山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜   作:ギノっち@カマタラル

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トレーナーの居ない日常

 

 

 

 

 

タキオン「.........」

 

 

 帳が降り切った夜の街中。私は学園へと向かう帰路。上り坂を歩きながら、何とも言えない感情を押し出すように、溜め息を吐いた。

 先程、店内でゴールドシップくんに言われたことを思い返しながら.........

 

 

ゴルシ『悪い、言いたくない』

 

 

タキオン『おいおい、私がそれで納得しないのは君もよく知ってるだろう?』

 

 

ゴルシ『それでもだ。一つ確かなのは、アレはちゃんとお前の睡眠薬だってことだ。安心してくれ』

 

 

タキオン(.........全く、それで引き下がる私も、お人好しという訳か)

 

 

 そう、ああやって強く断言された私は、おめおめと引き下がってしまったのだ。その言葉を信用する。という、以前までの私だったら言わなかったであろう言葉もつけ加えて.........

 

 

タキオン(人というのは、関わりの中で大きく変化していく。かくいう私も、君に変えられた一人だ。早く帰ってきたまえよ、トレーナーくん)

 

 

 綺麗な深い青にも似た暗い空で、その存在を小さく誇示する一つの星を見上げながら、私はその足で、学園へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東(確か、一階の職員トイレを真っ直ぐ行った所だったよな)

 

 

 美依奈さんのところでカレーを食べた次の日の学園の昼休み、俺は職員室から借りてきた鍵をズボンのポケットに忍ばせ、俺はあの事件以来の[スピカ:レグルス]のチームルームへと赴いた。

 正直、いい思い出なんてない。あるのは奴に対する罪悪感と、あの時濡れたシャツの感触の記憶だけだ。

 それでも、俺はここに来なければいけない理由がある。それは、ヤツから送られてきたメッセージによるものだ。

 

 

東(練習メニューがあるなら最初からそう言えよ。ったく、結局昨日は俺手動で勝手にやっちまったじゃねぇか)

 

 

 鍵が上手く噛み合わず、ガチャガチャと無理やり音を立てながら押し込む。この扉相当酷使されてるな。泣き声が聞こえてくるみたいだ。

 

 

扉「ひぃん」

 

 

東「.........何も聞こえない。聞こえない」

 

 

 気のせいだ。うん、そうしよう。全く物は大切に扱うべきだ。可哀想に。

 そんな一時の気の迷いを振り払いながら、静かに扉を開ける。中は以前来た時と同じように、普通に人が生活出来る空間が成り立っていた。

 

 

東「.........!?こ、コイツは.........!!」

 

 

東「ガンプラだと!!?」

 

 

 以前来た時は存在していなかった。一体誰の手によって作られたのだろう。一目見ただけで分かる。これを作った製作者は、ただならぬ愛を持って作り上げている。

 

 

東(い、いかん。勝手に触れば怒られるかもしれん.........し、しかし.........)

 

 

 頭を左右に振り、背後に迫る誘惑を何とかして払い除ける。ええい、手違いが発生すればただでさえない信用がガタ落ちだぞ!

 でもRX-78-2.........触りてぇ......!!メインカメラと左腕の無いボロボロのRX-78-2!!!

 ダメだ、深呼吸しよう。一旦落ち着いて、なにか書いてあるホワイトボードを見よう。

 

 

 妥当リギルッッ!!!

 ↑

 やって見せろよマフティー

 ↑

 なんとでもなるはずだ!!

 ↑

 ガンダムだと!!?

 ↑

 QRコード

 

 

東「.........まぁ一応な」

 

 

 スマホからアプリを起動して、紙に印刷されたQRコードを読み込むと、全世界に普及している動画サイトへと飛ばされてしまった。

 そこでは、カボチャのマスクをした男が背景にガンダムの主題歌を流しながら妙に腹立つ踊りを踊っていた。

 

 

東(やっぱり神経が苛立ってくるな、これ.........ん!?)

 

 

 不意に、部屋の扉が大きな音を立てて開けられた。まずい、こんないい年こいた大人がガンダム好きなんて笑われてしまう。

 いや、そもそもこれがガンダムなのかなんて分からないかもしれない、とにかく、今の俺に出来ることは入ってきた人物が誰かを確認することではなく、今この音楽を止めることだ。

 

 

ブルボン「こんにちわ、東トレーナー」

 

 

東(うっわぁ〜.........ウマ娘だった〜......絶対聞かれてたぁ〜.........)

 

 

 嫌な汗がダラダラと背中を伝う。何だかここ最近トラブル続きな気がする。まさかとは思うが、桜木の奴に関わるとろくな事がないのではないか?

 違う、違うんだミホノブルボン。俺はただQRコードを読み取っただけなんだ。そう弁解しようとして振り返ってみると、そこにはなんと驚いた事に、テーブルの上に新聞紙を引き、プラモデルを作り始めた彼女が居た。

 

 

東「.........ガンダム、好きなのか.........?」

 

 

ブルボン「はい、東トレーナーから感じる感情から、貴方も私と同じだと察知しています」

 

 

東「ほ、他のメンバーは?」

 

 

ブルボン「マックイーンさんとウララさん、ライスさんはカフェテリアに、タキオンさんとデジタルさんは理科実験室にいらっしゃいます」

 

 

東「そ、そうか.........」

 

 

 俺に目を向けず、自分の作るガンプラに目を向けながら彼女はそう答えた。その手つきからして、相当プラモデルを作ってきた事が伺える。

 

 

東「.........これも君が作ったのか?」

 

 

ブルボン「はい。あ、Gガンダムだけはマスターが頑張って作っていました」

 

 

東「ハハ、確かにちょっと粗が目立つな」

 

 

 所々、切り離しが甘い部分があったり、少し歪になっている部分がある。相当苦労して作ってる桜木の姿が難なく想像出来た。

 .........この部屋は、本当に賑やかだ。一目見れば分かるじゃないか。こんな賑やかな部屋の雰囲気を作り出す奴が、悪いやつなんかじゃないって.........

 

 

東(.........このトレセン学園に蔓延る腐った定石を崩す。そして新たに、『どんなウマ娘でも強く育てる』という意識の改革をする。その野望はまだ、終わっちゃいない.........けど)

 

 

東「なぁ、ミホノブルボン」

 

 

ブルボン「はい、なんでしょう?」

 

 

東「.........お前はここに来てから、チーム[スピカ:レグルス]に入ってから、楽しんでるか?」

 

 

 そうやって背を向けながら、さっきまでとは違う真剣な声で尋ねると、彼女はプラモデルを作る時に出していた音を止めた。

 少しの間、お互い黙ったままで、時計の針は進んで行った。それでも、この空間の空気は相変わらず、家主に似てたるんでいるのか、ちっとも緊張した空気にはならない。

 そんな柔らかい空気の中で、ミホノブルボンは表情を変えず、口を開いた。

 

 

ブルボン「私は、感情表現や、その自身の機微に疎い傾向があります」

 

 

ブルボン「それでもマスターは、私にも、多くの友達が出来るよう、会話の練習に付き合ったり、笑顔のトレーニングもしてくれます」

 

 

ブルボン「.........『楽しい』という感情に私が気付いているのか甚だ疑問ではありましたが」

 

 

ブルボン「マスターが姿を見せなくなり、『寂しさ』を感じている今なら、あの日常は『楽しかった』と、私は断言できます」

 

 

 彼女はそう言って、どこかに視線を送った後、もう一度プラモデルを黙々と作り始めた。

 一度、彼女が視線を送った場所を見ると、そこにはよく売られているお菓子の箱に、割り箸を突き刺して顔が描かれたおもちゃが、棚の上で壁にもたれるようにして飾られていた。

 

 

東「.........そうか、楽しい日々を送ってたか」

 

 

ブルボン「.........気になりますか?」

 

 

東「ん?ああ、これもアイツが?」

 

 

 そう言って指を指すと、ミホノブルボンはまたプラモデルの製作をやめ、腰を上げた。相変わらず表情は変わらないが、その雰囲気からは、優しさを感じる。

 俺の真横で、そのおもちゃを手に取ると、それを愛おしそうに、そして大切そうな手つきで掴みあげ、両腕で優しく包み込んだ。

 

 

ブルボン「これは私にマスターが作ってくれたお友達。『Battle Reborns Cancel Natural』。通称[バルカン]です」

 

 

東「お、おう.........」

 

 

 言葉の意味は想像出来ないが、彼女の嬉しそうな顔を見ると、そんな事はどうでも良くなる。

 しかし驚いた。サイボーグだとまで言われた彼女の事をここまで解きほぐすとは、ヤツの滅茶苦茶加減も、時には功を奏するらしい。

 

 

東(.........さて、机の中のマニュアルをとって、俺は職員室に戻ろうか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒津木「いちゃラブが足りない」

 

 

デジタル「どうしたんです急に」

 

 

 白衣をまとった黒津木先生。まるで何処かの秘密組織の司令の様に机にひじを着き、口元を隠すように両手を組んでます。デジたんちょっと引き気味。

 助け舟を出してもらおうと、アグネスタキオンさんの方を見ると、新薬を試していた様で、何やらぽわぽわとした様子で中をあちらこちら見ていました。それ大丈夫です?合法なんですか???

 

 

黒津木「これはな、誰でもそうなるんや」

 

 

デジタル「何とかしてくださいよ先生」

 

 

黒津木「くっ......!デジタルが同志たんと呼んでくれさえすれば!!」

 

 

デジタル「あの日、アグネスデジタルを右にした黒津木先生なんかもう同志たんじゃありません」プイッ

 

 

 そうです。空港に行った日、黒津木先生はどうしようもなく物理法則に従って飛んでくしか無かったデジたんを受け止めませんでした。

 反射とかなら分かりますよ?でもデジたんはちゃんと聞きました。「アグネスデジタルを右に」って言いながら、黒津木先生は左手で私を逸らしたんです。考え直せばあれはもう同志たんじゃありません。

 

 

デジタル「.........でも、ラブコメ不足は同感ですねぇ......今一番燃えてるの、桜木トレーナーさんとマックイーンちゃんだったじゃないですか」

 

 

黒津木「お、やっぱり分かる?あの二人の良さ」

 

 

デジタル「勿論です!!世間知らずの庶民派お嬢様×平民出の一般家庭トレーナー.........!!そうそう見つけられる逸材じゃありません!!」

 

 

 そう、お二人はデジたんすら唸らせるラブコメを展開するポテンシャルを有しているのです!!だと言うのに.........!!

 

 

デジタル「ラブコメのラの字もありません〜!!!」ワーン!

 

 

黒津木「泣くなよぉ、俺だってアイツをおちょく.........じゃなくて、応援出来なくて寂しいんだから」

 

 

デジタル「黒津木先生って性格悪いですよね」

 

 

黒津木「ニューヨークで鍛えられたからな」

 

 

 たまにこの人が本当に人なのか疑うレベルで性格が酷いタイミングがあります。桜木トレーナーさんが関わってると特にです。お友達だからと言っても限度があると思うんですが.........

 

 

黒津木「.........どこで何してんだろうなぁ、アイツ」

 

 

デジタル「.........ですねぇ」

 

 

 窓の外へ顔を向ける黒津木先生。その顔はやっぱり、親しい友達が居なくなってしまったせいなのか、すごく寂しそうな顔をしていました。

 そして、そんな顔に釣られるように、デジたんも、ぽわぽわとしたままのタキオンさんが麦茶と氷の入ったジョッキをカラカラ言わせる音に風情を感じながら、一緒に寂しくなってしまいました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

ライス「マックイーンさん、我慢しなくていいよ.........?」

 

 

マック「あっ......すいませんライスさん。では遠慮なく.........はぁぁぁ.........」

 

 

 お昼時のカフェテリア。ガヤガヤという騒がしい喧騒の中では、今日何回目かも分からない大きい溜め息も、その存在感が薄れ去っていきます。

 いえ、我慢しようとしてはいたのですよ?ただライスさんが遠慮しなくても良いと仰ったので、つい.........

 

 

ライス「お、思ったよりおっきかった.........!」

 

 

マック「す、すいません.........」

 

 

ライス「ううん、マックイーンさんも、お兄さまが居なくて寂しいんだもんね.........」

 

 

 そう言いながら、かなり大きいサイズに切ったハンバーグの一切れを、ライスさんは一口で食べました。彼女、見た目より結構食べる人なのです。

 未だに席に戻らないウララさんを探すように周りを見ると、ビュッフェ形式の学食が他生徒で溢れかえっている中、一番外側に彼女がおりました。

 

 

マック「.........そういえば、時折疑問に思っていたのですが.........」

 

 

ライス「?」

 

 

マック「ライスさんはいつからトレーナーさんのことを、『お兄さま』と呼ぶようになったのですか?」

 

 

ライス「え!?」

 

 

 酷く驚いた顔をしたライスさん、私そんなに唐突でしたでしょうか?ですが、実際に気になっていたことではあります。

 確か最初の頃は、トレーナーさん。と、私と同じような呼び方でしたのに、いつの間にやらお兄さまなんて.........

 

 

ライス「えっと、確かね.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白銀「羨ましくね?」

 

 

三人「は?」

 

 

ライス「.........?」

 

 

 うん、確か翔也お兄さまがそう言いながら急に現れたの。ライス、その時は休憩中で、お兄さまと、黒津木先生。トレーナーさんとお話してたの。

 えーっと、翔也お兄さまの言い分は、やっぱり創お兄さまだけそう呼ぶのはずるいって事だったんだ。

 

 

桜木「可笑しいだろ」

 

 

黒津木「可笑しくないね」

 

 

神威「妹が居たこと無いからわかんないだろうけど結構面倒臭いぞ」

 

 

白銀「うるせぇカス」

 

 

桜木「黙れ末っ子ォッ!だいたいワガママなんだよいつもテメェはッ!ちったァ協調性を持てよタコライスッ!」

 

 

白銀「.........?お前らが俺に合わせればいいのでは?」

 

 

 その言葉がきっかけで、お兄さま達はライスの目の前で、取っ組み合いの喧嘩に発展しちゃったの。

 しかも.........

 

 

黒津木「あぁん!!?ホイホイチャーハンッ!?」ガシッ!

 

 

神威「そのふざけた幻想をぶち殺すッ!!」ベシッ!

 

 

白銀「親指を目の中に突っ込んで!殴りぬけるッ!」ドゴァッ!

 

 

桜木「我がアグネスタキオンの科学力は世界一ィィィッッ!!!出来んことはないィィィッッ!!!」デュクシッ!

 

 

ライス「あわわ、大変.........!どんどん激しくなっちゃってる.........!!」

 

 

 本当は関わりたくないから、こっそり抜け出そうと思ったんだけど、みるみるうちに激しさを増してったから、ライス。抜けるに抜け出せなかったんだ。

 それに、気付いたんだけど、ライスがお兄さまって呼べば、トレーナーさん達の喧嘩が収まると思った。だから、ちょっと恥ずかしかったけど、勇気を出したの。

 

 

ライス「し、翔也お兄さま.........?」

 

 

四人「.........」

 

 

 さっきまですっごく騒がしかったのに、急にピタッとその騒がしさがなくなりました。うん、本当にピタッと時間が止まったみたいで、少し怖くなっちゃったんだ。

 そしたらね?翔也お兄さまはゆっくり立ち上がって、ライスにこう言ってくれたの。

 

 

白銀「ありがとう.........!」

 

 

ライス「う、うん.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライス「でね?翔也お兄さまだけをそう呼ぶのは、ライス不公平だと思ったから、皆そう呼ぶようにしたの」

 

 

マック「.........あの、もっとこう、良い話をかってにきたいしてたのですが.........」

 

 

 どうしたことでしょう、蓋を開けてみればいつもの騒ぎにライスさんが巻き込まれてしまっただけの話でした。

 全く、そんなのライスさんが可哀想です。トレーナーさんは今この学園にいないので出来ませんが、他の方には制裁を加えられる.........

 そんなことを考えていると、私の雰囲気から伝わってしまったのか、ライスさんが慌てて否定しました。

 

 

ライス「あ、あのね?翔也お兄さまもいい所あるんだよ.........?」

 

 

ライス「ライス、ドジだから変なところで転びそうになるけど、最近は翔也お兄さまが助けてくれるの!」

 

 

ライス「宗也お兄さまも、トレーニング中に怪我は無いかってよく聞いてきてくれるし」

 

 

ライス「創お兄さまは図書室に入れてくる本、ライスが読めそうなのを多めに入れてくれるの」

 

 

ライス「トレーナーさん、お兄さまも、ライスのお話、楽しそうに聞いてくれるし.........えへへ」

 

 

 彼女はそう言いながら、嬉しそうに笑いました。少し恥ずかしいのか、頬を紅く染めながら彼女は、可愛らしかったです。

 確かに、彼女を妹扱いしたい気持ちはよく分かります。あわよくば、私もお姉さまと呼ばれてみたいものですが.........お願いすると呼んでくれるでしょうか?

 そんな事を真剣に考えていると、テーブルにトレーが二つほど乗せられました。

 

 

ウララ「お待たせー!!思ったより時間かかっちゃった!!」

 

 

神威「よっ、俺も相席いいか?」

 

 

ライス「大丈夫だよ!マックイーンさんは?」

 

 

マック「ええ、構いませんわ」

 

 

 ビュッフェで好きなものをお皿に乗せてきたウララさんとは違い、神威先生は和風定食を注文してきたそうです。お味噌汁の美味しそうな匂いが鼻をくすぐります。

 彼が箸に手をつけ、鮭の切り身をその2本の箸で骨を分けます。ですが、少し苦戦しているようです。

 けれど、それが普通ですわよね?誰しもがトレーナーさんの様にあんなスイスイと.........

 

 

マック「.........はぁぁ」

 

 

神威「お、溜め息吐いても時間はブーストしてくれないぞ?」

 

 

マック「.........むぅ」

 

 

 何ともないようにそういった彼に、思わず声を上げながら睨み付けました。別に、溜め息を指摘された事に対してそうした訳ではありません。この溜め息の理由を、意図も簡単に把握し指摘してきた事に対しての睨み付けです。

 それに取り合うことも無く、神威先生は魚の身を箸で解して口に入れました。

 

 

神威「.........まっ、アイツと仲良くなると一回くらいはこうなるのかもな」

 

 

三人「え?」

 

 

神威「何も言わずに消えるの、俺達にとっちゃこれで二回目」ピースピース

 

 

三人「えぇぇ!?」

 

 

 自慢をするように二本の指を立ててみせる彼。いえ自慢することではありませんわ!!なんでそんな誇らしげな顔をしてるんですの!!?

 ウララさんもライスさんも同じように驚いた顔で彼を見ますが、何も気にした様子は見せずに彼は自分の食事を進めています。

 

 

マック「.........昔から、変わってないのですね」

 

 

神威「そうそう。急に道外で就職なんて言い出すんだもん。びっくりしちまったよ。その時の事を問いただしたらなんて言ったと思う?」

 

 

ライス「な、なんて言ったの.........?」

 

 

神威「『お前俺が桜木玲皇だからって桜木玲皇の全てを知ってると思うなよボケ、3秒以内に電話切らねぇとテメェ死ぬまで呪うからな3 7 2 5 6 4 8 9 4 4 4 6』.........って」

 

 

マック「む、無茶苦茶ですわ.........」

 

 

ウララ「電話切っちゃったの?」

 

 

神威「流石に意味わからんくて怖くなって切った。後から聞いたら営業先だったらしい。ちょうどトイレ行ってて助かったんだとさ」

 

 

 知っていました。ええ、彼がそう言うよく分からないキャラだと言うことはこの3年間で身をもって知っていましたわ。私の知らない過去であろうとそれは変わらないなんて、考えてみなくてもわかるはずです。

 思わず、ため息が溢れてしまいます。一体私は、彼のどこに惹かれたのでしょう.........?そんな事を、最近はつい何度も思ってしまうのです。

 

 

神威「.........けどな、そんな電話を切って最初に感じたのは、不思議と嬉しいって気持ちだったんだよ」

 

 

マック「.........?嬉しい......ですか?」

 

 

神威「ああ、その時俺がちょうどトレセン学園に入職して一ヶ月くらいでさ、色々職場に不慣れなもんで、安心したかったってのもあるんだけど」

 

 

神威「アイツ、二年ぶりに話しても態度変わってなくて、すっごく安心したし、嬉しかった。まだ俺はアイツにとって、親友なんだなって.........あっ、アイツに言うなよ。おちょくられて終わるんだから」

 

 

 慌ててそう念を押す神威先生。少し照れくさそうにしてはいますが、彼のことを.........トレーナーさんのことを話している神威先生は、どこか嬉しそうでした。

 .........きっと、彼が帰ってきたとしても、いつも通り片手を上げ、気軽に挨拶をしてくるでしょう。こっちの気も知らないで、呑気に『よう』、なんて言ってくる彼の姿が難なく思い浮かんでしまいます。

 そう考えただけで、寂しさと共に、なぜだか暖かい気持ちも溢れてきます。本当、いつの間にか人の心に居座る、悪い人ですわ。

 

 

「では次のコーナーに移ります!今週の教えて!トレーナーさん!!」

 

 

「本日から一週間に渡って、天皇賞を制覇したメジロマックイーンさんのトレーナー。桜木玲皇さんのインタビューを放送します!」

 

 

マック「あら、あれは確か五時間ほど収録に時間の掛かったと言っておられた.........」

 

 

 カフェテリアに備え付けられている大きめのモニターには、今は不在であるトレーナーさんのインタビューが映し出され始めています。

 今ではすっかり見分けることができるようになってしまった彼の仮面。そんな無理して笑った姿でも、今は寂しさも紛れてしまいます。

 

 

「まず初めに、トレーナーという職業の第一印象を教えて下さい!」

 

 

桜木「え!?マジのやつ言っちゃって良いんすか!!?」

 

 

「はい!」

 

 

桜木「えーっと、俺まずウマ娘のこと名前しかなんも知らなくて、足が逆関節かもっていう偏見持ってた時代があったんすけども」

 

 

マック「.........ふふ、なんですかそれ」

 

 

桜木「古賀さんが初めて会ったトレーナーの方で、職業としての第一印象は、『あっ、スーツ着なくていいんだ』っていう感じでした(笑)」

 

 

 テレビに映る方々の笑い声とともに、それを見ているカフェテリアの人も笑う声を上げます。

 彼と共に駆け抜けてきた三年間。たとえ、彼がここから離れたとしても、ここが彼の帰る場所だと言うことは変わりありません。まぁ、ウララさんを泣かせた罰は必ず受けてもらいますが、それでもここが帰ってくる場所です。

 

 

ライス「一週間は寂しくならないね。ウララちゃん」

 

 

ウララ「うん!!けれどテレビで見ると少し違うね!!」

 

 

マック「ええ、普段よりずっと可愛らしいですわ」

 

 

 大人しい雰囲気を感じさせる彼の姿。そのテレビに映る猫を被った姿に、失礼ながらも面白さを感じてしまいます。いつもこれくらいでしたら、こちらも気が楽ですのに。

 

 

「では、お話の続きまた明日の放送で!!」

 

 

ウララ「あ......終わっちゃった.........」

 

 

マック「また明日、みんなで見ましょう?」

 

 

ライス「そうだよウララちゃん!明日もあるから!」

 

 

 そうやってしょんぼりとしてしまったウララさんを二人で慰めると、そうだった!と元気よく声を出しました。やっぱり、ウララさんは元気な姿が一番似合っていますわ。

 お昼の昼食は、トレーナーさんが居なくなって初めて、比較的明るく過ごすことが出来ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「うーん.........」

 

 

 トレーニングが始まる直前。アタシはまだ誰も来てないミーティングルームで一人、唸り声を上げていた。

 

 

マック「失礼します.........あら?珍しいですわね、ゴールドシップさん」

 

 

ゴルシ「あんだよマックイーン。アタシだってスピカのメンバーだぞ!!」

 

 

マック「普段はトレーニング前のミーティングに顔を出さないではありませんか、言われても仕方ありませんわ」

 

 

 ぐうの音も出ない。アタシだってそういう時はある。いつもは出ないぐうの音を捻り出してはいるけど、今日はそんな気分じゃない。

 そんなアタシに気付いたのか、マックイーンは心配そうな顔でこっちに近づいてきた。

 

 

マック「考え事でもあるんですか?」

 

 

ゴルシ「へ?あ、ああ......因数分解ってなんで分解されっぱなしなんだろうと思って」

 

 

マック「は?」

 

 

ゴルシ「抵抗すれば良いだろ!!寄って集って分解しやがって!!任天堂に修理させて貰えねーぞ!!」

 

 

マック「ゴールドシップ」

 

 

 いつものように、いや、今日はちょっと無理していつも通りを振舞ったけど、マックイーンはそれを咎めるように私の名前を呼んだ。まるで、アタシの婆ちゃんみたいだ。隣から少し圧を感じる。

 

 

ゴルシ「.........冗談だよ。アタシが悩んでるのは、コイツだ」

 

 

 アタシはそう言って、カバンの中から自分のウマフォンを取り出して、トークアプリを開き、会話の内容を見せた。

 

 

マック「.........?これが何か?」

 

 

ゴルシ「え!?分かんないのか!!?」

 

 

マック「だって、普通に白銀さんとの会話でしょう?いつもどこか出掛けてるではありませんか」

 

 

 そう、マックイーンは知っている。アタシと白銀の奴は結構な頻度で色んな所に行ってるんだ。金は殆どアイツ持ちだし、車は運転出来ないけど、移動してる最中とか暇しないっていう理由で誘ったり誘われたりしてんだけど、今回は訳が違う。

 

 

ゴルシ「.........良いか、マックイーン。アイツは何があろうと、アタシと遊ぶ時は午後五時前には解散を選ぶんだ.........これ、なんて書いてある?」

 

 

マック「.........『天体観測用の望遠鏡を買った。一緒に見ようぜ!』.........と」

 

 

 ああくそッ、なんでそれ聞いてて顔が熱くなるんだよっ!おかしいだろ!!まだそうと分かった訳じゃないのに!!

 マックちゃんはそれだけじゃまだ分かんないように首を傾げてる。これじゃあアタシだけはしゃいでるみたいじゃねーか。

 

 

マック「これが何か?」

 

 

ゴルシ「.........分かんねーのか?」

 

 

マック「はい?」

 

 

 目の前に居るラブコメ常習犯は何もわからないと言ったように、バカ真面目な顔をアタシに見せ付けてくる。

 言わなきゃいけないのか?言わなきゃ分かんない?いや分かんないだろうな三年間ずっと進むことの無いラブコメをおっちゃんと二人でやってんだから。だんだんイラッとしてきたぞ。

 でも、相談したのはアタシだ。そうしたからにゃ言わんといけない.........正直恋愛よわよわマックちゃんに見つかったのが運の尽きだな。うん。

 

 

ゴルシ「良いか?普段とは違う時間帯。普段はしないような『天体観測しよう』なんて誘い。ただの遊びの誘いじゃねー.........これはつまり」

 

 

マック「つ、つまり.........?」ゴクリ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「デートって事だ.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰にも聞かれることが無いよう、アタシはマックイーンに耳打ちする形でそう伝えると、まるで全身から湯気を発するような形で熱が上昇していくのがマックイーンの身体から感じ取れた。

 いや、他人の恋愛話でこれならおっちゃんとの進展具合も納得だな。逆に冷静になれたぜ。ありがとうなマックイーン!!

 

 

マック「でで、デートですって!!?」

 

 

ゴルシ「な!!?バカ声がデケェッ!誰かに聞かれたらどうすんだよ!!!」

 

 

マック「バカとはなんですかバカとは!!それよりそれが本当にデートか確認した方が良いですわよ!!独りよがりで終わる可能性もありますから!!」

 

 

ゴルシ「お前ひっでぇこと考えんな!!?なんでそんなこと言うんだよ!!」

 

 

マック「そんなもの私が経験したからに決まってますわ!!!」

 

 

ゴルシ「よしっ!!おっちゃん帰ってきたらまずボコすからな!!!」

 

 

 とりあえずこの件に関しちゃまだ何も分かってないけど、おっちゃんの処刑は確定した。帰ってきたら覚悟しろよマジで。学園中のSwitchとブレワイ集めて全部100%クリアさせるまでRTAさせてやっからな。

 そんな事でメラメラと闘志を燃やしていると、不意に自分の手の中にウマフォンがねぇことに気が付いた。冷や汗が背中に伝う中、恐る恐る振り返ると、マックイーンがちょうど一仕事終えたように一息ついていた。

 

 

ゴルシ「お前.........何送ったんだ.........?」

 

 

マック「これがデートかの確認を」

 

 

ゴルシ「マックちゃん!!!!!」

 

 

マック「安心してくださいまし。ちゃんと貴方の口調で書き込みましたわ!」

 

 

 胸を張ってそう言い切るマックイーンからアタシのそれを取り返すと、メッセージには『それデート?はっきり言わないと髪の毛チリチリにすんぞ』と言ったメッセージが追加されてた。

 マックイーン、おっちゃんと居るせいでもしかして思考が伝染ってきてんのか.........?いやそんな事はどうでも良い!!!

 

 

ゴルシ「お前何してくれちゃってんの!!???」

 

 

マック「お黙りなさい!!いつも滅茶苦茶するお返しですわ!!!」

 

 

ゴルシ「くっそ何も言えねーけど覚えてろよマックイーン!!!」

 

 

 マックちゃんのほっぺを引っ張り、マックちゃんの両手でほっぺを潰されていると、ウマフォンを持っている手に突然、振動が走った。

 アタシの一瞬の動揺に気が付いたようで、マックちゃんはアタシより先にその視線をウマフォンの方に向けていた。

 正直、アタシの独りよがりであって欲しい。あんな事一人で考えてるだけで顔が熱くなって、胸がバクバクしてくんのに、現実になったらどうなっちまうんだ.........?

 そんな胸の高鳴りと共に、アタシは現実から目を逸らせるよう、片目を開けてその画面を覗いた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「」バタッ

 

 

マック「ゴールドシップさん!?ゴールドシップ!!?」

 

 

 その後、アタシは意識を取り戻した後、高鳴る心臓と共にしっかりとデートに行く決断を決めたのだった.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued


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