山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
桜木「おいおい嘘だろ.........?」
エレベーターを降り、3階程階段を降りたフロア。何やら激しい音が聞こえてきたと思った俺は、ゆっくりとそのオフィスフロアに顔を覗かせた。
「ヘイブラザーッ!筋肉こそが正義ッ!そうは思わないか!!」
ニコロ「くっ、パワーバランスの整っていないバカが.........ッ!」
そこにはカボチャマスクを付けた一人の筋肉モリモリマッチョマンの変態が、ヒットマン相手に善戦していた。
というのも、あのマッチョマン。割と避けにくい攻撃を当てつつも、それをガードの上からダメージを重ねるとか言う凄いことをやってのけている。素晴らしく脳筋だ。机も椅子も、何もかもがぐちゃぐちゃになっている。
桜木(これってウマ娘だよな......?)
そんな天から湧いた疑問をぶつけつつも、俺は二人の激闘の行く末を、ただ見守っていた。
ーーー
ナリブ(.........なんでこんな事になってしまったのだろう)
「くっ!早く侵入した怪盗を見つけ出せ!!」
「ダメですっ!ニコロが何処にいるか連絡が付きません!!」
慌ただしく組員が入り乱れて居る様子が、私の目の前の状況を何となく察せさせる。どうやら、本物の怪盗がこのビルにやって来たらしい。
さてどうしたものか、この騒ぎに乗じて逃げる事は出来そうだが、一手間違えればあの奴らの腰に備わっている拳銃で撃ち抜かれるだろう。それだけは勘弁だ。
そう思っていると、ホテルに居た時に聞こえてきた[日本語]が、私の耳にもう一度響いてきた。
「無事かしら!小声で良いから返事をお願い!」
ナリブ(!ああ、私は大丈夫だ。それより誰だ?)
「私は怪盗クレシェンテルーナ。片割れのルーナよ。三冠バガール」
.........私も有名になったものだ。三冠バとしての評が海すら渡って海外にも響いているらしい。あのパールに言われたことも、念頭に置かなければ行かないかもしれん。
「ようやく通信が繋がったのはいいけど、組員がかなり多いわ.........貴方、何か出来る事はある?私が助けに来といてなんなんだけど」
ナリブ(.........近くまで来たら教えてくれ。後は、私が何とかする)
「あら!頼もしいわね!」
目の前の状況をさりげなく確認しながら、私は怪盗からの合図を待つ。目の前にいるヤツらは、私が何もしないよう見張りながら、出口がいつ開くかを警戒している。
耳にまた、微かな音が聞こえてくる。今度は声では無い。上の方から微かな軋み、それこそ、ウマ娘の耳でなければ捉えられないほど小さな音が聞こえる。
なるほど、怪盗と呼ばれるだけの事はある。私はそう思いながら、椅子からゆっくりと立ち上がった。
組員「な!?何をしているッ!座っ.........」
「揺れるぞ」
目の前にある机などさも気にせず、私はそのまま拳を下に振り下ろした。材質的には金属で作られているであろう長机も、ポッキリと折られ、私の拳は地面に到達すると同時に、英語で何やら訴えてきた組員を筆頭に、振動で黙らせた。
そして、見事なタイミングで天井をくり抜いた円が降ってきて、上からかぼちゃを被った怪盗が手を差し出してくる。
ルーナ「捕まって!!」
ナリブ(うわ、正直関わりたくないな)
腰が抜けている奴らを尻目に、怪盗の手を掴むと、ワイヤーを射出している拳銃の引き金を引いて、私達は天井裏へと登った。
なんともまぁ拍子抜けしてしまうほどあっさりと脱出できてしまった。そして、特に会話もなく、目の前の怪盗について行く形でこのビルの脱出を目指す。
そんな中で、ふと疑問に思った。外国人なのに、あの振動の中で動けるとは思えない。私はダクトの中を進む怪盗に向かって、質問を投げかけた。
ナリブ「それにしても、よく腰を抜かさなかったな」
ルーナ「こう見えても昔、日本に何年か住んでたの。地震にはもう慣れたわ!!けど.........」
ナリブ「.........?」
ルーナ「私の相方、地震慣れしてないのよねぇ.........」
ーーー
桜木「うおっ、地震か.........!?」
目の前で繰り広げられるバトルに気を取られ、余震すら感じなかった。ちょっと大きめだぞこれ.........
そんな事を思った次の瞬間、耳には人のものとは思えないほどの大絶叫が響き渡り始める。
「NOOOOOOoooooッッ!!!??」
桜木「ッ!?」
頭を守ろうと抱えながら地面にうずくまろうとするが、ニコロは地震にビビっていない所か、その隙を逃さずにボコボコにし始める。
怪盗の膝が地面に着く前に懐に潜り込み、右肘で顎をかち上げ、その勢いのまま体をひねり、遠心力と捻りから戻る力でその上がった顔を横に蹴り倒す。
ニコロ「.........何が筋肉だ。バランスが崩れれば一瞬で死ぬ。そういう世界だ」
今の一瞬で分かった。ニコロは半端じゃない。それが努力によるものか、才能によるものかは知らないが、体の動かし方にどこか白銀めいたものを感じる。
奴は怪盗の目の前で、腰から引き抜いた拳銃を、まるで視線で舐めさせるように見せる。これが最後だと言わんばかりに。
桜木(こ、ここで出るのは得策じゃない!!じゃないにしてもよぉッ!)
何かないか、そう思考をめぐらせながら、辺りを見回す。何でもいい。奴に当てられるもの、当てられないのならせめて音を大きく出せるもの。それが見つかる事を切に願った。
今こうしている間にも、怪盗に向けられた銃口から弾が発射される様に、そのトリガーに指をかけられている。
ニコロ「こんな呆気ない人殺しを初めてにしたくは無いが、仕方あるまい.........」
「.........っ」
―――目の前の男に対して指を掛けた引き金だが、それを引くことは無かった。
ニコロ「.........っ!!?」
完全に視界の外から投げられた何かに、正確に、ハンドガンを持った手を当てられた。暴発こそしなかったものの、手に持っていたソレは、完全に弾き飛ばされてしまった。
俺は、何かが飛んできた方向を見た。するとそこには、うちのファミリーのスーツを着た奴が、何かを投げた状態からゆっくりと直立になり始めた。
ニコロ「.........なんの真似だ。ここは奴らの押収した荷物置き場だ。ダイヤの事なら心配せずとも.........?」
大方、俺に加勢に来たへっぽこ新人だろう。ハンドガンを使えば済む話だ。そう思っていたが、状況が変わった。
奴は机の上にある二つの荷物を一瞬確認した後、俺から視線を外すことなく、男の方から奪った荷物に手を付ける。
そこにはパスポートは無く、財布と、買い溜めされた野菜、サプリメント、携帯調理器具、そしてミネラルウォーターが入っており、奴は何も見ず、あたかも知っていたかのように、ミネラルウォーターを引っ張り出してきた。
ニコロ「.........ッ!!!貴様.........!?」
怪盗「what'sッッ!!?」
「こうでもしねぇと、誰も俺だって気付かねぇんだからな」
奴は整った髪に、大量の水を被り、前髪をかきあげた。奴の髪質のせいか、その髪は水を浴びながらも硬さを保っており、奴の頭の上で重力に逆らい始めた。
間違いない。例のジャパニーズだ。俺の心に、何の気なしに入ってきて、我が物顔でいる奴だ。心底腹が立つ。
「どうしたよ。揉め事か?」
ニコロ「.........今それを、済ませる所だ」
「本当に人が殺せるのか?お前に、俺には無理してるように見えるぜ?」
ニコロ「貴様.........!!さっきから一体何なんだッッ!!!俺の事など知るはずないのにッッ!!!どうして知ったような口を聞くッッ!!!」
「お前にだってわかるんだろう?俺も被ってんだよ。仮面をよ」
ニコロ「平和ボケしたジャパニーズがッッ!!!」
俺がそう言って、目の前に居る日本人を罵ると、奴は怒るでも無く、申し訳なさそうにするでも無く、不敵に笑みを浮かべた。
そして、今まで以上にハッキリとした英語で、奴は言ったんだ。
「I'm not the name Japanese(俺はジャパニーズなんて名前じゃない)」
「My name is Reo Sakuragi. and―――(俺の名前は桜木 玲皇だ。それと―――)」
「―――That's Mr.Sakuragi to you, punkッ!!(―――さんをつけろよデコ助野郎ッ!!)」
ーーー
桜木「.........んで、そこから俺とニコロの一騎打ちが始まった訳だ」
東「待て待て待て待て!!」
思わず、俺は桜木の話を止めてしまう。それを不思議そうな顔で見ているのは桜木だけで、他の連中は俺と同じような心境なのか、ダラダラと汗を垂れ流していた。
東「なんで逃げない!!?明らかに穏便に済みそうだっただろ!!?説得してチャンチャンじゃ無いのか!!?」
桜木「ならないっすよぉ〜、ヒットマンすよ?そりゃもうカンフー映画だったらそこからもう怒涛のバトルシーンに入るじゃないですか!!」
マック「ジャッキーチェンじゃ無いんですから!!!」
立ち上がりながらそう抗議するマックイーン。他も同調するように首を縦に振る。しかし、それを見ても桜木は困ったように眉を下げるだけだった。
桜木「確かに、生きて帰ることも大事だけど、誰かの命のお陰で帰って来れたっていう体にはしたく無かったんだよ。あそこで立ち向かわなきゃ、確実に腰抜かしてた怪盗の一人は、あの後すぐ殺されてたよ」
ーーー
ニコロ「ッ!」
桜木「くッ!」
拳が届くか、届かないかの間合い、奴は一息にも満たない呼吸を吐いて前へ詰め寄りながら右手を突き出し、その手が軽く顔にヒットする。そうして俺の意識を削いでから左手で仕留めに来る。
こめかみに届き掛けたその手を、右の前腕部分で弾き、その流れのまま左ハイキックでカウンターを仕掛けた。
それを肘で防がれながらも、俺はもう一度、今度は膝を曲げて伸ばすことで同じ部分に攻撃をする。それも、奴は上体を反らす事で難なく避け切ってしまう。だが、俺が白銀から学んだ物はまだある。
その空振りの勢いを利用し、その場で小さく飛び、軸足を変えて後ろ回し蹴りを仕掛ける。先程よりも少し前進してるため、当てれる筈だ。そう思ったが.........
桜木「ウッソだろ.........!!!??」
奴はその場でしゃがみこみ、俺の軸足を蹴って転ばせて来た。地面に背中をつけるのはマズイ。このルールもクソもない世界で背を地面につければ、待っているのは永久に回ってこないターンだ。
考えろ。才能を活かせ。白銀ならどうする?アイツなら何をする?演じろ。白銀翔也になりきるんだ。
桜木「ッッ!!!」
ニコロ「な.........!!!?」
地面に背を向けて宙に漂っている状態から、何とか体を曲げ、尻から頭にかけて勢いをつけられるようにした後、その場で跳ね起き、今度こそ一撃、奴の側頭部に蹴りをお見舞して見せた。
だが、流石はこの道を生きようとするプロだ。倒れる事はなく、よろけながらも俺に踵を返し、直ぐにファイティングポーズをとる。
桜木「.........血が出てるぞ」
ニコロ「.........お互い様だ」
桜木「?.........あっ」
どうやら最初の一撃。かなり強く入ったらしく、鼻から血が出ていた。それを掌で拭った後、ワイシャツで拭う。流石に人のスーツに血を塗るのは抵抗があった。
ジリジリとにじり寄る様にして、俺と奴は距離を詰める。奴の腕の動きを見て咄嗟に反応するが、出てくるのは布の擦れる音だけ。奴の顔を見ると、まるで引っかかった俺をバカにする様に笑みを浮かべる。
ニコロ「ッ!」
奴から突き出された右手。それを防ぎ、左右の順で繰り出される攻撃を防ぐと、奴は俺のネクタイを引っ張りながら、俺の背中にぐるりと乗り上げる。
そんな体重を支えられるわけはなく、押し出される形でたたらを踏むが、俺はすかさずニコロの方を向いた。
桜木「っ.........!!?」
ニコロ「フィナーレが近いぞ。ジャパニーズ?」
奴は、乗り上げた俺の背中から降りる一瞬で、尻ポケット入れた拳銃の銃口を向けてくる。それで指さすように俺の右腕、左腕に照準を合わせ、顎でそれを上げろと言うように示される。
ニコロ「素晴らしい身のこなしだ。全く持って想像も出来なかった。普段の重心の動きとはまるで違う」
桜木「.........はは、当たり前だ。これは俺じゃなくて、俺の[尊敬]する奴を演じてるだけだ」
桜木「俺にとっては、『どんなとんでもない事が起きても、必ず何とかしてくれる』.........そんな、孫悟空みたいな存在なんだよ」
いつだってそうだ。何が起きても、ケロッとして帰ってくる。そう思わせるような存在なんだ。
だから、俺もそれにあやかりたい。ここで俺の人生終わって、アイツらの顔を、あの子らの顔を二度と見ないままなんて、俺はそんな事絶対に認めない。
『奇跡を超える』。その言葉は、白銀の様に突出した身体能力も無く、黒津木の様に才能をフルに行かせるブレインも無く、神威の様に高い知能も知識も無い、仮面を被ることしか能の無い俺を、唯一奮い立たせることの出来る言葉だ。
―――そんな、妄言にも近い言葉を実現するかのように、先程より一際強い揺れが、このフロアを襲った。
ニコロ「ッ!?」
桜木(締めたッ!)
この大きさは流石に予想外だったのだろう。体感震度4程の揺れが、このフロアを襲う。流石のヒットマンも、その手を地面に付けた。
傍にあるオフィスの椅子を思い切り突き飛ばし、奴の視線を塞いだ後、俺はそのまま、このフロアの他の部屋へ移動した。
ただひたすらに走り、目星をつけた部屋に入ると、先程の場所より一際酷く荒らされていた。割れた窓ガラスを見るに、どうやら怪盗はここから侵入を果たしたらしい。
ここなら身を低くすれば、遮蔽物で身体を隠す事が出来る。欧米人に合わされて作られたオブジェクトと、日本人平均くらいしかない身長のお陰で、出入口からは完全に身体を隠すことが出来る。
足音がゆっくりと聞こえる。段々とクリアになって行くその音が、一番綺麗に聞こえた所で止まる。アイツもどうやら、ここに目星をつけたらしい。
ニコロ「.........出てこい。今なら気絶させて、ゴミ置き場に投げ捨てて置く優しさなら残っている」
桜木「.........へっ、そのままアンドロイドからヒューマンに変わってくれりゃ、こっちも嬉しいんだが.........なァッッ!!!」
机に散乱している物を掴み、奴に投げ付ける。驚いて弾丸を消費してくれればと思ったが、流石に難なく避けたのだろう。銃声どころか、地面に落ちた音しか聞こえない。
奴の足音と気配を頼りに、ノールックで手当たり次第に投げ付ける。
桜木(くそッ!みっともねえし埒もあかないッ!!この頑丈そうな机盾にして突っ込むっきゃあねェッッ!!!)
ニコロ「.........!?」
奴は唸り声を上げながら、机を持ち上げ、身を隠しながらこちらに突進を仕掛けてくる。判断としては中々良くて、そしてそのパワーも見張るものがある。
だがここはジャパニーズでは無く、USAだ。残念ながらお前の相手しているのは棒切れを振り回すサムライでは無く、全てを貫く弾丸を持つヒットマンだ。
ニコロ「さよならだ。ミスター桜木」
トリガーに掛けた指を引く。幼い頃から何度も聞いていたその音に、俺は何の思いも抱かない。次の瞬間には、奴が横たわる。
しかし.........
ニコロ(何だ.........?弾丸が見えるぞ.........!!?)
普段であれば、どんなに動体視力が良くても見えないはずの弾丸が、見えるレベルまでのスピードに落ちている。動揺して銃を持つ手が震えるが、カラカラとした音が聞こえてくる。
壊れている。明らかに、それは紛れもない 事実だ。しかしだからどうだと言うのだ。ハンドガンである事には変わりは無い。実際にその弾丸は.........
奴の左胸があるであろう位置に、机に穴を空けたのだから.........
ーーー
ゴルシ「なんで生きたんだよ!!?」
その声に思わず耳を塞いだ。全く、これから面白くなる所なのに、止めるなんてもったいないだろう。
そう思いながらゴールドシップの方を見ると、俺の存在が信じられないというような目で俺を見てきている。
ゴルシ「お、おおおおお前!!おっちゃんの皮を被ったヒットマンじゃねーのか!!?」
桜木「待て待て、一旦落ちつ痛゛痛゛痛゛痛゛痛゛い゛ッッ!!?」
一瞬にして頬が引きちぎれるような痛みが神経を走る。ていうか、現在進行形で引きちぎられようとしている。
まずい、ゴールドシップは本気でやろうとしている。俺の頬を引きちぎろうとしている。
なんでみんな止めてくれないの?そう思い、痛みに耐えながら見渡してみると、全員がいつの間にか片隅に逃げていた。
アレ?俺、死んだ?みんなの中で死んだと思われてる?いや、まずい本当に死にそうだ。自分でこの状況をなんとかするしかない。
桜木「ごーふほひっふ(ゴールドシップ)」
ゴルシ「なんだッ!!!おっちゃんの偽物ォッッ!!!今更命乞いかァッッ!!!」
「落ち着け」
ゴルシ「ッ!?お、おおおおおぉぉ.........?」ゾワゾワ!
少しだけ[あの時を思い出し]、声に気持ちを込める。すると、防衛本能が働いたのか、ゴールドシップはその手を直ぐに引き、サササッとみんなが固まっている片隅に避難した。
その姿を見て、はぁっとため息を吐いたものの、客観的に見ればあの時死んだも同然。なんせ、あのブっさんが「たわけ」と言うエアグルーヴの気持ちを理解してしまう程に無茶をし続けたのだ。その事実も受け入れて、俺は頭を押さえた。
桜木「あー.........その、大丈夫。俺は正真正銘、桜木玲皇だ。ほら、トレーナーバッジもちゃんと持ってる」
沖野「ほ、本当なんだな?」
東「そ、それ桜木から剥ぎ取ってるとかじゃ.........」
やばい。全然信じてくれない。信用がないと言うかなんと言うか、とにかく、話を進めなければ行けない。片手で押さえた頭を、今度は両の手で抱え込み、俺は事実を噛み締めながら、ゆっくりと話をする。
ーーー
ニコロ「.........ッ!?」
突如として、予想だにしない強い衝撃音が鳴り響いたと思ったら、目の前に立てられた机が、思い切り俺の方へ飛んできた。慌てて地面に伏せることで事なきを得たが、俺の思考は既に、一つの結果を導き出していた。
桜木「よう」
ニコロ「な.........にぃ......ッ!!?」
奴はその冷たい目で、ゆっくり吐息を整えながら俺を見下ろす。その場で、俺に何をするでもなく、ただただ、俺を見下していた。
うつ伏せの状態から立ち上がる。目の前の光景があまりにショックなのか、フラフラと足取りがおぼつかない。そんな俺を奴は、確かにその目で捉えていた。
桜木「なんで生きてるんだ?って、顔だな」
ニコロ「.........」
桜木「それ、振ってみろ」
ニコロ「.........(カラカラ)......っ、破損しているのか」
手に持った拳銃を意識して振ると、聞いたことの無い音が聞こえてくる。これが恐らく、弾丸の射出に影響を与え、威力を弱めた原因だろう。
だがそれでも、奴が今立っている理由にはならない。いくら威力を弱めた所で、殺傷能力は十分だったはずだ。
桜木「.........壊れた拳銃、硬い机、そして、[胸ポケットに入れてたスマホ]。全部が全部、偶然。奇跡の産物だ」
奴はそう言いながら、胸ポケットからスマホを取り出してみせる。そこには先程俺が打ち出した弾丸が有り、止まった時間が動き出したように、そこから地面に向かって落ちていった。
ニコロ「.........問題ない。次は当てれば貴様は終わる。降参するなら「それだよ」.........?」
桜木「お前、本当はやりたくねぇんだろ?ヒットマンなんて」
.........俺はゆっくりと奴に銃口を向けた。
桜木「仮面の付け方、間違ってるぜ。そいつは自分の心を隠す為じゃなくて、なりたい自分になる時に使うものだ」
.........俺は、その指を引き金に掛けた。
桜木「お前は殺せない。仮面で素顔隠してやってるうちはな.........」
ニコロ「.........黙れ」
それでも奴は、怖気付く事は無い。またゆっくりと腰を落とし、臨戦態勢へと移って行く。その顔は、この緊迫した雰囲気とは裏腹に、無性に腹が立ってくる程の、自信に満ちた笑みを浮かべてくる。
桜木「さぁ来いよ。付けたくもねェお面をずっと付け続けてるチキン野郎」
桜木「今の俺は文字通り」
「[奇跡]だって超えてるんだぜ?」
ーーー
桜木(さて、とは言ったものの、あとは突っ込むしか出来ねぇんだけどな.........)
奴の精神に揺さぶりを掛けることには成功した。後は、奴から放たれる弾丸に当たらないようにするだけだ。
桜木(けどどうやって.........?)
無理だ。できっこない。神威を真似て弾丸の射出角度を計算してギリギリを通ってみるか?それとも、黒津木のような揺さぶりを掛けてもっと動揺させてみるか?いや、それより白銀の反射神経に頼る方が.........
しかし、そのどれもこれもが希望的観測が多く、とてもじゃないが命を預けられない。四苦八苦しながらこの命、どこにどう預けるのかを考え続ける。
ニコロ「.........」
桜木(.........!そうか.........っ!)
居るじゃないか。一人。弾丸の射出場所、精神の弱さを見ることが出来て、尚且つ反応速度は狂人。今目の前にいるコイツに頼ればいい。命が握られてるんだったら、俺の方から預けてやる。
桜木(悪いなぁ......!あの日置いてきちまった俺の才能.........!!!最初で最後の、魂の演技して行こうじゃねェかッッ!!!)
役者。その人生の歩みで得た物を武器に、他人の人生を表現する者達。俺もかつてはその名に恥じない生き方をしてきたつもりだ。
一度捨てたそれをもう一度拾い直す。それは決して、簡単な事ではない。恥を知りつつ、捨てた物を拾い直す行為は褒められたものでは無い。
それでも.........
桜木(自分の歩んできた道を辿り直してッ!捨てて来たもの全部拾い直すッッ!!!目の前にいる奴の人生を辿ってッ!自分の持ち物全てと照らし合わせるッッ!!!)
たった半日の奴との関係から、奴の人生を全て辿る。それが出来る才能を、俺はあの事故の日から拾い直したんだ。
あの時よりも苛烈で、過激的で、どうしようもない程光り輝く物を、俺は今、この身体に取り戻した。
―――奴が走り出そうとした瞬間、俺はその一歩先を予想しながら指をかけた。止まることの出来ないタイミングで、今度こそ仕留める。そう考えた。この男は、今の俺を脅かす最大の存在だ。
フィジカルの強さでもない。メンタルの強さでもない。奴は俺と同じ目線で居ながら、俺に違う道を示す存在だ。同じ仮面を被る存在ながら、その在り方を否定する存在だ。
それに、縋りたくなってしまう自分を殺す為に、俺は引き金を引いた。
ニコロ「.........ッッ!!!??」
桜木「へへ.........ッ!」
結果的に言えば、奴は死ななかった。その場所まで数センチ程届かなかった。偶然ではない。奴は狙って、わざわざそこまで歩を進めなかった。その証拠に、シャツの下潜り込ませていたであろう王冠のアクセサリーが、その慣性に従って姿を見せる。
―――俺はそのまま、奴の思考を考えながら距離を詰める。奴の出方を考え、奴の思いを考え、奴の答えを考える。
桜木(出来るだろッ!お前なら.........ッ!小さい頃からッ!考える事しか出来なかったじゃねェかッッ!!!)
三発目、四発目の弾丸も考え通りの場所に撃たれ、避ける事が出来た。奴の表情は苦虫を潰したように苦しそうで、焦りが見え始めている。
だが、それでも避ける事の出来ない状態は起きる。奴の懐に潜り込めばもう、俺は飛んで火に入る夏の虫の如く、その銃口からは逃れられない。
だから俺は、ここで初めて命を[賭ける]。
ガチンッッ!!!
ニコロ「なッッ!!!??」
奴の手に持った銃から、射撃音とは違う大きい金属音が鳴り響く。それが弾詰まり(ジャム)の音だった。
今までで一番大きい奴の動揺。この機会を逃す手はない。俺は奴の懐にさらに潜り込んで、奴が怪盗にやった様に、身体の捻りから戻す力で右肘を顎にぶち当てた。
ニコロ「ぐっっっ.........!!!」
桜木(それで倒れねぇのは経験済みなんだよッッ!!!)
身体の捻りから戻す力。その力を止めることはせず、今度は体を回転させ、右足を振り上げることでその回転の力を更に高める。
左足だけで支えている身体を限界まで回転させ、勢いが最高潮になった時に、その左足で奴の方向に飛ぶ。
そして、倒れまいと必死に踏ん張っている奴の胸に、回転の力が100%乗った左足が、鞭のようにしなって叩き落とされる。
桜木「こっちだぜェッ!!」
そんな何度も聞いた事のあるようなセリフを吐いて、俺はニコロを蹴り倒した。それでも奴はまるでゾンビのように立ち上がってくる。そう、[ゾンビのように].........
桜木「.........はっ、フラフラだな」
ニコロ「.........ッ!!」ギリィッ!
明らかにもう、お互い体力は残り少ない。普段連続では吸わないタバコのせいで、俺もだいぶ体力を奪われている。
奴は俺を殺す勢いで睨みつけながら、歯を食いしばっている。その意志力で、どうして命令だけ聞くアンドロイド見たいに居るんだ。
桜木「おい、踏ん切りは付いたかよ。痛い思いはもう良いだろ?この仕事続けんなら、これより痛い事が待ってるかも知れねぇんだぞ」
ニコロ「黙れ.........ッ!お前に何が分かるッ!俺はレールの上をただ歩いているだけだッッ!!!邪魔をするなァッッ!!!」
桜木「チッ!頑固者のアンドロイドがッ!だったら俺がこの[デトロイト]でッ!テメェを[ビカムヒューマン]させてやらァッッ!!!」
―――奴はそう言ってまた、俺に向かって距離を詰めてきた。最早手にハンドガンは残って無い。奴の繰り出す攻撃を受け止め、カウンターをするしか無い。
今の奴は[俺]だ。どういう訳か、俺の思考を考え、行動に移すことが出来る。だからあの弾丸を避ける事が出来たのだ。伊達に仮面の被り方を教授する存在じゃない。
だがそうとなれば話は簡単だ。結局奴は、俺の想定した全ての攻撃をして来ると言っても良い。ならば、一度それを防いでしまえば良い。
ニコロ(来いッ!糞ジャップがッ!)
―――分かる。奴の思考が、手に取るように伝わってくる。ならば、こちらとしてはもうやる事は一つだ。
この仮面を外す。そして、奴の知るはずの無い仮面を付け直しす。だが、次の一撃で決着を付けたい。
桜木(今までの人生で受けてきた一番重たい一撃を思い出せ.........ッ!)
白銀の腹パンか?黒津木のアッパーカットか?神威の投げ技か?そう重い記憶を辿るも、そのどれもこれもがどうも衝撃が弱い。それはつまり、受けてきた攻撃の中で一番ではないということ。
そしてそれはつまり、奴ら以外の暴力を、この身で受けて一番痛いと感じたという事だ。それが意味する物。それは[トレセン学園に入ってきてからの記憶]だと言う事だ。
桜木(.........ッ!!!これしかねェ.........ッッ!!!)
一歩、先程のエルボーより深く踏み込み、そして低く姿勢を落とした。そして俺はそのまま、[下から上方向へ飛び上がるようなドロップキック]を、奴のガードの上からお見舞してやった。
ニコロ「ッッッ!!!!!???」
桜木「おっしぇぇぇぇぇぇいッッッ!!!!!」
身体の浮遊感が無くなり、地面に背中から落ちる。息が詰まるような感覚が抜けると同時に、咳が勢いよく喉から出ていく。
大きい衝撃音が辺りに反響する。どうやら、奴は吹っ飛んだ勢いで壁に背中をぶつけたらしい。布のこすれる音がした後はもう、静寂しか残らなかった。
桜木(.........生きてる......)
安心が身体の力を解していく。ゆっくりと吐いた息に寂しさを覚える。シャツの胸ポケットからタバコを取り出してみるも、今は上半身すら起こす事が出来ない。
桜木(.........まぁ、今言える事は一つだけだ.........)
「サンキュー。ゴールドシップ」
あの講演会の日に受けたアレの感触を思い出しながら、俺は静かな散乱したオフィスの中、身体を仰向けにしてそう言った.........
......To be continued