山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜   作:ギノっち@カマタラル

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ライスシャワー「うぅ、インタビューって緊張するなぁ.........」

 

 

 

 

 

 雨が降っていた気がする。いつものトレーニングコースで、心は冷えた鉄のように深い沼の中へと沈み込んで、背中は酷く、滝打つような雨に晒され、打たれて冷たく、心は鈍器で叩かれたように震え、そんな雨の中でただただマックイーンを.........俺は.........

 

 

桜木「.........大丈夫!何とかなる!」

 

 

 そんな中で、ニカッと、笑いかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 あの世紀の大騒動から早二週間。春の温かさは既に夏の暑さへと切り替わっており、ライス、そしてブルボンのデビューが綺麗に決まった週。

 鳥のさえずりが聞こえてくる程の早朝。時計を見ると、いつもアラームをセットしている時間帯より1時間も早く起きてしまった。

 

 

桜木(.........何だよ、今の)

 

 

 夢の中で、泥だらけのマックイーンが泣いていた。何が起こったのかは分からないけど、いつも整っている顔を酷くくしゃくしゃにして、俺の顔を見て泣きじゃくっていた。

 そんな中で、俺は笑っていた。大丈夫だと、何とかなると、無邪気に笑っている俺はまるで.........

 

 

桜木(.........悪魔じゃねぇか)

 

 

 狂っている。あの夢のような事は、俺には到底真似できない。あれはきっと、俺が求めた俺の成れの果てなんだろう。

 どんなときも笑顔で、人を助ける人になろうとした成れの果て。悲しみを悲しもうとせず、ただ喜びだけを求め、根拠の無い自信を生み出す悪魔。

 

 

桜木(俺には.........無理だ)

 

 

 あんな風に、笑う事なんて出来ない。あの子の前で、仮面を付けることなんて出来やしない。

 吐き出す空気は中身が無い。そう思えるほど虚しく感じる。珍しく垂れ下がった前髪を掻き上げると、いつもの様にその毛先を天へと向けた。

 

 

桜木(一緒に笑いたいし、一緒に泣きたいんだ。俺は)

 

 

 もしそうなったとしたら、俺は一緒にマックイーンと泣きたい。一緒に立ち上がりたい。あの子の前で自分を偽り、誰かの為であろうとしたくない。

 そんなわがままを胸に、俺はいつもより早くベッドから起き上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライス「うぅ......緊張しちゃう.........」

 

 

 授業が終わって、マックイーンさん達がトレーニングをしている頃、ライスとブルボンさんは、いつものチームルームで、お兄さまと一緒にデビュー戦の後のインタビューを受ける事になったの。

 今は、ブルボンさんと一緒に着替えてからチームルームまで向かってるところなの。

 

 

ブルボン「ライスさん。そういう時は深呼吸が効果的だとマスターに教わりました」

 

 

ライス「あ、ありがとう。ブルボンさん!.........スー.........ハー.........」

 

 

 .........うん。ちょっと落ち着いたかも。それにしてもすごいなぁ。ブルボンさん。少しも緊張してないもん。ライス、もう心臓さんがバクバクしてて凄いもん.........

 

 

ライス「ぶ、ブルボンさんは緊張しないんだね.........」

 

 

ブルボン「緊張?確かに、そのような身体のステータスは今の所検出されていません。ですが、少し高揚しています」

 

 

ライス「え!!?」

 

 

ブルボン「私の作り上げたコレクションが学園外の方に見られると思うと、気分が高まります」

 

 

 コレクション.........ブルボンさんがお昼休みに来て作ってたプラモデルさん達のことかな?た、確かにちょっとカッコイイけど.........誰かに見られても誇れるなんて、羨ましい.........

 そんな事をお話してると、ライス達はインタビューを受けるチームルームまで着いちゃった.........けど、お兄さまも記者さんも来てないし.........

 そう思ってると、ライスたちが来た方向とは違う方から、お兄さま達の声が聞こえてきた。

 

 

桜木「おっ、もう来てたのか。呼びに行こうかと思ったけど、手間が省けた」

 

 

乙名史「本日はよろしくお願いします。ライスシャワーさん。ミホノブルボンさん」

 

 

 今日は珍しくスーツを着ているお兄さま。その隣に居るスーツの女の人は、ライス達にぺこりとお辞儀をした。たまに、お兄さまみたいに何を言ってるのか分からない人だけど、凄くいい人だと思う。最近はお兄さまのチームの練習を見に来ることがよくあるんだ。

 

 

ライス「よ、よろしくお願いしましゅ!」

 

 

ブルボン「よろしくお願いします」

 

 

 あぅぅ〜.........また噛んじゃった.........ライス、大事なところでいっつも噛み噛みなの、どうにかならないかなぁ〜.........?

 

 

桜木「立ち話もなんですし、どうぞ入ってください」

 

 

乙名史「ふふ、確かにそうですね。思わず勢い余ってここでインタビューしてしまう所でした」

 

 

桜木「ほら、ライス達も」

 

 

 そう手招きするお兄さまに促されて、ライスとブルボンさんは、いつものチームルームだけど、今日は記者さんがいる非日常的な空間に入って行きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

乙名史「改めまして、ライスシャワーさん。ミホノブルボンさん。デビュー戦勝利。おめでとうございます」

 

 

 そう言って、乙名史さんは椅子に座りながらライスやブルボンに向かってもう一度、その頭を深く下げた。

 二人の反応は対照的で、ライスは頭を下げた乙名史さんに慌てふためき、ブルボンはありがとうございます、と言い、軽く頭を下げる。

 

 

桜木(.........二人共、デビュー出来たんだよな)

 

 

 最初は、不安で仕方がなかった道のりだった。片や臆病なライスに、片や適正距離を走らないブルボン。どうなるかなんて、誰にも分からなかった。

 だからこそ、信じられたのかもしれない。根が捻くれ者だから、人が信じるものを信じようとしない俺にとっては、信じやすかったのかもしれない。

 

 

乙名史「デビュー戦を勝利したお二人ですが、今後の目標などはありますか?」

 

 

ライス「え、えっと.........」

 

 

桜木「そうですね.........」

 

 

 助けて欲しそうな表情で、ライスは俺の方を見た。確かに、ライスはこれといって出たいレースは無い。今の自分を変える為に、この舞台に降り立ったのだ。目標と言うならば、自分を変える事だろう。

 あの日、暗い夜の中で出会った小さな少女。懸命に一人で変わろうとして、変われなかった少女が、今こうして、勝者としてインタビューを受けている。

 彼女にとっては些細。もしくは、変わってないと思っているかもしれないが、彼女は確かに変わった。

 花の種が根を張るように、誰も知らない水面下で、その美しい身体をいつか人に見せようと、頑張り続ける彼女。まだ花開かない彼女の為に、俺の出来ることは.........

 

 

桜木「.........ライスは、今の自分から変わりたいと強く望んでいます。それを叶えられるなら、彼女が望むレース全てに出させてあげたいです」

 

 

乙名史「す、す、素晴らしいです!!!」

 

 

乙名史「つまり貴方は!!ライスシャワーさんが出たいと言ったレース全てに出られるよう!!あらゆるスケジュールの調整やトレーニングの方法!!果てには海外遠征まで.........!!感服致しました!!!」

 

 

 うん。そこまで言ってないんだよね。だが世の中には偉い人が言った言葉がある。過大評価なんて存在しない。その人がそう評価しただけで、全ての人が同じな訳では無いと。

 まぁ、平均的になると言ってしまえば、この人のせいで他の人の評価は相対的に下がってしまっていると言っている事にもなるだろう。だって俺の言ってる事なんて誰も理解してくれないし。

 

 

乙名史「はっ!失礼しました。ではミホノブルボンさんは.........?」

 

 

ブルボン「はい。私の目標は三冠達成です。その為に今までマスターとトレーニングを積んできました」

 

 

乙名史「.........?資料によれば、ミホノブルボンさんの脚質の適正距離は短距離なのでは.........」

 

 

 これまた痛いところを突かれた。この人さては俺を試しているのか?いいだろう、受けて立ってやる。

 なんて、心の中で躍起になって言い訳を考えるにも、どうも見つからないし、それがそもそもかっこ悪いように思えて来た。仕方あるまい。ここは素直に喋った方が良いだろう。

 

 

桜木「確かに、今まで多くの人に、彼女はスプリンターの素質があり、瞬く間に人を魅了する選手になると言われました」

 

 

桜木「.........けれど、ブルボン自身はそれを望んでないんです」

 

 

 そう。ブルボンは.........あの日出会ったサイボーグは、流れ星としての宿命を背負いながらも、その実、懸命に彗星になろうともがいていた星だった。

 流れ星であれば早く、そして瞬く間に人を魅了するだろう。しかし、その輝きは一瞬で、人の記憶に残るのもまた一瞬だ。

 だが彗星はどうだろう?彗星ならば、一度通っても消えることは無く、周期で空を走る彗星ならば.........ましてや、天然物ではなく、[機械仕掛けの彗星]ならば、その姿は人々の記憶に残り続けるであろう。

 勿論、そんなことは本人は望んでないかもしれない。ただ三冠を取りたいという気持ちでしかないのかもしれない。けれど俺は.........

 

 

桜木「見たいんです。ただ純粋に。このブルボンが、果たして中長距離で、どんな走りを見せてくれるのか」

 

 

乙名史「す、す、す、素晴らしいです!!!」

 

 

乙名史「生まれ持った適性や素質に安易に目を向けることはせず!!!ただひたすらにウマ娘の夢を追いかけさせるその覚悟!!!感服致しました!!!」

 

 

 うお、圧がすごい。見てくださいよ、ライスはもう魂抜けてるし、ブルボンはちょっと怖いのか耳を伏せてますよ。

 それに気付いたのか、乙名史さんはまたライスとブルボンに頭を下げて謝った。周りが見えなくなるのは、きっと俺と同じ人種だからであろう。

 

 

乙名史「では、ここからはレース当日について聞いていきたいと思います」

 

 

 興奮気味であった彼女はまた、いつも通りの記者の顔に戻った。そして、その言葉で、俺はあの日の事を鮮明に思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では今回!メジロマックイーンさんを支えた桜木トレーナーさんが新たにデビューさせるお二人について聞かせていただきます!」

 

 

三人「よろしくお願いします!」

 

 

 俺を真ん中に、ライスとブルボンが挟む形でデビュー戦前のインタビューを受ける。目の前には以前と同様、多くの記者達がメモ帳を手に、俺達の一挙手一投足を逃さまいとその視線を集中させる。

 

 

「お二人は今回のデビュー戦、どのような気持ちで望みますか?」

 

 

ブルボン「デビュー戦。言わば通過点です。ゴールではありませんので、ここで満足せず、次に繋げられるような走りをしたいと思います」

 

 

ライス「ら、ライスはいっぱいいっぱいかも.........で、でも!勝てるように頑張ります!!」

 

 

 二人共、司会の人に対して一生懸命に質問に応える。子供を持つ父親の気持ちっていうのは、きっとこういうものなのだろう。

 そう思って感傷に浸っていると、不意にこの場にいる全員が俺に対して視線を送っている事に気付いた。

 

 

ライス「お、お兄さま!トレーナーさんの一言が欲しいって.........!」

 

 

桜木(うわ、またやっちまった)

 

 

 どうやら、マックイーンの時のようにまた聴き逃してしまっていたらしい。どうにもデビュー戦のインタビューの場に立つと、教え子の成長を目の当たりにして意識を潜らせてしまう。

 しゃんとしよう。そう思いながら、俺もマイクを握った。

 

 

桜木「.........夢を追う者。信じるべきはその背中だけです」

 

 

「.........」

 

 

 またあの時のように場がシーンと静まり返る。残念、俺はもう動揺はしない。この静けさにももう慣れた。

 

 

ライス(何言ってるんだろうお兄さま.........)

 

 

ブルボン(エラー発生)

 

 

(何言ってるんだこの人)

 

 

 そんな事を言いたげな目が、会場に居るたった一人の記者を除いて、俺に訴えかけてくる。俺ももうあの時と違って若くは無い。説明する余裕くらい持ち合わせた方がいいだろう。

 もう一度マイクを手に取り、言葉の意味を分かりやすく説明する。

 

 

桜木「人は、短い時の中で生きる生き物です。積み上げられる過去でもなく、延々続く未来でもなく、一分一秒の現在を生きる存在です」

 

 

桜木「その中で夢を追う。なりたい自分になるならば、常に最高の自分を演じ続けなければ行けません。本質的に刹那主義であるからこそ、その夢を追っている背中だけは、無条件で信じる事ができるんです」

 

 

 夢を追う背中。今までずっと自分がその位置で走ってきた。気付けばそこから引きずり下ろされ、どこかも分からない暗闇で、座っているのか立っているのか、歩いているのかもすら分からない状態だった。

 その中で、ふと見えた背中が、もう一度辺りを照らしてくれた。灯りがついていなかっただけで、あの時より周りは随分華やかで、とても綺麗だった。今の俺は、その背中を追う一人のファンだ。

 

 

「.........あ、ありがとうございます.........」

 

 

 俺が説明したのが予想外だったのか、しばらく放心状態だった司会の人がようやく口を開く。他の多くの記者さんも、拍手をくれたり、メモを書いたりと忙しそうであった。

 

 

桜木「.........さっ、行くぞ。なるべくウォーミングアップには時間をかけたいからな」

 

 

ブルボン「!」

 

 

ライス「は、はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「その後、いつもレース前にやる準備運動をして、ブルボンが走り、その後でライスが走りましたね」

 

 

乙名史「ええ!存じております!デビュー戦でありながら、次に期待を持てる走りを見せてくださいました!」

 

 

 キラキラとした視線をブルボンとライスに向ける乙名史さん。二人とももう慣れたのか、その視線を怖がらず、むしろライスは嬉しいやら恥ずかしいやらで顔を赤くしていた。

 先程までの会話の内容をメモに走らせる乙名史さん。その姿に、俺はいつもどこか嬉しさを感じてしまう。

 

 

桜木(.........こんな純粋な人も、記者には居るんだな)

 

 

 正直、自分はメディア。特に、ジャーナリストの類に対し、あまり好感が持てなかった。偏見ではあるが、その一方的な圧力に、誠実さが一切感じられないからだ。

 だが、この人は違う。周りが見えなくなる事はあるが、決して人を傷付けるような人では無い。本来ならば何社か取材を受けていた所だが、乙名史さん以外の所は全て蹴った。

 

 

乙名史「.........では次に、ライスシャワーさんとミホノブルボンさんにお伺いします」

 

 

ライス「は、はひ!!」

 

 

ブルボン「よろしくお願いします」

 

 

 質問に答えようとする二人の姿は余りにも対照的で、思わず笑いが零れてしまう。

 そして、それはどうやら乙名史さんも同じだった様で、優しく笑った後、緊張しなくても良い事を、ライスに伝えた。

 

 

乙名史「では、今回なぜ、お二人が勝てたのかという事を、ご自身の言葉でお聞かせ願えますか?」

 

 

ライス「え、えぇ!!?な、なんで勝てたか.........?」

 

 

ブルボン「.........日々積み重ねたトレーニング。と言ってしまえば簡単ですが、それは他の方々も同じ事。これと言って特別な事は.........」

 

 

 どうやら、二人とも難航しているようであった。ここは助け舟を出してあげたいが、自分の強みは自分で見つけなければならない。流石のトレーナーも、人の内まで見透かせないのだ。

 長考が始まってしまった二人であったが、驚いた事に、先に声を上げたのはライスの方であった。

 

 

ライス「あっ!!」

 

 

「?」

 

 

ライス「あっ、えっと、た、大した事じゃないかも知れない...けど.........」

 

 

ライス「ら、ライスね?地下バ道でトレーナーさんに、言葉を貰ったの。それが嬉しくて、多分。それのお陰なんじゃ無いかな......って」

 

 

 たどたどしくありながらも、そう言いきって見せたライス。昔だったら、なんでもないですと言っていただろう。やっぱり、彼女も変わりつつある。ちゃんと成長しているんだ。

 

 

乙名史「桜木トレーナーさんのお言葉.........ぜ、ぜひお聞かせください!!」

 

 

ライス「う、うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライス(す、凄い.........!流石ブルボンさん!)

 

 

 控え室で映し出されたレース。ライスの出番の前に走っていたブルボンさんは、涼しい顔で一着を取っていた。

 実はライス、ブルボンさんが短距離向きの脚質で、お兄さまの前のトレーナーさんとはその路線で行こうとしてたという話を知ってたの。だから、今こうして中距離を走り切ったブルボンさんを見て、感激しちゃった。

 

 

ライス(次は.........次は、ライスの番.........だよね?)

 

 

 この時、本当は怖くて怖くて仕方がなかった。もし、レースに出ても変わらなかったら.........誰かを不幸にしてしまう、ライスシャワーのままだったらどうしようって.........ずっと頭の中がグルグルしてたの。

 

 

 それは、レースに出る前の地下バ道の道でも変わらなかった。

 

 

ライス(頑張れライス......頑張れライス.........!)

 

 

 そう思っていても、足はどうしても震えてきちゃう。怖くないと思っても、怖いと思っちゃう。

 ああ、ライスは結局、ダメな子のまんまなんだ.........変わる事なんて、出来ないんだ。そう思っていたの。

 

 

桜木「.........ライス」

 

 

ライス「!な、なに?お兄さま.........?」

 

 

 できるだけ、お兄さまが心配しないように、いつも通りの反応をしようと思った。けれど、お兄さまはそれを見透かしたように微笑んでから、ライスの肩に手を置いてくれたの。

 

 

桜木「大丈夫。誰だって緊張くらいする。安心して緊張してくれ」

 

 

ライス「で、でも.........ブルボンさんは全然.........」

 

 

桜木「ああ見えてしてるさ。自分で気付いてるのか分かんないけど、いつもよりちょっとだけ静かだったろ?」

 

 

 確かに、今日のブルボンさんはいつもの無口より、無口だったかも.........けれど、それって緊張してるって事なのかな?

 不安が段々、頭の方から身体の方へと流れ込んでくる。そんな感覚を覚えても、それを止めようとすればするほど、それはライスの中で勢いを増して行って、身体の震えは大きくなって行った。

 

 

桜木「.........真剣になるには、緊張は必要経費なんだ。誰もが絶対、真面目にやろうとすればするほど、身体が準備をしてくれる」

 

 

桜木「俺もそうなんだ」

 

 

ライス「!」

 

 

 そう言って、お兄さまはライスの両肩に置いた手を離して、頭の上にぽんっと、手のひらを置いてくれた。

 びっくりして閉じた目を開けて、お兄さまの顔を見る。いつも何とかしてくれそうな、明るい太陽みたいな笑顔で、ライスを見てくれている。

 

 

桜木「ライスは今、真面目に変わろうとしてる。そのための準備を、身体はもうとっくに始めてるんだ」

 

 

桜木「だから、今度はライスの心が準備を終わらせるだけだ」

 

 

ライス「う、うん!ライス、頑張る......!」

 

 

 安心する。お兄さまにはどこか、そういう力があるのかもしれない。そう思ってたら、お兄さまはライスの頭から手を離した。

 そして、今度は両手で、ライスの両手を包み込んでくれた。今まで、ライスには見せたことのない真剣な表情で、眼差しで、期待を持って、ライスの事を、見てくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「変わってこい。ライス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「花が開くまで、待ってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライス「.........!」

 

 

 お兄さまは、いつもマックイーンさんに言っているような言葉を、ライスに言ってくれた。ライスのために、ライスのためだけの言葉.........

 その言葉だけで、何だか力が湧いてくる気がする.........マックイーンさんも、こんな気持ちだったのかな.........?ち、ちょっと羨ましいかも.........

 その時、少しだけ、お花の耳飾りと一緒に着けた王冠のアクセサリーが、輝いたような気がした。

 

 

ライス「.........うん。変わってくるね!お兄さま!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

乙名史「素晴らしいです!!!」

 

 

桜木「.........」

 

 

 もう聞きなれた感が凄いセリフを、乙名史さんはまた叫びあげた。ライスの話聞いてる最中も何度も言ってたからな。耳も慣れてきた。

 それにしても、こういう裏側を聞かれるのは相当恥ずかしいな.........

 

 

乙名史「どこまでもウマ娘の事を信じ続けるその姿勢!!!最早崇め奉っていると言っても過言ではありません!!!感服致しました!!!」

 

 

桜木「は、ハハハ.........」

 

 

 ここまで褒めちぎられると笑いしか出てこない。誰か俺を穴に埋めてくれ。

 とは言っても今ここにマックイーンも居なければタキオンも居ない。いっそいじってくれれば楽になるのだが、こうして持ち上げられるのは何だか慣れていない。

 ライスはともかく、せめてブルボンがいじってくれればなぁ.........そう思いながら黙りこくっていたブルボンの方を見ると、何か決心したような表情で乙名史さんの方を見ていた。

 

 

ブルボン「分かりました」

 

 

三人「え?」

 

 

ブルボン「私がレースに勝てた理由。それは―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルボン「.........」

 

 

 高鳴る鼓動。いつも通り。レース前はいつも身体を動かす為に、心臓が普段より脈打ちます。想定内です。

 気分も、体調も、全ていつもと変わりはありません。楽屋で出番直前のレースを見ながら、私は自分の調子を確かめていました。

 

 

桜木「.........」

 

 

ブルボン「.........」

 

 

 ですが、普段は賑やかなマスターも、ここではその口を閉じ、静かにモニターを直視しています。その感情がなんなのか、私には把握できませんでした。

 

 

 そして、そんな状態のまま、私とマスターは地下バ道までの道を歩きました。

 

 

桜木「.........調子はどう?」

 

 

ブルボン「良好です。不安要素は何一つありません」

 

 

桜木「.........そうか」

 

 

ブルボン「?」

 

 

 一体、彼が何を言いたいのかが理解出来ません。普段からマスターが言っている事や行動は理解に苦しむところがありますが、彼がご友人と遊んでいるときを除いて、それらは全て人の為であると言うのは理解ができます。

 そう思っていると、彼は少しだけ屈んで、私の目線と同じくらいの高さまでその目を合わせました。

 

 

桜木「俺は、ドキドキしてる」

 

 

ブルボン「それは何故ですか?」

 

 

桜木「楽しみだから」

 

 

 思ってもみない言葉でした。いつもより静かなだったため、何か彼なりに不安になる要素が感じられたと思っていましたので、私は少し、目を見開きました。

 

 

桜木「だってそうだろ?[流れ星]が[彗星]に生まれ変わる瞬間を、俺は見ることが出来るんだ」

 

 

ブルボン「.........!」

 

 

『ミホノブルボンという名の[彗星]なんですよ』

 

 

 以前、マスターに言われた言葉が記憶から蘇ります。あの時確かに、彼は私の事を[彗星]だと揶揄しました。

 あの時、私はその言葉に対してなにかの感情は抱くことは無く、理解不能という状態に陥った経験があります。

 ですが―――

 

 

ブルボン(.........?)

 

 

 高鳴っていた鼓動が、落ち着きを取り戻しました。調子が崩れたのかと思いましたが、気分も、体調も、変わりはなく、コンディションは良好なまま、高鳴る鼓動だけが落ち着いしまいました。

 こんなこと、今まで無かったはずです。経験したことの無い感覚に戸惑いを覚えましたが、そんな不安を感じさせないよう、マスターはそのまま、私の肩を両手で押さえ、言いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「証明してこい。ブルボン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんなを驚かせる姿を、待ってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルボン「.........」

 

 

 待っている。私の走る姿を、彼は待っててくれる。今までそれを望まれなかったから、それだけでなんだか、胸が暖かくなりました。

 

 

ブルボン「.........デビュー戦は通過点に過ぎません。マスター。必ず勝ってきます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

乙名史「素晴らしいです!!!」

 

 

桜木「.........どうも」

 

 

 ここまで来るともうなれる。恥ずかしさも無くなってきた。ライスもブルボンも特に気にした様子は見せず、落ち着いて椅子に座ってる。

 

 

乙名史「メジロマックイーンさんの時と言い、やはり桜木トレーナーさんのお話は聞いてて気持ちがいいです!」

 

 

桜木「そ、それは有難いですね.........」

 

 

 ここまで期待を持たれると、こっちとしては正直荷が重い。こんな青臭いパフォーマンスいつまでもやり続けなけりゃ行けないの?

 そうは思っていても、目の前のこの人の喜びようを見ていると、それに応えたくなる。お人好しも行き過ぎれば身を滅ぼすと言うのは、今まで何度も経験してきたはずだ。

 それでも、人の期待に応えたい。[人の想像通りの桜木]で居たいという気持ちは、いつまでも俺の心にあり続けてしまう。

 目の前にいる彼女はメモ帳にペンを走らせ終えると、一息つく。そんなに疲れたのだろうか?そう思い時計を見てみると、インタビューは既に二時間を超えていた。

 

 

乙名史「本日はありがとうございます。桜木トレーナーさん」

 

 

桜木「いえ、貴方を満足させるお話が出来て良かったです」

 

 

乙名史「.........あの、最後に一つだけよろしいですか?」

 

 

 先程とは打って変わって。いや、今までと同じような真剣な表情に、更に期待を込めた表情を見せる乙名史さん。

 俺はそれに動じる事はせず、どうぞと短く返事を返した。

 

 

乙名史「貴方にとって、チーム[スピカ:レグルス]とは.........一体なんですか?」

 

 

桜木「.........」

 

 

 その質問は、以前に一度だけ、乙名史さんから貰ったことがある。あの時も確か、デビュー戦後のインタビューだった。

 あの時、チーム名は適当で、尚且つメンバーは俺が見たいと言ったいわば寄せ集めの状態。エゴで固まったチームだった。

 そんな質問に、ただ楽しそうだとはとても言えなかった俺は、その質問を保留してもらった。

 

 

桜木「.........そうですね」

 

 

 窓の外に目を向ける。多くのウマ娘達が、そのターフの上で切磋琢磨している姿の中で、一人の少女に目が向かう。

 メジロマックイーン。その綺麗な芦毛に目を惹かれる。その吸い付きは、あの選抜レースの時から劣化していない。

 思えば、あの子と出会わなければチームは無かったかも知れない。あの時、あの子から何かを感じ取れなければ、どこか抜けたまま、トレーナーをしていたかもしれない。

 だから―――

 

 

桜木「.........中心です」

 

 

乙名史「中心.........ですか?」

 

 

桜木「星のレグルスが、獅子座(レオ)の胸にあるように、桜木玲皇の中心は、このレグルスなんです」

 

 

 色々変えてくれた。色々教えてくれた。多くの人との出会いや触れ合いを通して、俺は少しずつ変わって来れた。

 けれどそれはきっと、俺だけじゃない。気付いているかどうかは分からないけど、それはみんなも同じなんだ。少しずつだけど、変わってる。

 

 

桜木「あの時は分からなかったけど、今はハッキリと言えます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが俺の、居場所なんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時折、ここに居るべきでは無いと強く感じる事がある。それが本来のあるべき場所に戻れというなにかのお達しなのかは分からない。

 それに無意識に導かれていた節もある。だから、あの大騒動の時、俺はチームのトレーナーを辞めようとした。この子達の傍から離れようとした。

 けれど、あの時俺は泣いたんだ。居るべき場所では無いと感じながら、みんなに引き止められて、ここが俺の居たい場所なんだと分かって、こうして戻ってきたんだ。

 

 

乙名史「.........素晴らしいです。素敵なお話を沢山伺うことが出来ました。今回も、良い記事が書けそうです」

 

 

桜木「楽しみにしてます。乙名史さんの書く記事には、いつも楽しませてもらっているので」

 

 

乙名史「ふふ、そんなの、当たり前じゃないですか」

 

 

 彼女はそう言って、メモ帳とペンをバックの中にしまい込んだ。どこが当たり前なんだろう?その言葉に、どこか引っ掛かりを覚える。

 彼女は椅子から立ち上がった。教室を出るのだろうと思い、俺も立ち上がるが、彼女が向かったのは扉ではなく、俺に向かって歩を進めた。

 

 

桜木「?」

 

 

乙名史「私が人を楽しませる記事を書く理由は、[ここが私の居場所]だから、それだけです」

 

 

 そう言って微笑む乙名史さんの目は、楽しそうではありながらも、その内の赤い炎がメラメラと燃えている様子が、見て取れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

乙名史(.........)

 

 

 桜木トレーナーさん達とのインタビューを終え、トレセン学園の職員用駐車場から車を発進させた私は一人、今までの彼への思いを振り返りました。

 

 

乙名史(最初は、こんな事になるとは思わなかったのですけどね.........)

 

 

 一般からのぽっと出のトレーナー。その情報が舞い込んできた時、私はまず不安を覚えました。

 トレーナーとは技術や知識だけではない。これまでの過程で如何に、ウマ娘と触れ合ってきたかが重要視される職種です。なので、家族や親戚にトレーナー、又はウマ娘が居る者の方が成果を出しやすい世界です。

 

 

乙名史『桜木トレーナー.........ですか?』

 

 

編集長『ああ、なんでも、一般企業からトレーナーになったそうだ。面白そうじゃないか?』

 

 

 正直、私はどうかと思いました。この苛烈とも言えるレースの世界に、果たして彼のようなアスリートとはかけ離れた存在が、ウマ娘を勝たせるようになるとは思えませんでした。

 そして、彼が古賀トレーナーの元で知識を蓄え、正式にトレーナーになった際、それは私の中で一度、確固たるものへと変わったのです。

 

 

乙名史『三週間も経って未だに担当が居ない.........?遅くても、新人は二週間程で担当を探す努力をするはずですが.........』

 

 

 新しく入ったウマ娘が、一体どんなトレーナーの元でトレーニングを積むことになるのか、その情報は私達の元へも入ってきます。

 ですが、彼の事は三週間も話題に上がらず、私は一度見切りをつけたのです。

 しかし―――

 

 

桜木『.........メジロマックイーンです』

 

 

 多くのウマ娘ファンも注目するトレセン学園の選抜レース。勿論そこに、私もおりました。多くのスターを排出する学園の、新たなスターが見れるかもしれないまたとないチャンスですから。

 .........ですが、周りの記者やトレーナーは、一着になった者達にしか目を向けません。二着や三着を狙う方達も、その一着に尾を引かれつつも、仕方が無いという妥協の元にそちらを選んだ方が多いです。

 そんな中、いつも通り色々なトレーナーに取材をして、夕陽が空を山吹色に染め上げた時間。帰ろうと思い、最後にウマ娘達が練習姿を見ようと、ターフに足を運びました。

 そこには、私の中で評価が固まった桜木トレーナーと、事務員のたづなさん。行けないと思いつつも、つい私は、聞き耳を立ててしまいました。

 そして、ターフの彼からは、思いがけない名が聞こえたのです。

 

 

乙名史(あの日、七着だったメジロマックイーンさん。あの子のどこに目を惹かれたのか知りたいですが.........それはまた、今度にしましょう)

 

 

 私の想像を壊し、編集長の仰ったように、面白いことをやってのける彼に、私はどうやら虜になってしまったようです。

 次に取材する楽しみを覚えつつも、今回の記事を早く完成させる為に、私はそのまま、車で編集社へと向かいました。

 

 

 

 

 

  ......To be continued

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