山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜   作:ギノっち@カマタラル

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一心同体の覚悟

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 時計の針が鳴り響く。やけに静かで、やけに落ち着かない。広がる青い草原の中で静かに横たわる。これが夢だと言うことは、誰に言うでもなく、独り言をつぶやくまでもなく、すぐに理解した。

 

 

 遠くに見えるのは雷雨ひしめく、暗雲立ちこめる空気。今はまだ晴れ晴れとした太陽の元に晒されているが、俺はきっと、あの中をここで過ごさなければならなくなる。

 

 

 そんな事を考えながら、静かに起床を待っていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二月を迎えたトレセン学園。開催レースは少ないものの、春に向けてピリピリとした空気感は漂ってくる。

 春の天皇賞も、皐月賞も近付いてきている。どちらもどデカいGIレース。勝ちに来るのは俺たちだけではないだろう。

 そんなことを思いながら、チームルームの扉を静かに開けた。

 

 

桜木「.........あら?」

 

 

「あ!!ご無沙汰してます!!桜木トレーナーさん!!」ペコリ

 

 

マック「おはようございます。トレーナーさん」

 

 

 扉を開けると、そこにはチームのエースであるメジロマックイーンと、チームメイトではないメジロライアンが座っていた。

 

 

桜木「いらっしゃい!菊花賞ぶりだなぁライアン!!」

 

 

ライアン「はい!!桜木さんも元気そうで!!」

 

 

マック「あら、そんな仲でしたの?」

 

 

 がっしりと握手を交わしていると、マックイーンは困惑したようにこっちを見てくる。ああ、そういえば、マックイーンの前で話した事はなかったな。

 

 

桜木「マックイーンが倒れた時にな、保健室で知り合ってたんだよ。まさか、知り合いでもない子に菊花賞前に話し掛けられるわけないだろ?」

 

 

マック「いいえ、トレーナーさんならやりかねませんわ」トンッ

 

 

桜木「うぐっ.........」

 

 

 ソファーに座っていたマックイーンがおもむろに立ち上がり、片肘で握手を交わしている俺の脇腹を優しく攻撃してきた。まぁウィークポイントなので強く反応してしまうが.........

 そんな様子を、ライアンは苦笑いしながら見ていた。

 

 

ライアン「アハハ.........なんだか安心しました」

 

 

二人「え?」

 

 

ライアン「いや、二人とも仲が良さそうで!」

 

 

マック「.........そ、そう言われると.........」

 

 

桜木「悪い気は.........しないよな?」

 

 

 目の前にいるライアンの苦笑いが伝染するように、お互い苦笑いしながら顔を見合った。仲が良くなっているのは自覚しているが、他人に指摘されると照れてしまう。マックイーンもその頬を染めて反応した。

 しかし、そんな様子も一瞬で、俺の目を見たマックイーンはすぐに咳払いをすると、足早にチームルームの扉に手を掛けた。

 

 

桜木「マックイーン?」

 

 

マック「私は失礼させていただきますわ、『なんでもライアンは、トレーナーさんと«二人っきり»で内緒のお話をしたい』とのことですので」

 

 

 自然と声が大きくなるマックイーン。括弧の中に更に一つ二つ使われたような強調した喋り方をしているの、彼女は気付いているのだろうか?少なくとも、俺とライアンは笑いを抑えるのに必死だ。

 

 

マック「邪魔者はとっとと退散させていただきます。ええ、どうせ私は邪魔者ですからっ」

 

 

桜木「そうカッカすんなよマックイーン」

 

 

マック「別に怒っていませんっ。ライアンと貴方がどんな内緒話をしようが、私には関係ありませんし」

 

 

マック「ですから!どうぞごゆっくり!!」

 

 

 そう言い切ると、彼女は逃げるようにチームルームを出て行った。そして扉は今日も乱暴に開けられてしまった。ごめんな?最近休んでないだろ?

 

 

扉「ええんやで」

 

 

桜木「ありがとう、ありがとう」

 

 

ライアン「誰と話してるんですか?」

 

 

 最近酷使している扉を撫でていると、ライアンに疑問符を持たれた。ああごめん。普段みんな何も言わないけどこれ異常行動だったね。家だといつもこんななんだよ.........ここは職場ここは職場.........よし。

 

 

桜木「.........それにしても、どうしたんだ?マックイーンは.........」

 

 

 気持ちを切り替え、先ほど出て行ったマックイーンについて考える。怒った彼女は見たことあるが、今日はまた一味違う雰囲気だった。

 顎に手を当てて考えながらソファーに座ると、クスクスとした笑いがチームルームに響いた。その声の主はライアンだった。

 

 

ライアン「きっと、私がトレーナーさんを取ろうとしてるって思ったんでしょうね」

 

 

桜木「おいおい、俺は別に景品じゃないぞ?れっきとした人間だからな」

 

 

 俺と同じようにソファーに座りながら笑いを零すライアン。やはりメジロ家のウマ娘で、その上品な笑い方からはマックイーンを彷彿とさせる。

 むぅ、少し寂しいな.........けれど、二人きりで話をしたいとはなんだろう?は!!!まさかチームに移籍!!?有り得る。有り得るぞこれは!!!

 

 

桜木「チームに入りたいなら「マックイーンのことです」あ、そう.........」

 

 

 ミホノブルボンが丹精込めて作り上げたプラモデルをじっくりと見ながらそう切り返したライアン。ごめん、めちゃくちゃ恥ずかしいわ.........

 しかし、マックイーンのこととはどういう事だろうか.........?

 

 

ライアン「多分桜木さんは気付いていると思いますけど、今のあの子、すごく無理してますよ」

 

 

桜木「.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........クソ、こっちにも載ってねぇ。白銀から送られてくる医者リストもここ暫くは打ち止めで、連絡しても話を聞くだけ聞いて断るのが大半.........!!」

 

 

 イラつきを覚えながら、夜の図書室を後にする。医学に関する本はあれからだいぶ入ってきたが、それでもピンポイントでこれだと言うものが殆ど無い。テイオーの皐月賞は四月。マックイーンの天皇賞よりも早い.........

 

 

「はっ......はぁっ.........はっ.........」

 

 

桜木「.........マックイーン.........?」

 

 

 遠くからでもわかる彼女の姿。綺麗な紫がかった芦毛の長い髪が、彼女の後を追いかける。俺は隠れる必要なんてないのに、木の影から彼女を見ていた。

 これ以上は無駄なトレーニングだ。効率的ではないし、成長途中の身体に強い負荷が掛かってしまうのはアスリートとして正しくない。声をかけようと思うのと同時に、その考えにブレーキをかける。

 

 

桜木(けど、正しさが人を救うわけじゃない.........)

 

 

マック「ここからはもう少し早いペースでっ.........!」

 

 

 成長途中だから?アスリートとして正しくない?そんなこと、知識あるメジロのウマ娘なら、とっくのとうに理解しているだろう。けれど、それで安心してその日を迎えられるほど、レースというのは甘くはない。

 安心出来ない心を落ち着かせる為のトレーニング.........言い方は悪いが、やった気になれるトレーニング。ここまでした。こんなにした。その気持ちや過程が自信を産む、一種の薬物のようなものだ。

 

 

桜木(.........ごめんな)

 

 

マック「春の『天皇賞』!私は絶対に勝たないと行けないのですから!」

 

 

 作った拳を胸に掲げ、そう決意する彼女。俺にもっと力があれば、俺にもっと実績があれば.........俺に、俺にもっと。君を安心させられるような言葉をかける事ができたら良かったのに.........!!!作った拳は掲げることなく、隠すように下へと向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........夜の自主練の事か?」

 

 

 目を背けていた現実に、目だけを向ける。そうすれば、ダメージは少ないからだ。けれど、目の前の彼女からなんて言われるだろう?

 知ってるのに止めないのは、トレーナーとしてどうなんですか?それでも本当に、メジロマックイーンのトレーナーなんですか?

 そう言われても仕方ない。マックイーンは俺のメニューが物足りないと思っているが.........一番、本当にそれでいいかと思っているのは俺自身だからだ。

 けれど、帰ってきた言葉は俺を罵倒するものでは無かった。

 

 

ライアン「やっぱり気付いてましたね。うんうん、マックイーンの言っていた通りです」

 

 

桜木「.........?どういうこと?」

 

 

 そう聞いてみると、ライアンはソファーからおもむろに立ち上がった。そのままプラモデルのところに移動していき、触ってもいいかと聞かれたので、壊さないなら良いと許可を出した。

 

 

ライアン「『ちょっと頼りないけど、ウマ娘の事をよく見ていて、誠実に寄り添ってくれる人』」

 

 

ライアン「マックイーンは桜木さんの事。いつもそういう風に言ってるんですよ」

 

 

ライアン「.........『だから、どんなことがあっても私は最後まで付いて行こうと思ってる』って」

 

 

 プラモデルの背中側をじっくりと見ながら、ライアンはそう話した。そんなことを言っていたのか、マックイーンは.........

 

 

桜木「.........買い被りすぎだ。現に俺は、学園のトラブルメーカーだ。噂は響いてるだろ?」

 

 

ライアン「それ以上に、トレーナーとしても優秀だと理事長も言ってました。マックイーンも信頼しまくりです」

 

 

桜木「.........」

 

 

 信頼、あの日、特等席を手放そうとしたあの日に失った信頼を、俺は取り戻していたのだろうか?もし、本当に100%信頼が帰ってきていたとして、じゃあ誰がこの状況を作り出している?

 彼女か?俺か?天皇賞か?いずれにしても、彼女を駆り立てている物を何とかしない限り、彼女はきっとまた倒れてしまうだろう。

 

 

ライアン「.........誰も悪くはないんです。ただ、『天皇賞』にはそれをさせてしまう理由があるんです」

 

 

 ゆっくりとプラモデルを元の位置に起きながら、その場で俺と向き合うライアン。先程とは打って変わって、楽しそうな表情から少し悲しげな表情になってしまった。

 

 

ライアン「私たちメジロのウマ娘は、適正によって期待されているレースが定められていまして.........」

 

 

桜木「マックイーンは.........天皇賞だった」

 

 

ライアン「それだけじゃないんです。『天皇賞』はメジロの大黒柱であるおばあ様とおじい様の思い出のレース.........すごく特別なものなんです」

 

 

 それを言うライアンの表情は、先程より少し優しくなっていた。メジロのおばあ様の事は、どうやらみんな大好きらしい。

 それにしても......期待か.........それがマックイーンを苦しめるものだとしたら、俺はどうしてやれるだろう?

 不安に違いない。マックイーンは責任感が強いだけのウマ娘だ。メンタルの作りも、感じ方も、普通の子と何ら変わりない。ただ強くあろうとしているだけだ。期待されているレースをして、チームのエースとして期待されて.........

 

 

ライアン「あの」

 

 

桜木「.........?」

 

 

ライアン「前にした約束、まだ覚えてますよね?」

 

 

桜木「.........『マックイーンのこと、よろしくお願いします』。だろ?」

 

 

 膝に手を着いて、ソファーから立ち上がる。時計の針は気付けば昼休みの終わりを告げるように真上へ向いて、何事も無いような顔で時を刻む。結局人間は、 タイムリミットには逆らえない。

 

 

ライアン「無理しすぎる前に、マックイーンのこと止めてください」

 

 

桜木「.........約束はできない」

 

 

ライアン「桜木さん!!!」

 

 

 社会人生活で学んだこと。それはできないことを約束しないことだ。相手に期待させるな、相手を失望させるな。無理なら無理とはっきり言うこと。それがたとえ口約束でも、相手が期待をかけているなら尚更守らなければならない。

 この後は定例会議がある。俺は扉をいたわる様に優しく手をかけて、ゆっくりと開けた。

 

 

桜木「.........やるだけやってみるさ。俺に何ができるか、分からないけど」

 

 

ライアン「.........!」

 

 

 約束はできない。だが、それではトレーナーとしての責任は果たせない。社会人に必要なのは折り合いをつける能力だ。擦り合わせや整合性をとり、辻褄を合わせる。

 目の前のびっくりさせてしまったライアンに申し訳ないと思いつつも、俺はチームルームを後にした。

 

 

ライアン「.........マックイーンが好きになっちゃう理由。わかっちゃうなぁ」アハハ...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一通りのチームトレーニングを終え、最後のまとめを終えた俺はトレーニングコースへと向けて歩を進めていた。何ができるかなんてまだ分からない。けど、やらなきゃ前に進むことは出来ない。

 道中たづなさんと出会い、軽い会話をしながらも、その心は既に、今もトレーニングを続けているであろうメジロマックイーンの元にあった。

 

 

「はっ、はぁっ......はっ、はぁっ......」

 

 

桜木(やっぱり居るか.........)

 

 

 もう皆、ベッドですやすや寝息を立てているだろうに、目の前のメジロマックイーンは疲労の感じる中で尚も走り続けていた。

 身体の動きも悪く、自然ではない。疲れた気になってやった気になるトレーニングのリスクは計り知れない。これもまた、薬物と一緒だ。

 

 

マック「......はっ、はっ......ん、あっ......ぁあっ!?」

 

 

桜木「っ!!?マックイーン!!???」

 

 

 日頃の無理が祟ったのだろう。彼女は体力切れを起こして、トレーニングコースの上に倒れ込んでしまった。

 そう.........前なら、倒れる前に支えられていたはずなのに、こんな所で隠れていたから、彼女の綺麗な髪を地面に付けてしまった。

 

 

桜木(くそっ.........!!何ができることをやるだ!!!こんな.........こんなになるまで見てる事しか出来ねぇなんて.........ッッ!!!)

 

 

マック「.........」

 

 

 急いで彼女を抱き上げてみても、反応は何一つ帰ってこない。ただ静かな寝息が、俺の不甲斐なさを改めて認識させる。

 何がトレーナーだ、何が大人だ、一人の女の子に、こんなに無理させることが俺の目指したかったものなのか?そんなのただのクズじゃねぇか.........!!

 俺はクソ親父みたいにはならない。そう心に決めた筈なのに、こうして人を苦しめている。

 

 

桜木「ごめんな.........!!!」

 

 

 早く保健室に連れていかなければならない。その筈なのに.........涙が止まることなく溢れ出る。彼女にかかることないよう、少し身体を離し、片手で彼女を支えながら、もう片方の手は力を入れる気力もなく、地面に指先を擦りつけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........?」

 

 

「お、気が付いたか」

 

 

マック「ここは.........?え、トレーナーさん?どうして.........?」

 

 

桜木「保健室だ。横になってた方がいいぞ。熱もまだ引いてないから」

 

 

 そう言いながら、トレーナーさんは私の肩を掴み、起こした上半身を戻すようにしました。

 

 

「.........?」

 

 

 優しく触れた手が、どこかよそよそしく感じてしまう。きっと気の所為なはずなのに、なんだか放っておけない。そんな空気を、彼から感じました。

 

 

マック「.........思っていた以上に、疲労が溜まっていたようですわね.........」

 

 

マック「小さい頃、はしゃぎまわった後に、よく熱を出していたことを思い出しますわ」

 

 

桜木「はは、頑張りすぎたみたいだな」

 

 

マック「ふふ、そうみたいですわね.........」

 

 

 月明かりが差し込む保健室。彼は呆れもせず、優しく笑ってくださいました。そんな.........そんな、私に優しくしてくれる彼に、つい笑い声が零れてしまいます。

 

 

マック「.........って、気付いていましたの!?私が自主トレをしていることを.........」

 

 

桜木「.........気付いたのは、最近だけどね」

 

 

マック「.........トレーナーさん?」

 

 

 また、彼の雰囲気が寂しい物へと変わりました。その原因は一つ、私の自主トレのせいだと、勝手ではありますが.........理解しているつもりです。

 正直、いつもの彼らしくありません。楽しい事や面白い事が大好きな、いつものトレーナーさん。ニカッとした笑顔が似合う彼なのに、今の彼の寂しく笑う姿も、様になっています。

 

 

桜木「.........二つ、道がある」

 

 

マック「道、ですか.........?」

 

 

桜木「一つ、[自主トレを止めて、天皇賞・春まで俺の元で調整する]こと」

 

 

桜木「そして二つ目は.........」

 

 

マック「.........!!!??」

 

 

 彼は一度、座っている椅子の下から鞄を取りだし、中からクリアファイルを出してきました。そして、その中にある一枚の紙。

 そこには、こう書かれていました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「特別移籍申請書.........!!???」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「二つ目は、[自主トレを止めて、天皇賞・春までベテラントレーナーの元で調整する]ことだ」

 

 

マック「ま、待ってください!!!以前言ったではありませんか!!!エースになって欲しいと「俺はッッ!!!」.........!!」

 

 

桜木「俺は.........強くないんだよ.........」

 

 

マック「トレーナー.........さん.........?」

 

 

 張り上げられた悲痛な叫び声。今まで聞いたことも無いような、辛さを世界に叩き付けるような、そんな声を、トレーナーさんは吐き出しました。

 不意に、私は視線が動きました。落ちていくそれを見て、目を丸くしました。彼の握り締められた手の甲に落ちたそれは、雫となり、彼の手の甲の上を歪に濡らしました。

 

 

桜木「.........実績もない、経験もない.........親も親戚も、トレーナーじゃない.........!!マックイーンッ!お前が自信が持てないのはッッ!!!俺自身が俺を信頼してないからだッッ!!!」

 

 

桜木「ごめん.........!ごめんね.........!!!」

 

 

マック「っ.........」

 

 

 子供のように、何度も謝り続ける彼を見て、私はようやく、実感しました。今までのは全部、[皆が望んで作り上げた桜木玲皇という役]なのだと。

 彼は優しい。それこそ、人が言った事が嘘にならないようにするほどのお人好しです。人が苦しむならそれを分かち、人の喜びを分けないようそっとその場を去る.........まるで、何かを償うように.........

 今まで、ほとんど誰にも見せたことが無い彼の素顔が晒されています。彼のしていた仮面の糸が切れたのか、画面が割れてしまったのかは定かではありません.........

 ですが、私がやるべきことはただ一つです。

 

 

マック「.........では、選ばせていただきます」

 

 

桜木「.........」

 

 

 彼の手にある紙を引っぱると、何も抵抗が無いようにスルスルと引き抜かれました。嫌だ、という素振りを見せないのは少しムッとしましたが、彼の性格を考えれば、自分で持ってきた手前、そんな態度は取れないと踏んだのでしょう。

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「特別移籍制度。最近新たに設けられた制度で、新人トレーナーからベテラントレーナー。その逆や、同期のトレーナー同士でウマ娘の担当を取っかえ引っ変えするという.........」

 

 

桜木「言い方がちょっと.........」

 

 

 本当のことです。こんなもの、責任も取れない人が使う制度です.........けれど、彼自身、彼のやり方を信頼できず、他のトレーナーに私を預けようとするほど、追い込まれていたのも事実。

 そして、そんな風に私が追い込んだのもまた事実でした。彼の必死に作ったトレーニングメニューを侮辱したと言っても.........過言では無いのです。

 ですが、これだけは言えます。私は彼以外の元で、指導を受けるつもりは、一切ありません。

 

 

桜木「あっ!!」

 

 

マック「.........こんなもの、必要ありません」

 

 

 彼から奪った書類を縦に裂き、横に裂きを繰り返し、小さな紙くずにして宙へとばら撒きました。トレーナーさんは、酷く驚いた顔をしています。私はこんなものに、絶対自身の名を書いたりする訳ありませんのに。

 

 

マック「.........答えは一つ。自主トレを止め、貴方の指導の元。春の天皇賞まで調整しますわ」

 

 

桜木「どうして.........!!?」

 

 

マック「.........まず、謝らせてください。貴方のトレーニングに満足していなかったわけではないのです.........」

 

 

桜木「そう、だったのか.........?」

 

 

 彼は赤くした目で、私を見つめてきました。そんな彼を見ると、申し訳ない気持ちでいっぱいになります.........

 .........ですが、伝えたい事はそれではありません。今まで、誠実に私に向き合ってくださったトレーナーさんに伝えたい事は、そうでは無いのです。

 

 

マック「トレーナーさん。貴方は確かに、トレーナーとしてのセオリーから逸脱しています。7着だった私をチームのエースとして引き入れ、退学寸前のアグネスタキオンさんをスカウトし」

 

 

マック「走ることが好きで、一着の取れないハルウララさんを教えたいという気持ちだけでチームに入れ、変わりたいと思っているライスシャワーさんと共に変わろうとし、スプリンターでありながら三冠を狙うミホノブルボンさんを、その手で拾いました」

 

 

マック「.........ほとんど、居ないのです。『強いウマ娘を強く育てる』が根強く残る中央のレースでは.........そんな私達を育てようとするトレーナーなど.........」

 

 

 そう、いくら古賀トレーナーが偉大でも、中央のトレーナーはそのセオリーを名家が立ち上げたトレーナー訓練施設で受けます。そちらの方が、古賀トレーナーが指導するより、人が多くなります。故に、どうしてもその教えが多くのトレーナーに根付いてしまうのです。

 ですが、一番問題なのはそこではありません。その理論でいつまでも勝ててしまうのが、現実の恐ろしい所です。非常に残酷なまでに、その実力差を理解させてきます。

 .........だから、あの時。貴方がトレーニングコースで名を名乗ってくれた時。本当に嬉しかったんですのよ?

 

 

マック「私は、貴方を信頼しています。貴方が、貴方を信頼していなくても.........」

 

 

桜木「.........マックイーン」

 

 

 それでも、先程よりましになったとはいえ、彼の表情はやはり、まだ悲しげな面持ちでした。

 一体どうすれば.........そう思った時、一つ、良い案が浮かんできました。彼の目を真剣に見つめると、少したじろぎながらも、私のその真剣さに答えるように、見つめ返してきました。

 

 

マック「.........一つだけ、一つの覚悟だけで、貴方の不安が解消されるものがありますが.........?」

 

 

桜木「.........っ」

 

 

マック「.........一つの心を、二つの器で分かつ事。それ即ち.........」

 

 

桜木「.........『一心同体』.........?」

 

 

 その言葉が聞こえて、すこし驚きました。思っている事が伝わってしまうなんて、それでは本当に一心同体みたいではありませんか。

 私のこの信頼も、言葉にせずとも伝われば楽になりますのに.........けれど、その楽では無い道を彼と歩くのも、楽しいかもしれせん。

 

 

マック「.........貴方にはありますか?私と共に、メジロ家の使命を共に背負い、『一心同体』になる覚悟が.........?」

 

 

桜木「.........俺は、出来ない約束はしないようにしてる」

 

 

 彼は椅子に座り、目を伏せていました。不安も、期待もありません。ただ次の彼の言葉を待つのみです。仮面を捨てた。彼の声を.........

 

 

桜木「.........だから、覚悟を決める」

 

 

マック「.........!もう、言ったからにはしっかりと守ってくださいね?トレーナーさん」

 

 

 月明かりが差し込む保健室。ようやく見せてくれた優しく微笑む顔。大人らしさも、子供っぽさも感じない、本当の彼の素顔。やっぱり、どんな仮面をつけていても、滲み出ていた優しさは本物だったようです。

 そんな.........そんな彼に私は、恩義以上の感情を.........

 

 

桜木「ああ、不安にさせて.........ごめんな」

 

 

マック「ですから、それは私のせいで.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ!」

 

 

桜木「.........」

 

 

 彼女が倒れて二週間が経った。身体の調子もようやく本調子に戻り、あの日胸につかえていた何かも、気にならなくなった。

あの日はあの後謝罪合戦が繰り広げられて、門限を過ぎてしまいしこたま怒られてしまった。俺の母親以外に口喧嘩で勝てなさそうだと思ったのは初めてだ。

 

 

ウララ「マックイーンちゃんはやーい!!」

 

 

タキオン「うーん、成長傾向が明らかに以前より上向いているね.........何かしたのかい?」

 

 

桜木「いんや?止めさせたくらいかな?」

 

 

 あれから、マックイーンは夜の自主トレは行っていない。直接見たり釘を刺したりしてるわけではないが、俺と彼女は一心同体の覚悟を決めた。彼女を信じるだけだ。

 そう思っていると、隣にやってきたアグネスタキオンは目を細めて俺を笑った。

 

 

桜木「な、なんだよ.........」

 

 

タキオン「いやー?一体どんな魔法を使ったのかと思ってねー?」

 

 

 ヤレヤレという様に手を広げて見せたタキオン。言いたいことがあるなら言えばいいのに。

 そう思っていると、遠くでダイワスカーレットが手を振っているのが見えた。あの子ホントにタキオン大好きっ子だな。名誉ファン一号にしてあげよう。

 

 

タキオン「それでどうなんだい?春の天皇賞は、乗り越えられそうかな?」

 

 

桜木「乗り越えるんだよ。それが、マックイーンの夢なんだから」

 

 

 夢、時に人に活力を与え、時に人を縛り付ける物。どこぞの夢の守り人のようになれる訳では無い。けど俺は、目の前に居るこの子達の夢くらい。守って行きたいと思っている。

 

 

マック「はぁっ、はぁっ............トレーナーさん!フォームはどうでしょうか?」

 

 

桜木「問題ない。程よく力も抜けてるし、加速も付いてる。見違えたぜマックイーン」

 

 

マック「ふふ、では天皇賞に出る頃にはもう別人になってしまいますわね」

 

 

 目の前でクスッと笑う彼女。溢れる自信が手に取るように分かる。彼女の不安を何とか払えたらしい。

 俺は.........ウマ娘じゃない。トレーナーだ。彼女の真の苦悩を理解する事も、隣で走り、その悩みの答えを出す事もできない。自分に無いものを、役者は引き出せないのだ。

 それでも、俺はトレーナーだ。彼女の隣で一緒に悩むことならできる。答えが見つかるまで支えることが出来る。弱くても、それくらいは出来るはずだ。

 

 

桜木「よし、10分休憩しよう。ウララはライスとブルボンを呼んできてくれるか?デビューの調整メニューを考えたい」

 

 

ウララ「うん!!いいなー!!!ウララもデビューしたーい!!」

 

 

桜木「もう少しトレーニングしような。ウララも早くなってきたし、本当にあと少しだ」

 

 

ウララ「ホント!!?わーいわーい!!!ウララもライスちゃん達と走りたーい!!!」

 

 

 ピョンピョンと楽しげに跳ねたハルウララ。頭をひとなでしてやると、嬉しそうな顔をしたあと、ライス達を呼びに行った。気付けばタキオンも、スカーレット達のトレーニングに付き合っている。この場にいるのは.........

 

 

桜木「隣、失礼するよ」

 

 

マック「ええ、構いませんわ」

 

 

 ベンチで休むマックイーンの隣に座る。冬の寒さが若干身体を触れていくが、北海道ほどの寒さはない。

 寒いのは好きだ。特に、死ぬほど寒い北海道の寒さは。肌の表面上は氷のように冷たくなっても、自分だけが感じる内側の熱さが、自分を生きている事を知らしめてくれる。自分の身体に、自分は生きていいと無意識に告げられているみたいで、いつもありがたかった。

 

 

マック「.........トレーナーさん」

 

 

桜木「.........?」

 

 

マック「必ず、勝ってみせます」

 

 

 隣で、そう力強く決心して見せたマックイーンの表情は、とても綺麗で、強くて、なんだか素敵に思えた.........俺にはない、全てを持っている彼女。羨ましいとは思えないほどに、押しつぶされそうになるほどに持っている彼女を見て、俺は、フワフワとした頭の中で、改めて思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(俺には、まだ.........分からないんだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(俺の夢が本当に、本物なのか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(そんなの.........知る術なんて、どこにも無かった)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........?」

 

 

桜木「.........あ」

 

 

 まずい、思ったより長時間見つめていてしまった。なにか顔についてるんじゃないかと心配になり始めたのか、彼女は俺の視線を頼りに顔を触り始めた。

 

 

桜木「ごめんごめん、別に何か付いてた訳じゃないんだ」

 

 

マック「あら、ではどうしてそんなに私の事を見てらしたのですか?」

 

 

桜木「うぐ.........」

 

 

 まさか、彼女の瞳の中に世界の意味を見出していました。なんて言えるわけが無い。なんて言い訳をしよう.........

 

 

桜木「マックイーンってゴールドシップと似てるよな」

 

 

マック「は?」

 

 

桜木「やっべ」

 

 

 明らかにヤバいことを言ってしまった。思ってもないことではないが、本人に言うことではないだろう。現に、マックイーンは凄い形相でこちらを睨んできている。

 

 

マック「.........ふふ」

 

 

桜木「マックイーン.........?」

 

 

マック「トレーナーさんのことです。どうせ苦し紛れの言い訳に決まってますから、聞き流して差し上げますわ」

 

 

 俺の心を見透かしたようにそう言ったマックイーンは、どこか嬉しそうだった。そんな彼女にまた視線が釘付けになりそうだったが、何とか視線を逸らした。綺麗すぎるんだよな、本当。

 けれど、それでも本当に、今自分がここに立っていることが奇跡だとも思っている。あの日、競バ場に行かなければ、古賀さんが居なければ、熱い想いを伝える恥ずかしさを先に察してしまったら、そう思うと。こうして出会った人達に喜びを感じるし、出会えたであろう人達に申し訳なく感じる。

 

 

 だからこそ

 

 

桜木「.........勝ちに行くぞ。マックイーン」

 

 

マック「.........はい。必ず勝ちます」

 

 

 小さく煌めく王冠に思いを乗せ、出会えた人達、出会えたであろう人達の為に、全力を持って尽くす。

 天皇賞・春まで残り二ヶ月。時間はそう無いが、焦りはない。彼女なら.........マックイーンなら乗り越えて行ける。乗り越えた先で、俺の掴めなかった夢を、彼女は掴んできてくれる。

 

 

桜木(知る術がなかったなら、そのまま、幻想の中で良い。少なくとも、二分の一で本物なら、シュレディンガーの猫理論で全て本物だ)

 

 

 生きているのか、死んでいるのかも分からない夢。それに触れるまで分からない。けれどきっと、彼女はその夢を持ってきてくれる。その時、その夢の生死を確認すれば良い.........

 それになんだか、悪い結果にはならないような気がする。

 

 

桜木「.........さっ、休憩を切り上げよう。今日はこのままスタミナトレーニングだ」

 

 

マック「はいっ!」

 

 

 青く広がるターフと空。その上に存在するマックイーンと、一つの太陽。虹色の輪っかを目に残しながら、ターフを駆ける彼女を、俺はただ、トレーナーとして見守り続けていた.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued

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