山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
※タイトル詐欺っぽいです。ゴルシは今回こんなハイテンションじゃありません
日本特有の蒸し暑さがピークに達する八月。普段であるならば、その暑さの気にやられて思考を乱し、チームに迷惑を掛けていただろう。
だが、今年は違う。
「白銀選手!!遂に決勝戦ですね!!」
テレビから流れるインタビュー。準決勝を楽々制し、記者達がその視線を俺のよく知っている顔に浴びせる。
それでも奴はいつも通り、ヘラヘラとした調子で頭を下げていた。
「決勝戦では二年前、自身を一回戦敗退に追い込んだケインズ選手との対戦ですが、具体的な対策や意気込みはありますか?」
白銀「えー。ブリカスは基本口が悪いので、俺も頭を悪くして戦います。徹底的にコートの上で叩き潰してテニスのネットにハンガー引っ掛けて干すつもりでペタペタにしてTwitterに投稿して炎上するんでそこんとこよろしこ」
桜木「.........」
何言ってんだこいつ。頭イカれてるのか。テレビにはピースで下卑た笑顔の白銀が写っている。
.........もう寝よう。今日はインタビューで本戦は明日だ。時間的にも昼。しかも休日だ。皆で見る余裕はあるだろう。そう思いながら、俺はテレビの電源を落とし、部屋の電気を消して布団の中に寝落ちして行った。
ーーー
『あの日本人かい?確かに凄かったさ。けれど、その凄みを感じたのも、最初に対戦した時だけ。その二年後の世界大会の時はもう、普通の人間だったね』
ゴルシ「.........」
いつか見たドキュメンタリーのインタビュー。そこでソイツは、世界二位にまで登り詰めた奴の事を、普通の人間だと嘲笑っていた。
その再現映像では、世界二位の男は真剣な顔で「Glad to see you」と呟き握手を交わしていたと思う。けれど、世界一位の男はその手を握って、こう思ったそうだ。
『僕はこう思った。[easy operation]。だってね』
あの何ともいけ好かない顔が、アタシは嫌いだ。あの自分以外の人を凡人だと思ってる奴の顔が、一番ムカつく。
.........そんな奴に負けて、かつて世界二位の男は壊され、堕落して行った。
ゴルシ「.........なあ」
白銀「ん?」
試合が始まる直前の控え室。試合に出ねーアタシがこんなに心配してんのに、目の前に居る男は応援に貰った饅頭を口に詰めてやがる。世界の頂点を決める戦いだってのに、どうしてそんな澄ました顔出来んのか、アタシには理解ができない。
ゴルシ「なんかあんだろ。もっとこう、緊張.........みてーなさ」
白銀「.........なんで?」
ゴルシ「っ、これからオマエが戦う相手は!!!世界最強なんだぞ!!!」
アタシは座っていた椅子を、立った勢いで後ろに倒してしまう。それに気を取られることは無く、アタシはいつまでも悠長に居る白銀の前に躍り出た。
ゴルシ「怖くねーのかよ!!!苦しくねーのかよ!!!アタシがあんだけ散々脅したんだぞ!!!」
白銀「怖くねー。苦しくねー。むしろ俺は今日を待ちわびてたんだ」
そう言いながら、白銀の奴はティッシュで饅頭の粉まみれになった口をゆっくりと拭った。まるで、これから友達ん家に遊びに行くみてーな感覚で、余裕な表情を見せた。
白銀「俺はな、お前とあの.........なんだ、 名前忘れたけど、ウマ娘の学校で出会う前、世界大会を一回戦で敗退したんだ」
ゴルシ「.........トレセン学園な」
白銀「今日はその雪辱を晴らすついでに、この舞台を借りるんだ。アイツなんか二の次だ。あんな雑兵に構ってる暇はねェ」
そう言い終えると、白銀は丸めたティッシュをゴミ箱に投げて捨てた。ど真ん中に入って行ったそれを見て、どこか満悦そうな顔で立ち上がる。
.........気に食わねー。大っ嫌いだ。イライラしてくる。なんでアタシがこうも忠告してやってんのに、言うこと聞いてくんねーんだ.........!!
ゴルシ「.........勝手にしろよ、もう」
白銀「.........チッ」
お互い、イライラが最大限にまで高まってるのがよく分かる。空気はピリピリしていて、肌が痛くなってきちまう。
.........こんなこと、別に言いたくなかった。アタシだって、お前はすげーんだぞって、世界で1番つえーんだぞって.........送り出してやりたかったのに.........
なんでか分かんねーけど、泣きそうになりながらアタシは白銀に背を向けた。けれど、いつまで経ってもドアが開く音が聞こえない。早く、行って欲しいのに。
白銀「おい」
ゴルシ「.........なん―――!!?」
視界が、暗くなった。顔の表面には何かが力強く当たっている。頭になんか乗っかってる。一瞬ですげー量の情報が流れてきて、流石のアタシの頭もパンク寸前だった。
白銀「どうだ、聞こえるか?」
ゴルシ「.........うん」
ゆっくり、ゆっくり、大きくなったり小さくなったりを繰り返している音が、アタシの耳を通して伝わってくる。
そっか、アタシ今、コイツに抱きしめられてるんだ.........なんか、悪い気はしねー。
白銀「.........悪い、怖くねぇなんて言ったけど、あれ嘘だ」
ゴルシ「え.........?」
アタシは思わず顔を上げた。そこには、余裕そうないつもの白銀は居なくて、ちょっと焦った顔のコイツが、そこには居た。
始めてみる顔だ。ちょっと汗が滲み出てるのが、なんだか面白く感じちまう。
白銀「今までずーっと、アイツに負けてから怖かった。けどよ、玲皇達がダイエットしてた時、一緒に海外まで来てくれただろ」
白銀「.........あの時、すっげー安心した」ニヘラ
ゴルシ「.........あ、アタシはなんもしてねーけど.........」ゴニョゴニョ
な、なんかそういう事言われると恥ずかしいんだよな.........いや、褒められんのは嬉しいけど、なんかコイツに言われんのはちげー感じがするっつーか.........
そう思っていると、アイツはアタシからその手を離しちまった。.........ん?この言い方じゃ話して欲しくなかったみてーになるんじゃ.........い、今の無し!!!誰かアタシを救急車で轢いてくれ!!!(?)
白銀「なあ」
ゴルシ「キラークイーンッッ!!!」
白銀「ハハ、ジョジョ知ってんのかよ!戻ってきたら何部が好きか語り合おうぜ!!!」
アタシ渾身の誤魔化しが空を切った。いや、この際逆に誤魔化せたのか?なら良かった。
そう思って、柄にもなくホッと胸をなでおろしていると、白銀はドアの方であたしに背を向けて、その手を挙げて、アタシに言った。
白銀「んじゃ、サクッと勝ってくるからよ。最後に言いたいこともあっから、締まりの良いようにしてくるわ」
ーーー
「なんだ!!ここはケインズ様の―――」
「あ?何言ってんだこいつ、俺高校の時英語の評価2だったから何言ってんのか分かんねぇからよ。日本語で喋ってくれや」
控え室の外が何やら騒がしい。これでは精神が乱されてしまう。そう思い、俺は控え室のドアまで歩き、外の様子を見ようとゆっくりとドアを開けた。
するとそこには、俺のボディガードを軽々と持ち上げる男。これから戦う日本人であるシロガネショウヤという男が居た。
白銀「.........あ?なんだよ。世界一位っつうのも、案外小心者なんだな」
ケイン「.........何の用だ」
俺の視線に気づいた奴は、持ち上げていたボディガードの襟首を離し、そっとドアの開いている縁に手を添えた。
ムカつく奴だ。以前と何も変わっていない。まるでこのスポーツを冒涜する様な男を、俺は許す事は出来ない。そう思いながら、そのドアを思い切り開けた。
白銀「宣戦布告って奴だよ。あ、漢字分かる?小学生で習う奴なんだけどよ」
ケイン「知らん。第一先程英語が分からないなどと言っていたが、君は話せているじゃないか。脳みそを母親のお腹の中に置いてきたのか?」
白銀(何言ってんだこいつ)
そう心の中で思ったのだろう。奴は俺をバカにするような目で見てきた。先に仕掛けてきたのはそっちだ。なぜ俺が変人扱いされなければ行けないんだ。
白銀「テメェの事。待ってたぜ、怪我から復帰の初大会、ここがテメェの墓場になっからよ。良かったな、二万人も参拝客が来てくれてんだぜ。通夜にするのは勿体ねェよな」ニヘラ
ケイン「.........黄色い猿が」
白銀「へへ、まあそういう訳だからよ」
そう言いながら、奴は手を差し伸ばしてきた。握手のつもりだろうか?今更こんな男に、スポーツマンシップがあるとは思えない。
そう思いながらも、それに反応しないことこそスポーツマンシップに欠ける。俺は苦虫を噛み潰したような思いで手を差し伸ばした。
「.........よろしこ」ニヘラヘラ
ケイン「―――っ」
奴は、シロガネショウヤは、俺の差し出した掌を握る事はしなかった。握る直前にまで行った瞬間、奴は開いた手の平の親指、薬指、小指を閉じ、ピースをするような形で取り、その場から去っていった。
どこまでも、俺の神経を逆撫でる奴だ。ここで必ず、奴の選手人生に終止符を打たせてやる。
だが、同時にこう思った。今の奴を負かす。それは、今までのどんなプレイヤーに勝つことよりも.........
ケイン「.........[It's a difficult mission]」
思わずそう呟いてしまうほどに、奴の滲み出るオーラは酷く、洗練されていた。
ーーー
全員「.........」
テレビを前に、全員が固唾を飲んで見守るチームルーム。テーブルの上に散乱したお菓子など気にも止めず、皆が今か今かと白銀の姿を待っていた。
スペ「き、緊張してきちゃいますね.........」
桜木「ああ、なんせ相手はアイツと同じ身体能力を持つ男だ.........どう勝ちに行くか」
マグカップに入れたカフェオレを口に含みながら、俺もテレビの中継を見守る。アイツは一度、完膚無きまでにケインズに叩きのめされている。どういう対策をしたのか、その一点だけが気になっていた。
マック「で、出てきましたわ!!」
ブルボン「.........いつもと同じようですが」
テレビに映る奴は、特に緊張した様子を見せては居ない。それどころか、少しふざけたように観客に手を振る始末だ。これから世紀の大接戦.........いや、公開処刑にも似た蹂躙が行われるかもしれないというのに。
デジ「ゴールドシップさんは大丈夫ですかね〜」
黒津木「心配いらんでしょ。あー見えてあの子はしっかりしてるし」
神威「そうそう、今はゴールドシップよりアイツの方が心配だな.........」
いよいよ試合が始まろうとしている。余裕そうに見える白銀の心の内は、俺にも分からない。だけど、その内心が穏やかでは無いことは、手に取るように分かってしまう。
桜木(頑張れよ、翔也)
心の中で応援しながら、そのテレビを齧り付くように見入っていた。
ーーー
ゴルシ「.........」
テニスボールがラケットによって弾かれる独特な音。それと、コートに居る二人の呼吸音が耳に聞こえてくる。どちらも、似たような感覚で息している事が分かる。
けれど、差は付いている。ゲームは現在2セット目。白銀の奴はまだ一点もボールを入れられてねー.........でもそれが、本来の世界だ。
ゴルシ(そうだ、この後三回ラリーが続いた後、2セット目も.........)
5セットある内の3セットを取る事で、この大会の優勝者が決まる。1セットを取るには2ゲーム差をつけた上で6ゲームを取らなきゃいけねー。
けど、そんなまどろっこしい計算が必要ねーほど、相手は白銀のコートにボールを入れてきやがっている。
ゴルシ「.........」
.........そんなの、見たくねー。アイツがボロボロにされて負ける姿なんて、アタシは絶対に見たくねー。だからホントは、着いていきたくなんてなかった。
なのにどうして、あの時軽い気持ちで行くなんて言っちまったんだろう.........
そう思っているともう三回目、ラリーを終えてケインズにボールが渡る。アイツの強烈なスマッシュが、白銀の空いているコートに打ち込まれた。
あぁ、結局。このゲームも.........そう思って、アタシは目を瞑った。アイツの負ける姿を見たくねー一心で.........
けれど.........
ポコンッッ!!!
ゴルシ「え.........!!???」
本来耳に入ってこねーはずの音が鳴り響いた。その時、観客が一気に歓声を上げた。思わず目を見開いて見ると、白銀は.........相手の空いているコートにボールを打ち返して、一点奪い返していやがった。
ゴルシ「な、なんで.........!!?」
思わず、観客席から身を乗り出して、アイツの姿を確認した。その点を取った姿に、嬉しそうな様子は見えねー。けど、振り返ってアタシの姿を見たアイツは、ニヘラと笑って手を振りやがった。
ゴルシ「〜〜〜!!???」
顔が熱い。胸が苦しい。あの天体観測の時より、それは強くなってる。それがなんでか、全然アタシには理解出来なかった。アタシの事なのに.........
けれど、それ以上にワクワクした。アタシの知らねー世界を、もしかしたら見せてくれるかもしれねー。アイツはアイツ自身の力で、このどうしようもねー逆境を切り抜けられるのかもしれねー。そう思ったら.........もう、どうでも良くなってた。
ゴルシ「行けー!!!白銀ーーー!!!!!」
アタシが間違ってた。勝てないから逃げるなんて、そんなの、負けたのと同じじゃねーか。頑張れ白銀。負けちまったとしても、オマエのカッコイイ姿はちゃんと、アタシが見てやる.........!!!
ーーー
白銀「.........」
ケイン「.........」
4セット目の最初のサーブ。2セット目は結局取られちまったが、なんとか3セット目を奪い返すことができた。お互い、譲れねぇ戦いをしてることが分かる。
ボールと、身体の調子と、ラケットの機嫌を確かめながら、俺は奴の顔を見た。やっぱしいけすかねぇ顔してやがる。
白銀(真面目にスポーツマンしてますって顔しやがって.........自分の本性出せねェ様な奴が勝てる訳ねェだろうがよ)
俺は、勝つことが好きだ。負けることが嫌いな以上に、だから、いつもガンガン攻める展開を作っていく。
だが、今回はそうじゃねぇ。俺は今、[負けらんねぇ]んだ。俺の全てを尽くして、今目の前にいるコイツに勝たなきゃ、意味がねぇんだ。
俺自身、スポーツマン気取って、律儀に言葉遣いや行動を気にした時期もあった。
楽しかったさ、勝った時は色んな人に喜ばれて、負けた時は色んな人に慰めや激励を貰った。
けれど俺は、そんな言葉を貰えるような聖人じゃねぇ。心の内じゃ相手をボロカスに言っちまう人間だ。そんな言葉を貰う資格なんざ微塵もねぇ。
だから、そんな品行方正な態度は止めた。勝ったら調子のいい俺をバカにして、負けたら俺の悪口を言ってくれた方が、俺自身の気が楽だし、何よりそっちの方が面白い。こんなプロ、どこにも居ねぇからな。
白銀(テメェはどうなんだよブリカス。そんな猫かぶって楽しいか?あ?)ニヤ
ケイン「.........っ」
俺もテメェも同類なんだよ。ただ人より身体を動かせるだけのバカだ。
けどよ、品行方正な態度とって、自分の印象良くするより、バカはバカなりの立ち回りってもんがあんだろ?
例えばよォ.........!!!
白銀(世界中の奴らに指さされながら笑われたりとかなァッッ!!!)バコンッ!!!
ケイン「くっ.........!!」ポコンッ!
懇親の力を込めたサーブを奴が弾き返す。想定よりボールがずっと重かったのだろう。顔を歪ませて打ち返す姿がいい気味だ。
白銀「オッラァブリカスァ!!!漢字も読めてねェだろぉからなァッッ!!!白銀翔也って書いてなんて読むか知らねェだろッッ!!!」
奴の跳ね返したボールを懇親の力でまた返す。どうやら俺の強さが予想外すぎて、身体のギアを上げきれてねぇらしい。
押すならここだ。コイツからセットを取るためには今ここしかねぇ。
白銀「良いかァッ!白銀翔也と書いてッッ!!!『なんでも出来る』って読むんだッッ!!!」
ケイン「なっ.........!!?」
俺のスマッシュが奴のラケットすら弾いて、相手側のコートにバウンドした。一点、大きな一点だ。
ケイン「.........盗人が」
白銀「おいおい、責めて[要領がいい]って事にしてくれよ」
この2セットで奴の動き方も大分覚えてきた。身体の動かし方なんざ見るだけでなんとでもなる。
そして、セットは遂に5セット目を迎えた
ーーー
桜木「すげぇ.........!!」
ウララ「社長カッコイー!!!」
テレビに映し出される白銀の試合。最初こそやられっぱなしではあったが、今は破竹の勢いで世界一位を圧倒している。
行ける。そう思える程に、白銀はこの試合で異常な成長を遂げていた。
タキオン「彼の身体の可能性.........興味深いね。机上の空論を常に最速、そして精密に出している様にすら見えてくるよ」
黒津木「それが[不可能を可能にする男]の本領だ。可能性さえあれば机上の空論だって何とかしちまう奴なのさ、白銀翔也って奴は」
そう言って麦茶を口に含み、味わうように飲む黒津木。タキオンはその言葉を聞いてどこか納得したように、そして楽しみができたような顔でテレビに視線を戻した。
と言うより君たち距離近くないか?距離を取れ距離を、仮にも教職者と学園生徒だろう。
桜木(全くけしからんな)
デジ(同感ですな)
桜木(俺の脳内に直接入り込むな、ニュータイプか)
思考に若干の介入を感じながらも、最後のセットが行われるテレビをもう一度見る。そこには先程の様な余裕そうな表情をした白銀は無く、焦りを感じているアイツ。
そして、このような勝負事にはもう欠かせないと言っていいほど見慣れた、蒼い炎のようなオーラを纏ったケインズ・マーカーがそこに居た。
ーーー
白銀(けっ、ようやく本性見せてきやがったな.........!)
現在、5セット目の2ゲーム目。さっきまで苦虫を噛み潰したような顔してやがった癖に、今じゃケロッと忘れたようにしかめっ面してやがる。
ゴルシ「白銀.........!」
バカ女の声が聞こえてくる。観客席に居るはずなのに、すぐそばに居るみてーに耳に届いてくる。
心配すんな、お前が考えてるような事は負けようが起きやしねえよ。コイツに負けちまっても、意気消沈して廃人紛いになったりする訳ねぇ。お前が居てくれるだけで俺は.........
白銀(.........クソ、何弱気になってんだよ俺は.........!!)
過ぎった考えを振り払うように頭を振る。こんな所で負けらんねぇって決めたのは俺だ。他の誰でもねぇ。いいのか白銀翔也。お前の欲しいもん、手に入んねぇぞ。
そうは思っていても、時が過ぎれば既に点は0-40。次奴が点を取れば、この勝者は運命のまま、奴になってしまう。
ケイン「.........」
―――認めたくはなかった。だが、奴は天才だ。1セット目、2セット目と俺の動きを盗み、3セット目でそれを実践させてきた。俺ですら、そんな芸当は出来ない。
それでも、勝敗は別だ。慣れない動きの中で動いてきた貴様の体力はもう、底を付いている。勝負はありだ。このサーブを打った後、ラリーを数回続けてしまえば終わりだ。
ケイン(いい加減に眠れ.........!!盗人が!!!)
強めのサーブを打ち出す。今までの選手人生で一番と言ってもいいほど強いサーブを打てた。そう思える程に、ボールは風を斬る音を出しながら奴へと向かっていく。
一回目。俺から盗んだ動きでサーブを打ち返す。想定済みだ。俺もそれに応え、スライスで打ち返す。
二回目。俺のスライスを見て反応した奴は前へと詰め寄り打ち返す。逆方向に回転を掛けられた玉はバウンド直後の推進は弱い。奴はドロップショットでネット際へ落としてくる。俺はそれを見てパッシングショット。ネット際にいる奴の横を撃ち抜く。
三回目。よく反応出来たものだ。奴は横に抜けていくボールに手を出してきた。そして、それを俺の方に返してきた。賞賛に値するだろう。シロガネショウヤ。貴様は、俺の人生の中で一番強い選手だった。他の誰よりも.........!!
だが、これで終わりだ。ウイニングショット。 つまり、俺の切り札をここで使わせてもらう。かの有名な日本人選手、ニシコリケイも使ったと言われるジャックナイフを、俺は奴のコートに叩き込んだ。
白銀「しま―――っ、チィッ!!!」
いい反応だ。だが、追いつくことは無いだろう。これで、お前の負けは確定だ。シロガネショウヤ。その名を永遠に、俺は忘れることは無いだろう.........
―――負ける。間違いなく、俺は奴に負ける。最初から決まっていたように、神様がメモ帳の端っこに書いていたように、雑に決まっちまう。
悔しい。けれど、そう思う程に自分を褒め称える自分がいる。よく頑張ったと、あそこまでバカ女に結末を言われて、よく互角まで渡り合えたと.........
白銀(.........ホント、よく頑張ったよ)
言いたいことも言えない。けれど、それは俺の頑張りが足りなかったからだ。バカ女に伝えることの出来なかった心の内は、死ぬまで墓に―――
「―――なよ.........!!」
「諦めんなお前ェッッ!!!」
白銀「ッ!!?この声.........!!?」
その時、よく知っていた声が、観客席の方から聞こえてきた.........
ーーー
ゴルシ「.........白銀」
聞こえてくるアイツの息遣いが、どんどん苦しいものになってきてる。それなのに、あのケインズは寧ろ落ち着いた様子で玉を打っている。しかも、身体にはあの青白い炎見てーなオーラを出して.........
やっぱ、無理だったのかもしれねー。けれど、ここで負けたとしても、白銀の奴はきっと廃人になったりしねーだろう。アタシは頭ごなしにそう、無理やり自分を納得させていた。
その時だった。
「お嬢さん、もしかして翔也のお知り合い?」
ゴルシ「.........?誰だおっちゃん」
「僕はあの子のテニスの先生さ!もしかして、諦めようとしてる?」
ゴルシ「!?」
図星だった。隣に座ってきた顔も名前も知らねーおっちゃんは、一目でアタシの考えている事.........いや、アタシですら気付かなかった自分の考えを、一発で看破してきやがった。
「そうだよね。皆そうなんだ。無理だなぁ、勝てないなぁって思うでしょ?」
「けどさ!!そういう時こそ!!ガッツなんじゃないか!!」
「ほら!!!君も応援して!!!翔也にパワーを送るんだ!!!」
何言ってるんだこのおっちゃん.........なんて、最初のうちはそう思ってた。けれど、不思議とこの人の熱に、アタシも当てられたみたいで、自然ともう、負ける気なんて起きる気配はなかった。
「よし!!俺と一緒に翔也を応援しよう!!!合言葉は!!ネバーギブアップッ!!!」
ゴルシ「っ!!!おっっっしゃーーーーー!!!!!なんかわっかんねーけど!力が腹の底から湧いてきたぜー!!!!!」
ーーー
「どうしてそこでやめるんだそこでェ!!!」
「もう少し頑張ってみろよ!!!」
「ダメダメダメダメ諦めたら!!!」
「周りのこと思えよ!!応援してくれてる人達の事思ってみろって!!!あともうちょっとの所なんだから!!!」
昔から変わらない大きな声が、俺の耳に入ってくる。その声のお陰だろうか、届かないと思っていたボールに、ラケットの端が引っかかる所まで到達する。
ここまで来れば十分だ。ここからボールを打ち返すことはもう、今まで散々やってきた。
白銀「ッッ!!!」ポコンッ!
ケイン「っ!!?なにィィィ.........!!?」
白銀「へへ.........これで、アドバンテージに一歩近づいたな.........!」
観客席を振り返ることはしない。そこに誰がいるかなんて、もう分かり切っている。
何より、今の若干疲れちまったような格好悪い顔、バカ女には見せたくねぇ。
白銀「.........テメェは、大切な人とか、先生とか居るか?」
ケイン「.........何を言うかと思えば、そんなものはテニスに必要ない。強いて言うならば、計算を出すコンピュータが私の先生だ」
白銀「へへ.........なるほど、じゃあ俺の勝ちは安寧だって事だな」ニヘラ
ケイン「っ.........」
このセットに入って、奴はようやく表情を崩した。仮面の内側にある素顔をようやく、俺は歪ませることが出来た。
それでも、まだ足りねぇ。今のこの瞬間は、[奇跡]が見えただけなんだ。俺はまだそれを掴んじゃいねぇ。
俺は腰から垂らした汗を拭くための手拭いを頭に巻いた。かつて、先生がそうして試合をしていたように、気を昂らせるために。
そして俺は、いつも何となくで掴んでいた[奇跡]を、がっしり掴み取るために、言い放った。
白銀「さぁ来いよ。誰がテメェの応援してるかも分かんねぇ自己陶酔野郎.........!!」
白銀「今の俺は.........いや、俺達は.........ッッ!!!」
「奇跡だって超えてるんだぜェッッ!!!」
ーーー
翌日。イギリスのオルダニー空港
ゴルシ「.........これでよし、っと」
飛行機を待つ傍ら、アタシはウマフォンの充電器を差し込む部分にある機械を差し込み、ある人物にメッセージを送った。これで一つ肩の荷が降りた。
そう思っていると、アタシの前を日本人の団体客が横切ろうとする。そのうちの一人の女性がアタシに気付いて、近寄ってきた。
女性「あらゴルシちゃん!!昨日は美味しい焼きそばありがとうね!!」
ゴルシ「良いってことよ!!また食いたくなったらトレセン学園に来てくれよな!!顔パスで通すぜ!!アタシが!!」
そう言うと、その人は明るい笑顔でお願いするわねと、アタシに頭を下げた。
白銀の奴が最後のポイントをスマッシュで制した時、丁度近くにいた団体客が今の人達だ。祝勝会をやるだかなんだか言ってたから、せっかくだからアタシが焼きそばを作ってやるって言うと、滅茶苦茶喜んでくれんたんだ!!
女性「それにしても悪いわぁ、買出しに行ってたせいで勝者インタビュー見れなかったでしょ?」
ゴルシ「いいんだよ!!どーせアイツのことだからろくな事言わねーって!!」
そう、アタシは白銀の勝者インタビューを見てねー。買い出し行ってたからな。けれど、祝勝会の時はなんかこう、皆の視線が変だった気がする。
別に嫌な感じとかじゃねー。優しいような、申し訳ない様な視線だった気がする。
女性「私たちは次の飛行機で帰るけど、ゴルシちゃん暇ならこの動画みて!!それじゃあまたね〜!!」
ゴルシ「お、おう.........?」
すげー嵐みてーな人だったな.........手を振りながら帰っていくあの人たちに向かって、アタシも手を振った。
どーすっかなー.........パズルも飽きちまったし、見ても良いんだけど、どーせヒヤヒヤさせるようなことしか言ってねーんだろー?
そう思いながら、アタシはあの人と交換した連絡先から、動画のURLを開いた。
「白銀選手!!!優勝おめでとうございます!!!」
白銀「ありがとうございます」
ゴルシ「ぷふっ!なんだよコイツ.........猫かぶってんじゃん.........」
マイクを前に、深々と今居る人達全員に向けて頭を下げる白銀。なんか、試合する前より.........っつーか、試合の時より緊張してねーか?
そういえば、勝った時ちょっとしか居なかったけど、コートの上で色々な人にお辞儀してたな。アイツ。意外といい所あるかも.........って
ゴルシ(なんでそういう方向に行っちまうかなー!!!もう!!!)
落ち着け、相手はあの白銀だぞ!!?アタシはどっちかってーとアタシに振り回されても動じなかったり、色んな所に連れてってくれたり、シャツをビリビリに引き裂かれても文句言わねー奴の方が.........
ゴルシ(.........あれ?)
「白銀選手!今大会の優勝で世界ランクが一位になりました!!その勝因はなんだと思いますか?」
白銀「.........奴はテニスを愛した。俺は、一人の女を愛した。ただそれだけです」
ゴルシ「は.........?」
その言葉を聞いて、頭が真っ白になった。まるで頭からロードローラーを落とされた見てーな衝撃だった。
なんだよ、ちゃんとアタシ以外に相手が居るんじゃねーか。良かった、安心した.........流石にあんな変な奴を好きになっちまったら身が持たねー所だったぜ!!!
だからよ.........
ゴルシ(止まってくれよ.........!!!)
苦しい。切ない。寂しい。寒い。居て欲しい。居て欲しくない。そんなどうにもならない感情が、全部溢れ出すように、アタシの目から何かが止まらなかった。
あの時なんかより比にならないくらい、何かが胸を締め付けた。けれど、それなのに中にある物はぽっかり、ドーナツみてーな空洞で、スカスカになっちまった気分だ。
「で、では次にケインズ選手と対戦する機会は.........」
白銀「ない!俺は今日を持ってテニスを引退する!!!」
「「「「「えぇぇぇぇ!!!??」」」」」
ゴルシ「な、はァァァァァ!!!??」
そんな気分すらぶっ飛ばしちまうくらいの、大胆発言を白銀は会見でぶちかましてた.........いや、ヤバすぎんだろ!!!
.........でも、どうしてあの女の人はアタシにこれを見せたかったんだ.........?そう思っていると、画面の白銀はマイクを持ち上げて、コートの方まで走って行きやがった。
白銀「聞こえっかーーーバカ女ァァァ!!!」
ゴルシ「!!?」
白銀「オマエのお陰で!!!俺はアイツに勝つことが出来たーーー!!!これから言うことを聞いてたら!!!そこから返事してくれーーー!!!」
「好きだーーー!!!!!結婚を前提に!!!俺と焼きそば専門店を切り盛りしてくれェェェェッッッ!!!!!」
ゴルシ「」
ゴルシ「.........え?」
ゴルシ「そ、は?嘘だろ.........!!?」
思考が一瞬、止まった。次に動き出したのは、感情だった。嬉しい気持ちがどんどん身体の底から湧いて溢れて来て、アタシの身体だってのに、まるで制御が聞かないみてーに、身体に力が入らなかった。
涙が溢れてくる。さっきまでとは違う、嬉しくて嬉しくて、どうしようもねー時に出てくる涙。そんな涙がポロポロと、頬から自分の服に落ちて行く。
ゴルシ(.........なんか、ムカつく)
アタシは自分勝手だ。そんなの、アタシ自信がよく知ってる。だから、人に振り回されるのは好きじゃねー。
面倒臭いのは自分でも分かってる。けれど、今この告白を全部受け取る事はアタシの負けだ。
白銀「.........あれ?」
「.........反応、ありませんね」
白銀「.........」
だから、この告白は受け取らねー。
ゴルシ「.........そろそろだな」
白銀「ごめん!!!今の引退!!!やっぱなし!!!編集で消して!!!」
画面の中で記者たちがズッコケる姿を見収めてから、アタシはウマフォンの画面を暗くした。
オマエの告白は凄かった。けれど、アタシはまだそれを受け取れねー。こんなデケーことしたんだ。アタシもそれなりの事しなきゃ気がすまねー。
ゴルシ(.........ぜってーアタシから告白し返してやる)
そう決意を胸に、アタシは自分の乗る帰りの飛行機に乗り込んだ。
......To be continued