山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
5月も20日を過ぎて、もうあと少しで6月になりそうになってきた頃。ボクはベッドの掛け布団から出している顔に、強めの暖かい日差しが当たっている事に気がついて、身体を起こした。
テイオー「うーん.........っ!」ピーン
伸びをして確認する身体の調子は好調で、特に問題は無いみたい。ベッドの傍の壁に貼ったカレンダーは、過ごした日々のバツがいっぱい並べられている。
そして、バツが敷きつめられて居る隣の日にちは丸で囲まれてる。そう、今日はボクにとって大切なレースがある日.........
日本ダービーがある日だ。
ーーー
「では改めまして、本日の最も注目されているウマ娘であるトウカイテイオーさんの解説を安田さんにお伺いしていきたいと.........」
マック「.........」
東「.........どこもかしこも、テイオーコールだな」
時刻としては、お昼を過ぎた辺りでしょう。東トレーナーが運転する車内には、本日行われる東京優駿の期待を大きく語る解説者の声が聞こえてきます。
タキオン「仕方ないだろう。なんせ、彼女はブライアンくん以来の無敗皐月賞バだ。誰しもがその次を求めるさ」
後ろでノートを取りながら、アグネスタキオンさんはそう言い切ります。車の中ではありますが、彼女は忙しそうにウマフォンにマイクとイヤホンを差し込み、誰かと会話をしながらノートを取り続けています。
東トレーナーは「そういうものだな、悲しい事に」と、ため息混じりに呟きました。
ウララ「つぎっ!デジタルちゃんの番だよ!!」
デジタル「ひょえ〜.........♡ウマ娘ちゃんとこんな幸せな時間を過ごせるなんて.........デジたん[スピカ:レグルス]に入って良かったよぉ〜.........!!」ヒンッ
ライス「ただのババ抜きだけどね.........!」
ブルボン「.........上がりました」
そんな車内の空気を洗浄するように、いつものウララさんメンバーにデジタルさんが加入する形で、和気あいあいとトランプをしています。凄い顔を見せている人が一名いらっしゃいますが。
東「.........無理して助手席座んなくても良かったんだぞ?」
マック「いえ、お気になさらず」
東「そ、そうか.........」
手持ち無沙汰な空気をどうにかしようと、東さんは私に声をかけてくださいました。申し訳ないとは思いつつも、私はその会話をすぐに終わらせました。
正直、未だ心には彼のした事が残っています。彼の発言で、トレーナーさんの心は本当に傷付いて居たのです。それだけは、どうしても許せません。
マック「.........」
窓に映る高速で写り行く景色。目の前のビルの群勢から抜け出して視界が広がると、その景色が記憶のある部分と合致します。
ある時感じた緊張。ある時感じた安心感。ある時感じた自信。この景色は、そのいくつかに見事に重なってしまう。この、斜めに動いていく街の風景が、彼を思い出させてしまう.........
東「.........な、何か曲でもかけるか」
ウララ「あっ!!わたしアレ聞きたい!!トレーナーが好きなお歌!!」
デジタル「桜木トレーナーさんの好きな曲.........果たしてマトモなものなのでしょうか.........?」
気付けば、後部座席の方ではトレーナーさんが好きな曲で盛り上がってしまっています。
私が不安な時、気が付けば蘇っているあのフレーズが、また彼の姿を想起させます。ですが、隣に居るのは彼ではない。そう考えてしまう自分が何よりも嫌で、運転して下さっている東さんに申し訳がたちません。
しばらくすると、後方からあの音楽が実際に聞こえてきます。どうやら、ライスさんが流してくださったようです。
ライス「た、確かこれだったよね?ウララちゃん」
ウララ「うん!!ありがとう!ライスちゃん!!」
東「へー、アイツDEENなんか聴くのか.........意外だな」
デジタル「まともすぎてちょっと面白くないですね」
窓の外の景色はなぜか少し、歪んで見えてきてしまいます。ですが、その理由はもう既に分かりきっています。
たった一週間。たった一週間だけでも、彼がいないだけでこうなってしまう。彼の好きな曲を聴いているだけで、見て見ぬふりをしていた寂しさを無視できないほど、それが込み上げてしまう。
マック(.........トレーナーさん)
一言くらい、何かあっても良かったはずです。彼に送ったメッセージに既読すら付かない。その小さくとも、確かな事実は、私の肩を震わすには十分すぎるほど大きなものでした。
東「.........マックイーン」
マック「っ.........分かっています。メジロのウマ娘として、こんな程度の事で.........泣いてなど.........」
たかが十日。彼が居ないと言うだけでこれ程弱さを露わにしてしまう。それはメジロのウマ娘として、あっては行けないものです。
レースを制する上で、心の強さは必要不可欠.........こんな事で乱されてしまうとなれば、勝利も危うい。私はそう思っていました。
ですが、隣の運転席でハンドルを握る東トレーナーは、静かに口を開きました。
東「俺は、そうは思わない」
マック「.........?」
東「.........誰かを思って泣く涙は、特別だ。人への強い思いがなければ、そんなことは起きない。そして、それが出来るのは、強い心を持つ者だけだ」
東「.........羨ましいな、全く」
.........彼はそう言いながら、優しい微笑みを浮かべました。あの人とは似ても似つかないそんな姿が、あの人の安心感を想像させてしまいます。
マック「.........グス」
車内の優しい空気に包まれながら、私達は目的地であるレース場。東京優駿の舞台へと向かっていきました。
ーーー
「いっちにー、さんしー!」
控え室のドアノブに手を掛けてみると、元気なトウカイテイオーの声がよく聞こえてきた。後ろに続くマックイーン達にも聞こえてきたみたいで、嬉しそうに笑いあっていた。
東「入るぞ」
沖野「おっ、やっと来たか。遅かったな東」
東「日本ダービーが始まるんだ。日本中どこも渋滞だっての」
テイオー「やーやー!!よく来たねー皆の衆♪ワガハイも嬉しいぞよー♪」
床に前屈をしていた体勢から、ピョンっと跳ねるように立ち上がってみせるテイオー。身体のコンディションはどうやらバッチリのようだ。
東「調子、良さそうだな」
テイオー「あったりまえだよ!!今日はなんてったってー!ボクが無敗の二冠バになる日だからね!!」
ダスカ「まだそうと決まった訳じゃ無いでしょ?」
何とも生意気そうな声の方に視線を移すと、そこには他のスピカのメンバーが揃っていた。
スペ「こんにちは皆さん!!」
ウララ「スペちゃーん!!」タタタ!
ゴルシ「おーおー!!元気いっぱいだなー!!」
勢いよくスペシャルウィークの方向へ走っていったハルウララ。そのままの勢いで抱き着いたのを見て、なんとも微笑ましい気持ちになる。
俺も随分、絆されてしまった。たった一週間居ただけなのに、このチームは、人をダメにするソファ見たいに俺の固い決意をフニャフニャにしてきやがる。これがアイツの狙いだとしたら、全くもって食えない。
マック「.........」
東「.........?どうした?」
マック「い、いえ.........」
隣に居るマックイーンから戸惑いを感じている様子が見て取れる。一度聞いてみるも、やはりはぐらかされてしまった。
トレーナー業は体当たりだ。いざとなれば、学園外から自分の見出したウマ娘をスカウトする事もある。もし誰かにそんなことが出来るのかと聞かれれば、その答えはYESだ。トレセン学園の理事長の名前はと問われれば、そいつは納得した様に去っていくだろう。
そんな初心を思い出し、もう一度マックイーンに話を聞いた。
マック「.........実は、ゴールドシップさんが泣いていたという話を聞いて.........」
東「あー.........」
確かに、あの時泣いてたな。あのゴールドシップもそういう所があるのかと以外に思ったりもしたが、まぁ女の子だしな。うん。
それにしても、今朝の出来事がもうこんなに広がってるなんて思っても見なかったな.........
マック「フジキセキさんが夜遅くに帰宅したので、注意しようとして、両手で目元を拭う姿を見て、何も言えなかったと.........」
東「あれ?俺の知ってるのと違う.........」
そんな深刻な問題だったのか。知らなかった.........一体彼女に何があったのだろう?そう思っていると、マックイーンの方から俺に問いかけてきた。
マック「あの、貴方の知ってる話というのは.........?」
東「知ってるっつうか、見てたっつうか.........」
ーーー
白銀「グス......ヒグ......」
東「.........」
時間帯としては今朝。俺が学園に出勤して職員室に入ってみると、本来そこには誰もいないはずの机に、明らかに突っ伏して泣いているバカ(マジでバカ。会社倒産して欲しい)が居た。
東「.........」
沖野「.........さて、テイオーの評価でも見るか」
向かいの机に着いている沖野は新聞から目だけを出して様子を伺っていたが、俺が来てわざとらしく咳払いをして、新聞に目を移した。
白銀「.........どうしたのって聞いて」
東(いやそこ俺の机だから聞くつもりだったけど.........)
東「ど、どうしたの.........?」
白銀「こんな所で話せるわけねぇだろぉぉぉぉぉ!!!!」
東「ねぇコイツマジでブッコロしてもイイカナァ!!?」
大声を張り上げて更に泣き始めたそいつに、俺は頭を抱えた。周りから奇怪的な目で見られ始めている。
東条「東君。今は貴方が桜木君の代わりなんだから、貴方が何とかしなさいよ」
東「ぐぬぬ.........」
確かに、そう言われるとこいつの対応をする明確な理由が俺には存在してしまう。実際に、俺は今桜木の代わりとして[スピカ:レグルス]のチームのトレーナーをやっている。今はいない桜木の代わりを全力で遂行するのが理にかなってしまうのだ。
そう頭を抱えていると、机に突っ伏していた白銀の姿がいつの間にか消えていた。
白銀「お姉さんおっぱい大っきいですね」
東条「護身用のスタンガンどこにしまってたかしら」
白銀「気絶する前に触っていいですか?」
東条「ダメに決まってるでしょ」バチチチ!!
白銀「うっ」バタ
後頭部から意識を失って倒れて行った白銀。一般人なら駆け寄っていただろうが、こいつは規格外。身体の頑丈さは桁違いだ。助けに行かなくてもいい。ていうか行きたくない。
沖野「連れていけ東」
東「仕切るな沖野」
東条「お願い東君。職員室に平穏をもたらして」
東「俺に指図するな東条」
こんな滅茶苦茶な奴だが、ひとたびラケットを握れば人々を沸かすスーパースターだ。流石にこのままにしては置けない。俺はそのままコイツの肩を担ぎ、桜木のチームルームへと向かった。
ーーー
東「.........ゴールドシップを泣かせたぁ?」
白銀「うん.........」
黒津木「涙とは無縁だろ」
神威「お前、やってたとは思ってたけどマジで薬物やってる?」
グズりながらも話をした白銀。途中で合流したバカルテットの黒津木と神威と一緒に話を聞いた。
事の顛末はこうだ。デートに誘い、世界大会に出場する旨を伝え、それに同行してもらい、そこで告白する予定だった。
しかし、ゴールドシップと別れる際、目元から雫が落ちるのを見て、顔が青ざめたようだ。だからといって俺の机で泣くな。
白銀「あーもう俺パチンコしに行こっかなぁ!!!もう創の隣でエヴァのパチスロやっちゃお!!!」
神威「やめろォッ!ただでさえ運がない俺の隣で豪運を発揮すんじゃねぇッッ!!!」
白銀「代わりに俺が金出してやるよ!!!俺優越感に浸りたいだけだからッ!!!」
神威「マジで!!?やりますねぇ!!!」
黒津木「何言ってんだこいつら.........」
一瞬でまた騒がしくなった。というより神威はもっとこう大人しいキャラしてなかったか?もっと理屈っぽくて落ち着いてるもんだと.........
黒津木「東っち。創は見た目雰囲気ともに常識人だが、中身は俺達と何ら変わりない狂人だ。騙されるなよ」
東「もうやだこの職場.........」
そう言って抱えた頭を上げてみると、今度は先程まで騒いでいた二人がいない。黒津木の方を見ると、顎でその方向を見ろと言うように指図を受ける。
扉が空いている。まさか出ていったのか?本当に自分勝手な奴らだ。一体どこまで人をバカにすれば気が済むのだろう。
東「.........鍵、閉めるぞ」
黒津木「あいよ」
ため息を吐きながら鍵を閉める。意気揚々と前を歩いていく二人はこの世で一番幸せそうだった。
白銀「せっかくだからよっ!動画も撮ろうぜッ!」
神威「良いねェッ!俺とお前ッ!どっちが先に沼るか当たるか競走な!!」
東「黒津木。お前はあんな下品な娯楽に浸るんじゃないぞ」
黒津木「パチンコは好かん。俺は見返りが欲しいんじゃなくて推しの笑顔が欲しいからな」
それも果たしていい金の使い方かどうかは甚だ疑問ではあるが、少なくともギャンブルよりかは明確な目的がある分良いのかもしれない。
そして何より、目の前で二人並んであの機械のノブを嬉しそうに回してる姿を見ると、人はあんな風に成れてしまうのかと悲しく思ってしまっていた。
二人「ダァァーーーブルパ」グリグリグリィ!!!
しかし.........
むにん.........♡
ゴルシ「.........あ...?」
東「」
黒津木「」
神威「ヒエッ」
白銀「.........〇ンコ」
二人の片手が角を曲がってきたゴールドシップの、その。健やかに育っている身体。そしてそれの特に育っている部分に手をうずめた。
一瞬にして二人の顔は、この世で一番幸せそうな顔から、朝日が二度と拝めない程の絶望を味わう様な表情になっていた。
東(終わったな.........?)
しかし、その時はいつまでも来ない。少しの沈黙の後、それを破ったのは鼻をすする音だった。
ゴルシ「.........グス」
白銀「あ、えと、わ、悪い。こ、これはわざとじゃ.........」
ゴルシ「分かってるよ...ヒッグ......ただな.........?あんだけ、グス......期待してたデート.........最後は滅茶苦茶な気分にされて.........どう謝ろうかと思ってたアタシに.........こんな仕打ち.........」
神威「ま、不味い.........!」
両腕で拭う目元。相当ショックを受けている。しかし、そんな鼻すする音もしなくなり、徐々に言葉がスムーズになり、怒気を孕んでくる。
両腕を下げて行くと、ゴールドシップのその顔は般若の面の様な恐怖の象徴として、俺達四人の前に現れた。
ゴルシ「もう許さねェ.........ッ!三人まとめてェッッ!!!おでんの具材にしてやらァァァァァッッッ!!!!!」
白銀「ごめェェェェんッッ!!!」
神威「ぉぉおおおお俺おれオレも謝るからッ!ゆゆゆ許してくださいィィィィッッ!!!」
白銀は首根っこを。神威は足首を掴まれ、ブンブンと身体が分裂しそうな勢いで振り回されていた。あれで無事なのが奇跡だというレベルで勢いが激しい。
よく木の棒とか細い鉄の棒とかを思いっきり振ると「ぶんっ」というような音が鳴るが、人間サイズの音は聞いたこと無かった。子供が質問してきたら答えられる。人生の心配事が一つ減った。
だが、心配事は一つ増えた。
黒津木「怖いなぁ、戸締りしとこ」
東(.........三人?)
ブゥンッッッ!!!!!
ーーー
東「白銀はダートに頭から埋められ、神威は壁に巨大ネジで磔(はりつけ)にされ、黒津木はヒソカみたいな死体になった」
「うわぁ.........」
話を聞いていた人達全員のそんな声が耳に入ってくる。それがドン引きなのか同情なのかは定かでは無い。
一つ確かなのは、目の前でウララ達と話しているゴールドシップの姿は、その出来事を引きずっていないように思えるという事だ。
沖野「.........お前、ちょっと丸くなったんじゃないか?」
東「何言ってんだ。俺はこう見えてもちゃんと体重管理を.........」
沖野「そういう所だよ。ちょっと前までのお前だったら今の所、鼻鳴らして不機嫌になってた所だぞ?」
東「.........フン」
痛い所を突いてきやがる。そういう鋭い所はあの師匠譲りと言っても良い。俺自身、そうなっているとは感じていた。あのチームは、雰囲気が良すぎる。
「これより入場を始めます。レースに出場するウマ娘は.........」
テイオー「あっ!!ボクもう行かなきゃ!!」
話を聞きながら、念入りにストレッチをしていたテイオー。最初来た時と同じ様に、ピョンっとはね飛んで立ち上がった。
東(コンディションは良い。身体の具合も良いだろう.........だが)
横を通り過ぎるトウカイテイオー。マックイーンやスカーレット達と会話をする姿を見て、不安を覚える。
一体どこにそんな要素がある?確かに、日本ダービーは最も運のあるウマ娘が勝つと言われているレースだ。だからと言って、異常とも言えるこの拭いきれない不安はどこから湧いてくる?
テイオー「よーっし!!楽ぅ〜に勝っちゃうからねっ!!サブトレーナーの耳に入るくらいぶっちぎりに勝っちゃうからっ!!」
マック「ふふ、そんな事を言っていたら、足元をすくわれますわよ?」
そんなマックイーンの言葉すらものともせずに、トウカイテイオーは堂々と、太陽のようなニカッとした笑顔を見せながら、ピースサイン掲げた。
テイオー「大丈夫っ!!」
「絶対勝ってくるからねっ♪」
ーーー
東「.........」
人々の歓声が、この東京レース場に響き渡る。待ちに待った年に一度のレース。ウマ娘にとっては一生に一度の晴れの舞台だ。
なのに、先程控え室で感じた不安は拭えてくれない。
実況「各バ一斉にスタートしました!!!」
ゲートが開かれる音と同時に、綺麗なバ群が前へ前へと形成されていく。いつもならば俺もその観客に呑まれるように、身体から熱さを感じ、それに興じていた筈だ。
それが出来ないのは恐らく.........
東「.........」
ダスカ「ちょっと!!アンタも応援しなさいよ!!」
ウオッカ「そうだそうだ!!」
ゴルシ「.........」
沖野「っ.........」
後ろ姿からでも分かる、沖野とゴールドシップの雰囲気。今この場にそれがそぐわないと言うのは、人生経験からだろう。
レースの行く末を心配している訳では無いことは、何となく分かってしまった。
東(桜木、お前もまさか、これを見越して行動したのか.........?)
スカーレット達と沖野の間に割り込むように、俺も最前列でトウカイテイオーの姿を追う。人々の目を奪うには十分な迫力が、レースを走るその姿から感じ取れる。
なのに、それなのに不安は拭えない。沖野の不安も、ゴールドシップのなんとも言えない表情も、この先に起こる何かを俺に嫌でも予想させてきやがる。
デジタル「ひょわぁ〜.........♡♡♡テイオーさん......やっぱり素敵で力強い走りをしましゅぅ.........」
「デジタルさんも分かっちゃう!!?テイオーさんの凄さっ!!」ピョンピョン!
「た、確かにテイオーさんも凄いです!けれど長距離なら、マックイーンさんも負けてませんっ!!」
一際騒がしいアグネスデジタルの方を見ると、双眼鏡を片手に、二人の小さい鹿毛のウマ娘と話し込んでいた。あれは確か、以前オープンキャンパスに来ていた子達だった筈だ。
デジタル「フフフ、キタちゃん。いえ、キタサンブラックさん。その歳でテイオーさんの凄さに気付くとは.........やはり天才ですか.........!!」
キタ「えぇ!?そ、そうなんですかね.........えへへ」
デジタル「そしてダイヤちゃん。いえ、サトノダイヤモンドさんっ!この話に着いてきながらマックイーンさんを推していく貴方もまた天才.........!!」
ダイヤ「ほ、本当ですか?ありがとうございます!アグネスデジタルさん!!」
デジタル「あぁ......!将来有望なウマ娘ちゃんに囲まれて.........♡デジたん幸せすぎて今から日本ダービーゲートインしそう.........♡」
今にも昇天しそうな恍惚とした表情を浮かべ始めるデジタル。こういう時はほっとくのが良いとこの一週間で身に染みた。下手に巻き込まれた方が面倒事に発展する。
.........って、また空気を和まされている。このチームと絡んでいると本当に気を緩まされる。シリアスとは無縁と言っても過言じゃないぞ。
東「お前も、頬を緩ませてる場合じゃないぞ」
沖野「あっ、スマン.........つい、な」
先程まであんなに嫌な予感がしているような顔をしていたのに、沖野もこの子らのやり取りを見て微笑みを見せていた。
東(何がそんなに不安だ。対策もトレーニングも万全なんだろう?)
沖野(.........)
周りに聞こえないよう、俺は小声で沖野にそう言った。だが、半分は自問自答であった。 俺自身、スピカのサブトレーナー代理としてトウカイテイオーのトレーニングは見てきた。不安な要素など、何処にも無いはずだ。
沖野(.........それは......)
ウララ「あっ!!!テイオーちゃんが一番前になったよ!!!」
二人「!!」
実況「トウカイテイオーが外から来るッ!!!早くも先頭争いッッ!!!」
「ワァァァァァァーーー!!!!!」
風を割くような走りで先頭を走り抜けるトウカイテイオー。その姿に、観客は皆空が割れんばかりの声を張り上げている。
俺自身も、感じていた不安など空に消え去り、その全てを抜き去る走りに興奮を覚えた。やはり、練習とはまた熱の入り方が違ってくる。
そして.........
「圧勝ですッ!!!無敗のまま二冠を達成したトウカイテイオーッッ!!!」
沖野「うおおおおおっっ!!!やったぞぉぉぉおおお!!!テイオーが無敗の二冠バになったああああああっっ!!!」
東「こんな瞬間に立ち会えるなんて.........っ!!!俺達ツイてるな!!!」
場内に響き渡る数多の人々により出される歓声。その声は正に、空を割る勢いで、トウカイテイオーの走った後を駆け巡って行く。場内はムードは完全に、トウカイテイオーの物になった。
皐月賞。あの時テレビで見た時と同じように、その片手を高くかかげ、トウカイテイオーは今度は一本増やしたピースサインを人々に見せ付けた。
デジタル「うっひょぉぉぉぉぉ♡♡♡こんなのぉ〜♡デジたんのマイブレインフォルダー永久保存行きです〜.........♡♡♡」
恍惚とした表情でまた双眼鏡を除くアグネスデジタル。その視線の先には俺達の方に手を振ってくれているトウカイテイオーが居る。
ファンサービスも熟知している故に、巷では異性からも同性からも、はたまたライバルであるウマ娘からの人気も高い。テレビでも頻繁に取り上げられている訳がよく分かる。
沖野「全く.........いくら嬉しいからって、あんましはしゃぐなよ〜?デジ.........タ、ル......?」
東「.........?」
保護者として、羽目を外しすぎないよう注意を促そうとしたのだろう。沖野は向けていた視線を、テイオーからデジタルの方へと向けながら言葉を発した。
だが、最後の方はどこか困惑した様子で、先程見せていたふざけた感じは微塵も感じ取れない。俺も、アグネスデジタルの方を恐る恐る振り返った。
デジタル「.........」
その顔は、先程の恍惚とした表情から一変し、なにか行けないものを見てしまったのか、血の気が引いて青さを帯びていた。
嫌な予感が蘇る。背筋に走る悪寒が、頬を伝う汗が、今自分が代理としてここに居る非日常感が、ひとつの物語の結末を予感させる。
タキオン「.........デジタルくん、具合が悪いんだろう?少し離れようか」
マック「だ、大丈夫ですの......?」
そのデジタルの変化に皆気が付き始める。ウララが優しく揺すってみせるが、デジタルは一向に反応を示さない。見兼ねたアグネスタキオンが彼女の肩を持ち、会場を後にしようとする。
タキオン「.........東くん、申し訳ないが着いてきてくれたまえ。今頼りになるのは、君くらいだ」
東「っ、わかった」
こんな時、アイツならどうするだろう。この結局拭いきれなかった不安に、どう立ち向かって行っただろう.........?
そんな事を考えながら、俺はアグネスタキオンの後を、情けないと自責しながら着いて行った。
ーーー
デジタル「.........」
タキオン「話せるかい?」
デジたんは.........私は、タキオンさんに外のベンチに座らされて、そう尋ねられました。
気が付いたら、会場からは離れていて、傍には私をここまで運んでくれたタキオンさんと、東トレーナーさんが心配そうに覗き込んできました。
デジタル「い、言え......ま、せん.........!」
デジタル「わ、わた、デジたんの見間違えかもしれないしっ!!勘違いでした〜ってなっちゃったら、い、嫌だな〜って.........」
東「.........デジタル」
より一層、心配そうに覗いてくる東さん。そう、私の、デジたんの勘違いなんです。
双眼鏡で覗いたっていっても、見てたのはテイオーさんの全体像。その一部分を見た訳ではありません。だから、勘違いかもしれないというのは、 あながち嘘ではありません。
タキオン「.........では、こうしよう。キミは、はいかいいえで答えるだけで良い」
デジタル「.........っ」
ベンチに座る私の両肩に手を置いて、下から覗き込むタキオンさん。構図としては小さい子の駄々こねを説き伏せる親のように見えるかもしれません。
.........ですがそれも、あながち間違いではないんです。話したくないのは、私の、ワガママなんです.........!!
いつになく真剣な眼差しで私を見てくるタキオンさん。いつもだったら鼻血とか出しちゃうかもだけど、今はそんな空気ではありません。
タキオン「.........キミは」
デジタル「っ.........!」
もう、逃げられません.........!!次にアグネスタキオンさんが口を開いて、発される言葉を肯定する事になる.........まだそれを聞いてないのに、私はそう、予感しました。
そしてそれは.........
「テイオーくんの足が、壊れたのを見たのだろう?」
デジタル「っ、う...あ.........」
言われて......しまいました。優しく置かれた手が、私を逃がしてはくれません。逃げたいという思いはもう、目から溢れ出る何かと共に逃げて行きました。
デジタル「て、テイオーさんが手を、振った時に.........あ、足の様子がお、おかしくて.........」
東「.........見間違いって可能性もあるんじゃないか?流石にそこだけ集中して見た訳じゃ「私もッ!」.........」
デジタル「.........そう、最初は思ったんです.........!!」
『マックイーン達とテイオーの事。よろしく頼むな』
綺麗な空港で、背中を向けて手を振る姿と一緒に蘇る桜木トレーナーさんの言葉。最初は、何も気にも留めませんでした。テイオーさんは今年、目標だった三冠レースがあったので、その事だろうと勝手に想像してたんです。
けれど、一瞬だけ、テイオーさんの様子のおかしい足が見えたあの時。気のせいだと思えば思うほど、その言葉の意味はなんだったのかと、私の中でその存在を、強く認識させます。
デジタル「トレーナーさんから.........そう、言われて.........頭がだんだん、真っ白になっちゃって.........!!」
タキオン「.........よく言ってくれた。ありがとうデジタルくん」
そう言いながら、タキオンさんは優しく背中を撫でてくれました。私自身、失礼なんですけど、もっとドライな人だと思っていたので、その優しさに少し驚いてしまいました。
東「だが、その話が本当なら、アイツはこうなる事を知っていて海外に行ったことになる.........一体何のために.........」
なぜ、トレーナーさんがそう言ってきたのか、私自身も確かな事は分かりません。でも、東さんが言うように、こうなる事を知っていた可能性が高いと、デジたんも考えてしまいます。
そんな時、ライブの音樂に乗ってくる歓声を上書きする着信音が、東トレーナーさんから聞こえてきました.........
タキオン「.........出た方がいいと思うよ。東くん」
東「あ、ああ.........」
そう、アグネスタキオンに言われた俺は、その場で電話に出た。スイッチを押すと、呼吸の乱れた音と、外から聞こえるライブの音が遅れて聞こえてくる。
東「もしもし。どちら様ですか?」
沖野「ハァ......!ハァ......!沖野だ......!今、トイレで電話掛けてる.........!!」
東「っ!お前、ライブの途中じゃ「テイオーが.........!!」.........っ!!?」
まだ、そうと決まった訳じゃない。
けれど、それは確かに、夢を崩れた音を奏でていたのが、ハッキリとわかった。
「テイオーが.........骨折してる......っ」
綺麗なガラス玉に、ひびが入るように、聞こえてくる人々の歓声が、その音に聞こえてくる。
神さまっていうものは、人の思いつかない物語を綴るのが好きな癖に、それを悟られたいのか、不安という形で、俺達を突き動かしてくる。
東「っっっ.........!!」
『俺はアンタを一番信用している』
東(俺は.........お前の尊敬をまた、自分で踏みにじってしまった.........っっ!!!)
胸を締め付けるような苦しさ。また、人の期待を裏切る罪悪感が身体を駆け巡る。目の前に座る二人も、電話を受けた俺の様子から内容を察したように、デジタルはまた、顔を青ざめ、タキオンは何かにガッカリしたように、息をゆっくりと吐いていった。
タキオン「.........こうも現実を叩きつけられると、いくら覚悟していたとはいえ、多少は傷付くね」
どこかで知っていた結末だと言うように、しれっとそう言ってのける彼女の表情は、その言葉とは裏腹に、悔しさに涙を滲ませているようであった.........
......To be continued