山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
ザワザワとした喧騒の中。一つの机を中心にして、それは巻き起こっている。
俺のあの大宣言から三分。ウララに頼んだ机が運び込まれ、その上には座布団をクッション代わりにして置かれている。
ナリブ「三対一の腕相撲対決か.........」
ルドルフ「この勝負、見物だな」
グルーヴ「私としては早くトレーニングに戻りたいのですが.........」
見物人も三者三様、この状況を楽しんでいる者、どっちが勝つか予想している者、興味が無いものと別れている。
しかし、普段であれば見向きもしない子達も、俺の告白の行方を見たいがために、かじりついている者もいる。
ドーベル「このシチュエーション.........次のネタになるかも.........」ボソ
デジ(おや?同志の信号をキャッチしましたよ.........?)
だが、そんな事は関係無い。誰が来ようが容赦しない。目の前に来る者全てをひねり潰す。それだけだ。
ゴルシ「おーっし、アタシが独断と偏見でチームを決めるぜ。黒津木センセと白銀と.........あとデジタル。お前行け」
デジ「へ?」
私?と言うように自分を指さすデジタル。普通であるならば、人間とウマ娘が戦って人側が勝つ事は無い。だがこちらにはタキオンの筋力ウマ娘化薬がある。本人にちゃんとサインもしてある。
カフェ「あの.........この順番なら、司書さんが行くべきでは.........」
神威「良いかカフェ。俺は確かに空手は黒帯だし武術の心得はこの中で一番持ってる自信はある」
神威「だがある人は言った。技を超えた純粋な強さ。それがパワーだと.........筋肉を比べてみろ。歴然の差だ」
そう言いながら、神威は恥ずかしそうに腕をまくった。うん、細い。これが武術を嗜むものの腕か.........?と言われるぐらいには細い。
可哀想に、人生の通算で言えば俺らより筋トレしているであろうに、その腕に力強さは余り感じられない。
ていうか君たち距離近くない?そんな仲良しだったの?初めて知ったわ.........
黒津木(けっ、この三年間、タキオンのトレーニングで鍛えたみてぇだが、俺はともかくとして翔也の奴に勝てるわきゃねぇだろ)
―――余裕なのか落ち着きを装っていやがるのか、玲皇の奴は準備運動すらせずに俺達に背を向けている。
それに比べて、翔也はデッドリフト(人間用)をやったにも関わらず、腕をほぐすように回して調子を確かめている。こんな勝負、やらなくても分かりきってんだろ。
黒津木「まずは、俺からやらせてもらおうか」
桜木「ああ、よろしく頼む」
全員「!」
おいおい、右腕のTシャツそんなめくっちまったら、事故の傷が見えちまうぞ.........いや、それほどまでに本気なんだろう。このチキン野郎。
全く、なんでさっさと告白しやがらねぇんだ.........!!こっちはもうテメェのそのどっちつかずの態度にウンザリなんだよ!!!
タキオン「やってしまえ黒津木くん!!容赦はしなくていいぞ!!」
カフェ「タキオンさん.........静かにしてください.........」
タキオン「な!!?お、応援くらい別に大きい声でしても構わないだろう!!!」
うわ、超恥ずいなコレ。応援されるって嬉しいけどこんな気持ちなんだな。
だが、玲皇の手を握れば伝わってくる。一筋縄では行かないぞ、この勝負。
桜木(考えても見ろ。もし告白なんかして、マックイーンにその気がなかったら.........考えただけでもゾッとする)
桜木(諦めるんだ桜木.........!!お前には高嶺の花だったんだ.........!!今のままでもう十分だろ!!)
―――当たり前の事実を心の中で反復させていると、どこか悔しさにも似た感情が溢れ出して来る。そんな気持ち、俺が持つ資格は到底ないのに。
俺と黒津木が握りあった右手を、ゴールドシップが上から包むようにして手を置く。ゴングは直ぐに鳴る。今この一瞬で、最高の力を振り絞るんだ。
ゴルシ「お互い力抜いてー.........よーし、このまま.........」
ゴルシ「レディー!!!ゴーッ!!!」
掛け声と共に、ゴールドシップの置かれた手が離される。目の前に居る黒津木の事は考えず、俺はこの手を左側に倒す事だけを考えた。
ドンッ、という強い音がこの広いトレーニングルームで反響する。それに数瞬遅れて、取り巻きのウマ娘達が感心する様な声を上げた。
しかし、思ったより頑丈だ。抵抗感は余り感じなかったが、コイツの腕を壊すことは無かった。幸いだった。
桜木(よし!まずは一人.........!!)
黒津木「いっつ.........想像以上に強いぞアイツ」
白銀「任せろよカス。俺がアイツの腕へし折ってやっからよぉ!!」ポイッ!
倒した方の手首の様子を見るように回しながら退場する黒津木。それと入れ替わるように、白銀は着ていたジャージの上着を投げ捨て、タンクトップ姿で現れる。
圧巻だ。やはりコイツの筋肉はもはや芸術品と言っても差支えは無い。無駄のない美しさだ。正直、コイツの前腕だけで飯は三杯食える。
桜木(だが.........!!)
負けられない。負ける訳には行かない。ここで負けてしまえば、俺が今まで努力してきた経緯が水の泡だ。マックイーンとは今のままで充分なんだ.........!!!
そう思いながら、もう一度机の上のクッションに肘を乗せた。
白銀「へへ.........よろしこ」
桜木「じゃあな」
白銀「.........は?」
半分本気、半分揺さぶりの声をかける。その意味を白銀が問う前に、組んだ手の上に手が乗せられる。
アレ?タキオン?ゴールドシップは?と思ったが、何故か今までお互いがいた位置と綺麗に入れ替わっている。変わり身の術だろうか?
タキオン「レディー、ゴー!!!」
白銀「ヅゥァァァアラァァァッ!!!」
桜木「死ねェェェェェェェッッ!!!」メキメキメキメキッ!
白銀「.........はァァ!!!??」
力んだ結果も虚しく、白銀はその腕が本来曲がらない方向に曲がってしまった。折れた訳では無い。肩を外しただけだ。脅しが効いたおかげで、奴を力ませることが出来た。
ブルボン「か、肩が外れてます.........!!」
ライアン「だ、大丈夫ですか!!?」
先程、神威の奴が技に優る純粋な強さこそパワーだと言っていた。それは確かにあるだろう。戸愚呂弟が言っていた言葉だ。
だが物事には必ず法則がある。力を入れるべき場所は定められており、それが正しくなければ力は入らない。最悪、怪我をする場合もある。今回、俺はそれを利用して奴の腕をぶっこ抜いてやった。
コレで二人目だ.........!!あと一人倒しちまえば俺の勝ちだ.........!!
黒津木(し、翔也が負けた.........!!?こ、コイツは誤算だ.........)
―――さすが玲皇と言ったところだろうか、その幾度も苦難を乗り越えてきたコイツの爆発力を侮っていた。
桜木「デジタルッ!」
黒津木(ダメだぁ.........)
タキオン(デジタルくんじゃ勝てない.........)
俺は恐る恐るタキオンとアイコンタクトを取る。首を虚しく横に振られた。薬を飲んだ場合の勝率は、かなり低いらしい。
―――終わった。俺達はそう、思っていた.........
桜木「来いよデジタルゥッ!オメェだよ―――」
デジ「」
桜木「ァ...ガ.........!!? 」
―――血。顔の中心部分に空いてある人が人として生きる為に必要な器官の部分。その二つ。その両方から、アグネスデジタルは血を吹き出していた。
暴力でも振られたか?いや、そんな音はしなかった。なら一体何が.........?それは、デジタルの周りに散りばめられた写真が物語っていた。
俺とマックイーンがお昼ご飯を食べる写真。スケートに行った時。一緒に眠ってしまった写真。砂浜で二人、市販の打ち上げ花火を見ている後ろ姿の写真と、俺達の道のりを示したいつ撮られたのかも知れない写真が、デジタルの周りに散乱していた。
その時、背を向けていた勝負のリングに、ポスンと何かが乗る音が聞こえて来た。俺は最悪な予感がしながら、振り返るしか無かった。
ゴルシ「よろしく」
桜木「」
絶句した。なんせそこにはゴールドシップが居たからだ。しかもただ居た訳じゃない。何故かジャージから着替えて、レースをする為のあの赤い勝負服に着替えていやがった。
桜木「テメェッッ!!!最初に言ったチーム分けはどうしたァ!!?」
ゴルシ「デジタルは鼻血が出てリタイヤだ.........ま力不足かもしんねーけど、よろしく頼むわ♪」
桜木「そんなバカな.........!!」
仕方ない、と言うような声の調子でそういうゴールドシップ。ふざけるな。誰がお前みたいな怪力ウマ娘と腕相撲せにゃならんのじゃ。
逃げよう。そう思ったのも束の間、周りはたちまち、熱気が最高潮に達して声を上げ始めた。
スペ「わー!!ゴールドシップさんだー!!」
桜木「え」
ウオッカ「こりゃ見物だー!!!」
桜木「え゜ぇ゜!!?」
会場は既に勝負をする雰囲気になっている。先程まで早くトレーニングを.........と言っていた筈のエアグルーヴとその他も、どっちが強いのかを予想し始めている。
タキオン「一口ニンジン一本からにしよう!!!」
ナリブ「ゴールドシップに二本!!!」
ルドルフ「私は桜木トレーナーに一本!!!」
桜木(し、商売が成り立つほど盛り上がってる.........)
賭けの倍率はどんどんと跳ね上がって行っている。これでは逃げれる勝負も逃げれる訳が無い。だが、相手はあのゴールドシップだ.........正直、勝てる保証はどこにも―――
ゴルシ「どうした.........?」
すっとぼけやがってこの奇人が.........!!割と本気で心配そうな声掛けてんじゃねえよ!!クソ、なんて理不尽な奴なんだ.........!!
ゴルシ「さぁ.........」
なんだよその顔は.........!!いつもの舌ペロ舐め腐り顔の方がよっっっぽど可愛らしいぞ.........!!!!!
きっと、この状況もコイツの計算の上で成り立っているのだろう。さぞ楽しそうだ。人を貶めてその姿を嘲笑う楽しみ方を、コイツは知っている.........!!!
桜木(野郎.........!!!覚悟しやがれ.........!!!)
ゴルシ「ンン.........?はやくやろうよぉ.........?」
桜木()ブチッ!
俺はタキオンが持ってきたカバンに手を突っ込み、中にある筋力ウマ娘化薬(+あとなんかよく分からん薬多数)を一気に飲み干した。タキオンは絶句してたが、知らん。コイツは俺を怒らせた。
ゴルシ「はやくぅ〜.........」
桜木「やってやろうじゃねぇかこの野郎ォォォォッッ!!!」ガンッ!!!
身体の内から炎が燃え上がる感触がある。それなのに、何故か頭はヒンヤリとして来ている。これが俗に言う、ゾーンと言うやつか。初めて体験した。
だが.........これならば勝てる。間違いなく、この目の前の大人を舐め腐ったクソガキを成敗する事が出来る.........!!!
黒津木「お、おい.........アイツが一緒に飲んだ薬って.........」
テイオー「ぼ、ボクあの薬の容器見た事あるよ.........」
タキオン「.........ヘル化の薬だね。通常人体には影響を及ぼす事は無いんだが、成程。ウマムスコンドリアが体内に存在している事が条件として―――」
カフェ「二人とも.........力を抜いて.........」
また審判が入れ替わっている。だがそんな事は気にしない。今は目の前の悪たれを成敗しなければならない。俺には俺の信念がある。こんなおふざけでそれを壊されてたまるか.........!!!
カフェ「レディー.........ゴー」
ゴルシ「ドリィャァァア!!!」
桜木「ヌゥァァァアアア!!!」
手が離された瞬間、ゴールドシップの余裕そうな表情も、俺の焦った表情も同じ仮面を被ったように、等しく険しくなった。
二人とも、相手を負かそうと一気に体重移動と腕力でケリを付けようしたが、俺の手が机に触れる感覚も、倒す方向に曲がる感覚も無い。
「「ぬぅ.........!!?」」
互角。一本の柱がそこに立っているように、机から垂直方向に二人の手は存在している。
フジ「う、動いてない.........!!」
オペ「ピクリともしない.........!!」
スズカ「い、一体どうなるの.........!!?」
周りの喧騒すら耳には入らない。目の前の悪を倒す為に、俺はただひたすらに集中を緩めず、力を込める。
ゴルシ(こ、コイツ.........!!マジで強ェ.........!!?)
桜木(気を緩めると.........一気に持ってかれちまう.........!!!)
そう思いながらも、形成は一瞬、ゴールドシップの方へと傾いてしまう。いつもなら弱気になって一気に畳まれただろう。だが、ここで.........!!!
桜木(諦めるもんかァァァァァ!!!!!)
ゴルシ(な、何ィィィ!!???)
不利になった形成をもう一度イイブンまで戻す。表情は変わらないが、ゴールドシップの焦りが手に取るように分かる。
桜木(まだまだ.........!!!)
ゴルシ(その腕もう一度スクラップにしてやる.........ッッッ!!!!!)
桜木(負けられねェんだよ.........ッッッ!!!!!)
ーーー
桐生院「ではみなさん!!今日は先日の古賀トレーナーの指摘された部分と、過去のウマ娘の映像を見比べましょう!!」
ウマ娘「はい!!!」
ミーク「トレーナー.........カッコイイ.........」
くぅ〜.........!!これです!!チームトレーナーの醍醐味と言えば、この全体を引っ張っている感じ.........!!
はっ!行けません。つい彼が羨ましいあまり、チームを作りたい欲求が高まりつつある中、こんな事でも幸せに感じてしまいます.........!!
私にはミークがいる、私にはミークがいる.........よし!落ち着きました!!
グラス「.........」
セイ「あれー?グラスちゃんまだ落ち込み気味なのー?」
マルゼン「仕方ないわよ〜。うちって中途半端にチーム多いからくじ分けしないと〜」
列の後ろの方で、落ち込み気味のグラスワンダーさんを励ますセイウンスカイさんとマルゼンスキーさん。今回リギルは、チーム人数の多さでくじ引きで合同グループ分けをされたらしいです。
そういえば、スピカも相当多い気がしますけど、なぜチーム分けしないんでしょう.........?気になりますね。今度彼に聞いてみましょう!!
桐生院(このトレーニングルームを超えれば、後は突き当たりを―――)
「「デリィィィヤァァァアアアッッッ!!!!!」」
全員「!!!??」
トレーニングルームの扉の前を通った瞬間。熱い鉄の扉で隔てられている筈なのに、ものすごい声量の声が耳に届いてきます。
しかも、この声.........どこかで聞き覚えが.........?
タマモ「おっちゃんの声やないか.........?今の.........」
オグリ「確かに、言われてみればそうかもしれない.........」
クリーク「桜木トレーナーさんと.........ゴールドシップちゃん.........?」
.........えぇ?彼は一体この壁の向こうで何をやっているのでしょう.........?ひ、非常に気になってしまいます.........!!
私は恐れながらも思わず、そのドアノブに手をかけようとしました。しかし、その手を誰かに遮られます。その方を見ると、古賀トレーナーが、悲しそうな表情で首を横に振ります。
古賀「桐生院さん。俺ァアンタのお父さんの友達だから、特別に教えておいてやる。あの状態のあのバカには関わるな。滅茶苦茶にされる」
桐生院「な、何を.........?」
古賀「キャラ」
私はその言葉を聞き、唾液を飲み込みました。キャラという事はつまり.........その人の性格が滅茶苦茶されるという事です。そ、そんな事があるのでしょうか.........?
いえ、ベテランで最年長の古賀トレーナーの言う事です。きっとそれは正しいでしょう。ならばここは引くのが安全.........そう思いながら、私はドアノブから手を引きました。
その時、列の後ろの、その奥側から溜め息が聞こえてきました。
「はぁぁぁ〜〜〜.........」
桐生院「あれは.........メジロマックイーンさん!」
マック「!あ、あら。桐生院さんに古賀トレーナーさん.........他にも.........あ、あはは.........お見苦しい所をお見せしましたわね.........」
どこか疲れた様子のマックイーンさん。一体どこに行っていたのでしょう。そう思っていると、タマモクロスさんが何かをからかおうとして近付きましたが、一瞬で身を引きました。
タマモ「アカン。マックちゃん何があったんか知らんけど、めっちゃ不機嫌や」
全員「え」
傍目から見れば分からない様子でしたが、どうやらタマモクロスさんはしっかりとマックイーンさんの機嫌を読めたそうです。
あ、危ないのでは.........?その状態で、今この扉の向こうを覗いてしまったら、爆発してしまうのでは.........?
マック「失礼します」
桐生院「あ!!!待っ―――」
私の静止も間に合わず、マックイーンさんはその手でドアを開けてしまいました。
ーーー
勝負は拮抗していた。このままでは俺達の勝敗が着く前に、机が壊れてしまう。そう思えるほどに、ミシミシと嫌な音を立て続ける机。
しかし、次の瞬間.........
ゴルシ「はァ!!?」
桜木「ッ!ズゥァァァラァァァァッッ!!!」ダンッ!!!
ゴルシ「あ!!!やっちまったァァァ!!!」
何故かよそ見をしたゴールドシップ。その一瞬の隙を突いて、俺は一気に勝負を決めさせてもらった。
あぁ.........!!勝ったんだ!!俺は勝ったんだ!!!こんなに自らの勝利を渇望した事も!!喜んだことも無い!!!
桜木「おらおらァ!!!どうしたァゴールドシップゥ!!!」
ゴルシ「い、いや、その.........」
桜木「あんだよ!!!言い訳かァ???ピザでも食ってろピザでもォ!!!」
ゴルシ「う、後ろ.........」
そう言いながら俺の背後を指さすゴールドシップ。その顔には今日一番の大量の汗を流し、どこか恐怖している顔を見せている。
周りを見れば、他もどこか似たような顔をしている。一体どうした?変質者でも現れたか?全く、安心沢先輩にも困ったものだ。学園に来るならもちっと普通の格好を―――
マック「御機嫌よう」ニコ
桜木「」
マック「私が居なくなった今の今まで.........一体何をしてらっしゃいましたの?」
汗が吹き出す。まるで今まで身体を動かしていた燃料が抜けて行くみたいに、闘志が全く無くなる。
桜木「あ、ああ!!!き、気分転換にな!!!皆ストレス溜まってるだろうから!!!腕相撲で発散してたんだ!!!ハハハ!!!」
マック「あら、でしたらちょうど私も機嫌が悪いので、お手合わせ願えますか?[トレーナーさん]?」
桜木「.........ハハ」
乾いた笑いがこだました。滴り落ちる汗の音すら拾えそうな静寂。マックイーンは腕相撲をやるはずなのに、何故か椅子を持ってきて座り始めた。
マック「さっ、早く始めましょう?」
全員(こ、怖い.........!!!)カタカタカタカタ
震える身体を抑えつつ、俺は唾を飲み込みながらマックイーンの手を握った。柔らかい。綺麗な手だ.........じゃなくて!!!
桜木「だ、誰か初めの合図を.........」
ゴルシ「お、おう!!アタシがやるぜ!!」
いの一番に手を挙げて宣言してくれては居るが、ゴールドシップも戦々恐々だ。俺とマックイーンの組んだ手の上にその手を乗せながら、横目で俺を見てくる。
諦めろ。骨だけは拾ってやると言うような目で俺を見てきた。お前はマックイーンをなんだと思っているんだ。
ゴルシ「行くぞー!!レディー!!ゴー!!」
桜木「ズェアリャ!!!」
マック「.........」
いくら相手が相棒のマックイーンだとしても俺は手を抜かない。勢いで畳み掛けるように体重移動で負かせようとするが、ゴールドシップの時と同じく、手が動いている気がしない。
桜木(う、動けん.........!!バカな!!?)
マック「.........力だけですのね」クイッ
桜木「へ?」クルン
手の甲が机に着いた。それだけじゃない。どういう力が働いたのか、俺は床の上でひっくり返っていた。
な、何が起きたんだ.........?俺はマックイーンに何をされた.........!!?
ま、まあ勝敗は着いた。俺はこれでお役御免という訳で―――
マック「次」
桜木「.........?」
マック「このままでは機嫌が収まりません。あと十回程お相手をお願いしますわ」ニコリ
桜木「」
怖い。今まで感じたことの無い圧がマックイーンから発せられる。本当はこの勝負。受けたくない。
だが、そんなことを今のマックイーンに言える訳が無いので、地獄の腕相撲大会は延長戦へと突入した。
ーーー
桜木「」ボロ...
マック「んーー.........スッキリしましたわ」ノビー
あの後、トレーナーさんと十回腕相撲をして、十回勝ちました。最後は思わず机を叩き割ってしまいましたが、仕方ありませんわ。私だってそういう時くらいありますもの。
ゴルシ「あ、あー、ところでよ。何の話だったんだ?」
マック「.........まあ、もう話は着いたのでお話しても支障はありませんか」
私がそう言うと、皆様はゴクリ、と唾を飲みました。どうしたのでしょう。そんなに気になる話ではないでしょうに.........
マック「実は先程、婚約に着いての話をしておりましたの」
桜木「」ガタッ!
白銀「死体が動いた!!?」
婚約、と言う単語に反応したのか、トレーナーさんは気を失いながらもその場にすくっと立ち上がりました。まるでゾンビです。
テイオー「そ、それで!!?」
タキオン「受けたのかい!!?」
マック「そんなわけないでしょう」
私は溜息をはぁっと吐きながら、傍にあった縄跳びを手に持ち、軽く身体を動かしました。
これでこの話はおしまいです。そう思っておりましたが、ゴールドシップさんが凄い形相でこちらに近づいてきました。
ゴルシ「なんで!!?どう考えても玉の輿だろ!!?」
マック「お金には困ってませんから」
ゴルシ「いや!!!夫が医者だとメジロ家でも割と顔は立つだろ!!?トレーナー資格も持ってるし!!!」
マック「ゴールドシップ」
ゴルシ「.........!」
この人、先程の電話で言われた言葉と同じ事を言いました。おかげで少し、あの時感じた不快さが蘇りましたわ。
それにしても、どこから話が漏れたのでしょう?誰も相手はお医者様だと言ってはいないのですが、この際良いでしょう。
夫が医者だから。それがなんだと言うのです?職業や立場で結婚相手が決められて幸せになれるほど、私は従順ではありません。
.........行けない、思わず睨みつけてしまいました。仮にも彼女は年上です。私は申し訳ないと謝りながら、言葉を続けました。
マック「結婚をする上で必要な物は、お金でも、立場でも、職種でもありません。信頼関係です」
マック「本当の笑顔も分からない相手と、貴方は心から笑って自分の事を話せますか?」
ゴルシ「.........いや、悪かった。これはアタシが悪い」
.........全く、誰も彼も、私をなんだと思っていますの?自分の立場くらい自分で良くしていきます。他人や結婚相手までステータスにするつもりは毛頭ありません。
今度こそ、邪魔される道理はありません。皆さんもそれぞれの持ち場に着きましたが、また私に、誰かが近付いてくる。そんな気配を感じます。
桜木「本当に良かったのか?」
マック「.........はぁぁ」
.........本当、優しい人のか酷い人なのか、この人は時によく分からなくなります。どうしてこんな人に私の心を掻き乱されなければいけないのでしょう?
私はせっかく持った縄跳びをそばにあった机に置き、彼に圧をかけるように近づきました。
マック「先程も申し上げた通り、私は顔も声も知らない人と結婚する事はありません」
桜木「だ、だけど婚約って親が持ってきたものだろう?あんまりこっぴどく振ったんじゃ―――」
マック「あちら側からの力押しでお話だけでもと言う事でしたので、[お話]だけさせて頂きました。もう金輪際会うこともありませんし、その人の話題ももう挙げませんので、ご理解ください」
マック「そもそも、メジロ家は代々レースに関係する一族です。トレーナー資格を持っていようとその仕事をしてないのならば意味はありません」
桜木「で、でもマックイーンのお父さんの財前さんだって―――」
マック「父と母は特別です」
私がそう言うと、それ以上何も言えなくなったのか、トレーナーさんは少し唸って、ごめんと謝りました。
.........別に、謝って欲しかったわけではありませんのに.........でも何故でしょう?先程電話越しで謝られた言葉と同じですのに、あの時と違って、この人のこの言葉はあまり耳に入れたくありませんでした。
マック「.........悪いと思っているなら、いつも通り私にトレーニングを付けてください。私のトレーナーさんは、貴方しか居ないんですから」
桜木「.........わかった。マックイーンにはまだトレーニングの予定を渡してなかったから、これを参考にしてくれ」
そう言って、彼は私にトレーニングの内容を記したプリントを渡してくださいました。そこには、私の身体状況と課題点。それをどう解決するかという内容が書かれていました。
.........やはり、こういう方でなければ結婚は難しいでしょうね.........って
マック(と、トレーナーさんと結婚するのも悪くないなんて、何を考えていますの私!!?)
必死に頭を振り、考えを逃がします。いいい、いくら天皇賞を共に勝ち取ったトレーナーさんとはいえ!!それは流石に行き過ぎています!!
ふぅっと息を吐き、自分を落ち着かせようとしていると、なにやらドーベルと電話越しのテイオーが話していました。
ドーベル「ねぇ、もしかしてマックイーンって.........」
テイオー「うん!多分自分じゃ気付いてないけどそうだよ!!」
ドーベル「えぇ.........?見た感じあまり仲良さそうには見えないんだけど.........」
テイオー「けどこの前みんなでカラオケ行った時のデュエットはノリノリだったよ?なんだっけゴルシ?」
ゴルシ「三年目の浮気」
曲名を言った瞬間、周りの人が黄色い声を上げ始めました。普段の私ならば、慌てふためき、弁解と否定をしていた事でしょう。
ですが、一つ学んだ事があります。ここで無理して否定するより、無視してしまえば火も鎮火するのです。ここは大人しくするのが安定で―――
ダスカ「動画ならここにあるわよ!」
デジ「あ、お二人のデュエット姿を加工したポスターもありますよ」
マック「」
前言撤回です。止めましょう。今すぐに。
動画はともかく!!なぜポスターまで作られてるんですの!!?ありえませんわ!!!
と、止めなければ!!!今すぐこの凶行を止めなければ少なくとも今この場にいる方達全員にデュエットポスターが配られてしまいますわ!!!
マック「トレーナーさん早く.........トレーナーさん!!?」
白銀「玲皇ならさっき創と一緒に槍持った栗毛の子に追いかけられてったぞ」
マック「何故!!?」
カフェ「し、司書さんもですか?」
黒津木「当たり前だろ。アイツ不幸だし」
ひ、非常事態です.........こ、この人数を止めるとなれば彼の力も必要不可欠.........い、一体どうすれば良いのでしょう.........?
ウララ「わー!!マックイーンちゃんとトレーナーのポスターだー!!お部屋に飾っちゃおー!!」
ライス「ら、ライスも欲しいかも!」
ブルボン「この動画の音声をCDにして抜け出せますか?スカーレットさん」
ダスカ「難しいこと言うわね」
黒津木「お、それなら俺の得意分野だぞ」
ガヤガヤとしたいつものような喧騒。実際にはこの場にいませんが、やはりその中心はトレーナーさんです。
そして、それをいつも収めるのが私の役割です.........!!ならば、やることはたったひとつだけ.........!!!
ダンッ!!!
全員「!!?」
マック「.........」
大量のポスターを置いている机の隣に、私はもう一つ机を持ってきました。その上には、先程まで使っていたクッションがあります。私はそこに、肘を乗せました。
マック「.........ポスターもCDも大いに結構。持って行ってくださいまし」
マック「ですがこの、メジロマックイーンに腕相撲で勝った方から差し上げますわ」ニコ
全員「.........」ゴクリ
その後、ポスターとCDの受け渡しされる数を何とか限界まで抑え込むことに成功し、これ以上変な噂が流れる事がないと思った私は、ホッと一息つきました。
......To be continued.........?
ーーー
ゴルシ「はー、楽しかったなー合同練習!!明日からは普通のトレーニングだからちっと物足りねーけどなー」
両手を頭の後ろで組みながら、アタシは寮へと向かっていた。ウマフォンに映し出されるニュース記事を見ると、合宿所の周囲は台風の被害で大変になっている。今年はどこのチームも行けねーだろーなー。
そんな事を考えていると、ふと前に人が立っていることに気付いて、アタシは顔を上げた。
白銀「よう」
ゴルシ「.........んじゃ」
白銀「おいおい、最近避けまくってんじゃん!!」
誰のせいだと思ってんだよ誰の!!!オマエが天体観測に誘った日からアタシはもうオマエとあまり関わらねーって決めてんだよ!!!
そう思ったけど、アタシはそれを口に出さず、白銀の横を通る形で無視しようとした。そこに、アイツはアタシの肩に手を置いて止めてきた。
白銀「頼みがある」
ゴルシ「.........なんだよ、藪から棒に」
白銀「.........ここに、二枚のチケットがある。イギリス行きの航空チケットだ」
ズボンのポケットから取り出した二枚の紙切れ。それを見た時、アタシはあの時白銀に言われた言葉を思い出す。
『8月の世界大会ッ!一緒に行こうぜェーーッッ!!!』
ゴルシ「.........!!」
白銀「俺は負ける気は毛頭ねぇ、けど、そこにお前が居なきゃ意味がねぇんだ。頼む」
そう言って、白銀はアタシの肩から手を離した。身体の正面をしっかりとコイツに向けて、その目を見る。その目は、とても真剣だった。
白銀「俺と一緒に.........!もう一度海外に来てくれねぇか.........!!」
ゴルシ「白銀.........」
普段は、とても滅茶苦茶なヤツだ。本当にプロのスポーツ選手なのかと疑うレベルに酷いヤツだ。金遣いは荒いし、口はすこぶる悪いし、髪も最初は金髪に染めてたけど、最近は白に染めてるし、嘘吐きだ。
あーあ、けど.........なんでかなー.........
「.........分かった。一緒に行く」
白銀「!!ホントか!!?」
顔を上げて見せたその目は、今まで見た事ないほどキラキラしてた。まるで、それが叶うなら何も要らないと言う子供のような顔。アタシだって、そんな顔した事ねーと思う。
.........アッチでボロボロに負けちまっても、アタシが慰めてやればいい方向に向くかもしんねー。そう思って言ったけど、こんな顔されるなんて思っても見なかった。
ゴルシ(ただアタシが着いてくってだけなのに、何考えてんだ?わっかんねー.........)
取り敢えず、アタシは白銀が手に持っているチケットの一枚をぶんどって、寮に急いで帰った。寮の前にいるフジキセキに嬉しそうだとか言われたけど、そんな訳ねー。
そんな訳ねー筈なのに.........なんだか今日は、あまり寝つきが良くなかった.........
......To be continued