山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
タマ「.........」
大丈夫。ウチは大丈夫や。そう自分に言い聞かせながら、心臓の音をゆっくりと鎮めていく。ゲートの中は、ウチにとっては少し広い。だから他のウマ娘が感じるような閉鎖感とかは、あまり強く感じないんや。
けれど.........ここに来るとレースに対する姿勢が変わってまう。スランプ気味のウチが出てくるのか。果たして前見たいな快進撃で突き進むウチになるのか.........
らしくもない。どっちもウチや。弱気になっとんとちゃうで。タマモクロス。アンタのライバルは意気揚々としとるやないか。
タマ(.........そうや、ウチは.........)
(負けたくない.........!!)
この並行列のどこかに居るであろうオグリを意識する。自然とそんな気持ちが溢れ出てくる。そうや、それでいいんや。全部アイツにぶつければええ。
タマ「勝負や.........!オグリキャップ.........!!!」
一番端っこのゲートが締められる。いよいよ始まるんや.........
ウチの天皇賞・秋が.........!!
ーーー
桜木「.........」
ファンファーレの音は止んだ。ウマ娘達は走る準備を終えている。あとはゲートが開くのを待つだけだ。その待っている時間すら、酷く心をギチギチに縛り付ける。俺もタマを応援する為に、ハチマキのグッズを売店で購入した。準備は万全の筈だ。
ガコンッ!!!
桜木(.........!!)
ゲートが開かれると同時に、重々しく聞こえてくるのは彼女達の走る音。その身体に鞭を打つような観衆の声が空気を叩き付ける。そんな重厚感の伴うレースのせいか、耳には上品にバイオリンの旋律が流れ始めていた。
桜木(これがG1.........!!)
ここで初めて、自分が手を伸ばしたものの価値を理解し始めている。周りではそれを楽しみながらも、どこか重さを理解している者達でしか溢れて居ない。
自分一人では抱えきれなくなり、隣にいるマックイーンに視線をちらりと送ると、その眼差しはレースにただ一点注がれており、胸元に置いた両手をキュッとキツく握っていた。
桜木(俺がここで気圧されてどうする.........!!走ってるタマモクロスの方が苦しいに決まってるじゃねえか!!)
実況「先頭から7番!快調に飛ばしています!」
実況「後を追うように3番と5番!」
軽快に聞こえてくる実況の声。レースの展開は良く見える。オグリキャップは差しで挑んでいるようだ。その表情は正に、獲物を食らう様なハンターで、その機会を根強く伺っている。
桜木(.........!あんのバカ.........!!)
一方、一人で殿を務めるタマモクロス。その表情は鬼気迫るものを感じる.........
しかし、その表情には負けの二文字に支配されているものだ。それではオグリキャップには到底適わない。どうやら、この不自然に聞こえてくるバイオリンの重い旋律に呑まれているのは、俺だけじゃないらしい。
自分で果たして気が付いてくれるだろうか。それだけが心残りだ。
実況「一番人気オグリキャップ!まだまだ余力を残しております!」
解説「これは後半、良い追い上げが見れますよ!」
実況「一方の二番人気タマモクロス!こちらは殿を務めている!」
解説「彼女の脚質には合っていますが、焦っているようにも見えます!」
解説の言葉がスラスラと耳に入ってくる。恐らく当たりだ。オグリキャップの走りを目の前にしてタマモクロスは恐怖と焦りで冷静さを失っている。視野を広く持ってくれ。そうするだけでお前は勝てるんだ.........!
桜木「頑張れ.........!!」
隣にいるマックイーンの選抜レースの時と同じように声を掛ける。それが届いて欲しいと思いながらも、必死にオグリキャップを見続けるタマモクロスの脚は、未だ目覚めないままでいた。
ーーー
タマ(クソ.........!クソ!!やっぱ強いなァ!オグリ!!!流石ウチのライバルやで!!!)
ウチの脚は、まだかまだかと声を上げそうな程に熱くなっている。まだや、今仕掛けてしまったら、オグリに勝つどころか、他の奴に負けてまう。そないな事なれば本末転倒や。
ここは我慢や。負ける訳には行かへん。他の奴に.........もちろんオグリにも!!!
タマ(ウチは!!!負けたくないんや!!!)
ーーー
タキオン「.........状況は良くないな。どう見る?トレーナー君」
いつものように腕を組みながらレースの展開を見ているタキオン。いつもと違う部分は、その表情が普段より険しい所だろう。
どう見る.........いや、どこをどう見たって問題点はハッキリしている。
桜木「焦り過ぎだ。あんなんじゃ、スランプは到底脱却出来ない。オグリさんを倒す所か、入賞できるかすら怪しい.........」
マック「そんな.........!?」
ブルボン「.........視覚情報から、タマモクロスさんのステータス『焦燥感』を確認されました。マスターの仰っている事は、あながち間違いではないようです」
冷静にレースの状況。そしてタマの状態を分析してくれているブルボンだが、その頬を伝う汗が多少の動揺を伝えてくれている。
甘かったのだろうか、やはりあんな曖昧な励まし方じゃ伝わらなかったか.........?
自らの焦りと不安でイライラしているタマを見て、俺自身もイライラが高まって行く。クソ、なんで俺はいつもこう詰めが甘いんだ。
ライス「大丈夫だよ!トレーナーさん!」
桜木「!.........ライス」
ライス「あの時のタマモクロスさん、ちゃんと分かってたもん。今はちょっと、周りが見えてないだけだよ.........」
.........どうやら、俺が自分を責めていたことを気が付かれたらしい。一体何回このやり取りをすれば気が済むんだ。けれど、おかげで気が楽になった。
ウララ「応援しよ!!トレーナー!!」
桜木「.........そう、だよな」
マック「トレーナーさん.........」
向こう直線の半分を過ぎても、タマモクロスは上がって来ない。お前の居場所はそこでは無いと言うのに、いつまで殿に居るつもりなんだ.........ッッ!!!
ーーー
タマ(なんでや.........!なんで全然前に行けないんや!)
いつものウチならもう、半分くらいの人数は抜かして前に出てる。今日はそれが出来てない。スランプやから?ちゃう。ウチはここに来て、オグリの後ろ姿を見て、また恐怖を感じとるんや。
負ければ粉々にされる。今までやってきた努力も、成果も、家族の応援も、トレーナーの期待も、おっちゃんの教えも、全部知っとるオグリに壊される。それが怖い。
嫌や.........
嫌や.........!
ウチは絶対.........!!
負けたく...............ッ!
「バッキャロォォォォーーーーッッッ!!!!!」
誰やと思う?ウマ娘の激しく地面を打ち付ける足音の中を、大歓声で耳が麻痺してまうくらいの大声の中を、我先にとかき分けて声を届かせたヤツ。
おっちゃんや。おっちゃんの、今までに聞いたことの無い大声が、ウチの耳には届いた。そんなん、思わずその方向見てまうやろ。レース中のウマ娘の集中を逸らすなんて、只者やないで。
タマ「.........!!!!!」
ウチは、それを見て目を見開いた。おっちゃんは応援の為に買ったであろうハチマキを、親指で指し示した。ウチに見つかりやすいように、観客席の方から身を乗り出して。
『世紀の頂上決戦。楽しみにしているよ。トレーナー君が応援するんだ。私も君の勝利を願おうじゃないか』
『あ、あの!頑張って勝ってね!タマモクロスさん!』
『タマちゃん!!ウララもね!!1着取るのが目標なの!!一緒だね!!!』
『勝率は五分五分です。どちらが勝つかは分かりません。ですが、マスターの言葉をお借りするなら。私は貴方の勝利に賭けます』
『応援していますわ!タマモクロスさん!勝った暁には是非その景色の感想を教えてくださいまし!!』
『負けたくないなんて思うな.........常に勝ちたいと思え。それだけだ』
タマ(.........そうや、ウチは.........)
ほんま、アホなヤツや。心に刻み込んだもん忘れて、どないせいっちゅうねん。けど、おかげで思い出せたわ。忘れてもうたなら、鏡を見ればええだけの話や。おっちゃんは、ウチに鏡を見せてくれた。
胸が熱い。脚とか、腕とかや無い。そんな表面上の身体の部位じゃなく。心が熱を帯びてる。オグリを怖がってた時は、まるで感じなかった柔らかい温かさ。それが.........真の意味で、ウチの身体を暖めたんや.........!!!!!
タマ(ウォーミングアップは.........終いやッッ!!!)
ーーー
桜木「.........!」
今の今まで、桜木の耳に聞こえていたバイオリンの旋律が、止んだ。代わりに、静かなギターの音がゆっくりとフェードインしてくる。
周りの世界がゆっくりになる。もちろん、それはウマ娘のレースも例外では無い。全てがゆっくりになり始める。
しかし.........
実況「おおおおっと!!!!!」
例外は.........
実況「今ここでええええ!!!!」
二人居た。
実況「二人の芦毛が先頭に躍り出たァァァァッッッ!!!!!」
コーナーの外から来るのは、オグリキャップ。そして、それに並ぶようにタマモクロスががっしりと食らいついていく。
オグリ「ッッッ!!!??」
タマ「勝負やァァァァッッ!!!オグリィィィィッッッ!!!!!」
オグリ「くっっっ.........!!!タマァァァァァッッッ!!!!!」
コーナーからの直線。二人の差はほぼ無いに等しい。
隣で食い付いてくる存在にオグリキャップは直ぐに気がついた。だが、それも瞬間では無い。いつも通りに抜け、誰も居ないと確信した次の瞬間の違和感でようやく気が付いた。見開かれた目には、狙う獲物の標的を目に写したタマモクロスが写っていた。
この状況。オグリキャップの脚ならばどうという事は無い。だが、何故かタマモクロスを突き放す事が出来なかった。
タマ(へへっ!!おっちゃんの思惑通りや.........!!!相手が前に居る走り方も、後ろに居る走り方も一級品.........!!!けど、隣でガッツリ居られんのは慣れてへんやろッッ!!!!!)
マック「凄い.........!あんな最後方に居たのに、一瞬で前に.........!!」
桜木「.........アレが、タマの強みだ」
客席側で、レースの熱さに心を炙られながらも、平静を保つ桜木。タマモクロスの目覚めにひと安心するように、ふうっと息を吐いた。
桜木「タマモクロスは平均より身長が低い。だから、自然と目線の視点が低くなる。お陰で、隙間を見て潜り抜けなきゃ行けない場面で、視線を下に動かす必要がなくなる。前のレースを見ながら抜け出す隙間を見つけられるのが、タマモクロスの才能だ」
大外をぐるりと回り、その驚異のスピードを持ってして先頭に躍り出たオグリキャップに対し、タマモクロスはその身体の特質を理解し、内側から隙間を縫うようにして前へと躍り出ていた。
桜木「この勝負.........どうなるか分かんねぇ.........!!!!!」
満たされながらもまだ足りない。心はまだまだ何かを求めている。その欲望に従うように、桜木は腕組みした手で掴んだ腕を握り込み、不敵な笑み浮かべた。
タマ(強く、なったんや.........)
オグリキャップの隣で走るタマモクロス。その目には既に、隣の存在は写っていない。あるのはゴール。ただそこだけであった。
タマ(強くなったんや.........)
『姉ちゃん頑張ってな!!!』
『ウチも応援しとるから!!!』
『頑張ってね、辛くなったら、何時でも帰っておいで.........』
家族の為に走ってきた。だから、負けたくなかった。負けが続く事が意味する事はつまり、ウマ娘の武器で家族を助ける事が出来ないということだ。
『おまえさんは光るものがある。今はオグリやクリークには適わないが、必ず強くなれる』
タマ(強くなったんや.........!)
拾ってくれたトレーナーの為にも走る。だから、負けたくなかった。自分の価値を見出してくれた彼に、恩義を感じていたからだ。
タマ(強くなったんや.........!!)
『タマモクロスですよ』
強くなると信じてくれた彼の為にも走る。だから、負けたくなかった。こんなに自分を全面的に信じてくれる存在なんて、家族以外で存在しなかったからだ。
けれど、今は違う.........今は、別に[負けたくない]わけじゃない。今は.........この隣で、全身全霊を持ってして挑んでくれているライバルに、オグリキャップに[勝ちたい]。
タマ(ウチは............ッ!)
オグリ「ッッ!!!」
タマ「強くなったんやァァァァァッッッ!!!!!」
ーーー
桜木「.........勝った」
多くの歓声が、空気を衝くように声を上げる。けれど、掲示板で表示された着位は、なんだか拍子抜けするほどあっさりで、余韻も無かった。
マック「凄い.........!」
隣に居るチームのメンバー達は、それぞれ反応を見せている。マックイーンは口元に手を当て感嘆し、タキオンは素晴らしいレースに対して拍手を送った。一方で、ライスは安心したのか、泣き出してしまったようで、それをウララとブルボンが諌めている状況だった。
古賀「よう、桜木」
桜木「古賀さん.........」
そんな中で、俺の隣にフラフラと現れたのはタマの姉御とオグリさんのトレーナーである古賀さんだった。
古賀「どうだった、ウチのチームの走りは」
桜木「.........そうですね。GIレースを生で見たのは二回目ですが、最高でした」
胸が熱くなるようなレース。そうだ、そうだった。これがGIだった。走る彼女達の熱が伝わってくるようなレースが、GIなんだ。
俺は、隣に居るマックイーンを見る。そうだ、次に見る天皇賞は、彼女の番だ。きっと、タマモクロスに負けないレベルのレースを見せてくれる.........!
古賀「俺はこれから、オグリとタマを迎えに行くが、おまえさんらはどうする?」
全員「ご一緒させていただきます!」
声を揃えてそう言うと、古賀さんは嬉しそうに、豪快に笑った。
ーーー
タマ「!トレーナーや!オグリ!!トレーナー来てくれたで!!」
古賀「おーどうしたオグリ。そんな落ち込んだ顔して」
オグリ「うぅ、タマに負けて悔しいんだ.........こんな気持ち、初めてだ」
古賀さんの後に続いて、俺達も地下バ道に入る。すると、悔しそうに涙ぐんでいるオグリさんと、ワタワタとするタマの姉御が居た。
それにしても珍しいな、オグリさんがこんなになるなんて。
古賀「んなもん、数多くある勝負の内の一つの負けだ。そんなに悔しかったのか?」
オグリ「ああ、タマの事は近くで一番見てきたから.........生まれてきた中で一番悔しい」
タマ「オグリ.........」
桜木「よう、お疲れさん」
タマ「あっ!おっちゃん!!」
優しく頭を撫でられているオグリさんの背中を撫でていたタマの姉御が、とてとてとこちらに寄ってくる。やっぱり可愛いんだよな。芦毛のウマ娘って。
タマ「ちゃんと見とったか!!?ウチの最強の姿!!!」
桜木「ああ、見てたぜ?[稲妻]が走る光も、その音も、全部感じた。頑張ったな」
目の前で恥ずかしそうに照れ始めるタマモクロス。本当に、表情が柔らかくなったものだ。
そう思っていると、脇腹に最近恒例の刺激が走る。マックイーン先生が俺のタラシ行動を咎める為の措置だ。毎度毎度申しわけない。
古賀「おまえさん。よく半年でそこまでになったなー。ド三流って呼んでた昔が懐かしいな!!カッカッカッ!!」
マック「そうですわね。最近ではトレーナーの立場を悪用して沢山話しかけてるようです。何とかなりませんの?」
桜木「悪用って.........人聞き悪いぜマックイーン?俺は真面目に受け答えとか、疑問を聞いてるだけなんだけど.........」
オグリ「ん.........?なんだ、桜木がどうかしたのか?」
タマ「オグリ!気を付けた方がええで!!おっちゃんは最近、スケコマシらしいんや!特に芦毛は要注意せなあかんで」
え、そんなに広まってんのか俺の噂.........真面目に自重しないといけない感じだなこりゃ.........
そんなこんなで肩を落としていると、ウララが顔を覗き込み、心配そうに見てくる。可愛いやつだ。隣に越しておいで。
タキオン「さて、タマモクロス君の次のステージはドリームトロフィーカップだが、その意気込みは?」
タマ「心配せんでええで!!!先に活躍してるイナリよりウチは必ず、でっかい事成し遂げて見せるわ!!!楽しみにしときや!!!」
古賀「.........あー、そのー」
全員「.........?」
先程までオグリの頭を撫でていた手で、バツが悪そうに頭を搔く古賀さん。なんだろう。なんだか嫌な予感がする.........
古賀「.........すまん、タマの参加書類。提出し忘れた.........」
タマ「.........は?」
ブルボン「.........では、次の勧誘があるまで、タマモクロスさんはシニア級のレースを続けるという事ですか?」
古賀「うん」
質問をしたブルボン。何が何だかよく分かってないウララ。もうお腹がすいて来たオグリさん。それ以外は皆、ギコギコと首を動かし、タマモクロスの方へと視線を送った。
タマ「.........ははは」
古賀「.........たはは」
タマ「どないな落とし前つけてくれんねん、なあ?トレーナー」
怖い。普段は可愛い芦毛のウマ娘を怒らせるとこうなるのか.........?俺もマックイーンだけは怒らせないようにしないとな.........
ゆっくりとジリジリ古賀さんに迫っていくタマモクロス。何故か顔に発生した濃い影の影響で姿はもはやホラー映画と変わりない。
タマ「あーあ、ほんまようやってくれたわトレーナー。ウチはもうクラスのみんなに言いふらしたで?次のレースからドリームトロフィーカップやってな.........」
古賀「悪い!その.........すっかり頭から抜け落ちててなー!」
タマ「なんや?笑えば許されると思っとるんか?だったら精一杯笑えばええ。最後まで笑っとったら、その強さ認めて許したるわ」
古賀「タ、タマ?」
桜木「さ、帰るぞ」
笑い始めそうだった古賀さんの手を握り締めたタマモクロス。これ以上この空気に耐えられない。そう思った俺は、オグリさん含め、全員をこの暗雲立ち込める地下バ道を後にした。
その後、意識を失い苦痛の末もがき苦しんだ顔をした古賀トレーナーが三時間後に発見されたらしい。めでたしめでたし。
ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ......To be continued