは避けたいと彼の申し出によってメジロ家で用意してくれた物に着信が入った。
眠いながらもそれを手に取った私は電話に出た。
マック「もしもし?何の用?」
ビール「よっ、Mさん。実はさ」
彼は世間話も何も無く、いきなり本題へと入った。その内容は今度のレースで[彼女]を出走させる。という物だった。
驚きつつもその意図を聞くと、[新しい勝負服]が関係しているとの事だった。
マック「そう.........[ムサシ]に会ったのね」
ビール「え?知り合い?」
マック「魂だけの時にね。最も今じゃもう完全に[溶け合ってる]と思うけど.........それにしても、中々難しい事になったわね.........」
[勝負服]。ウマ娘の[精神力]を増長させる衣装。彼女達の[魂]を刺激して力を発揮させる物。
その力の引き出し方を見せたいのでしょう。片や非ウマ娘の元[馬]。片や人間の彼。本番で力が発揮できないのは避けたい。
それを見越しての[初陣]。口出しする部分は無かった。
それに、私自身も[確認]したい。
マック(恐らく、私を[倒す]となると出てくるのは彼女.........足りない物があるのなら、教えておきたいわね.........)
そこまで考え、彼の提案を承諾した。レースを見に行くことも伝え、その日は就寝したの。
ーーー
マック(.........さて、見せてもらおうかしら?[新たな勝負服]が引き出す[力]を.........)
「各バ体制に入りました。アオハル杯予選二回戦、第一レース。長距離戦―――」
―――ガコンッッ!!!
「―――今スタート!!!」
―――ゲートが開き、自然と身体が前へと動く。思考よりも先。反射の領域すら超え、[本能]の如く前へと出て行きます。
これも、[彼]がこの身体を[酷使]し続けた賜物。褒められたものではありませんが、これ程までになると下を巻かざるを得ません。
先頭を切る形でゲートから数十メートル走り、その後予定通り[先行]の位置へ。ブルボンさんが最先頭。ライスさんがピッタリ私をマークする形で展開は落ち着きました。
エール(考えていた通りの展開.........ですが、やはり[URAファイナルズ]の時よりも腕を上げていますわね.........)
先頭を走るブルボンさん。既に[長距離]に対しての苦手意識は無くなり、スタミナ問題も完全にトレーニングで克服したと言えます。
得意の[ラップ走法]。その改良によって最終コーナー後自身のスタミナ残量を参照し、ゴール達成まで継続出来るレベルにまでスピードを上げる走法。
対するライスさんは以前より得意としていた徹底マークの展開。そこから更に経験によるマーク先の判断力とその思考速度の速さ。そして何より安定化した走りによって生まれる以前よりも強大な[威圧感]。
エール(味方だと言いますのに.........一緒に走っているだけで恐ろしく感じます.........)
そんな心とは裏腹に、頬が緩んでしまう。チームのエースとして引っ張っていかなければ行けない。そう思っていたお二人.........いえ、[皆さん]はもう、チームを背負って走れる程に成長しました。
エール(私も.........まだまだ、負けられません)
腕を振る度に感じる風を切る感触。レースは中盤に差し掛かっている。それに[呼応]するかのようにこの[勝負服]。[女城繚乱月時雨]は徐々にこの身体にフィットして行き、やがて[準備]が整いました。
エール(少々早い気もしますが、ここは[直感]を信じて―――)
―――ピカン♪
―――騒がしい城下町。慌ただしくごった返す人の波。その様子を一人、扇子を畳んだまま口元に当てて見守る少女。
息をそっと吐き、勢い良く扇子を開いた後にゆっくりと舞を踊り始める。
「いつの世も。色は移れど、血に濡れど」
「月が照らすは、君が春なり」
[恋は短し愛せよ乙女]
[Lv 1]
[レース中盤に先団に居ると持久力を回復。残りの持久力に応じたロングスパートをかけて速度をわずかに上げ続ける。コーナーを回った後、前にウマ娘が居る人数に応じて加速量が上がる]
―――突然、ビジョンが脳裏に過ぎった。見た事のない場所。シチュエーションが突然頭に現れて困惑したが、目の前のレースを見ていて腑に落ちた。
『お、おい。今、頭になんか.........』
『うん。俺も見た。多分アレが、[勝負服]の[力]なんだと思う』
そんな話は聞いた事がない。今まで長い間彼女達と過ごしてきたが、レース中にそんな事が起きた。或いは頭に浮かんだなんて聞いた事が無い。
だから多分、彼女達には見えていないか、覚えていないかなんだろう。そう思わせる程にそのビジョンの前と後では彼女が違って見えた。
[加速し続けている]。端的に言えばそう見えてしまう。持ち前のスタミナ技術を駆使して、ブルボンとライスに対抗する策をこの場で披露しているのだ。
[加速]によって先頭に居るブルボンには圧を。後ろに居るライスには焦りを感じさせている。何度観ても彼女のレースは圧巻する。[強さ]の使い方。強者としての技量を俺では考えつかないほど見せてくれる.........
(.........[どんなに時間が経って、恋の形が変わろうとも、憎しみ生まれる戦いがあろうとも].........)
([変わらずに星は、人の営みを見続けている].........)
(やっぱり君は、いつも面白いレースを見せてくれるな.........)
ブルボン「.........ッ」
―――後方から感じるプレッシャー。間違いありません。マックイーンさんの物です。並走データと差異があるのはやはり、新調した[勝負服]の影響でしょう。
これ程までに影響があるとは思いませんでした。私もライスさんも、まだ一着しか持っていませんから.........
ですが、だからと言って怖気付いた訳ではありません。いえ、むしろより一層昂ります。
この強さ。プレッシャー.........これがマックイーンさんと、[最強のステイヤー]と公式戦をするという事なのだと思うと.........思わず頬が緩んでしまいます。
ブルボン(貴女は一体、どれほど[強くなれる]と言うんですか.........!!!)
見られるのなら見てみたい。引き出せるのなら引き出したい。マックイーンさんの限界を。[現役最強]の[底]を、[私とのレース]で.........!!!
ライス(っ!凄い、マックイーンさん.........!!!)
―――ライスの前を走るマックイーンさん。グングンと前へ進んで行ってる。何とか着いていけてるけれど、それでも少しずつ引き離されて行っちゃう.........!!!
ライス([違う身体]なのに.........!!!やっぱりスタミナの使い方が.........)
ライス(.........ううん。焦っちゃダメ。ライスも[変わらなきゃ].........!)
ライスの前を走っているのはマックイーンさん。その身体は[お兄さま]の物。それでも前と変わらない走り方が出来るのは、きっとマックイーンさんのスタミナ管理がとても上手だから。
そんなマックイーンさんに一度勝ってる。[勝っちゃってる]んだ。もう二度と同じ走り方は通用しない.........
現に今だって、ブルボンさんに圧を掛けながらライスを引き離す様にしてる。マックイーンさんの[強さ]は、[増えていく手札]なんだ.........!!!
だったらライスも、[変わらなきゃ]行けない。
ライス(前より[安定感]のある走りが出来る.........今のライスなら.........!!!)
[着いていくだけじゃない]。ライスだって変わったんだもん。レースをライスの形に変えることだって.........!!!
「な、なんだ.........!!?何が起きているんだ.........!!!」
『ん?コイツ.........』
『あっ、名前忘れた人』
―――目の前のレース展開を見て狼狽える男。頭を抱えてブツブツと何かを言っているが、よく聞き取れない。
まぁ今の俺達が見つかる訳も無いし、こういう時人が何を言ってるのか気になるから俺は口元に耳を近付けた。
「クソッ.........こんな土壇場で並走データにも無い走り方をさせるだなんてやっぱり素人だ.........!!!」
「アイツは[トレーナー]に相応しくない.........!!!やはり何としてでも叩き潰さなければ.........!!!」
「俺が.........!!!俺が[最高のトレーナー]なのに.........」
『.........ったく。どこにでも居るよなァ?こういうヤツ.........?』
『.........』
―――人間ってのはその繁栄力と技術力で[種の頂点]に居ると勘違いしてやがる。この男もその例に漏れず、その傲慢さをこれでもかと撒き散らしている。
その様子に呆れながら桜木のヤツの顔を見てみると、そこには無表情で立ち尽くしている桜木が居た。
『.........ちょっと、[懲らしめる]必要があるな』
『?そりゃ良いけど.........どうやって?』
『そうだな。少なくとも―――』
『―――[今日も]ビールちゃんの[ライブ]は無しって事だ』
ーーー
「第一レース長距離!!栄光を手にしたのはチーム[レグルス]のミホノブルボンッッ!!!他二名も連帯でゴールしましたッッ!!!」
「す、すげぇ.........!」
隣に居るウマ娘が感嘆の声を上げる。確かに素晴らしいレースだった。負けはしたけれど、前に行く者に圧を掛け、後ろを走る者にはプレッシャー。隣に来る者にはスタミナ勝負でジリ貧を誘う.........間違いなく、[メジロマックイーン]のレースだった。
.........それでも。
マック(.........[足りない]わ)
それでは危うい。私と戦って勝つのは精々[五分]。同じ戦法で仕掛けてくれば自ずと勝敗はそうなってくる。
それでは行けない。もっと安定した勝利を.........確実な[勝ち]を目指さなければならない。
.........それでも、この頭にそれ以上の[走法]は思い浮かばなかった。
「.........?どうしたんスか?爪噛んで」
「.........あぁ分かったぞ!!さてはアンタ、負けると思って焦ってんだろ?」
マック「っ、そうね。それだったら嬉しかったのだけれど.........」
全員「?」
歯痒い思いを抱きながら、私はレース場に背を向けた。現状の収穫としては上々。不満は無い。
それでも[不安]はある。既に完成されたそれで勝てるのか?その思いを胸に秘めながら、私はこの場を後にした.........
マック([
マック(.........また、[彼]の思い付きにすがるしか無いのね.........)
ーーー
ポッケ「くぁ〜.........ハードなレースだったな」
フジ「そうだね。相手も連携を組んできてて、普段とは全然違った。見てるだけでもやりにくそうだったよ」
オペ「あぁ!!どうやらボクの[アクート]の如き走りをみんなに伝授する時が来たようだ!!」
シャカ「.........確かに。コイツ有馬記念の時滅茶苦茶囲まれてやがったな.........」
全レースが終わり、ライブも順調に終わった今。私達は控え室に戻ってきました。
本来であるならば私もライブに参加していた筈ですが、長距離レースが終わった直後に.........
『ごめんマックイーン!!身体返して!!サンちゃんと一緒にカフェと居てね!!』
『へぇ!!?あの、ちょっと!!?』
とまぁ、こんな強引な形で身体を取り返されてしまった結果、ライブも出れ無かったのです。
これで前回に引き続き[ウエスタンビール]というウマ娘はライブ嫌い。という憶測が加速してしまう事態に.........
『別に良いじゃねェか。オレ様ちゃん踊りたくねェしなァ』
『なっ!!?良いですか!!!ウイニングライブと言うのは遥か昔から存在する伝統的な催しでして.........ちょっと!!!カフェさんの後ろに隠れないでください!!!』
カフェ「.........」
カレン「カフェさん、げんなりしてるけど大丈夫?」
ファイン「も、もしかしてカフェさんの所に悪霊が!!?」
カフェ「悪霊.........いえ、大丈夫です」
『コイツ.........確かにって顔しやがったぞ』
.........不本意ではありますが、ここまで騒がしくしてしまえばそう思われるのも仕方無いでしょう。実際他の方のレース中も応援にかなり熱を入れてしまいましたから.........申し訳ない事をしてしまったと思いますわ。
桐生院「そろそろ手配されているバスが到着する時間です。皆さん、忘れ物はしないよう手荷物を持って下さい」
全員「はーい!」
桐生院トレーナーの言葉で既に時間がそこまで過ぎていた事に気が付きます。結局彼が戻ってくる事は無く、何事も無く帰路に付けそうでした。
.........しかし、バスが来るであろう場所に行く途中で思わぬ足止めがありました。
「―――待て」
桐生院「!.........なんでしょう?」
『!あの人は.........』
突然、私達の前にフラりとした様子で現れました。その男は今日レースを競ったチームのトレーナー.........
私達の.........私のトレーナーさんを貶めた人でした。
「[なんでしょう]?俺が言いたいですよそれは」
「なんなのですかあの[作戦]は」
桐生院「.........分かりませんね。貴方が何を聞きたいのか」
「っ、あの[バカ]の真似事は今すぐ止めた方が良いって言ってるんですよ桐生院トレーナー」
「賢い貴女なら分かるでしょう?あんな荒唐無稽な。[戦略]とも呼べないやり方。[邪道極まりない]」
タキオン「っ.........」
息を乱しながら彼は言葉を並べ立てます。先程のレース結果が相当堪えているのでしょう。誰もが掲示板入りがやっとの状態。確かに信じたくないのも無理はありません。
しかし、それを相手チームの、その[ウマ娘]にぶつけてくるのは間違っています。それを言おうにも.........今の私にはその口がありません。
そして、止まることの無い彼の言葉によって多くの方々が呑まれて行ってしまいます。
「このままでは貴女の[名]に[傷が付く]と言ってるんですよ桐生院トレーナー。分かるでしょう?俺は優しい」
「取って付けたような作戦でその場しのぎ勝てたとしても、所詮は[学生]。[勝負]の本質を見誤りそれを繰り返す事になるかもしれない」
「.........ああそうだ。俺が[代わってあげます]よ」
全員「な.........」
『なんですって.........!!?』
突如何かを思い付いて笑い声を上げたと思えば、その顔を狂気に染めて彼はそう言いました。
その様子に最早誰も何も言えずに居ました。言った所でそれを聞く様子もありませんが、それ以前に話が通用する相手では無いと悟ったからです。
徐々に近付いてくる。桐生院さんは皆さんを守るように盾として立ちはだかってくれますが、相手はそれを気にする様子もなく手を前にして近付いてきます。
「どうです?悪い話では無いと思います」
「貴女の[名]は守られ、俺は[優秀なトレーナー]として返り咲ける。良いストーリーだ。間違い無い」
桐生院「.........それを決めるのは[他の人々]だと思いますが」
「っ、減らず口は困るね。まずは自分の立場って物を教えてあげますよ.........ッッ!!!」
『っ!桐生院さんッッ!!!』
『クソッッッ!!!!!』
振り上げられた右腕。それが何を意味するのかは直ぐに察しました。ですが動き出せたのは数人程度で、他は突然の事に驚いてすくんでしまっている状態。
霊体であるサニーさんが間に入りますが、そこで自分に実体が無い事を思い出してあっと声を上げる。手を振り抜くまで一秒もありません。武道経験者と聞くカレンさんも一番遠い位置に居た事と密集しているせいでスピードが出せない様子。これでは間に合いません。
その手の行先。覚悟を決めて受け止める決心をした桐生院さんが目を瞑った時でした。
―――パシンッ
「っ、何の用でしょう?こちらは取り込み中です。サインならまた今度―――」
「―――よう」
桐生院「さ、[桜木]さん.........!!!??」
『と、トレーナーさん.........!!!』
その手が振り抜かれる瞬間。彼の後ろに立ったトレーナーさんがその手を掴んでいました。
その名前を聞いた彼は驚きながらもゆっくりと振り返り、その顔を見ます。
「.........久しぶりですね。桜木トレーナー」
桜木「そうだな。久しぶり」
「貴方からも言ってください。こんな場所に居ては彼女の経歴に傷が付くと。言えるでしょう?[貴方]はそういう人だ」
桜木「.........」
『っ!この人はまた.........!!!』
心の無い言葉でまた人を攻撃する。それで一体どれほどの人を傷つけて来たのでしょう。そう思える程に染み付いた言動に怒りが込み上げます。
気にする必要は無いとトレーナーさんに伝えようとすると、その心が私に聞こえて来ました。
桜木(うっひょ〜マジか!!このレベルかよ〜!!!)
『ふぇ!!?な、何をそんなに喜んでいるのですか!!?』
桜木(だってよマックイーン!!今どきこんな悪い奴居ないぜ!!?天然記念物級だぞこれ!!!)
何故か喜びに染まる彼の心。しかしその表情は無表情のままで、流石は元[役者]であると言うべきなのでしょうか.........こんな状況で無いならば素直に褒めれるはずなのですけど、状況が状況の為、少し呆れてしまいます。
そんな私に彼は謝り、任せて欲しいと伝えてきます。
桜木(まぁ見ててよマックイーン。君の、君達の[一着]の余韻をこんな奴に邪魔なんかさせないからさ)
『!』
桜木「.........そいつぁ無理な話だな」
「.........何故だい?」
桜木「アンタはそんな[器]じゃないからさ」
「っ、何ィ.........!!!」
―――背を向けて話していたコイツがようやく、俺に身体ごと向けて来た。ギラついた目と表情で俺を射抜くが、たかが知れている。
桜木「俺には分かる。アンタは[勝たせたい]んじゃない」
桜木「[勝ちたい]だけだ。飢えてるだけなんだよ」
コイツのやっている事はただの[独りよがり]だ。自分で戦って自分が勝ってる。そう思い込んでしまっている。
最初がどうだったかは関係無い。人間、[繋がり]が自覚出来なければ自ずとそうなってくる生き物なんだ。俺もその例に漏れない。
図星だったんだろう。コイツは俺の言葉を聞いて震えている。怒りを滲ませた表情でまた俺を見てくる。心底気に入らないと言った様子だ。
「ふざけるな.........!!!お前に俺の何が分かるッッ!!!」
「コネでトレーナーになって!!!おこぼれで成り上がったお前に!!!俺の努力なんて「分からねぇよ」.........!!!」
桜木「他人の努力なんざ知らん。究極言っちまえば、この子達の努力も俺には分からん」
桜木「それが許容量なのか。限界を超えた物なのかなんて、兆候を捉えられなきゃ壊れるまで分かる時は来ない」
桜木「.........けどなッッ!!!」
「っ、ぐぁ.........!」
胸倉を勢い良く掴んで持ち上げる。さっきまでウマ娘だった影響で筋力はまだ強化された状態だ。人間の男一人片手で持ち上げるくらいは容易く出来てしまう。
コイツは手を挙げた。寄りにもよって女性の桐生院さんからだ。それは俺の[クソ親父]が唯一教え、そして守ってきたものだ。
[女の子と弱い奴]は守ってやれ。いつもじゃなくて良い。出来る時と思った時にやれ。それが俺の.........俺の記憶に残ってる最初で最後の[大好きな父親]の姿と言葉だ。
桜木「努力は裏切らない。どんな物でも積み重ねてきた努力が必ず、どこかで実を結ぶ事がある」
桜木「.........でもな。そんなの信用出来ないっつって―――」
「―――努力を裏切るのは、いつも[自分]なんだよ」
「っ.........ぁ」
俺の言葉を聞いて、どこが思い当たる節があったのだろう。コイツは怒気の孕んだ表情をゆっくりとほぐれて行く。
それを見届けた俺はゆっくりと地面に降ろしてやった。
桜木「お前がどんなに俺の悪口を言おうと構わないし、それに付随するチームの悪口も元はと言えば俺の責任。咎める理由は無い」
桜木「けどな。お前のその努力ってのを踏み躙られると、俺もこの子達も良い気はしねぇんだよ」
桜木「.........まぁ、なんだ。つまり俺が言いてぇのは―――」
「―――生まれ変わって出直して来いッッッ!!!!!」
「っ!!!」
桜木「.........って事だ。分かったらとっとと帰るッッ!!!チームの子達皆待ってんぞ!!!」
へたりこんだコイツに慌てて駆け寄るウマ娘達。俺を避けた様子からAIの干渉は受けているようだ。
しかし、それでも嫌な顔をしながら俺に頭を下げたあの子達は良い子だ。この喝であの子達。そしてアイツも報われたら良いなと思う。
一段落終えた。疲れと共に溜息を吐き出すが.........それでも抜けていかない[感覚]が一つ.........
タキオン「トレーナーくんっ!!!」
桜木「!タキオン、他の皆も.........ああ、話は聞いてるよ。ビールちゃんからな」
一応取り繕う為の言葉を掛けてみるが、バクシンオー以外は何か見透かした様な目で俺の事を見てくる。
いやこの際バクシンオーにバレなければ良い。口が軽いだろうから直ぐに噂が.........
桜木「.........な、なに?」
デジ「.........グス、トレーナーしゃん.........!!!」
桜木「え、えっえっ」
「「「「「トレーナー(マスター)(お兄さま)(さん)(くん)!!!!!」」」」」
桜木「のうわっ!!?ちょちょ!!!どしたのさ皆!!?」
突然、正規メンバーの皆が俺の方に駆け寄って抱き着いて来た。この様子だとバレる事は.........とか、今考えるのは無粋だな。
デジ「なんですかあの登場!!!カッコつけすぎですよ!!!」
ウララ「トレーナー!!!会いたかったー!!!うわああああん!!!」
ライス「ごめんね.........!ライス、我慢出来なくって.........!!」
ブルボン「やはりマスターが居なければチーム[レグルス]ではありません!!」
桜木「た、はは.........そりゃ嬉しいけど、でも[レグルス]って呼ぶにはまだ[一人足りない]だろ?」
こうして見れば大きくなったチームだ。それでも、ここに居るべき顔ぶれが一人足りない。
その一人を[取り戻す]為に、また俺は元に戻るつもりだ。
タキオン「しかしあの薬の[解除薬]には同様に痛覚防衛の為の[睡眠作用]があったはずだ。この短時間でどうやって目を覚ましたんだい?」
桜木「.........」
タキオン「.........まさか、[寝てない]のかい!!?」
桜木「ご明察。因みにタクシーで来たよ」
タキオン「おいおい.........おいおいおいおい!!!」
凄い形相で詰め寄ってくるタキオン。先程までの感動ムードなんて無かったようだ。これに関しては俺にも悪い所がある。
何故あの[薬]に睡眠作用があるのか。それは今日思い知った。一重に[痛み]を伴うからだ。
黒津木の言う理論じゃ脳内のブラックボックスにアクセスしてDNAの細胞分裂経歴の内一つを指定した後、その復元をする様に脳から司令を出す事で身体の退行。その後ホルモンバランスを女性側に同時にシフトした影響で身体は退行しながらその[女性用設計図]を読み込んでしまうので、アレが無くなってしまうという状態.........らしい。
医学知識は無いので諸々端折ったし、なんならタキオンがどれほどそれが危険な事かと口酸っぱく言ってくるが、言える事はただ一つ。
すっげぇ痛かったゾ(顔面蒼白)
桜木「.........っ、やぁば。もう限界っぽい.........」
タキオン「ほら見ろ!!無茶ばかりするからだ!!全く!!」
桜木「へへ.........でもカッコよかったでしょ?」
タキオン「そういう基準で動くのは黒津木くんもそうだが、ほとほと呆れてしまうよ」
桐生院「桜木さん。そろそろバスが来ますので寝てても大丈夫ですよ。家までは私がお送りします」
桜木「ありがとう、桐生院さん.........じゃあ、お言葉に、甘え.........て.........」
デジ「ぐえっ」
ファイン「わっ!!桜木トレーナーさんが!!」
カレン「デジタルさんを下敷きに!!」
―――こうして、波乱の[アオハル杯予選]。第二回戦は終わりを告げ、桜木は翌日には[ウマ娘]としての姿へ戻り、研鑽を積むのであった。
.........そして。
「はぁぁぁ。ほんっと[にい]もなんの前触れも無く面倒な事言うんだから!!!ママとねえと一緒!!!」
大きなキャリーケースとリュックサックを背負う女性が一人、府中の駅へ降り立つ。
その者の名は、[
―――[勝負服職人]なのである.........
......To be continued