山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
沖野「そうか.........」
桜木「.........アレの精度は正確です。テイオーの足に限界が来るのも、時間の問題です」
叩き付けられるような雨の音が室内にも響き渡ってくる。外は、生憎の雨だ。日差しの照りつけとはまた違う暑さが、室内をも支配する。
ここは沖野さんのトレーナー室だ。こんな話、誰にも聞かれたくはない。
沖野「お前.........中々良い物作ったな」
そう賞賛してくれるが、沖野さんの目は机に肘をついたまま重ねられた両手に遮られ、良く見えてはいない。
桜木「コネですよ。コネ.........正直。俺はまだテイオーの走りを見たいです.........あの走り方をするテイオーを.........」
もし、この事実を知ったトレーナーなら、取るべき行動は一つ。テイオーに真実を告げ、走り方を変えさせると言うのがベストだろう。
けれど.........けれど、それでもあの走りを極めたテイオーを、俺はまだ見てみたいと思ってしまっている。
沖野「俺もだ。正直、今回の事が無ければ、俺もあのままテイオーに無茶させる所だった.........まさか、アイツのあの走りが、アイツ自信を苦しめる羽目になるなんて.........!」
両手で作った握り拳を、ゆっくりと机に付けた。けれど、走りを矯正しようにも、大きな問題点が一つ存在する.........
桜木「.........勘づきますよ。テイオーは」
沖野「そう、だよな.........ああ見えて、成績も良いし、察しも良い.........きっと、フォームを変えて勝って行けるかどうかも、アイツには手に取るように分かるだろう.........」
無敗の三冠.........その道を達成するのに必要なのは才能。努力。運。ジャンプ3大原則のようだが、そのどれか一つでも欠けてしまえば勝てる可能性はぐっと落ち込む.........
その才能を、テイオーは捨てざるを得ない.........
桜木「.........俺、探しますよ。あの走り方をしても、何とか出来る様な方法.........!」
沖野「.........だな。俺もテイオーを無敗の三冠ウマ娘にしてみせる。もし、テイオーの足に限界が来てしまったら.........その時はその時だ」
ーーー
黒津木「桜木。3分クッキング」
テレビでいつも聞くような音楽が流される。ここはいつもタキオンが実験している理科室だ。黒板前の実験机を隔てた目の前にはタキオンが目を濁らせて座っている。
桜木「今回紹介するのは、野菜を使ったポトフです」
黒津木「材料切ります」
桜木「キャベツ、人参、ジャガイモ、シメジ、ピーマン、ウインナーを切ります」
多くの材料を手際良く切っていく。だいたいチーム全員分の食事作るなんて頭がおかしい。人質でも取られてない限り絶対やらない。
ポトフを作るのに必要な調味料を用意しながら、炊飯器を取り出すと、アグネスタキオンは外人四コマのように歓喜し、BGMはてってってーに変化した。
桜木「全部ぶち込んで炊飯して完成です」
タキオン「やっぱり使うんじゃないか!!心配して損したよトレーナー君!!」
何の心配をしてたんだ何の。なんで炊飯器一つでタキオンの心は開かれてるんだ?
黒津木「ふぅ.........」
桜木「ジョッキで麦茶をカラカラするな」
タキオン「黒津木君!!私も!!私もやりたいぞ!!」
カラカラと氷の音をジョッキの縁に当てながら立てる黒津木を見て、タキオンは手をブンブンと振った。確かにやりたい気持ちは分かるな。
俺に渡されたジョッキはまだ口を付けてない。あまりにタキオンがやりたそうだったので譲ってやると、普段はしないようなキラキラとした笑みで礼を言ってきた。
タキオン「ありがとうモルモット君!!これで君たちが私を置いて遊びに行った事を不問にしてあげよう!!」
桜木「どっからバレた?」
黒津木「俺」
桜木「斬刑に処す。その六銭、無用と思え」
あれほど口酸っぱく言うなと言っておいたのに、コイツも口が軽い。紙コップに注ぎ直した麦茶を飲みながら、ポトフの完成を待っていた。
タキオン「.........けどねトレーナー君。もう一つの件はまだ了承していないよ」
桜木「.........」
タキオン「テイオー君の脚について、補強案だったかな?そんな生易しいものじゃ無理だ。いずれ来る結末が遠のくだけの話だよ」
ズズズっと音を立てて麦茶を飲む黒津木は、心配そうに俺を見ている。視線を一瞬合わせて、麦茶に移る俺の顔に視線を移した。
タキオン「焼け石に水なんだよ。そうなる事を知っていたとバレた時。君はどうするんだい?沖野君は?」
桜木「.........そうだな、どんな罰も、文句も、誹謗中傷も受けよう。些細なことだ」
タキオン「何.........?」
頭上の耳をピクリとさせたタキオン。その表情はいつもは読めない。それでも、不穏な何かが彼女の中で渦巻いているのは手に取るように分かった。
桜木「夢だ。誰かの夢を叶える為なら、俺は何だってする。トレーナーになった時にそう誓ったんだ」
タキオン「ハンっ!なにを言うかと思えば、人の夢だって?バカバカしい。夢を諦める存在は五万と居る。彼女も、そんな存在だっただけの話だろう?」
桜木「俺と違って才能がある」
タキオン「その言い方だとまるで自分が夢を諦めたみたいじゃないか」
桜木「そうだと言ってるだろう」
タキオン「!」
桜木「.........タキオン。君が何を思って行動しているのかは、分かっているつもりだ」
視線を、アグネスタキオンの顔から、その足元へと向ける。最初は気が付かなかった。けれど、並走をある程度見て、その薬の効果の内容を聞き、彼女の足から出されるその丈に見合わない超高出力のバ力。数日見て少し考えれば分かる。
そして、自身のそれに気が付かないアグネスタキオンでは無い。
桜木「君の自由を許してるのも、君が自分の足に対して、相当のハンデを背負っているからだ」
タキオン「っっ!!!ど、どうし.........て.........?」
桜木「悪い。言いたくないと思って黙ってたろうから、知らないフリしてたんだ」
桜木「お前は頭が良い。俺なんかよりよっぽどだ。だから、俺が気付く前にずっと自分の脚の事で対策してた、何とかしようとしていたんだろう?」
タキオン「.........」
真面目なヤツだ。そして、律儀で、フェアで、そしてちょっぴり優しいヤツだ。俺に心配かけまいと、話さなかったんだろう。まぁ話して騒がれたら面倒臭いっていう側面もあっただろうが、それもアグネスタキオンだ。
桜木「俺は.........夢を壊される辛さを知ってる。特に、自分の身体の故障で味わう、不甲斐ない辛さはな.........」
肩の痛みは覚えてない。それが襲ってくる直前にはもう、意識を手放していた。それでも、夢を語ると違和感が溢れ出す。決して忘れさせない。俺がお前の夢を壊したと言わんばかりに、コイツは違和感を主張してくる。
黒津木「玲皇.........」
桜木「無理にとは言わない.........せめて、気にかけてやってくれないか?」
頭を下げた。人としてやるべき事は、しなくては行けない。静かな空間が、場を支配する。先程まで楽しかった空間は、どこかに身を潜めてしまった。
タキオン「.........はぁ、私のデビューを取り消してくれ」
桜木「っ.........!」
そう、言われても仕方が無い。俺は心の中で自分の行いを悔いた。口に出せば、タキオンをもっと怒らせると思ったからだ。謝るなら最初からするなと.........
彼女がひた隠しにしたかった事実を、盗み見してしまったものだ。けれど、それはいつか、テイオーが怪我した時にも起こる話だ。遅かれ早かれ、こうなる運命だった.........
楽しかった彼女との思い出を思い返していると、ふと布の擦れる音が聞こえてくる。もしやと思い、顔を上げると、不機嫌そうな顔をしたタキオンが、制服の上に白衣を纏っていた。
タキオン「私だけの研究ならば兎も角、他人の、しかも走りが特徴的なテイオー君の研究ならば話は別だ。トゥインクルシリーズを奔走しながらそんな芸当できるなら、私はそもそもここで足踏みしていないよ」
桜木「タキオン.........っっ!!!」
タキオン「わぁ!?や、やめてくれトレーナー君!!君はそんなボディランゲージが激しい人種じゃ無かっただろ!!?」
あ、不味い。思わず抱きついてしまった。これセクハラでは?
黒津木「嬉しさの余り抱き着いただけなのでセーフです。次やったら殺す」
桜木「もうしません」
伏字を貫通してきやがった。こいつ本気で.........
タキオン「忙しくなるぞ、黒津木君。なんせあの人を頼らないで有名なトレーナー君から直々のお願いだ。そうそう断れないだろう?」
黒津木「そうだな。こういう大事な時にしか頼って来ねえから、正直身体が慣れねえんだよ。お前のお願いによ」
そう言いながら、黒津木もまた、その白衣を椅子の背もたれから取り、袖を通した。あんなに患者に会う時以外は着たくないと言っていたのに、こんな事をされれば目頭が熱くなる。
桜木「すまん.........!!!」
タキオン「トレーナー君。そういう時は謝罪じゃないだろう?」
黒津木「社会人染み付いてるぞー。古賀さんになんて言われたんだ」
ああ、そうだった。常に、若くあること。それがウマ娘達と良好な関係を結べる唯一の状態。だったら、今の俺が言える事は一つだけだ。
桜木「ありがとう.........!!!宗也.........!!タキオン.........!!」
ーーー
新人トレーナー職員室
白銀「くぅっ!感動した.........!宇宙人VS海底人2.........オセロとリバーシの大戦争」
桜木「職員室で何してんだお前.........」
思いついた事が一つあり、白銀の事を探していた。最近ではもう自分の庭かのようにトレセン学園を闊歩しているため、日常に溶け込んでしまった。 サインもせがまれなくなったらしい。
生徒にどことなく居場所を聞いてみると、何と職員室に入って行ったと言う情報を受け、ここまで来たのだ。でもまさか俺の机でタブレットで映画見てると思わないじゃん。ていうかそれ、ゴールドシップがカラオケで過ごしてた時に見てた奴?存在したんだな。
桐生院「あ、桜木さん。何か忘れ物ですか?」
桜木「あーいや、コイツが何処にいるか気になってな.........それは?」
桐生院「ああ!これは白銀さんから貸してもらったんです!!ゲームと言うんですよね?ナスカの地上絵強奪事件という架空の事件から二十年後。今度は見たことも無い地上絵が出現してしまうという設定で.........」
いや、そっちもあるんかい。しかも中々面白そうじゃねえか。今度買ってみよう。
桜木「どこで作ってんの?」
白銀「ゴールドシップ財団」
桜木「マ!?」
白銀「ちなみに映画は塚宝」
え、東宝じゃなくて?そんなん.........え、じゃあ何?アイツもしかして三日間で映画とゲームを作ってたって事なの?全メニュー生活の暇つぶしに作ってたの?才能の塊じゃん.........
そんなことを思っていると、またもやヒソヒソと声が聞こえてくる。眠くなるからやめて欲しいんだよな、小さい声で囁くの
「おい、知ってるか。アイツメジロ家の子とうまぴょいしたって.........」
桜木「ん?」
「信じらんねぇ.........本当に羨ま.........けしからないやつだ」
桜木「.........」
もっと耳を済ませて聞いてみるが、どこもかしこもやれうまぴょいだの未成年なんたらかんたらだのと囁かれていた。しまいには俺はゴム派か生派かとか言う畜生同然の予想にまで発展してやがった。
桜木「おい!!!なんだうまぴょいって!!!」
「ひっ!?た、担当のウマ娘と«バキューン!!»することです!!」
桜木「誰が使い始めたァ!!んな比喩ゥ!!!」
「こ、古賀さんです!!!」
桜木「クソジジィィィィッッ!!!」
あの人本当に指導者か!!?そんな比喩にしちゃダメだろ!!!仮にも教え子がそれを踊るのに!そんな、«ブキューン!!»に例えるなんて.........なに?踊ってる姿を見てベッドで踊る姿を妄想するの?やかましいわ!!
桜木「事実無根!!俺はマックイーンとうまぴょいしてない!!解散!!!」
「なんだ」
「つまんな」
「まあそうだよな」
囁きが止んだ。
白銀「でもうまぴょいしてたよ?」
「「「kwsk」」」
桜木「上等だテメェッッ!!!」
その身に龍を降ろすかの如く怒りに身を任せ白銀を担いだ。なんでなんの動揺もしないだこいつは.........
こんな所にいても落ち落ち話も出来ない。こうなれば強行突破だ。一階職員室の窓を開け、そのまま外へと飛び降りるのだった。
ーーー
白銀「海外に居るウマ娘の医者の宛ぇ?」
桜木「ああ、海外生活送ってたお前ならコネくらいあるだろ」
正直、日本だけで対処出来る問題ではない。世界と日本ではやはり、圧倒的に母数が違うのだ。島国だからという理由だけで、可能性が潰されるのは避けたかった。
まさか、ここに来て世界8位の肩書きが役に立つとは、お前はこの日の為に頑張ってきたんだな。翔也
白銀「なんかめちゃくちゃ失礼なこと考えてね?」
桜木「ソナコトナイヨ」
白銀「みんな聞いてくれー!!!この前コイツカラオケでーーーー」
桜木「やめろめろめろ!!!!!」
下手くそなラップ見たいな言葉が出てきたが、仕方ないだろう。職員室だけで噂流されるなら兎も角、生徒達にまで飛び火されたら俺どころかチーム全体が立ち行かなくなる可能性がある。それは避けたい。
白銀「.........まぁ、探してやるくらいならできるぞ。主治医探しにはだいぶ奔走したから、顔見知りは大分居る」
桜木「.........助かる」
白銀「なぁ、『100%』なのか?」
桜木「.........そうだ。あのソフトは元々、お前の特殊な身体能力を100%活かす為に作ったソフトを、開発者に無理言って改良した物だ。悪いと言われた物は直せと言われる」
コイツの異名。『不可能を可能にする男』。その名の通り、日本人では不可能だと言われている身体能力の差をものともしないプレイスタイルは、文字通り日本どころか、世界中に希望を与えた。
それ以前は、『可能な事をする男』。世界で活躍する以前は常に日本で常勝していた。その後、調子に乗って世界で叩き潰されたって訳だ。このソフトは資材を投げ打って作り上げた『勝つ為のソフト』。それが不可能を可能にさせた技術だ。
ゴルシ「へぇ」
桜木「.........まてお前。どっから聞いてた」
ゴルシ「テイオーの足がヤバいって所かな」
桜木「最初っからじゃん.........」
一番聞かれたくない奴に、一番聞かれたくない場所を聞かれてしまった。これは、どうするべきなのだろうか.........
.........いや、正直、ゴールドシップの助けも借りたい。
桜木「なぁゴールドシップ。この話を一旦聞かなかった事にしてくれ」
ゴルシ「やだ」
桜木「『一旦』だ。頼む」
ゴルシ「.........分かったよ。その代わりアタシにも何かさせてくれよ。このままじゃテイオー三冠取れねーんだろ?」
桜木「いや、まだいつ怪我するかなんて分かってないから.........」
偶に鋭すぎて最早未来予知なんだよな。ゴールドシップ。この前も宝くじの一等番号言い当ててたし。本当に何者なんだ?
まぁ、ゴールドシップだし。なんか不思議なセンサーでも着いてんだろ。
桜木「とにかく、テイオーの脚。細かく言えば足首に注目してくれ。異常があればすぐに動く」
ゴルシ「信用していいんだよな?」
そういうゴールドシップの目は、やけに真剣だった。真剣すぎて、怖いくらいだ。
だけど、それはこちらも同じだ。俺は、本気でテイオーの支えをしたいと思っている。
桜木「俺は本気だ。それだけは信用してくれ」
ゴルシ「.........そっか!!分かった!!!ゴルシちゃんが来たからにはもう安心だな!!!大船に乗ったつもりでゲロゲロしてていいぜ!!!」
桜木「ハハ、船酔いすんのは創だけで十分だよ」
ーーー
神威「コーヒー持ってきたぞ」
桜木「おう、サンキュー創.........」
沖野「悪いな、こんな時間まで付き合わせちまって」
神威「良いんすよ。いつも門限まで一人でいるんで、賑やかで嬉しいっす」
お盆に乗せてきたコーヒーを俺と沖野さんの前に置いてくれる。外はもう星が見えるくらいには暗かった。
夜の図書室。俺達以外にはもう誰も居ない。俺達は過去のトレセン学園で起きた怪我からのレース復帰に関する文献を片っ端から読み漁っていた。
神威「悪い。俺の記憶力が良ければこんな事にはならなかったんだけど.........」
桜木「ふざけんな。お前の計算能力の上に記憶力も良かったら、無敵超人だ。普通の人間で居てくれてありがとうな」
そう、コイツは少し記憶力が悪い。忘れ物はしないが、物事の記憶と言うのが残りにくい。
黒津木か白銀に聞いたかは分からないが、俺が奔走しているという話を聞き付けたのだろう。レース復帰の文献で役に立ちそうな物があったという話をしてくれた。
それだけで良いんだ。本当に、希望があると教えてくれるだけで、動く原動力になる。
一口、丁度良い苦さのコーヒーを飲み、もう一度書物とにらめっこを始めようとすると、もう暗い廊下から、図書室の扉を開けられた。
古賀「おう、おめえさんらか」
沖野「古賀さん.........」
桜木「どうしてここに?」
そこには、いつものクタクタになった赤いアロハシャツを来た古賀聡トレーナーが立っていた。
古賀「.........まぁ、なんだ。ちょっと外で与太話でもと思ってな.........」
桜木「.........」
どうするべきか、俺だけでは判断出来ない。そう思い、沖野さんの方へ目を向けると、少しため息を吐き、その場から立ち上がった。
沖野「行くぞ桜木、こうなると。強引に連れてくからな。自分から行った方が早い」
古賀「分かってるじゃねえか、沖野」
沖野「伊達に十年以上一緒に居ませんよ」
ーーー
青々と生い茂るターフの上。頭上には多くの星々が描かれた空が俺達三人を見下ろしている。早朝に降っていた大雨も、もうその存在を思い出させるものはターフの雫しか無かった。
桜木「.........何すか、話って」
古賀「テイオーの足について」
二人「ッ!?」
古賀「そう驚くな。長年走りを見てりゃ大体わかる。あれは脚を壊す走り方だ」
古賀「.........大した話じゃねえが、長い話になる。桜木、おめえさんのポケットに入れてるヤツ、一本寄越せ」
そう言われて、渋々ズボンのポケットからココアシガレットを取り出した。その箱を投げて渡そうとすると、古賀さんは鋭い目つきでそれを牽制してきた。
古賀「違う、尻ポケットに入ってる方だ」
桜木「!.........敵わないっすね、古賀さんには」
取り出したココアシガレットを、もう一度ポケットの中に戻した。今度は、尻ポケットに入れていたタバコの方を取り出す。
ライターと一緒に投げて渡すと、古賀さんは慣れた手つきでタバコを取り出し、火を付けた。
古賀「.........ほら、お前も吸え、沖野」
沖野「えぇ.........古賀さん、俺が禁煙頑張ってたの知ってるでしょう?」
ああ、だからキャンディ舐めてたのか。沖野さんはずっと口に入れていたキャンディを噛み砕いて、投げて渡されたタバコとライターを受け取った。
古賀「.........意外だな。タバコ吸ってるなんて知らなかったぜ?」
桜木「そうっすね。最後に人前で吸ったのは社会人二年目に入ってすぐくらいだったから」
沖野「ああ、そういや、桜木は元々社会人だったな.........」
ライターとタバコが戻って来た。これを吸ったのも、マックイーンが倒れて以来だ。口にくわえた所からすぐに、爽やかなミントが鼻を通る。
桜木「.........すー.........」
タバコの先端が赤くなる。夜のターフに立ち上る三つの紫煙。空はどうにも寒そうだ。あんなに光が沢山あるのに、身体は寒さを感じてしまう。
古賀「.........桜木。あの時、お前さんがレースに来てくれてよかったよ。じゃなきゃ俺ぁ、あそこで止めちまう所だった」
沖野「.........」
桜木「.........」
古賀「.........おめえさんら、いつもの軽口はどうした?」
桜木「.........大人の話っつったのは、古賀さんでしょ?」
沖野「真面目に聞きますよ。今日くらいは」
俺と沖野さんは二人して笑った。そんな姿にムッとしたが、古賀さんもそれに釣られて笑った。
タバコに口を付け、一度煙を吐き出すと、古賀さんはもう一度話を始めた。
古賀「.........マックイーンのトレーニングを見ていたあの時、お前さんに言ったこと覚えてるか?ウマ娘の自慢すんのは、いつもトレーナーだって」
古賀「俺も.........その一人だった。短距離だろうが長距離だろうが、芝だろうがダートだろうが、俺の手に掛かりゃおちゃのこさいさいだった」
古賀「だから負けたくなかった。戦うのは、走るのはウマ娘なのに。それをひけらかしてたのは俺の方だ.........」
古賀「そんな俺を、神様は許さなかったのさ」
星空を見上げていた古賀さんの顔が、ターフに向かった。その微笑みは、哀しい雰囲気を帯びていた。
古賀「負ける事を受け入れられず、勝つ事に執着した俺の指導で、一人のウマ娘はレース中に大怪我した。命には別状はなかったがな.........」
古賀「.........不幸中の幸いだなんて言葉は使えねぇ。ウマ娘にとっては走る事が命だ。走れない毎日を生きさせちまう事になった」
古賀「けどなぁ、不思議なもんでよ.........そいつは俺に、恨み言でも無く、悔みでもなく、ただありがとうございますって言いやがった」
古賀「.........俺があの時、トレーナーを止めれなかったのはその言葉があったからだ」
古賀「ウマ娘は走る。自分の為に、その先にある未来や夢の為に走る。だが、あの時の俺は、その背中だけを見て、野望だけを乗せて走らせた。だから支える事すら出来ず、転けさせちまったのさ」
古賀「ウマ娘の怪我との戦いは、必ず来る。俺の気持ちが分かる様になる日も来るかもしれないが、決して分かるな。若さと優しさを持って、ウマ娘や同期と仲良くしてやれ」
話.........と言うよりは、どちらかと言えば、独白に近かった。俺と沖野さんは、静かにタバコの煙を吸いながら、古賀さんの話に耳を傾けていた。
沖野「.........負けませんよ。テイオーは.........トウカイテイオーは、無敗の三冠バになれるウマ娘です」
桜木「.........ええ、俺達ができるのは、ウマ娘をただ走らせる事じゃない。アイツらの夢を精一杯サポートすることです。そう教えてくれたのは他でもない、古賀さんじゃないですか」
俺達は、若い。若いから、生意気だ。だから古賀さんの教えを胸に、前に前にと進むことしかしない。
夢を支えるという事を、夢を貰うという物を教えてくれた古賀さんに、返せる恩はそれしか無いから。
古賀「.........そうだったな......」
沖野「.........よし、図書室に戻るぞ。神威が待ってる」
桜木「ええ、まだまだ。やれる事は有りますからね」
携帯灰皿を取り出し、古賀さんと沖野さんのタバコの火消しをし、中に入れる。先に戻る沖野さんと古賀さんを後目に、もう一回だけ、煙を肺に吸い込んだ。
今日は人生で初めて.........タバコを美味しいと感じることが出来た。
ーーー
次の日の朝、先日夜遅くまで起きていたので、いつもより遅めに学園へ向かっていると、マックイーンを中心にした何人かのウマ娘がそこに居た。
こうしてみると、やはりまだ学生。一番楽しい時期なんだなと改めて感じる。
桜木(楽しそうだな、邪魔しちゃ悪いし。遠回りして.........)
「えーー!!?マックイーンさん!トレーナーさんとうまぴょいしたって本当なのー!?」
桜木「」
待て、誰だこの噂を広めた奴は。白銀か?アイツ本当に俺の事嫌いなんじゃないのか?
頼む、否定してくれマックイーン。多分その子は比喩的な表現で使ってるぞ。
マック「ええ、本当ですわ。彼本当にお上手でびっくりしました」
桜木「待てっ!誤解だ!!決してそのような事は」
マック「あら、トレーナーさん!隠さなくても良いではありませんか!私とあなたの仲の良さを自慢させてください!」
最近のブーム。それは担当トレーナーとの絆を深めることで勝利への道が近付くとかいう、なんかこう、そんなオカルトが流行っているらしい。だからこうしてマックイーンが自慢してるのは、何らおかしなことでは無い.........しかし。
桜木「い、いやね?それだけじゃ収まらないって言うか.........」
「マックイーンのトレーナーさん!うまぴょいしたって本当ですか!?」
桜木「いや、してない」
マック「しましたわ!!カラオケで皆さんが見ている前であんな真剣に.........」
桜木「」ダラダラ
不味い、それは.........もう、犯罪者では?周りにいる子はもう頬を赤らめてキャーキャー言ってるし、君、事態分かってる?
.........いや、全貌が読めてきたぞ。この噂流してるの、多分マックイーン本人だ.........一緒にカラオケでデュエットして踊ったなんて、そうそうできる事じゃない。仲の良さアピールするのなら打って付けだ.........うまぴょいが悪いんだ.........
ピーンポーンパーンポーン
『桜木トレーナー。桜木トレーナー。至急理事長室までお越し下さい』
ガチャ
マック「あら、またなにかしたんですか?仕方ない人ですわね.........」
桜木(マックイーン。今は君のその呆れ笑いが凄くムカつくよ.........)
その後、理事長室でがっつり怒られたのは言うまでもない。説教が終わるまで、理事長の誤解が解けることは一切なかったのであった.........
ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ......To be continued