山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜   作:ギノっち@カマタラル

25 / 235
トレーナー「新たな仲間と怪しい雲行き」

 

 

 

 

 

 5月も終盤を迎え、太陽の暑さもジリジリと大地を焼き始める時期になった。

 

 

桜木「よーしっ!!点呼もとった!!それぞれ持ち場について渡したデイリーをこなしてくれ!以上!!」

 

 

 夏の暑さが気持ちいいと思うヤツ。それは生粋の中央生まれだ。サンサンと照りつけながらも蒸しらせた空気の暑さのダブルパンチに、北国生まれの身体はガタガタだ。

 汗をひたひたと垂らしながらも、俺もアグネスタキオンに言われたメニューを始めようと準備をしていると、マックイーンが後ろから声をかけてきた

 

 

マック「もし、トレーナーさん。一つよろしいでしょうか?」

 

 

桜木「なんだ?」

 

 

マック「チームメンバー。二人ほど増えているのですが、お心当たりは?」

 

 

 なんだろう、マックイーンの顔に若干影が掛かっている気がする。そして背後からはゴゴゴと言うような効果音も見えてくる。怖い。

 

 

桜木「あー.........テイオーは、知らん。沖野さんも驚いてたし、チーム[スピカ]だし」

 

 

マック「ではミホノブルボンさんも?」

 

 

桜木「それは俺」

 

 

マック「そうですか」

 

 

桜木「はい」

 

 

マック「走りで決めたのですか?素敵でしたか?」

 

 

桜木「.........とても素敵でした」

 

 

マック「そうですか.........」

 

 

 静かにガッカリしたような面持ちと声色でゆっくりと近づいてくるマックイーン。あれ、この状況見た事あるぞ?確かあれもブルボン関係だったような.........

 

 

マック「やはり、この手が行けないのですね」

 

 

桜木「ヒエッ」

 

 

 マックイーンさん?おめめのハイライトが無くなりましたけど?電気ついておりませんけども?どうしよう、電気つけるスイッチはどこにあるんだろう.........

 そんな現実逃避をしながら、次にくるであろう痛みに諦めを感じつつも、次にハイライトが消えた時の為に、スイッチの場所を探していた(?)

 

 

桜木「300円で手を打ちませんか?」

 

 

マック「  」

 

 

桜木「うげぇぇぇぇッッ!!!??た、タワーブリッジィィィィ!!!????」

 

 

 ハハ、どうやらブレーカーごと落としてしまったらしい。南無三。

 ウマ娘の神秘とも言えるパワーに背骨を軋ませながら、その日のトレーニングはまず、呻き声で始まった。

 

 

ブルボン「何をやってるのでしょう、お二人は.........」

 

 

ライス「き、気にしないでいいよ.........?いつもの事だから.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「酷い目にあったぞい.........」

 

 

 まったく、最近マックイーンの攻撃が激しくなってきている気がする。なんだろう、悪いことはしていない気がするのに、悪いことした気になってしまう。

 いやいや、俺はトレーナー。将来有望なウマ娘のサポートをするのが仕事。マックイーンになんか負けてられるか。

 

 

「サ・ブ・ト・レ・ー・ナ・ー!!」

 

 

桜木「なんだテイオー、練習はどうした?」

 

 

テイオー「いやいやー、サブトレーナーの実力をワガハイが直々に見てしんぜよーと思ってさ!!」

 

 

 むむ、どうやら俺の指導力を試したいらしい。テイオーはその小さい身体でめいいっぱい胸を張り、自信を誇示している。

 

 

桜木「いいぞ、今日の俺のメニューは何時もより少なめだしな」

 

 

テイオー「え、トレーナーもトレーニングするの?」

 

 

桜木「え?あぁ.........よく考えたらおかしいよな?でも仕方ない。俺がトレーニングしないとタキオンがトレーニングしてくれないからな」

 

 

テイオー「えぇ.........」

 

 

 なんだ、その顔は、俺がまるで変人ってるみたいじゃないか。仕方ないだろう!?アグネスタキオンはワガママできかん坊なんだからこうでもしないと走ってくれないんだよ!!

 

 

タキオン「フッ!!」ピュン!

 

 

桜木「あっぶな!?」

 

 

タキオン「モルモット君。また失礼なことを考えていただろう?」

 

 

 くっ!なんでこいつはいつも俺の心の内を読んでくるんだ!?いや、ていうかその前にその吹き矢はなんだ。

 そしてそこでなんでバカンスのようにくつろいでるんだ?サングラスをかけるなサングラスを

 

 

タキオン「注文が多いな君は、おや、スカーレット君。調子は良さそうだねぇ。ウオッカ君はもう少し踏み込みをこう.........」

 

 

テイオー「ねぇ、ボク思ったんだけど、トレーナーってトレーナーなの?」

 

 

桜木「僕もわかんない.........」

 

 

 なんだろう、俺の存在意義奪わないでもらっていいすか?

 そんなフランスに住んでる偉い人のような文句を心で垂れながら、話の本筋を戻す。

 

 

桜木「それで、試すって?」

 

 

テイオー「簡単だよ!!講和会の時の、スリーディーなんちゃら?ってやつがやってみたいんだー♪」

 

 

桜木「あー!あれか、いいぞー。テイオーの走りを完全解剖と行こうじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「それで、なんで私まで付き合わされるんですの?」

 

 

テイオー「だってさー、ただ走るだけじゃつまらないじゃん!!」

 

 

桜木「お願いだマックイーン!君の走りを見せてくれ!君にもいい刺激になると思うから!!」

 

 

 両手を合わせてマックイーンに頼み込む。ついでに膝も着いちゃう。心の中では今ならスイーツもつけちゃうかもしれない。という打算的すぎるお願い。

 十秒ほど経っただろうか、おでこを地面に着けてしまうかもしれないほど顔をずいずい下げていくと、マックイーンの大きいため息が聞こえてきた。

 

 

マック「分かりました。ですが、あくまでトレーナーさんに走りを見せるだけです。テイオーと勝負するつもりはありませんから」

 

 

テイオー「えぇ!?なんでさー!!?」

 

 

マック「貴方、結構根に持つタイプなのを自覚してないのかしら?」

 

 

テイオー「そうかな?ボクけっこう忘れやすいよ?」

 

 

マック「でしたらこの前のテストで負けた時の悔しさも忘れているのかしら?」

 

 

テイオー「うわ、そんな事言うからムカムカしてきたじゃんか!!マックイーンのイジワル!!」

 

 

桜木「ハハ、ウマ娘っておもしれ」

 

 

 

 ギロりと二人が睨みを効かせて俺を牽制してくる。こういうところが良いんだよ。こういうところが。

 .........いかんいかん、マックイーンに虐められすぎて癖になってるのかもしれない。実際マックイーンに触れられること自体.........

 

 

桜木(犯罪者にはなりたくない犯罪者にはなりたくない)

 

 

 心に湧いたなんかやばい願望を理性で叩き伏せる。舐めるな煩悩。こっちは世界チャンプを叩き潰した男の減量を模倣しきった男だ。

 

 

テイオー「よーっし!!マックイーンに勝つぞー!!」

 

 

マック「私の話聞いていましたか?」

 

 

桜木「待ってくれテイオー。これを付けないとデータをパソコンに送れない」

 

 

テイオー「えー.........これ、カイチョーが講演会の時着けてたアンテナじゃん。カッコ悪いからやだなー.........」

 

 

 あれ、結構不評なんだな。シンボリルドルフ会長は気に入ってたんだけど、テイオーの理想像に傷をつける訳にもいかんしな。

 

 

桜木「まぁあの時はダミーだったし、演出のために無理言ってな.........嫌か?」

 

 

テイオー「イヤ.........だけど、カイチョーはみんなの前で付けたんだから、ボクも着けるよ!!」

 

 

 そう言いながら、頭に特徴的なアンテナを付けて、スタートラインに立つテイオー。俺の隣に居るマックイーンに早く来いと目配せしている。

 それに対しマックイーンはやはり、渋々といった感じでテイオーの隣へとスタンバイした。

 

 

マック「距離は2400でいいですわよ?」

 

 

テイオー「ボクの得意距離だけどいいの?」

 

 

マック「ええ、ここまで来たなら、とことん付き合って差し上げますわ、テイオー?」

 

 

テイオー「ふふん♪泣いたって知らないからね!!」

 

 

マック「それはこちらのセリフです。トレーナーさんならきっと慰めてくださいますから、貴方も安心してくださいね?」

 

 

テイオー「いったなー!!」

 

 

桜木(ライバル同士の一本勝負。テイオーの走りも楽しみだけど、マックイーンの走り方も注目だな.........)

 

 

 併走している姿は何度も見ているが、所詮は練習。ハードな事をしないよう釘を指しているし、どちらかと言えば、隣で走っていても自分のペースを保たせる為に俺はやらせている。

 だが、それがライバル相手にもなれば話も別だ。熱の入り方がまた違ってくる。本番通りに走るのもまた、いい練習だ。

 

 

桜木「位置についてー!!!」

 

 

テイオー「!」

 

 

マック「!」

 

 

桜木「よーい!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドンッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人「ッッ!! !」

 

 

 手を叩いた破裂音がスタートの合図となり、二人は姿を重ねて走り出した。見たところ、両者出遅れた様子は一切無い。

 

 

桜木(さて、マックイーンとテイオー。共に先行脚質だが、走り方に違いが出てくるな.........)

 

 

 現状、一応マックイーンがテイオーの前を走っている状況だ。フォームと体質からなる強力な武器のスタミナ。それをよく発揮している。

 一方、テイオーの方は1/2バ身ほどの差を付けられているが、その表情は余裕そうだ。ここからまくれるという、確かな自信を感じさせる。

 

 

桜木(全く、これ以上熱くさせてどうするんだ)

 

 

 夏の暑さを上書きするように、レースの熱さが俺の肌に汗を滲ませる。

 もし、二人がこんな観客が俺一人しかいない寂しいトレーニングコースじゃなく、大歓声を浴びながら走ってくれたら.........なんて、そんなことを考えてしまう。

 二人の姿はコーナーを回っていき、向正面に姿を小さくして行く。リードは開きも縮まりもせず、付かず離れずの1/2バ身が二人の空間だ。

 

 

桜木「.........どうみます?沖野さん」

 

 

沖野「おいおい、ここで俺に振るのか?」

 

 

 後ろの方から感じていた気配はやはり沖野さんだった。その目は普段とは違い、真剣さを帯びた本物のトレーナーの目だ。

 

 

沖野「まぁ、はっきり言ってしまえば、テイオーの本領はここからだ」

 

 

沖野「膝の関節と足首の関節の柔らかさ。あれは生まれつきの素質を生かした天然のバネだ。スタミナ勝負ではマックイーンに勝ちを譲るかもしれないが、瞬発力ならテイオーの方が分がある」

 

 

桜木「天然のバネ.........っ!!」

 

 

 遠くに感じていた地響きにも似た足音が近付いてきていた。視線をそちらに向けると、既に最終コーナーに差し掛かっていた。

 マックイーンの加速していく速度に対して、1/2バ身は広がっては行かない。いや、寧ろすごい勢いで縮まって行っている。

 マックイーンの表情は険しい。テイオーの風を受けてその存在を認知しているのか、トップスピード以上の速度を出そうと足掻くが、テイオーはジリジリとマックイーンの隣を競り抜け、ハナ差でゴールを飾った。

 二人とも全力で走ったせいか、マックイーンは手を膝に着き、テイオーは地面を背にして仰向けになった。

 

 

桜木「頑張ったな二人とも」

 

 

テイオー「あ!サブトレーナー!!トレーナーも!!ねえねえどうだった!?」

 

 

沖野「ああ、いい仕上がりだ。デビュー戦もこれなら問題ないだろうな」

 

 

桜木「マックイーンも、今回は負けたけど、最後まで競り合ってたから、深刻に考える必要は無いぞ」

 

 

マック「ハァ......ハァ......相変わらず、すごい走り方をしますわね、テイオー」

 

 

テイオー「へっへー♪でしょー!!」

 

 

 汗をダラダラと垂らしながらも、お互いの顔を見て笑いあっている。正に青春。正にスポ根。俺が学生時代にやっていた仲良しこよしとはまた違う楽しさだ。

 

 

黒津木「差し入れ持ってきたぞー」

 

 

桜木「お、ちょうどいい所に」

 

 

 ガラガラと台車を押しながら、超巨大クーラーボックスを持ってくる保健室医、黒津木がやってきた。

 俺は走って近づき、スポーツ飲料を中から二本持ってくる。

 

 

桜木「ほい。ゆっくり飲めよ」

 

 

マック「ありがとうございます。トレーナーさん.........ふぅ」

 

 

テイオー「あ!!そんなことより早く見せてよ!!サブトレーナー!!」

 

 

 キンキンに冷えたペットボトルを額にあて、先程まで寝ていた状態からぴょんぴょんはねこちらまでやってきた。全く、元気だな.........

 だが楽しみにしてくれているテイオーを見るのは嫌ではない。早速徹底解剖と行こう。そう思っていた矢先に.........

 

 

PC「ERROR」

 

 

桜木「.........?可笑しいな、今までこんなこと無かったんだけど.........」

 

 

テイオー「えー!?壊れちゃったのー!?」

 

 

沖野「いや、そんなはずないだろ.........」

 

 

 パソコンの画面に映し出されたERRORの英単語。それを三人で覗き込むように見る。今までこんな事は無かった。

 

 

テイオー「.........分かった!!僕の走り方が特殊だから、機械が読み取れなかったんだよ!!」

 

 

桜木「そこは大丈夫。オグリさんの走り方も完全に読み取れたんだ.........体質で読み取れないなんてことは無い.........」

 

 

沖野「なんか見落としてないか?機材が足りてないとか.........」

 

 

桜木「うーーーん.........悪いテイオー。完全解剖はまた今度だ.........」

 

 

テイオー「えーーーー!!???」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ふぅ、今日も一日頑張った!!」

 

 

マック「お疲れ様です。トレーナーさん」

 

 

 学園の門から一歩出る。そしたらもう今日は晴れて自由の身.........とは言っても、もう既に夕焼け色が空を染めているのだが。

 そう思いながら、隣に居るマックイーンの方をチラリと見やる。なぜここにいるのかと言うと、ダイエットのあの日からこうして二人で帰るのが日課になってしまっているからだ。

 

 

マック「新しいお家には慣れましたか?」

 

 

桜木「ああ、銭湯に行く機会が減ってジジちゃんに会えないのは寂しいけど、風呂も着いてて綺麗なマンションだよ」

 

 

 そう、あの澄麗荘(すみづらそう)全焼事件。どうやら放火魔の仕業だったらしく、その三日後に証拠が発見され、無事お縄になった。

 一方、黒津木達の安否が気になったが、全員買い出しに言ってて無事だった。まぁ、不幸中の幸いってやつだ。

 

 

桜木「ハハハ!五体満足なら大丈夫だ!財布も残ってたし、一日寝泊まりするくらいならトレセン学園は設備が豊富だったからな!」

 

 

マック「ふふっ.........トレーナーさんといると、退屈とは無縁になりますわね」

 

 

桜木「ああ!俺もマックイーンといると楽しいぞ!」

 

 

 本当に、日々の成長を傍から見ていて実感出来る。マックイーン達と出会えて本当に良かった。

 しかし、気付くとマックイーンは顔を背けていた。どうしたのだろう.........

 

 

桜木「大丈夫?」

 

 

マック「ええ、平気ですわ。それよりブルボンさんのことなのですが、どういう経緯で私達のチームに?」

 

 

 振り返って見せた笑顔はどこか恥ずかしそうだった。またやってしまったってやつだ。申し訳ない.........女性経験が無いと言うのはこういう所で無難な言葉を選べないのも問題だ。気をつけよう。

 それにしても、ブルボンの話か.........あまり思い出したくはないが.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君が、ミホノブルボンに勝手に長距離の練習をつけていたトレーナーか」

 

 

 初めて特訓に付き合った日から、いつかはこうなるんじゃないかとヒヤヒヤしていたんだ。ベテランとも名高いブルボンのトレーナーはそりゃもう怖かった。

 

 

桜木「ええまぁ、そうなりますね.........」

 

 

ブルボン「マスター。夜間の自主トレーニングは自己判断で開始したもの。つまりこの方は、関係ありません」

 

 

桜木(そりゃ苦しいですぜ、ブルボンさんよ.........)

 

 

「毎夜居合わせておいて、関係がないわけあるか。おおかた、彼女に同情してトレーニングを見ていたんだろう」

 

 

 あれ?そうなのか?非常に他人事で申し訳ないが、時たま自分の思いに鈍感な時がある。無意識の内にブルボンに同情を寄せていたのだろうか.........?

 しかし、俺の中で同情と呼ぶべきものは存在して居ない。良かった。俺が一番嫌いなのは何も知らない奴の同情だからな。

 

 

「三冠の話は私も何度も話を聞いた。だが、リスクがあることはさせられない。トレーナーの君なら理解できるはずだ」

 

 

桜木「.........」

 

 

 普通の俺ならば、気が済むまでミホノブルボンを応援するだろう。けれど、トレーナーとしての立場があるのなら別だ。それを言われてしまえば、黙ることしか出来ない。

 

 

ブルボン「しかし、私の学園入学の目的は三冠達成のみ、目標変更は受け付けることが出来ません」

 

 

「.........そこまで言うのなら、もう一度だけ適性を見てあげよう。『菊花賞』の3000m。今すぐ走ってみなさい」

 

 

桜木(うせやろ!?)

 

 

ブルボン「了解しました」

 

 

桜木「what's!?」

 

 

 明らかに出来ないことをさせて諦めさせる悪い大人と、何も出来ないことは無いと信じて疑わない子供の対立構成の完成を一瞬で目にした。

 三冠達成はブルボンの夢。それは恐らく、全ての走るウマ娘が追い求める様な理想像なのだろう。危険?リスクがある?それを何とかするのが傍を支えるトレーナーの役割なんじゃないのか?俺はなに怖気付いているんだ。

 

 

ブルボン「あなたを、納得させてみせます」

 

 

 けれど、今3000mを走るとなれば話は別。彼女の体はようやくマイル距離に手が届き始め、中距離をどうするかを話せる時期になっただけだ。 完走出来るかすら怪しい.........

 

 

 その不安は、見事に的中してしまった。2000mを超えたあたりで失速。ゴール前では既に歩くようなスピードで前進していた。

 

 

ブルボン「はぁ.........っ、はぁ.........っ、はぁ.........っ!」

 

 

桜木(.........ミホノブルボン)

 

 

「もう諦めてくれ。出来ないことをしようとするな。君に、長い距離は向いていないんだ」

 

 

桜木(.........確かに、流れ星は短い存在だ)

 

 

 彼女の走りを見ていれば分かる。スプリンターとしての走りは一級品で、その速さは流れ星の様に、まるで線を残すよう。

 けれど、流れ星は、端から流れ星になりたい訳じゃない.........

 

 

桜木「.........ブルボンは、『彗星』なんですよ」

 

 

「.........?」

 

 

ブルボン「.........?」

 

 

桜木「流れ星なんかじゃない。長い距離を長い時間。早いスピードで線を残していく『彗星』です」

 

 

桜木「流れ星に名前は付きません。けど、彗星には一つ一つ名前が付いている」

 

 

桜木「ミホノブルボンという名の『彗星』なんですよ。彼女は」

 

 

 (何を言ってるんだこいつ)

 

 

ブルボン(エラー発生)

 

 

 まだ流れ星なのかもしれない。けれど、彼女の脚は彗星の片鱗を見せている。ここで諦めて下がってしまえば、俺は本当に墓に懺悔を刻まなければならない羽目になる。

 

 

桜木「それに、まだ彼女の思いを聞いていません」

 

 

「.........そうだな、君と話していても埒が明かない」

 

 

「ブルボン。君の気持ちはどうなんだ?走ってみて、身に染みたろう?」

 

 

ブルボン「『私の気持ち』.........」

 

 

 そう、全てはもうブルボン次第だ。彼女がここで諦めるのか、諦めないのか.........それで全てが変わってくる。

 しばしの沈黙。夕焼け空が芝の無い地面を明るく染める中、ブルボンはその重い沈黙を破る為に、口を開いた。

 

 

ブルボン「.........三冠達成だけは、変更不可能です.........申し訳ありません」

 

 

ブルボン「.........お願いします。マスター」

 

 

桜木(勝ったな。風呂入ってくる)

 

 

 いやー、正直勝ちを確信したよね。あんな健気でひたむきな子を無下に出来る奴がそうそう居るわけない。円満解決に導いたってことで、俺の苦労も少しは報われるんじゃね?

 

 

「.........」

 

 

桜木(.........あれ?)

 

 

「.........そこまで決意が固いのなら、好きにしなさい」

 

 

桜木(ほっ)

 

 

「その代わり、私との契約は今日限りで終了だ」

 

 

桜木(はぁ!!???)

 

 

 鬼だと思ったよ俺。存在するんだなー現世に。マジで一瞬その首貰い受けようと思ったもん。十七分割する所だったもん。

 目の前で俺にも何やら色々言っていたが、頭に入っては来なかった。けれど最後の一言だけはよーく聞き取れたね。

 

 

「君がそんなに愚かだったとは、失望したよ。ブルボン」

 

 

桜木()ブチッ!

 

 

 もう本当に大変だったね。あの怒りを抑えるのに相当苦労したもん。久々だったんじゃないかな、あんなに怒ったの。何とかあのトレーナーが早く目の前から消える事を願いながら目を離さなかったからね。俺。

 

 

ブルボン「.........」

 

 

桜木「.........ズゥァァァァッケンナァァァァッッ!!!」

 

 

ブルボン「!?」

 

 

桜木「なーーーにがGI勝率が良いだ!!???笑わせんな!!!テメェ見てえなやりもしねえ夢を否定する奴がイッッッチバン嫌ェなんだよォッッ!!!」

 

 

桜木「適性短距離でぇ???脚が早いから短距離だすぅ???あっっったまわっっっる!!!そら勝てますよ!!!勝てるウマ娘を勝てるよう育ててるだけなんだからなァ!!!」

 

 

 もう獣よ。獣。あの時あのトレーナーが戻ってきてたら暴走してたと思う。オロチとか そこら辺の血で。

 それでそのままブルボンの肩を掴んだのよ。多分結構怖かったんじゃないかな。

 

 

桜木「おい!俺と一緒にこい!!!」

 

 

ブルボン「突然の豹変により、『戸惑い』が発生中」

 

 

ブルボン「.........提示された3000mを走り切れなくてもなお、私は三冠達成を諦められない。契約を破棄されても当然です」

 

 

桜木「そんな訳ねェ!!!アイツはきっと人間じゃねえんだ!!!」

 

 

 もう悪口ってレベルじゃないよな。俺もそう思う。けれど、あの時は確かにそう思ったんだ。だってベテランっていうレベルの人なんだから、そこまでの熱意があるなら仕方ない。保証はしないが、厳しいトレーニングになるぞ?って展開を想像したのに見事に裏切ったんだよ?逆方向に舵切ってきやがったんだよ?

 

 

ブルボン「.........三冠達成は譲れません。しかし私は本当に正しいのでしょうか」

 

 

桜木「正しいに決まってる!!!」

 

 

ブルボン「!」

 

 

 どんなに辛いトレーニングでも、どんなに果てしない距離を走らされても、彼女は弱音一つ吐かずにただひたすらに努力を続けてきた。

 そんなの、気持ちが正しくなきゃ出来るわけないじゃないか。ミホノブルボンは機械じゃなくて、ウマ娘なんだから。

 

 

桜木「君の夢は正しい!!!君の夢に対する姿勢も正しい!!!」

 

 

桜木「自分の夢くらい自分で信じろ!!!」

 

 

 それが出来るのは、自分一人だけなんだから。それが出来るのは、その夢を掲げた人間だけだから。

 それが、夢を追いかけるものの責務だから。

 

 

桜木「だがトレーナーが悪かったな!!!ありゃ三流だ!!!古賀トレーナーも言ってたぜ!!!無理とか無駄とか言われる夢を追いかけた方が楽しいってな!!!」

 

 

桜木「だから俺と一緒にこい!!!俺のチームに!!!」

 

 

ブルボン「.........!」

 

 

桜木「今日からお前の夢は!!!俺の夢だ!!!」

 

 

ブルボン「っ.........!」

 

 

 彼女の瞳が微かに揺れたんだ。けれど、それは俺の本気の思いが伝わってるからだと感じた。

 え?真っ直ぐすぎるって?いやぁ.........やっぱり改めて考えても、変な所で不器用だよなぁ.........

 

 

ブルボン「.........ラップタイム走法を私にカスタマイズしたのはあなたであり、1600mの記録の伸びは、あなたの手腕によるもの」

 

 

ブルボン「私は今たしかに、あなたとならあるいはと感じています」

 

 

ブルボン「.........つまり、これからどうぞよろしくお願いします.........『マスター』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「今思い出してもイライラしてきた.........」

 

 

マック「ま、まぁまぁ.........」

 

 

 今思い出しても頭に血が上って来てしまう.........

 いかんいかん、今はマックイーンと一緒に居るんだから、少しは自重しなければ。

 

 

桜木「まぁ、あんまり面白い理由ではないけど、こんなところだ」

 

 

マック「いいえ、トレーナーさんの行動にようやく納得致しましたわ!」

 

 

マック「本当に、優しい人ですわね」

 

 

桜木「うぐ.........」

 

 

 そんな俺に、マックイーンは優しく笑いかけてくれた。うぅ、優しくないんだよ.........本当に優しかったらあんな悪口絶対言わないし.........

 落ち着け桜木。相手はまだ中等部の小娘では無いか。こんな子供に翻弄されてどうする!!

 

 

桜木「.........それにしても、マックイーンもタキオンも仕上がってきてるな。メイクデビューの心配は必要なさそうだ」

 

 

マック「あら?慢心ですか?負ける気はありませんけど、足元を掬われますわよ。トレーナーさん」

 

 

桜木「勝ってくれるんだろ?だったらこれは余裕って言うもんだ。マックイーン達の強さが、俺に余裕を作ってくれる」

 

 

マック「もう、ああ言えばこう言うんですから.........」

 

 

 呆れながらも、どこか優しい表情を見せてくれるマックイーン。やっぱり、君と一緒に居ると退屈しない。

 

 

マック「.........あら、もう寮.........ではトレーナーさん!また明日!」

 

 

桜木「ああ!またなマックイーン!夜ふかしするなよ!」

 

 

 いつも通りの日常。楽しく過ぎていくであろう日々の中の一日。普段と変わらず、この後は新しい自宅に帰り、二人分の飯を作って寝るのだろう。

 そんな.........そんな、無責任にも似た投げやりな予想が覆ったのは、その日の夜の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木(寝れん.........)

 

 

 時計の針が煩く鳴り響く。下の布団で寝ているコイツも珍しく、今日は歯ぎしり一つ無い。

 起こし上げた上半身をもう一度ベッドに寝かせる。きっと枕の位置が悪いせいだ。

 頭が枕に当たる。その瞬間。ヤケに周りの音が遅くなった。瞑っていた目を更に瞑り、眠りの奥底へと誘おうとする事に、時間の流れは遅くなり、俺を寝かしてはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何か見落としてないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を見開いた。体の上に覆い被さっていた布団を蹴り飛ばし、地面で寝ている白銀を飛び越え、ノートパソコンのあるリビングへと一目散にかけた。

 

 

桜木(頼む.........!!!故障であってくれ.........!!!)

 

 

 手に持ったUSBを乱暴にガチャガチャと差し込み、トレーニングで取ったテイオーのデータを転送する。100%に届くまでの間、俺は必死にデータの破損だけを願っていた。

 転送が完了した。USBを抜き取り、ゲームで使っている性能の良い据え置きのパソコンを起動し、差し込む。

 

 

桜木(性能が悪くて助かったかもな!ノートパソコン!)

 

 

 ノートパソコンの性能では、あのソフトは走行モデルを立ち上げ、変化させる程度しか行えない。その場でフォームの確認をして修正するのが関の山だ。

 けれど、このソフトは他の場面でも役に立つ。例えば.........『これから起こりうるであろう故障箇所の特定』だ。

 そんなもの、テイオーの目の前で発生してみろ。泣くぞ。俺が。

 

 

桜木「っ!問題なく立ち上がっちまった.........!」

 

 

 トレーニングの時に目に焼き付けたテイオーの走行フォームが映し出される。ノートパソコンの様なERRORは発生していない。

 情けない。振り上げた拳を、自分の足へと振り下ろした。

 

 

桜木(本当、残酷だよ.........)

 

 

 俺は、ゆっくりと椅子から立ち上がり、寝室からスマートフォンを持ってきた。電話を掛ける指が震える。選択した相手は沖野さん。

 1コール、2コール、3コール。もう出なくともいいとも思った。ここで出てくれなければ、俺はこの事実を夢として無かったことにできるのに.........

 しかし、そんな事は許されなかった。

 

 

沖野「どうした?桜木」

 

 

桜木「ああ.........沖野さん」

 

 

 俺の声の調子は良い.........沖野さんの方はどうやら寝ていたみたいだ。起こしてしまって申し訳ない.........

 そう思いながらも、どう話を切り出していいか分からなく、暫く沈黙を貫いていた。

 

 

沖野「.........用がないなら切るぞ」

 

 

桜木「あの、沖野さんは悪い知らせ.........朝ごはん食べる前に聞きたいですか.........?」

 

 

 さっきまで良かった声の調子なんてどこかへ行った。泣きそうだ。いつもいつも、俺の夢やその周りの夢を尽く、無惨に解体していく悪魔が、俺は心底大っっっ嫌いだ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前に映る画面には、左足首を赤く染め上げた3Dモデルがそこにはいた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ......To be continued

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。