山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
「皆さんは、桜木玲皇という男をご存知だろうか?」
男はスポットライト真ん中で、椅子に座りながら堂々と寛いで見せている。観客が居るかも分からない。スタッフすら存在しない、キャストが居るのかもすら、定かでは無い。
桜木玲皇。人がその名を聞けば思い浮かべるものは一つだけ。能面という言葉だ。ピッタリと張り付いた感情のないその仕草から、人々は彼をそう渾名付けた。
彼にも夢はあった。それが空に掻き消えたように内から存在しなくなった。燻った火が微かに燃え上がろうとも、その味を知ったその男は、愚かにも自分でそれを鎮火し続けた。
灰皿の中で煙草ですり潰す様に、炎は鎮火した.........筈であった。
「.........一人語りも飽きた。そろそろ話に戻るとするか」
仮面を着けた道化師は、今もフラフラと[夢を拗らせ]続けている.........
ーーー
「さて、お前がここに来てしまった理由を話そう」
振り向いた奴の表情は、ここに来て初めて、ようやく真剣な物になった。見えはしないが、奴が散乱した机の上の物を退けている音が聞こえてくる。
その音が止み、今度は足音が近付いてくる。奴は手に持ったそれを見せびらかすように、まるで、子供をあやす様に俺に降って見せた。
「良いか?俺が今から質問するが、今は答えなくてもいい。次に質問した時、俺が質問するより先に同じ質問をしろ。[俺はバカである。〇か✕か]」
「.........?」
話の意図が見えそうにない。答えなくても良いと言われた為、俺はその質問を無視した。
そして、奴の手に持っているあのゴールドシップが持っていた物と同じ目覚まし時計に目を向ける。
桜木「それは.........?」
「ゴールドシップに持たせた物だ。見た目は何の変哲もない目覚まし時計.........だが」
桜木「待て、アイツは確かじいちゃんから貰ったとか「俺がそのじいちゃんだ」.........なんだって?」
サラリと明かされた衝撃の事実。頭が酷く混乱してくる。俺がおかしいのか?それ、受け入れなきゃダメか?いや、到底受け入れられる事実ではない。なんせ俺はまだ結婚どころか、恋人すら居ないのだから。
そう思っていると、奴は何かを耳煮つめたあと、目覚まし時計を俺の胸の上に置いた。
「話を続けよう。これは特定の操作によって人の意識を過去の肉体へと送る物だ。試しに鳴らしてみよう」
桜木「っ!!?待っ―――」
チリリリリリリンッッ!!!
ーーー
もやがかかった様な意識から一瞬にして頭が活性化する。その感覚はまるで、夢から覚めたような感覚だった。
水の中に居るような音の感覚から少し経ってようやく鼓膜が正常に機能をし始めた頃。隣に座る存在は真剣な顔でこう言った。
「良いか?俺が今から質問するが、今は答えなくてもいい。次に質問した時、俺が質問するより先に「俺はバカである。〇か✕か」.........正解は〇だ」
奴は手に持っていた目覚まし時計を、俺の身体の隣に置いた。せめて別の所に置いてくれ。落ちたりしたら大変だ。
それにしても.........信じられない。まさか本当に過去に戻ってきたのか?そんなSFチックな事が現実に起こり得るなんて.........
「信じられないか?」
桜木「.........ああ、お前が結婚して子供作って、孫ができるくらいにはな」
「全くだ」
奴は全く悪びれる様子も無く、もう一度椅子から立ち上がった。今度は何をする気なのだろう.........?
また、あの机の上でガサガサと何かを漁る音が聞こえてくる。こんなものがあるのになぜ整理整頓をしないんだ?地面に落ちたらどうなると思っているんだ?
そう思っていると、奴は今度は何やら宝石の様な物を手に持ってやってきた。
「これが、時を超える仕掛けの正体だ」
桜木「この宝石が.........?」
「操作していない車が坂の上を登るのをテレビで見たことがあるだろう?」
そう言われた俺は、すぐにその光景が目に浮かんだ。その映像は俺が見てきた仰天映像の中で最も好きなものだ。
確か原理としては、特殊な磁場によって形成されたものによる超常現象であると一説には噂されている。
「その磁場によって形成された地中深くで作られた石だ。見た目とは裏腹に、中身の空洞は大きくなっている」
「俺が助かったのも丁度この石が落下地点に大量に発生していたからだ」
見た目はなんてことは無い普通の石。だが、この石には時を超える力が備わっている。言わばロマンの塊のような存在だ。
そんな俺の心中を察したのだろう。奴は嬉しそうな顔で、目覚まし時計の説明を続ける。
「この石は与える衝撃の強さ、種類によって過去、そして未来に飛ぶことが出来る。だがまぁ.........この目覚まし時計に内蔵されている物はせいぜい三回が限度だ」
「身体に近ければ近い程、飛ばすものの大きさも変わる。手が届く範囲からコイツのボディまでが、意識を飛ばせる距離だ」
桜木「.........?過去に飛べるんだったら、石の耐久度も戻るだろ?」
「コイツは時を記憶する。難しいかもしれないが、それは事実だ。納得しろ」
なんてことだ。そんな事を言われてしまえば納得せざるを得ないだろう。流石自分自身と言った所か、俺の飲み込みの良さを良く把握している。
「応用すればデータや思考すら時を超える。ゴールドシップから送られてくるメッセージファイルが有るだろう?あれは俺が送ったものだ」
桜木「あれお前だったの!!?めちゃくちゃ送られてきてるからゴールドシップの通知普段切ってんだけど!!!」
「うるせぇ!!!恨むんなら今どき7Gのスマホを使ってる物持ちの良いうちの孫を恨め!!!」
逆ギレされた。しかも何だよ7Gって、俺の時代じゃ未だ5Gは人体にどーのこーの〜って言ってる奴らも居るんだぞ?大丈夫?人体に影響とかでないの?
.........いや、今気にするべき事はそこじゃない。もう目覚まし時計の説明は聞き終えたんだ。今一番聞きたい事は、その孫についてだ。
桜木「なんでそもそもゴールドシップが俺の時代に居るんだ。元はこっちの存在なんだろ?」
「俺が愛した女を救う為だ」
桜木「ふざけんなよ」
「俺は至って真面目だ」
その言葉を聞いて、俺は頭を抱えたかった。縛られていたから出来ないが、もし今身体の自由が聞いたのなら、目の前のコイツを殴り倒して、空いた椅子に腰を落とし、ため息を吐きながら頭を抱え、恥ずかしさに悶え苦しんでいただろう。
こんな悪人が、孫を自分の為に過去に送り付けるような奴が、愛する者の為だと言う。それが他人や、アニメの中でならカッコ良く思えただろう。だが、目の前のコイツは正真正銘の桜木玲皇。俺自身だ。
桜木「.........んで、その肝心の愛する者って誰だ?まさかタキオンか?」
「誰があんな実験大好きマッドサイエンティストの元海外機関のエリートのDr.ミキサー渾名はハイパー目が濁ってるを愛するか」
桜木「待て待て待て待てもう俺の中の俺が壊れつつある」
「武藤遊戯か?」
コイツ、本当に俺らしい。このノリはアイツらと一緒にいる時と同じものだ。否定したいと思いたくなる度にそれを肯定する羽目になる。最悪だ。
そう思っていると、先程まで席を外していたアグネスタキオンがようやく戻ってきたのか、自動ドアの開く音が聞こえてきた。
タキオン「随分酷い言い草じゃないか、これでも君と三年間共に歩んできた仲だろう?」
「お前俺が嫌だって言っても薬投与するじゃん」
桜木「え、嫌なの?」
「「え?」」
正気か?というような目で俺の方を見てくる二人。いや、この男がその目を向けるならわかる。お前はなぜそんな目を俺に向けるんだアグネスタキオン。渾名はハイパー目が濁ってる。
タキオン「.........はぁ。トレーナーくんにもこんな優しさがあったらねぇ。そう思うだろう?桜木くん?」
桜木「僕もそう思います」
「うるへぇ」
不貞腐れた様に頬杖をつく隣の存在。なんだよ、案外人間らしい所もあるじゃないか。
だが、気がかりな所もあった。タキオンでないのならば誰なのだろう?そう思って観察してみると、奴の薬指に光る指輪に目が行った。
桜木「.........奥さんか?」
タキオン「Congratulation。見事正解した桜木くんにはことの詳細を教えてあげよう。さ、トレーナーくん?」
「勝手に話を進めるな.........はぁ」
ため息を吐きながら、奴はどうしたものかと長考を見せ始める。早く話して欲しいものだと思いつつも、楽しみは後に取っておきたい気もしてくる。
そうしていると、さささっと奴とは反対方向からアグネスタキオンが俺に耳打ちするように近付いてくる。
タキオン「彼、君から見てどう思う?」
桜木「齢60超えてなお厨二病の末期患者」
タキオン「アッハッハッハ!!君は彼と違ってユニークだねぇ。あの頃の彼にも見せてあげたいよ」
腹を抱えて笑い声を上げたタキオンはその回答に満足したのか、俺の元から離れ、先程奴が漁っていた机とは別の机で、実験をし始めた。
何をしているのだろうと思っていたが、隣の奴がようやく決心ついてのか、ぽつりと声を出した。
「.........俺の奥さんは」
桜木「ほうほう」
「.........マックイーンだ」
桜木「.........はぇ?」
「メジロ.........マックイーンだ」
俺の漏れ出た声がよく聞き取れなくて出てきた声だと勘違いしたのだろう。実際にはなんの意味も持たない、ただ出てしまった声だ。
そんな声に追い討ちをかけるように、奴は奥さんの名前をフルネームで読んだ。どういうことだ?コイツの担当は、タキオンだけじゃなかったのか.........?
「俺はトレーナーを辞めた後、財前さんの誘いで元の会社に戻ってきた。それなりの役職を貰ってな」
財前さん.........その人は俺の相棒、メジロマックイーンの父親その人だ。彼女と会う前に、トレーナーになる前に一度営業先で、彼と話をした事がある。
たしか今は、会社が合併して財前さんがトップになっているはずだ。財前さんから誘われたのなら、無理の無い話ではない。
「普通の幸せ、普通の暮らし、勝負事とは無縁の世界で、俺は幸せに暮らしていたはずだった.........」
「ある日突然、財前さんからお見合いの話を頂いてね。断るのも悪い手前、引き受けてしまった」
桜木「.........まさか」
「ああ.........彼女だったよ。思わず一目惚れしてしまった」
気持ち悪い。じじいの恋の話ってこんなに生々しい物だったのか?俺はもっと儚い青春をイメージしていたはずなのに、なんか、うん。キモい。
「だが、彼女は酷く冷たくてね。心も身体も.........まるで氷のようだった」
「何故か分かるか?」
桜木「.........どうして......?」
本当は.........怖かった。これを聞いてしまったら、結末が分かってしまうような気がしたからだ。
それでも、聞かずには居られなかった。彼女の身に何が起こるのか、知っていれば回避出来るかも知れないと思ったからだ。
だが、それはあまりにも無慈悲で、無作法で、理不尽極まりない結末であった。
「繋靭帯炎だよ」
「知っていたさ」
「彼女の事はニュースでやっていたからな」
「だがその当時の俺はそんな事見向きもしなかった」
「タキオンの足もやばかったんだ」
「他人を気にしてる余裕なんて無かった」
「人一倍努力はした」
「だがURAファイナルズが最後だった」
「そこでタキオンは走れなくなった」
「他人の夢を潰し続けた俺にはお似合いの末路さ」
桜木「なん、ぇ.........?」
言葉を挟み込む余地は、無かった。思考を挟む余裕も、無かった。ただただ目の前に出された言葉という料理を飲み込むように、その情報を脳に取り込むことしか出来なかった。
希望もない、夢もない、奇跡なんて、あるわけない。そう悟るまでに、時間は掛からなかった。
「.........だがマックイーンの足は治した」
桜木「ッッ!!!??」
あと一歩。あと一歩で絶望の穴の中へ落ちて行けそうだったのに、目の前の男は希望という名のちょうちんで俺を釣った。
いったいなぜ、どうやって?何をして?繋靭帯炎を克服させたんだ。そんな前向きな言葉が口を突いて出ようとしたが、代わりに出てきたのは.........
桜木「.........嘘だ」
桜木「冗談なんだろ?」
桜木「ありえない」
桜木「繋靭帯炎になんかならない」
桜木「タキオンだってずっと走れるに決まってる」
桜木「なるとしても俺が絶対―――」
「他人の夢にすがるのはやめろ」
上に向けていた視線を、その声の方向に向けた。悲しみもない、怒りすらない、呆れも感じさせないその表情と声は、正に能面のようだった。
他人の夢。そう言われて、俺は初めて気が付いた。今までやってきた事は全て.........夢を追いかける他人の背中を、追いかけていただけだという事だ。
苦しみが湧き上がって来た。悲しみが胸を突いてくる。それを抑えることが出来ないのはきっと.........目の前のコイツが、俺の仮面を全て盗ってしまったからだろう。
桜木「ぅ...ぁあ.........!!!」
「.........泣きたければ泣けばいい」
「それが出来るのならそれをすればいい」
「お前も嫌だろう?何もせず、出来ないまま奪われていくのは」
「お前のやり方でやるんだ。ずってでも這ってでも、泣き喚いて、抗って見せろ」
俺を見るその目は酷く真っ直ぐで、素直で、何よりも先を見ていた。溢れ出る涙すら障害にならないほど、奴の姿は印象に残った。
桜木「けどどうやって.........」
「繋靭帯炎は治せる」
そうハッキリと口に出され、俺は一瞬だけ、希望を感じた。だがどうせ未来の技術だ。どうすることも出来ないだろう。
だが、現実は違った。奴はまとっている白衣のポケットから、USBメモリーを取り出して見せてきた。
「これはとあるバカな医者が、ありとあらゆる損失をかえりみず導き出した手術の術式だ。自分の命と引き換えにな」
「このデータを、俺はゴールドシップと共に過去に送っている」
桜木「っ!!!それは今どこにッ!!?」
「さあな、悪いが遺書に先約が居たんだ。あの時はもう抜け殻のような爺さんだったが、お前の時代なら約束は果たせそうだったからな」
それを探し当てなければ行けない。しょうもないほど途方も無い道のりだ。この目の前の男は、希望をチラつかせて俺を釣ろうとしている。
だが.........それでもそれにすがるしかない。それを支えにしなければ行けない。今大切なのは、前に歩くことだ。
そう考えを改めていると、奴はおもむろにその場から立ち上がった。俺にその背中を見せながら、ゆっくりと話し始めた。
「.........お前は今、他人の夢を追っている状態だ」
「そんな状態でつまづいてしまえば、自力で起き上がることは出来ない」
「だから.........夢を探せ」
桜木「夢を.........?」
夢を探す.........思えばずっと、トレーナーになってから、ただ目の前に現れた夢を追う背中を追い続けていただけだった。
その前も.........ただ目の前に現れた得体の知れない輝きに惹きつけられ、それに向かって走っていただけだった。
今なら、少しだけわかる気がする。夢の正体が何か掴みかけている今なら、自分の夢が何なのか.........
タキオン「.........準備できたよ」
「そうか」
静かな空気が一変するのを感じ取るのは、それほど難しいことではなかった。先程まで実験していたアグネスタキオンは、その産物であるだろう薬品を手に持ち、もう片方の手には注射器を持っていた。
「最近予知夢を見ることは?」
桜木「.........最近はめっきり無くなった」
「いい傾向だ。俺の予想は正しかったな」
この男は一体、俺についてどこまで知っているというのだろうか?得体の知れない不安と恐怖。しかし、それとは裏腹に、これから起こる何かに、どこか好奇心を働かせている自分が居る。
「俺もそうだった。夢で見るレースは夢が壊れる音を毎日のように奏でていた。俺がトレーナーを辞めたのはそれが原因だ」
桜木「.........?俺はそんな夢.........」
タキオン「私の睡眠薬の効果だ。それとはまた違うイメージを刺激し、夢の中で反映させている。ゴールドシップくんに飲まされただろう?」
その話を聞いた俺は、ゆっくりと過去を思い出していた。確かに、ゴールドシップに薬を盛られた経験がある。
あまりに疲れていた時に、コーヒーに盛られたんだ。暫くは大丈夫だったが、チームルームでぶっ倒れた俺は、アグネスデジタルに病院まで運んでもらったんだ。
タキオン「予知夢が見れなくなったという事は幸いだ。今後それが起こることは無いよう、解毒剤を投与する」
「ああ、だが注意しておけ。稀に見る神秘性の高い夢はこれからも見る事になる。あれこそお前を運命に縛り付けるものだ」
神秘性の高い夢。その言葉と薬品を注射器に入れるタキオンの顔を見て、彼女と初めてあった日に見た夢を思い出す。
あれがそうなのだろうか?では俺は、最初から間違っていたのか?そんな思いが顔に出ていたのであろう。二人とも、俺を見て笑い声を上げた。
タキオン「ハハハ.........君は本当にあのトレーナーくんかい?分かりやすくて可愛いじゃないか」
「全くだ。ここまで変わったのなら、ゴールドシップを送って良かったと思うよ」
桜木「.........」
確かに、今の俺が居るのはゴールドシップのお陰だろう。彼女がマックイーンを紹介してくれたから。彼女が白銀のお気に入りにならかったら。彼女が打ち上げでビデオ通話に顔を出さなかったら、今こんな事にはならなかった筈だ。
そして、この男はきっとそれを見越したんだろう。こんな考えが思い浮かぶのなら、歳を取るのも悪くないと考えられる。
タキオン「さぁ、実験開始だよ。モルモット二号くん?」
桜木「.........ああ、遠慮なくブスっとやってくれ」
固定された俺の右腕に手を添え、血管の位置を確認した後、タキオンは慣れた手つきで注射針を俺の身体の中へと侵入させた。
意外と痛みはなく、感じるのは薬品を注入される異物感だけ。これであの夢ともおさらばだと思うと、少し寂しさを感じる。
だが、そんな俺に更に追い討ちをかけるように、隣に居る男は突然言葉を発した。
「その薬品には記憶を失う作用も含まれている」
桜木「は.........?」
「この未来での出来事は全て忘れもらうぞ」
桜木「!!?なんでだよ!!?」
思わず声を上げてしまう。身体が自然と起き上がろうとしてしまい、自ら首を固定する鉄器に気道を塞ぐようにしてしまう。
我ながらマヌケな姿だと思いながら咳き込んでいると、今度はタキオンが口を開いた。
タキオン「未来を知って行動に移すなんてずるいだろう?」
桜木「っ、未来を変えるようなズルをしてんのはお前らだろ!!!」
「その通りだ。ズルをするのは悪役だけで良い。ヒーローは正々堂々戦うべきだ」
クソ.........何がヒーローだ.........俺が好きなのは悪役だ。そんなの、他の誰かがやればいいだろ.........
不味い.........また眠くなってきやがった.........嫌だ、忘れたくない.........この記憶さえあれば.........すぐにでも.........行動......に.........
ーーー
「.........あとは座標をセットしてボタンを押せば」
タキオン「ああ、過去に戻せるよ」
「必要な物も一緒に入れたか?」
タキオン「勿論だ。新品の目覚まし時計も、ついでにゴールドシップくんの家のポストに入っていた差出人不明の手紙も一緒だよ」
私の目の前に居る男は、ひと仕事終えた様にマグカップに口を着け、ため息を吐いた。
甘い匂いが鼻腔を通り、私の脳に少しだけ安らぎを与えてくる。それが彼のマグカップから漂ってくるものだとは想像にかたくない。
タキオン「.........ココアか、君がそんなものを嗜むなんて、知ったのは最近だよ。思えば私は君の事を知らなすぎる」
「当たり前だ。当時は周りの大人に目をつけられないようコーヒーを飲んでいたんだ。あんな不味いもの二度と飲まん」
彼は吐き捨てるようにそう言うと、桜木くんが入っている装置から離れ、彼が先程まで拘束されていたテーブルの隣の椅子に座り込んだ。
そして、彼の孫であるゴールドシップに手渡した筈の時計を、労わるように手で撫でる。その姿はどれも、現役時代には見せてこなかった姿だ。
タキオン「.........君はもう少し素直になった方が良い」
「これでも奥さんの前では素で居られたんだ。今の俺にとっては十分な幸せだ」
そう言った彼の表情は、とても穏やかなものだった。桜木くんが過去の彼だと言うのは、あながち嘘では無いのだろう。
私も、大人になったものだ。当時はただレースに出るための舞台装置だと思っていた彼に、興味が湧いて出てきてしまった。テーブルを間に挟み、私も紅茶の入ったティーカップを持って椅子に座った。
タキオン「.........その装置を使えば、君は過去に戻れたはずだ。何故わざわざこんな回りくどいことをする?」
「怖かったのさ」
タキオン「怖い.........?」
帰ってきた言葉は、珍しく弱気な発言だ。今まで彼に見てきた冷たさとはまた違う、少し肌寒いような冷たさを、彼から感じ取れてしまう。
「この進んできた道を否定するには、俺は歩きすぎた。それを否定する勇気も、彼女と歪ながらも歩いてきた道を引き返す覚悟も、俺には無かった」
「それにこいつは.........俺とは違う」
彼の視線の移動につられて、私はその方向を見た。そこには、今はまだ眠っている桜木くんが居た。
彼の寝顔は、まるで子供のようだった。まだまだ、出来ることと出来ないことの境目がつかない、そんな子供。
そんな彼を見る男の表情はどこか、羨ましそうだった。本当であるならば、彼もそこに行きたいのであろう。
「分かりやすい幸せには、分かりやすい悪役が必要だろう?」
タキオン「.........意気地無しだね」
私のその言葉を受け入れるように、彼はふっと笑いを零した。どれもこれもが、彼がトレーナーをやっている間は見れなかったものだ。
だが、それでも疑問は残った。この男も、彼には運命を変えて欲しいと思っている筈だ。あの敵を見るような態度は少し、やりすぎている気がする。
タキオン「それにしても、君は何がしたいんだ?進んで悪者になるなんて気が知れないね」
「.........俺はなタキオン、悪役が好きなんだよ」
悪役が好きだ。そう言った彼の表情は少し、羞恥心が感じ取れた。何が好きか嫌いかも分からないなんて、私は彼と一緒に三年間走ってきたのだろうか?
そう思いながらも、彼は思いの内を吐露する様に、話を続ける。
「世の中の正しさや他人を気にせず、自分や大切な人を救う為に生きる事は正義ではないとされる」
「何が正しいかで人が救われるのならば、この世に悪はのさばらない」
「.........この悪役の席は俺が座った。もう誰にも譲りはしないさ」
―――この胸の内で消し続けた炎が、慢性的な炎症を引き起こしたのはいつ頃だろう。それはきっと、あの繋靭帯炎の手術術式を見つけた時だ。
黒津木宗也は死んだ。わずか35歳にして、この世を去った。自殺と言われていたが、恐らく他殺だろう。奴の能力は高すぎた。病を長引かせて治療で金を貪り尽くす亡者から狙われたのだろう。
最後に残された遺書に、世話になった人に恩を返せなかった思いが綴られていた。これがもっと早く完成していれば、その人が生きている内に未練を果たせた筈だという、あまりにも在り来りな未練の連鎖を書き残していた。
白銀翔也も、自らその命を絶った。世界戦で二度同じ相手に負けた奴は、あの日から他の選手にも勝てなくなって行った。
風の知らせで、黒津木が死んだことを聞いたのだろう。その後を追うように、彼は自らその歴史に幕を下ろした。
神威創は、きっと恐らく生きているだろう。葬式以来一度も、顔を合わせた事はなく、あの日は一言も話さなかった。
きっと、死んで行った者達の未練を勝手に背負い込みながら、後悔と共に生きている。もう一度、アイツらと揃えると行動しなかった事に.........
「.........さぁ、そろそろ時間だ」
俺は椅子から立ち上がった。若さとは無縁のこの身体は、その動作をするだけで痛みが発生するようになっている。老い先の短さを痛感する年齢まで生きる事になるなんて、誰も想像できないだろう。
ゆっくりと、しかし確かな足取りで、俺は奴が眠る装置の前まで歩く。今までの自分の道のりを、歩き直すように。
「お前はお前の夢を見つけろ」
「運命の掌で踊る[
「それとも、運命を掌で弄ぶ[
強化ガラス越しに見える男の姿に振れるように手を伸ばすが、それを拒むように、そして本来交わる事は無いと言うように、冷たい感触をしたガラスは、奴とこの世界を隔てている。
それでも構わない。俺はその冷たいガラスを撫でるように指の腹で触れた。別れの時が近い。久々に会った友人の様に愛おしさすら感じてしまう純粋なままの自分に、心の中で改めて別れを告げた。
タキオン「.........後悔は無いのかい?」
「無い」
後悔なんて、自分にはもったいないほど素敵な感情だ。日々を普通に過ごそうとした男の日常は、全て灰色に染まっていた。
だが、そんな景色すら彩りを与えてしまう彼女に出会えたのだ。俺はさぞかし幸せ者だろう。この[特等席]は、俺だけのものだ。
タキオン「未来を変えたいという君がそう言うのは、矛盾していると思うがね」
「別に、何もおかしくは無いさ」
そろそろ目の前の男が目を覚ます時だ。俺は装置から離れ、操作盤のある場所まで移動する。
おかしい事など、何一つない。確かに彼女の足を治すことは出来た。冷たさや荒さは多少、消えてくれた筈だ。
だが、それでも遅かった。彼女はもう現役を退いた身だ。あの時、この技術が確立されていたらと、何度も想像した。
レースを見る彼女の目は、いつも羨ましそうだった。足が治ってからは尚更、その傾向が強く感じられた。
これはきっと、俺の燻り続けた火が、鎮火に鎮火を繰り返してきた煙が天を超え、[奇跡を超えた]産物なのだろう。俺のたった一つの想いが、たった一度だけ、死という運命を跳ね除けたのだ。
「.........男ってのはな、この世で誰よりも強くなる瞬間があるんだ」
タキオン「.........一応、聞いておこうか」
どこか分かりきったような表情でそう聞いてくるタキオン。その顔は嬉しげであった。
ガラス越しに見える男の表情が動く。そろそろ目が覚めていくだろう。俺はそう思いながら、ボタンに指を乗せた。
これからきっと、この男には多くの困難が待ち受けているだろう。この言葉が届くことは決してない。だが、この俺がゆっくりながらも歩いた末に見つけた物だ。すぐに見つけてくれる。
そう、思いながら.........俺は初めて、留まることを知らない口角の上がりを経験しつつも、言葉を発した。
桜木「好きな女の子の笑顔は、いつなんどきでも見ていたいものだからな」
ーーー
なんだろう.........身体が暖かい。
何が起きてるんだろう.........?
思い出せない。
けど
探さなきゃ.........
何を?
どうやって?
分からない.........
身体が落ちて行っているのか、はたまた上に飛んでいるのか判断が付かない。今がいつ、どこで、自分が何者なのかすら分からない。
もう一度、目覚めかけていた意識が沈み込んでいく。次目覚めた時は、きっと何を探せばいいのか思い出してくれる.........
まどろみの中、ただその流れに乗って、俺はそのまぶたを閉じた.........
『夢探し人』になった!!
ーーー
ゴルシ「おっちゃん!!大丈.........あれ?」
フク「あァ!!桜木トレーナーさんが私のせいで!!!」
アタシはすぐに噴水に落ちちまったおっちゃんを助けようと手を伸ばした。けれど、それは目視で確認する前に分かってしまう。ここにおっちゃんは居ねー。
水の中に突っ込んだ手が、おっちゃんに触れることなく底に着いた。有り得ない。この深さじゃ漂って移動することも、おっちゃんの大きい身体じゃ音を立てずに移動することも出来ねーはずだ。
心配になったフクキタルも覗き込んできたけど、やっぱりフクキタルにもおっちゃんの姿は見えてねー。
一体どうなってんだ?そう思って頭を掻こうとすると、不意に後ろの方から、大きな音と衝撃が伝わって来た。
フク「はみゃ!!?た、祟りです〜〜〜!!?」
ゴルシ「いや!!!あれは.........」
桜木「いっつつつ.........なんだここ.........?トレセン学園.........?何だこの時計?」
そこには、葉っぱまみれになったおっちゃんが尻もちを着いて居た。しかも、胸の位置にアタシの目覚まし時計が縛られて固定されている。
多分、あの木から落ちてきたんだろう。体には木の葉っぱ以外にも、枝やら何やらが色々着いている。
フク「うぅ〜ん.........中々いわく付きそうな目覚まし時計です.........別の人から借りましょうか.........?」
ゴルシ「最初っからそうしろよ!!!」
桜木「.........?よく分からんけど、これゴールドシップのか?」
立ち上がったおっちゃんは、身体に着いた葉っぱを払ってからアタシの目覚まし時計を何とか身体から離した。
その後、寝て起きたばっかりみたいに身をよじらせて、大きくあくびをして見せた。
桜木「な〜んか.........記憶ねぇんだよなぁ.........今何日の何時?」
フク「はい!!一月〇〇日です!!因みに先程占ったところ桜木トレーナーさんのアンラッキーアイテムはアンティークな目覚まし時計です!!!」
桜木「.........だから記憶ねぇのか」
そう言って、自分の不幸さにため息が漏れ出たおっちゃんにフクキタルはお節介焼きが出たのか、ラッキーアイテムを一緒に探そうと何処かに行っちまった。
全く、騒がしい奴だぜ。コイツはじいちゃんがアタシに託した大切なもんだからな!!
ゴルシ「へへへ.........戻ってきて良かったぜ.........ん?」
ようやくアタシの元に戻ってきた時計に頬をスリスリしてると、時計の裏側になんか貼ってある事に気が付いた。
こんなもの、アタシが今日起きた時は着いてなかったはずだ。どうなってんだ?
ゴルシ「.........剥がれた!なになに?」
折りたたまれた紙を一枚開いて見ると、そこには『シップへ』と字が書かれていた。その字は、良く見覚えがある。
一体何が書かれているんだろうか、そしておっちゃんはさっきまでどこに行っていたんだろうか?そんな事を思いながら、アタシは秘密を探るような手つきで、その紙を全部開いて見せた。
バーカ
ゴルシ「.........上等じゃね〜か......あんの世界一位......... 」
書いていたのは、その一文だけだった。それでも、アタシを怒らせるには十分なものだった。
アタシが不在で手が出せねーからって舐めやがって.........帰ったら覚えておけよジャス!!!
取り敢えずこの怒りを抑える為に、この紙を滅茶苦茶にちぎちぎした後、偶然白銀の奴が通りかかったんで、アタシは背後から膝カックンしてその場を去ったんだ。
......To be continued