山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
暑さも厳しい8月を何とか乗り越え、既に時期は過ごしやすい10月の季節。俺は今しがた、パワートレーニングを終えたマックイーンにタイムを測りたいと申し出た所だった。
マック「ええ、構いませんわ」
桜木「ありがとう。このタイムを参考に秋の天皇賞までのトレーニングを組むつもりだから、走った時の体調も意識して後で教えて欲しい」
マック「分かりました。では、行って参ります」
トレーニングコースに入り、走る体勢を整えたマックイーン。腕を振り下ろすのと同時に彼女は走り出し、ストップウォッチも動きを見せる。
桜木(.........心配だな)
つい最近行われた記者会見、分かっていたことではあったが、彼女は大きな期待を背負っている。意識していたのかどうかは分からないが、それを浮き彫りにされ、直視せざるを得ない状況に立たされた際、彼女はなんとも言えない顔をしていた。
彼女が緊張で失敗する事はないだろう。だが、舞台というのは想定外が必ず起きる。練習を何百回、何千回としても、本番は一回きり。本番で起きる失敗は、本番でしか起こらない。俺はそれをよく知っている。
桜木(.........って、今俺が悩んでも仕方ないよな)
悩みに霞む思考の陰りを振り払いながら、俺は走りきったマックイーンのタイマーを止めた。
桜木「.........うん。この調子を保てばトレーニングで何とか行けそうだ。マックイーンは?どこか体調に違和感とかある?」
マック「いえ、特にはありません。それよりトレーナーさん。もう一本走りたいのですが.........」
タキオン「おやおや、精が出るねぇマックイーンくん」
俺がマックイーンと話している所を、背中側からストップウォッチを覗き込むようにして出てくるアグネスタキオン。今日はそのねじ曲がった根性を叩き直すためにタイヤ引きをお願いしたんだが.........
桜木「お前、トレーニングは?」
タキオン「いやぁ、私がタイヤ引きをしていると、ウララくんがどうしてもやりたいと言うんでね。変わってあげたんだよ」
桜木「見張りのデジタルは?」
タキオン「不意に人肌恋しくなって抱きついたら昇天したよ」
桜木「なんてことを.........」
優しいだろう?と言うような顔を見せてくるタキオン。タイヤ引きのコースを見てみると、ウララがライスやブルボンと一緒にタイヤを引いていた。因みにデジタルは跡形もなく消え去っていた。
おかしい.........あの子達、今日はスタミナトレーニングで沖野さん達と一緒にプールに行ってた筈なのに.........
タキオン「プールの温度管理システムを誤ってブルボンくんが触ってしまったみたいなんだ。治るまではスタミナトレーニングは出来ないよ」
桜木「なんてことを.........」
マジでブルボンのマシンキラー特性は何とかしなければいけない。今はいいかもしれないが、社会に出た時にパソコンも触れないようじゃ大変だ。それに今やお料理もIHとかいう電子化で機械が主流になりかけている。
どうしたものかと考えあぐねていると、ふと耳に空腹を伝える音が入ってくる。俺は思わずマックイーンの方を見た。
マック「.........」
桜木「.........」
マック「.........なぜ、私の方を?」
桜木「い、いや、こういう時は大体マックイーンかなってででででで!!??」
手首をひねりあげられた。久々の彼女からの攻撃。嬉しいやら痛いやら。しばらくして離された手を解しながら、今度はタキオンの方を見た。
タキオン「お腹が空いたね」
桜木「お前.........女の子なんだから恥じらいを持ちなさいよ」
タキオン「トレーナーくん、因みに今日は晩御飯を用意する予定はあるのかい?」
桜木「お前のせいで今出来たよクソが。俺は出前館じゃないんだぞ」
この子、俺が断れない性格なのを知った上でこう聞いてくるからタチが悪い。まぁ、マックイーンの天皇賞も近い事だし、俺が用意できるのなら好都合だ。今回はその話に乗ることにしよう。
タキオン「最近寒いからねぇ。今日は洋食の気分だよトレーナーくん」
桜木「じゃあシチューだな」
マック「シチュー!!」
二人「.........」
マック「.........ハッ!コホン」
嬉しそうな声を上げたマックイーンの方向を二人で見ると、慌てて冷静を取り繕うマックイーンの姿が見えた。別に今更キャラ作らんでも君が美味しいもの好きなのは皆にバレてるのに.........
取り敢えず、いつも通り体調不良の子が居ないかクーラーボックスを代車で運びながら見回っている黒津木からドリンクを貰い、マックイーンに渡して上げた。
タキオン「シチュー.........良いね。この少し肌寒い季節にピッタリだよ」
桜木「だよな、ご飯にかけて食うとさらに美味い」
タキオン「は?????????????」
うわ、お前マジ?みたいな顔してますけど、なんすか?まるで俺がたい焼きを頭からでもしっぽからでもなく腹から、しかも餡子を手でほじくり返して食べるという誰がどう見ても意思の無いものを可哀想に思える食べ方をしてるみたいな目で見てきた。そんな食べ方球磨川くんしかしないんだよ。
タキオン「君は!!!ご飯の上にシチューをかけるのか!!?非常識も甚だしいぞ!!!契約破棄も辞さないッッ!!!」
桜木「えぇぇ!!!!??」
あまりに大事になってきたぞ.........!!お前がそんな大声で叫びあげるからウチのチームどころか、他のトレーニングしている人達にまで聞かれてるじゃないか.........!!
ザワザワとしはじめた中で、俺の肩を誰かにトントン、と叩かれる。振り返ってみると、そこには仏頂面のダイワスカーレットが腰に手を当てて立っていた。
ダスカ「ちょっと!!!アンタタキオンさんに何したのよ!!!!!」
桜木「いや、俺はただご飯の上にシチューをかけると言っただけで.........」
ダスカ「.........へ?」
タキオン「あまりに非常識だろトレーナーくん!!!いや、桜木くん!!!シチューと!!!ご飯は!!!別で食べるんだ!!!カレーライスとはわけが違うんだよ!!?」
マック「す、少しは落ち着いて.........」
桜木「っ!!お前はかけて食うよなァ!!?宗也ァ!!!」
黒津木「ただいまを持ちましてご飯にシチューかけない教に改宗しました。二度と話しかけるな異教徒」
桜木「クソァッ!コイツはタキオンの手先だ頼った俺が間違いだった!!!」
マック「収拾がつかなくなりましたわ!!!」
こうなったらコイツらに聞いていくしかない!!!そう思った俺はまず手始めにタイヤを引いているウララの方へ出向いた。
三人はビックリしたような顔で俺の方を見る。当たり前だ。全力疾走で来たんだから何があったのかと思うに決まっている。
桜木「ウララ!!ご飯にシチューかけるか!!?」
ウララ「かけたことない!!!けど美味しそー!!!」
桜木「どっちだー???」
タキオン「やろうとしなかったんだ。彼女は常識を守ったに過ぎない。つまりこちら側だ」
黒津木「ようこそ、ご飯にシチューをかけない教へ」
掴んだウララの肩をタキオンに引き離され、よく分からない顔をしたウララとニンマリとした笑みを見せるタキオン。黒津木はもうなんかよく分からないキャラになっている。
桜木「ライスは!!?」
ライス「か、かけないかな?」
桜木「出ろぉぉぉぉ!!!ブルボーーーーンッッ!!!」パチンッ!
ブルボン「シチューはパンの方が美味しいです」
まさかの新たな宗派が誕生してしまった。シチューはパン教。意外にありというか普通にありだ。俺もそっちに改宗しようかな?
そう思っていると、着いてきたスカーレットにタキオンは質問を投げかけていた。
タキオン「もちろん、スカーレットくんはご飯にシチューなんか、かけないよねぇ???」
ダスカ「.........ごめんなさい!!!」
タキオン「えーーー!!!??」
桜木「いや、別に対立してるわけじゃないんだから、わざわざこっちに来なくても.........」
俺の背中に隠れるようにスカーレットはこちら側へとやってきた。完全な味方だと思い込んでいたタキオンはそれを見てショックを受けていた。
黒津木「あ、うちの宗教は掛け持ち可なので」
桜木「どういう事???」
宗教で掛け持ち可って何?オマエのその優しさが過去の人にあったら今ある戦争は半分くらい無くなると思うな俺。
いや、そういう事を考えている場合ではない。これは戦いだ。シチューをご飯にかけるかかけないかを天秤にかけた熱き戦いなのだ。
桜木「マックイーン!!!」
マック「ひゃ!!?な、なんですか.........?」
タキオン「君はどっちだい!!?もちろんメジロのお嬢様である君はご飯にシチューなんかかけないよねぇ!!?」
黒津木「かけててもいいよ」
優しいフォローをマックイーンにかける黒津木。チームに軋轢が生じないためだろう。わかったから俺にサムズアップを向けるのをやめろ。
しばらくどうしたものかと言うように悩んでいたマックイーンだったが、意を決した様な表情をすると、俺とタキオンの間から俺の方へと移動してきた。
桜木「マックイーン.........!!」
タキオン「そんな.........」
マック「も、申し訳ありません.........実は幼い頃、カレーライスの様に食べたら美味しいと思い.........今も、偶に.........うぅ」
恥ずかしそうに手で顔を隠す仕草をして、マックイーンは俺の後ろに着いた。これでかける派三人、かけない派四人、パン派一人に別れた。
桜木「.........取り敢えず、今日はシチューだ。かけるのが嫌なら別の皿に「―――だ」え?」
タキオン「.........まだ終わってない」
俯いたままそう口走るタキオン。表情はここから見えないが、その声の感じから穏やかでは無いことは確かだった。
ちょっと心配だな.........そう思って近づいてみると、タキオンは勢いよく顔を上げた。その表情は納得のいかないという感情を全て詰め込んだような不機嫌な顔だった。
タキオン「ここまで拮抗しているのはおかしい!!!」
タキオン「よってこれから全生徒にシチューをご飯にかけるかかけないかを聞くべきだと私は思う!!!」
全員「な、なんだってーーー!!???」
ーーー
トレーニングコースにて、ボクことトウカイテイオーは、菊花賞に向けて筋力トレーニング!!ゴルシも手伝ってくれてるんだ!!
今日、トレーナーに出されたトレーニングの半分がやっと終わって一息ついてたら、遠くでなんか騒がしい音が聞こえた。その方向を見ると、サブトレーナー達がまた何かやってた。
テイオー「あれ、何やってんだろ?」
ゴルシ「さーなー。どーせおっちゃん達の事だからシチューを飯にかけるかかけないかで揉めてんだろ」
テイオー「もー!!そんなわけないじゃ「シチューをご飯にかける生徒はモルモットくんに自分の名前を書いた紙を渡したまえ!!!」.........」
ボクは思わずゴルシの方を見た。すると、言った通りだったろ?って言うみたいに、フンって鼻で笑ってきた!!
もう!!そんなことしてるなんて誰も分からないじゃん!!そう思ってると、タキオンの方に名前を書いて紙を出した白銀社長が見えた。これはもう、からかうしか無いよね♪
テイオー「ゴルシ!!!」
ゴルシ「あ?なんだよ?」
テイオー「.........あれ?」
どうしたんだろう?いつもだったら顔を赤くして動揺するのに.........
そんな事を考えてると、ゴルシはどこから出したのか分からないけど、紙に自分の名前を書き始めてた。もしかして.........
ゴルシ「おっし!!アタシもあのジハードに飛び込み参戦してくるぜ!!!カレーはご飯にかける派としてなー!!!」
テイオー「ううぇぇ!!?それは逆に普通.........あ!!!待ってよゴルシー!!!」
ーーー
体育館。
桜木「おお.........ぎょうさんいらっしゃる.........」
タキオン「将棋トレーニングやパワートレーニングに励んでいる子も居るからね。手間が省けて助かるよ」
いや、それはもちろんそうだが、大半はスタミナトレーニングが出来ないせいもあるだろう。ブルボンは察しているのか、表情は変わらないまでも、耳やしっぽが心做しかしゅんとしている。
ライス「あっ!スズカさんやスペシャルウィークさんも居るよ!」
スペ「うぅ.........何回やってもグラスちゃんに勝てない〜.........」
エル「フッフッフ.........スペちゃんがグラスに勝とうなんて百年早いデスね!!」
グラス「エルもそれくらいかかりそうですけどね」フフ
怖いなぁあそこ。特にグラスワンダー。この前の合同練習の時なんで追いかけ回されたのか分からないし、聞いた時も何か悪い事をしてそうとかそういう思い込みだったし.........いや、実際トレーニング中に腕相撲とか言うトレーナー失格行為はしっかりとしていたけども.........
まぁとにかく今はまだ大丈夫だろう。不穏な時は無双OROCHIのキャラ選択画面のBGM聞こえるし、怒ってる時は呂布のテーマ聞こえてくるから。
ホッと息を吐きながら、パワートレーニングに励んでいる子達の方を見る。
「見てくださいキングさん!!こうすると楽に雑巾がけができますわ!!!」
キング「カワカミさん?ち、ちょっと力をセーブした方が良いと.........」
そんなキングヘイローの制止も空しく、カワカミと呼ばれた子は雑巾がけの体制で地面を一蹴りした。
その瞬間、まるでロケットが点火したような爆音と共に、気がつけば端まで到達しているカワカミの姿があった。
桜木「」
タキオン「ふぅン。彼女からは並外れたパワーを感じるねぇ、今度被検体として―――」
桜木「やめろォ」
エクスクラメーションマークすら付ける気力も湧かない。なんなのだあのパワーは、体育館の床が焦げ付いているぞ。
いやよく焦げ付きだけで済んだな。あの音からしたら床が抜けて無くちゃおかしい.........でも良く考えればウマ娘が運動する為に建てられた体育館。心ゆくまで身体を動かせるよう作られているのは当たり前で、あれくらい耐えきらなければ機能しないのかもしれない。
そう思っていると、もう一度爆発音にも似た音が傍で聞こえた。
「ほんとだぁー!!カワカミちゃんの言う通りこれなら楽だねー!!」
カワ「フフフ!アケボノさんも素敵なお姫様になれますわね!!」
向かい側の壁では小柄なカワカミと言う子とすっごくでかい(マジででかい)アケボノと呼ばれた子がハイタッチしてた。衝撃波が飛んでくるんじゃないかと身構えたが、そんなことは無かった。
「い、いくら魔法を使ってもあれはムリよ.........」
「私達は普通にやりましょうね.........スイープさん.........」
まだ俺達の傍の壁に居る二人は、冷や汗を流して二人を見ていた。俺も言葉には出さないがそれをオススメする。
焦げ付いた体育館の床を見ていると、不意にライスが二人を見て声を上げた。
ライス「あ!ロブロイさんとスイープさん!」
桜木「?知り合いか?」
ライス「うん!図書室でよく会うの!ロブロイさんは図書委員なんだよ?」
ロブ「ライスさん!どうしたんですか?」
タキオン「実はある重要な統計を取ろうと思っていてね。君達も協力してくれるかい?」
ずいっと前に躍り出るようにして登場するタキオン。二人ともギョッとしたように身を引いたが、大切な事だと思ったのだろう。話を聞くような体制に入る。
因みに将棋や雑巾がけしている他の子達も集まって来た。そんな大袈裟な話では無いんだけど.........
ロブ「ま、まず自己紹介からした方が良いですよね?ゼンノロブロイって言います」
スイ「スイープトウショウよ!!」
ボノ「あたしはヒシアケボノって言うの!!」
プリ「カワカミプリンセスと申しますわ!!」
桜木「情報量が!!情報量が一気に!!!」
頭を抱えて必死に名前と顔を一致させる。実は俺、人の名前を覚えるのは苦手な方なんだ。顔を覚えるのは得意なんだが.........
グラス「グラスワンダーです♪」
桜木「はじめましてですね」
ドゥルルルルルルン♪
やばい、ちょっとふざけたらすぐ無双OROCHIのBGM流してくる。他の子は反応してないから多分俺しか聞こえてない。怖いよグラス。
エル「それでどうしたんデスか?」
桜木「いや、非常に言い難いんだけど、シチューをご飯にかけるかって言う話で.........かける人は俺の所に名前を書いた紙を渡して欲しいんだ」
タキオン「かけない崇高な者達はぜひ私の元へ!!!」
黒津木「あ、別にかけてもかけなくても良いからね?統計だから」
相変わらずフォローがありがたい。とりあえず俺はそれぞれに紙を渡して少しの間待つことにした。
セイ「キングー、ご飯にシチューかけるー?」
キング「私はかけないけど」
プリ「え!!?か、かけないんですか.........?」
うーん.........変な軋轢を産まないか本当に心配になってくる.........大丈夫だろうか.........
そう思っていると、一番最初に名前を書いたスペシャルウィークが、俺の元にやってきた。
桜木「あー。スペはそうだよな」
スペ「ちょっと!!私をなんだと思ってるんですか!!?」
グラス「...」ニコリ
キュイ〜〜〜〜〜ン♪
やばい。呂布のテーマ特有のあのギターの音が聞こえてきてる。取り敢えず早めに弁解しなければ.........!!
桜木「い、いや!スペは俺と同じ北国育ちだろ?冬場とか水で洗い物するの大変だし、ご飯と分けたら洗い物も増えるわけで.........」
スペ「そうなんですよ!!お母ちゃんに教えて貰った生活の知恵です!!らいふはっく?って言うんですよね!!」
桜木「.........」チラッ
グラス「そうなんですかー。大変なんですねー。北海道って♪」
ニコニコと俺に向かって話しかけてくるグラスワンダー。呂布のテーマからoptic lineに戻ってきた。何とか首の皮一枚繋げることが出来た.........
そう思っていると、タキオンの方に一枚髪を渡した子がこちらに向かってくる。マスクを着けたエルコンドルパサーだ。
エル「フフン!やっぱりスペちゃんは田舎者デスね!!」
スペ「えぇ!!?ひ、酷いよ〜.........」
エル「ご飯は確かになんでも合いますが、流石にシチューかけるのはナンセンスデース!!」
タキオン「どうだいトレーナーくん?話の分かる子がこっちに来てくれたみたいだが?」
桜木「.........いやタキオン。こっちはどうやら三国志最強の存在が来てくれたみたいだぞ」
ちょっと離れた所で言い合うスペとエル。その視線を奪うような形でグラスが俺とタキオンの方へと向かってきた。
その紙をどちらに委ねるのか、そう考える時間もこちらには与えさせず、躊躇なく俺の方に紙を置いた。
桜木「意外だな。てっきりかけない派かと思ってた」
グラス「フフ♪桜木トレーナーさん。日本文化は昔から掛け合わす事で誕生してきました。私もそれに習うだけです♪」
.........なるほど。ただの日本大好きオタク、という訳では無いらしい。このグラスワンダーという少女。日本の文化がどう成り立ったのかを本質的に理解している。
米。それは日本人の芯、心と言っても過言では無い。その存在は、日本人の在り方をそのひとつで示している様に思えてくる。
美味い米を作りたい。病気に強い米を作りたい。北海道でも育つ米を作りたい。それは元ある米よりいい物を作りたいという願いだ。そしてその為に、今ある米を掛け合わせる事から始まる。
試行錯誤、何が良くて、何がダメなのか。その絶妙な掛け合わせを日本人は太古の昔から続けてきた人種なのだ。
桜木(.........まぁ、日本人ですら引くほどに掛け合わせてしまう魔改造も世の中には沢山あるが)
グラス「エル〜?貴方にも日本文化をちゃんと体感させてあげますよ〜?」
エル「ケッ!?な、なんか甲高いギターの様な音が.........」
おー。聞こえるのか?それ、呂布のテーマだから相当キレてるぞこの子。
さて、どこからともなく納豆を取り出してエルを追いかけ回し始めたグラスの事は置いといて、票が集まって来たこっちに気を回そう。
桜木(ふむ。カワカミとスカイはこっちで、あとはタキオン側か.........ん?)
ボノ「ええっと.........うーん.........」
タキオン「おや?どうかしたのかい?」
今体育館に居る全ての人が俺達に票を渡した。残っているのは今目の前で悩んでいるヒシアケボノが最後だ。
どちらにしようか、と言うよりかは、この票は俺に入れていいのだろうか?と言うように悩んでいるようにも見える。タキオンはそれを見て、その疑問を問いかけた。
ボノ「その、ご飯にかけるって言うより、あたしは鍋にそのまま入れて煮込む方が好きなの.........」
桜木「.........シチュー雑炊かー.........」
タキオン「ふぅン.........これは厄介だねぇ」
まさかその手があったとは.........これはなかなか難儀な.........いや?案外簡単な問題かもしれん。
桜木「シチュー鍋に入れて煮込む.........って事は、カテゴリー的には具材扱いみたいな所あるから、タキオンの方じゃないか?」
タキオン「良いのかい?私の方がリードを広げてるが?」
桜木「日本国憲法に則って信仰の自由を元に行動してんだよ俺は」
アドバイスを出すと、ヒシアケボノはスッキリした表情でルンルンと紙をタキオンの方へ出してトレーニングへと戻って行った。
ふむ。割と雲行きが怪しくなってきたな.........
マック「案外居ないものですわね.........」
桜木「美味しいんだけどなぁ.........」
ダスカ「本当よね.........」
三人で一緒に溜息を吐く。タキオンがなんか申し訳なさそうな顔で俯いた。まさかスカーレットがここまで着いてくるとは思っても見なかったのだろう。
だがまぁとりあえず乗りかかった船だ。片っ端から当たろうではないか。
ーーー
体育館を後にした俺達は、とりあえず廊下でブラブラと宛も無く歩き回っていた。
そうしていると、前方に三人組のウマ娘が歩いてきた。
桜木「お!そこの3人組さん!ちょいとアンケートにご協力お願いできます?」
「うむ。いいだろう.........おや?桜木トレーナー?」
桜木「.........?はい」
「ビワハヤヒデだ。妹のブライアンが世話になってる」
桜木「え、あっスー.........」
髪がモフモフのビワハヤヒデはそう言いながら笑顔でその手を出してきた。握手のつもりなのだろう。
一方俺の心境としては世話しているどころかこちとら命を助けてくれた恩人だ。そんな事で握手を求められても応えることは出来ない。
桜木「貴方の妹さんが生まれてきた事を心から感謝致します.........」
ビワ「?面白い人だな」
「なになにー!!ハヤヒデの知り合い!!?」
「チケット、うるさい」
三人グループの中で中くらいの背丈のウマ娘が、俺の事を興味津々に見てくる。あまりに素早く俺の全身をくまなく見ようとしてくる為、顔を合わせるのは難しかったが、一番小さいウマ娘にジャージを引っ張られ、ようやく離れてくれた。
桜木「俺は桜木.........って言えば多分通じるよな」
チケ「あーー!!知ってるー!!この前模擬レース走ってた人でしょー!!?」
「いや、あれは模擬レースの後だから」
ビワ「あっ、そう言えばブライアンから借りたドラゴンボールのコミックスだが―――」
おお、話が飛ぶな随分と。ていうかそう言えばブっさんに貸したドラゴンボールの原作。ビワさんに又貸しされてたんだよな。ようやく戻ってくる訳か―――
ビワ「今タイシンに貸している」
桜木「なんて?」
「え、あれこの人のなの?」
グループで一番小さいウマ娘に指を指される。そうかそうか、君がタイシンか。どうやら俺のドラゴンボールが色々な人の手に渡っているらしい。知らない所で布教活動に貢献してるんだな。
タイシン「アレ、コイツが凄くオススメしてきて、うるさいから借りたんだけど.........ちゃんと読んでから返すから」
桜木「え、チケットも読んでたの?」
チケ「.........」ジワッ
全員「え」
ニッコリと満面の笑みで笑っているチケット。しかし、その目からはじわりと何故か涙が溢れ出し始めた。まるで逆転裁判の2に出てくるアクロバティックの人みたいだ。
チケ「うわぁぁぁぁぁん!!!ドラゴンボールは感動したよぉぉぉぉぉ!!!」
桜木(えぇ!!?アレに泣く要素ある!!?)
チケ「悟空が一人で生活してる姿が感動したぁぁぁぁ!!!」
全員(そこ!!?)
序盤も序盤だな!!!もっとあるでしょ!!!ピッコロ大魔王に登場人物殺されたりとか!!!じっちゃんと悟空の再会とか!!!もっと色々!!!
.........ま、まあこの話は置いとこう。長くなりそうだ。俺もドラゴンボールは好きではあるが、大人だ。切り替えよう。
桜木「.........聞きたい事は一つだけだ。君達、ご飯はシチューにかける?」
三人「.........?」
タキオン「大切な事なんだ!!この紙に名前を書いて欲しい!!」
三人は顔を見合わせてから、紙に名前を書き始めた。票が結構膨大になってきた為、かける派かけない派と書いたボックスを俺と黒津木、それぞれが持っている状態だ。そこに一人と二人、別れた状態で並んだ。
タイシン「は?」
二人「え?」
黒津木「あ、大丈夫ですよ。ただのアンケートなんで別に戦争とかする訳じゃ.........」
ゴルシ「おい皆!!!今やってるアンケート結果でシチューとカレーが判別つかない軍とシチューをシチューとしか見れねー奴ら軍に別れて戦争するみてーだから!!!投票してねー奴はさっさと投票しろよな!!!」
全員「.........」
なんてタイミングで校内放送をかけて行くんだゴールドシップ。いやどうやって放送室をジャックした。それに遅れてテイオーの声も入ってくる。どうやら色々連れ回されているらしい。
構内に設置されているスピーカーから視線を戻すと、またチケットが目に涙を貯め始めていた。
チケ「うぅ.........ごめんねタイシン.........アタシかけないから.........」
ビワ「タイシン.........」
タイシン「いや、アタシいざとなったら逃げるし」
その言葉にホッとしたのか、二人はボックスの中に紙を入れた。それを見届けて、タイシンも紙を俺のボックスに入れる。
桜木「.........なんか、今更ながら結構大事になってきたな」
タキオン「いや、私もこうなるとは予想してなかったよ」
ーーー
桜木「つ、疲れた.........」
タキオン「中々均衡を保ってるけど、あと一人だけ残ってるね.........」
ボックスの中身は丁度、1:1の割合で紙が入れられている。生徒会にも顔を出したし、図書室もビデオルームも顔を出した。
最後の一人は今、カフェテリアに居るという情報通の関西ウマ娘から聞いた。ここでお昼を取り損ねた分を補給しているらしい。
俺達は意を決して、その扉を開けた。
桜木「.........居た」
オグリ「.........?」モグモグ
食べ物に関してはこのトレセン学園に彼女以上の重鎮は存在しないだろう。食べ物は彼女の為に存在していると言っても過言では無い。食べられている食材も心做しか嬉しそうに見えてくる。
食べ物「ありがとう」
桜木(うわ、声まで聞こえてきた)
わざわざ食べられる食材の方から感謝を伝える声が聞こえてしまう程、いまカフェテリアの真ん中に座っているオグリキャップは、食べ物を愛してやまない存在だ。最早食事という行為は彼女にとって、食材を愛でていると言ってもいいだろう。
桜木「オグリさん。正直に答えてくれ。オグリさんの回答次第で俺達の勝敗が決まる」
オグリ「いつになく真剣だな。一旦ごちそうさまをした方が良いか?」
タキオン「構わないよ。ご飯の話題だからね」
ご飯、という単語に耳を反応させるオグリさん。やはり、食に関しての話には目がないらしい。
俺は慣れた手つきで白紙の紙を一枚取り出し、ペンと共にオグリさんの居る机に置いた。
桜木「オグリさんはシチューをご飯にかけるか?」
マック「.........」ゴクリ
オグリ「.........難しい質問だな」
ナイフとフォークを一旦皿に置き、ペンを持って長考し始めたオグリさん。その真剣な姿。俺はあまり見た事がない。
俺とタキオン、両方を交互に見て、静かに目を瞑るその姿は正に、戦略を考える軍師そのものだろう。
オグリ「.........よし」
ダスカ「!」
意を決したのだろう。オグリさんは声を上げた。その声に期待するようにスカーレットは目を見開いた。
だが.........オグリさんがとった行動は、予想だにしないものだった。
黒津木「ペンを.........」
タキオン「置いた.........!!?」
オグリ「.........私は普段。ご飯にシチューをかけないんだ」
桜木「っ、だったら―――」
オグリ「けれど、偶にかける。美味しいからな」
ペンを置いたオグリさん。その両手にはもう一度ナイフとフォークを持ち、鉄板の上にある大きな人参ステーキを切り、口いっぱいに詰め込んだ。
オグリ「ゴクン.........食事の仕方は色々だ。どれが正しいかでは無い。どの食べ方が一番自分に合っていて、どの食べ方が一番食材を愛するかを探すのも食事の楽しみだ」
全員「.........!!!」
.........侮っていた。今目の前に居る芦毛の怪物を、俺達は見くびっていたのだ。
白いナフキンで口元を拭くオグリさん。その姿を見て、俺は自分が恥ずかしくなった。大人になる、という事は周りを気にするという事だ。俺はいつの間にか、自分の集めた常識という名の偏見を、人に押し付けていたのかもしれない。
タキオンの方を見ると、アチラも同じ事を思ったのか、その目はどこか申し訳なさそうに俺の方を見ていた。もう、争う必要は無い。お互い手を取り合って、美味しいシチューを―――
ぐぅぅううう.........
オグリ「.........シチューの話をしていたら食べたくなってきたな」
桜木「ああ、悪い。邪魔しちゃって。俺らはもう出て―――」
オグリ「待て」
背中を向けたところで、オグリさんに呼び止められる。なんだろう。凄く嫌な予感がする。どんなものかと言われれば、いつもの様な大事に巻き込まれそうな.........そんな予感。
オグリ「実はマックイーンや他の子達から、桜木のご飯は美味しいと聞いていたんだ。ぜひその料理を食べてみたい。私にシチューを作ってくれないだろうか?」
桜木「.........ホッ」
なんだ、そんな事か。そんな事だったらお易い御用だ。今回はどうやら、この百発百中の予感も宛が外れたらしい。
桜木「いいっすよ。食事の楽しみ方を思い出させてくれましたし、オグリさんの為なら―――」
カランカラン.........
スペ「お腹がすきました〜.........あれ?サブトレーナーさん?」
桜木「」
だいぶ疲れた様子のスペシャルウィークがカフェテリアに入ってくる。嫌な予感はこれだったか.........いや、うん。大丈夫。大食らいが一人増えたところで、結局やることは変わらな―――
スズカ「スペちゃん。まだご飯の時間じゃ.........」
チケ「シチューの話聞いてたらお腹すいちゃったー!!」
スイ「野菜は嫌いだけどシチューは好きよ!!」
ガヤガヤガヤガヤ.........
桜木「」ダラダラ
続々と集まってくるウマ娘達。しかもその声を聞いている限り、どうやら全員がシチューをご所望らしい.........
俺は出口に向けた視線を、ギコギコと音を鳴らす様に首を曲げ、オグリさんに戻した。
オグリ「?作ってくれるんだろう?シチュー」
[シチュー]。その単語が出た瞬間、酷く周りが静かになった。そして、全員の視線がもれなく俺に突き刺さる。
まさか.........作れというのか.........?この人数を.........?俺が?
無理だ。できっこない。だが、オグリさんに作ると言った手前、オグリさんには作らなければ行けない。そしてそれをしてしまえば全員にやってあげなければトレーナーとして、いや、人として失格になってしまう。
桜木「や、や.........!!!」
「やってやろうじゃねぇかこの野郎ォォォォォッッ!!!」
その日、カフェテリアでは虚勢にも似た絶叫が響き渡った。
ーーー
マック「.........」
秋の夜空と落ち葉が広がるトレーニングコース。赤と黄色が色めくこの地面も、朝になれば綺麗に掃除されると思うと、少し寂しくなってしまいます。
桜木「ここに居たのか、マックイーン」
マック「!.........トレーナーさん」
桜木「隣、良いか?」
そう聞いてくる彼に、私は頷くことで肯定を示します。それを見て、ゆっくりと近付いてくる彼は、手を伸ばせば触れられる距離で止まります。
二人の吐息が白く染められ、天へと昇っていく。それを見ているだけでなんだか、不思議と満たされてしまうのは何故でしょう?
桜木「美味しかった?シチュー」
マック「ええ、やっぱり貴方のご飯が無ければ頑張れませんわ」
あの味を思い出すと、自然と頬が緩んでしまいます。彼の優しさが溶かされたような、そんな味です。
カフェテリアでの食事は、いつもより賑やかで、あまり話した事が無い方ともお話をすることが出来ました。
ビワ『春の天皇賞、見事だった。秋も出るんだろう?期待している』
マック「.........っ」
桜木「.........?マックイーン?」
.........行けませんわ、彼の前だと言うのに、不安になるような事ばかり考えて.........ああ見えて心配性なのは、今までの経験から分かりきってるでしょう?
マック「.........なんでもありませんわ」
桜木「.........」
ああ、どうしましょう。上手に笑えている気がしません。どうして、彼の前では上手く取り繕う事すら叶わないのでしょう.........?
そう思っていると、真っ直ぐこちらを見てくるトレーナーさんが、口を開きました。
桜木「.........なあマックイーン」
マック「は、はい」
桜木「無理して、ないか.........?」
.........やっぱり、心配させてしまいました。私の事を憂いた様子で、トレーナーさんはこちらを見てきます。そんな顔、させたくありませんでしたのに.........
マック「無理など、していません」
桜木「.........そっか」
ここで、弱音を吐けてしまえば.........きっと楽になれましたのに、彼の前でも私は、メジロ家として.........[メジロマックイーン]として有ろうとしてしまう。
そう、自分の情けなさに嫌悪していると、ふと彼の強く真っ直ぐな視線が、柔らかくなっていることに気が付きました。
俯いた顔を上げ、彼の方を見ると、そこにはやはり、優しく微笑んだ彼が、私を見つめていました。
桜木「.........どんな事があっても、俺はお前を支え続ける。それだけは.........忘れないでくれ」
マック「.........トレーナーさん」
桜木「.........さっ、もう帰ろう。俺はまだそうでも無いけど、秋も本番。夜の寒さは風邪をひくぞ」
そう言いながら、トレーナーさんはヘトヘトになった身体をピシッとさせて、私に背を向けました。
けれど、彼は一向に進もうとはしません。私が隣に来るのを、どうやらずっと待っているようです。
マック(.........本当、ずるい人)
背を向けながらも、顔をこちらに向けてくる彼に、未だ名前も知らない感情が溢れながらも、思わず笑みを零してしまいます。
きっと大丈夫.........そんな、根拠の無い安心を胸に抱きながらも、秋の寒空の下。彼の隣を歩きました。
......To be continued