山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜   作:ギノっち@カマタラル

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お知らせがあります。現在作者のTwitterでこのような企画をしております。興味のある方は是非覗いて見てください!

https://twitter.com/VpgEcYR2RfOxh2w/status/1457989028163121153?t=d7jAs-DxD_lFVU3V_Eyfaw&s=19


世紀の大レースのその裏で

 

 

 

 

 

神威「.........」

 

 

黒津木「.........」

 

 

 現在、朝九時を回った図書室の司書室。俺、神威創は現在、この迫っ苦しい部屋でこの黒津木宗也という男と二人っきりであった。正直罰ゲームにも程がある。

 

 

「あれ?今日は神威先生居ないのかしら?」

 

 

黒津木「.........呼ばれてんぞ」

 

 

神威「ざけんな、こっちは有給取って来てんだぞ。社畜時代を思い出させる行為をするな、虫さんが走る」

 

 

黒津木「トコトコwww」

 

 

 こうしてふざけてはいるが、二人とも既に限界に近しい状態だ。ただの一徹では響かないほど徹夜は慣れてるが、頭を働かせているなら話は別だ。常に150%くらいエネルギーが消費されている感覚に陥ってしまう。

 

 

黒津木「んで?そっちの文献は.........?」

 

 

神威「ダーメだ。この資料のウマ娘とは一致しねぇ.........」

 

 

「おやおや、流石の司書くんもお手上げかい?」

 

 

 人を小馬鹿にするような声が黒津木の電話から聞こえてくる。こっちは真剣にやってるのに、ちょっと酷いんじゃないか?もう少し優しくしてくれても神様は怒らないんじゃないか?

 

 

黒津木「そう言うなよタキオン。そっちは?」

 

 

タキオン「こっちの方は順調だが悪い知らせだ。彼の行動範囲、イギリス、フランスと来て日本まで広がったよ」

 

 

神威「まじぃ!!?死ぬ!!!死んじゃう!!!」

 

 

黒津木「マジでこのまま行くと創が過労死で死んじまう.........他に誰か、数字に強ぇ奴探さないと不味いぞ.........」

 

 

 そう言いながら、黒津木は小型冷蔵庫から栄養ドリンクを一本取りだして俺に渡してきた。なんですか、まだ働けって言うんですか?

 

 

黒津木「24時間働けますか?」

 

 

神威「働ける訳ねーだろ死ねボケカスこら」グビ

 

 

 ようやく半分消化しきった資料に、ここからまた更に日本のウマ娘の資料が増えるってことは、それはつまり俺の死と引き換えという意味に等しい。何でわざわざブラックから転勤した先で過労死せにゃならんのでしょう。これが全く分からない。

 

 

黒津木「だから言ったろ?一人で資料探して、公式当て嵌めてたった一人のウマ娘を探すなんて。俺は無理だと思ったよ?お前が『出来らァ!!!』って叫び声を上げた瞬間から無理だと悟ったよ?」

 

 

神威「うるせェェェッッ!!!」

 

 

 テンションは深夜を超えて朝テンション。天井を突き破るくらいにボルテージが膨れ上がっていた。そろそろ落ち着かなければたづなさんにアームロックされるのも時間の問題だ。

 

 

黒津木「だーから、正攻法じゃダメだって。ハッキングツール使って割り出した方が楽に.........」

 

 

神威「お前、それで言い逃れできんのか?警察やらなんやらに絡まれた時、しっかり相手の方から頼んできたって言い逃れ」

 

 

黒津木「バカ、サツなんか出したらもうお天道様の元で歩けねぇよ!!!」

 

 

 そうだった。コイツ割とチキンだった。すっかり忘れてた。だがこれで行き詰ったも同然.........一体どうしたものか.........

 

 

タキオン「.........ああ、そういえば一人、数字に強い知り合いがいたなぁ、紹介するかい?」

 

 

二人「いいの!!?」

 

 

タキオン「その代わりと言ってはなんだが、研究費の方を.........」

 

 

二人「払う払う!!!」

 

 

タキオン「交渉成立だねぇ。じゃあ、少し待っててくれたまえよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........ここか?オレの力を借りたいって奴らが居るのは.........」

 

 

タキオン「その通りさ、図書室に入って司書くんを呼ぶといい」

 

 

 くつくつと笑い声が聞こえる通話を切って、オレは図書室の扉を開けた。いつもであればこの時間でも割と盛況な様子がみてとれるが、今日は以前と同様、人っ子一人居ない。

 

 

「.........おーい」

 

 

 貸し出しカウンターのその奥の部屋から、何かが崩れた音が聞こえたのと同時に、扉がゆっくりと開く。オレはそれに少しだけ恐怖心を煽られるが、その恐怖はすぐに払われた。

 

 

神威「ああ.........君、数字に強いんだって.........?」

 

 

「あ、ああ。大丈夫か?目の隈が酷ェぞ」

 

 

神威「ハハ、心配してくれたのは君が初めてだよ.........」

 

 

 そう言って、扉を開けていた神威創、ここの司書はオレに手招きをして来た。カウンターの扉を開け、オレは自分の埃臭いと思っていたイメージとは違う奥の部屋へと入る。

 

 

黒津木「お、助っ人登場か?良かったな創。24時間から12時間労働になったぞ」

 

 

神威「キレそう」

 

 

タキオン「ようこそシャカールくん。この素晴らしき研究空間へ」

 

 

シャカ「.........それで、オレは何すればいいんだ?」

 

 

 そう言いながら、オレは空いていたパイプ椅子に腰を下ろした。司書と何故か居る保健室医が顔を見合わせると、見ていたデータを閉じて、違うデータを開き、それを印刷し始めた。

 

 

神威「とりあえず、これを覚えてもらう。えーっと.........」

 

 

シャカ「.........エアシャカールだ」

 

 

神威「釈迦」

 

 

シャカ「やめろ」

 

 

神威「.........エアシャカールには、このウマ娘の肉体比例式の公式を覚えてもらう」

 

 

シャカ「.........は?」

 

 

 この男は一体、何を言っているんだ?ウマ娘の肉体比例式?単語だけを聞いても、それが何を意味するのか全く理解が及ばない。オレをからかってるのか?

 そんなオレの心境を見透かしたように、保健室医の電話からタキオンが得意げに語り始めた。

 

 

タキオン「ウマ娘の肉体の力量を見た目から算出する計算式さ、最も、例外は居るけどね」

 

 

シャカ「そんなこと出来るのか?力はともかく、オレ達は人と何ら変わらない姿だぞ?」

 

 

黒津木「出来ちゃうんだなぁそれが。そこに居る司書は一晩でその計算式を作り上げちまった数学のスペシャリストだ」

 

 

 こいつが?今目の前で死にそうになりながら資料を漁っているこの司書が?全く想像が出来ない.........

 第一、司書なんて言う職業はどちらかと言えば数学が絡まない。オレとは無縁の存在だ。そう思っていた奴が、こんな計算式を.........?

 

 

シャカ「なんでここで司書なんかやってるんだ?別に、これが作れるんだったら研究者にもなれただろ」

 

 

神威「やってたけどこき使われてボロ雑巾にされたんでねぇ、本に囲まれて過ごせるここの方がうん千倍も幸せなんだわ」

 

 

シャカ「.........分かんねぇな」

 

 

 プリントに羅列された数字の数々。生半可な知識や学では到底たどり着けないその領域に、流石のオレも少し気圧される。こんなもの、一晩で作れるわけがねぇ。

 .........だが、どんな所にも伏兵ってのは居るもんだ。レースでも日常でも、思いもよらねェ奴が、思いもよらねェ力を持っている事もある。

 

 

シャカ「それで?これを覚えた後は何すりゃいいんだ?」

 

 

神威「簡単。俺の探し出したウマ娘にその公式を当て嵌めてみてくれ。動画の資料は宗也が見つけてくれる」

 

 

黒津木「オタク舐めんな。公式だろうが一般人だろうが片っ端から動画漁るぞ俺は」

 

 

 いや、何も侮ってないが.........それに少し怖い。恐らく寝てないせいで出される気だるげな雰囲気も相まってそう思わせるのだろう。

 だが、これはまたとないチャンスだ。この公式を覚えれば、オレのデータも素晴らしく充実して行くだろう.........タキオンの奴も、偶には役に立つらしい。

 

 

シャカ「.........乗った。報酬はもう貰っちまったもんだしな。仮に成果は出せなくても、返せっつっても返せねェぞ」

 

 

神威「出すんだよ。アイツに貰った恩を少しでも返す為にもな」

 

 

 そう言って、司書は山積みになった資料の上にもう一つ、大きな山を作り上げてそこに座った。

 ペラペラと捲られる紙の音と、キーボードのタイピング音が絶え間なく連続する部屋の中で、オレはもう一度、その公式の全てを自分のものにする為に、目を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八日目 パリ

 

 

先輩「それじゃあゆっくり寛いでて良いから、私はちょっと妹に電話してくるわ」

 

 

桜木「あ、はい。ありがとうございます!先輩!」

 

 

 現在、パリにある先輩のお家にお邪魔している。俺達はホテルに泊まると言ったのだが、お金がもったいないとのことで、先輩の厚意に甘えている現状だ。

 俺はゆっくりと部屋に備え付けられたウォーターサーバーの水をコップに入れて、テーブルに持ってくる。

 

 

桜木「あ、ブっさんも飲む?」

 

 

ナリブ「.........よく落ち着いていられるな。外から見ても圧巻されたが、家の中も相当広いぞ」

 

 

桜木「そうだなぁ、何でも、実際は妹さんのお家でファッションデザイナーらしいからなぁ」

 

 

 確かに、一人の人間、いや、二人が住んでるにしても大きいと言える住宅なのだろうが、俺は一度、これより大きい人の住む家に入った事がある。その時は.........

 

 

桜木(.........やめよう、寂しくなっちまう)

 

 

 一口、コップに入った水を飲む。やめようとは思っていても、流れ出した思い出はもう、止まることは無い。

 あのデートの日は、年甲斐も無くはしゃいだ気がする。アイツらが関わっていないのに、心の底から楽しめた。

 あぁ、会いたいなぁ.........アイツらに、あの子達に、マックイーンに.........心底会いたい.........

 そんな滲み出てきた寂しさに見て見ぬふりをしていると、不意に悩み続けていたブっさんが口を開いた。

 

 

ナリブ「.........それにしても、あのパスワードが解読できるのか?」

 

 

桜木「.........出来るさ」

 

 

ナリブ「.........どこにそんな確証がある?」

 

 

 確証、確定的な証拠。そんな絶対的なものはどこにも無い。絶対的な足場ほど、崩れた時の被害は甚大じゃない。

 危ない橋を渡っている。そんなことは百も承知だ。だがこれは、俺の義務なんだ。今までずっと黙ってテイオーを走らせてきた、俺の義務。ここで渡らなければ、俺はあの子達の元へ帰ることは出来ない。

 

 

桜木「いいか、渡らなければ行けない橋ほど、脆くて、不安定で、落ちそうなんだ」

 

 

桜木「けれど、魅力はある。落ちない橋ほど、落ちた時の衝撃はデカいんだよ」

 

 

ナリブ(何言ってんだこいつ)

 

 

 若干冷ややかになった視線を浴びながら、俺はふかふかのソファーにゆっくりと座り込んだ。

 大丈夫だ。アイツらは俺と違って、何でも出来るやつなんだ。心配する必要なんざ、どこにも無い。

 そう思いながら、窓から差し込む月の光に誘われる。目に映る月の形は、満月だった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒津木「.........クソっ、行き詰まりだ」

 

 

 画面に映るレースの動画。その素晴らしさは口に出す事でもないが、今はそれに意識のリソースを割いてるほど時間は無い。

 次から次へと神威から書き出されるウマ娘の名簿。古今東西、あらゆる地域からよく見つけてきたと言うものまで、よく働いてくれている。

 極めつけは、このエアシャカールというウマ娘。数字に関する扱いはピカイチだ。公式を手渡され、はいそうですかというように難なく式の算出をする。今までこの数字という概念に対して、疑いを持たずに崇拝してきた事が見て取れる。

 

 

神威「休憩しろ。目に悪いぞ」

 

 

黒津木「.........だな、ちょっとタバコ吸ってくる」

 

 

神威「おう、ゆっくりチルチルしてこい」

 

 

 隣で一心不乱に計算しているエアシャカールの方を見るが、彼女も何も言わず、さっさと行ってこいと言うように、その頭を扉の方へ振った。

 辛気臭い司書室から出て、図書室から出る。たった二つの隔たりを超えただけであるのに、空気が美味く感じるのは恐らく、行き詰まっていたからであろう。

 

 

黒津木(くそ、MSFしてた時を思い出すわ)

 

 

 紛争地域や医療施設が整って居ない場所での医療は想像を絶する程に苦しい。物資や医療器具に限りのある中で、多くの患者と向き合わなければならない。

 患者を生かす過程で俺は、生きた心地を感じた覚えは、たったの一度も無い。

 思い浮かぶ情景を振り払い、途中の自販機でブラックコーヒーを買い、喫煙室の扉を開けた。

 

 

黒津木「あっ」

 

 

古賀「おう。酷ぇ顔だな」

 

 

 喫煙室の先客。ベテラントレーナー。今やレジェンドの領域に片足を突っ込んでいる古賀トレーナーがゆっくりとタバコを吸っていた。

 

 

古賀「なんだ宗也、お前さんも吸うのか?」

 

 

黒津木「医者にも色々居るんすよ。アッチにはストレスに耐えきれなくて法整備されてない薬に手を出す輩も居ましたからね」

 

 

 備え付けられたベンチに腰を下ろして、俺は古賀さんの隣でタバコ。メビウスの6ミリのパッケージから一本取り出し、フリント式ライターを利き手で持った。

 

 

 ジリっ、ジリっ、ジリッ!!

 

 

黒津木「.........ふぅぅ」

 

 

古賀「.........考え事か?」

 

 

 一息入れた所に、不意にそんな事を問われる。考え事と言うより、悩み事に近いだろう。

 だが、気持ちで言えば、悩み事と言うより、考え事だと思った方が良い方向に転がる可能性もある。何事もポジティブに行こう。

 

 

黒津木「まぁ、そんな所です」

 

 

古賀「桜木関係だろ」

 

 

黒津木「なんでそう思うんです?」

 

 

古賀「ただの勘だ」

 

 

 そう言いながら、古賀さんはニヤリと笑って見せた。隠し事は出来ない。伊達にこの歳まで現役でトレーナーをやっては居ないのだろう。

 .........ウマ娘が彼を頼る理由もよく分かる。現に俺も、その安定感に身を委ねそうになってしまう。

 

 

黒津木「.........俺は昔、一人の友人の行く末を見守っていました」

 

 

黒津木「好きだったんです。そいつの頑張ってる姿を見るのが.........一人で黙々と、ただひたすらに夢に向かい続ける姿が、好きだった」

 

 

黒津木「.........俺は、推しの為に金を貯めました」

 

 

黒津木「もう二度と.........ッ!!アイツと同じような事を.........ッ!!推しを無くすことが無いように.........ッ!!」

 

 

古賀「.........」

 

 

 暫く、沈黙した時間だけが過ぎて行った。その空気が熱を覚まし、自分の言った言葉がようやく自分に返ってくる。俺は何を言ってるんだ.........こんなこと言った所で、何も変わることなんて、ある筈ないのに.........

 そうして、古賀さんは何も言わずに立ち上がり、火のついたタバコを灰皿ですり押してその時間を終わらせた。

 

 

古賀「何が出来るかなんざ知ったこっちゃねえ」

 

 

黒津木「.........!!!」

 

 

古賀「やれること、やるべきこと、やりたいこと、全部やりきってから弱音吐け。お前が諦めようとしてても、桜木の奴ぁ多分。一人で突っ走ってくぞ」

 

 

 背中を見せながら、古賀さんは怒るでもなく、叱るでもなく、ただ淡々と事実を述べるようにそう言った。

 そうだ.........玲皇は後先考えずに行動するバカなんだ。だから就職する時に、何も言わず道内から姿を消したし、俺達に何も言わずに居なくなる。

 アイツは結局。どの道に転がって行ったとしても、このクソみてぇな集まりを作った張本人だ。それに引っ張られちまうのは、仕方の無い事なんだ。

 

 

古賀「boys be ambitious。少年よ。大志を抱け.........って奴だ」

 

 

 結局、古賀さんは顔を背け、立ち上がってから俺に目を合わせること無く去っていった。玲皇と同じように、手を挙げ、挨拶するように去っていった。

 

 

黒津木「.........やれること、か」

 

 

 そうだ。俺は結局一人の人間だ。やれることの範囲でしか、やりたい事とやるべき事をこなすことが出来ない、ただの人間。

 あの時とは違う。知識がある、技術がある。それが自信や背中の支えになっている。俺は今度こそ、アイツの走っている姿を見続ける。

 タバコの火を灰皿に押し付け、俺は自分のスマホで電話を掛けた。相手は勿論、アグネスタキオンだ。

 

 

タキオン「もしもし」

 

 

黒津木「移動中に悪い。今頼みたい事があるんだが良いか?」

 

 

タキオン「.........良いよ。ただ、車の中だ。出来ることには限りがあるよ?」

 

 

黒津木「構わない。お前がどういうルートでエディ先生の行動経歴を洗い出したか、教えて欲しい」

 

 

 簡潔にそう伝えると、タキオンはいつものようにふぅン、と声を出しながら、暫く沈黙を作った。

 車の揺れる音、賑やかな声と共に、何やら紙にペンが走る音が聞こえてくる。どうやら、タキオンが今まで検索した行動を思い返してくれているようだ。

 

 

タキオン「まず、私はWikiで彼の情報を探した後、訪れた国、その年代のウマ娘を一通り見てその数式と合致出来るかを調べた」

 

 

タキオン「だから、イギリス、フランス、そして日本はその対象に入っている」

 

 

黒津木「.........だけど」

 

 

タキオン「ああ、あの計算式は間違いなく、[デビュー前のウマ娘]の身体能力だ。それをパスワードにして残すほど思い入れがあるんだろうね」

 

 

 そうだ。そこがネックなのだ。デビュー前のウマ娘に関する資料は数える程しか無い。いくらネットが発達しているからと言っても、動画という宛が無ければ無いに等しい。

 現に、それで何人か弾かれているウマ娘も居るには居る.........

 考えろ。この難解なパズルさえ解ければ、奇跡は起こる。希望は前に進み出す。レールはシフトをするんだ。

 

 

黒津木(思い入れ.........だとすれば、医者になる前の行動も洗い直さなきゃならなく.........ん?)

 

 

黒津木(.........そもそも、なんでエディ先生はウマ娘の身体を見つつ、人の身体を見るような病院の院長を務めているんだ?)

 

 

 引っかかる。突起物を見つけた、というより、飲み込んだ魚の骨が喉に刺さるような感覚に陥る。気持ちの悪い引っ掛かり、そんな感触がある。

 ここにいても仕方が無い。俺は喫煙室から出て、廊下を歩きながら話を整理した。

 

 

黒津木「なぁタキオン。エディ先生はなんで、ウマ娘の医者をしてるんだろう?」

 

 

タキオン「君と同じウマ娘オタクだからじゃないのかい?私は彼と直接会ったことはないからね、彼の趣味趣向まで把握は出来ないよ」

 

 

黒津木「.........レースは見ない、なのに練習方法に口を出す。地元のトレーナーからの評価はそうだと、記事で見た事がある」

 

 

 そう、記憶の片隅にあるエディ先生の批判記事が浮かび上がってくる。レースを見ない。それはまだ良いだろう、ウマ娘という存在が好きなだけで、レースはあまり、という人は一定数居る。

 しかし、トレーニング方法に口を出す。という事は、それなりにトレーニングの知識を持っていなければ行けない。相手がトレーナーであるならば、それ相応の知識が要求される。相手がプロならば、尚更だ。

 明らかな不安を残しつつも、俺はタキオンとの通話を終わらせた。

 

 

黒津木(.........クソっ、わっかんねぇな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、最近アイツ見ないよな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒津木「.........あ?」

 

 

 割と大きめな声で、そんな言葉が聞こえて来た。そしてそれは十中八九、玲皇の事だ。

 またアイツは自分の悪口を放置して.........そう思いながらも俺は、その嫌な声に耳を傾け始めた。

 

 

「噂では海外に行ってるらしいぜ?お気楽だよな」

 

 

「俺もそう思う。担当してるウマ娘が今年、二人もデビューするっつうのによ。責任感が無えよな」

 

 

黒津木(好き勝手言いやがって.........)

 

 

 お気楽、おちゃらけ、おふざけの三拍子揃ったアイツの素顔は、俺達ですら分からない。アレが素顔では無いということは、分かってはいる。

 だからアイツは、そんな事を言われても仕方が無いって割り切って放置する。そんな意味も必要も、どこにもないのに。

 

 

「あーあ、俺らも行きてぇよなぁ。海外旅行」

 

 

「そうだよなぁ、元企業務めだから、そういうスケジューリングとか出来るんじゃないか?」

 

 

黒津木(.........なんだ、ちょっとは評価されてんじゃん)

 

 

 それから聞こえてくる声からは、嫌なニュアンスは伝わって来なかった。俺は安心して、その足をまた、図書室に向けた。

 

 

黒津木(.........ん?)

 

 

 安心?何に?この魚の骨が喉に刺さったような状態で?有り得ない。あの会話の要素のどこにこの不安を解消するものがあった?

 しかし、事実どこか安心している自分がいる。そして、直感的にあの会話の中に、パズルのピースを揃えるヒントがある。

 

 

『そうだよなぁ、元企業務めだから、そういうスケジューリングとかできるんじゃないか?』

 

 

 先程の言葉を思い出す。明らかな安心を覚えた場所は、ここだ。ヒントがあるとするならば、ここにしかない。

 

 

黒津木(スケジューリング.........?いや、違う。そんなもののどこに安心する要素がある?)

 

 

 見え透いたブラフだ。わざわざ踏み抜くほどのものじゃない。だとしたら、前半のあの短い文言の中で、何がある?元企業務めか?

 いや、エディ先生は確かに二十代後半から医者になったと自分で答えてるデータもあるが、元々企業に務めていたとは.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [元].........?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神威「ラムネ美味しい」

 

 

シャカ「クソ、オレのラムネ半分も食いやがった.........」

 

 

 口に広がる懐かしい味。疲れた時には甘いものとよく言うが、丁度いい甘さだ。ついでに睡眠も補給出来ればバッチリだ。文句のしようも無い。

 エアシャカールのラムネを半分食べ尽くしながらそんな事を思っていると、誰かが走ってくる音が聞こえてきた次の瞬間、司書室の扉が思い切り空けられた。

 

 

黒津木「分かったぞ!!!!!」

 

 

シャカ「〜〜〜!!!??」

 

 

神威「あっ!!!ちょ、大丈夫!!???」

 

 

 予想外の登場により、残っていた半分のラムネを一気に食べようとしていたエアシャカールの喉にラムネが詰まってしまった。本人は苦しそうに首の下の胸を必死に叩いている。

 すかさず俺と黒津木とで背中を摩ってやると、だんだんと落ち着いた様子を取り戻して行った。

 

 

シャカ「.........殺す気か!!!??」

 

 

黒津木「わ、悪い。でも分かった事がある。創!」

 

 

神威「お、終わりを迎えそうか?」

 

 

黒津木「ああ!上手く行けばな!!」

 

 

 そう言って、黒津木の奴は俺の後ろに積まれた本、しかも俺の解読し終えた物の内、イギリス関連の本を片っ端から引き抜き、本を開いて発行年数の確認をし始めた。

 

 

神威「何を知りたいかせめて教えてくれ!こっちは何が何だか.........」

 

 

黒津木「エディ先生は[元トレーナー]だ」

 

 

二人「!!?」

 

 

黒津木「確証は無い。だが、そうじゃないと言いきれる物も無い。エディ先生が成人してから医者になるまでに発行された本を探して、もう一回調べ直そう」

 

 

 調べ終えて積んでいた資料から、また一つ大きな山を作り、それを長机に置かれる。だが、不思議とその行為に対して嫌悪感や倦怠感は無い。

 これで全てが終わる。いや、違う。これで全てが変わる。世界の運命、チームスピカの運命、テイオーの運命、そして.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 玲皇の運命も.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神威「.........やってみせるさ」

 

 

シャカ「なんだよ、さっきまで死にそうだったのに随分元気になったじゃねェか」

 

 

神威「金の発生する仕事より、ダチの為になにかする方がやる気が上がるんだよ」

 

 

 そう言って、俺は長机の傍の椅子に座って、積まれた資料をもう一度隅々から読み進めた。エアシャカールは俺の言葉を聞いて、不思議そうな顔もしていたが、どこか納得したのか、向かいの椅子に座って一緒に資料を漁り始めた。

 

 

黒津木「.........申し訳ないけど、もう公式を使う機会はないから帰ってもいいんだぞ?」

 

 

シャカ「こんな所で帰れるかよ。運命が変わるんだろう?オレはそんなもの信じちゃいねェけどよ。それが変わるってアンタらが言ったんだ。最後まで付き合う価値はある」

 

 

神威「.........案外、お節介焼きなんだな」

 

 

シャカ「.........チッ」

 

 

 舌打ちをした音が部屋に反響するが、それが照れ隠しであることは、そっぽを向いたシャカールの頬を見ればよく分かる。

 

 

 そして、会話も無いまま時計の針は進んで行き、遂には垂れ流しにしていたラジオから日本ダービーの始まりを告げるファンファーレが響き始めた頃。

 

 

神威「.........三人にまで、絞り込めたな」

 

 

黒津木「ああ、後は.........一人ずつ名前を打ち込むだけだ」

 

 

 息を飲む音。心臓が脈打つ鼓動の音を耳が拾う。一人目のウマ娘の名前、[シュガーヘンゼル]の名が、英語で画面に打ち込まれていく。

 しかし、その名は違うというように、パソコンの画面は読み込みに時間を掛けに掛けた挙句、パスワードは違うと言い始めた。

 

 

黒津木「っ、大丈夫。まだ2人いっから.........!!」

 

 

シャカ「.........」

 

 

 そうは言いつつも、溢れ出る焦りを隠すことが出来ていない。一人目が通らなかった。だがあと二人いる.........この展開が、俺達の精神に大きな揺さぶりを掛けていた。

 もし、この中に正解がなかったら、運命を変える事が出来なかったら.........そんな嫌な考えが頭を過る。

 けれど、それこそ行けないことなんだ。あってはならない結末を引き寄せる要因となってしまう。

 

 

神威「宗也」

 

 

黒津木「あ.........?」

 

 

 俺は、今目の前で座っている宗也の肩に手を置いた。よく見れば、少し手が震えている。怖がっている。この先を見れば、答えなど無いと言われる場合もある。

 それでも、この気持ちのままそれを迎える事は、絶対にしたくない。

 

 

神威「俺達はさ、普通の人間なんだ」

 

 

神威「どんなに身体能力おばけだろうが、超絶凄腕の医者だろうが、世界の真理を解けそうな数学者だろうが、普通の人間だ」

 

 

神威「アイツの為に動いてる間は、[普通]の親友なんだ。だからさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[普通]に助けようぜ?カッコつける必要なんて、どこにもねぇんだからよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、俺たちはみんな、普通なんだ。確かに、突出した何かがある。特別な力を持っている。

 けれど、それを軸にした集まりなんかじゃ決してない。俺達はどこにでも居る、平凡な親友四人組なんだ。

 見知らぬ誰かを助ける事。それは確かに、特別な思いが無ければ嘘に見えてきてしまう。けれど、親友を助けるのに、理由なんて要らない。必要無い。そんなカッコつける必要は、どこにも存在しないんだ。

 

 

 宗也の目からは、ようやく怯えが消え、徐々に活力が戻ってくるのが見て取れた。何も言わず、俺から目を離して、文字を打ち込む。そこにはもう、さっき見たいな切望は無く、希望だけが原動力になっていた。

 

 

「トウカイテイオーが外から来るッ!!!早くも先頭争いッッ!!!」

 

 

 そんなラジオの緊迫とした実況を背に、二人目の名前、[ブルーライン]の名がパスワードによって弾かれる。

 

 

シャカ「これで最後か.........」

 

 

神威「ま、弾かれりゃまた探し直すだけさ」

 

 

黒津木「.........だな」

 

 

 絶望的な状況。そんな中で居るはずなのに、顔は自然と緩んでいた。何故か俺は、笑っていたんだ。

 宗也も、どこか諦めにも似た笑みを浮かべて、付き合いが短いながらも、シャカールも鼻で笑った。どこか変な空気だった。

 

 

「トウカイテイオーが先頭に立った!!!」

 

 

 ラジオから流れる激戦の最中、俺達は不安も闇も振り払い、最後の名前を打ち込んだ。 今、暗闇の中を走っている原動力はただただ、希望を、夢を、未来を守りたいという思いだ。

 

 

黒津木「頼む.........!!」

 

 

シャカ「.........!!」

 

 

神威「通ってくれ.........!!」

 

 

 エンターキーに、手が伸びて行く。誰も押したくはない、誰も開けたくはないシュレディンガーの猫。もうそれを無視する事は出来ない。死んでいるのか、生きているのか、それを確認しなければ、俺達はまた、傍観者のまま夢見る者を殺すだけだ。

 じっとりとした汗が滲み出る。額に、背中に、手のひらにじわりと染み込むそれの嫌悪感すら感じる余裕は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――そして、そのパスワードは.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「そ、それで.........?」

 

 

テイオー「どどど、どうなっちゃったの!!?」

 

 

 話を聞いている人達は皆、固唾を飲んでその話に聴き入っていました。その先の展開を、私達はどうしても、自分の耳に入れ、逃したくなかったのです。

 そう、先を催促していると、黒津木先生も神威司書も、面白いものを見たというように笑い声を上げ、その先の言葉を紡ぎました。

 

 

神威「[通ったよ]。俺達の戦いは、勝ちで終わったんだ」

 

 

黒津木「ああ、本当、あの時ほどほっとした事は無かったぜ.........」

 

 

白銀「あーあ!!!俺もなぁーんか手伝いたかったなぁ!!!」

 

 

 その言葉を聞いて、ほっと胸を撫で下ろす者、凄いと賞賛する者、そして、それがあの世紀の大レースの裏で行われていた事に、驚く者まで居ました。

 

 

スペ「あ、改めて考えると凄いですね.........!」

 

 

スズカ「本当、小説でも読んでるみたいなお話.........」

 

 

ダスカ「.........でも、その肝心のサブトレーナーがタバコ休憩で居ないんだもの。締りが悪いったらありゃしないわ」ヤレヤレ

 

 

 そう言って、首を振るスカーレットさんの意見に賛同するように、皆さん首を縦に振りました。勿論、私も含めて。

 全く、この場にいない筈なのに、すぐにでも怒りたい筈ですのに、なぜこんなにも彼の顔を見たくなってしまうのでしょう?そんな自分に、少し呆れてしまいます。

 そして、噂をすれば廊下の方から何やら騒がしい声が聞こえてきます。その声に、先程姿を見せなかった女性の物も混じっていました。

 

 

桜木「だァかァらァッ!!知らねェっての!!!アンタみてぇな変質者の知り合いッ!!俺には居ないねッ!!!」

 

 

先輩「もう!!!これが私の正装よ!!!こうじゃなきゃ知らない人と喋れないんだから私ッッ!!!」

 

 

桜木「前みたいにすればいいじゃん!!!瓶底メガネみたいな奴!!!」

 

 

先輩「あんなの恥ずかしいに決まってるでしょ!!?」

 

 

桜木「俺としてはそんな姿で隣歩かれんのが恥ずかしいんだが!!???」

 

 

 そんな騒ぎを黙って聞いていると、中心に居るはずのトレーナーさんが、まるで逃げるように病室へと戻ってきました。

 その表情からは、まるでこの世の終わりを見てきたかのようで、絶望に染っていました。

 

 

ウオッカ「い、一体何が.........」

 

 

桜木「最悪だぁ.........あんな地味っ子だった先輩が、変態趣味的な格好するようになっちまうなんてぇ.........お前らは海外に住んでもあんなになるなよぉ.........?」

 

 

全員「は、はい.........?」

 

 

 目に涙を貯めながらそう懇願するトレーナーさん。一体何を見たのでしょう?さすがに可哀想でしたので、彼の背中を摩ってあげると、またポロポロと泣き出してしまいました。余程ショックだったのでしょう.........

 そうしていると、廊下の方からまた、ハイヒールの特徴的な足音が近付いてきました。ようやく、彼の言う[先輩]という人物とご対面できる.........そう思い、期待に胸を膨らませていましたが.........

 

 

マック「え!!?」

 

 

タキオン「うぅん.........?」

 

 

ゴルシ「嘘だろ?」

 

 

テイオー「.........え?ボク今からこの人に治療されるの.........?」

 

 

 その奇抜な姿に、この場にいる全員が度肝を抜かれてしまいました。あのゴールドシップさんですら引き気味で、テイオーの言葉も最もです。

 ブロンドヘアー。これはトレーナーさんから聞いていましたから予想は出来ました。次にサングラス。普通のデザインではなく、フレームが鳥の羽のようになっていて、仮面ともいます。極めつけに、白衣の下は.........赤のボディコンスーツでした。

 

 

先輩「ワォ、皆さん歓迎してない様子.........?」

 

 

桜木「.........せよ」

 

 

全員「え?」

 

 

桜木「返せよッ!!俺の社会人時代ッ!!たった半年間だけだったけど唯一の心の拠り所だった先輩をッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の安心沢先輩を返せェェェェェッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな悲痛な叫び声を上げながら、ポロポロと落とす様な涙を、今度は濁流の様に流しながら、彼はうずくまってしまいました。

 いたたまれない彼の背中をさすりながら、私達は彼の調子が戻るのを、今ただ、待つだけでした.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued

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