山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
二月の中旬。世間はやれバレンタインだの節分だのとハチャメチャに賑わっているイベント事の季節である。
俺、トレセン学園所属のトレーナーである桜木玲皇はそんなイベント事とは無関係のイベントに振り回されていた。
バクシン「ではこれより!!第73回!!バトルキングダム、お料理対決の始まりです!!」
ルドルフ「くっ.........!負ける気はサラサラないが、料理だと.........!!?」
テイオー「訳が分からないよ.........」
桜木(俺のセリフなんですけど!!!)
何故こんなことになってしまったのか、話は数日前まで遡る。
ーーー
桜木「テイオーがヘル化してる〜!!?」
タキオン「.........」ダラダラ
普段、傍若無人。無遠慮。厚かましさ満載の態度でいる筈のアグネスタキオンが、珍しく汗をダラダラと垂れ流しながら職員室へやってきた。
話を聞けば、数日前テイオーに頼まれて薬を渡した結果、ヘル化してしまったというものだった。
桜木「.........なんで今更?」
タキオン「会長と違い、普段の様子と大差なかったからだよ。あの変な青白い炎も出さなかったからね.........」
その事が起きたのは一週間前。薬を飲んでシンボリルドルフと走った際、負けかけてヘル化した会長に触発されて一瞬だけその兆候が見れたが、その後は至って普通だったらしい。
杞憂かと思っていたが、最近の様子のおかしさにようやく一大事だと気付いたと言う。この前すれ違った際おかしかったのはこれのせいか.........
桜木「.........んで?どうすんだ?」
タキオン「何とか取り押さえて薬を打つしかあるまい.........」
桜木「.........お前なぁ、相手はあの注射嫌いで有名なテイオーだぞぉ?」
俺がそう言うと、タキオンは唸り声を上げて思考を凝らした。どうやらその事は頭になかったらしい。
そう。テイオーは学園一の注射嫌いウマ娘で有名だ。かく言う俺は学園一の注射嫌いトレーナーだ。正直それを見ただけで身震いしてしまう。昔は平気だったはずなのに、何故か今。特にタキオンが注射を持っていると嫌な気持ちになる。
.........考えていても埒が明かない。俺は重苦しい肺の空気を吐き出してから、椅子から立ち上がった。
桜木「行くぞ、とりあえずルドルフ会長に相談しに行かないと」
タキオン「そう、だね。彼女が頼み込めば或いは.........」
そう上手くいくもんかと疑問を抱きながらも、俺は若干落ち込み気味から立ち直ったタキオンを引き連れ、生徒会室を目指した。
ーーー
「分かっているよ.........カイチョーは本当に、負けることに関しては悔しくなかった」
「.........ううん、薬の効果で、ヘルカイザーが現れちゃうくらいには、悔しかったのかなぁ?」
桜木「やばい、なんか聞こえてくる」
生徒会室の扉の前。いつもであれば慌ただしい様子が浮かび上がるほど紙の擦れる音やペンを走らせる音が外にまで聞こえてくるはずだ。
だが、その扉の奥からはそんな音など一切聞こえてこない。嫌に静かな生徒会室を前に、扉を開ける勇気など湧いてこず、俺とタキオンは扉に耳を当てて中の様子を聞いていた。
「でも、本当の意味で欲しかった訳じゃ無かった。カイチョーは一方的に勝ち続けただけで、カイチョーは何時からか、勝利じゃなくてその内容を選んだんだ.........」
「だからカイチョー自身は傷付いていない、苦しんでいない.........」
「.........痛がっていない」
タキオン(トレーナーくん!!!この扉を早く開けるんだ!!!)
桜木(バカ言うな!!!お前が行け!!!俺は怖い!!!)
タキオン(意気地無し!!!)
扉の前で小競り合いをしていると、不意に机を叩きつける音が聞こえてくる。まさか、俺達が盗み聞きしているのがバレたのだろうか?
恐怖に身を縮み込ませていると、耳に入ってくる荒々しい息が聞こえてくる。これは.........シンボリルドルフだろうか?
ルドルフ「テイオー。なにが言いたいんだ?」
テイオー「.........フフ、ンフフフ.........」
テイオー「ぅ、うぅ、ひぐっ.........」
「((!!?))」
薄気味悪い笑い声が聞こえてきたと思ったら、今度はすすり泣く声が聞こえてきた。
一体全体、テイオーはどうしたって言うんだ。普通のそれとはまるで違う。ヘル化と言うのは、勝利や追い求める物に愚直になる状態になるんじゃないのか.........?
テイオー「ボクは.........傷付いたよ、苦しんだよ、痛かったよ.........だから、カイチョーにも同じ痛みを味わってもらうんだ!」
テイオー「それが!勝利を得るって事なんじゃ無いかなぁ!!」
二人(違うと思う.........)
断じて違う。そう声を大にして言いたいが、正直今のテイオーと関わりたくない。今すぐ裸足で逃げ出してしまいたい。
なんなんだ。テイオーはヤンデレなのか?夜も眠れないのか?こんなになるまでどうしてテイオーを放っておいたんだ!!!
ルドルフ「テイ......オー.........!!」
テイオー「.........アッハハ♪そろそろ我慢の限界なんじゃない?早くヘルカイザーになっちゃいなよ.........勝利しか眼中に無いヘルカイザーにさ.........♪」
テイオー「そしたら、ボクがヘルカイザーの勝利そのものになってあげる.........そうしたら、もうボクの事しか頭に無くなるでしょ?」
テイオー「ずっと一緒にいられるように.........全部すすりとってあげる.........♪」
二人(ヒェッ.........)
恐ろしい。もう俺はテイオーと仲良くお話出来ないかもしれない。モンハンではちみつを要求された合宿時代が懐かしい.........
そう悲しみに浸っていると、不意に扉の方から聞こえてくる足音が大きくなってくる。まずい、恐らくテイオーが出ようとしている。早く逃げなければ.........
テイオー「じゃあねカイチョー♪明日のイベント.........ちゃんと出てよね」
テイオー「.........あれ?サブトレーナーにタキオン?どうしたのさー!こんなところでー!」
桜木「あ、ああ.........ちょっと会長に、感謝祭の相談事がな.........?」ガクガク
タキオン「そ、そうなのだよ!私の愛用する炊飯器の魅力をファンに伝えようと思っていてねぇ.........?」ブルブル
ニコニコとしたいつものような笑顔で問いかけてくるテイオー。その日常が逆に怖い。今もこのテイオーはヘル化しているのだ。こんなもの、誰にも見分けられる訳が無い。
咄嗟に吐いた嘘だが、テイオーは興味無さそうに返事をした後、この場から去っていった。俺は壁によりかかり、タキオンは地面にへたり込んだ。
桜木「俺、ホラーより苦手なものが出来たかも.........」
タキオン「私は、結構行ける質なんだが.........あれは心底恐怖を感じたよ.........」
ため息一つ、それが重なり合う。しばしの休息を挟み、俺達は先程の騒動があった現場。生徒会室の中へと足を踏み入れる。
中に入ると、机に突っ伏しながら、青白い炎を根性で押さえ込んでいるシンボリルドルフが居た。
ルドルフ「っ、やぁ.........桜木トレーナー。タキオン.........用件はテイオーの事かな?」
桜木「あ、あぁ.........ちょっと辛いかもだけど、テイオーと何があったんだ?」
ルドルフ「.........全く、不甲斐ない話なんだが.........」
そう言いながら、荒々しい息を整えようと肺に溜まった息をふぅっと吐き出すルドルフ。それでも苦しいのか、その額には汗が滲み出している。
そんな中でも、話さなければ行けないという責任艦が打ち勝ったのだろう。彼女は払い切れない辛さの中で、静かに口を開いた。
ーーー
ルドルフ「私と並走がしたい?」
テイオー「うん!!」
一週間程前。いつも通りテイオーと雑談していると、不意にそう言われた。以前であったなら、毎日.........いや、毎時間のようにそう言われていたが、その言葉を聞いたのは久々な気がした。
ルドルフ「.........急だな。最近はめっきり言わなくなったじゃないか」
テイオー「うん。カイチョーも忙しいと思ってさ。ボクだって大人だもん!ハイリョくらいできるよ!!」
ルドルフ「ハハ、そうか。流石は無敗の三冠バになったウマ娘だ。精神面でも成長が早いな」
そう言ってテイオーの頭を撫でると、擽ったそうな声を出しながらも、その表情は嬉しげであった。こうして見れば、彼女もまだ子供だ。
だが.........どうしたものか、最近は感謝祭のあれこれでトレーニングも軽く(一般ウマ娘と同じ量)しか出来ていない。果たしてテイオーと並走に値する走りが出来るだろうか.........
テイオー「.........出来ないなら良いよ?また今度で良いから.........」ショボン
ルドルフ「よしやろう」
テイオー「っ!やったー!!!」ピョンピョン!
あんな顔をされてしまえば断れないだろう。コンディションは決して良いとは言えないが、それでもなんとか乗りきって見せる。
そう思い、私は書類仕事を終わらせ、彼女と共に学園のターフへ赴いた。
ルドルフ「こっちは準備できたぞ。テイオー」
テイオー「オッケー!ちょっとまっててねカイチョー♪」
そう言いながら、テイオーは持ってきたバッグから何かを取りだした。
あれは.........タキオンの薬だ。以前私も飲んだことがある。私は慌ててテイオーの手を掴んだ。
ルドルフ「て、テイオー!!?それはあの薬じゃないのか!!?」
テイオー「わっ!ビックリした.........もー違うよー!あんな薬怖くて飲めるわけないじゃん!!!」プンスコ!
あの薬。以前テイオーに頼まれて口にした感情を爆発的に飛躍させる薬。通称[ヘル化薬]。あれを摂取して以降。不治の病の様に私はことある事に勝利に執着するようになってしまった。
だが、話を聞けばそれとはどうやら違う薬らしい。彼女は菊花賞を走った際。あの時は勝てたは良いものの、後ろから感じる勝利への渇望を強く感じたそうだ。
シニア級になれば、あの時以上に苛烈なレースをする事になる。ならば、ヘル化はしないまでも、少しでも自分も勝ちにこだわりたい。そう思ったテイオーは、タキオンに頼んで弱めの感情刺激薬を作ってもらったらしい。
ルドルフ「.........何か問題があれば、直ぐにやめるんだぞ?」
テイオー「うん!!」
ーーー
ルドルフ「.........そして、その後の並走の記憶がないことから、私はヘル化してしまったのだろう」
桜木「それで、テイオーは勝利じゃなく、ヘルカイザーに執着するようになったと.........」
さて、厄介な事になったものだ。ああなってしまった手前、おめおめと見過ごすことも出来やしない。それに何より、ルドルフに対するあの態度。いつしか問題になるだろう。
そうなる前に、なんとしてでもテイオーを正気に戻さなければ.........そう思っていると、不意にルドルフの呼吸が苦しげなものに変わり始める。
タキオン「大丈夫かい?」
ルドルフ「っ、いや.........どうやらもう、抑え込むことが出来ないらしい.........」
タキオン「分かったよ。今すぐ鎮静剤を「待ってくれ」.........?」
ルドルフ「.........テイオーと、は......この状態、で.........勝負、する」
火の燃えるところに油が滴り落ちるように、ルドルフの青白い炎は今か今かともえ上がろうとしている。
それを力をふりしぼり、何とか会話を終わらせるまで吹き荒れないようにする彼女を見て、タキオンはカバンから取り出した鎮静剤を持つ手を下ろした。
ルドルフ「彼女、の......目、的.........は......ヘルカイザー.........だからな.........」
ルドルフ「ヘルカイザーが.........犯し、た......失態.........は、ヘルカイザーに.........拭わせる.........っ」
タキオン「.........分かったよ」
ルドルフ「.........感謝する」
そう言いながら、ルドルフはその顔を机に向け始めた。恐らく、いつもの様な中途半端なヘル化ではなく、最初の頃と同じように、鎮静剤を打たなければ解除されないヘル化だろう。
だが、俺はまだ聞きたい事を聞けていない。俺は悪いと思いながら、机に向け倒れゆく彼女の上半身を止めるべく、肩を押さえた。
桜木「最後に教えてくれ。テイオーの言ってたイベントってのはなんだ?」
ルドルフ「.........それについては、デジタルか、黒津木保健室医に聞くと、良い.........」
桜木「.........分かった。悪かったな、途中で止めちまって.........」
ルドルフ「構わないさ.........しばしのお別れだ.........桜木トレー......ナー.........」
桜木「.........またな」
机の上で、まるで休息をとるかのように寝息を立て始めるルドルフ。しかし、次に目が覚めた時に、彼女は正気を失っているだろう。
なるべく、明日のそのイベントとやらまで問題を起こさなければ良いのだが.........そう思いながら、俺とタキオンは、眠る会長を背に、生徒会室を後にした。
ーーー
デジ『イベントですか?口では説明できないのでデジたんが直接案内しますよ?』
桜木「なーんて言われたけど、お前も知らんの?」
タキオン「初めて聞いたよ。ただ時折彼女が部屋に帰ってくるのが遅い理由が分かったけどね」
翌日の放課後。トレーニングも終え、日は完全に沈みきっている中、俺とタキオンはカフェテリアの前でデジタルを待っていた。
同じチームメイトであるため、トレーニング後すぐ行けるかと思ったが、どうやら準備が必要らしく、俺達はそれに待たされている形だ。
デジ「おまたせしました〜」
桜木「おう、じゃあ早速―――」
俺は声がした方向へと振り返ると、そこには完全オタク装備のデジタルがそこに居た。さっきまで普通のジャージだったのに。うちわもハチマキもペンライトも所持している。
もしかして俺達はこれからとんでもないところに行くんじゃないのか.........?そう思いながらタキオンの方を見ると、そちらも汗を流し、焦りの表情をしながら俺の方を視線で見ていた。
デジ「では行きましょう!!ビバ!!バトルキングダム!!」
二人(ば、バトルキングダム〜!!?)
そう言いながら、デジタルはカフェテリアの中へと進んで行く。一体、この先に何が待ち受けているというのだ.........?
ーーー
「あーごめんなさいねぇ。きょうはもう注文受付終わっててー」
デジ「人参ハンバーグ、人参抜きの大根おろしトッピング。ソースはオニオンソースでたっぷりを三人分ください」
桜木「おいおい、ご飯はもう出せないって.........」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
二人「え」
受付の人がそう言うと、カウンタードアを開けて、俺達を通してくれる。なんだ、まるで映画の世界じゃないか.........
言われるがまま、俺達はデジタルを先頭にカウンターの内側を歩くと、スタッフさんが壁を手探りで触り、何かを見つけたのか、それを人差し指で強く押した。
すると、強い力で押されたそこは正方形の窪みを作り出し、目の前の地面がスライドしていき、なんと地下室への階段があらわになった。
タキオン「これは.........」
デジ「イベント会場の入口ですよ。以前桜木トレーナーさんがヘル化した会長と対決しましたよね?」
桜木「.........」
そう言われ、あの日の記憶が鮮明に甦ってくる。話を聞けば、あの時偶然その様子を見ていたあのスタッフさんが、どうしても定期的にあういうものを見たいと思ったらしく、理事長と生徒会長に打診し、黒津木がカフェテリアの地下を開拓、改造したらしい。
いやアイツ万能すぎだろ。天才と言っても限度があるぞ。
デジ「週一回開催されるんです。因みに先週はペン回し大会でスズカさんが優勝しましたぞ〜」
二人「嘘でしょ.........」
どうやら、俺の知らない水面下でそのような面白そうな催しをしていたらしい。なんで俺を呼んでくれないんだ。立役者だぞ。
そんなこんなで階段をおりていると、目の前に扉が見えてくる。 スタッフさんが妙にハイテクなパネルに手のひらを押し付けると、認証確認、と機械的な声が響いてくる。一体黒津木はどこに金を使っていると言うんだ。
中に入ると、奥にある巨大なステージの周りを囲むように、想像以上に多いウマ娘達が、まるで有名アーティストのライブのようにひしめき合っている。
桜木「なぁにこれぇ?」
バクシン「むむ!!これはこれは桜木トレーナーさん!!!貴方が来たということは参加するという事ですか!!?」
桜木「いぃ!!?」
超スピードという表現が的確だろう。彼女はどこからともなく俺の目の前に現れ、俺達の姿をその目にしっかりと認識させる。
バクシン「みなさーん!!なんとイベント創設者の桜木トレーナーさんも参加してくださるそうです!!!ハッハッハー!!!盛り上がってきましたねー!!!」
「わー!!!」
桜木「なっ、ちがっ!!!バクシンオーが勝手に!!!」
そんな俺の抵抗も虚しく、バクシンオーはその強い力で俺を引っ張りステージへと上げていく。なんでこの子はいつも人の話を聞かないんだ。そして何故手を伸ばした俺を無視するんだアグネスシスターズ。手を振るなタキオン。サムズアップするなデジタル。
なんでこんな事に.........そう思いながらも諦め気味にステージに登壇すると、バクシンオーはマイクを手に取り、ステージの端っこに立った。
バクシン「おまたせいたしましたー!!ただいまより!!第73回!!バトルキングダムを初めさせていただきます!!」
「わー!!!」
バクシン「では今回の出場者に出てもらいましょう!!まずは桜木トレーナーさん!!」
桜木「ど、どもー.........」
「.........」
静かだ。まるで波紋すら作らない水面の様な静けさ。いや、さっきまで喜んでくれてたよね?何?あれはその場の勢いとノリで、どちらかと言えば興味無い感じ?
傷付いた。深く。傷心した。そんな俺のことなど露知らず、バクシンオーは次々に参加者を呼んでいく。
バクシン「特徴的な帽子がチャームポイント!!初出場のスイープトウショウさん!!」
スイ「ちょっと!!アタシは人参ハンバーグ人参抜き大根おろしオニオンソーストッピングが食べたかっただけなんだけど!!!」
うわ、あんな合言葉を運悪く注文しちまったのか。可哀想に、本人は食べれると思ったんだろうなぁ.........
バクシン「私のお友達!!ミホノブルボンさん!!!本日初出場です!!!」
ブルボン「.........?」ポカーン
ミホちゃん。なんでここに居るの?どこからどう来たの?そんな宇宙の背景が似合う表情しても状況は良くならないよ?というよりセキュリティがガバガバ過ぎないか?
バクシン「走りはバクシン的!!でも他はどうでしょう!!!オグリキャップさん!!!本日初出場です!!!」
桜木「お前ん家初出場ばっかやんけェ!!!」
オグリ「おかしい.........この時間帯ならば特別メニューが食べられると聞いたはずなのに.........すまないスイープ」
あの子を巻き込んだのはあんただったのかオグリさん。というか本当に合言葉変えた方がいいと思う。食べ物にすると場所がカフェテリアな分勘違いされる事があると思うんだが.........
そう思っていると、隅っこに居るあのスタッフさんと目が合った。得意げな顔をしているという事は織り込み済みなのだろう。趣味が悪い。
バクシン「得意技は華麗なステップ!!身軽さを生かせる勝負が来るのでしょうか!!!トウカイテイオーさん!!!」
テイオー「やっほー!!みんなダンスバトル以来だね♪」
桜木(テイオーは初出場じゃないのか.........)
見た感じ、いつも通りのテイオーに違いない。ハキハキとしている姿からは何ら変わりない彼女が見て取れる。
だが、その姿も彼女。シンボリルドルフの姿が出たことで一変する事になる。
バクシン「最後はこのお方!!桜木トレーナーさんとの激闘以来の登場です!!シンボリルドルフ生徒会長さん改め、ヘルカイザールドルフさん!!!」
ルドルフ「.........」
テイオー「.........♪」ニヤ
彼女が纏う雰囲気がいつものほのぼのさから、ひんやりとした冷たく、固いものへと変質する。その事実から、彼女がヘル化したという事を納得せざるを得ない。
バクシン「ではこれより!!勝負するお題をくじ引きで決めますよー!!」
そして、冒頭の場面に戻っていくのであった.........
ーーー
桜木「なぁブルボン?」
ブルボン「はい、なんでしょうかマスター」
桜木「.........俺達、サポートに回ってやった方が良いんじゃないか?」
「オミソシルナンテツクッタコトナイワヨ!」「ムググ…?レイゾウコニモウナイノカ?」「ナニコレホゾンショク!!?ワケワカンナイヨー!!!」「メガイタイ…」
ブルボン「.........」
俺とミホノブルボンは料理慣れしているおかげで、案外手際よくことが進んでいる。俺はとりあえず作りなれているカレーを煮込んでいる最中だ。
どうやら勝負は多数決で決まるようで、今来ている人数分くらいは作らなければ行けない。
対するミホノブルボンは餃子を作っている。餃子のタネを手早く皮に包んでいる。
桜木「.........ここは一時休戦にしないか?このままじゃ火事が起きそうで怖い」
ブルボン「.........了解しました。スイープトウショウさん。まずは具材を切りましょう」
スイ「え.........て、手伝ってくれるの.........?」
桜木「オグリさん。俺の余った具材使っても良いんで、これで作ってください」
オグリ「桜木.........ありがとう」
手際よく俺はオグリさん。ブルボンはスイープのサポートを果たし、後は簡単な作業をするだけになった。
問題は.........
テイオー「八宝菜って何!!?発砲すればいいの!!?訳わかんないよー!!!」
ルドルフ「まさかハンバーグがこんなに玉ねぎが必要だったとは.........」
桜木「.........」
二人は他に比べて結構壊滅的だった。まず料理初心者に八宝菜を作らせる方がおかしいが仕方がない。公正なくじ引きの結果である。
助けに入ろうとするブルボンを手でさえぎり、俺は目で彼女に意思疎通を図る。彼女には餃子作りに専念してもらいたい。ただでさえ、この人数を作るのは大変だからだ。
桜木「会長さん。玉ねぎは俺が切りますよ。他の作業を進めてください」
ルドルフ「くっ、しかし.........」
桜木「本来料理って、人の笑顔を作るものです。勝負事とは何ら関係ありません。こだわるのは後にして、まずは作ってみません?」
俺の言ったことに一理あると感じたのか、ルドルフはひとしきり考え込んだ後、弱々しく俺に頼むと言ってくれた。流石のヘルカイザーもお料理に関しては無力だったらしい。
だが、手をこまねいていたのは玉ねぎを刻む行程だけで、他はテキパキと手際よく手を進めていた。
桜木(玉ねぎっつうのは、目とか鼻に刺激を与えるんだよな。一応変装用のサングラス持ってきてて正解だったぜ)
サングラスをかけ、なるべく鼻呼吸をしないようにして大量の玉ねぎをみじん切りにしていく。普段からあの子らに料理を作っているおかげでだいぶ俺も手際が良い。やってて良かった。
あらかた切り終えた俺はルドルフの様子を見て、大丈夫そうだと感じると、 今度はテイオーの方に足を運んだ。
桜木「大丈夫か?」
テイオー「うぅ.........サブトレーナー.........」ウルウル
どうしていいか分からず、もう既に泣きそうになっているテイオー。これでは本当にヘル化しているのかすら危ういが、今はそんなことを気にする時ではない。
とりあえず、目の前に並べられた材料に目を配らせると、下ごしらえは整っていた。どうやら最初からこの状態だったのだろう。
桜木「泣かなくていいぞ。ちゃんと手伝ってやるから、な?」
テイオー「.........ありがと」
桜木「まず、ごま油をフライパンに入れて強火で熱して、豚肉を入れるんだ。そこから.........」
ーーー
バクシン「皆さんどうやらお料理が完成したようですねー!!では実食と参りましょう!!どなたからでも構いませんよー!!食べたいものから食べて言ってください!!」
あれから時間が経ち、何とかほとんどの料理が人に食べさせられるレベルにまでになった。なかなか頑張ったものである。
しかし、それは『ほとんど』。つまり全てではない。現に俺のカレーは.........
桜木(あーあ.........ほとんど溶けちまってる.........)
そう。溶かした。あの失敗することは無いという事で有名なカレーの具材を溶かしたのである。実際、こんな経験は初めてで、本当に食べられるのかすら危うい。
形を残しているものと言えば肉だけ。残りは固形物と言っては行けない硬さの人参や玉ねぎ。そしてもうカレーのルーに溶けきったじゃがいもだった形容しがたい何かだ。
無論、そんな食い物を好き好んで食べようとするやつなんて居ない。見ろ。タキオンもデジタルも俺がほとんど指示して作ったテイオーの八宝菜に飛びついてる。
桜木「はぁ.........なんか、惨めだなぁ」
「すみません、そちらのカレーをくださいますか?」
桜木「!!!オッケーオッケー!!もうどうせみんな食ってくれないだろうし全部食べてもらっちゃっても.........」
思ってもみなかった声に、柄にもなく嬉しくなってしまった。溶かすバカ居れば食す女神ありと言うのは正にこのことだろう。
そんな俺の嬉しさという感情を大きく揺るがすほど、目の前のウマ娘には酷く見覚えがあった。
マック「まぁ!!全部食べてしまっても良いんですの!!?」
桜木「.........なんでここにいるのマックイーン」
マック「タキオンさんから連絡が来たのです。このような催しがあるなんて知りませんでしたが.........中々楽しそうですわね」
用意された大量の電子ジャーのひとつの蓋を開け、皿にご飯を盛り付けてから俺のカレーをかけていくマックイーン。失敗しているのは目に見えているはずなのに、彼女はこれから食べるカレーを見て嬉しそうな表情をしてくれている。
なんとも情けない事に、そんな事で涙が出そうになる自分が居る。だって、普通失敗した他人の料理なんて進んで食べようなんてしないでしょ?
マック「〜〜〜♪やっぱり、トレーナーさんのカレーが一番ですわね♪」
桜木「.........」
カレーがかかった白米をスプーンですくい、それを口に運ぶマックイーン。その表情からは、とてもお世辞を言ってくれている様子はない。彼女は本当に、俺の失敗したカレーを美味しそうに食べてくれている。
テイオー「.........」
―――マックイーンとサブトレーナーが二人で居る。その様子を、ボクはボクの八宝菜を食べに沢山来てくれている人達の隙間から覗いてた。
.........あれ?ボク、何がしたかったんだっけ?
タキオン「.........どうしたんだい?」
テイオー「タキオン.........う〜ん、上手く言えないんだけど、なんか二人の事見てたら、どうでも良くなっちゃったんだ」
ボクは隣に来たタキオンに、言葉に出来ない思いをそのまま伝える。どうしてかは分からないけど、ヘルカイザーとの勝負が、なんか間違ってる様な気がしたんだ。
本当はボク、カイチョーと真剣勝負がしたかったんじゃなくて、あんな風に楽しく過ごしたかったのかも.........
テイオー(.........あっ、そっか)
そうだ。きっと負けたくないって気持ちで走ってたカイチョーが、一番楽しそうだったのが嫌だったんだ。そんなのカイチョーじゃないって、勝手に決め付けてたんだ.........
テイオー「.........ごめんね、タキオン。ボク正気に戻ったよ.........迷惑かけちゃったよね」
タキオン「.........迷惑はしたが、構わないさ。チームメイトとはそういうものなんだろう?」
そう言って、タキオンは微笑んでくれた。サブトレーナーと絡む前は、結構怖い噂しか流れなかったけど、ボクは断然。今のタキオンの方が付き合いやすくて良いんだよね。
タキオン「ま、それはそれ。これはこれだがね」ブスッ
テイオー「え」
「ぴゃああああああ!!!??」
―――瞬間、大きな叫び声が耳に入ってくる。思わず耳を塞ぎ、その方向を見ると、タキオンがテイオーに注射を差していた。なんてやつだ。この状況でそんな事が出来るなんて、マイペースにも程があるだろう?余韻という物を知らないのか.........?
桜木「あ、ショックで倒れた.........」
マック「.........何だか怖いので、何が起きてるかは聞かないことにしますわ」
桜木「それが良い」
タキオン「さらにもう一本ッッ!!!」
ルドルフ「ぴゃああああああ!!!??」
特に理由のある注射針が生徒会長を襲う。まぁ勝負内容が微妙だった故に、あまりヘル化の恩恵は受けていなかったが、あのまま放置するのもダメだろう。
桜木「.........俺もカレー食べよ」
デジ「あ、デジたんも食べたいです」
オグリ「私も桜木のカレーを食べてみたい。お願いできるか?」
桜木「失敗したので良いなら、いくらでもあげますよ.........っと」
カレーを人数分盛り付けて、それをそれぞれの目の前に置いてやる。デジタルもオグリさんも、両手を合わせ挨拶をしてから、そのカレーを口に運んでいく。
やはり、食べてくれる人が居るというのは嬉しいものだ。口に広がるカレーの味をしっかり味わいながら、俺は今日この日の出来事を良い思い出として残して行った。
因みに今回のイベントの優勝者はミホノブルボンであった。やはり中華。中華料理は全てを解決する.........長年の経験から得た俺の結論は、この結果によって更に強く自分の中で肯定されるのであった。
......To be continued
オマケ
テイオー「はぁ.........まさかあんなことになるなんて思わなかったよー.........」
廊下を歩きながら、ボクは大きめの溜息を吐いた。サブトレーナーやタキオンの話を聞いたけど、ほとんど数日間の記憶が無いんだ。保健室で目を覚ました後はすっかり調子は良くなったんだけどね。
マック「あら、珍しいですわね。いつも元気な貴方が溜息だなんて」
テイオー「マックイーン.........あっ!そうだ!!ボクマックイーンに聞きたい事があったんだった!!」
「マックイーンはサブトレーナーの事を愛してるんだよね.........?」
マック「.........は?」
テイオー「タキオンから聞いたよ?わざわざ失敗したサブトレーナーの料理をいの一番に食べに行ったんでしょ?ボク。それは愛し合うって事だと思うんだよね.........♪」
マック「.........!」ゾワゾワ
―――2月〇〇日。被検体レポート。トウカイテイオー。
処方薬。感情弱刺激薬。
症状。ヘル化。
要因。普段からプラス思考な彼女にとって、嫉妬や極度の焦りと言ったマイナスな思考の耐性がなく、ヘル化を発症。その際、強い執着を確認するのと同時に、前例(シンボリルドルフ)とは違う高い潜伏性を確認。
その後、前例と同じように薬品投与によって強制的にヘル化を鎮火させたものの、ヘル化特有の青白い炎を出さないことから、再燃を見抜けることは困難であると推測される。
今後も被検体の動向を観察を続け、暴走しないよう対策を講じる。
ㅤㅤㅤㅤㅤㅤアグネスタキオン