山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜   作:ギノっち@カマタラル

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トレーナーが学園から居なくなった日

 

 

 

 

 

 

 夏の暑さが顕著になってきた今日この頃。既に時期は5月の中盤を迎えており、いつも通りであるならば、トレーナーさんがうるさくなる時期でもありました。

 トレーナーさんが倒れたあの日。病院に運ばれた日から1日経ったお昼休み。彼はすぐに姿を学園に見せました。

 ですが.........

 

 

桜木「悪い!ちょっと今日は理事長室に用事あるから、昼飯は各自で取ってくれ!!」

 

 

マック「?はい。分かりましたわ」

 

 

 それを言う為だけに、彼はチームルームに残っていたのでしょう。鍵を私に渡して、彼はその扉を静かに開け、廊下へとキビキビ歩いていきました。

 

 

ウララ「忙しいのかな?トレーナー......」

 

 

ライス「どうかな......?無理しないと良いんだけど.........」

 

 

マック(.........)

 

 

 胸の中に感じる不安。彼のその後ろ姿に、何とも言えない感情を持ってしまいます。別に、何かがあるという訳では無いのに、まるで彼が、どこか遠くへと行ってしまうような.........

 

 

マック「.........きっと大丈夫ですわ。トレーナーさんですもの」

 

 

 彼と共に、苦難を乗り越えてきたのです。きっと、これからも.........そう思いながら、チームルームのテーブルに置かれた彼のお弁当に、手を付けました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「では、失礼いたします」

 

 

やよい「.........」

 

 

 彼の一礼を見送り、私は目を伏せた。ドアがしまった音が、理事長室の中に響き、私の耳の中へ彼が出ていった事を伝える。

 平静を装っていたが、私はすぐに頭を抱えた。一体.........桜木トレーナーは何を考えているというのだ!!?

 

 

やよい(確かに彼の勤務日数から言えば、十日間の有給は受けることは出来る!!)

 

 

やよい「だが一週間後には、トウカイテイオーの日本ダービーが控えているんだぞ!!?」ダンッ!!!

 

 

 彼のその行動に、私は訳が分からなかった。彼もトレーナーの端くれなら、そのレースの大きさは身に染みているはずだ。なぜ、わざわざこの時期に有休を取ろうとしたのか、理解が追いつかなかった。

 私は立派なだけの机を、悔しさにも似た感情に任せて叩いた後、内線を繋いでたづなに連絡をした。

 

 

やよい「私だ。今から『ㅤㅤㅤㅤㅤ』を、至急こちらへ呼んでくれ。あ、くれぐれも放送はするな。手数を掛けて済まないが、直接呼んでくれ!」

 

 

 彼女も、訳が分からないのだろう。電話の向こうで喚き散らしている声が聞こえるが、私もそうしたいのだ。恐らく文句を言いながらもやってくれる。私はたづなの声を聞くことなく、内線を切った。

 

 

やよい(.........だが、協力者はもう一人必要だな)

 

 

 この秋川やよい、このような小さき子供のようななりをしてはいるが、分不相応なりにもこの理事長の椅子に座らせてもらっている。

 彼にも、桜木トレーナーにもなにかの事情があるのだろう。私に言えない事があるのだろう。だがそれを甘んじてしまえば、この椅子の価値は下がってしまう。私のでは無く、この理事長の椅子の、だ。

 

 

やよい(後悔するなよ、桜木トレーナー.........!この秋川やよい!ただでは起きんぞ!!)

 

 

やよい「ぬぅおおおおおお!!!!奮起ッ!!ハーッハッハッハッハ!!!!」ババッ!

 

 

 頑張れやよい。挫けず進め。そう自分を鼓舞するように、私はいつもの様な高笑いと、先代から受け継いだ扇子を大きく広げ、自分を大きく見せつけるように、自分が大きいと錯覚するように務めた。

 そして、もう一度その椅子に座り、今度はこの学園の理事長として、内線をかけた。

 

 

「はい、なんでしょうか?」

 

 

やよい「依頼ッ!!君に頼みたいことがあるッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「お疲れ様です。桐生院さん」

 

 

桐生院「はい!お疲れ様です、桜木さん!」

 

 

 様々な業務を終え、学園の放送には授業の終わりを告げるチャイムがなっています。彼も新人トレーナー職員室の机を片付け、自らのチームへと向かおうとします。

 

 

桐生院「あの、休むのですか.........?」

 

 

桜木「.........え、俺言ったっけ?」

 

 

桐生院「ああいえ!桜木さんのカバンから、その.........有給届けの文字が見えていて.........」

 

 

 そう言うと、一度立ち上がった彼は頭を掻きながら、どうしたものかという表情して椅子に座りました。

 うぅ、いくら理事長の指示であっても、嘘をつくと言うのは心苦しいです.........ですが、私自身聞きたいこともあります。

 

 

桐生院「やはり身体の方に不調が?」

 

 

桜木「いや!そういう訳じゃないんです!ただ.........やるべき事をやる為に.........」

 

 

桐生院「やるべき事.........?」

 

 

 そう言った桜木トレーナーの視線は、先程まで手に持っていた書類。今は机の上に置かれているそれに向けられていました。

 そこには、英語なのか他の言語なのか、よく分からない単語が並べられていて、その隣の欄には〇や×、△など、記号が並べられています。

 

 

桐生院(.........!日本語、しかも、人の名前.........?という事はこれは、全て人物のリスト.........!?)

 

 

桜木「桐生院さん?」

 

 

桐生院「ひゃ!?ご、ごめんなさい!ぼーっとしてました.........アハハ......」

 

 

 危ない所でした.........何とか誤魔化すことが出来たのは、彼が人を疑うことをしない性格だからです。本来ならば、今ので何かを探っているのがバレてしまっていました。気をつけましょう.........!

 ですが、いい収穫です。幸い、日本語名の方の名前は頭に入れる事が出来ました。後で理事長に報告しなければいけません。

 

 

桐生院「.........あ、そういえば!」

 

 

桜木「え?」

 

 

桐生院「どうするんですか?桜木さんのチーム。私も良ければお手伝いを.........ああいえ、そう言えばチームスピカには沖野さんが居ましたから、そんな心配しなくても良さそうですね.........」

 

 

桜木「.........」

 

 

 私が気になったのは、その一点だけです。確かに、メジロマックイーンさんは天皇賞を制覇し、ここから大きいレースに出場する予定も、今は白紙だと聞きました。

 ですが、今年は彼のチームのメンバーであるミホノブルボンさんとライスシャワーさんがデビューを果たす年でもあります。

 非常に申し訳ありませんが、今回の彼の無責任な行動に、私は少し.........いえ、大変軽蔑してしまったのです。

 誤解があるのなら、それを解いて欲しい。私に彼を、尊敬する人だと胸を張らせて言わせて欲しい。そう思いながら、私は彼を見つめ続けました。

 

 

桜木「.........悪いけど、君にも沖野さんにも頼まない。他にもう決めてるんだ」

 

 

桐生院「その人は桜木さんにとってどのような人ですか?」

 

 

桜木「一番信用出来るトレーナーだ」

 

 

桐生院「.........!!」

 

 

 彼は、真っ直ぐと私の目を見て、私の問いかけから悩む暇すらなくそう言い切りました。

 普段、優柔不断な姿をよく見る彼です。カフェテリアで昼食を頼む時はいつもメニューと10分ほど格闘している彼が、そう言いきったのです。

 桜木さんは、このことは内密に、と念を押して、トレーナー職員室を後にしていかれました。私はと言えば、理事長に内線を繋ぐことも忘れ、ただただ彼の行く先を見ていただけでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「はぁっ、はぁっ、トレーナーさん!スタミナトレーニングを終えました!次の指示を!」

 

 

桜木「おっ!早いなマックイーン、うんうん.........見た感じ、足の状態もいい具合に鍛えられてる。少し休憩にしよう」

 

 

マック「はい!」

 

 

 私がベンチに座ると、彼はタオルとスポーツ飲料を渡してくださいました。それの蓋を開け、口をつけながら視線を彼の方へと移しました。

 今日のトレーナーさん。少し変です。なぜか、彼の姿を見ると不安に駆られてしまう.........今この時も、ウララさんの走りを見ている時も、まるでそれを目に焼き付けるかのように真剣になっています。

 

 

マック「.........トレーナーさん、何か隠していませんか?」

 

 

桜木「.........敵わないな、一心同体だから分かったのか?」

 

 

マック「からかわないでください」

 

 

桜木「.........」

 

 

 ピシャリと、私が語気を強めて言いました。ですが、彼はそれにいつもの様に動じること無く、私に申し訳なさそうな目を向けて、もう一度、ウララさん達の方を見ました。

 

 

桜木「なぁマックイーン。いつかバレるけど、今隠したいって時.........どうすれば良い?」

 

 

マック「.........トレーナーさんは、今は言いたくない。と?」

 

 

桜木「ああ、出来れば誰にも言いたくない」

 

 

マック「.........では、バレた時の罰を、文句を言わず、甘んじて受け入れることです」

 

 

 .........言いたくないのでしょう。知られたくないのでしょう。隣にいらっしゃるトレーナーさんには、 仮面が張り付いている気がしてしまいます。それが、少し悲しい.........

 行けませんわ、こんなことで泣きそうになってしまっては、私はメジロのウマ娘。強く生きなければ行けないのです。そう思い、手に持ったタオルにたくさんのシワを作るように無意識に握りしめていると、不意に頭に何かが乗ります。

 

 

桜木「チームの事。よろしく頼む」

 

 

マック「あ.........」

 

 

 彼の手です。彼の優しく、大きな手が私の頭を撫でました。ですがそれは、いつもの彼の無意識による癖のようなものではなく、丁寧にその一本一本の髪の毛を感じ取るように、ゆっくりと触っていかれました。

 

 

桜木「.........さぁ、休憩は終了だ。何か身体に気になる所はあるか?」

 

 

マック「いいえ、むしろ絶好調な方です。ではトレーナーさん。次の指示をお願いしますわ」

 

 

 頭から離れていく彼の手に、今は寂しさを感じません。ですがきっと、少し時間を置いてからじわじわと溢れ出すようになるでしょう。

 トレーナーさん。貴方が何をしようとしているのか、私達には分かりません。ですが、私達には、チーム[スピカ:レグルス]には、貴方は必要不可欠な存在なのです。

 私は胸にしみしみと広がりつつある寂しさを実感し、押さえ込みながら、もう一度走り込みを始めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........なんか、今日は一日が早かったな」

 

 

 誰にでもなく、一人で呟く。トレーニングを終え、必要なものを全て片付けたあとの空はもう、帳がおりきっていた。

 目の前の三女神の噴水を見ながら、今日一日を振り返る。理事長には突然の申し出で、迷惑を掛けたのかもしれない。まぁ偶に二人でめちゃくちゃな事をする仲だ。笑って許してくれるはずだろう。

 桐生院さんには悪い事をしたかもしれない。自分の担当の子も居るのに、ああして立候補をしてくれたんだ。無下にしてしまうのはやはり違っただろうか。

 マックイーンには.........うん、今は考えないようにしよう。十日も会えないなんて考えただけでも辛い。

 十日間はマックイーンに会えないし、タキオンの薬飲めないし、ウララの成長を見れないし、ライスの頑張りを見れないし、ブルボンを坂路でイジメ抜けない。

 

 

桜木(それでも、俺は.........)

 

 

 あの日。俺がゴールドシップに薬を飲まされ、倒れたあの日。あの時俺は、夢を見た。タキオン印の睡眠薬は悪夢を代償にその効果を発揮するが、あれを夢とするには、ショックが強すぎた。

 

 

 鳴り止まない、ウマ娘が走り抜ける地響きにも負けない歓声。レースが終わったそのターフの上で、『トウカイテイオー』は手を振り、その二本目の指を掲げ挙げた。

 

 

 その、左足のぎこちない僅かな動きに、レースを見ていた俺は一人、地獄に叩き落とされていた。

 

 

桜木(悪夢と言うには十分だ、正夢だけには絶対にしたくねぇ.........)

 

 

 そう思いを込めながら、俺は財布から五円玉を取り出す。あの神社には、嫌な思い出があるから行きたくは無い。だが、同じ三女神ならここに居る。

 多くのウマ娘を傍で見守ってきた三女神像なら、ここに居る。

 

 

桜木(.........)

 

 

 俺は逃げる。あんなの、見たくないからだ。けれど、逃げた先で必ず、打開策を見つけてやる。

 俺はそう、決心を込めながら五円玉を握りしめ、噴水の水の中へそれを投げ入れた。

 

 

桜木(帰ったらきっと、こってり絞られるんだろうなぁ.........)

 

 

 さて、どちらの地獄が身を焼くかという展開に陥ってしまっているが、決めた事はやらなければ行けない。

 そんな事を考えていると、俺がここに居る理由である待ち人が、ようやく姿を現した。

 

 

桜木「.........来ないと思ってましたよ。お陰で待ちくたびれた」

 

 

「.........何の用だ」

 

 

桜木「それについてはこれから話しますよ。どうです?席なら空いてますよ?」

 

 

「ふざけろ。お前の隣なんざ真っ平御免だ」

 

 

 そう言いながら、目の前に立った男はタバコに火を付けた。その様子を見て、元気そうな事は間違いなかった。

 相手からの好意は一切感じられない。それどころか、俺に対する敵対心しかない。悲しいな、俺はこんなにアンタのことを良く思ってるのに。

 

 

桜木「.........茶番もそこそこに、本題に入りましょうか」

 

 

「.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

???「.........」

 

 

 自分は、木の影から桜木と、男のやり取りを見ていた。自分の耳には、全て交わされている言葉が入ってきてはいるが、そのぶっ飛んでる内容に、頭が追い付いてはくれなかった。

 男が何個か文句混じりの疑問を呈したが、桜木はそれを聞いて、[だからこそ、俺はアンタを一番信用している]と言い、その男を黙らせた。

 舌打ちを大きく響かせながらも、男は恥ずかしそうにその場を去っていった。桜木の頼みに、了承も拒否もしていない筈なのに、桜木はどこか嬉しそうにしていた。

 

 

桜木「.........出てこいよ、[ゴールドシップ]」

 

 

ゴルシ「っ.........よく、分かったな。アタシだって」

 

 

 急に出てこいと言われ、名前を呼ばれた。正直なんでバレたのかアタシには分からねぇ。きっと、おっちゃんにはレーダーが備わってるんだと思う。

 

 

桜木「うわ、本当に居た」

 

 

ゴルシ「はぁ!?当てずっぽうだったのか!?」

 

 

桜木「いや!視線はずっと感じてたけども!!別に!!?お化けが怖くってゴールドシップのせいにしよーなんて!!?一ミリも考えてなかったし!!!」

 

 

 自分で言ってて怖くなってきたのか、おっちゃんはくねくねしながら口笛を吹き始めた。正直気持ち悪い。

 けれど、アタシは確かめないといけない事がある。それを聞かなきゃ、可哀想だけどおっちゃんを帰す事はできねぇ。

 

 

ゴルシ「なぁ、本当に見ねえのか?日本ダービー」

 

 

桜木「見ねぇ。[菊花賞]で良いだろ?」

 

 

ゴルシ「っ!!その菊花賞だって!見れねぇかもしれねぇんだぞ!!!」

 

 

 いつものおふざけじゃない。アタシは本気でおっちゃんの襟首を掴みあげた。ウマ娘の力は強力だ。それこそ人一人持ち上げる事くらい、簡単にやってのける。

 けれど、おっちゃんはいつもの動揺は見せてくれない。アタシが有利な立ち位置に居るはずなのに、おっちゃんは見透かすような目でアタシを見下ろした。

 

 

桜木「なんでぇ、知ったような口を聞くじゃねえかゴールドシップ?まるで、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [全部知ってる]ように言いやがって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「っ、それ...は.........」

 

 

 アタシは、おっちゃんの目から逃げるように目を逸らした。いつも優しいおっちゃんが、怖くて怖くて、仕方がなかった。

 けれど、アタシのそんならしくない姿を見て、おっちゃんは笑った。おかしくておかしくて、仕方が無いと言うように、大きな声で笑ったんだ。

 

 

桜木「この際、お前がニュータイプで未来予知が出来るとか、実は未来から来たウマ娘型ロボットだとか関係ないと思ってる」

 

 

ゴルシ「.........アタシが、怖くねえのかよ」

 

 

桜木「ああ、俺にとってお前は、ただの[スピカのリーダー]である。ゴールドシップに他ならないからな」

 

 

ゴルシ(.........やっぱり。[桜木玲皇]は[桜木玲皇]なんだな)

 

 

 ニカッとした笑顔を向けられる。こんな胸倉掴まれて、持ち上げられてる状況でそれをされたら、アタシの負けだ。何にもする気が起きなくなっちまう。

 おっちゃんを地面に下ろしてやると、やっと地面に足が着いて、安心した様に息を吐いた。

 そして、おっちゃんはおもむろに片手をアタシに向けて伸ばしてきた。

 

 

ゴルシ「な、なんだよ.........?」

 

 

桜木「いつも悪いな。マックイーンのこと、よろしく頼む」

 

 

ゴルシ「やめろ!!調子狂っちまうだろ!!」

 

 

桜木「ハハハ!お前に調子の概念があるなんて初めて知ったぜ!」

 

 

 そう言いながら、おっちゃんはアタシの横を通り、この場を去っていく。その背を見せながら、片手を上げて振るおっちゃん。なんだか今日は、そんな格好つけた姿が様になってた。

 頭にはまだ、おっちゃんの手の感覚が残っていた。頭を撫でられたのなんて、いつぶりだろう.........昔は良く、じいちゃんに撫でてもらったもんだ。それが凄く、何だか悔しかったんだ。

 

 

ゴルシ「おい!!!本当に出来んのかよ!!!おっちゃん!!!」

 

 

 アタシはおっちゃんを困らせる為に、わざと大声でそう聞いた。この男は大事な場面でこう言えば、決まって自分の選択を思い悩むからだ。

 背中を向けながら、おっちゃんはピタリと止まった。その姿はまだ、頼もしい背中をしていて、アタシの予想を裏切ったままだった。そして、その頼もしさを連れたまま、おっちゃんは振り返りながら声を上げた。

 

 

桜木「出来るっ!!!」

 

 

ゴルシ「.........!?」

 

 

 予想もしていなかった。おっちゃんは確かに、ニカッと笑う。けれど、目に映った男の顔は、これから成功するであろう悪巧みに、期待する様な悪ガキの笑顔で、アタシは酷く驚愕した。

 そんなアタシの驚きに対して、おっちゃんは説明も求められていないのに、大きく声を上げた。

 

 

桜木「なんてったって今の俺はッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奇跡だって超えてるんだぜッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「.........はは、流石にカッコつけすぎだっつーの」

 

 

 おっちゃんは昂った身体の熱のままに、走ってその場を去っていった。その背中はやっぱり、初めて見たあの選抜レースの会場で見た時のように、アタシの希望になってくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖野「すまないな皆。今日はトレーニングの前に、話しておかなくちゃ行けない事がある」

 

 

マック「.........」

 

 

 トレーナーさんの様子がおかしいと感じ、一日が経ちました。今日、あの人の姿を一度も見ていません。ただ一つ分かる事は、彼は今、学園に居ないという事です。

 トレーニング前のミーティング。普段ならそれは、トレーナーさんの役目です。ですが、こうしてスピカのトレーナーさんが目の前に居ると言うことは、つまり、そういう事なのでしょう。

 

 

ウララ「トレーナー、居ないのかな...?」ヒソヒソ

 

 

ライス「どうだろうね......?」ヒソヒソ

 

 

沖野「話というのは、もう分かっているだろうが、この場にいない桜木についてだ。アイツは今訳あって、有給を取っている」

 

 

タキオン「な、なんだって!!!??」ガタッ!

 

 

 椅子を後ろに倒しながら、アグネスタキオンさんが音を立てて立ち上がりました。皆さんの驚いた視線が、彼女に集まります。かくいう私もその一人です。

 彼女もその視線に一呼吸置いて気付き、申し訳ないと謝罪をしてから後ろに倒した椅子をもどし、座り直しました。

 

 

タキオン「一体何を考えているんだ......!トレーナーくんは.........!!」

 

 

 呟くようにそう文句を言うタキオンさん。彼女もまた、トレーナーさんを信頼している一人なのだと、改めて認識することが出来ました。

 

 

ブルボン「あの、マスターは今どこに?」

 

 

沖野「.........さぁな、それは俺も分からない。ただ、[やるべき事]をやるってだけ聞かされてる」

 

 

 そこまで聞かされて、ミホノブルボンさんは質問する為に上げた手を、表情を変えずに下げました。ですが、そのしっぽと耳は残念そうに垂れてしまっています。

 

 

テイオー「ねぇ、ボクのダービーは見てくれるんだよね.........?」

 

 

沖野「.........ダービーは一週間後だ。アイツは、十日間の有給を取った。恐らくは.........」

 

 

ダスカ「ちょっと!!どういう事よ!!」

 

 

ウオッカ「有り得ねえだろ!!!テイオーの晴れ舞台だぞ!!!」

 

 

スズカ「お、落ち着きましょう?二人とも.........」

 

 

 スカーレットさんとウオッカさんは、立ち上がってスピカのトレーナーさんに抗議をします。それを抑えるように、座りながらスズカさんが両手を前にします。

 

 

スペ「き、きっとサブトレーナーさんにとっては大事な事なんです!!!考え無しで動くような人じゃないって!!!私は思います!!!」

 

 

 俯きながら、自分に言い聞かせるように声を上げるスペシャルウィークさん。その姿を見て、スカーレットさんもウオッカさんも、ようやく座りました。

 空気が、とても重く感じられます。ですが、気がかりが一つだけありました。

 

 

マック「あの.........一つ、質問してもよろしいでしょうか?」

 

 

沖野「なんだ?」

 

 

マック「私達のトレーニングは一体誰が.........」

 

 

沖野「.........そろそろ、来るはずなんだがな」

 

 

 そう言いながら、沖野トレーナーは腕時計を見ました。どうやら、誰かが来る事にはなっている様です。

 恐らくそれも、トレーナーさんが根を回したのでしょう。本当、気を回すのが得意な方です。

 

 

ウララ「うぅ.........トレーナー......」ウルウル

 

 

マック「ウララさん、大丈夫ですか?」

 

 

 隣に座るウララさんの目が、次第にゆらゆらとその姿を揺らし、光を増やします。せっかく退院したのに、トレーナーさんと遊べなくなって寂しいのでしょう。

 頭に手を乗せ、彼がするように撫でて上げました。せめて、寂しさが紛れるように.........

 ですが.........

 

 

ウララ「.........グス」

 

 

マック「ウララさん.........」

 

 

 それがどうやら、逆効果だった様です。今の彼女にトレーナーさんを思い出させるような事は、しては行けなかったのかも知れません。彼を思い出す事で、今ここに彼のいない事実を、突き付けてしまっている。

 ですが、上に置いた手をもう戻すことは出来ません。ポタポタと彼女の制服のスカートの上に落ちていく涙に目を背けず、彼女の寂しさを何とか紛らわせるよう、その頭を抱き寄せました。

 

 

ウララ「ごめんね.........?マックイーンちゃん.........」グス

 

 

マック「困った時は、お互い様ですわ.........」

 

 

 しばらくして、彼女の寂しさを少し解消する事が出来たのを感じました。ゆっくりと私から離れ、ウララさんは零れた涙をその手で拭います。

 そして、ウララさん以外のレグルスメンバーは目を合わせました。こんな良い子であるウララさんを泣かせたのです。帰ってきたら、相応の罰は必要でしょう。

 

 

マック(覚悟してくださいね?トレーナーさん.........!!)

 

 

 そう、ある意味彼への復讐を誓い、その両手を膝の上で握りしめていると、扉の方からノックをする音が聞こえました。

 それに沖野トレーナーが応え、入室を促します。

 

 

桐生院「失礼します」

 

 

マック「桐生院さん?」

 

 

ウララ「わぁ.........!桐生院さんが見てくれるの!?」

 

 

ライス「し、知ってる人で良かった.........!」

 

 

ブルボン「はい。マスターと親しい事はデータにインプットされています。安心してトレーニングできるかと」

 

 

タキオン「よろしく頼むよ。桐生院くん」

 

 

 彼女が担当してくださるなら、安心してトレーニングすることが出来ます。桐生院さんの生まれは代々トレーナーの名家です。もしかしたら、何か身になる事があるかもしれません。願ってもいないチャンスだと、私は思っていました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桐生院「ご、ごめんなさい、私はただの案内役で.........」

 

 

ゴルシ「.........」

 

 

マック「.........?」

 

 

 そう謝る桐生院さん。そして、もう開く事は無いであろう扉をじっと睨みつけるゴールドシップさん。その異様な光景に、汗が一つ、重力に任せて顔に線を描きます。

 ですが、それは開いたのです。そうならないと思っていた扉が開き、入ってきたそれに、私は口を開きました。

 

 

マック「な.........っっ!!???」

 

 

タキオン「は.........?」

 

 

テイオー「うぇぇぇぇぇ!!!?????」

 

 

ゴルシ「.........」

 

 

「うるせぇな.........」

 

 

 男は小さくそう呟きながら、口が塞がらない私の傍を素通りしていかれます。なぜ、この男がここに?

 何かの間違いです。あっては行けない.........ここに居てはいけない存在のはずです。ですが、彼が沖野さんの隣まで行き、口を開いた時.........それは、認めざるを得なかった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日から桜木トレーナーが帰ってくるまで、このチーム[スピカ]のサブトレーナー。そして、チーム[スピカ:レグルス]のトレーナーを務めることになった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「東 颯一郎[あずま そういちろう]だ。よろしく頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「な、なんですって.........!!???」

 

 

 確かに、彼はチームを担当すると言いました。彼を知らない者は首を傾げ、彼を知る者は、有り得ないという表情で彼を見ました。

 

 

マック(トレーナーさん.........!!貴方は一体、何を考えているんですの.........!!?)

 

 

 私は、窓の外に描かれた一本の飛行機雲を見ながら、抱えそうになる頭を必死に働かせながら、彼の思惑に振り回されながら、彼を理解しようと務めました.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued

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