山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
春の温かさを感じる四月の中央。北海道からこっちに来て五年経ち、この暖かさにもようやく慣れてきた。
身体を包み込むような風が、桜の花弁を巻き込みながら袖をまくった腕を撫でていく。少しだけ冷ました紅茶を楽しみつつ、俺は幸せを噛み締めた。
桜木「.........久々のoffだ〜」
そう。かれこれもう体感二ヶ月ぶりの休息日であった。やれファン感謝祭実行委員だの、やれ年度代表バ、最優秀シニア級ウマ娘のインタビューだの休まる日は無かった。
そして尚且つ、今日はファン感謝祭予行日だ。普段のファン感謝祭とは違い、大勢の来客が予想されるため、生徒や職員が楽しむ為の日だ。
「こちら、特性オムライスですわ〜」
桜木「お!待ってました待ってました!」
「マックイーンさまのトレーナーさまですもの〜、しっかりおもてなししませんと〜」
テーブルの上に綺麗なオムライスを持ってきてくれたのは、マックイーンと同じメジロ家のメジロブライトだ。言葉遣いはマックイーンのようにきっちりとしているのだが、身にまとう雰囲気とその喋り方がすごくふわふわしている。
桜木「いただきまーす!」
ブライト「まぁ〜!一口がおっきいですわ〜!」
何故、彼女がウェイトレスをしているのか、話は少し前まで遡る.........
ーーー
桜木「マックイーン達の出し物は.........確か、喫茶店だったよな? 」
ファン感謝祭の地図を頼りに、広大な学園の土地を練り歩く。周りを見るに、もはやそこら辺の学園祭レベルではない。屋台とかそんな次元ではなく、軽くプレハブ小屋まで建てられている。
まぁ、それができるように俺が頑張ったのだが。
そんなことを考えながら歩いていると、ひときわ立派な建物が見えてくる。看板に喫茶[メジロティー&カフェコーヒー]と言う文字が書いているのが見えてくる。
桜木「ここか.........」
かなり気合いの入った扉を押すと、カランカランと音が鳴り響く。中の様子はまだ少し余裕があるように見え、この時間帯に来て良かったと改めて感じた。
しかし、普通の喫茶店とは作りが少し違う。まるでファミレスのような受付に、一人のウマ娘がカウンターに座っている。俺はとりあえず、その子に近付いてみる。
桜木「あのー」
「あら、お客様ですね!本日はご来店、ありがとうございます♪」
物腰の柔らかく、その仕草や声から清楚さが漂う。もしかして.........いや、もしかしなくても、お嬢様なウマ娘なのだろう。
そんな事を考えていると、彼女の方から話しかけられる。
「いつもマックイーンさんがお世話になっています」ペコリ
桜木「い、いやいや!俺の方がいつも.........君もメジロの.........?」
「はい、メジロアルダンと申します♪」
やっぱり.........このお嬢様感、一朝一夕で作れるものでは無い。彼女は生粋のお嬢様なのだろう。もしかしたら、マックイーンが目指しているのは彼女のようなお嬢様なのかもしれない。
アルダン「本日はメジロティーのお客様ですか?それとも、カフェコーヒーのお客様ですか?」
桜木「マックイーンがこっちに居るって聞いてて.........」
アルダン「ではメジロティーへのご来店ですね♪男性のお客様、一名メジロティーの方へお願いしますー♪」
「はーい!」
元気の良い声が奥側のカウンターから聞こえてくる。人数的には一人ではないが、その中にマックイーンの声も聞こえてきた。彼女もあの中でお仕事しているのだろう。
そう思い、俺はアルダンに礼を言ってからカウンターを通った。
カフェ「あっ.........タキオンさんのトレーナーさん.........」
桜木「え?ああ!カフェコーヒーってそういう.........」
カフェ「いい名前が思いつかなかったんです.........誰が何をやっているのか......分かりやすくしなくちゃ行けないので.........」
さっきからカフェコーヒーって変だなとは思っていた。だが蓋を開けてみれば、マンハッタンカフェがコーヒーを入れてくれる喫茶という事だ。これ以上わかりやすい店名は無い。
鼻をくすぐる芳醇なコーヒーの匂いに惹かれつつも、今回はマックイーンの様子を見に来たのだ。俺は後ろ髪引かれる思いで更に奥へと進んだ。
ブライト「いらっしゃいませ〜。あら〜、桜木トレーナーさま〜」
桜木「ど、どうも.........(誰だっけ?)」
ブライト「最近はどうですか〜?」
桜木「ま、まあまあですかね〜?(やばいわかんない.........)」
あまりにも気さくに話しかけてきたので、最初は会ったことのある子だと思っていたが、実際には初対面だった。この後、マックイーンが来て名前を教えてくれた事で、自己紹介のことを思い出したくらいだ。相当マイペース。
話を聞くに、いつもこの調子らしい。まぁ、変に萎縮されるよりかはマシだ。そう思っていると、マックイーンはテーブル席からメニュー表を持ってきてくれた。
マック「トレーナーさん。メニュー表になりますわ」
桜木「結構あるな.........オススメとかってある?」
マック「そうですわね.........私としてはやはり、ファーストフラッシュのフランスの農園で取れたダージリンなのですが、トレーナーさんがお好きなのは確か、ミルクティーでしたわよね?」
桜木「ああ、けどそれペットボトル飲料とか紙パック飲料だからね。やっぱ本場の味は一回体験したいし、それお願いしてもいい?」
そう俺が言うと、彼女は嬉しそうな顔で了承してくれた。そして、目の前で実際に紅茶を作っている姿を見せてくれる。衣装も相まって、本当にお店みたいな雰囲気だ。
本当にどんな味なのだろうか、こっちはリプトンとか午後ティーとか紅茶花伝とかしか知らない庶民だ。非常に楽しみである。
桜木「.........お腹もちょっと空いたし、ちっちゃいサイズのオムライスでも貰おうかな?」
ブライト「かしこまりました〜」
メニュー表を見ながら呟くと、さっきまで隣にいたブライトがカウンターの奥へと消えて行った。
意外だ、あの子はお料理ができるのか.........とてもそんな風には見えないが、それは偏見なのだろう。心の中で彼女に謝っていると、彼女はひと仕事終えたようにこちらに戻ってきた。
ブライト「ふぅ〜」
桜木「えっ、えっ!!?もう出来たの!!?」
ブライト「?まだですよ〜?」
マック「ブライトさんのお仕事はウェイトレスなので、注文を聞いて、品を運ぶだけですから」
な、なるほど.........?いや、だからと言って俺の隣に座る必要は無いんじゃないか?いや、立ってろとも言ってないけども.........
ど、どうしたらいい?彼女としては一生懸命働いているのかもしれないが、傍から見れば明らかにサボタージュを満喫していらっしゃる.........
マック「.........お一人で来たお客様とお話する仕事もあるんです。何か話してあげてください」
桜木「なんと言う無茶ぶり!!!」
ブライト「マックイーンさまとはどう知り合ったのですか〜?」
桜木「君は君で遠慮がないねぇ!!?」
思わずタキオンのような口調でツッコミを入れてしまう。あれよあれよという間に根掘り葉掘りと掘り返される過去の話。ほわほわとしながらもブライトは中々良い反応を示してくれる。
そんな話を間近で聞いていて恥ずかしくなったのか、マックイーンは黙々と紅茶を作っている中、声を上げた。
マック「あ、ああ!そういえばトレーナーさんの為に特別な席をご用意したんでした!!ブライトさん!テラスの方へご案内して差しあげてもよろしくて!!?」
ブライト「!.........はい〜。分かりましたわ〜。どうぞこちらへ〜」
そして、ふわふわながらも、何かを察したブライトにテラス席へと案内され、今に至る.........
ーーー
ブライト「卵がふわふわですわ〜」
桜木「君も食べるんだ.........」
俺の目の前で向かい合うように同じオムライスを口に運ぶ。唯一違う点があるとするならば、大きさだろう。俺の肩幅くらいはある。
聞くところによれば、これはどうやらドーベルが作っているらしい。案外世話好きな彼女の事だ。料理ができても何ら違和感は無い。
ブライト「この後はマックイーンさまとどこをまわられるのですか〜?」
桜木「え?なんで?」
ブライト「.........あ〜」
しまった。というように口を押さえる仕草を見せてくる。これはつまり、秘密をバラしたという所だろう。
聞かなかった事にしよう。そう思い、最後の一口を飲み込み、紅茶を味わっていると、喫茶の中から声が聞こえてくる。
「ちょ、ライアン!!?これからお客様が来ると言いますのに休めるわけが―――」
「良いから良いから!!紅茶ならあたしも作れるし!!今年はいつもと違って一緒にまわれないんだからさ!!」
ブライト「あら〜、マックイーンさまとライアンお姉さまですわ〜」
喫茶店から出てきたのは、ライアンと、彼女に背中を押されて無理やり出されているマックイーンだった。
先程の衣装から普通の学生服に着替えた.........いや、恐らく着替えさせられたのだろう。少し着崩れている気が否めない。
マック「そ、それはそうですけど!まだ休憩には早(キュゥ〜...).........」
ライアン「けど、マックイーンのお腹はご飯食べたいって言ってるよ?」
ブライト「可愛らしいですわ〜」
今か、今なのか、というように拳を握りしめ、自分のお腹を見るように俯いて頬をふくらませるマックイーン。これで言い逃れは出来なくなってしまった。
プルプルと怒りを抑えながら、ゆっくりと俺の方へと近付いてくるマックイーン。彼女からは何も言わない。きっと、俺から言って欲しいのだろう。
そんな彼女の姿がおかしくて、面白く感じてしまうが、それも申し訳なく感じてしまい、つい苦笑いのような笑い方をしてしまう。
桜木「.........一緒に回る?」
マック「.........ええ、そうですね!!トレーナーさんが!!誘ってくださったので!!無下にはできません!!」
仕方なく、仕方なーくと言う事を強調し、何とか取り繕うマックイーン。それを分かっているのか、ブライトもライアンもクスクスと笑い声を立てる。
ライアン「という訳で桜木トレーナーさん!マックイーンの事誘ったんですから!しっかりエスコートしてあげてくださいね!」
桜木「ああ、地図ならここにあるからな!」
ブライト「あら〜、準備がよろしいですわ〜。これならマックイーンさまも安心ですわね〜」
こうして、急遽休憩になったマックイーンと一緒に、感謝祭を見て回る事になったのであった。
ーーー
メジロ家のウマ娘やカフェさんが出している喫茶店から少し離れた広場。そこでは、トレーナーさんが招待した飲食店を経営する方々の出店が多く並んでいました。
その光景はいつか見た、夏祭りの出店のようで、少し胸が弾んでしまいます。
マック「色々ありますわね.........」
桜木「色々見てこっか。俺もまだお腹すいてるし」
トレーナーさんが先導する形で、屋台の方へと歩いて行きます。少しその方向へ進むと、お昼ご飯を食べに来たウマ娘達で埋め尽くされております。
鼻をくすぐるいい匂いと、彼の背中を頼りに前へと進んでいきます。
桜木「あ、あれだよ。俺が空港で食べたラーメンを出してる出店」
マック「ではあそこにしましょう!」
彼の提案に乗り、多くの方々に圧倒されながらも、しっかりその出店へとほを進めていきます。近づくにつれ、味噌や醤油、塩にとんこつといった匂いが濃厚になっていきます。
ちょうど、二人のウマ娘がラーメンを食べ終わり、お店の方にお礼を言って席を立ちました。その席に二人で腰を下ろします。
「美味しいべ〜」チュルチュル
マック「あら、スペシャルウィークさんもお昼ですの?」
スペ「あ!マックイーンさんにサブトレーナーさん!ここのらーめん美味しいですよ!!」
桜木「だろ?空港にお店出してた本店の人を呼んだんだ。美味くないわけがない」
本当に美味しそうに麺をすするスペシャルウィークさん。彼女の目の前には既に二杯の空になった丼が重ねられており、そこに今しがた食べ終えた食器を重ねました。
スペ「醤油も塩もとんこつも美味しかった〜!最後は味噌でお願いしますー!」
桜木「それじゃあ俺も味噌チャーシュー大盛りで!!」
マック「で、では私もそれで.........!」
メニュー表に表示されているカロリーは、普段の食事よりとても多いものに見えます。し、しかし、私も今日の為に.........あ、いえ、レースの為に節制を続けてきたのです。今日くらい、ちょっと羽目を外しても怒られないはずですわ!
店主「いやー!桜木さんのお陰でいい経験が積めましたよ!わざわざ俺みたいな若造連れてきてくれてありがとうございます!」
桜木「何言ってるんすか!十分良く作れてますよ!修行頑張ってください!」
見事な手際でラーメンを作りながら明るく話す若い店主。トレーナーさんの話を聞くと、どうやら彼はまだ修行中の身らしく、今回の出店に関して自ら名乗りを上げたそうです。
どこの世界にも、目標に向かって走り続ける方が居るのだと思うと、親近感が湧いてきてしまいます。
店主「はい、味噌チャーシュー大盛り二人前!こっちは普通の味噌ラーメンね!」
三人「ありがとうございます!」
目の前に出された丼からは、スープが見えないほどのチャーシューが乗っかっています。こ、これはカロリー以上に満足感がありそうな食事ですわ.........!
そう思っていると、横からチャーシューがつままれた橋が伸びてきて、私のラーメンの上にそれを置いていきました。
桜木「一枚あげるよ。ほら、スペも欲しいだろ?」
スペ「いいんですか!!?わーい!!ありがとうございます!!サブトレーナーさん!!」
マック「ありがとうございます、私も何か.........こちらでよろしいですか?」
桜木「えぇ!!?ダメダメ!!!卵なんて貰えないよ!!!それ食べる為にラーメン食ってるようなもんなんだから!!!」
し、少々大袈裟すぎではありませんか?そう思いながらも、すごい剣幕の彼に気圧されてしまい、箸でつまんでいた卵を自分の丼の上に戻しました。
彼にあげる物は他にあるかと探しますが、見つけて箸でつまもうとする度に横から威嚇されてしまいます。貴方はいつからわんちゃんになったのですか?
マック「.........本当に頂いてよろしいんですの?」
桜木「ああ、最近節制も順調だしな。ちょっとしたボーナスって感じ?」
スペ「わぁ!!ボーナス!!流石サブトレーナーさん!!会社員さんってたしか貰えるんでしたよね?」
桜木「貰い始めたのはトレーナーになってからだけどね」
どこか冷たく言い放つように、彼は淡々と言いました。ボーナスが無い.........そんな所で働いていたのですね.........私はメジロ家ではありますが、お父様は会社の役員。幼い頃はよくボーナスが入った時に、旅行や観光に連れてってもらっておりました。
もちろん、 今でも年一回で海外旅行にも行きますが、それはメジロ家全体の旅行ですので、思えばここ最近、家族だけ.........という事は無かったと思います。
そんな懐かしい事を思い出しつつ、私は自分のラーメンに手をつけます。左手に持ったレンゲでスープをすくい、一口ふくみました。
マック「.........!!!」
桜木「どうだマックイーン、本場の札幌味噌は違ぇだろ?」
マック「ええ.........!濃厚な味噌の、深みのある味わい。それでいて、どこか優しく、後味も丁度良い所で抜けていくので、手が止まらなくなってしまいます.........!!」
鼻をぬけていく香りも相まって、ご飯を食べているはずなのに、どんどんお腹が空いてきてしまう錯覚に陥ってしまいます。こ、こんな.........こんなもの、犯罪ですわ!!!どうして警察はこんな中毒性の高いものを野放しにしているんですの!!?
そんな八つ当たりを目の前のラーメンにぶつけながらも、今度は麺を食べようと、箸で具材の下から掴みあげます。それは確かに麺でしたが、ゴールドシップさんやウララさん達と食べに行ったラーメンとは、印象が違いました。
マック「真っ直ぐじゃありませんわ.........」
スペ「ちぢれ麺ですよ!!マックイーンさん!!この食感が癖になるんです!!」チュルチュル!
豪快に麺を啜り上げる音を立て、幸せそうな表情で味と食感を楽しむスペシャルウィークさん。な、何度かラーメンをご一緒に食べた事もありますが.........こんな顔をしているのは見た事はありません.........
意を決して、私はその麺を食すためにレンゲの中に麺をスープが跳ねないようゆっくりと啜ります。
マック「.........!!?.........〜〜〜!!!」
スペ「マックイーンさん.........」
桜木「welcome.........to,Hokkaido」
こ、こんな素敵な物が存在していただなんて.........!!ストレート麺とは違う弾力のあるコシと、その太さからは想像もできない程のモチモチ感.........!!!
口の中のものが喉を通り、その場所が空いた隙にすかさず、彼が下さったチャーシューを入れます。長時間煮込まれた分厚いチャーシュー.........食感を確かに残しながらも、それは口の中でトロンと溶けていくようで.........
そこから先はもう、一心不乱にそのラーメンを堪能していました.........
ーーー
マック「警察が太刀打ち出来ないはずですわ.........」
桜木「何言ってるの君は.........?」
ラーメンを食べ終わり、店主の方に礼を伝えて少し歩いていますと、つい心の声が外に漏れ出てしまっていました。
マック「だ、だって!!仕方ないではありませんか!!あんなものが食べられるなら毎日!!そう!!エブリデイ食べてしまいます!!これはもう国を揺るがす大事件なのですよ!!?」
桜木「マックイーン、ステイステイ」
マック「ふー!ふー!」
落ち着け、というように両手を私に見せてくるトレーナーさん。ですが、私の言い分は正しいと思います。あんなもの、毎日食べた時の健康被害を考えれば、絶対に規制した方が国の為です!!
そんな私の様子がおかしかったのか、トレーナーさんは堪えきれない笑い声を、必死に抑え、ですが微かに漏らしておりました。
マック「トレーナーさん!!」
桜木「悪い悪い.........うちの地元の料理をそんなに気に入ってくれて嬉しいよ」
マック「.........んもう!!」
こっちは真剣に言っていますのに、そんな事を言われてしまえば気が抜けてしまいます!
.........けれど、これが彼の育ってきた、北海道の味なのですね.........あちらの方はなんでも美味しいとは聞いていましたが、まさかここまでとは思っても居ませんでした。こ、今度はスイーツの方も.........
桜木「あれ、また喫茶店だ.........えーっとここは?」
マック「.........ああ、こちらの喫茶店は生徒会が運営してる様です。それにしても.........とても繁盛してますわね.........」
恥ずかしながらも私欲の塊のような想像をしていると、気付けばその喫茶店の前まで歩いてきてしまっていました。
ここから窓を見ていても分かるように、私達の喫茶店より大盛況の様子です。こちらはカフェさんからの要望で、少し外れた静かな喫茶店というテーマで運営していますので、お客様が少ないのは想定内でしたが、それを差し引いても.........このお客さんの入りは異常です。
そう思っていると、喫茶店から二人の生徒が出ていきました。私達とすれ違った時に、その二人の会話が聞こえてきます。
「凄かったねー!執事喫茶!!」
マック「.........」
「だよねだよね!!ブライアンさんかっこよかったなー.........///」
桜木「.........」
執事.........喫茶.........。その言葉に反応するように、私の耳も、トレーナーさんの耳もぴくりと動きます。
き、気になる.........とても気になりますわ.........!!
桜木「マックイーン。行こうブっさんの執事姿が見たい」
マック「し、仕方ありませんわね!私も丁度デザートが食べたかったので!!」
まるで免罪符のように、彼からの誘いにそう乗りました。彼は意地悪そうな笑みを浮かべ、私から視線を外します。
全く.........あぁどうして、以前までは呆れてしまっていたはずの彼のその態度に、今となっては少し、ときめいてしまうものを感じてしまいます。
恋というのは噂以上に、自分を弱くしてしまうのだと思い知らされながら、私は彼の後ろを着いていきました。
ーーー
ナリブ「.........注文のミルクティーだ」コト
桜木「.........あの、紅茶花伝なんですけど」
ナリブ「冗談だ」スッ
びっくりした。マックイーンの方にはちゃんとしたティーカップ置いてるのに、俺の方だけペットボトルで出てきやがって.........やめてよ!!ただでさえマックイーンは紅茶をカップ以外で飲むの見るのも嫌がるんだから!!
今度はちゃんと出されたミルクティーを飲みながら、マックイーン達の喫茶店と内装を比べる。特にこれと言って変わった点はない。強いて言えば.........
マック「お似合いですわね、ブライアンさん」
ナリブ「褒め言葉は有難く受けとっておくが、中々息苦しい」
桜木「ははは、そんなもんだ。けどネクタイが締まりすぎてるぞ。ちょっと貸してみろ」
渋々、と言った様子でネクタイを解き、俺の方へと渡してくる。結び目の部分を見たところ、一番楽な結び方を調べて実践したのだろう。一般的なそれより一回り小さく、ゆとりがないために傍から見ても苦しそうな感じがしてしまう。
最近着る機会が多くて助かった。そう思いながら、俺はなるべく結び目が大きくなるような結び方でネクタイを締め、それを首から外した。
桜木「ほら、だいぶ苦しくなくなるはずだ」
ナリブ「ん、感謝する」
少し楽になったのだろう。ブっさんから先程よりは苦しそうな雰囲気は無くなったように見える。
ただまぁ、やはりスーツというのは息苦しいことこの上ない。俺も出来れば着たくはないものだ。
そう思い、一口ミルクティーを飲もうとカップを持った瞬間、電話の着信音が近くで鳴り響いた。俺の設定している音ではない。マックイーンの方を見るが、彼女も首を振って否定した。
ナリブ「すまん、私だ.........もしもし?」
ナリブ「............分かった。ちょうど実行委員の奴がいる。慌てずに来るんだぞ」
桜木「.........?」
何かを了承したブっさんが、チラリとこちらを見てから電話を切った。一体何があったのだろう.........?
ま、まぁ俺が直接何かを手伝うことは無いだろう。この場でミルクティーを楽しみながらゆっくりとトラブルに対応し―――
ナリブ「ちょっと来い」
桜木「えぇ!!?ちょ、腕引っ張んないで!!!マックイーン助け―――」
マック「ここで待っていますから、トレーナーさん。お仕事頑張ってください」フリフリ
あぁ!!!マックイーンがもうこの手のトラブルに慣れちゃってる!!!優雅に手を振って俺の事を見送るまでになっちゃってる!!!
悲しきかな。確かに、当日のトラブルや相談は実行委員会へお問い合わせくださいという文言のプリントは配布した.........だがまさかこんな直接的にトラブル解決に駆り出されるなんて.........
そんな事を思いながら、俺はバックヤードの方へと引きずられていくのであった。
ーーー
マック「.........ほぅ」
彼が連行されて数分。出されたミルクティーのクオリティの高さに驚きと安心を感じながら待っておりました。
彼の執事姿.........以前の妄想がまるで具現化したようです。一体どんな姿で来てくれるのでしょう?
やはり王道のオールバック系でしょうか?それとも、ドーベルが読んでいた本に出てきた、俗に言う俺様系でしょうか?今からもう、楽しみで仕方ありません。
ナリブ「おい、最終チェックだ。マックイーンに見てもらうぞ」
桜木「わかった!!わかったから引っ張んなって!!!」
マック「まぁ.........!」
そこには、以前の授賞式のようなオールバックではなく、それでいていつもの髪型ではない彼がそこに居ました。
霧吹きで髪を濡らし、下ろしたのでしょう。いつもとは雰囲気が異なり、近寄り難さが無くなっています。
ナリブ「どうだ?」
マック「問題ありません。さっ、お仕事してください♪トレーナーさん♪」
桜木「簡単に言ってくれちゃって.........」
げんなりとした様子で肩を落とすトレーナーさん。ですが、注文が入るその時、彼はピシッと背筋を伸ばし、表情を柔らかくして呼ばれた席へと向かっていかれました。
優しい声色、気遣いの伝わる目付き、優雅な仕草.........どれをとっても一級品と言っても過言ではありません。まぁ、私の思いの補正も乗っていると思いますから、定かではありませんが.........
ナリブ「それにしても、髪を下ろせばもう少し他の奴も接しやすくなるだろう」
マック「幼い頃はサラサラで下ろしてたと、彼のお姉さんから聞きましたが.........なぜ上げているのかまでは.........」
注文を取り終わり、バックカウンターの方へ行く彼を見ながら、紅茶を飲みます。こう、一度気になってしまうと最後まで気になってしまいます.........何故わざわざあんな髪型なのでしょう.........?
ナリブ「.........それにしても、随分雰囲気が変わったな」
マック「.........?そうですか?トラブルに巻き込まれる所は相変わらずかと.........」
ナリブ「アンタの事だ」
その鋭い指摘に、思わずドキッとしてしまいます。流石ナリタブライアンさん。レース事以外にも察しの良さは健在ですのね.........
マック「.........最近、ようやく彼の事が好きだと分かりましたから.........」
ナリブ「.........遅いな」
マック「お恥ずかしながら.........」
やはり、傍から見ても一目瞭然だったのでしょう。それだと言うのに、当の本人である私自身が気付かなかったのですから、間抜けと言われても反論は出来ません。
最近はようやく、この気持ちに整理が着いたのか、彼の事を考えても冷静で居られるようになりました。
ふふん、今なら何をされようと平然としていられます!彼が以前のように抱き締めてこようが.........
桜木「マックイーン」
マック「☆Σ♭♯!!?な、なんですの!!?」
桜木「い、いや、もう少し時間かかりそうだし、追加の注文でも受けようかと.........」
全然平気じゃありませんでした。むしろピンチでしたわ。私さっきどんな叫び声を上げたのでしょう?ちょっと、ブライアンさんも笑わないでください!
ふぅ、と一息つきながら、私はメニュー表からフルーツ盛りを彼に頼みました。先程の呼び掛けの時とは違い、彼は今完全に執事として入り切っています。
マック(.........)ポッ
桜木「.........?以上で宜しいでしょうか?お嬢様」
マック「へ!!?え、ええ!!よろしくてよ!!」
お、お嬢様!!!ふ、普段と呼び方が違うだけなのに!!!そ、それに普段より少し距離を感じてしまう呼び方なのに!!!
む、胸が!!!張り裂けそうなくらいに心臓が!!!高鳴っていますわ!!!
こ、これが執事喫茶.........お客さんがこんなに入ってくる理由も.........頷けますわ.........
「ワー!!オクレテゴメンー!」カランカラン!
そんな声と来店を知らせるベルの音が聞こえてきます。そちらの方を振り返る前に、大急ぎでバックヤードの方へと走っていくテイオーが、私達の前を横切って行きました。
桜木「あー、トラブってたのはテイオーだったのか」
ナリブ「テイオーだけじゃないぞ」
ルドルフ「すまない!!すぐに準備する!!」
マック「会長まで.........」
ーーー
テイオー「ありがとね!サブトレーナー♪」
桜木「いやいや、何事もなくてよかったよ」
マック「えぇ、並びの待ち時間が長くなっただけで良かったです」
あの後、お二人に事情を聞いたところ、お化け屋敷の順番がなかなか来なかったと言うことでした。お化け屋敷と言えば、イクノさん達の出し物だったはずです。
ルドルフ「世話になったな、桜木トレーナー。似合っていたのだからここで働いててくれても良いんだぞ?」
桜木「冗談でしょう?」
ナリブ「冗談なものか、あのエアグルーヴが重宝してたんだ。また客が多くなったら呼ぶからな」
桜木「えぇ.........」
これまたげんなりとした様子で肩を落とすトレーナーさん。少しだけの執事でしたが、仕事はテキパキと丁寧で、対応も素晴らしかったです。
.........贅沢を言うなら、もう少し見ていたかったのですが、致し方ありません。
頑張れよ、というトレーナーさんが会長さん達に激励し、背を向けました。私もそれに続こうとしたその時、不意に制服のシャツが引っ張られました。
テイオー「マックイーン、耳貸して」
マック「な、なんですか.........?」
テイオー(頑張ってね.........♪)
マック「.........考えておきます」
彼女はそう耳打ちした後、私から体を離し、太陽のようにニカッと笑いました。その笑顔は、夏祭りの時とは違い、からかう要素は何一つ感じられません。
今はまだ、そのときでは無い。そうは思いつつも、素敵な夢想に後ろ髪を引かれてしまいます。そうなれば、そうあれば、どれほど嬉しい事か.........
ですが、やはり彼は大人で、私は子供。せめて彼と同じ立場になるまで、しっかりとアピールをしていかなければ行けないのかも知れません。
桜木「.........?どうしたー?忘れ物かー?」
マック「なんでもありませーん!今そちらに向かいますわー!」
テイオーと生徒会のお二人に頭を下げ、私も背を向けました。彼の隣に近づくにつれ、 安心感が胸の奥でじわりと拡がっていきます。
今までは、小さくて気付かなかった安心.........もしかしたら、これに気付いたからこそ、彼の事が好きだと自覚できたのかもしれません。
桜木「次、どこ行く?」
マック「そうですね.........お化け屋敷でもどうですか?」
桜木「.........気乗りはしないけど、マックイーンが行きたいなら」
マック「ふふ♪では決まりですわね!」
桜が舞い、頬を撫でる風の匂いが、春が来たことを教えてくださいます。今年は一体、彼とどんな一年を過ごすのでしょう?
そんな事を考え、桜の花びらがふわりと落ちる道を歩きながら、私達は学園へと目指して行きました。
......To be continued