山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜   作:ギノっち@カマタラル

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トレーナー「ここが未来の世界か.........」

 

 

 

 

 

 一月の後半。寒さのピークはようやく過ぎてくれはしたが、その寒さはまだ健在であり、人々の肌を強く攻撃する季節。

 しかし、北海道生まれの自分にはそんなもの関係無いと言えるほどに寒さには自信があった。それでも.........

 

 

桜木「な、何が起こったんだ.........!!?」

 

 

 体全身が水浸しになってしまえば、丸裸も同然の寒さであった。

 兎に角、何がどうしてこうなったのか考えてみよう.........俺は、朧気になった先程までの記憶をなんとか思い起こしてみる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう。確か昼休みだった。今日は誰もチームルームに集まらなかったんで、久々にあの噴水で食事をとっていた。

 献立は購買のサラダチキンロールパンとカフェオレだった。忙しいトレーナーの味方この上ないし、何より美味かったのを覚えている。

 問題は.........この後だ。 視界の端っこから、いつぞやの巫女をしていたウマ娘、マチカネフクキタルと、それを必死に追うゴールドシップが現れた。

 

 

ゴルシ「あっ!!悪いおっちゃん!!フクキタルを止めてくれ!!」

 

 

桜木「えぇ!!?」

 

 

 いつもは問題を起こす方であるはずのゴールドシップではあるが、そう言われてフクキタルの方へ視線を移してみると、その手には何やら目覚まし時計がこれまた大事そうに抱えられていた。

 今どきあんな目覚まし時計売ってんのか.........電子以外死滅したもんだと勝手に思っていたが、察するにあれはゴールドシップの私物なのだろう。

 

 

フク「き、今日の占いでアンティークな目覚まし時計がラッキーアイテムだったんです!!今日だけ貸してください〜!!」

 

 

ゴルシ「ダメだ!!!ソイツはじいちゃんがくれた大切な―――あっ」

 

 

フク「ア゛ッ゛!!!」

 

 

 転けた。これまた見事に何の変哲もないこの舗装された道で、見事に前のめりになってフクキタルは転けた。

 それと同時に、祖父から貰ったというゴールドシップの時計も空中に投げ出された。ここは俺が取るしか無いだろう。

 

 

桜木「いよっ.........と、ととと!!?」

 

 

 力いっぱい跳躍し、片手を伸ばしてなんとか目覚まし時計を手に収めた。そこまでは良かった。

 この時計、やけに重い。そのせいか身体のバランスが後ろ側に崩れ、俺は着地と同時に後ろに数歩、たたらを踏んだ。

 そして、噴水の縁へと突っかかり、背中から水にドボンしたという訳だ。花に入ってくる水の感触と同時に、水の中で重々しくなる目覚ましの音がようやく、記憶に甦ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「へ.........へちっ!!!クソ.........それにしてもアイツらどこ行った.........?折角必死に取ってやったのに、薄情な奴らだぜ.........」

 

 

 思い出したは言いものの、ゴールドシップもフクキタルも、まるで最初から居なかったように忽然と姿を消していた。

 古めかしい時計は見た所壊れては居ないものの、時計の針は止まっている。変なボタンがあるが、迂闊に押さない方が身のためだろう。

 取り敢えず、この辺りを見回してみる。特に変わった事は無いが、一つ気になる事があった。

 

 

桜木(これ、こんなに寂れてたか?)

 

 

 噴水の中心にある三女神の像。手入れはきちんとされているものの、記憶より少し古くなっている気がする。

 とにかく、移動した方がいいだろう。そう思っていると、誰かがこちらに歩いてくるような足音が聞こえてきた。

 

 

「あれ.........大丈夫ですか?」

 

 

桜木「あ、ああうん.........ちょっとドジっちゃって.........君は?」

 

 

「え?私の事知らないんですか?」

 

 

 若干不思議そうな.........いや、それ以上に不審者を見るような目付きに変わったウマ娘の子。そんな事言われたってちっとも分からん。

 そう。俺自身三年以上トレーナーを続けているが、この学園じゃこんな子は居なかったはずだ。人の名前を覚えるのは苦手な方だが、顔の方は得意だ。なんだろう。すごく不安になってくる。

 俺の方をじーっと、そのなんとも言えない目で俺を見てくるウマ娘。本当になんとも言えない。ジト目というより、ネコ目と言った方が正しい目で俺を睨んでいると、仕方が無いというようにはぁーっとため息を吐いた。

 

 

「これでも、世界レート1位だったこともあるんですよ?」

 

 

桜木「へぇー!そりゃ凄い!!」

 

 

「見た所、バッジが割と新品なので新人さんだとお見受けします。ジャスタウェイと言います。よろしく」

 

 

 そう言いながら、彼女は俺に手を差し出してきた。ジャスタウェイ.........やはり知らない子だ。そんな名前、聞いた事すらない。

 嘘をついているという訳でも無いだろう。こんな堂々と世界一位ですなんて、仮にもトレーナーに対して言える訳が無い。

 何がどうなっているのか分からないが、とにかく話を合わせよう。俺は差し出された手が濡れないよう、取り敢えず乾いている衣服の部分で手を拭いて、彼女の手を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャス「へー。その歳でチームを?」

 

 

桜木「そうなんだよー。これが中々大変でさー」

 

 

 学園内部の廊下を歩きながら、俺はジャスタウェイと話をしてみる。彼女の話のリアリティさからやはり、嘘は着いていない。

 俺は彼女から振られる質問をのらりくらりと躱しながら、彼女の話を聞いていた。

 

 

ジャス「チーム名はなんと?」

 

 

桜木「レグルスって言うんだけど.........」

 

 

 俺は彼女の様子を伺いながら、その名を出してみた。ここの廊下を歩いていて、いの一番に確認してみたかった事だ。

 ジャスタウェイは一旦立ちどまりながら、深く長考する仕草を取ってみせるが、次第に申し訳なさそうな表情をし始めた。

 

 

ジャス「.........すいません、聞いた事ないです」

 

 

桜木(.........だろうなぁ)

 

 

 学園校内に入る為の入口。そこにはチームメンバーを募集をする為のポスターなどが張り出されている。

 しかし、そこにレグルスのポスターは貼っていなかった。こういう時、普通だったらもっと慌てふためくのであろう。典型的なパターンは、今の年代や、今の有名人。テレビの広告を見て唖然とするであろう。

 だが、妙に地頭の良さがある俺は、察してそれをスっと受け入れてしまった。戻れる保証などどこにも無いのに、対して焦りが出てこない。俺も、あの生きてきた時代に執着しない、薄情な奴なのかも知れない。

 そんなことを考えて歩いていると、隣に居るジャスタウェイがずっと俺の顔を見ていた。また先程と同じようなネコ目ではあるが、そこには不信感や疑いという感情ではなく、何かを探るようなものであった。

 

 

桜木「えっと.........な、何か着いてるかな?」

 

 

ジャス「いえ、ああ言ってしまった手前聞きにくいんですけど、どこかで会ったことあります?」

 

 

桜木「無いよ!!仮に君みたいな子にあったら多分一生忘れられないくらい印象的だよ!!?」

 

 

ジャス「えぇ!!?私親友に良く印象が薄いって言われるんですけど!!?」

 

 

 どこかだ。あんなすぐネコ目になる子なんて印象爆アドじゃないか。全く誰がそんな事を言ったんだ.........?

 兎にも角にも、ここは俺の生きてきた世界では無い。ほら見ろ。事務室からチラッと見えるカレンダー。年数みたら俺の時代から40年くらい経ってる。流石にびっくりしたわ。思わず声上げそうになったもん。

 

 

ジャス「あーあ、一緒に凱旋門賞出た事もあったのになー。私より名前が知れてるのは妬けちゃうなー」

 

 

桜木「凱旋門賞!!?すげぇじゃん!!!出るだけでも勲章もんだよ!!!」

 

 

ジャス「ですよねぇ!!?ほーら見たことか!!!なーにが[ゴルシ様にとっては凱旋門賞なんて旅行のついでにファンサービスするレースだぜ]さ!!!こーんなに私の苦労を分かってくれる人も居るのに!!!」

 

 

桜木「あはは.........ん?」

 

 

 目の前でヒートアップを見せ始めたジャスタウェイ。普段大人しめで頭良さそうな子ではあるが、親友の事となると熱くなるらしい。そこは共感する部分である。

 しかし、明らかに知っている名前が出てきた。[ゴルシ様]だ。恐らく本人が自分でそう言ったのだろう。そうやって自分の名前を略す奴も、自分の名前に様付けする奴も、そうそう居ないだろう。

 それはもしかしてゴールドシップの事だろうか?思わずそう聞きそうになった瞬間。急に身体が前方向に引っ張られた。

 

 

桜木「いぃ!!?」

 

 

ジャス「あっ、理事長」

 

 

「む、すまんなジャスタウェイ!!この男は特殊な手続きが必要なのだ!!!」

 

 

 拒否権は無い。そう言うかのように、その理事長と呼ばれた女性は俺の腕を掴み、力強い前進で前へと進んで行く。

 新しい理事長であろうか?俺の知っているやよい理事長より、明らかに背が高いし、声に幼さも無い。未だ後ろ姿しか見えないが、別人であろう。

 無駄だとは思いつつも、助けを乞おうと後ろを振り返ると、ジャスタウェイはあのネコ目で半笑いしながら手を振っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、話を聞かせてもらうぞ。[桜木トレーナー]」

 

 

桜木「っ.........!」

 

 

 ここに来て初めて、自分の名を呼ばれる。そして、トレーナーである事を認識させられた。

 未だ後ろ姿しか見せていない女性。彼女が理事長室の椅子に腰を掛けると、その顔をようやく拝める事が出来た。

 

 

桜木(ウマ娘って老けないんだな.........)

 

 

 そんな呑気な事を考えてしまうが、致し方あるまい。あれから四十年と経っているはずなのに、彼女からは成長を感じはすれど、老いそのものは感じさせない。

 そんな俺のへにゃへにゃな思考が読み取れたのだろう。秋川やよい理事長は、その目を強く細めた。

 

 

やよい「何の真似だ?」

 

 

桜木「.........と、申しますと?」

 

 

やよい「あくまで白を切るつもりか?では切れなくなるまで切るといい」

 

 

 風格、とでも言えば良いのだろうか。彼女からはあの頃感じていた幼さと厳格さのギャップが感じられなくなっている。あの可愛らしい容姿であの凄みであったから、とっつきやすかったのかもしれない。

 目の前に居るのはただの怖い女性だ。ため息を吐かれると本当に怖い。俺が何をしたって言うんだ。

 

 

やよい「君は、[トレーナーを辞めた筈だ]」

 

 

桜木「.........はァ!!?」

 

 

やよい「そんな君が何故、返却した筈のトレーナーバッジを、あの頃と同じような格好で付けて学園に居る?」

 

 

 白が切れたのなら切っていたであろう。しかし、それは目の前の理事長の一言目で既に木っ端微塵にされた。

 理解が出来ない。俺がトレーナーを辞めた?何のために?明らかに天職そのものだろう。

 辞めた理由を知りたい。だが、俺の事だ。辞めた理由は絶対、誰にも教えない筈だ。理事長に対しても、必ず.........嘘を吐く筈だ。あんなに良い人になのに、自分が嫌いになってくる。

 

 

桜木「.........そうですね。俺としては[まだ]、辞めるつもりは無いはずなんですけどね.........」

 

 

やよい「.........と、言うと?」

 

 

桜木「.........まぁ、全部話しますよ。ここに来た経緯を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やよい「.........成程、そういう事だったのか.........」

 

 

桜木「ず、随分物分り良いっすね.........」

 

 

やよい「それはお互い様だろう?」

 

 

 全く、通りでどこを探しても見つからなかった訳だ。ゴールドシップ.........まさかとは思っていたが、過去に行っていたとは.........

 そして、この男もだ。こうして姿を見せたと思ったのでもしやと思ったが.........どうやら私は些か、希望的観測が多いらしい。

 もう子供では無いんだ。実現出来そうにない絵空事を振り回す事はもう、今の世の中では通じない。

 

 

やよい「事情はわかった。暫くはトレーナー寮を貸すとしよう。くれぐれも他のトレーナーと鉢合わせるなよ?君は多少ではあるが、今もその名と顔が通っているからな」

 

 

桜木「え?俺なんかやったんですか?」

 

 

やよい「ああ、やってくれたよ.........良い意味でも、悪い意味でもな.........」

 

 

 私は桜木トレーナーに部屋を出るよう促すと、彼は戸惑いながらも、この部屋から頭を下げ、出て行った。

 .........全く信じられん。あれが[過去の桜木トレーナー]だと?あれが、[桜木玲皇]だと?冗談も甚だしい。私の知っている彼は少なくとも、あんな生気が籠った目をしては居なかった。

 彼の目の前で、恐らく多くのウマ娘が夢に敗れる姿が晒されたのだろう。だから、彼は[最初の担当一人を除いて]、ウマ娘と関係を持つ事は無かった。

 

 

やよい「.........本当、信じられんよ。君のあの様な姿を、私も見てみたかったものだ」

 

 

 私は、この理事長室に飾られているトロフィーを見る。その視線の先には今も開催されているURAファイナルズの第一回目の中距離優勝トロフィーが静かに存在している。

 .........そこに刻まれている名は、[アグネスタキオン]。彼にとって、最初で最後の担当ウマ娘だった存在だ。

 

 

『辞めます。トレーナー』

 

 

『.........早計ッ!!理由を話してはくれないか!!不備があるなら私から―――』

 

 

『耐えられないんです。誰かの夢が壊れる姿を見るのが』

 

 

 あんな、最早死んだも同然の目でそう言われてしまえば、引き下がるしかあるまい。結局彼は、バッジとトレーナーの身分を証明する物全てを返却し、また一般企業へと戻っていってしまった。

 そして何より.........

 

 

やよい「全く、文句の一つも言わせてくれないとは、本当に意気地無しだな.........」

 

 

 彼の実際の姿を見たのはそれきりで、次に再開した時はもう、彼はフィルムの中の存在でしか無かった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 理事長室を後にした俺は取り敢えず、学園を出て真っ先にコンビニへと向かった。とにかく、この時代に関する情報が欲しかったからだ。

 自動ドアを通り、新聞を手に取ってレジへと持っていく。何故か店員に不機嫌そうな顔をされた。良く見ると、セルフレジが併設されている。自分でバーコードを読み取るタイプだ。コンビニも随分進化を遂げたものだ。

 俺は店員にお礼を言って外を出た。行く宛はないが、とりあえずいつもの公園でいいだろう。

 

 

桜木「それにしても.........綺麗になってたなぁ、理事長.........」

 

 

 可愛らしい、という言葉がベストマッチしていた理事長が、時間が経つと美しいという言葉がマッチする。素晴らしいものだ。やはり可能性というのはこうでなくては。

 

 

 そんなルンルン気分で歩いていた俺は、背後から近付いてくる存在に気付くことが出来なかった。

 

 

桜木「ッッ!!?」

 

 

「おぉっと.........!!中々抵抗するじゃないか!」

 

 

 ハンカチで呼吸する器官を塞がれる。必死に抵抗しても離れない所を見るに、相手はウマ娘だろう。タキオントレーニングの成果が通用しない時はだいたいウマ娘だ。

 しかも、段々と瞼が重くなって行く。恐らく、このハンカチの濡れた部分から漂ってくる匂いの元だろう。そして、この声にも聞き覚えがある.........

 

 

桜木「何の真似だ.........?アグネス.........タキ......オ...ン...............」

 

 

タキオン「.........一分か。ウマ娘ですら三分と持たない筈のクロロホルム量だが.........彼の助言を受けといて正解だったよ」

 

 

 思考が働かない。彼とは?なぜ俺を眠らせたのか?それって人体に悪影響を及ぼすレベルの量なんじゃないか?

 そんな疑問は一つも解決されること無く、俺は暗闇の中をただ一人、堕ちて行った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂嵐のようなヴィジョン。小さい虫が景色全てに飛んでいるかのような中で、俺は夕日が見えた。どこか、懐かしさを感じる。

 

 

「――に―わ、たづ―さ―」

 

 

 勝手に口が動き始める。その声もなんだが、ノイズ混じりだ。

 そして気が付くと、目の前には見覚えのある顔があった。砂嵐にまみれながらも、それが誰かは辛うじてだが分かる。事務員兼理事長秘書であるたづなさんだ。

 .........そうだ。ここは、あの日の思い出の中だ。俺の人生が変わった、あの日だ。目の前のたづなさんは、俺に向かって微笑み、あの時と同じように、古賀さんが飲み会を計画している事を伝えて来た。

 それを断るのも、また記憶通りだった。けれど、この身体の重だるさはなんだ?この胸から湧き上がってくる、自分に対する嫌悪感は.........?

 

 

「――ふっ.........桜―さ―。選抜―ース、――気―なる子―居―――か?」

 

 

 その質問も、記憶通りだった。けれど、その言葉に反応して身体の内から湧いて出てくる感情は、記憶に反して虚無だった。

 そして.........何故か身体は、彼女の方へは向いてくれない。耳には微かに聞こえてくる筈の、嬉しい声。それに対して、俺はちっとも応えようとはしない。

 仮面を着けた。あの日、つけた覚えのない筈の仮面の感触が、ハッキリと分かってしまう。耳鳴りのようなノイズも、見る景色全てを阻害する砂嵐も消えた。

 辺りは、記憶に反して、灰色に成り下がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すいません、お腹すいちゃって良く見れませんでした」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........おや、目が覚めたかい?」

 

 

桜木「.........ここは......?」

 

 

 中々嫌な夢を見た。あれはなんだったのだろう.........?とりあえず、俺は聞き慣れた声に応える為に、身体を起こそうとした。

 だが、それは叶わなかった。身体が、硬いテーブルのようなものの上で拘束されている。

 暫くそれに反抗して起き上がろうとすると、これまた見知った顔が、俺の顔を見る為にぬっと俺を覗き込んだ。

 

 

桜木「やっぱ、タキオンだったのか.........」

 

 

タキオン「素晴らしいね。ウマ娘ですら8時間ほど睡眠するのに、君はたったの16時間で目を覚ました。常人だったら丸一日寝ているはずなんだがね」

 

 

 嫌味ったらしい笑顔で、タキオンはくつくつと笑った。コイツはこの時代でも変わりなさそうでどこか安心したが、同時にこの性格で世の中をちゃんと渡って行けているのか心配した。

 

 

桜木「質問に応えろ。何故俺を拉致して、こんな拘束したんだ」

 

 

タキオン「君がこの時代に来たのは私達が原因だからだ。よって、私達の手で君を返す」

 

 

桜木「そうだよな、お前がそう簡単に教えて.........なんだって?」

 

 

 聞き捨てならない言葉が聞こえた。この目の前にいる存在は、俺が過去から来たことも、そして、その戻り方も知っているらしい。

 一体何がどうなっているんだ.........?寝ぼけた頭はすっかりとその言葉で意識を覚醒させたが、如何せん言葉のインパクトが強すぎてその先に進めなかった。

 

 

桜木「くっ、なんでだ!!!普通に接触してくれれば良いだろう!!?」

 

 

タキオン「そうは行かない。今の私は海外で研究者として働いているという言わばエリートのレッテルを貼られている。この上なく鬱陶しいがね」

 

 

タキオン「そして、もう一人は既に死者として扱われている。籍は完全に鬼籍に入ってるんだよ」

 

 

 鬼籍.........つまり、この日本においては死んでいる事を表している。そんな人間がなぜここに居るんだ?リビングデッドの呼び声でも使ったのか?

 そんな思考がまとまらない内に、耳に鼻歌が流れてくる。俺の好きな.........そして、マックイーンとの思い出の詰まったあの曲のイントロが、段々と近付いてくる。

 自動ドアが開く音が聞こえる。首すら固定されている為、顔を上げることも出来ない。それが誰かすらも、俺には想像つかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、次の言葉を聞くまでは.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「......嘘...だろ.........?」

 

 

 決まりきった挨拶、決まりきった抑揚、そして、決まりきった雰囲気.........その全てが、俺にその存在を、肯定してしまう。

 

 

「タキオン、順調か?」

 

 

タキオン「今起きた所だよ。私は準備に取り掛かるから君が説明したまえよ。[トレーナーくん]?」

 

 

「人使いの荒い奴だ」

 

 

タキオン「それはお互い様だろう」

 

 

 目の前のタキオンとその存在の会話には、一切感情が篭っていないのか、酷く冷たい物だった。正直、こんなタキオンは今まで見た事がないほど、その冷たい目をその存在に向けていた。

 足音が聞こえてくる。段々と近付いてくるそれに、恐怖を感じている自分がいる。それを見てしまえばもう.........後戻りは出来ない。その存在を、認めてしまう。

 だが、それは無慈悲にも俺の顔を覗き込んできた。若干老け顔になったそれは、酷く俺を、悲しみに打ちひしがせた。

 

 

「初めまして.........いや、鏡の前を含めるとそうでも無いな。気分はどうだ?[鏡の道化師(桜木玲皇)]君?」

 

 

桜木「.........お前が、俺にとっての鏡の存在だ。[鏡の道化師(クソッタレ野郎)]」

 

 

 その軽口を軽くいなすように、目の前の男は笑って見せた。楽しくないのに、楽しく振舞っている。そんなことが、手に取るように分かってしまった。

 

 

桜木「お前は誰だッ!!?死んでる事になってるってどういう事だ!!?」

 

 

「転落事故だよ。公演からの帰り道、バスが崖から転落してね。もれなく全員、一時的に死んだ事になった」

 

 

「だが、後に発覚した。彼らは全員生きていた。勿論、俺を含めればな」

 

 

 俺が縛り付けられている机の隣の椅子に座り込んだ男は、俺の寝ているテーブルの余った部分に腕を置いた。

 俺は、コイツの事が嫌いだ。もし縛られてなかったら、今すぐぶん殴ってやりたいくらいに、無性に腹が立ってくる。

 

 

「聞きたいことはそれだけか?」

 

 

桜木「他にもあるぞ.........!!なんでトレーナー辞めたッッ!!!ウララはどうした!!!」

 

 

「有馬記念、残念だった。可哀想だと思ったよ」

 

 

桜木「ライスは!!!」

 

 

「多くの人に祝福されたよ。彼女が幸せだったかは知らんが」

 

 

桜木「ブルボンは!!!」

 

 

「惜しかったな。三冠をライスに阻まれてしまってね。俺も応援してたんだがなぁ」

 

 

 自然と歯が食いしばった。この男はそんな事を言いながらも、何にも気にした様子では無い。全てを取り繕っている。こんな男が、本当に俺なのか.........?

 泣き叫びたい気持ちを押さえ込みながら、俺はもう一度、最後と思い声を上げた。

 

 

桜木「マックイーンはッッ!!!」

 

 

「.........」

 

 

 マックイーン。その名前に反応する様に、コイツは口を噤んだ。その仮面が一瞬、外れかけたように思えたのは、気の所為だろうか?

 そう思った次の瞬間、突然胸ぐらを力一杯掴まれた。

 

 

桜木「カハッ.........!!?」

 

 

「お前は少し知りたがり過ぎる。シュレディンガーの猫を確実に生かしたいなら蓋は閉じておくべきだ。そうだろう?」

 

 

 胸ぐらを捕まれ、引き寄せられる影響で首を固定している鉄器に気道を塞がれる。理想とは程遠い見つめ合うような形で奴の目を見ると、それは黒く、歪み、淀み、そして濁りきった泥のような目をしていた。

 奴は無表情で俺にそう言い潰した後、冗談だと言うように微笑んで見せた。そしてようやく、その手を離し、俺を苦しさから解放した。

 

 

桜木「ケホッ!ケホッ!」

 

 

「実際の所、彼女達がどう感じ、どう道を進んだのかは分からない。[担当ではないからね]」

 

 

桜木「はぁ......はぁ.........?」

 

 

 担当ではない.........?どういう事だ。俺は確かに、あの子達とチームを作っていた筈だ。現に、マックイーンは天皇賞・春を制覇して、そのチームの名は世に―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『すいません、聞いた事ないです』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「―――.........」

 

 

「気がついたか?ここは、君の生きている世界とは別なんだよ」

 

 

 そうだ。最初から、違和感はあったんだ。俺の道のりを否定したくなくて、それを無意識にほっぽり出していたんだ。

 チームの名前を聞いた事がない?そんな訳は無い。マックイーンは強さを見せた。そのお陰で、[強すぎて退屈]なんて言う言葉を貰った。そんな子がいるチームが、聞いた事ないなんてありえない。

 

 

桜木「.........お前は、何者なんだ.........?」

 

 

「そうだな。強いて言うなら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「運命に導かれるまま動いてしまった、[操られた人形(マリオネット・バインド)]だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分を自嘲するように、奴は笑って見せた。その悲しげで、何かに対しての憎しみすら感じ取れるその表情からはようやく、仮面の気配は感じ取れなかった.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued

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