山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
―――暗闇の中、意識が芽生える。何も無い虚無の空間。時間の流れも何もかもが曖昧で、苦痛を感じる程の虚無。
最近、そんな夢を見る。失った物の大きさを知らしめているのか、定かじゃないが、そうとしか言いようがない。
後悔は無い。格好付けてるつもりは無いが、事実としてそう考えている。現実も受け止めている。
ただ、失った物の[幻肢痛]が、俺を苦しめている。
[夢]という欠損。その[幻肢痛]に.........
ーーー
桜木「.........」
ぐわんぐわんとした頭の痛さを抑えながら廊下を歩く。仕事をしない頭痛薬に内心悪態を着きながら、昼のチーム小屋へと向かっていた次第だ。
なんともまぁ珍しく、平穏な今日を過ごしている。このまま何ともなければ嬉しい。
なんせ、今週末は[アオハル杯]だからだ。
長いようで短かった一ヶ月間。この生活に終止符が打たれると思うと寂しさを覚える。
その理由は.........何となく、察しているつもりだ。
なんとも言えない気持ちを抱えたまま、俺はチーム小屋までの道のりを歩き、扉を開けた。
桜木「.........」
全員「.........あ」
桜木「.........いっ!!!??」
開けた先に広がる光景。そこにはチームメンバーのウマ娘全員と、トレーニングを見てくれていたトレーナー陣が集まり、何かをしていた様子だった。
驚いたのは一番奥にあるホワイトボードにある文字。[出走確定]の文字と、各距離だった。
桜木「ちょちょちょ!!なにこれなにこれ?俺なんか忘れてた!!?スタメン決定って今日だっけ!!?」
マック「こ、これは、その〜.........」
説明をしようと立ち上がるマックイーン。しかし余程言い難いのか、言い淀みしながら俺に近付いてくる。
彼女の説明を待っていたが、それを待たずに東条さんが口を開いた。
東条「.........[アオハル杯]の出走者を決めていたのよ」
桜木「ぇ、と.........俺、もしかして忘れちゃってました.........?」
東「忘れてない。連絡は.........お前にはしていない」
桜木「.........」
.........つまり、だ。この状況は故意的に作り出されたものだ。俺が不在の中、出走者を決める。そこにどんな意図があったとしても、それを考える事はしない。
桜木「あ、はは.........邪魔したみたいっすね.........じゃあ俺はこれで.........ぐえっ!!?」
マック「トレーナーさんっ!!行きますわよっ!!!」
な、ぇ、この、え何?何!!?何がどうなってるの!!?普通こういう時って誤解を解くために引き止めて説明するのが普通だよね!!?何でこの子俺を引っ張って外に行こうとしてるの!!?
マック「あ、テイオー?私午後から予定が出来ましたので、教授に伝えておいてくださいまし」
テイオー「え〜〜!!?ボクが〜〜!!?嫌だよ〜!!!ボク怒られたくない〜!!!あちょっと!!!??」
―――そんなテイオーの制止も虚しく、マックイーンは扉を閉めてアイツを連れて行ってしまった。
タキオン「ククク、良いのかい?フジキセキくん。君の立場なら止めるべきだろう?」
フジ「私はただの寮長だよ。門限を守ってくれるなら大目に見るさ」
黒沼「東。お前は言葉が足りな過ぎる」
東「はァ!!?オメェに言われたくねぇよ!!」
桐生院「何やってるんですか東さんっ!!!」
ギャーギャー騒ぎ始めた連中を尻目に、私は座っている椅子をトレーナーに近付けた。
シリウス「騒がしくて嫌になるな。リギルが懐かしくなる」
東条「ふふ。貴女からそんな言葉が聞けるなんて。送り出した甲斐があるわね」
シリウス「ハっ、ここに来りゃ誰だってそう思うだろうぜ」
目の前で繰り広げられるカオスな状況。そんな事を素知らぬ顔で自分のやりたい事をやり始める連中すら居る。これを混沌と言わずして何と言うのか。私はそれ以外に形容する言葉を知らない。
こんなにも伸び伸びと、自分を出せる空気感は早々作れない。けれどそれが良いと感じられるかはまた別だ。馴染めないと思う奴も居る。
.........だがそれも、近いうちに何とか出来るかもしれない。
密かにメモを取るトレーナーを見て、私はそう考えた。
ーーー
桜木「サプライズ、ねぇ〜.........」
マック「納得して頂けましたか?」
学園の外をほっつき歩きながら空を見上げた。話をまとめると、レース当日にメンバーを知れば俺が驚いてくれると思ったらしい。
これでも今までトレーナーをやってきた身だ。ある程度は選出に予想は着けられる。そんな俺が驚く程のメンバーを出すという事は、余程型破りでなければならない。
一体誰が出るのか。そう考えていると、マックイーンがルンルン気分で俺の前へと躍り出てきた。
マック「トレーナーさん♪」
桜木「な、何?」
マック「実は、最近新しく出来たカフェが気になっていまして.........」
.........なるほど。俺を連れ出したのはそれが目的だったってわけだ。隣にたってスマホを見せてくるマックイーン。可愛い。外じゃなかったら抱きしめたいくらいだった。
桜木「分かった。行こっか」
マック「やった♪」
ーーー
彼女に手を引かれて来たのは、古民家カフェ。そう呼ぶに相応しい雰囲気のカフェだった。
元は庭付きの一軒家だったのだろう。大胆に工事を施し、タイルで埋め立てられたであろう庭とテラスには、テーブルと椅子が良い間隔で配置されている。
桜木「おしゃれだね〜。通ってるの?」
マック「いいえ。偶然通り掛かって、雰囲気が良かったので.........出来れば、トレーナーさんと一緒に.........」
可愛い。なんていじらしいんだ。こんな彼女を持てて俺は幸せ者だ。
改めてそれを認識しながら、俺は店の扉を開けた。カランカランと心地良い音を響かせ、広がる内部の内装に呑んだ息。
「いらっしゃい」
二人「.........は?」
その息を、俺達は店主を見て吐き出した。
「やぁ。奇遇だね」
桜木「奇遇だね。じゃねぇッッ!!!何やってんだテメェッッッ!!!??」
そこに立っていたのは、紛れもなく。[アニマ]。
[アニマ]。
そう。[アニマ]だ。
おっと、やずやのくだりは必要無い。そんなおふざけに付き合えるほど余裕じゃない。
アニマ「何やってるって、この世界で生きていく為にはお金が必要だろう?」
桜木「いやそうだけど!!そうじゃなくて!!」
マック「すいません。カフェラテを一つお願いしますわ」
桜木「マックちゃん!!?何頼んでるの!!?」
マック「こういう展開にはもう慣れましたわ。貴方のお陰で」
あら強か。じゃない!!!流石にこれは気にして!!!
桜木「俺が言いたいのはッッ!!!テメェがどうしてこんな所に居るかって話だッッ!!!」
そう問い詰めると、奴は面倒そうな顔でコーヒーを作りながら話を始めた。
端的に言えば、現状のアニマは[依代]を媒介にした存在ではなく。つまり、[肉体]を持った一人の人間として存在しているらしい。
ていうか、前にばったり出会った時点でそうなっていたんだと。全く気付かなかった。
肉体を得た方法もこれまた難解で、普通の人には見えないまでも、[霊感]を持つ人間には少し分かるそうで、そう言った人間の悩みを解決して行ったらいつの間にか実体を持てるほどの力を得たんだとか。
怖い。つまり幽霊とかに意識を向けたらいつか具現化するって事?すぅ〜ごいじゃん。
そんな与太話を聞かされながら俺達はテーブルについてコーヒーを啜った。美味い。酸味は無いが、コクと苦味がキリッとしている。俺好みのコーヒーだ。
「本日は来年より制度が改正される[凱旋門賞]に関しての特集になりますっ!!」
桜木(.........?[凱旋門賞].........)
店の隅の天井近くに備え付けられているテレビから流れた言葉に惹かれ、俺はその方向を見た。
[凱旋門賞]。トレーナー。そして競技をするウマ娘にとっては誰もが一度は夢見る頂。その制度が、[改正]される。
マック「あら、知らなかったんですの?」
桜木「あ、ああ.........暫く、忙しかったから.........」
いつの間にかパフェを注文していたマックイーンから視線を外し、テレビから流れる情報をそのまま受け取る。
学生やプロ。それら全てをひっくるめての[凱旋門賞]。競技に打ち込むウマ娘達全てを対象にしたレース。
そこに、メスが入るのだと言う。
トレーナーレーティング1位。レーサーレーティング1位のウマ娘がそれぞれ、自分の走りたいウマ娘とトレーナーを選び、そこに招待状を送る。と言った物だ。
素晴らしい試みなのだろう。だが大半は叶うことは無い。ウマ娘は良い。そこに参加するだけなのだから。自分の担当トレーナーを連れて行ける。
だが招待されたトレーナーはただ見るだけだ。自分のウマ娘はきっと連れて行けない。
けどもし俺が招待されるなら―――
―――彼女の顔を見た。美味しそうにパフェを食べる彼女を。
そして悟った。ようやく分かった。
自分の[夢]。その輪郭。形。そして色。
分かったのに.........それは太陽のように遠い場所にあって、手が届かない。
そして俺は.........その[光]に[縛られている]―――
桜木「―――.........ハっ、何が[トレーナー]だ」
マック「?トレーナーさ―――」
―――そんな自らを嘲る言葉が聞こえてきて、私は顔を上げました。しかし、そこには想像していた顔は無く、寧ろ清々しく、それでいて憑き物が落ちた顔でテレビを見ている彼が居ました。
桜木「マックイーン。それ食べたら戻ろう」
マック「え?で、でも.........」
桜木「やらなきゃ行けない事があるんだ。まだ昼休み終わってないし、君もそろそろ卒業なんだから。内申に響くよ?」
ぐうの音も出ない正論を突き付けられ、私は固まりました。そんな事など露知らず、彼は身体を大きく伸ばし、凝り固まった身体を解す仕草を見せました。
そこに居たのは紛れもなく.........[以前までの彼]でした。
桜木「.........」
―――パフェを完食する為にスプーンを進める彼女を見る。
ようやく納得出来た。俺はトレーナーを[辞めなければいけない]。
病気やモチベーションなんかじゃない。[夢]があるからだ。
そしてそれは、[叶わぬ夢]だ。
そのまま続けてしまえば、[彼女]を[他人]に重ねて見る。
そんなのは.........[トレーナーじゃない]。
だから.........辞めるべきなんだ。
[夢への執着]を獲得した。
ーーー
桜木「よ〜し。今日のトレーニング終了!お前ら身体暖かくして寝ろよ!」
ファースト「はいっ!!」
夜の9時過ぎ。いつも通りの時間にアイツはトレーニングの修了を言い渡して来た。車椅子の人.........アグリモケットさんも、少し疲れた様子で伸びをしていた。
アグリ「ん〜.........!はぁ。大変ですね。教えるのって」
桜木「この子達は覚えが早い方ですよ。それに、代わる代わるメンバーが来ていますし、アグリさんの戦法も全体に伝わってるんで、戦うのが怖いですね。正直」
アグリ「ふふ。とか何とか言って、桜木さんのチームの方こそ何を出してくるか分からないじゃないですか♪」
桜木「俺も分かりませんからね。そこも怖い」
真面目な顔で突拍子も無い事を言って退ける。その言葉に私達は身体を硬直させながらも、何故そうなっているのかを少し考え、答えには辿り着けないことを直ぐに悟った。
こういう奴だ。考えたって分かりはしない。理の外に居る。それはこれまでの事を考えれば分かることだった。
.........でも、だからこそ。話を聞く価値がある。
桜木「.........?どうした?帰らないの?」
ココン「いや、その.........」
グラッセ「ココンはアンタの話が聞きたいんだってさ」
ココン「!?グラッセ!!?」
グラッセ「良いじゃんか!私らだって聞きたいんだしっ」
心の内を読まれたのか、思っていた事が外に漏れてしまった。グラッセは悪気は無さそうに笑顔を向けてくる。他の子達も同じ様に.........
困った顔で頭を掻きながら、視線をどこかへやるアイツ。観念したかの様にため息を吐いて、私達に顔を向け、先程視線をやった場所に親指を突き立てた。
桜木「.........腹減ってんだろ?行くぞ」
アグリ「わー♪あそこ気になってたんですっ♪」
ーーー
桜木「よう」
白銀「おう。随分大所帯だな」
暖簾を潜り、いつも通りの顔を見る。最近じゃコイツの姿も板に着いてきて、違和感を感じないのが逆に違和感になってきた。
桜木「今日は?」
白銀「白湯の予定だったけど人数分用意してねぇわ」
そう言いながらやかんの火を止め、何やら準備をし始める。それを横目に、俺は皆を手招きした。この調子なら変な物は出されないだろう。
アグリ「お邪魔しま〜す♪.........!!?し、白銀さん!!?」
白銀「?誰?」
アグリ「ぁいえ!私は一般の人で、あの、白銀翔也さんですよね.........?プロテニスプレイヤーの.........」
桜木(最初は皆こんな反応だったなぁ〜.........)
俺の1年目は正にこんな光景が繰り広げられたが、2年目からはそんな物はなかった。寧ろ驚く方がおかしいという空気まで蔓延し、新入生にすら気安く声を掛けられる存在になってしまっている。
トレセン学園のスポンサー。そう公表してはいるが、こんなに入り浸っているスポンサー主も世界ひろしといえどコイツくらいだろう。
手早くサインを貰い、大事そうに受け取るアグリモケットさんを他所に、学生達は何を出されるのか戦々恐々としている。
アグリ「ありがとうございますっ!!主人が大ファンで.........!」
白銀「写真も撮る?」
アグリ「是非っ!!」
桜木「.........?結婚してるんです?」
アグリ「あれ?言ってませんでしたっけ?入院していた頃に知り合った看護師の方と一昨年に」
知らなかった。俺は既婚者を夜に呼び出してしまっていたのか?やってる事が最低じゃないか.........
アグリ「.........ふふ。ちゃんと夫にも話しています。許可も得ていますし、桜木さんの事も話していますよ♪」
桜木「そ、そう?」
良かった.........勘違いで発生する系の昼ドラは無かったんだね.........
そんな安堵と共に、水分が激しく蒸発する様な音が聞こえて来た。その方向を見ると、いつの間にやら用意された鉄板の上に肉が焼かれているのが見えた。
桜木「おま、これ.........」
白銀「研究途中だからな。普通のしか出せねぇぞ」
桜木「普通ので良いんだよ.........」
肉を焼きながら一口では食べれない程の大きさの野菜を鉄板に乗せ、鉄ヘラで細かく切り刻んでいく。素材そのものの匂いだけで腹が減っていく様に感じてしまう。
グラッセ「なあアンタ。焼きそば屋目指してんだろ?だったら最初からこれ作っとけば良いじゃん」
白銀「バカ女にも言われたなそれ。一つの頂点を目指すなら他のてっぺんの景色を知らないと辿り着けねぇだろ」
ん〜。言ってる事はまともなんだが、まともな奴じゃ無い奴が言ってるとぶっ飛んでる様に聞こえるんだよな.........
そして、そんなぶっ飛んでる奴が作る様は呆れる程に普通だ。手際も、手順も、淀みなく素早く、この大所帯に必要な分を全て作り上げていく。普通の飲食店。ケチのつけようが無い。
麺や具材。それらがソースと絡まりきって焼きられた後に皿に盛り合わされる。どこをどう見ようと焼きそば。疑いようが無い。
白銀「普通の焼きそばだ。味も普通でつまらねぇが、出させたのはお前らだ。文句言うな」
桜木「言わねぇよ.........っつか、焼きそば専門店って看板掲げてんじゃねぇか。素直に出せよこれくらい.........」
出された焼きそば。留学生達は日々の節制であまりこういう物を食べてないのだろう。そういう部分は、樫本理事長体制で直すべき場所だ。アオハル杯の結末がどうなろうが、そこはどうにかするよう話をこねくり回すしかない。
グラッセ「っ!美味しい.........!!蕎麦を焼いただけでこんなに違う味に.........!!?」
桜木「そばはそばでも中華そばだ。ソース掛ける前の麺の色がそもそも違うだろ?.........おいそこ。蕎麦があったかって気が付くな。忘れろ」
料理道具を洗っている白銀の奴が蕎麦ってのを聞いて忘れていた。という顔をしやがった。ようやく焼きそば作ったんだ。この辺でやめとけ。
対してビターグラッセの方はまだまだ自分の知らない事があると頭を掻きながらも、それに対して好奇心を剥き出しにしていた。そういう若さがなんと言うか.........いいや。ここは素直に、[羨ましい]の一言で済ませたい。
そういう素直さだけは、無くしちゃ行けない。
そんな焼きそばの味を楽しむ一団の中に一人、出されたそれとにらめっこを続けるウマ娘が一人.........まぁ、そんな事だろうとは思った。
桜木「.........安心しろ。別に美味い飯で煙に巻くなんてバカバカしい事しやしねぇよ。今話したいなら好きにしな」
ココン「.........じゃあ、言う」
―――周りの喧騒が、一気に静まり返った。私の本音が、私の口から出ていくなんて、自分で言うのもなんだけど、滅多にない事だから。
.........ずっと。ずっと考えていた。今私達がしている事。それは.........間違った事じゃない。だけど、正しい事じゃない。
分かってる。答えなんか無い。何が正解かなんて誰にも分からない。けれどそれに蓋をして、心の中に霧を張ったままじゃ.........後悔は出来ても、反省なんて出来ない。
ココン「.........私は―――」
「―――[トレーナー]に、今までの事、打ち明けたい.........!!!」
桜木「.........そうかい」
―――声を震わせ、身体を強ばらせながらそう言い切った。相当勇気を振り絞る決断だろう。なんせ彼女達は、自分達がしているのは裏切りに等しい物だと思っている。
俺が樫本理事長と通じているなんて夢にも思っていないこの状況でその結論を出せる。
.........ああ。本当、[羨ましい]。
桜木「.........そうだな。そうだよな」
桜木「.........[隠し事]や、[言うべき事]。全部ほっといて目標優先。なんてのは、虫のいい話だわな」
アグリ「?桜木さん.........?」
桜木「.........なあ白銀。明日の昼予定開けとけ。呼びつけっから」
白銀「.........おう」
言わなければいけない事。それを言わずして前に進む。物語としての構造としては欠陥。ゲームとして見たらクソゲーの部類に入る。体験する身からすれば今までの努力を嘲る愚者の行為だ。
偶発的ならまだしも、仕様として物語に組み込まれたのなら言うべきが筋。それが当たり前だ。
その[当たり前]を.........無意識に避けてしまうほど、俺も老いさらばえちまったって訳だ。
それを、しない為に。若さの欠片も無くなってきた心の中の[勇気]を、隅々までかき集めなければいけない.........
桜木「.........美味ぇな」
その為に、暖かい飯を覚悟の為に、俺は口の中へかき込んで行った.........
ーーー
桜木「.........集まったな」
曜日は水曜日。時間は昼休み。いつもは少し手狭なだけのチーム小屋がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。なんせ、普段は居ないトレーナー勢+二人の部外者だ。
カレン「話ってなんだろうね.........?」
ファイン「マックイーンさんは何か聞いてます?」
マック「いいえ.........私は何も.........」
バク「はっ!!分かりました!!遂に私の努力が実を結び!!アオハル杯では長距離を担当して欲しいという事では!!?」
バクT「っ、いや。そういう話は出ていない.........」
ゴルシ「勿体ぶらずに言えよおっちゃん!!話の鮮度とネタの鮮度ってのは冷蔵庫なんかじゃ保存出来ねーんだぜ!!?」
オルフェスタ「そうだそうだー」
ライス「お兄さまの様子.........何だか最近と違うかも.........?」
ブルボン「心拍数、体温センサー。共に以前までの数値と概ね合致しています」
ウララ「トレーナー.........?」
桜木「.........まぁ、あんまし真面目に無口貫く質じゃねぇからな。そろそろ口開くわ〜」
全員「.........!!?」
―――その時、その場に居る全員が驚いた。
[戻っている]。首に手を掛け、骨を鳴らす音を響かせながら言うその仕草が、完全に人物像にピタリとはまり込んだ。
桐生院「えっと、それで、お話というのは.........?」
桜木「何もそんなビクつかなくて良いよ桐生院さん。今明かされる衝撃の真実ゥ〜。なんて物は出てこないから」
桜木「ただ、皆の中で薄々勘づいて居た事。それを言葉にせずにこのまま突き進むのは不公平だって思ったからな〜。ちゃんと伝える」
「俺は、[トレーナーを辞める]」
「勝とうが負けようが関係無ぇ。だから、妙な期待するなよ?」
―――言った。彼は、まるで、私達に目標レースを掲げる時と同じ抑揚。同じ表情で。確かに言い切った。
デジ「そ、んな.........」
桐生院「ち、チームは!!チームはどうなるんですか!!?」
桜木「ああ。そこに関しちゃ問題無いね。アオハル杯終わっても残留するメンバー。今年で卒業だから」
マック「ぁ、確かに.........そう、ですわね.........」
抜かりない。発生するであろう問題への返答は既に用意しているのだろう。トラブルメーカーでありながらも、それを予測し対処をしてきた男だ。それくらいの事は出来る。
沖野「桜木。諦めんのは少し早いんじゃねぇか?ここは一つ、休職って手もあるだろ?」
桜木「.........」
沖野「.........桜木?」
至極真っ当なやり方を沖野くんが説いた。普通のやり方だ。本来の彼ならその案に飛びついて居たのだろう。
しかし、彼が見せたのは寂しげな視線であった。まるでそれでは意味が無いと言わんばかりの目を向けた。
やがて、沖野くんは何かを察した。
そして、答え合わせをするかのように.........
桜木「なっはっはっはっ!!!夢に届く確信はあったけどなぁ!!!俺達ぁ[速すぎた]みたいだぜ!!!」
オペ「は、速すぎた?ど、どういう事ですか!!?先生っ!!教えてください!!!」
シャカ「速すぎただァ?チッ、訳分かンねェ.........」
シリウス「.........」
神威「速すぎたって、ワンピースって事?」
黒津木「玲皇の夢、ひとつなぎの大秘宝なの濃厚バレバレ確定」
白銀「あ、そういえばよ。最近ワンピースでニカとイムが」
神威「わぁ止めろッッ!!!俺ァ単行本派なんだよッッ!!!口閉じろテメェ.........!!!」グググ!
タキオン([速すぎた]。いや、[早すぎた]?つまり、[時期が悪かった].........?何の?)
いくら考えてもピースが足りない。過程が出揃わないパズルを完成させる程無益な作業は無い。殆どは空想。つまり、当人の妄想の域を出てはくれない。考察とは程遠い。
だが、一つだけ言える事はある。
彼は、私達の[夢]を叶えて置きながら。
私達は、彼の[夢]を叶える事が出来なかった。
そして、こんな回りくどい言い方をしているという事は、つまり。
タキオン(.........もう、無いんだろう?聞かせる気なんて物は.........)
酷い話だ。私達を散々引っ張って、思想や考え方を変えてきた。そうやって私達には、私達なりのやり方で[夢]を叶えさせた。
だと言うのに、私達にその[責任]すら果たさせようとしない。これのどこがフェアな関係だと言うのだろう?
これでは、人の良い道楽者の掌で踊っているだけではないか。
自然と奥歯を食いしばった。そして有無を言わさないまま、彼は両手を叩いて注目を集めた。
桜木「さっ、気難しい話はこれで終わり。後は各自戻っていいぞ〜。納得いかない奴は全部話してやっから残れ〜」
タキオン「.........?は、話すのかい!?」
桜木「?おう。話す話す。全部な」
タキオン(.........そ、想定外ではあるが、話が聞けるのなら.........ん?)
納得していないメンバー。
1.アグネスタキオン
2.アグネスデジタル
マック「ではトレーナーさん♪また後で〜♪」
二人「な、ぇ.........?」
まさか。まさかほとんど誰も残らないとは思わなかった。トレーナー陣ですらも残っていない。残ったのは本当にこの二人だけだ.........
あまりの出来事に半分意識を失っていたが、私は気を取り直して改めて彼に聞いた。
タキオン「.........なぜわざわざこんな形を取ったんだい?言うべきだと思ったんだろう?さっき伝えれば良かったと思うが?ん?」
デジ「そ、そうですっ!タキオンさんの言う通り、トレーナーさんの言っている事の意味が分かりませんでした!!納得できません!!」
桜木「あ〜。残ると思ったアグネスコンビ。そういう所似てるよね〜」
二人「誤魔化さないッッッ!!!!!」
桜木「へいへ〜い」
フジ「.........良いのかい?残らなくて」
マック「え?」
カフェ「わざわざああいうという事は、元来のチームメンバーに伝えたい事があったのかと.........」
ポッケ「おう!流石にここまで一緒に居たら分かるぜ!俺でもな!!」
―――学園の廊下を歩きながら、気遣う方々に声を掛けられます。約一年。ウマ娘にとってはジュニア期が終わりきらない時間。長さとしては、とても短い。
それでも、色濃く濃厚な彼に触れてしまえば、大抵の事は分かってしまいます。
.........でも。
マック「.........隠し事は嫌いです。けれど、わざわざそれを暴くほど、私は彼を信用していない訳ではありません。それに」
マック「あれは、[聞いてもらいたい]という物ではなく、ただ純粋に。[知りたい]と求めた方に向けられた言葉です」
―――詳細を聞かされた二人。一人は膝を崩し、一人は唇を噛み締めた。そして、言葉の意味も、寂しげな表情の訳も、全て悟った。
[早かった]。本当に、それだけなのだと。
自分達が生まれる時期が、数年遅ければ。或いは.........そういう。話だった。
日本の時間軸だけが、ズレてくれていれば。と。
廊下に出ていく二人を見つめるその目は、後悔が、反省か。
だが明らかに。[諦める事を諦めた]。その自分の末路がこれなのだと。改めて思い知らされた目をしていた。
デジ「っ、っ.........!」
タキオン「.........」
―――扉を閉め、ただ佇む。グラウンドを駆け抜ける風が今日はなんだか、酷く億劫な物に感じてしまった。
私。いや、私達科学を信じる者に[神様]などは居ない。未知に対する好奇心。透明な輪郭に触れようと、確かめようとした時から既に、その神様とやらの目は強く閉じられた。
抽象的な言い方で言ってしまえば、透明な輪郭を確かめようとしない者のみが見える存在。具体的な言い方ならば、データも再現性もない御伽噺を信じる者のみが信仰する存在。
それが、個人的に評価した[神]の在り方。
タキオン「.........[早かった]。か」
タキオン「ままならないね。人生という物のは」
神は死んだ。哲学者はそう言った。科学者も例に漏れず、法則というルールに乗っ取って世界のヴェールを剥ぎ取っていく。
それでも、どうにもならない物は.........
少しは、目を開けて欲しいと。願ってしまうよ。
―――こうして、各々の物語が終着へ向かって行く。
ココン「―――!」
樫本「―――.........」
ファースト「―――!!?」
ある者は頭を下げ。
沖野「―――〜〜〜!!!」
東「―――.........っ」
桐生院「―――!!」
ある者は奮闘し。
桜木「.........」
ある者は、進み続けた。
道を違える日はそう遠くない。誰しもが、悔いを残す事が無いように日々を過ごしていく。
決着の日は、刻一刻と過ぎていったのだった.........
......To be continued