山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
秋の肌寒さが支配せんと、その手を日本全土に伸ばし始めた季節。あの夏祭りの事を考えると時間というのは人の思いとは裏腹に、無常に突き進んでいくらしい。
「ーーーさん、天皇賞・秋。注目すべきウマ娘は誰でしょうか?」
「やはりここはオグリキャップ選手でしょうかね。タマモクロス選手も良い線まで行くとは思いますが.........」
桜木「.........天皇賞秋か......」
まだ誰も来ていないチームルームで、一人でそう呟いた。タマモクロスは大丈夫だろうか?あの子はあの子で、結構気を張っちゃうタイプだからな.........
ーーー
まずい。タイムが縮まらへん。何を焦っとるんやウチは。こんなこと前にもあったやん。大丈夫、ウチは大丈夫なんや。
そう思いながら、ウチは走り込みを続けるオグリをチラリと見る。なんやねん、ほんまにアレがウマ娘の走りなんか?
タマ(嫌や.........ウチは負けたくない!)
分かっとる。強がりやって言うのは百も承知や。なんせ、オグリに勝てるビジョンがまだ浮かばないんやからな.........
けど、後には引けないんや。オグリがようやっとウチをライバルとして見てくれた。それがどんだけ嬉しかったか.........!
だから、ウチは負けられへん。オグリにも、スランプにも.........!!
そう心を奮い立たせたウチは、もう一度その脚でターフを蹴ったんや。
ーーー
マック「トレーナーさん、少し相談が.........」
桜木「ん?どうした?」
チームのトレーニング切り上げ、解散を言い渡そうとした直前に、マックイーンがおもむろに近付いてきた。一体どうしたのだろう。
マック「私の事ではなく、その.........タマモクロスさんの事でご相談が.........」
桜木「え?タマの事で?」
マック「はい、実は最近、朝に自主練習をしている時によくご一緒するのですが.........どうにも調子が良くないらしいのです」
桜木「.........そうか」
やっぱり、そうなってくるか.........タマは少し、責任感というか、逃げることに対して大分抵抗があるように思える。恐らく、どうしようもないスランプと大きいライバルの存在との板挟みから、逃れられないのだろう。
桜木「.........わかった。この後話してみるよ.........それと」
マック「?」
桜木「マックイーン。頑張りすぎ」
マック「あ.........」
しまった、と言うように口元に手を重ねるマックイーン。彼女の不安を払えるのならとボロを出すまでは泳がせていたけど、ここに来てこうなるのは好都合だ。
実は、彼女も実際スランプに落ち気味だ。タイムが伸びない。末脚がイマイチ冴えないなど、以前のスズカとはまた違うスランプだ。
桜木「不安なのはわかるけど、一人で不安になると心細いだろ?だからせめて俺も巻き込んでくれ」
マック「トレーナーさん.........」
まったく、俺はどうやら頼りないらしい。もう少ししっかりしたいが、それが出来ない性分なのだ。申し訳なく思いながら、俺は今度こそチームの練習を切り上げた。
ーーー
タマ「.........話ってなんや」
桜木「まぁまぁ、お茶でも飲もうか」
そんな暇無い。ウチには時間が無いんや.........なーんて、おっちゃんと出会った頃ならそう悪態ついてたやろうな。けど、おっちゃんはウチのスランプを脱却させてくれた恩人や。命を救ってくれたと言っても過言やない。
ウマ娘にとっては全然何ともない季節やのに、おっちゃんはあっつい緑茶を入れてくれたんや。自分は猫舌なのに。そういうとこやでホンマに。
桜木「調子はどうだ?」
タマ「.........まぁ、順調やな。なんや?心配してくれるんかいな!」
桜木「そうだな。相手はあの[オグリキャップ]だからな」
タマ「っ.........」
なんでや、そこは心配なんてしてないって言うところやろ。なんでわざわざオグリの名前を出すねん.........しかも、いつも通りのあだ名じゃなくて、なんでフルネームで.........
ウチは、カッとなりやすいタイプの性格や。やから、自分でもよく分からん内に怒って、原因も分からんのに喧嘩を始める時もある。けど、ここは.........ぐっと我慢や。
桜木「.........タマ、強くなるってどういう事か.........分かるか?」
タマ「.........なんや急に、ウマ娘で強なる言うたら、レースに勝つ事やろ」
ウチはソファから立ち上がって、俯きながらそう言った。おっちゃんの顔は、見れんかった。けれど、どんな顔をしてるか分かる。
まっすぐ見てくるんや。ウチのレースをしろって言った。あの日みたいに.........!
なんやねんホンマ!!何が言いたいねん!!
タマ「帰る。ウチはやる事があるんや」
桜木「強さとは」
タマ「.........」
その声が聞こえて、ウチは足を止めた。背中に掛けられる声は、少し、怖かった。いつもの優しい声やない。見なくても分かる。おっちゃんの身に纏う雰囲気も、優しく無くなった。
桜木「強さとは、恐怖を感じながらも、何かのために、身体を奮い立たせる事だ。俺はそう学んだ」
タマ「.........何でや」
桜木「ドラゴンボールからだ」
なんやそれ、そんなシーン。あの漫画には無かったやろ。けれど、おっちゃんは真剣や。何を言ってるか分からない時ほど、おっちゃんは本気なんや。
桜木「誇りやプライド。それを証明する為に戦う戦士が。いつしか、何かを守るために誇りやプライドを原動力にする。まるで、その為に今までそれを守ってきたようにな」
桜木「けどそれは、認める事で生まれる強さだ。自分が幾ら強いと偽り続けても、やって来るのは悔しい敗けだけだ。タマ.........お前は」
タマ「嫌や、それ以上は聞きたくない」
聞きたくない.........けれど...............もう、分かってもうた.........気付いてもうた.........ウチは.........ウチは.........!!!
オグリが.........怖い...............
なんや、戦う準備が出来てへんかったのは、ウチの方やん.........こんな、こんなんじゃ.........ウチは、オグリに顔向け出来へん.........
桜木「.........タマ」
タマ「?.........!?ちょちょちょい!!近いっ!!近いっておっちゃん!!!」
俯いて見ていたウチの影が濃くなる。なんやろなー思っとうたら、おっちゃんの身体がもう目の前やった。よく見ると両手がウチを覆おうとしとるし!!!
なんや!!!何しようとしとるんやこのウマたらし!!!うまぴょいか!!?ウチとうまぴょいしようとしとるんか!!???
ま、まぁおっちゃんになら?別に許してやってもええけどな?割と良い顔しとると思うし、優しいし.........
桜木「じゃあなタマ」
タマ「は?」
思わず声上げてもうた。何もせえへんの?なんや拍子抜けやな.........
そう思っていると、なーんか違和感がある事に気が付いたんや。なんか、いつもと違う感じがする.........
タマ「.........あ゛ーーーーーッッ!!!??」
おっちゃん!!!ウチのハチマキ取って帰ってったんか!!!??
マジでありえへん!そう思いながらウチはおっちゃんを追いかけるために、おっちゃんのチームルームを後にした。
ーーー
桜木「.........来たか」
タマ「クォラァァ!!!どういうつもりでウチのハチマキ盗ったんや!!!返答次第とかそんなもん関係なくタダじゃ置かないでッ!!!」
中々の怒り具合でトレーニングコースに登場を果たしたタマモクロス。まぁ、予想はしていた。
けれど、俺の周りで柔軟や準備体操をしている俺のチームの様子を見て、その怒りも徐々に霧散して行った。
タキオン「ふぅン。モルモット君。彼女がゲストということで良いのかい?」
ウララ「わー!!タマちゃんだー!!!タマちゃんも走るのー!!?」
桜木「いや、今回は走らないぞ。タマが走るのは明日だからな」
タマ「.........」
俺はタマモクロスによく聞こえるようにそう言った。明日は天皇賞・秋。つまり、本番だ。ここで走らせて怪我でもされれば、俺の首が飛びかねない。いくら古賀さんでも、許してくれないだろう。
ライス「タマモクロスさん、お、応援してるからね!」
ブルボン「私も、貴方の走りにはどこか惹かれるものを感じます」
タマ「な、なんやねん!どういう事かはよ説明してやおっちゃん!!」
わたわたと慌てながら、ライス、ブルボン、ウララに囲まれるタマモクロス。中々可愛い感じになっている。もっと見ていたい気もするが、そろそろ始めよう。
桜木「さ、頼んだぞタキオン」
タキオン「全く、君は本当に人使いが荒いな」
桜木「いつも俺の事をボロ雑巾みたくしてるだろ。これくらいのワガママ聞いてくれよ」
タキオン「いや、流石の私もそこまではしてないぞ」
タマ「あ!!!ウチのハチマキやん!!!」
俺は手に持ったタマのハチマキを、タキオンに手渡した。嫌な顔をしながらも、渋々と言った顔でハチマキを結ぶ。
その足で普段から使っているコースの上に入る。走る距離は2000m。タマモクロスが走る距離だ。
スタートを切る体制。静けさがアグネスタキオンの周りを支配する。場は静寂して、その姿を空間に意識させた。
ハチマキの尾が真っ直ぐ伸びる。気が付けばもう、アグネスタキオンはスタートを切っていた。
ーーー
タキオン『世紀の頂上決戦。楽しみにしているよ。トレーナー君が応援するんだ。私も君の勝利を願おうじゃないか』
なんやねん
ライス『あ、あの!頑張って勝ってね!タマモクロスさん!』
なんやねん.........
ウララ『タマちゃん!!ウララもね!!1着取るのが目標なの!!一緒だね!!!』
ほんまに.........
ブルボン『勝率は五分五分です。どちらが勝つかは分かりません。ですが、マスターの言葉をお借りするなら。私は貴方の勝利に賭けます』
ほんまに.........!
マック『応援していますわ!タマモクロスさん!勝った暁には是非その景色の感想を教えてくださいまし!!』
なんでなんや.........おっちゃん.........
桜木「ハァ.........!ハァ.........!ほら.........これで、怖くないだろ.........?」
息も絶え絶え、足もガクガクになってる。それなのに、その笑顔はなんやねん。なんで笑えるんや.........辛くないんか、苦しくないんか、どうして.........笑ってくれるんや.........
桜木「ハァ.........2000mを全力疾走はちょっと.........身体に来るな.........ハァ.........」
おっちゃんはそのまま、立ち上がって、ウチの後ろに立った。今まで全員がしてきたように、ウチのハチマキを、後ろから回してギッチリ締めてくれた。
タマ「なんで.........?普通、オグリを応援するやろ.........アッチの方が人気やし.........!」
桜木「そんなの、俺が主人公キャラより、ライバルキャラを好きになる性分だからに決まってんだろ」
おっちゃんは、なんの悪びれもなくそう言いきった。そうやった。おっちゃん、ひねくれとるんやった。けど.........ウチを応援してくれてる気持ちは本物や。
マック「もう、トレーナーさん。肩をお貸ししますわ」
桜木「ああ、悪いな.........ああそうだ。あと一つだけ.........」
タマ「.........?」
桜木「負けたくないなんて思うな.........常に勝ちたいと思え。それだけだ」
ウチを真っ直ぐ見ながら、おっちゃんはそう言いきった。ほんま、このおっちゃんはカッコつけんと生きて行けないんか?
けど.........ホンマに、ちょろいもんやわ。こんなんで元気になるウチは、甘々の甘ちゃんや。
ウチはハチマキに残る温もりを感じながら、おっちゃんの言葉を胸にしっかりと刻み込んだ。
ーーー
天皇賞・秋 当日
レース会場は大きな賑わいを見せている。まだ選手はパドックに入ってすら居ないのに、既にお祭り騒ぎだ。
「なぁ、どっちが勝つと思う?」
「そりゃお前、オグリキャップだろ!」
「いーや!俺はタマモクロスだと思うね!」
桜木(人気順ではやっぱりオグリキャップが一枚上手.........まぁ、あんな化け物みたいな走りを見せつけられたら、素人目からも目立つだろうからな)
人々の注目を集めるのは常識の欠けた、不快にさせないパフォーマンス。それはオグリキャップの走りにも言える事だ。
しかし、それはタマモクロスの走りも同じだ。彼女はレースの仕方で走りを魅せる。追い込みで一気に、前の方へと駆け抜けていくレースが彼女の世界を形成する。
マック「トレーナーさん、インタビューが始まりますわ」
桜木「お、マジか」
先程買った新聞を閉じ、競バ場の巨大モニターに視線を移す。先程までグッズの販売広告が淡々と流れていただけだが、ウマ娘の生インタビューが流れ始めた。
ウララ「あ!オグリちゃんだ!!」
タキオン「走りも強ければ人気もある。そして、インタビューの順番くじで一番を引く力も持っている。中々の強敵じゃないか」
桜木「え?インタビューの順番ってくじなの?」
ライス「う、うん。そうみたいだよ?」
ブルボン「.........写りませんね。タマモクロスさん」
マック「ですわね.........」
次々とインタビューに受け答えて行くウマ娘達。その中にはまだ、タマモクロスの姿は映っていない。
まさかまさかと思っていると、そのまさかだった。彼女はどうやら一番のトリを飾る最後のくじを引いたらしい。
桜木(さぁ、どうなるかな)
タマ「なんや!ウチがトリか!!最初は一番最後かいな思ってたけど、考えてみるとウチ追い込みやから最初は最後方や!!出だしは順調やな!!!」
その言葉に対し、会場に笑いが起こる。場の空気を掴むのには成功したらしい。マイクをひったくったタマモクロスは、終始嬉しそうな顔でインタビューに受け答えていた。
「タマモクロスさん!今回、初のオグリキャップさんとの芦毛対決となりますが、意気込みはどうですか!?」
タマ「.........」
「.........?」
先程まで元気よく喋っていたタマモクロスだったが、その言葉で急にシンとなる。その異様な様子に、会場にも不満が生まれる。悪い空気だ.........だが、そんな物をわざわざ生むタマモクロスではない。
わざとだろう。オグリキャップが常識を覆すパフォーマンスでフォーカスを集めるなら、タマモクロスはその緩急を持った間を持ってして人の視線を集める。テンポと笑いが何より好きなタマモクロスらしいやり方だ。
そんな痛い程の静寂の中、次のタマモクロスの言葉を、大勢の人々が待ち望んでいた。
タマ「.........[稲妻]の雷鳴は遅れて聞こえてくる。音に気付いた後にはもう姿は残らへん」
桜木「.........!」
マック「まぁ.........!」
タマ「ウチの加速は、光より早いで。瞬きしてたら音すら捉えられへん」
.........驚いたな。まさか、俺の例えを使われるなんて思ってもみなかった。それに、これを聞かれていたのか.........本人に対して言った訳じゃないから少し恥ずかしいな。
声を上げたマックイーンの様子を見なくても分かる。他の観客も同じだ。熱が上がってきている。ヒートアップし始めているんだ。
タマ「ウチはただの[稲妻]ちゃう、[白い稲妻]や。それを今日、ここで証明する為に立ってる.........だから」
「勝負や。オグリキャップ」
彼女のその宣言が、見えなかった火花をバチバチと可視化させた。彼女の内に秘めた熱さを現実の物とした。彼女のその強い眼力の先に見据える者を、もう一度大勢の観衆に意識させた。
タマモクロスはイタズラが成功したような笑顔で、ひったくったマイクを、今度は押し付けるようにインタビュアーに返した。彼女の声も無い。映像の動きもない。あるのはただ一つ。
「ーーーーーーーッッッ!!!!!」
一拍置かれた二人の芦毛のウマ娘の対決に魅入られた観衆の、空気を裂くような大歓声が響き渡るだけであった。
ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ......To be continued