山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
『トレーナーさんは何も関係ありません!!』
桜木「.........何も関係ない、か.........」
家のベッドの上で、その言葉が頭に酷く響いてくる。マックイーンが記者に対して言ったその言葉だけが、俺の中で反響し続けている。
桜木(関係ないわけないじゃん.........)
俺は彼女のトレーナーだ。レースを頑張るのが彼女の仕事なら、それに降りかかる火の粉を全て払うべきは俺なのだ。
『一心同体』.........そう誓いを交わしたはずなのに、彼女は俺を信用してくれてはいないんじゃないだろうか、そんな猜疑心が溢れ出してくる。
桜木(マックイーンがあんな事、心配する必要なんてないんだ)
そうだ。レースに集中してくれれば良い。その他の事は俺がきっちりと何とかしてみせる。それが、トレーナーとしての責務だ。
その時は、それこそが『一心同体』である自分のすべき事だと.........そう、思っていた。
ーーー
絶え間なく聞こえる水が流れる音。両手に溜めた水を顔に近づけて、ボクは顔を洗った。
なるべく飛び散らないように注意して、冷水で寝ぼけた頭を起こす。身体の反応はまだ眠いままだけど、大丈夫。これからすぐ起きてくれる。
共同洗面所の一番乗りはボクだったらしく、この空間の中は掃除したてみたいでピカピカだ。あまり汚すとフジキセキに怒られちゃうし、エアグルーヴまで耳が届いたら後が怖い。
タオルで顔を拭く前に、しっかりと水を止めて、自分の顔を、新品の真っ白いタオルで拭いた。
テイオー「.........」
タオルから顔を上げて、鏡を見る。いつもと同じような顔だ。そういえばタキオンは鏡は人の目と違って、80%位で、人からどう映るかはあんまり当てにならないんだって。
けど.........今はこれで十分。今のボクがどんな顔をしているのか分かるだけで、それで十分だったんだ。
『トウカイテイオーさん。折れてます。骨折です』
今の自分の顔を見ながら、あの時言われた言葉を思い出す。あの時は確か、菊花賞に向けて早くトレーニングしなきゃー.........なんて、軽く考えてたっけ。
復帰は来年の春。そう言われた時、ボクは頭が真っ白になっちゃった。だって、今まで三冠を取るために頑張ったんだもん。それが出来ないなんて.........考えたくもなかった。
あの時トレーナーは何も言わなかったけど.........やっぱりかって感じだったと思う。だって、ボクの足がそうなるって前から分かってたんだもん。サブトレーナーも.........
テイオー(.........そうだよねー)
まだ、トレセン学園に入学する前の頃。ボクはその時から凄く早かった。同じ学年の子にも負けないくらい、ずっと早かった。
そんな中で、言われた言葉がある。その走り方を辞めなさい、貴方の為に言ってるのよ.........って。
理由は、最近ケガをして分かった。こんな走り方誰もしないんだもん。ケガをするしない以前に、怖いよね。急に走れなくなりましたなんてさ.........ボクも周りも、きっと。
けど.........
『お前の夢は、まだ終わってない』
その言葉が、あの時本当に嬉しかった。ボクの無茶を許して、支えてくれる人が居てくれるんだって、心底思った。
それはサブトレーナーだけじゃない。トレーナーも、東さんも、サブトレーナーの親友、マックイーン達に安心沢さん。皆、ボクを支えてくれた、大事な人達.........
テイオー「.........辛かったなー」
目を閉じて、治療の日々を思い出す。退院してすぐには走れなくて、安心沢さんの治療を受けながら、イメージトレーニングの日々。
別に、針なんか使わなくて良くない?なんて思ったけど、データや資料に基づいてるからなんて言われたら、何も言えないよね。
テイオー「けど.........うん。楽しかった」
トレーナーが居て、マックイーン達が居て、サブトレーナー達が居る。へこたれてる暇なんかないぞって、そんな姿を見せてくれる。
ボクは鏡から視線を外して、洗面所を後にした。今日のボクは、ひと味違う。ボク自身もそれを、ハッキリ感じとっていた。
テイオー(見ててよね。マックイーン)
寮の廊下を歩きながら、ボクは誰に言うでもなく、自分の心の中で、勝手にライバルにしているマックイーンに告げる。
この前の天皇賞は本当に惜しかったし、やっちゃいけないことしてたから仕方ないんだけど.........それでも、あのレースはマックイーンが勝っていたと思う。
昨日の夕方、寮を出た時に見た時、ちょっと様子が変だったから、結構気にしてたかも。そういう所あるよね。マックイーンって。
.........けどさ、ボクはそんなマックイーンが.........そんなマックイーンが見せた菊花賞が、未だに忘れられないんだ.........!!!
でも、それって不公平だと思う。ボクだけこんな気持ちを味わうなんて、勿体ないよ。だからさ.........
テイオー(ボクの菊花賞を、絶対に忘れさせない.........!!!)
廊下の窓から差し込む日差しに気付いて、その方向を見る。やっぱり夏より日の出が遅い。
こんな太陽みたいに、ボクの菊花賞がマックイーンの光になってくれれば嬉しいな。
なんて、そんなことを思いながら、ボクは朝のランニングに出る為に靴を履いて、冷たい空気を肌に感じさせるように外を走った.........
テイオーは『ユメカケビト』になった!!
ーーー
テイオー「いっちにー♪さんしー♪」
沖野「.........元気だなー。お前はいつも」
いつも通り待機室でストレッチをしてたら、後ろのトレーナーからそんな声を掛けられた。
そう言われても、ボクは元気な所がトレードマークみたいなものだからね!トレーナーにはにっこり笑顔で返してあげた!
けれど、周りのみんなはすっごく静か。なんかボクよりキンチョーしてない?ボクが走るんだけど!!!
桜木「.........なぁ、思ってたことを聞いていいか?」
テイオー「なにさサブトレーナー?」
部屋の壁に背中をピッタリつけて腕を組んでるサブトレーナーがボクにそう問いかけた。なんだろう。あんな真剣な顔して.........
も、もしかしてボク、久々すぎてなんか忘れ物しちゃった!!?どどど、どうしよう〜!!!
桜木「勝負服ってこの時期寒そうじゃない?」
テイオー「フンッ!!!」
桜木「スクラップフィストッッ!!!」ドンガラガッシャーン
まぁそんな事だろうと思ったよ。サブトレーナーだしね。と言うよりボクより寒そうな服着てる子居るじゃん。ライアンとか。
サブトレーナーがこうなるのは日常茶飯事だし、ライスも視線を送って無事を確認した後にボクの方を見てたから、もういつも通りだよね。マックイーンなんかぶっ飛ばされても見てなかったし。
デジ「ウラヤマ...」
テイオー(なんか聞こえてきたけど無視しよう)
うん。ヨダレ垂らしてサブトレーナーを見てる所を見ると、本当に怖い。その羨望の眼差しでサブトレーナーを見るのはやめた方がいいよ。
けれど、懐かしいなぁ.........前はこんな光景も当たり前だと思ってたけど、これはきっと、ボク達にしか見ることの出来ない、ボク達にしか作ることが出来ない光景なんだ。
そんな込み上げる嬉しさを、なんだか恥ずかしいから隠しながらストレッチしてると、不意に控え室の扉がから音が聞こえた。
テイオー(?誰だろう.........)
ゆっくりと開かれる扉。そこからメンコをつけた耳が最初に見えてきた時。ボクはもう誰だか分かっていた。
その全体像がハッキリと見えてくる。後ろにいる彼女のトレーナーも、ここからは見えた。
ネイチャ「テイオー」
テイオー「やっほーネイチャー♪」ブンブン!
手を大きく振って、ストレッチから立ち上がったボクは、ネイチャの方に駆け寄った。トレーナーの方はボクのトレーナーとサブトレーナーの方に話しかけに行ったみたい。
テイオー「ボク。走るよ。菊花賞」
ネイチャ「うん。知ってる」
テイオー「.........にしし♪」
自分で言ってて、自分で嬉しくなるなんておかしいかな?けれど、ボクにとっては最初で最後の.........無かったはずの菊花賞なんだ。
目の前に居るネイチャも、嬉しそうに微笑んでボクを見た。やだなー.........これからボクらレースを競うっていうのに、そんな顔されたら調子狂っちゃうよ。
ネイチャ「今日は.........ありがとうを言いに来たの」
テイオー「え?なんで.........?」
ネイチャ「テイオーが諦めなかったから。アタシも諦めずに、菊花賞に出る事が出来たから」
そういうネイチャの目は、真剣だった。自分の思いを真っ直ぐにボクに向けてきて、ビックリしちゃった。
だって、今までそんな姿、見たこと無かったし。他の子からもそんなものを向けられた覚えはなかったから.........
テイオー「.........正直。諦めそうにもなったけど.........ボクにはいっぱい、待ってる人が居るから」
マック「.........!」
―――待ってる人がいる。その言葉が彼女から聞こえた時、私は息を呑みました。
ネイチャさんと話すテイオーの横顔は、今日が復帰して最初のレース。その上G1.........極めつけには、彼女の適正距離ではない3000mの長距離。普通であるならば、少し不安そうな顔を見せるはずです。
ですが.........彼女は違った。待っている人の期待を背中に乗せて、彼女は何ともないように、いつも通りの自信に満ち溢れた顔を見せています。
マック(テイオー.........)
胸の内から湧き上がってくる感情。決して、綺麗なものではありません。期待や心配をおしのけて顔を見せる嫉妬は、良くない気持ちで私をいっぱいにさせます。
どうして、多くの人の期待を背負ってそんな顔が出来るのですか?どうして、貴方はそんなにも前を向けるのですか.........?
どうして.........?
ネイチャ「それと、もう一つだけ」
テイオー「?」
ネイチャ「.........絶対勝つから」
テイオー「.........負けないよ」
―――ボクがそう言うと、ネイチャはまた安心した様に笑った。
「じゃ、もう行くから」と言った後、ネイチャは自分のトレーナーに話しかけた後、一緒にボクの控え室を後にした。
テイオー(.........そっか、もしかしたらネイチャとも走れなかったかもしれなかったんだよね)
そう言えば、今年はネイチャも怪我をしてレースに出れなかった時期があった。きっと、辛かったと思う。
そんなネイチャの励みになれたんなら、ボクも怪我を治せて良かった。
そう思ってると、不意に出走準備のアナウンスが聞こえてきた。ゲートに入る準備は万全。走る覚悟もバッチリ決まってる。
ボクは自分の顔をもう一度、朝と同じように鏡で確認してから、控え室を後にした。
ーーー
テイオー「ふうぅー.........」
薄暗い地下バ道。出口から差し込んでくる外の明るさが栄光への道を示しているみたい。
ここに立つのも、久しぶり。何もかもが久しぶりで、懐かしいはずなのに、ボクの心はあの頃と何も変わらず熱を発している。
ゴルシ「頑張れよ。テイオー」
ダスカ「応援してるからね!」
ウオッカ「勝てば三冠かー!!スゲーカッケーじゃん!!」
皆、ボクの事を応援してくれてる。スペちゃんやスズカも、同じようにボクに声を掛けてくれた。
ブルボン「頑張ってください。テイオーさん」
ライス「ファイト!だよ?」
ウララ「ウララもいっぱい応援するからね!!」
三人はいつも見たいに元気に声を掛けてくれる。そう言えば、ブルボンはボクと同じ三冠バになりたいんだっけ?
だったら、カワイイ後輩の為にも、勝たなくちゃね♪
タキオン「骨折前の実験の影響で、君は以前と遜色なく走ることが出来る。だが気をつけたまえよ。以前と同じようにという事は、以前と同様、骨折する可能性もあるからね」
そうやって怖い事を言いながらくつくつと笑うタキオン。でも、ボクは知ってる。タキオンのその目は、ボクの走りを見たいって事を。何も言わなくても、その目が言ってる。
マック「テイオー.........」
テイオー「.........心配しないでマックイーン。ボク、絶対勝つから♪」
ボクのライバル。勝手な決めつけだけど、そんなライバルが不安そうな顔をしてるのが、ボクは好きじゃない。
マックイーンは、いつも自信満々で、カッコよくて、強くあって欲しい。
何が不安なのか、ボクには分からないけど.........ボクがマックイーンの菊花賞に勇気づけられた様に、ボクもこの菊花賞で、マックイーンを元気付けたい。
桜木「俺から言う事は何もねぇよ。お前の夢は、お前だけのものだからな」
テイオー「.........うん。ありがと♪サブトレーナー♪」
ここに立てるのも、ここで走れるのも、サブトレーナーが命を懸けてくれたお陰だ。もしサブトレーナーが居なかったらなんて、考えたくも無い.........けど、多分走れなかった。
そろそろ時間だ。そう思って皆にお礼を言って背を向けると、後ろからヒソヒソした声がボクの耳に入ってきた。
桜木(ヒソヒソ)
沖野(イヤイヤ)
バシンッ!
沖野「痛てぇッ!!?」
テイオー「わわわ!!?」
大きい破裂音にも似た音が地下バ道に響き渡った。何かと思ってると、ボクのトレーナーがバランスを崩したみたいな足取りでボクの方に何歩が出てくる。
背中を擦りながら、トレーナーはサブトレーナーの方を強く睨み付けたけど、サブトレーナーはニヤニヤしていた。
桜木「天皇賞のお返しっすよ。『トレーナー』?」
沖野「.........ホント、古賀さんの悪い所ばっかり受け継ぎやがって.........」
げんなりした表情でボクを見た後、トレーナーは曲げてた背をのばし、軽く咳払いをした。
沖野「コホン、まぁその......なんだ。俺から言える事は一つだけだ。テイオー」
「ユメを叶えろ」
「その姿を、俺達に見せてくれ」
テイオー「.........!!!」
なんだろう。背中がゾワゾワする.........けれど、嫌な気分じゃない。今すぐ走り出したくて、仕方がないって感じのゾワゾワ.........
そっか。これがユメを背負うっていう感触なんだ.........皆のユメが、ボクの背中に乗ってて、その重さを感じるはずなのに、それがボクの身体を軽くしてくれている。
ボクのユメを応援してくれた。ボクの走り方を認めてくれた。ボクのユメを.........諦めないでいてくれた。
テイオー「.........ボク、絶対勝つよ」
テイオー「絶対.........!!勝つから.........!!!」
まだ走り終わってもいないのに、涙が出そうになる。皆、ボクに微笑んでくれる。サブトレーナーも親指を立てて、ボクを見送ってくれる。
勝つんだ。ボクのユメの為にも、諦めないでくれた皆の為にも.........!!!
熱い心はまるで燃え上がる様に、ボクの意志を固く、確かなものへとして行った。
ーーー
感性沸き立つ観客席。順番に菊花賞を出走するウマ娘達がゲート入りをしていく様を、今か今かと観客達がひしめき合っている。
桜木(そりゃそうだよなぁ.........)
テイオーの骨折は大々的に報じられた。菊花賞に出られる可能性も低いと言われた。それでも今、ターフに居るトウカイテイオー本人は、観客達に手を振って挨拶している。
本当、人気者なんだな.........なんて思いながら、俺達はいつもの場所でレースを見ようと観客席の中を移動していると、既に先客が一人.........いや、一人に肩車され二人ほど、その背中を見せていた。
沖野「お、おい。アレって.........」
「ん?よう」
「あ!!おじさん!!」
黒鹿毛の大人のウマ娘が、鹿毛の子供のウマ娘を肩車している。二人とも見知った顔だ。特に片方はテイオー大好きな女の子で、今回のレースは楽しみにしていたはずだ。
桜木「久しぶりだね、キタちゃん。トマト」
トマト「呼び捨てかよ」
人を変質者扱いする奴を敬うと思うか?否、そんな事はしない。俺は降りかかる火の粉はバットで打ち返すタイプの男だ。俺が社会経験豊富な大人で良かったな。社会経験豊富な大人でなかったらお前はもう死んでるぞ。
と、牙を剥き出しにして威嚇すると、流石にドン引きされた。ゴールドシップも若干引いてた。俺は悪くない。
ゴルシ「んで、なんで母ちゃんとブラックサンが居るんだよ」
桜木(そのキングストーン埋め込まれてそうな呼び方はやめて欲しいな)
キタ「お家がご近所さんなの!!」
トマト「なぁ〜」
意外だ。こんな人と近所だなんて.........悪い影響受けなければ良いんだけど.........
そう思っていると、トマトは俺のその失礼波をキャッチしたのか、キッと俺を睨みつけた。正直怖い。
そう言えばキタちゃんが居るという事はと思い、マックイーンの方を見てみると、一生懸命彼女に話しかけているダイヤちゃんの姿も確認できた。
トマト「.........まぁアタシが居んのはこの子の子守りだ。父ちゃんが仕事で手を離せないっつうからな」
沖野「な、なるほど.........」
そう言った後、トマトはその目をターフに向けた。その表情は何故か、今まで見た事も無い様なものを見るかのように、少しウキウキした様子が感じ取れた。
ゴルシ「.........母ちゃん」
トマト「.........なんだよ」
ゴルシ「走るんだぜ?テイオー。最高におもしれーだろ?」
トマト「.........ああ、何とかなるもんなんだな」
二人とも、何故か同じように微笑んでテイオーの方を見る。テイオーはこちらに気付いたのか、俺達に向けてその手を振ってきた。全員、その手を振り返す。
.........不思議だ。皆こんなに興奮しているのに、この二人だけはやけに静かだ。けれど、確かにテイオーの出走を嬉しがっている。
「隣、失礼するよ」
桜木「ああどうぞ.........って」
沖野「えぇ!!?し、シンボリルドルフ.........!!?」
驚いた。ここにいる全員が沖野さんの声を聞いて振り返り、その顔を驚愕一色に染め上げる。俺自身もその一人だ。
普段の彼女であるならば、二階のVIP室でレースを参観している筈だ。その言葉が顔に現れていたのか、彼女は少し笑った。
ルドルフ「君は分かりやすいな。桜木トレーナー」
桜木「こう見えても、分かりずらいで生きてきた質なんですけどね.........」
ルドルフ「.........テイオーの走る姿を、間近で見たいと思ってね」
そういう彼女も、ゴールドシップやトマトの様にフッと笑うような笑みでターフの方を見やった。
そうか、皆.........楽しみにしてたんだ。今日という日が来るのを。テイオーが走るであろう今日という日を、誰もが待ち望んでいた。
観客のざわつきに耳を傾けてみる。そこらかしこで、スマートフォンや新聞で情報を見ながら皆、予想を立てていた。
「誰が勝つと思う?」
「そりゃお前!トウカイテイオーに決まってんだろ!!」
「けど怪我から復帰して初めてのレースだし、距離も適性じゃ.........」
「俺達を悔しがらせた天才が、距離如きで勝てない訳がねぇ!!!」
そんな熱い声が耳に入ってくる。二人組の男性はそれきりで口を閉じ、じっとターフの 方に熱視線を向ける。
そうだ。アイツはこんな所で終わる奴じゃない。確かに一度弱気になった。だからなんだ、夢っていうのは叶えた奴が勝ちなんだ。どんなに諦めようが転ぼうが、最終的に叶えた奴が偉いんだ。
桜木(諦めた側の人間が言うのもなんだけどよ.........!!ここで負けるのは無いぜ神様!!!)
ファンファーレの音が響き始める。それぞれのウマ娘達がゲートに入る中、俺はただ、誰も予想だにしない物語を書くのが好きな神様に、強く願いを込めていた。
「全てのウマ娘がゲートに入りました」
「菊花賞―――」
―――ガコンッ!
特徴的なゲートの開く音が耳に到達する前に、ウマ娘達がそれぞれ前へと走り去っていく。各々がゴールを目指し、その足で己の道を突き進んで行く。
沖野「.........始まったな」
桜木「.........ですね」
興奮がオーバーフローを起こしたのか、身体の内の昂りはやけに静けさを帯びていた。言葉も、応援する声すら出せない程に、この瞬間を体全身で体感していた。
誰もがその目を輝かせた。誰もがその行方を追い求めた。誰がゴールしようとも、きっと誰も文句は言わないだろう。
テイオーが、トウカイテイオーが菊花賞に出場し、そのターフを足で駆る。それ自体に何か意味があると言うように、ここにいる全員。走りゆくウマ娘達ですらも、レース自体を楽しんでいた。
デジタル「いつものテイオーさんなら!!!ここで中段に来ますよ!!!」
キタ「そうですよね!!!私もそう思ってました!!!」
沖野「デジタルの言うように中段に着いたぞ!!!」
「トウカイテイオー!!!中段に着いて様子を見ている!!!」
レース場の大きなモニターには、ダービーで競っていたであろうウマ娘の姿も確認できる。テイオーはその隣を、余裕の表情で走っていた。
ナイスネイチャはその後方。テイオーを追うようにその後ろにピッタリと.........
タキオン「第三コーナーに差し掛かってきたぞ!!!」
マック「ここから先は坂になっています!!!ここをこのまま超えることが出来れば.........!!!」
ルドルフ「テイオー.........!!!」
走るウマ娘達は群れで行動するかのように、後ろにも、先頭にも離れる者は居ない。第三コーナーを曲がっても、テイオーの位置は変わらない。
ゴルシ「テイオー!!!ガッツで乗り切れー!!!」
ダスカ「三冠までもう少しなのよー!!!」
ウオッカ「根性見せろー!!!」
その声が届いたのか、テイオーは最終コーナー。スピードのギアを一段階上げたようにそこから前へと躍り出た。
けれど、その顔には余裕は感じられない。当たり前だ。適性距離を走ってる訳じゃないんだ。テイオーの走れる距離はもう、とっくのとうに過ぎている。
ライス「テイオーさーん!!!」
ウララ「頑張れー!!!」
スペ「あともうちょっとです!!!」
スズカ「諦めないでー!!!」
それでもテイオーはスピードを落とさない。ダービーで競り合ったあの子が隣に居ても、ネイチャが後ろから差し迫ろうとも、ただゴールを目指して走り続けている。
トマト「.........なぁアンタ」
桜木「.........?」
そんな中で、不意に隣にいるトマトが話しかけて来る。その顔は真剣で、いつものようなふざけた軽薄さは感じられなかった。
トマト「夢ってのは、呪いと同じと思わないか?」
桜木「.........」
トマト「叶えられなかった未練や後悔を背負ってその先を生きる事になる。アンタも.........分かるだろう?」
.........夢。それの正体が分かったのは、つい最近だ。形も、色も、何も分からずに追う不確かなそれは、確かに手を伸ばせる距離にあった。
そんな物が、指先に触れた途端、シャボン玉のように弾けて消えてしまった時.........人は壊れる。その感覚は、ここにいる誰よりも知っている。
けれど.........
桜木「.........知らねぇのか?夢ってのはな、時々すっごい切なくなるが、時々すっごい熱くなるんだぜ?」
それを知るには、この子達はまだ幼い。子供の頃の思い出なんて、楽しい事ばかりで十分なんだ。辛い事なんて、大人になってから死ぬほど体験すれば良い。
ヘラヘラ笑って、痛みを隠して、そんな生き方しか出来なくなる大人になる必要なんてどこにも無い。
そう言われる事を、どこか分かったように、彼女は心配事が減ったように鼻で笑った。
トマト「.........その言葉を聞いて、安心した」
桜木「.........行っけェェェェッッ!!!テイオォォォォォッッッ!!!!!」
誰もが待ち望んだ瞬間。それを途切れさせない為に、俺は身を乗り出して声を上げた。栄光の距離は3000m。徐々にその差は縮まりを見せている。
だけど、それでも彼女はハナを譲らない。先頭の先にあるユメの為に、彼女はがむしゃらに走っている。
そして―――
「トウカイテイオー!!!一着はトウカイテイオーです!!!」
ーーー
テイオー「.........」
掲示板が、数字を出した。一番上は5番.........ボクの、番号だ。ボクは実感がないまま、そのまま疲れてたことも忘れて、ただ呆然とターフに立ち尽くしていた。
テイオー「.........」
静かだ。誰も、何も言ってくれない。まるで何かを待っているかのように、色とりどりの紙吹雪だけが宙を待っている。ボク、頑張ったよ?もっと、声を上げても良いんだよ?
そう思っても、客席からは声が上がらなかった。まるで、何かを待っているかのように.........
そんな様子で頭が真っ白なまま困惑していると、ようやく一人が声を上げた。
沖野「テーーーイーーーオーーーーーッッッッッ!!!!!!!!!!」
テイオー「あ.........」
その声を上げたのは、トレーナーだった。ボクの名前を叫びあげるのと同時に、手を挙げたんだ。三本の指を、空高く、堂々と。
「テーイーオーーーッッ!!!」
テイオー「え.........?」
トレーナーを筆頭にして、一人、また一人と声を上げながら、三本指を掲げ始めた。気が付けばサブトレーナーも、マックイーン達も、カイチョーやキタちゃんも.........そして、レースを走っていたネイチャ達も.........みんな、三本の指を掲げていた。
気がついたらもう、掲げてないのはボクだけになってた。
「テーイーオーーーッッ!!!」
テイオー「っっ.........!!!」
視界が歪む、腕が上がらない。ピシッと立てない。頭がクラクラするほどの歓声。まるで皆が、ボクのためにライブをしてくれてるみたいだ。
それでも、奇跡を起こしてくれた皆の為にも、この手は掲げなきゃ行けない。涙を流しても、腕が真っ直ぐ上がらなくても、倒れちゃいそうになっても、ボクが始めた事だから.........!!!!!
「ボクはッッ!!!」
「.........!」
テイオー「.........ボクは、怪我をした。怪我をして、自分の中で全部グチャグチャになっちゃって、どうしようって.........」
テイオー「けど.........そんなボクを、走れるって.........!走って欲しいって言ってくれた皆が.........!!!嬉しかった!!!」
自分でも、何を言ってるのか分からないくらいめちゃくちゃになっちゃったけど、多分、皆には伝わってると思う。
だから、それだからこそ、伝えなくちゃ。全部を伝え切ることが、一番大切だから。
いつの間にか出てた涙を拭った。ゆっくり上がらないなら勢い良くつき出そう。倒れそうになったらネイチャに支えてもらえばいいや!!
ボクの後ろにそびえるバックスクリーン。そこにはもちろん、ボクの姿が映し出されている。皆にその姿を誇示するように、ボクは最後の言葉を繋いだ。
「みんなーーーーーっっっ!!!!!」
「ボクは最強無敵のウマ娘っ!!!トウカイテイオーだぁぁぁーっっ!!!!!」
その言葉と共に掲げられた三本の指。ようやく掲げられた。待ちに待った。誰もが望んだ。その三本指が掲げられた瞬間。レースの 決着が着いた静けさを覆すように.........
「ワーーーーーーーッッッッッ!!!!!!!!!!」
会場の歓声は、空を割らんばかりに響き散らしていた.........
山あり谷ありウマ娘
第二部 夢守り人編 完―――?
ーーー
(やっぱり、凄い.........)
割れんばかりの歓声の中、掲げた三本の指を下ろし、その手を胸に置きました。
彼女は.........この多くの期待が背負っているプレッシャーの中を一人で、跳ね除けてしまったのです。きっと、誰の記憶にも残る菊花賞となったことでしょう.........
(私も.........強くあらねば.........!!!)
強くある。それこそが、私に課せられた使命。そうあることで、皆さんの道標になることが出来る。
そして.........『一心同体』を誓った彼と、ようやくもう一度、並んで歩くことが出来る。
レースの事も、メディアの事も、何も気にならないように.........私が強くあれば良いだけの事なのです。
そう思いながら、私はその強い気持ちを胸の内に閉じ込めました。
その時は、それこそが『一心同体』である私のすべき事だと.........そう、思っておりました。
......To be continued