山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
―――アニマ。神なる者を出し抜く事に成功した桜木。
一体何があったのか。時は前日までに遡る.........
能面「ふぅ.........」
ファイン「わ〜♪本当に桜木トレーナーさんみたいですね!!」
シャカ「若返りの薬.........これ違法なンじゃねェか?タキオン?」
タキオン「そこら辺は黒津木くんがクリアしてくれているさ。原理を学会に小出しして浸透させて行ってる段階だよ」
薬の誘眠作用が終わり、能面の奴が身体を起こす。その姿は正に[桜木 玲皇]に他ならない。これほど同じならば、[チームトレーナー]の出場も何ら問題は無いだろう。
能面「.........っ!う、ぐっ」
バク「ちょわっ!どうしましたか!!?」
カフェ「な、何か配分を間違えたとか!!?」
スズカ「大丈夫ですか!!?走りますか!!?」
突如苦しみ出しうずくまる能面。すぐさま駆け寄る彼女達。スズカに対しては何故そうなると思ったが、能面はすぐさま立ち上がったが、どこか足取りが覚束無い。
能面「すまん.........ここにまだ[喫煙室]はあったかな.........?」
ゴルシ「ああ!!?何言ってんだ!!!じいちゃん禁煙するってこの前言ってたじゃねーか!!!」
能面「.........そうだった。チュッパチャップスを食べたいんだ。どこか.........そう。大人。20歳以上じゃないと入れない部屋はあるかい?一人になりたい」
オル「お姉ちゃんに言いつけるよ?」
能面「それは困る。じゃあコンビニに行ってくる」
フェスタ「止めとけよ。今その[顔]で出歩いたらどうなるか分からねぇだろ」
ビール「.........はぁ。一階職員トイレの隣。早く行ってきな」
能面「!すまん。助かる」
全く。何事かと思えばただのニコチン不足か。心配して損した。慣れればどうとでも無いだろうが、この男の歩みから考えて止める機会が無かったんだろう。
俺もここに居なけりゃズルズルと続けていたと思うと慈悲も与えたくなる。
桐生院「それにしても、本当にそっくりですね」
ミーク「でも.........[スーツ]、とっても不思議な感じ.........」
ネイチャ「まっ、ウチのトレーナーくらいじゃ無い?」
確かにスーツ姿で思い浮かべるのはいつも南坂さんだ。だがそれに負けず劣らず、中々良く着こなしている。同じ顔の筈なのに.........何がこうも差をつけるのだろうか.........
『自信、でしょうか?』
ビール(あ〜、やっぱりぃ?)
『.........でも、レザージャケットは貴方の方が似合いますわ』
ビール(.........それいる?)
『おい。惚気んな』
モジモジとしながらそう言ってくれるマックイーン。もしこの場に能面が居たら睨まれる所だろう。
.........しかしどうした物か。レースは明日。激しいトレーニングは出来ないが歯痒い気持ちもある。彼女達はいつもこの気持ちと戦っていたのかと思うと尊敬してしまう。
そんな気持ちを鎮めるために何の気なしにテレビの電源を着けた。
「う〜ん美味し〜♪このフワフワの生クリーム食感っ!!!絶品ですね〜!!!」
ターボ「ケーキ!!!ターボケーキ食べたーい!!!」
テイオー「わぁ!!?ち、ちょっとサブトレーナーダメだよー!!!ボク達我慢してるんだよー!!?」
ビール「え?ああごめん。俺は何ともないからつい」
ポッケ「.........そういやコイツ、人の食べてる所見て空腹紛らわせる奴だったな」
フジ「あはは.........そこまで行くと、一種の才能だよね」
ポッケの発言で皆が俺を見てドン引きしたり心底不思議そうな顔をして見てきた。そんなに変な事だろうか?腹が減ってる時ほど他人の食べてる姿が良い気持ちにさせてくれるんだが.........
.........と言ってもやはり、どこまで行っても貧乏人の悪知恵なのだろう。
テレビのチャンネルを変える為にポチポチと変更ボタンを押していると、不意に玄関の扉を叩く音が響き渡る。
カフェ「.........誰でしょう?」
ライス「お、お兄さま達かな.........?」
ウララ「先生ー!!!.........あれ?でも、いつもコンコンってしないよ??」
デジ「取り敢えず、出ましょうか」
推測すらままならない。南阪さんと沖野さんには有給取るように提案したから、明日までは仕事で来ない筈だ。
アイツらもここ最近ここに顔を出しては来てないし、第一ウララの言うようにノックすらしてこねぇ。だからまず除外される。
だとしたら一体.........
「取り込み中悪い。上がらせてもらう」
ブルボン「っ!黒沼トレーナー.........」
現れたのは黒沼さんだった。この[アオハル杯]で唯一、この大会に参加していない一流トレーナーと言っても良いだろう。
そんな人が何故、わざわざ俺のチームなんかに.........
黒沼「ある[ウマ娘]に頼まれてな。何とか[間に合わせる]事が出来た」
タキオン「間に合わせるだって?一体何を.........」
「お久しぶりです。[桜木トレーナー]」
ビール「っ.........!!!き、君は.........!!?」
ウララ「[シエル]ちゃん!!!怪我大丈夫なの!!?」
シエル「うん。お見舞いありがとうね。ウララちゃん」
黒沼トレーナーの背後から現れたのはエメロードシエルだった。
彼女は [アオハル杯選抜レース]で[距離適性]、[バ場適正]共に合っていない[芝短距離]に出走し、その結果疲労による怪我をしてしまっていたはず。
何が起きているのか分からない。そう思っているとまたその後ろから数人の声が聞こえてくる。
「おい!!!俺ぁタバコ吸いに行くところだったんだぞ!!?それをなんだ[桜木トレーナー]は喫煙できませんって!!!」
「しゃぁねぇだろ〜?お前の顔嫌われてんだから。おっ、お久〜。元気してたか〜?」
「うわぁ.........メンツがかなり変わってんなぁ」
ビール「お、お前ら.........」
現れたのはいつものバカ二人と先程タバコを吸いに行ったはずの能面。ニコチン不足を解消出来なかったのか、身体を揺すって何とか落ち着きを取り戻そうとしているのが見える。
シエル「あ、あれ!!?桜木トレーナー.........!!?じ、じゃあ貴女は.........!!?」
ビール「あ〜.........そっくりさんなんだ。ゴールドシップが連れてきてくれた」
シエル「そ、そうなんだ」
話がややこしくなりそうな予感がしたが、最近使っている定型文で誤魔化す。何とか今まで上手くいっているのだが.........やはり最後のゴールドシップが効いているのだろう。彼女ならやりそうだ。と。
しかし、それでも話が見えてこない。何故彼女と黒沼さんがここに来たのだろう?チームと言っても、ウチは殆ど完成している。出られる場所もダートくらいで、そこもミークとデジタルで.........
黒沼「お前のチームの[穴]を埋める最後の[ピース]だ。短距離に苦戦してるんだろう?」
黒沼「バクシンオーの独走をサポートするカレンとお前。戦略的には確かに良いが、あまりにも一人に負担が掛かり過ぎる」
黒沼「現に、その結果が如実に現れているだろう?」
全員「.........」
バク「た、たはは.........面目ないです.........」ショボン
簡潔に黒沼さんはチームの欠点を指摘してくれた。その理由と推測にハズレは無い。全て彼の言う通りだった。俺は、俺達はバクシンオーに頼りきった戦法をしてきた。
改めてそれを指摘され、全員がその顔に影を落とす。レースは過酷だ。だがそれを選択するのはレースを[走る者自身]でなくてはならない。俺達は.........それを強いてしまった。
いくら勝つ為とはいえ、それは恥ずべき事に他ならない。
黒沼「.........だがそれは他のチームも同じだ。毎年開催していた以前と比べ、チーム運営は疎かになりつつある」
黒沼「その点。お前は良くやった方だ」
ビール「え.........?」
唐突に褒められる。理由も分からずに急に中に放り投げられたボールをキャッチするかのような挙動で受け取ったが、彼は既に話す先を俺からブルボンへと変えていた。
黒沼「ブルボン。俺がお前のトレーニングを断ったのは、コイツを見ていたからだ」
ブルボン「!」
黒沼「精神は肉体を[超える]。だが今の俺では二人同時にそれをさせる程の技量が無かった。済まなかった」
ブルボン「黒沼トレーナー.........ありがとう、ございます」
シャカ「.........問題は、ソイツが走れンのかって話だ。重賞だのG1だのを取ってる相手のウマ娘を交わして一着。それが出来るのか?」
黒沼「[アオハル杯選抜レース]。そこで勝った。それも重賞やGIIを制覇したウマ娘も居る中で、だ」
ビール「.........うわそれ俺がビリッケツだったヤツじゃん」
デジ「今そんな話してないんで。静かに」
怒られた。しかもかなり真面目な顔で。
黒沼「コイツに足りなかったのは[短距離]の走り方。[ペース配分]とそれに合わせた身体作りだ」
シエル「リギルに入れるかもって思ったから.........私のトレーナーにも啖呵切っちゃったし、手伝って貰うのはなんか違うなって.........」
少し恥ずかしそうにその時の状況を語る彼女。あの日病室で泣いていた時よりも大人びた少女がそこに居た。俺は確かにそう感じた。
.........だがそれでも、相手はあの[リギル]だ。短距離は手薄とはいえ激戦必至。生半可なレースではない。
それこそ、彼女の性格を考えれば今度こそ再起不能になるまでに自分を追い込んでしま「ねぇ」.........
シエル「約束、してくれましたよね?」
「[絶対勝たせてくれる]。って」
ビール「.........!」
柔らかい表情で厳しい言葉を言ってくれる。リップサービスもやり過ぎれば自らを蝕む毒となるのは知っていたが、それが癖になっている俺は救いようが無いのだろう。
決めた覚悟。それを取り消すのは他人のする事じゃない。自分で決めた[ルール]を破るのは信頼問題に発展する。
.........どっちみち、八方塞がりなのなら、俺はより[面白くなる方]を選ぶ。
ビール「.........分かった。改めて自己紹介するね」
「[桜木 玲皇]。今はこんななりだけど、[トレーナー]だ」
「約束通り。君を[勝たせる]」
黒津木「.........うおw」
神威「臭いッ!!!この部屋臭いよ!!!換気扇回して!!!」
ビール「あァ!!?テメェら茶々入れてくんじゃねェよッッ!!!こちとら真面目に学生の憧れ担ってんだよッッ!!!」
シエル「.........クフフ、変な[チーム]!!」
能面「否定はせん。滅茶苦茶だしな」
『で、でもそう言った所が良い所だと私は思ってますからね!!!』
『うえ〜.........コイツさえ無けりゃ退散できンのによォ.........』
明日には天下分け目の超決戦が始まる。その事実があるというのに、俺達のチームはいつもと違わず、どこか明るい雰囲気を感じながらその日は過ぎて行った。
そして.........
ーーー
「お待たせいたしましたっ!!全ウマ娘の準備が整い、これより[アオハル杯予選第四回]、[第1レース短距離]のゲートインとなりますっ!!!」
(.........読めない。一体、何を考えているんだ)
桜木「.........」
特別観戦室の窓から眺める景色。ウマ娘達の様子を見ながらも僕はこの男から目を離すことが出来なかった。
ソファーに足を組んで座り、肘掛けに肘を立てて頬杖を付く。その表情はどこか楽しげでありながらも、何かを考えているという不穏さすらもある。
彼は[危険]だ。[桜木 玲皇].........僕の求めた[器]とはまた別方向の危うさを持っている。
この.........[未来]から来た男は.........
「.........それにしても驚いたよ。まさか[未来]から来ただなんて」
桜木「.........クク、流石に気付くか?まぁ、[ゴールドシップ]達を見れば自ずと導き出されるだろうな。こっちは[期待外れ]だったが」
「.........なに?」
桜木「とっくのとうに[分かっていた筈]だ。彼女達のトレーニングにしっかり立ち会い、トレセン学園に顔でも出していれば噂程度直ぐに分かる」
桜木「まさか?同名で瓜二つのウマ娘がこの時代に居るなどという推測を叩き出す[ポンコツ]では無いだろう?[IMUNI]は」
「.........これは、僕の落ち度だね」
少し、彼らを侮っていた。それは認めよう。だがそれがこの結果なのは不服だ。あまりにも[引き寄せ]が向こうに傾いている。
.........頼りすぎたのかもね。[IMUNI]に。
桜木「ククク.........ここまで[脚本]を壊したんだ。[裏話]くらい聞かせてはくれまいか?」
桜木「.........何故[花道]なんだ?」
「.........彼じゃない。[IMUNI]が[辿り着いた]んだ」
「広大な[数字]の中の、[0]にね」
「頑張れーレグルスッッ!!!」
「このまま来たら全戦全勝目指そうぜーッッ!!!」
「桜木は嫌いだけどチームは大好きだ―――ッッ!!!」
シオン(わっわっ!す、凄い人.........今まで出たどのレースよりも.........!!!)
―――少し目を向ければ観客席を埋め尽くした人の姿が見える。皆が押し合って、ぎゅうぎゅう詰めになるくらいじゃないとそこに居れない程の人が.........
こんな人初めてだよ.........どどど、どうしよう.........
『あのねあのね!!頭が真っ白になっちゃったら!!トレーナーが教えてくれた事を思い出せば良いんだよ!!』
シオン(!そ、そうだ!!ウララちゃんがそう言ってたんだ!!確かレース前に.........)
『良し!!短距離はプランBで行こう!!!』
『えっ!!?わ、私何も知らないよ!!?プランBってなに!!?』
『簡単な作戦だよ!!!』
『[ぶっつけ本番]の[B]!!!』
『』
シオン()
.........
カレン(シオンちゃんシオンちゃん)
シオン(.........ハッ!!!)
あ、危ない危ない!!!絶句した事を思い出して絶句してた!!!このまま流れでゲートインしてスタート切る所だった.........!!!
うぅ.........カレンさんと一緒に走れるって言うのに、私何やって.........
カレン(初めてだよね?こんな沢山の人の前で走るの)
シオン(!は、はい.........その、とても怖いです)
カレン(ふふ♪実はカレンも)
シオン(え.........?)
何の気なしに言われた言葉。だけど、嘘をついている様子も無い。カレンさんはこの怖さと向き合って、けれど[同じ目線]に居る。すくんで縮こまったり、押さえ込もうと上から目線になってる訳でも無い。
.........[強さ]って、こういう事なのかな.........?
カレン(シオンちゃん。[ぶっつけ本番]の[B]。だよ!)
シオン(うっ.........それ、不安が凄いんで名前変えません.........?)
カレン(じゃあ、[カワイイ大作戦]♪自分の[カワイイ]を信じて走ってみて♪)
シオン(.........)
か、カワイイ大作戦.........名前の意味は分からないけど、ぶっつけ本番って言うより良いよね.........?
.........ううん。関係無い。私は私だ。一個一個のレースを全力でやる。黒沼トレーナーに教えて貰ったことを全力でただやる。だからこれは.........
シオン(.........行きましょう。[ぶっつけ本番]の[B])
カレン(!ふふ♪その調子だよ!!)
大丈夫.........今日は[ひとりじゃない]。仲間が居てくれる.........初めての[アオハル杯]。だけど.........もう[怖くない]。
シオン(.........見ていてね。[お兄さん])
シオン([恩返し]。ちゃんとしてみせるから.........!!!)
「さぁ各バゲートに入りました。東京レース場[アオハル杯予選]。第1レース短距離―――」
―――ガコンッッッ!!!!!
「―――今スタートですッッ!!!」
ーーー
短距離レース。一分で勝負が決まる非常に短い勝負。一秒のロスが敗北に繋がるシビアな戦い.........固唾を飲む者。その熱に魅入る者。大勢居る。
俺はその様子を、どこかに[引っかかり]を覚えつつただ見ていた。
ビール「.........」
フェスタ「.........インコースの後方。脚質は差しか」
オル「が、頑張って〜.........!!!」
ゴルシ「姉ちゃん.........まさか今から緊張してんのか?」
オル「だ、だって!!ウチらのレースの相手考えたら緊張しない方がおかしいじゃん!!!」
そんな俺の悩みすら気にせず、三姉妹は小突いたりじゃれあったりとマイペースさを見せている。その日常さに安心感を覚えつつも、この[非日常]に感じる何かをずっと探りあぐねていた。
『何か不安な事でもありますか?』
ビール(そりゃ沢山あるさ。でも.........今はそうとも言ってられないよね)
『.........』
空気感が肌を突く。プレッシャーを感じているんだ。相手チームからの圧が良く分かる。流石は[リギル]だ。平常時だったら柔らかく中和していた所だが.........寧ろ、良い刺激剤だ。
どこまで[持っていくべき]か。対戦相手か?ライバルか?宿敵か?因縁も意識も無い相手だが、それくらいの心作りは容易だ。伊達に役者を目指していた訳じゃない。
だがその心持ちの左右を決める程に.........このレースの行く末は大事な物だ。
「さぁレースは折り返しに向かっていく!!展開は変わらぬまま三番を先頭に―――」
黒津木「あちゃ〜.........抜け切れんのかこれぇ?」
神威「.........おい玲皇何とか言えよ」
ビール「?.........さぁ?」
二人「はァ?お前作戦考えたっつってなかったか?」
ビール「ンなもんある訳無いじゃん?ブラフよブラフ」
二人「仲間にブラフ使う奴が居るかボケェッッ!!!」
ビール「あっぶな!!?ふざけんなこちとらレースするんだぞ!!!丁重に扱えバカッッ!!!」
「後方はまだ動かないッッ!!!第4コーナーまで後わずかッッ!!!」
「そ、そんな.........ここまで食らいついてくるのか.........!!?」
桜木「.........」
―――有り得ない。彼女のレベルから考えればこれ程までに[圧]を掛けられるだなんて思いもしなかった。
現に、[彼]の脳から読み取った[IMUNI]の計算ではチーム勝率が以前よりも低い物となっている。ここまでするのに一体、どれほど.........
桜木「.........おい」
「っ.........何かな」
桜木「お前。彼女に声を掛けていたんだろう?この程度、推測出来ていたんじゃないか?」
「.........ハッ、まさか。[アレ]は[IMUNI]の性能テストの為の実験だよ。この時代に合わせる為に[グレードダウン]させたからね。計算能力がどうなっているのか確かめ―――」
突然、身体が浮かび上がる。そうかと思えば強く振られて強化ガラスに背中を打ち付けられる。
胸倉を掴まれてその拳は胸骨を圧迫し、脳は痛みとして危険信号を送り出していた。
「―――ぶっ殺すぞ」
「―――っ!」
明確な[殺意]だった。その表情は憤怒を滾らせ、尚且つその目は鋭く冷たい物だった。社会秩序など無ければすぐにでもそれを実行に移せると言える程に、この男の怒りを肌で感じ取れてしまった。
「.........ク、ハハ.........僕は[アニマ]だ。[花道 泰雅]じゃ、ない。この身体をどうこうしたからと言って何も解決しない、けど?」
桜木「少なくとも、[IMUNI]を葬れば貴様に辿り着くものは暫く居なくなる」
「.........でも、そうすれば[彼]は孤立したままだ.........大衆への洗脳は.........[IMUNI]でしか[上書きできない]、よ?」
桜木「.........クク。怖気付くとでも?」
「その刃はやがて[彼女]にも向く」
桜木「.........」
―――焦る表情。それに似つかわしくない確信めいた眼光。部屋に差し込む太陽の光が反射して怪しい光が見えるその目を見て、俺は奴をソファーの上に投げ捨てた。
「カハッ.........ふぅ、乱暴するね。全く」
桜木「生かしておく理由も無いと思っていたが、[殺すべき理由]が出来たからな。老い先短い者の思い切りの良さを甘く見るなよ?」
「君、そんな性格だっけ?」
桜木「元来短気な方だ。平和主義者だがな」
「ああ、ヤケになって戦争を起こすタイプね。納得」
.........良く観察している。争い事は避けたいが、やむ無しならば早い方が良い。火種は小さい内に大きく見せる事が大事だ。そうすれば消化も早い。
コイツは危険だ。何とかしなければ行けない。平和主義とは正反対の位置に立っている。人間の[発展繁栄]。それが[争い]によるものだと信じて疑っていない。厄介極まりない存在だ。
.........だからこそ、[視野が狭い]。
桜木「クク、一つの物事に執着する者ほど目先の事しか見えていない。正に[AI]だ」
「.........なに?」
桜木「叩き込まれた[データ]からしか読めてないんだよ貴様は、空気感も予感も何も感じていない。[勝負師]ではない」
「そんな奴に、このチームは[負けない]」
「.........フ、何を言って―――」
「これはどうした事だ!!!後方から捲って来たのは[エメロードシエル]ッッ!!!エメロードシエルだァァァ―――ッッ!!!」
「な、なんだって!!?」
―――響き渡るその言葉に驚き、身を乗り出して確かめる。しかし、確かにその言葉通り彼女が後方から前に居るウマ娘達を抜き去って行っている。
い、一体どうして.........!!?
「っ!ま、まさか.........[蓋をしていた]というのか.........!!?」
桜木「.........ククク、[アオハル杯]が裏目に出たな?」
「くっ.........!!!」
前方を走るのは[カレンチャン]。彼のチームメンバーだ。その彼女が先頭を走り、後方へ[圧]を掛けていた。
今までだったら.........彼女一人だけだったらこうは行かなかった.........その為に対策を施し、その為のトレーニングも算出した.........
だが.........まさか[想定外一つ]でここまで瓦解する事になるとは.........!!!
桜木「彼女は[戦略家]だ。あらゆるレースデータを元に、誰がどう出られるかを予測出来る。だからこそ、常に相手より上手を行き、それが出来ない事を悟らせる」
桜木「.........そしてそれは、[チーム戦]でこそ真価を発揮する。味方の出方を伺い立てる事無くそつなくこなす。[Curren]の実力は本物だ」
桜木「ククク.........[空気を読む]。確か[AI]はまだ無理だったなぁ?」
「っ、フフ。まだ良いさ.........僕にはまだ手が残っている。たかが[短距離]。[穴埋め]が居ないと計算してしまった[IMUNI]の唯一の[落ち度]」
「でも[中距離]、そして[長距離]は.........そうは行かない.........♪」
シエル(見える.........ッッ!!!どこから抜け出せば良いのかッ!どこから加速して行けば良いのかッッ!!!)
―――[走りやすい]。誰も居ないトレーニングコース以上に、どこから出て、どこから力を掛ければ良いのかが分かる.........!!!
これが[カレンさん]の.........チームの走り方.........!!!
シエル(っ、やっぱり凄い.........!!!私じゃここまでするのにどれだけ掛かるのか.........考える事も出来ない.........)
シエル(.........でも、[掴めた].........!!!)
空いている隙間を縫うように走り抜ける。相手との合間を通り抜ける度に、[風]を感じる。どこまでも突き抜けて行けそうな突風.........それが、今私を中心に渦巻いているのが分かる.........
シエル(突き抜けろ―――!!!)
(雲を貫いてッッ!!![碧空]を見せろ―――ッッッ!!!!!)
「―――差し切ったエメロードシエルッッ!!!今1着でゴールインッッッ!!!!!」
「快勝[レグルス]の勢いはッッ!!!強豪[リギル]相手にすら怯まなかったッッッ!!!!!」
ビール「っし!!!」
バク「ううぅ〜!!!こんな素晴らしいレースが見られるだなんて.........!!!何故私はあの場に居られなかったのか.........!!!」
ファイン「バクシンオーさんが繋げたんですよ!!短距離の無敗記録を!!!」
―――一番に走り抜けたシエル。その彼女に盛大な喝采が送られる。それを受けて彼女は勝利のパフォーマンス。被ったキャップ帽に右手を掛け、思い切り天へと放り投げた。
「OKッッッ!!!!!」
ビール「!はは、そこまで履修したのかよ」
黒津木「あれ、よく見りゃアレテリーの帽子じゃん」
神威「良かったな玲皇。アルミホイルとかじゃなくて」
ビール「いやそれはそうだけども.........」
やめろよ今そういう事言うの。くそ。こんな事態じゃなけりゃ俺だって有給取ってEVOJ行ってたのに.........
そんな軽口を叩き合っていると、不意に彼女と目が合った。観客に手を振って応えている彼女が俺に、満面の笑みを浮かべて両手を振っている。
ビール(.........あれ、あの顔、どこかで―――)
『―――キャハハ!もう一回やってー!!』
ビール(―――あ)
.........そうか。引っかかってたのって.........ずっとこれだったのか.........
.........情けねぇなぁ。いい大人が敵だの悪だの、そんな顔、[子供]に見せる訳にゃ行かねぇだろ。
なぁ?[桜木]。お前が目指してた[大人]って、そんな[二元論]で簡単に終わらせちまうもんだったのか?
ビール(.........クク、本当。人生ってのはどう転ぶか分からねぇな)
『.........ンで?決まったのか?』
ビール(ああ。決まりだ。結局俺ぁこれしかねぇからよ)
ビール(神だろうがなんだろうが関係ねぇ。俺は.........[トレーナー]だ。だったら―――)
([この娘達]の[憧れ]として、[奴]と戦うさ)
ーーー
「[第2レースマイル戦]の準備が始まります。観客の皆様は今しばらくお待ち下さい」
「なるほど。やはり[超えてきた]か」
人々がそれぞれ思い思いに散っていく中、私達はウマ娘達が去って行ったターフを見つめていた。
行雲流水のまま見守ってきたが.........それでもこの昂りは抑えきれずにいる。私もまた、[ウマ娘]の一人なのだと思い知る。
「.........血が騒ぐな。[ルドルフ]」
ルドルフ「フッ、それは君の方じゃないか?[ブライアン]。何せ、相手は[桜木トレーナー]が率いる[レグルス]だ」
「ふ〜ん。アタシは良く分かんないな。どんな人なの?」
ナリブ「.........理事長室で花火をしたり、保健室で焼肉を焼いたりする奴だ」
「え、なにそれ。変な人だね」
ルドルフ(.........多分、君の事を彼に言ったら同じ事を思うと思うよ。[シービー])
驚いた様な顔で特別観戦室のガラスを見上げるシービー。そこには普段の彼からは想像出来ないほどに[退屈]そうな表情を見せ、足を組んで時間を潰していた。
.........違和感はある。だが現状を考えるのならば致し方無いのかもしれない。
今この世間を取り巻く彼に対する[悪感情]を見れば.........
シービー「ルドルフ♪あんまり考えても仕方無いでしょ?走れば分かるんだから」
ルドルフ「!.........ああ。ここに居る以上。それ以外の手は無いからね」
ナリブ「[マイル]。そして.........[中距離]。極めつけは[長距離]だ。どう考えても土は着く」
ルドルフ「.........でも、君の表情はとても[楽しそう]だ」
ナリブ「当たり前だ。[あの男]がそう簡単に予測通りにして来るはずが無い」
顔を伏せて笑うブライアン。その姿を見るに、余程今日という日を待ち望んでいたに違いない。
私もその類に漏れない.........が、考えていた[相手]とは違う事態になり、正直困惑の方が勝っていると言っても等しい。
ルドルフ(.........ここは、[シリウス]が出てくると思っていたのだが.........まさか―――)
「なーなー。姉ちゃんそろそろ調子戻そうぜー?レースに影響出ちまうってー」
「む、無理っ!吐くっ!!!土下座の練習する!!!何番煎じが出しゃばってごめんなさい!!!(素振り)三冠バの恥さらしでごめんなさい!!!(素振り)」
「何でそんな卑屈なんだよ.........」
ルドルフ「.........」
遠くで何故か土下座を始めた栗毛のウマ娘。その隣にはゴールドシップと.........確かナカヤマフェスタ。その二人が土下座を辞めさせようとしてはいるが、それすらも振り払う程の力で何度も頭を下げている。
.........あれが次の[対戦相手]。私達と[中距離]を競う相手だ。
ルドルフ「.........一時はどうなる物かと思っていたが、[荒れる]だろうな」
ゆっくりと目を閉じ、思考する。ゲートインまでは予想は付く。だがそこからは白紙。正に深い濃霧に包まれてしまっている。
しかし虚心坦懐。不思議とそれを受け入れている自分が居る。それほどまでに、その時を待ち侘びている。
想像以上に力を付けていた[レグルス]。強大なチームを前に、私はただ、純粋な気持ちでその瞬間を楽しみにするのであった.........
......To be continued