山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
前略 お母さん。お元気にしておりますか?玲皇です。二月に入り、真冬の北海道の寒さは体にこたえると思います。
私は今、トレセン学園にて日々忙しい毎日を過ごしております。本当に忙しいです。
どれくらい忙しいかと言われると、普段は書類業務という名の暇つぶしをして、昼になったら担当達のご飯を作ったり、放課後に向けてトレーニングの予定を練ったりしている毎日が突然、以前退職した企業より忙しくなったのです。
この手紙が読まれている頃、僕は死んでいるかもしれません。もし僕が死んでしまっていたら、実家の部屋に残してある黒歴史ノートはかならず燃やして下さい。
あとこっちのアパートにある食材を全部消費してください。
あと貯金が沢山あるので、全部そちらの通帳に移してください。
あと
あと
あと.........
ーーー
桜木「やべぇ!寝坊した!!!」
地獄が始まる当日の朝。思えば、その予兆は朝からあったのかもしれない。普段使っている目覚まし時計がイカれていたのだ。慌てて着替え初めて時計を見ると、七時三十分。弁当の具材を詰めてギリギリ間に合うレベルだ。
桜木「くっそ!!!いつも使ってるバッグが見つからねぇ!!!」
辺りを見ましても、普段愛用しているビジネスバッグが姿をくらました。仕方が無いので、リュックサックに弁当を詰め込み、俺は外に出ようと靴を履いた。
桜木「くっ.........紐が結びにくいぞ.........!!!」
靴紐「マジックするね?」キュポン
桜木「は?」
靴紐を引っ張っていた所、急に身体が後ろ方向に倒れ込む。まさか切れたのか?そう思い手を確認してみると、そこには一本の紐。そして、何故か靴紐が通されていない靴が存在していた。
桜木「どうなってんだマジで.........!!!」
不幸は勿論、それだけではなかった。
靴紐を結び直し、もとい、通し直して居たら遅刻は確定的になってしまった。こうなったら早く行っても意味は無い。ギリギリまで遅刻しよう。
そう思い俺は、ルンルン気分で太陽の元を歩いていた。
桜木「今日もいい天気だなー.........」
カラス「こんにちわー^^」
歩いていると、目の前にカラスが降り立ってきた。そして、挨拶するように頭を下げてきたので、俺もそれに習ってその鳥類に向かって挨拶を交わした。
すごいな.........頭が良いとは聞いていたが、まさか挨拶みたいな事もしてくれるのか.........もしかしたら人類が亡びた後、台等するのは鳥族なのかもしれないな.........
そう思った次の瞬間、バッグの方に重みが追加されるのを感じた。先程のカラスが降り立ったのだ。挨拶すれば友達。人間もこれくらい楽に関係築ければ良いのに。
カラス「いただきまーす^^」
桜木「は?」
そのカラスはなんと翼で器用につまんでジッパーを開けた後、これまた器用に弁当を取りだし、箸を使って食べ始めた。
なんだ、これは。目の前で何が起きてるんだ?コイツもしかしてUMAなんじゃないのか?
思わず固まっていると、どうやら全て食べ終えたのか、カラスは俺の弁当箱を地面に投げ捨てた。弁当箱は壊れた。因みに顔に唾も吐かれたし、知らない内にカバンの中にうんちされてた。うんち!(笑)
桜木「いや笑い事じゃないんだけど.........」
カラス「32点(笑)」
桜木「は?(怒)」
あのクソ鳥点数つけて飛んでいきやがった。俺の弁当に対する評価か?普段どんだけグルメなもん食ってんだ。鳥のくせに。
とにかく、こんな状態じゃ学園には行けない。仕方なく家に戻ってバッグを捨てようとした所、何故かゴミ箱にビジネスバッグが入ってた。どうして?
因みに遅刻理由を諸々の不幸にして伝えたら、そんな訳ないだろとたづなさんに怒られた。本当なのに.........
昼休みに入り、廊下ですれ違ったマチカネフクキタルに占ってもらおうとした。
桜木「へいフクキタル!!今日の俺の運勢は!!?」
フク「死相が出てます!!!」
桜木「アァァァァァァ!!!」
即答された。水晶玉を取り出すまでも無かったらしい。フクキタルは俺の顔も見ずにそそくさと離れようとしていた。
「救いは無いのですか〜?」
桜木「アァ.........!!?」
フク「無いです」
背中側からにゅっと現れてきてくれたウマ娘の助力も虚しく、俺は運という運に全て見放されてしまっていた。
俺は今日殺される。間違いない、分かっているんだ.........
そして、月に一度の全校集会が行われた。その日はどうやらこのトレセン学園の学園祭に当たる、ファン感謝祭についての集会だったのだが.........
やよい「選定ッ!!公正な審査の上!!ファン感謝祭運営委員長に!!桜木玲皇を任命する!!!」
背景 お母さん。僕が過労死する日は近いです.........
ーーー
桜木「.........」
あの日から数日経ち、死を感じる程の凶運は流石にその顔を見せなくなった。その代わりに、過労死という名の身構えている上でやってくる死神がその鎌を俺の首に掛けている。
感謝祭実行委員長を務めることになった俺は、お昼休みの間、チームルームとは別の教室で待機を命じられていた。
マック「大丈夫ですか?」
桜木「う、うん.........何とかね。マックイーンこそ、皆でご飯食べてて良いのに」
お昼に入り、俺の座っている机の隣でご飯を食べているマックイーン。心配そうに見つめてくるその瞳に心を奪われかけるも、死神の鎌が俺の理性を取り戻してくれる。
しかし、当のマックイーンは俺の言葉に、返答する言葉を探しているのか、何か言いあぐねているようであった。何か言いずらい理由でもあるのだろうか?チームのメンバーと喧嘩しちゃったとか.........
桜木「.........もしかして、喧嘩とかした?」
マック「い、いいえ!そんな訳ありませんわ!!」
マック「た、ただ。貴方がこうして頑張っていらっしゃるのに.........何も知らずにご飯を食べるなんて、出来る訳ありません.........」
そうもじもじとしながらも、ハッキリ伝えてくれる彼女の優しさに触れると、何故だか少し疲れが取れたような気がした。
ありがとうと伝えると、彼女はそれに反応して、何故だかそっぽを向いてしまった。
マック(ふ、二人きりになるチャンス.........!!みすみす逃す手は有りませんわ!!)
桜木「.........マックイーン?」
マック「ひゃぁあ!!?」
心配になって声をかけると、マックイーンはしっぽをピンと張りながら壮大に驚きの声を上げた。
その後、こちらをじとっとした目で睨んでくる。あれ?これ俺が悪いの?
そんな事を思っていると、彼女はコホンっと咳払いをして、空気を切り替えた。
マック「良いですか?私達は『一心同体』を誓い合ったふたりです。貴方が無理して倒れる事の無いようサポートするのも、私の役目ですわ」
桜木「.........ありがとう、マックイーン」
マック「.........もう、自分の身体なんですから、しっかり労わってあげてくださいまし」
そう言いながら、彼女は俺の手に両手を重ねて、ゆっくりと包み込んでくれた。困ったように微笑む彼女を見て、何故か暖かい気持ちが溢れ出してくる。
ああ.........もう、相当惚れ込んじゃってるんだなぁ.........いっその事、気持ち伝えちゃった方が楽なのかもしれないなぁ.........
「.........イチャイチャさせる為に役職につかせた訳ではないぞ」
二人「ひゃあ(うわぁ)!!?」
突然、教室の扉側の方から声が聞こえてきた。驚いた俺達は二人してその方を見ると、そこには秋川やよい理事長がいつもの様な自信満々な仁王立ちをしながら、怪訝そうな顔をして立っていた。
桜木「.........あの、何か御用で?」
やよい「憂慮ッ!!あの集会でなぜ君が実行委員長に起用したか話してなかった故!不満に思ってると感じてな!!」
閉じている扇子で俺の方を指さす様にして、やよい理事長は力強くそう言った。
確かに、不満に思ってはいたが、生徒達の要望を聞くのは案外楽しかった。別に気にしなくても良いとは思ったが、話を聞いてみると、どうやら結構重大らしい。
やよい「私は先日、『URAファイナルズ』の開催を発表しただろう?その宣伝も兼ね、今回のファン感謝祭は過去類を見ないほど盛大に開催したいのだ!!」
桜木「な、なるほど.........」
マック「.........?あの、それではトレーナーさんが委員長をやる理由にならないのでは?」
やよい「否定ッ!!桜木トレーナーは元企業勤めという事もあり、コミュニケーション能力や管理能力が高い!学園外部と連携を取った時、事が円滑に運ぶだろうと考えてな!!」
なるほど、確かにそう考えれば割と納得のいく話だ。レースの宣伝を兼ねたイベント開催となれば、並の教職員、トレーナーではとてもでは無いが大成功を収めるのはキツイだろう。
俺は以前、無理な納期を能力をフル活用して何とか収めたことがある。ちなみにそれをしたせいで毎回それを要求された結果、うつ病になった。自分で自分の首を絞めているとはまさにこの事だ。
やよい「桜木トレーナー!!君には期待しているぞ!!.........それと」
二人「.........?」
やよい「いつまで手を握ってるつもりだ?」
二人「!!?」バッ!
理事長に指摘された俺達は、咄嗟に手を離した。俺もマックイーンも両手を上に挙げている。傍から見れば滑稽だろう。
出ていく際、距離が近いのも程々にしとけと釘をさしながら、理事長はこの教室から去っていった。嵐がようやく過ぎ去ったか.........
マック「あの.........」
桜木「え?なに?」
マック「ごめんなさい.........」
え、なんで俺急に謝られてんの?なんでマックイーンそんなに悲しそうな顔してるの?
またなにかしてしまったのだろうか、そんな不安に駆られていると、マックイーンが口を開いてくれた。
マック「いくら『一心同体』を誓い合っているとはいえ、少々馴れ馴れしかったですね.........」
桜木「.........そんな事ないさ。今のマックイーンは、これくらいの距離が一番居心地良いんだろ?周りの目はあるかもしれないけど、辞める必要は無いよ」
マック「ほ、本当ですか.........?」
桜木「ああ、少なくとも、俺から止める事は無いから」
しょんぼりとしていた顔が、少し恥ずかしそうで、それでも嬉しそうな顔へと変わった。やっぱり、悲しそうな顔は誰であっても見たくは無いものだ。
少し喉に乾きを覚えたので、俺は席から立ち上がり、自前で持ってきた湯沸かし器の前まで歩く。教室は好きに使って良いと言われていたので、その言葉通り好きに使わせてもらっている次第だ。
桜木「マックイーンも飲む?ココアだけど」
マック「ええ、いただきますわ」
食べ終わったお弁当の蓋を閉め、包みに入れたマックイーンは、俺の隣へとやってくる。相談者用にマグカップを用意しておいて助かった。
二人分のマグカップにココアの粉末を沢山入れ、お湯を少しだけ入れる。粉末が熔けたのを確認して、また自前で持ってきた冷蔵庫の中から牛乳を取りだし、なみなみ注ぐ。
マック「ふふ、いい匂い.........」
桜木「火傷しないように気をつけてな」
完成したココアをその手に持って、先程座っていた席にもう一度座るマックイーン。一口ココアを口に入れると、彼女の表情はまた、幸せそうなものになって行った。
すごいな、すぐに飲めるなんて。いつも湯気がたってる紅茶飲んでる時も思ってたけど、熱くないんだろうか?
そう思いながら俺も椅子に座ると、彼女から疑問の言葉を投げ掛けられた。
マック「今日はコーヒーでは無いんですのね」
桜木「ああ、うん。カフェから教えられて大分マシになったけど、そもそもコーヒーは甘くないと飲めないんだよね」
マック「あら、そうなのですか?」
桜木「そうなのよ。どちらかと言えばココアの方が好きなんだ。子供っぽいけどね」
周りの大人に合わせてコーヒーを嗜んでみていたが、やはりお店の様に美味しいコーヒーでなければ飲めたものでは無い。ブラックは特にだ。飲めない訳では無いが、好きでは無い。
湯気立つココアに一口つけてみるものの、やはり熱い。甘さより先に熱さによる痛みにも似た刺激が舌に走り、すぐに口を離した。俺が猫舌であることは、マックイーンにももう知られている。
マック「.........こうして二人で居るのも、何だか久々な気がしますわね」
桜木「だなぁ。最近はみんな活躍してくれてるお陰で、俺も色々忙しくなってきちゃったし。嬉しい悲鳴だな」
最近、マックイーンに引き続きライスやブルボンもレースで良い成績を収めてくれている。その取材やテレビの出演で時間が取られているのは事実だ。大変だが、やりがいはある。
だが、忙しい理由は他にもある。それは目の前の彼女の事だ。これは風の噂で聞いたのだが、どうやら彼女はURA最優秀シニア級ウマ娘として選出されるかもしれないのだ。
まぁ、降着騒ぎがあったとはいえ、今年は天皇賞・春を含めた一着4つ。強豪が走った宝塚や有馬記念で二着と、すごい成績を残している。それほど人々の記憶に残っているということだ。
マック「.........?私の顔になにか着いておりますか?」
桜木「うん。口の端にココアが着いてるよ。はいティッシュ」
危ない危ない。思わず彼女の顔を見つめすぎてしまった。問い詰められたら嘘はつけない性格だ。本当に口の端にココアが着いていて助かった。
恥ずかしそうにお礼を言いながら、上品に口元を拭くマックイーンを見ていると、教室の扉をノックされた。
桜木「どうぞー」
「失礼する」
そう言って入ってきたのは、これまた綺麗な芦毛のウマ娘。ビワハヤヒデであった。その後ろにウイニングチケットやナリタタイシンも着いて入ってくる。
桜木「適当に椅子を出して座ってくれ。今日の要件は?」
ビワ「ありがとう。実は.........」
チケ「感謝祭でアタシ達三人で何かやりたいなーって!!!」
タイシン「チケット、声大きいから」
いつも通り仲良さそうにやり取りをする三人を見て、心が温まる。こういうところが実行委員長の役得な所だろう。来年はここをプッシュして他の人に押し付ける。
しかし、そんな事を考えているだけでは話は進まない。具体的な案は何個か思いついたが、本人達の意向を聞かなければそれも全て無駄だ。
桜木「具体的に、これをやりたい.........とかは?」
ビワ「特に無いな。私達に出来るもので、何か思い出に残りそうな物が良い」
チケ「今年は生徒の好きな物でファン感謝祭をやるんでしょ!!?こんなチャンス滅多にないよー!!!」
タイシン「アタシにとっては面倒臭いだけなんだけど.........」
ふむ.........思い出に残る何かか.........確かに、ファン感謝祭とは銘打っているものの、今年はどちらかと言えば学園祭に近いだろう。生徒の主体性を重視し、能力や個性を見せるというより、のびのびと楽しむ姿を見せ、URAファイナルズの宣伝をする.........
全く、ファン感謝祭と言っておきながら、今回はその実、ファンを大量に作ることになりそうなイベント事だ。あの理事長には頭が下がる。
さて、解決案は思い付いた。それにそれを実行するだけの期間や機材も揃っている。それを提示すれば良いだろう。
桜木「バンドとかどうだ?」
四人「バンド(ですか).........?」
桜木「ああ、トレセン学園のウマ娘としてでは無く、学生生活を謳歌する生徒として思い出を作りたいなら打って付けだ」
ビワ「待ってくれ。仮にそれにしたとして、ギターとかはどうする?」
桜木「うちの大株主は金遣い荒いから大抵の物は持ってる。貸せと言えば快く貸してくれるぞ」
そう言うと、ハヤヒデは考え込むように手を顎に当て始めた。恐らく、この二人がそれを出来るほどの能力があるのかを考えているのだろう。人前でやるからには良い物にしたいと思っている筈だ。
そうしていると、そのハヤヒデの隣に座っているチケットが勢いよく手を挙げた。
チケ「しつもーん!!アタシ楽器弾けないけど練習どうすればいい!!?」
桜木「黒津木と神威に任せる。ああ見えて多趣味だ」
タイシン「曲はどうするの?二ヶ月でオリジナル曲とか、時間ない気がするけど」
桜木「コピーで良い。心を込めて歌えばその人の歌になる。バンプとかどうだ?メロディとか歌詞とかカッコイイぞ」
二人とも納得したような顔を見せると、ようやくハヤヒデが顔を上げた。どうやら決心は着いたようだ。
俺はマックイーンの方をちらりと見ると、彼女もこちらを見ており、少しだけ微笑んで見せた。俺もそれに釣られるように頬が緩くなる。その顔のまま、彼女達三人に視線を向けた。
桜木「やるか?一応時間をくれれば案は考えられるけど」
ビワ「いや、この案で行こう。感謝するよ桜木トレーナー。私達はウマ娘であると共に、学生生活を謳歌する生徒だ。生徒としての思い出作りを提案してくれてありがとう」
チケ「わーい!!!バンドだー!!!名前何にする!!?」
ビワ「そうだな。ここはコピー元に敬意を評し、『バンプオブタイシン』にしようか?」
タイシン「ちょっと、なんでアタシがリーダーなの?」
そんな楽しそうな会話をしながら、彼女達は教室を去っていった。理事長とはまた違う種類の嵐が一つ、通り過ぎて行った。
ふぅっと、一息付き、ココアに口を付けると、程よい温かさになっており、甘さがようやく口に拡がってくれた。
マック「お疲れ様です。トレーナーさん」
桜木「いやいや、これくらいじゃ疲れてられないよ.........まだまだやることは沢山あるからね.........」
そう。まだまだやること、やれることは沢山ある。休んでなんかは居られないのだ。あの頃と同じように、企業務めをしていた時の記憶がチラついてくる。
だが、あの頃とは全く違う。できるだろうという期待も、 振られる無理難題も、暖かさを感じる。みんなが本気で、この感謝祭に打ち込んでくれているのがハッキリと分かるからだ。
それに.........彼女が隣に居てくれる。それがなんだか、すごく心強く感じてしまう。そんな恥ずかしさを誤魔化すように、俺はまた一口、ココアを口に含んだ。
......To be continued