山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜   作:ギノっち@カマタラル

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パンドラの奥底

 

 

 

 

 

 

 気分が重い。今まで、こんなに重く感じた事なんて、一度もありませんでしたのに.........

 

 

マック「.........」

 

 

 ベッドから何とか上半身を起こしてみせます。昨日は、何時に寝たのでしょう?そんな事を思うほど、意識と無意識の狭間を暗闇の中で過ごしていました。

 人の気配を感じ、ハッとしてその方向を見ると、同室であるイクノディクタスさんが、少しビックリした様子で私を見ました。

 

 

マック「す、すみません......お、起きていらしたのですか......?」

 

 

イクノ「はい。あの、体調の方は?」

 

 

マック「.........私は大丈夫ですわ」

 

 

 そうやって口から出てきた物は、言葉とは裏腹に、芯は通っておりませんでした。今にも崩れそうな声が、自分の耳に入ってきてしまいます。

 

 

マック「.........」

 

 

イクノ「.........ゆっくりしていてください。あんなことがあった手前、多少休んでしまっても、誰も責めることは無いと私は思います」

 

 

マック「お気遣い感謝します。ですが、そういう訳にも行きませんわ。生徒の本分は学業。それを疎かにしていては、私自身のしたい事が出来なくなります」

 

 

 そう言いながらも、自分の表情が今、どんなに酷いものになっているのかが手に取るように分かってしまいます.........イクノさんはそれ以上は言わず、辛かったら言って欲しいとだけ伝え、先に部屋から出て行ってしまいました。

 

 

マック「.........顔、洗いましょうか」

 

 

 気持ちは億劫なまま幾許かの時間を過ごした後、ベッドから降り、私も歯ブラシとコップを持参し、部屋を出て洗面所へと向かいます。

 多くの鏡とドライヤーが備え付けられた空間ですが、そこに人影は見当たりません。ふと、今何時なのかが気になった私は、壁に付けられた時計に目を向けます。

 午前6:20。丁度朝練に向かったウマ娘達がウォーミングアップを終わらせた位の時間。そして、朝練が無いウマ娘はまだ、寝ている時間です。

 

 

マック(正直言って、助かりましたわ)

 

 

 鏡で見てしまえば、明確になってしまう酷い顔。その理由は、思い出したくもありません。

 日本ダービーから一日経った先日。その日教室にテイオーの姿は、朝からありませんでした。いつも元気いっぱいな彼女です。レースがあって疲れたから休むなど、今まではありませんでした。

 いつもの通りに始まると思っていたトレーニング。しかし、ミーティングで告げられた事実が、私達を大きく動揺させます。

 

 

「トウカイテイオーが、骨折した」

 

 

 そのあまりにも大きい衝撃は、短い人生を生きてきた中で、一番の物でした。それを告げる東トレーナーの姿も、非常に苦しそうでした。

 

 

マック(.........こんな時、貴方だったら)

 

 

 そして、無意識に頼ってしまう彼の笑顔。心配ないと言うように無責任に笑ってみせる彼の笑顔に、こんなにすがってしまう事になると思っていませんでした。

 けれど、そんなものは何にもなりません。彼が今この学園に居たところで、きっと私達と同じように落ち込む筈なのです。彼の仮面を求めては、行けない。

 

 

マック(トレーナーさん.........)

 

 

 握った手のひらの中に、彼が渡してくれた王冠がキラリと輝きを見せます。今はこれだけが.........彼と私達を繋いでくれる唯一の存在です。

 顔を洗い、髪を整えたあと、耳飾りと一緒にその王冠をいつものように身に付けます。いつものように制服に着替え、いつものように靴を履き、いつものように振る舞う.........

 これではまるで、私の方が仮面を付けているようです。ですが.........

 

 

東『.........今日は、解散でいいだろう。とてもトレーニングに励める精神状態じゃない』

 

 

全員『.........』

 

 

 .........それはきっと、皆さんも同じように思われます。いつも通りでいることこそ、今は一番楽になれるのです。いつも通りの日常で居ることこそ.........

 

 

『マックイーン!!』

 

 

マック「.........っ」

 

 

 こうして、いつも騒がしい人達が居なくなってしまうと、その有難みが身に染みる程分かってしまう。

 いつも通りで居ようとすればする程、二人の声はエコーがかかった様に私の名前を呼びだす。

 そんな、今は苦しみしか産まない声を唇を噛み締めて耐え抜き、その足で学園へと向かいました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白衣の袖から伸ばしはみ出た手が、チームルームのドアへと触れる。中から物音は何一つしない。だが集合時間はとっくにすぎてしまっている。誰も集まっていないはずなど、無い。

 

 

タキオン「.........失礼するよ」

 

 

マック「.........タキオンさん」

 

 

ウララ「ち、遅刻だよ......??タキオンさん.........」

 

 

ブルボン「.........」

 

 

ライス「.........」

 

 

デジタル「.........ど、どうも......」

 

 

 教室を開けてみれば、中には全員が揃っているものの、その空気は完全にいつも通りのものではなかった。皆、少なからずテイオーくんの骨折に対して、ショックを受けているのは明白だ。

 だが、マックイーンくん達は姿を見せているのに、肝心の招集をかけた彼が居ないのは問題だ。

 

 

ブルボン「.........実験はいいのですか?タキオンさん」

 

 

タキオン「生憎、黒津木くんもモルモット代理の神威くんも、来客に何かを要望されてるらしくてね。ずっと図書室奥のパソコンとにらめっこしてる最中さ。実験したくても、被検体が居なければね」

 

 

 やれやれといつものように両手を広げて見せる。何やら重要な用らしく、学園にいるにも関わらず有給届けを出し、彼らは業務をしないという驚きの行動に出たらしい。

 真面目と言うべきかズレていると言うべきか、ひとつ言えるべき事は、彼らは何かに熱中すると周りが見えなくなるという事だ。

 

 

東「すまんっ!遅くなったっ」

 

 

タキオン「遅刻だよ東くん。私より遅いなんて、ちゃんとトレーナーとしての自覚はあるのかい?」

 

 

ウマ娘(タキオンさんも遅刻した癖に.........)

 

 

 冷ややかな視線を背中に受けるけど、そんな事は些細な事だ。慣れている.........だが、どこか懐かしさすらも感じる感覚だ。思えば、チームに入ってからはどちらかと言えばもっと優しい視線を感じていた。

 

 

タキオン(.........まぁ、あの問題児トレーナーのチームに居るって知られれば、多少は同情もされるだろうね)

 

 

 急いでここまで来たのか、東くんはゆっくりと息を整えている。その間の静かな空気が心底居心地悪い。この部屋は、こんなに狭苦しい空間だっただろうか。彼が居た時は、そんな事思わなかった筈だ。

 

 

東「......言うことは一つだけ。暫くトレーニングは軽めに行う。その後は各自自由時間だ」

 

 

全員「!!?」

 

 

マック「ま、待ってください!!わ、私達はどこも悪くありません!!彼女のようには.........」

 

 

 勢いよく立ち上がり、反論して見せたマックイーンくんだが、その後の言葉はしりすぼみしていった。恐らく、テイオーくんの姿を思い出したのだろう。

 しかし東くんは、そんな彼女に悲しそうな目を向けた。

 

 

東「.........気持ちは分かる。だが、今お前らのメンタル状況は過去類を見ないレベルで最悪だ。ここで無理にでも身体を動かせば、かえって支障をきたす」

 

 

タキオン「だがそれは君が何とかするべきだ。代理とはいえ、担当バのメンタルコントロールも少しは担うべきだ。特にデビューを控えているライスくんとブルボンくんの為にも「すまん」.........!」

 

 

 不安そうな表情で俯く二人に目を向けながら話を進めようとすると、東くんから弱々しい声が聞こえてくる。その方向を見ると、彼は頬に汗を垂らしながら、苦虫を噛み潰したような顔で私達から目を逸らした。

 

 

東「.........俺自身。あまりショックを和らげることが出来ていない」

 

 

タキオン「それ、は.........済まない.........配慮が足りなかった」

 

 

東「.........話は、以上だ。残る者がいなければ今日はもう集まりはない。鍵を閉めておいてくれ」

 

 

 そう言って、彼は私達の真横を通って行った。なんて苦しそうな顔をするんだ。こんな事で一々そんなダメージを受けていたら、この先やっては行けないだろう。

 ウマ娘は人より力が強い。強い筈であるのに、その肉体の構造は、人のそれと全く同じだ。耐久力も大した差は無い。車にはねられれば、もれなく命の危機に関わる。

 そんな人と同じ脆さを持つ生物が、片やターフやダートでは自動車の速度と同じくらい出せてしまう。ひとたび事故が起きれば、いや、今回の様に何も起きなかったとしても、怪我に陥る可能性は高い。

 私の中で、彼の評価は悪どいトレーナーから、何もかも不器用なトレーナーに変化して行っていた。

 

 

タキオン「.........残るかい?」

 

 

全員「.........」

 

 

 テーブルの上に乗っている鍵を拾い上げ、それをチラつかせながら今この場にいる全員にそう確認する。数瞬の沈黙の後、黙りこくった全員は打ち合わせしたように同時に首を横へと振った。

 普段ならば、誰かしらがここに残っていただろう。テレビのスポーツニュースを付けたり、炊飯器で適当に何かを作ったり、昼寝をしたり、絵本を呼んだり、プラモデルを作ったり、その様子をただ見ていたり.........

 だが、今こうして、私たちは部屋の外に出てきた。今この部屋の空間には、かつての賑やかさの残滓すら残っていない。あるのはただ、居るだけで寂しさを透かすような彼を思わせる残り香だけ.........

 

 

 鍵を閉める音だけが、私達の間で鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東『おいっ!一から全部説明しろッ!沖野ッッ!!!』

 

 

沖野『.........っ』

 

 

 人気の無い学園の三女神を象った噴水前。俺は一週間前、桜木にした時と同じように沖野の襟首を両手で掴み上げた。

 だが、奴の表情は.........あの時のどこか余裕のあった真っ直ぐな目をした桜木とは違い、後ろめたく申し訳ない気持ちが行き場を失い、目を逸らして黙り込んだ。

 

 

東『今お前はなんて言ったッッ!!!あァッッ!!?』

 

 

沖野『.........テイオーが、いずれこうなる事は.........っ、分かってた.........ッ!!!』

 

 

 どこまでも苦しそうな顔をしてそう言う奴に、俺は反吐が出そうだった。分かっててした事だ。苦しむ顔を見せるくらいならいっそ止めておけば良かったんだ。

 

 

 奥歯がギリギリと軋んでいく音が聞こえる。

 

 

東『ふざけんな.........ッッ!!!お前が招いた結果だろッッ!!!そんな顔すればテイオーの脚は治ってくれんのかよッッッ!!!!!』

 

 

沖野『こうするしか無かったんだッッッ!!!!!』

 

 

東『っ!?』

 

 

沖野『こう......するしか.........アイツの夢を叶える為には.........見て見ぬふりを.........して、っやるしか.........!』

 

 

 その言葉を聞いて、俺はゆっくりと、その掴みあげた手を下ろした。沖野は地面に足がつくと、その場で尻もちを着き、乱した息を整えた。

 

 

沖野『.........俺も、桜木も、テイオー独自の走法が、あいつ自身の脚に多大な負担をかける事を.........デビューの一年前から知ることが出来た』

 

 

東『.........それを知ってて、黙ってたのか.........?』

 

 

沖野『.........今までその走り方でレースを勝ってきたテイオーだ.........頭も良い。走り方を変えて三冠に手が届くのかなんて.........きっと走らなくても分かる.........俺は.........っ』

 

 

沖野『俺は自分の手でっ.........アイツの夢を終わらせるのがっ.........怖かったんだっ』

 

 

東『......沖野.........』

 

 

 苦しさと、罪悪感と、無力感が、沖野の全てを支配している。俺には分かる。俺がこうして.........沖野をここに呼び出した原動力も、苦しさと、罪悪感と、無力感だからだ。

 正しいと言うのは正しいだけで許される。けれど、人を救うのは正しさじゃない。いつだって人を救い続けてきたのは人の心だ。

 

 

東『.........俺も、きっと同じ事を、してたと思う』

 

 

東「.........」

 

 

 そうして、あの日は沖野の消え入る様な謝罪と共に解散となった。今、こうして噴水の音が聞こえてくる三女神の像が立つ広場は、俺しか居ない。

 

 

東(.........桜木。お前は一体、何をしようとしてるんだ.........?)

 

 

 神様しか知らない。いや、アイツの事だ。もしかしたら神様すら知らないのかもしれない。二度目の対面で気付いた。アイツは滅茶苦茶だ。やると決めたらとことんやる男だ。

 だが、奴のやろうとしている事が全くと言っていいほど分からない。誰が、誰の掌の上で何をしているのか、目の前でただ水を流し続ける三女神は、何も教えてはくれない.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「......来て、しまいましたわ.........」

 

 

 トレーニングがなくなり、放課後は自由となった私は、道路を挟み、向こう側にそびえる大きな病院を見て息を飲みます。ここには.........テイオーが入院しているはずです。

 .........テイオーと顔を合わせるのは、彼女が無敗の二冠を制したあの日本ダービー以来です。

 

 

マック「.........よしっ」

 

 

 あのテイオーの事です。これしきの事であの明るく底抜けな笑顔が消えるとは到底思えませんし、今にも動きたくて仕方が無いはずです。

 .........そうやって、そうあればいいと何度も願いを胸で明かしても、この道路を渡るまでかれこれ十分は経過していました.........

 

 

 ここまで来た意味を自分に問いただし、ようやく道路を渡った私は、病院の自動ドアを通り、中の受付へと向かおうとしましたが.........

 

 

マック「これは.........」

 

 

 多くの人が行列を作った先にあるのは、私が行こうとしていた受付でした。こんな光景は見た事無いのです。何が起きているのか、私は理解が及びませんでした。

 ですが、看護師さんの小さい会話が、私のウマ耳へと入ってきました。

 

 

「それにしても、どこからマスコミに漏れたのかしら。テイオーさんがここに入院してるって.........」

 

 

「もうっ、十中八九今来てるトレーナーさんでしょう?あの人チームスピカのトレーナーなんだから.........」

 

 

マック(.........沖野トレーナーもここに居らしたのですね)

 

 

 病室へと向かう廊下の方を見て、私は彼に思わず同情してしまいます。テイオーの三冠という目標は、彼にとってもまた、大切な物だったはずです.........それが、今失いつつある。

 もし、私も天皇賞の盾を取る事が出来なかったとしたら.........どれほどの人が苦しんだのでしょう。

 

 

マック(この行列が収まるまでは、待った方が良さそうですわね)

 

 

 そうでもしなければ、ゆっくりと彼女と話す事など出来ないかもしれません。私は待合室の椅子にゆっくりと座り込みました。

 

 

マック(.........あら?)

 

 

 ふと、座った際になにか違和感を感じた私は、行列の並んでいる受付から、椅子の周りに視線を動かしました。

 すると、椅子のクッションとクッションの隙間に、手のひらサイズ程のメモ帳が奥に入り込んでいるのを見つけてしまいました。

 

 

マック(.........これは、受付の方にお伝えした方がよろしいですわね)

 

 

 正直、あのレベルの行列をみるとげんなりしてしまいます.........別にスイーツを食べに来てる訳ではありませんのに、どうしてこの私があんな列の最後尾に並ばなければなりませんの?

 ですが、このメモ帳を無くして困っている人がいるかもしれません。仕方ありませんので、この長い列の最後尾に並ばせて頂きました。

 

 

 10分、20分と、私が想定していたより長い時間列に並んでいますが、私の後ろにはもう人は並んでは来ません。どうやら、マスコミ関係の方々は今目の前にいる方が全てのようです。

 怪我をしていても、マスコミに対して真摯に対応する彼女の姿が目に浮かんできます。やはりそこには、暗さとは無縁の彼女の表情を思い浮かべてしまうのです。

 

 

マック(.........それでも、暇な事には変わりませんわね)

 

 

 このメモ帳の持ち主には申し訳ありませんが、中身を見て身元を確認しておいた方が良いかも知れません。大切な商売道具を勝手に見るのは不躾かも知れませんが、それをこんな所に置いて行ってしまう方が悪いのです。

 メモ帳の表紙をめくると、そこには簡素な字で、こう書かれていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『誕生日プレゼント』と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........?」

 

 

 まさか、このメモ帳が誕生日プレゼントなのでしょうか.........?どこからどう見ても、何の変哲もないメモ帳です。

 そこまでメモ帳に詳しくないので、これがブランド品かどうかも判別がつきません。ですが、誕生日プレゼントとして贈るレベルのものです。名前くらいは書いてあると思います。

 目の前の列は残り三人。受付の方に渡す前には、身元が分かる箇所を見つけなければ.........そんな、どこか使命感にも似た何かに駆られて、そのページを一枚、捲ります。

 

 

 

 

 こちらっ!どこにでもある100円ショップで売られているやっっっすいメモ帳っ!クソ野郎共のクソみたいな落書き付きです!!!うっひょ〜〜〜〜〜殺すぞ〜〜〜〜〜!!!!!

 

 

 

 

マック「!!???」

 

 

 めくったページの一番上には、荒々しい筆でそう書かれていました。百円のものを誕生日プレゼントとして渡すなんて、いくら心が籠っていても失礼にあたる気がします。

 

 

 でも、その失礼さに、どこか既視感を覚えてしまいます。

 

 

 

 

 

 なんで?なんで三人合わせて100円ショップでかったメモ帳渡してくるの?3等分して割り切れないお金だよ?一人一円多く払ってるけどいいの?あ、消費税あんのかそれなら納得ぅ......... するわけねェだろッッ!!!もうあったま来た。これはとりあえず演技で食って行けるようになってサインが一枚300万円で取引されるようになった時の為のサイン練習用にしときます。

 

 

マック「.........」

 

 

「お待たせ致しました!本日はどうなされましたか?」

 

 

マック「.........私、メジロマックイーンと申します。チームメイトであるトウカイテイオーのお見舞いに来たんです。どこの病室に入院してるか、教えてくださいますか?」

 

 

 丁寧な受け答えによって病室の場所を教えてくださった受付員さん。彼女に、メモ帳を渡すことはしませんでした。

 ゆっくりと、カバンの中に拾ったメモ帳を忍ばせ、彼女が待つ病室へと向かいます。

 

 

マック(.........一言、言わせていただきましょう)

 

 

 自分の顔が、険しくなっている事にすぐ気付きます。傍から見れば、私が怒っている事は明白だと思います。ですが、そうは思っていてもこの憤りは抑えられません。

 病院の階段。ほとんどの人がエレベーターを使っているので、ここはあまり人は居ませんでした。

 

 

マック(いえ、やはり一言では足りません。この一週間の鬱憤を晴らさなければ.........)

 

 

 自然と身体が強ばります。今までの短い人生の中で、これほどまでに怒りを感じたことはありません。ゴールドシップさんにやられたダイエット中にスイーツ店から電話がかかってくるイタズラの時にすら、私は彼女に容赦するよう心掛けましたが、今はそれすらありません。

 

 

マック(もうこうなったら一発痛いのをお見舞して差し上げますわ!!!)ブンッ!

 

 

 あまりにも収まらない怒り。しまいには腕を横に振って空気を叩く音を出してしまいます。

 .........勝手に居なくなって、勝手に現れて、本当に嫌な人です。この九日間で私は彼の事を、心底嫌いになってしまいました。そうなっても、誰も文句は言えないはずです。

 

 

マック「あ.........」

 

 

「それでねー!!!」

 

 

 耳に入ってくる彼女の楽しそうな声.........そんな声を出せる彼女が、今は羨ましく感じてしまう。気が付けば私は病室の前に立ち止まっていて、手に掛けたドアノブを、引けないでいました。

 逃げてしまいたい、消えてしまいたい.........気が付けば怒りという感情は何故か、恐れとなって私の内側から身体の熱を冷やす様に溢れだしてきます。

 それでも、一歩踏み出す勇気は自ずと前へと独り歩きしてしまいます。そんな覚悟すら、まだ出来ていないというのに.........

 

 

マック「あっ.........」

 

 

 その座っている姿を見て、思わず声を上げてしまいます。黒いレザージャケットに濃紺のジーパン。今まで見た事のない服装でしたが.........間違えるはずもありません。彼の逆立った天然の髪型の後ろ姿が見えます。

 その私の声に反応するように、彼はゆっくりと、顔を向けました。その顔はとても嬉しそうで、嬉しそうで、たまらないと言った表情でした。

 ゆっくりと、立ち上がって、私の方へと歩いてきます。いつもと変わらない仕草で、いつもと変わらない、優しい表情で.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 じわり、と目の表面を熱いのが覆い始めます。やがてそれは目という狭い範囲では抑えきれなくなり、頬に線を描いていきます。

 あんなに抑えられなかった憤りも、身体を冷やす程の恐怖心も霧散し、ただただ、彼に会いたかった思いが、身体を震わせます。

 

 

マック「何、が.........よう、ですか.........!!!」

 

 

桜木「.........ただいま」

 

 

マック「何がただいまですか!!!勝手にフラっと居なくなって!!!勝手にフラっと姿を見せて.........!!!どれだけ心配したと思ってるんですの!!?」

 

 

 ここが病院だと言うことも忘れ、私はただただ、彼に思いをぶつけてしまいます。もう必要ないはずの寂しさが込み上げ、どうしようも無いほどに彼を感じたくなってしまいます.........

 そんな私の頭を、彼は私達の目の前から去っていく前日と同じように、ゆっくりとその手を私の頭を置きました。

 

 

桜木「悪かった。今回のことは、今の今まで手をこまねいてた事が原因.........俺の行動力不足が招いた事だ。どこか暇な時間見つけて行っときゃ、こんな事にはならずに済んだ」

 

 

マック「ではなぜ私達に何も言わず行ってしまったのですか!!?」

 

 

桜木「最高に居心地が良いからだよ。あのチームに一旦さよなら言うのは.........ちょっと自信がなかった。目を見て顔見たら、絶対行きたく無くなる。勢いのまま飛び出したままで行きたかったんだ。どうしてもな」

 

 

桜木「『夢を追う』だけじゃダメなんだ。俺達大人は、未来ある奴らの為に、『夢を守る』事をしなきゃ行けない」

 

 

 俺の尊敬してる守り人みたいになれるかは分からないけど.........と後頭部を掻きながらそういうトレーナーさん。その姿はどこか以前より、少し痩せた印象があります。

 ですが、私自身、まだ許せない事が有るのです。それは.........

 

 

マック「.........だったら、あちらで一言くらい連絡してくれれば良かったではありませんかっっ!!!」

 

 

 トレーナーさんは酷い人です。送ったメッセージには既読をつけずに、よくこうして私の目の前に何の気なしで居られますわね!!!

 彼の手によって絆されかけた思いを何とか戻し、彼をそのまま睨みつけます。

 

 

マック「既読くらいつけてもよろしいのではないですこと!!?」

 

 

桜木「既......あー。すまん.........これには訳があってだな.........」

 

 

 そう言ってトレーナーさんは、レザージャケットの内ポケットから、あるものを取りだしました。そして、それを見て私とテイオーは目を丸くして驚きの声を上げてしまいました。

 

 

マック「なっ.........!!?」

 

 

テイオー「うぇぇぇぇ!!???」

 

 

桜木「こういう事になっちゃってさ.........」

 

 

 彼が取りだし、私達に見せたのは、彼がいつも使っているスマートフォンでした。

 しかし、それは既に形以外の機能を保ってはいない事を悟ってしまいます。何故ならそこには.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中心に大きな窪みがありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「みんなが来た時に、全部話すよ」

 

 

 彼のその表情には、何故か呆れた感情が読み取れてしまいます。しかし、私自身、彼のトラブル体質に関しては酷いものだと感じていたので、きっと同じような表情をしたと思います。

 

 

テイオー「.........良かったね、マックイーン」

 

 

マック「へ?」

 

 

 視界の外から聞こえてくるテイオーの声に反応して、なんとも間の抜けた声が出てしまいます。

 慌てて彼女の方へ振り向くと、そこには久々に見た彼女のニヤついた表情がありました。

 

 

テイオー「サブトレーナーが居なくなってからずっと元気なかったのに、すっかり元通りだね♪」

 

 

マック「なっ!?て、テイオーっ!!!」

 

 

 さ、寂しかったのは事実ですが!!!それをわざわざ本人がいる前で言うなんて酷すぎませんこと!!!?

 この性悪テイオーをどうしてあげましょうかと怒りに身を燃やしていると、ふと肩に手を置かれました。この手の感触も、何だか久しぶりで、嬉しかったり恥ずかしかったりもしましたが.........

 

 

桜木「寂しかったのか.........?」

 

 

マック「......... 」

 

 

 そうでした。この人はそういう人でしたわ.........察しはいい人ではある筈なのに、こういう所で鈍い人なんです.........ええ、九日間も居なかったのですっかり忘れていましたわ.........!!

 階段を昇っていた頃の怒りがまた蘇ってきました。肩に置かれた手を払い除け、一歩彼へと近付くと、彼はたじろぎをみせました。

 にこり、と私が彼に対して微笑んでみせると、彼は照れるように顔を少し赤らめました。こんな状況でも無ければ私もその反応に少しは喜びましたが、これから行う行為を考えれば、私の神経を逆撫でるものです。

 

 

マック「.........っ!」キッ!

 

 

桜木「え!!?」

 

 

マック「誰のせいだと思ってますのッッ!!!」バッシーン!!!

 

 

桜木「いっっったァァァァァ!!!!!???」

 

 

 微笑みから一転、渾身の睨み付けでトレーナーさんを動揺させ、その内に右手を引き、全ての怒りをトレーナーさんの左頬にぶつけました。まさか階段で行った素振りが役に立つとは思いませんでしたわ。

 .........そんな、どこかスッキリとした気持ちと共に、室内で響き渡ったトレーナーさんの叫び声は、実に久しぶりに聞くもので、私自身、ようやく彼が目の前に帰ってきてくれたのだと、安心してしまいました.........

 

 

 

 

  ......To be continued

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