山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
桜木「ふぅ.........」
肺から押し出されるように、空気が口から外へと出ていく。体内の温度で生ぬるくなった息と交換するように、周りの空気を取り込んで行く。
存在ごとは無い。台本も準備できた。中継するウマ娘達とのコミュニケーションもばっちり。スーツも洗濯してきた。死角はない。
あるとするならば.........この緊張感だけだ。
南坂「本番五秒前ですー!」
機材管理や尺周りの担当をしているチームカノープスのトレーナーである南坂さん。カンペの桐生院さんもバッチリそうだ。
忙しすぎてあまり記憶はないが、この人達と働くのはとても楽しかった。この機会以降も、是非とも協力していきたいところだ。
そうこうしている内に、指を折るカウントダウンが0を迎える。スタジオの外側には、待機画面が映し出されているが、コメントで埋め尽くされている。
やがて、俺のスーツ姿が映し出された。
桜木「おはようございます」
桜木「本日は待ちに待った、トレセン学園ファン感謝祭当日となっております」
桜木「司会は私、トレセン学園お抱えの問題児トレーナー桜木玲皇がお送り」
桜木「カメラ止めろ、誰だ台本差し替えたやつ」
思わずその場から立ち上がる。突然の放送事故にコメントは祭りのように騒ぎ始めた。お前らはそんなに他人の不幸が好きか?
周りをじっくり見てると、スタジオカメラマンの黒津木達が笑いを堪えてやがった。アイツらだ、間違いねぇ。
桜木「.........まぁいいでしょう。大目に見ますよ私も」
桜木「気を取り直しまして、今年のファン感謝祭は事前に告知をしていた通り、例年とは大きく違っています。まずはその様子をご覧頂きましょう。出店通のタマモクロスさーん!」
タマ「おう!!タマモクロスや!!」
その声と共に、配信に映し出される映像が切り替わる。カメラとマイクを手にしたタマモクロスが自撮りのような形で撮影しているため、ファンにとっては近距離のガチ恋勢殺人事件案件だ。
タマ「出店の方はもーえらいこっちゃで!!ぎょーさん人来てもうたまらんわ〜!!!」
タマ「しかも、さっきからいい匂いがずーっと鼻に入ってくるんやわ!!大阪の食い倒れ道楽なんか可愛いもんやで!!!ホンマに!!!」
桜木「お、おう.........」
なぜか若干キレ気味のタマモクロスに気圧されてしまうが、一旦気を取り直そう。きっと彼女にとっては嬉しい悲鳴に似たような状態なのだろう。知らないけど。
桜木「ではタマモクロスさん、何かイチオシの出店はありますか?」
タマ「おっちゃ〜ん、難しいこと聞いてくんなや〜。それが出来れば楽やね〜ん。けど全部美味しいんや〜.........反則や今年は〜」
タマ「まっ!!聞かれたからには答えるんやけどな!!!やっぱここは大阪名物!!!イカ焼きやろ!!!」
でたなイカ焼き。大阪特有の粉物料理。俺達の想像するそれとはまた違うフォルムのイカ焼きがニュっと画面の方に現れた。いや、用意してたんかい。
タマ「このイカ焼きな?ウチがちっちゃい頃によくおやつで食べてたんや!!このお店のじいちゃんから買ってたんやからもう地元の味そのもんや!!!」
爺「タマちゃん!!久々やな〜!!今も変わらんちっこさやけど、ぎょーさん食べようなったわ!!!太り過ぎには気をつけるんやで?」
タマ「へへへ!ウチはまだ大丈夫や?現役で走っとるし!!トレーニングすれば痩せるやろ!!!」
そう言ってタマは俺の地雷を踏み抜いた。トレーニングで痩せられるなら楽な事は無い。
マックイーンの食事を作るのは楽しいし、美味しいと言ってくれるのも嬉しいが、やはり料理は手間がかかる。どうせなら楽な方が良い。
タマ「ゴクン、そや!!そろそろイベントが始まるで!!大食い選手権や!!」
桜木「は?」
タマ「投票で上位やった三人がどれだけ食べれるんか勝負するんや!!!」
なんだそれ、俺は何も聞いてないぞ?一体誰がそんな企画を立案し、俺を飛ばして通しやがった?
とにかく内線だ。理事長に確認を取ろう。俺は急いでスタジオから離れ、カメラの後ろ側へと回る。おい、そんな俺を撮るなバカ共。
桜木「理事長!!?俺の知らない企画があるんですが!!?」
やよい「奏功ッ!サプライズだ!!桜木トレーナー!!」
桜木(クソガキ)ガチャン
何がサプライズだ。一体俺がアンタの無茶振りに何度振り回されたと思っているんだ?両手じゃもう足りないレベルだぞ。
しょんぼりとしながらトボトボと元の場所まで歩いて戻る。南坂さんも桐生院さんも同情の目を俺に向けてきた。
タマ「.........おっ!集計結果が出たで!!!」
桜木「.........誰だった?」
タマ「シンボリルドルフ!トウカイテイオー!オグリキャップや!!!こんなもんオグリの圧勝やなー!!!」
桜木「」
絶句した。なんでその人選なんだ。なんでわざわざ勝ち負けが関わるイベントにルドルフを出した。絶対に許さん。マジで。
放送事故待っただなしであろう中、配信コメントではそんなことも露知らずに和気あいあいと文字が流れる。羨ましい。俺もそっち側に周りたい。
数分の準備の後、ステージの上に上がった三人の戦士(内二人は狂戦士になる可能性大)。周りは盛り上がりを見せ始めている。
ルドルフ「私の得意分野ではないが、誠心誠意、期待に応えるとしよう」
テイオー「大食いって決まったものばかりで飽きちゃうかなーって思ってたけどー!ここにある料理好きに食べていいのー!!?」
オグリ「私はご飯が美味しく食べれればそれで良い。けど、こんな機会を用意してくれてありがとう、桜木」
桜木(俺じゃないんだよなぁ)
若干の嫌な予感と罪悪感を孕みつつ、俺の心は覚悟を決めた。この先は何があっても傍観者で居よう。そう腹を括った。
会場の合図とともに、三人はそれぞれバイキングのように並ぶ料理の方へと一斉に走っていく。
テイオーはスープから手を付けるのか、中々いい判断だ。いきなり固形物を大量に詰め込んでも胃が拒否反応を起こしかねないからな。
ルドルフもここは手堅く、豆腐料理の方へと手を伸ばす。やはり同じ三冠ウマ娘。胃の活性化を促し、この先の展開を読むことには長けている。
だがオグリさん。アンタはなんだって言うんだ。いきなりステーキはどうかと思う。あっ、違うぞ?店名を言ったんじゃない。本当にいっきなしステーキを5枚も皿の上に載せて行ったんだ。
桜木「じ、順調に食べ進めていますね........」
タマ「せやなー。まぁ暫くは接戦やな」
彼女の言うように、暫くは接戦であった。しかし、使った皿が五枚、十枚と重なっていくと、その勝敗にも予想がよく分かるようになってくる。
食べるスピードが確実に、最初の時よりも落ちてきているのだ。テイオーもルドルフも、一方のオグリさんは全くペースが落ちない。さすがオグリさん。以前俺をドカ食い気絶に追い込んだ怪物だ。
テイオー「うぅ.........苦しいよ〜..........」
ルドルフ「私も、少し辛くなってきたな.........」
そんな二人の様子を見て、俺は性格が悪いと思ったが、安心してしまった。良かった、ヘル化なんてしなかった。ここでこのまま終わってくれれば、トレセン学園の評価は保たれたまま..........
スペ「あー!!!テイオーさんも会長も負けちゃいそうです!!!」
桜木「あっ」
突如、カメラの横から聞こえてきたスペの声。お前.........なんてことを.........
ルドルフ「.........嫌だァ.........!私はァ.........!!負けたくないィィィッッ!!!」ダッ!
テイオー「.........あはは♪やっぱり、会長は勝つことしか考えられないんだね.........いいよ、ボクがその勝利を横から取りあげて、ボクしか見られないようにしてあげる.........♪」シュンッ!
桜木「」
言葉を失うというのは正に、こういう事だろう。ヘルカイザーが出てくるということは同時に、ヘルテイオーも出てくるという事だ。どういう事だ。フィールドにヘルカイザーが出てきたら手札からお前が出てくるのか?
青白い炎をまといながら、新たな食料を取りに行こうと立ち上がった二人。ルドルフは食べ物を。テイオーは飲み物を片っ端からかっさらっていく。食べ物に集中しているオグリさんは、まだ事態を把握していない。
タマ「おもろくなってきたなーおっちゃん!!!」
桜木「でもよジャングズ!!!胃がッッ!!!」
黒津木「泣くなッ!トレセン学園が賑わうんだ!!!安いもんだろ!!!内蔵の一個くらい!!!」
安くないんだが?最近病院に行ってきて通院費に二千はかかるくらいの価値はあるんだが?
オグリ「さて、今度はエビフライを.........」
ルドルフ「これが生き残るための私のあがきだァッッ!!!」カサァッ!!!
状況が変わってから初めて、俺はまともにモニターを見た。オグリさんがバイキングから食料を取ろうとした所、ヘルカイザーに全てを取られた。
オグリ「.........そうだ。ハチミーがあったんだ。あれを飲むのもひさび―――」
テイオー「ごめんねオグリ。これは全部、ボクがいざと言う時の為に取っておいた.........ボクの保存食なんだよ.........♪」ペロ...
普段の底抜けた明るさのテイオーはそこには居ない。全てのハチミーを両腕に抱えつつ、舌を出して相手を挑発する姿は正に悪魔だった。普段のヒーローさとはかけ離れてしまっている。
滅茶苦茶だ.........確かにある程度のトラブルや放送事故は覚悟していたさ.........でも、初っ端からこんな酷い事になるなんて.........
タマ「.........アカン」
全員「え?」
レポーターのタマの呟きに対して、スタジオに居る俺達は疑問の声を上げた。一体どういうことだ?先程まで楽しんでいただろ?お前。
タマ「オグリンは、自分から食べ物を分け与えてくれることはするんやけど、奪われる事に関しては容赦せぇへん.........目覚めるで、オグリの中の覇王が.........」
桜木「そ、それって一体―――「カレーライス.........」.........?」
静かな声。普段物静かなオグリさんから聞こえてくる声の調子に、何ら変わった様子はない。だが、そこから感じ取れるのは怒り、悲しみ、痛みが、真っ直ぐに伝わってくる。
オグリ「寿司.........天ぷら.........お好み焼き.........人参ハンバーグ.........」
オグリ「みんなが丹精込めて作ってくれた食事.........それをただ、食い潰すだけの王達など.........!!!」
オグリ「生かしておくかァ.........ッッ!!!」
胃「爆発しますッッ!!!」
桜木「やめろ!!!そんなことしちゃいけない!!!」
黒津木「ッ!緊急手術開始の宣言をしろ!!!タキオン!!!」
タキオン「手術開始ィィィ!!!」ガチャッ!
大変なことになってしまった。モニターに映る彼女の瞳はもう、純粋で綺麗なものでは無い。怒りに汚れ、苦しみに塗れた強くも、悲しい目をしていた。
一方俺の胃は限界を迎えた。黒津木が居てくれて助かった。さすがニューヨークで腕を振るい、病魔を取り去る[ゴッドハント]と呼ばれた男だ。黒津木の呼び掛けと共にタキオンと白銀の奴がスタジオに入ってくる。
ルドルフ「ふん、残念だがオグリキャップ。もう君の食べる物は何も―――」
オグリ「黙れ皇帝。私は、何を食べても、食べても!食べてもッッ!!!お前達が取っていった物はもう.........食べられないんだ.........!!!」
テイオー「つ、付け合せのソースをドレッシングを直で.........!!?ソンナコトシタラオナカコワシチャウヨー!」
黒津木「メス」
白銀「はい」
黒津木「.........あの、これメスじゃないんですけど?強いて言うなら、雌と楽しい事する時に安心する為に使う物の箱なんですけど?」
白銀「中身見てみ?」
黒津木「.........カードカーD!!?何これ!!?いつ使うの!!?」
白銀「使いたくなった時に、手札に加えな」
黒津木「最低なバンデットキースだな」ポイッ
この世で一番汚い物を見るような目で黒津木は白銀を見た。そして女の子と楽しい事をする時に安心出来るものの箱をその場に投げ捨てて行った。
因みにカードカーDは押収してた。馬鹿野郎だな。絶対に許せん。早く俺の胃を何とかしてくれ。
タマ「白熱してきたでぇおっちゃん!!!」
黒津木「でもよジャングズッ!血が!!!」
タキオン「バイタル低下!!!」
白銀「泣くなッ!トレセン学園が賑わうんだ!!!安いもんだろ!!!トレーナーの一人くらい!!!」
規模が!!!規模が大きいよ白銀!!!お前の目線はもう友達じゃなくて会社経営者だよ!!!
あぁ〜意識が遠くなってきたなぁ〜。流石に今回は助かりそうにないかもしれん。ヒットマンと戦った時は何とかなりそうだったけど、病気には勝てんか〜.........
桜木「ゆ、遺言頼んでいい.........?」
黒津木「うるせぇ!!!俺は今手術で忙しいんだよ!!!せめて患者が死んでからにしてくれ!!!」
桜木「一人で死ぬの寂しいから創殺しといて.........」
白銀「おう!!!」ニカッ!
タキオン「あぁぁぁっはっはぁぁぁぁ!!!トレーナーぐぅ゛ぅ゛ぅん゛!!!」ズビー!
あぁタキオン.........そんなに泣いてくれるなんて.........嬉しいなぁ、お前の事は実験大好きマッドサイエンティストの実はノリが良くてよくネット通販で失敗してるDr.電子ジャー渾名はハイパー目が濁ってるとしか思ってなかったけど.........
桜木「お前と居た三年間.........わ、悪くなかったぜ.........」
タキオン「私は勝手に薬飲まれて気が気じゃなかったよ」ケロリ
桜木「うっ」
ピーッ
黒津木「.........死んでしまわれた」
タキオン「あぁぁぁぁうそうそうそ!!!もちろんジョークさ!!!キミがいなくなったら誰が私の薬を飲むんだい!!?欲しいなー!!!薬飲む人がー!!!」
桜木「呼んだ?」
白銀「うわ」
切実なるタキオンの願いが俺を復活させた。どうやら彼女の涙には病気を治す効果があるらしい。今度から疲れた時はいぢめようそうしよう。
桜木「皆さん誠に申し訳ありません。放送事故ですけどこのまま放送を続けさせていただきます。タマモクロスさん?そちらはどうですか?」
タマ「制限時間はあと30秒!!!中盤リードを作ったトウカイテイオーとシンボリルドルフに追いつくペースでソースやドレッシングを入れていくオグリキャップ!!!差し込んでいくんか!!?」
白熱した実況と共に届けられる映像。そこには三人の、もはや生物とは思えない神話上の存在のような威圧感があった。
その中でも顕著なのがオグリさんだ。もはや食べるものがないはずだったのに、付け合せの漬物やガリ、ソースやドレッシングなどを体に流し込んでいた。
そして終いには、残っているスープを寸胴鍋ごと持ち上げ飲み干し始めている。あんな食べ方をしているということは相当怒っているに違いない。
タマ「タイムアップや!!!お箸を置いてカロリー計算の時間やで!!!」
ルドルフ「くっ.........差し切られたか.........!」
テイオー「うぅ.........お腹がちゃぷちゃぷいってるよ〜.........」
オグリ「GALLLLL.........」
食べ物の恨みは恐ろしい。もはや人を忘れたオグリさんは獣のように威嚇している。集計係がそれぞれが食べた物の計算を行っている間ずっとだ。本当に怖い。
タマ「.........あっ!集計結果が出たで!!!勝ったんはオグリンや!!!」
桜木「だろうね」
ルドルフ「うっ」バタッ
テイオー「か、カイチョー!!?」
結果を聞かされた瞬間。ルドルフはその場に倒れ伏した。そこまでヘルカイザーに寄せなくていいのに.........
唯一の救いはテイオーのヘル化は持続が短いところだ。びっくりするような事があれば直ぐに解除される。他二人と比べれば本当に可愛い物だ。
これで悲しい
桜木「.........えー。ここでCMの代わりに、リポーター休憩室の映像を映します。次の中継は学園内の出し物になります。チャンネルはそのまま」
ーーー
桜木「う、上手くいった〜.........」
何とか乗り切った。学生時代に演劇して置いて良かった。昔から思い込むのは得意分野だ。
あの大食い大会、俺を飛ばして理事長に話が行ったと言ったが、半分は嘘だ。その後相談を受け、しっかりと俺に通っている。
だが、人の目を引くのはいつだって人を不快にさせない、非常識なパフォーマンスだ。放送事故を装い、それを放送する事で注目を集める。
ネットで拡散され、次の放送事故を楽しみにして放送を見始める人間は必ず居る。次がないなんてありえない。だって俺だぞ?
桜木(それに.........マジで俺に話来てない企画ありそうなんだよなぁ.........)
あの理事長の事だ。絶対に現実にそれをやってくる可能性は充分ある。それにこれからどう対処していくのかが問題だ.........
そう思っていると、不意に休憩室の扉が開けられる。その方向を見ると、先程一芝居打ってくれたタキオンがそこに居た。
タキオン「やぁトレーナーくん。私の演技はどうだったかな?」
桜木「完璧だったよタキオン。本当に助かったわ。突然のハプニングもあったけど」
タキオン「あぁ、まさか白銀くんまで来るとは思わなかったねぇ」
白銀の乱入はまさかだった。何とか指摘せずに何とか演技できたが、本当に危なかった。
だが、おかげで日本史上最高の放送事故を起こせただろう。スマホでネットを確認してみたが、話題はやはり、ファン感謝祭配信についてだった。
桜木(うっし、この調子で.........頑張ってくか)
俺はそう思いながら、さりげなくタキオンが置いた薬に手を伸ばし、口の中へと流し込んで行った。
ーーー
マック「はぁ.........」
カウンターに両肘をつき、両手で顔を覆いながらため息を吐きました。その理由はただ一つ。いつも通り、私のトレーナーさんがハチャメチャな事をしでかしたからです。
「どうしたのマックイーン?ため息なんかついちゃって」
マック「パーマー.........彼がいつも通りの調子で、映っていただけですわ」
横から話しかけてきたのは、お客さんを呼び込む為に外に出ていたはずのパーマーでした。メジロ喫茶と書かれた看板の上に、両手と顎を乗せて私の話を聞き始めました。
パーマー「あー。マックイーンのトレーナーって大分変だからねー。でもそこが良いんでしょ?」
マック「良いって.........ま、まぁ別に悪いということもないですけど、やはり全国にあの姿を放送.........しかも、聞いた話によると録画も残すという話です。私のトレーナーとしてはもう少し真面目になって欲しいのですが.........」
パーマー「えー?あれくらいの方がマックイーンにも他の子にも良いと思うんだけど」
その言葉を、私は理解が出来ませんでした。アレが私達に取って良いと言うのは、一体どういうことなのでしょう?
そんな事が顔に現れていたのか、パーマーは私の顔を見て、静かに笑いました。
パーマー「そういう所だよ。昔だったらマックイーン、ずっとムスッとしてたじゃん」
マック「そ、そうでしょうか.........?」
パーマー「そうそう。メジロの誇りだ使命だって、一人で背負い込もうとしてさー」
ま、私はそれが嫌で一回家出したんだけど。と、頬を掻きながら苦笑いを浮かべるパーマー。
その時私はまだ幼かったのですが、記憶には鮮明に残っています。パーマーはライアンと共に、まだメジロ家に慣れない私と仲良くしてくださった人です。そんな人が急に居なくなってしまい、家の者を困らせたのも、よく覚えています。
パーマー「可愛かったなー。あの時マックイーン、私の顔みてわんわん泣いちゃって」
マック「わ、忘れてください!昔の話ですから!!!」
パーマー「へー。じゃ、今だったら泣かない?」
意地悪そうな表情で、パーマーはからかってきました。いつもの意地悪だと分かっていますのに、それを想像した時。私は少し悲しくなってしまいました。
大切な人が.........自分の身近で、居て当たり前だと思っていた人物が姿を消す。それはどんなに年齢を重ねても.........いえ、年齢を重ねたせいで、昔より心に来てしまいます。
マック「.........そういう冗談、嫌いです」
パーマー「アハハ、ごめんごめん!でもさ、マックイーンがトレセン学園入った時のままだったら多分、お好きにどうぞって言われてたと思うよ」
マック「そ、そんなこと!」
パーマー「言ってたよ。メジロの誇りや使命が命より大事なマックイーンのままだったら、それを果たせない私の事なんて、意にも介さない」
そう、強く彼女に断言され、私はそれ以上反論することは出来ませんでした。
そんなこと、私は絶対に言わない。けれどそれは、今の私。昔の.........トレーナーさんと出会う前の私のまま、力をつけていたら.........それに気付かされた時、先日彼に言われたことを思い出します。
『人格ってのは綱渡りみたいなもんで、何かあって踏み外しちまったら、もう別人みたくなっちまうものさ』
おふざけの中で出てきたあの言葉。きっと、私は綱渡りをしている最中に、背中を押され、落ちてしまったのでしょう。
そしてそこは、フラフラとバランスを保つ必要なく、自分を律し続ける必要も無い、ちゃんとした大地。どこまでも広がる地平と、素敵な方々が周りにいる場所.........
マック「.........そうですね、きっと。言っていたと思います」
パーマー「でしょ?」
マック「でも、今は違います。今度は勝手に居なくならないでくださいね?次もちゃんと、周りを困らせるくらいに泣きますから」
私がそう、力強く言うと、パーマーは一瞬びっくりしたような表情をしたあと、大きく笑い声を上げました。
パーマー「アハハハ!そっか、じゃあ今度から、お出かけする時はマックイーンにまず連絡するね」
マック「そ、そこまで言っていません!私は独占欲の強い夫ですか!!!」
パーマー「いやー強いでしょ、ライアンも呼ぶ?ちっちゃい頃のマックイーンの独占欲の強さ聞いたらすぐ頷くよ?」
そんなことを言われてしまっても、私は昔の思い出を振り返れば思い当たる節が沢山あります。反論することも出来ないほど、彼女達は私に付き合ってくださいました。
うぅ.........どうして他の人には優しいですのに、パーマーは私に対してそんなに意地悪なんですの.........?
マック「もう!パーマーはいつも意地悪です!」
パーマー「ごめんね?マックイーンが可愛いからつい.........」
全く、いつもいつもパーマーは私を弄んできます。そんな笑いながら謝られても、全然心に来ません。
そんな事を思っていても、私は結局、彼女の事を許してしまうのでしょう。彼女が家出をし、帰ってきた日の夜のように、どんなに怒っていても、最終的には許してしまう。
マック(.........あぁ、これも、好き。という感情なのですね.........)
そう思いながら、私は喫茶店の壁に付けられたモニターに目を移しました。そこに映されているのは、スマートファルコンさんが次のリポーターであるブルボンさんに催眠をかけている姿です。
どんなに突拍子の無いことも、非常識な事や異常事態を引き起こしたとしても、結局は彼を許してしまう。それもまた、一つの好きという感情なのだと悟ります。
パーマー「.........それでー?どうなの?トレーナーさんとはさ」
マック「!!?ど、どどど、どうとは?」
パーマー「あーうん。いいや、今の反応で大体分かっちゃったから」
マック「どういうことですか!!?私はまだ何も.........ちょっと!!!パーマー!!?」
彼女の肩に掴もうと手を伸ばしましたが、彼女の軽い身のこなしにより、ヒョイっと軽くそれを避けられ、その手は空を切りました。
看板を持ちながら、ニタニタとした笑みを浮かべつつ、声に出さずに口だけでガンバ、と。最近ヘリオスさんに教えてもらったという言葉を発しました。
カランカラン。扉に付けられた鈴の音が鳴り響いたあとの静寂、私は頭を抱えました。今更、それをからかわれる事には慣れています。 ですが.........
「マックイーンさんってもしかして.........」
「いや、私も実は前から.........」
マック「〜〜〜!パ〜マ〜.........!!!」
まだ周りにお客さんが居ることに、私も失念していました。もちろん、こちら側にも非はあります。しかし、分かっててあれをやるということは相当意地悪です。
次、次にあった時は今度こそ、絶対に許しません。人の恋路を邪魔する輩は〜などという言葉があります。邪魔をされた訳ではありませんが、私には私のペースというものが存在するのです.........!!!
桜木「えー皆さん、おまたせしました。学園内の中継準備が整いましたので、放送を再開致します」
「でも、こうして見るとちょっとかっこいいかも.........」
「確かに〜!」
うぅ.........懸念材料が、また一つ増えてしまいました.........そうなんです。彼は本当はとても魅力的な方なんです。普段の言動や行動が滅茶苦茶で隠れてしまっていますが、それに気付かれてしまえば.........
彼を取られないようにしなければ。そう、結果的に彼女に発破をかけられる形になりながらも、私は自分を奮い立たせました。
ふ、ファン感謝祭中、いえ、夏の間.........や、やっぱり今年中に.........
マック「.........はぁ」
そんな先延ばしに先延ばしを重ねる自分に悶々としながらも、今はやるべき事をしようと。彼の声に耳を傾けながら、紅茶の茶葉を補充し、ポットを沸かし直しました。
......To be continued