山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜   作:ギノっち@カマタラル

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T「トラブル転じて大成功と成す!」マック「まぁ、意味は伝わりますが......」

 

 

 

 

 

南坂「10秒後、カメラ回ります」

 

 

 

 撮影セットから一歩離れた所から指示を飛ばす南坂。俺はもう一度、目の前に置かれた台本の方に目を落とす。

 クソ、なんで俺がこんなことしなきゃ行けねぇんだ。それもこれも全部あの年中大殺界サブトレーナーのせいだ。

 カウントダウンの掛け声が消え、指を折ることでその秒数を知らされる。指が全て手の内に収まるのと同時に、カメラが回った。

 

 

沖野「えー、ここからは司会は変わりまして、私。沖野が努めさせていただきます」

 

 

沖野「桜木トレーナーですが、急遽トラブルの対応に追われてしまいまして、こういった形になってしまうことをご了承ください」

 

 

 本来であるならば、桜木がやるはずであったURAファイナルズの最新情報告知。心の中で溜息を吐きながら、俺はコーナーを紹介し続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三十分程前

 

 

桜木「ハァっ、ハァっ!」タッタッタッタッ

 

 

 息を乱しながら、トレセン学園の廊下を走り抜ける。普段であるならば注意する側の人間であるが、そんな事すら気にしていられないほど、この状況は切羽詰っていた。

 

 

黒津木「玲皇っ!行き過ぎだ!!保健室はここだっての!!」

 

 

桜木「うおっとと!!!」キキーッ!

 

 

 ダッシュから急ブレーキを掛け、慣性に抗いつつUターンしたその勢いで、俺は目の前の保健室の扉を大きく開けた。

 

 

桜木「タイシンっ!!!」

 

 

チケ「あああああ!!!桜木トレーナーさあああああん!!!」ダバー!

 

 

タイ「.........」

 

 

 保健室の中に入っていくと、そこには椅子に座るナリタタイシン。彼女の調子を見ているビワハヤヒデ。ただ立ち尽くして泣いているウイニングチケットの姿があった。

 

 

桜木「.........見た所によると、無事そうだな」

 

 

チケ「無事じゃないよおおおおお!!!」

 

 

桜木「ええい!!元はと言えばねぇ!!要件言わずに君がタイシンが〜タイシンが〜を繰り返したせいじゃない!!一体どうしたっていうの!!!」

 

 

白銀「玲皇、ママになってる」

 

 

 いっけね、そう思い片手で口元を抑える。最近ウマ娘に囲まれてて、せっかく治した女の子言葉が自然と出てきてしまう。

 そんなやり取りをしていると、不意に後ろからその問の答えが帰ってきた。

 

 

「声が出せないのよ」

 

 

桜木「っ!先輩!!?マジすか!!?」

 

 

安心沢「ええ、まぁ、喉を使わないようなボイストレーニングを受けてたとしても、プロでもないのに十曲以上休憩も挟まずに歌ったら、誰でもそうなるわよ」

 

 

 いつも通りの変質者.........ではなく、ファン感謝祭という日なだけあって、今日は普通の格好で出てきた安心沢先輩。

 保健室医の机に向かい、その椅子に座った先輩は、今のタイシンの状況から判断し、メモにペンを走らせた。

 

 

安心沢「正直、普通の声も出ないでしょう?」

 

 

タイ「.........」コクコク

 

 

安心沢「.........マスクに保湿剤挟んで、一週間は安静。優秀な人はいるけど、設備は無いからちゃんとした病院に後日行く事」

 

 

神威「マジかよ.........」

 

 

 静かになんともないように彼女は頷いたが、どことなく残念そうであった。どうやら、閉会式のサプライズライブも歌う気満々だったらしい。

 さて、どうしたものやら。今更何もやらないと言うのは有り得ない。トラブル続きのイベントの最後は必ず、期待に応えて予想を裏切らなければ拍子抜けしてしまう。

 白銀が取り出したマスクに赤ペンでバッテンを書く姿を見ながら、俺は必死に考えを張り巡らせた。

 

 

白銀「ほら、これで一々返事しなくて済む」

 

 

タイ「.........」

 

 

神威「ついでに首からフリップボードも下げてやろう」

 

 

 おいおい、至れり尽くせりじゃねぇか。対応完璧だなおい。タイシンも意外と満更じゃ無さそうだ。

 

 

チケ「.........ごめんねタイシン」

 

 

タイ「.........」...カキカキ

 

 

タイ[別に、アンコールに応えたのはアタシだし]

 

 

チケ「!!!タイシ〜〜〜ン!!!」ガバ!

 

 

タイ「!!!??」

 

 

 

黒津木「今、今目の前に、素敵な花園が.........」

 

 

桜木「やめろ。デジタルを呼ぼうとするんじゃない」

 

 

 すぐさま黒津木のスマホをとりあげ、増援の発動を無効にする。こんなところ見られれば次のコミケはチケタイの健全本が出されていたことだろう。二人のトレーナーに申し訳ない。

 

 

神威「けど、どうすんだ?お前サプライズ諦めてねぇんだろ?」

 

 

桜木「.........んんぅ」

 

 

 確かに、神威の言う通り今のところ諦めるという選択肢は俺の中には無い。だが、それはつまり、他の人を巻き込むという事だ。俺一人でできるならばまだしも、最後のライブは他の人の力が必要になる。

 その時、俺は背後に回ってくる白銀の気配に気付くことができなかった。それに気付いたのは、奴の類まれなる身体能力から繰り出されるチョップを後頭部に受けた時だった。

 

 

桜木「いっで!!!??」

 

 

白銀「バカ、素直になれよ」

 

 

桜木「は.........?」

 

 

 一発喰らわそうかと思い、振り返ってみると、そこには予想に反して真面目な顔をした白銀が立っていた。

 そしていつも通り、言葉の使い方がおかしいコイツの意図を汲み取れず、俺は疑問の声を漏らした。それを聞いて、やはりいつも通り、白銀はわざとらしいため息を吐く。

 

 

白銀「諦めらんねぇんだろ?捨てきれねぇんだろ?だったら頼れよ。テメェの目の前にいる三人は、知らねぇ道ですれ違っただけの仲か?」

 

 

桜木「.........翔也」

 

 

黒津木「今回ばかりは俺もコイツと同意見だ。どうなんだ玲皇。周りを巻き込む覚悟は出来てんのか?」

 

 

桜木「.........宗也」

 

 

神威「そうそう、まっ、出来てなかろうと、俺達はお前を勝手に引きずり回すぜ?」

 

 

桜木「.........誰」

 

 

神威「よし殺す」

 

 

 そこからはもう取っ組み合いの喧嘩が勃発する。保健室だとか関係ない。俺達は時と場所と場合をわきまえない健康優良不良少年だ。

 チケットが止めようと動き出すが、ハヤヒデに肩を抑えられ止めている。安心沢さんももう慣れたのか、呆れながら首を振るだけだ。でも、ようやく日常になった気がする。

 .........いや、違うな。

 

 

神威「テメェ!!!いつまで俺の影が薄いのをネタにする気だ!!?あぁ!!?」

 

 

桜木「.........ククク」

 

 

全員「.........?」

 

 

桜木「ハハハハハハ!!!」

 

 

 どうしようもないくらい、笑いが込み上げてくる。とめどないほど、大人としての体裁や仮面ではせき止められないほど、身体の奥底から溢れだしてくる。

 日常だ。どんなに欲しくっても、もう体験できないと思っていたあの日の日常。煽りあいや悪口が飛び交っていた、子供の頃の日常。

 自分達が最高だと、自分達以外は全て必要ないとすら感じていたあの日にまるで、戻ったようだった。

 

 

桜木「.........お前らはよぉ、そうやって人に火ぃつけんのがうめぇわ」

 

 

神威「はっ、鏡みてから言えよ」

 

 

黒津木「この集まり。誰から始まったと思ってんだよ」

 

 

白銀「ガキの頃からの腐れ縁。今の今まで捨てずにとっておいた火付け役のテメェだけには言われたくねぇわ」

 

 

 散々な言われようだ。それでも、それが心地よく感じるのはきっと、他でもない親友だからだろう。

 落ち込んでいる暇も、迷っている暇もない。俺は周りを巻き込む事に覚悟を決め、このファン感謝祭の成功のために動く。

 

 

桜木「.........頼む。俺のわがままに付き合ってくれねぇか?」

 

 

三人「やだ」

 

 

桜木「え」

 

 

白銀「なんでテメェの言う事聞かなきゃいけねぇの?俺らがしたいだけなんですけど」

 

 

 何言ってんだこいつは、というような顔でそう言ってのける白銀。そうだった。コイツら、俺とつるんでる時は自分勝手な奴だったんだ。

 だったら、言う事は一つだけだ。

 

 

桜木「勝手に着いてこい。俺と同じ景色が見てぇんだったらな」

 

 

神威「はっ、最初からそう言やよかったんだよ」

 

 

 そうだそうだ、このノリだ。このノリなら、いくらハチャメチャが押し寄せてきても、なんとでも出来る。現に俺は、波乱万丈をこれで何とか乗り越えてきたんだ。

 

 

ビワ「.........滅茶苦茶ではあるが、これが彼等の友情か」

 

 

チケ「うん!!とっても仲良しって感じだねー!!アタシ達も大人になったらあんな感じになるのかなー?」

 

 

タイ[アタシとハヤヒデはともかく、アンタは騒がしいからああなりそう]

 

 

 俺の後ろで楽しそうに談笑を始める三人。チケットの様子を見るに、もう心配事は無さそうだ。安心沢さんも、俺の様子を見て、微笑んだ顔を浮かべている。

 

 

桜木「と、いうわけだ。サプライズの件は任せとけ。悪かったなタイシン、君のトレーナーには後で俺から謝っとくから」

 

 

タイ「.........」

 

 

桜木「さっ!!時間も惜しい!!司会はとりあえず沖野さんに頼んどく!!カメラマンは東さんで良いだろ!!俺達はリハだ!!あと一時間しかねェ!!」

 

 

 拳と手のひらを打ち付け、身体に気合いを入れ直す。対策は打てる。練習時間も、昔の感覚を思い出す分はある。後は、成功するかどうかだ。

 そう思いながら、俺達はまた、保健室から出て廊下を走ってダンス室へと向かうのだった。

 

 

安心沢「.........本当、変わっちゃったわ。嵐みたいな人よ?今の貴方.........☆」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「んん.........閉会式ももう終わりですわね」ノビー

 

 

ゴルシ「お?なんだよマックイーン、ファン感謝祭は終わっちまうけど、これからゴルシ様感謝祭だぜ?疲れてる暇はねーぞ!!」

 

 

 グラウンドの中央に特設ステージが設けられ、そこからはたずなさんや理事長の閉会の言葉が響き渡ります。

 隣にいるゴールドシップさんのよく分からない言葉は無視します。どうせ、彼女への日頃の感謝を彼女に伝えるようなイベントですから。

 

 

タキオン「おや、こんなところに居たのかい?」

 

 

マック「タキオンさん?お疲れ様です。見事な博士役でしたわ」

 

 

カフェ「本当......悪いことしてそうな感じでした......」

 

 

ゴルシ「おっ!ウエスタンビールじゃねーか!」

 

 

カフェ「マンハッタンカフェです......」

 

 

 人混みを掻き分け、後ろからやってきたのは同じチームメイトのタキオンさんと、そのお友達であるカフェさんでした。タキオンさんとは正反対の彼女ですが、いいコンビだと思います。

 そう思っていると、先程まで静かに話していた理事長が、急に声を大きくし始めました。

 

 

理事長『注目ッ!!私の長い話もそろそろ生徒来場者共々飽きてきただろう!!そこで!!』

 

 

理事長『献上ッ!!今日という日にわざわざこのイベントを作り上げた者達!!そしてそれに参加した人々に対し!!サプライズを送ることで、私ッ、秋川やよいの閉会の言葉を締めくくる!!』

 

 

 そう言って、ステージから降りていく理事長と共に、辺りからはあかりが消えていきます。一体これから、何が始まるのでしょうか.........?

 

 

マック「.........?今、弦の音のようなものが.........?」

 

 

タキオン「ドラムの音も聞こえたねぇ.........」

 

 

カフェ「では、先程ライブをした......タイシンさん達では.........?」

 

 

ゴルシ「おー!!また天体観測が聞けんのかー!!?楽しみだぜー!!」

 

 

 隣でテンションがMAXになったゴールドシップさんは、その両手をバッと上に上げました。そういえば、先程のライブが終わった後も酷く感銘を受けていた様子でした。

 ですが、私自身、楽しみにしているのも事実です。またあのような歌声が聞けるなんて.........

 しかし、ステージはその後明るくなる事はなく、遂に音が流れ始めました。

 

 

タキオン「.........機材トラブルでもあったのだろうか?」

 

 

ゴルシ「あん?んだよー!!アタシはこれだけを楽しみにマグロ漁船からレーダー引っこ抜いてきたってのによー!!」

 

 

マック「まだ始まったばかりです。タイシンさん達の演出による可能性も.........あら?」

 

 

 その時、私は彼女の、ゴールドシップさんの顔を見ながらそう言っていたのですが、視界の端に見覚えのある顔がありました。本来であるならば、ステージにいるべきはずの方々。

 しかも、そのうち一人はマスクにバッテンと、まるで喋れない事を暗示しているかのような状態です。い、一体何が.........?

 ですが、それも一瞬にして解決されました。ギターの音がなった瞬間。その音を出す人にスポットが当てられたのです。

 

 

タキオン「えぇー!!?え、えっ!!えぇ.........!!?」

 

 

カフェ「.........驚きすぎでは?」

 

 

タキオン「驚くだろ!!?だって、あれ、黒津木くんじゃないか!!?」

 

 

ゴルシ「アタシこの曲知ってんぞ!!確か[アカシア]だろ!!バンプの!!」

 

 

 もう既に、ステージの上に誰がいるのかは想像が着きます。そして、それを知った上で、呆れや不安は無く、むしろ得体の知れない高揚感が体の内から湧き上がります。

 ゴールドシップさん、タキオンさん。カフェさんも、そのステージにいる誰かを知りつつも、その目をステージに釘付けにさせます。

 

 

ゴルシ「っっ!!!おい!!!アレ!!!白銀だよな!!?ドラム叩けんのかよ!!!すっっっげー!!!」ギューピョンピョン!

 

 

マック「ひゃあ!!?だ、抱きつくか跳ねるかどちらかにしてくださいませんか!!?」

 

 

カフェ「!司書さんです.........ベース、弾けたんですね.........!」

 

 

 ギターのリフが一つ奏でられる事に、一人にスポットライトが当てられます。しかし、真ん中の、センターにはまだ明かりは付けられていません。ここまで来れば、誰が来るのかなんて、分かっているはずですのに.........少し、寂しくなります。

 けれど、彼はしっかりと、その歌声と共に、光に照らされました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「透明よりも、綺麗なあの輝きを、確かめに行こう」

 

 

「そうやって、始まったんだよ。たまに忘れるほど強い理由」

 

 

 初めてそれに触れた時、俺は確かに、それに色や形を感じた。それ以外の何物でもないと、信じて疑わなかった。

 そう邁進して進んだ結果、それはまやかしだった。歩く道の先を少し塞がれただけで、見えなくなり、それは壊れた。結局それはその正体でもなんでもなかった。

 だから俺は、それがなんなのか、余計に知りたくなった。

 

 

 最初は、ただの憧れでした。人づてに聞いた話、記録に綴られた言葉や姿。おばあ様の姿。それを現代にもう一度、再現することこそが、私の使命であると。信じて疑いませんでした。

 けれど、深く考えれば考えるほど、それが本当に、自分がしたかったことなのか、分からなくなったのです。同じ事をすることが果たして、私の夢だったのか。

 

 

「冷たい雨に、濡れる時は足音比べ、騒ぎながら行こう」

 

 

「太陽の代わりに唄を、君と、僕と、世界の声で」

 

 

 それが壊れた時、一緒に壊れそうになった。まるで、冷たい雨に打たれたように、身体は冷え込んで行った。

 それでも、完全に死ぬまでには行かなかった。アイツらのおかげで、何とか心は生きていたんだ。人の声が、俺を生かしてくれたんだ。

 

 

 思えば、彼と出会ってからは騒がしい日しかありませんでした。どこで何をしていたって、気が休まらないほどの日常。

 けれど.........それが、たまらなく心地よかった。私が勝手に背負っている荷物を、彼は勝手に持つのです。メジロとしての誇りも、使命も、そう。勝手に.........

 

 

「いつか君を見つけた時に」

 

 

「君に僕も見つけてもらったんだな」

 

 

 君に初めて出会ったのは、ここに来て三週間目の時だった。他の新人はもうほとんど担当を持っていたのに、俺だけまだ誰かを見る覚悟が出来ていなかった。

 そんな時、君と出会った。遠目で見た時、武器とも言える才能が、中心となっていなかった君に、あの日、7着だった君に、俺は.........

 

 

 彼と初めて会ったのは、選抜レースを明けた次の日、レースの結果を練習不足と決めつけた私を、彼は優しく指導し、一緒に悩んでくれさえしてくれた。

 体調管理でさえままならず、倒れてしまった私を介抱までしてくれた。どうしようもないほど優しい貴方に、そう、あの日から変わらず、優しい貴方に、私は.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 惚れていたんだな(ですね).........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今、目を合わせれば笑うだけさ、言葉の外側で」

 

 

桜木「...!.........♪」ニカッ

 

 

マック「!.........♪」フフ

 

 

「ゴールはきっとまだだけど、もう死ぬまで、居たい場所に居る」

 

 

『メジロマックイーンです』

 

 

 そう言葉が出てしまったあの日。俺の全てが、何かに決められたレールから外れたように思えた。

 居るべき場所じゃない。そこは、俺の居場所なんかじゃない。けれど、そこは確かに、俺にとって心地の良い場所で、離れ難く、そして俺が居たい場所だった。

 

 

『断言出来るよ。君は大化けする。人々の視線を持って行くレベルまで』

 

 

 その言葉が聞こえた時、私を縛り付ける、何かが少しだけ、緩んだような気がした。

 どんなに結果が悪くても、彼はその目で見て、そう伝えてくれた。それは、おふざけやお世辞でも無いことは、その真剣な眼差しが物語ってくれた。

 だからきっと、私の事をどこまでも許してくれそうな彼の隣が、私の居たい場所だった。

 

 

「隣で、君の傍で、魂がここがいいと叫ぶ」

 

 

『貴方にはありますか?一心同体になる覚悟が』

 

 

 月明かりに照らされた保健室。そこで俺は覚悟を決めた。彼女と共に歩む事を。彼女の心の隣に、俺の心を置く事を。

 

 

『一着で待ってる』

 

 

 薄暗い多少の照明がある地下バ道。そこで彼はいつも決まって、この言葉を私にくれる。それが何より心地好くて、どんなトレーニングや、実績より自信をくれる。

 

 

「泣いたり笑ったりする時、君の命が揺れる時」

 

 

 思い起こされるのは、彼女の笑っている顔。初めて会った時に感じた、身の丈に合わない気高すぎる意志と、メジロとしてのプライド。そんなものを感じさせない彼女の笑顔が、何よりも好きだ。

 

 

 思い起こされるのは、彼が涙を流した保健室。仮面が外れ、本来の彼自身の姿を初めて見たあの日。なれないなりにも、大人として、そして、周りと同じく頼れるトレーナーとして頑張ってきた彼の本心。それに触れた時、名前を付けていなかった好きという感情が一層、強くなった気がします。

 

 

「誰より」

 

 

 そう。誰よりも近い、貴方の隣で。

 

 

「特等席で」

 

 

 そう。君の姿がよく見える、特等席で。

 

 

「僕も同じように」

 

 

 息をしていたい.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古賀「.........」

 

 

 目の前にあるステージを中心にして、観客達は皆、桜木のパフォーマンスに熱狂している。かく言う俺も、年甲斐もなく、身体の熱を高ぶらせている。

 

 

沖野「すげぇな、アイツ」

 

 

東條「本当、どんなトラブル起こしても、結局成功させちゃうんだから」

 

 

 後方から聞こえてくる見知った声に振り向いてみると、沖野、東條。そして東と南坂。桐生院もその場に居た。

 

 

古賀「おら、お前さんらもこっち来て見ろ。次が始まるぞ?」

 

 

南坂「いやー。桜木さんの歌は今日聞きましたけど、ライブとなるとやはり迫力が違いますね」

 

 

桐生院「そうですね!一緒にカラオケに行った時を思い出します!」

 

 

 楽しそうな表情でステージを見ながら、彼女は言った。俺も視線をステージに戻し、桜木の姿を見る。

 

 

古賀(.........人って、変わるもんだな)

 

 

 俺が奴さんをトレーナーに誘ったのは、内に秘める熱さを感じ、それを信じたからだ。だが、それを見せたのはあのレース場っきりで、その後色々教えていた時は、あまりそれを感じなかった。

 懸念材料は有った。トレーナーになっても、それを表に出せなければ、アイツは人々の中に埋もれる。実績を残せたとしても、この場を去っていただろう。

 .........だがそれでも、俺とやよいちゃんは、アイツを信じた。

 

 

やよい『断固ッ!!いくら古賀トレーナーの頼みであろうとも!!この男を我がトレセン学園に受からせる訳には行かない!!』

 

 

古賀『そこを何とかしてくれないか?な?俺が取ったトロフィー全部やよいちゃんに譲ったっても良いからさ』

 

 

やよい『.........いやッ!!トレーナー試験でトレーナー規則問題を、基礎問題以外全滅しているものをトレーナーとして扱うわけには.........』

 

 

 それを聞いた時、俺は笑っちまったよ。勉強しとけっつっといたのに、アイツ。トレーナーとしての義務や責任を一切勉強してきやがらなかった。

 

 

古賀『.........それでも、アイツの身体の動きに対する情熱は、誰にも負けていない。トレーニング法の問題。見たのか?』

 

 

やよい『否定ッ!!だがそれを見た所で合格点には.........』

 

 

古賀『良いから、見てくれよ』

 

 

 理事長室の机の上に置かれた紙束。その上の一枚を捲り、下の紙を見る。ちらりと見えたが、やよいちゃんの手に持っている捲った方の紙は、俺も学生時代取ったことがない点数が書かれていた。

 

 

やよい『.........これは』

 

 

 ありえない点数が書かれていた用紙を離し、その答案用紙を両手で掴みあげる。それを見た瞬間、徐々に目を見開いて行き、隅々まで目を通していく。

 

 

やよい『.........質問ッ!!彼に一体どのような教育を施したのだ!!古賀トレーナー!!』

 

 

古賀『ウマ娘との付き合い方』

 

 

やよい『追求ッ!!そんなことでは無い!!それだけでは.........こ、この難問を全て解決出来る訳ないだろう!!』

 

 

 彼女は怒りにも似た、驚愕の表情を俺に向け、その答案用紙を、来客用のテーブルに叩き付けた。

 俺自身、アイツの身体の動きに関する知識は買っていた。だが、それを見せられた時は流石に驚いた。なんせ、全問正解していたのだから。

 

 

古賀『.........アイツの知識は人間用だ。ウマ娘にそれが全て通用するかは、定かじゃあない』

 

 

古賀『だが、だからこそ。ウマ娘という、俺達トレーナー。増してや彼女たちですら得体の知れない存在を解き明かすに相応しい男だと、俺は思っている』

 

 

やよい『.........』

 

 

古賀『.........賭けてみねぇか?やよいちゃん。自分のなるべき物のルールもわかんねぇバカに、俺達。トレセン学園の未来を』

 

 

古賀(.........まさか、ここまで変えちまうとはな)

 

 

 過去の回想を終え、周りに居るトレーナー達の姿を、視線だけ動かして見る。少し前まで、奴さんを[トレーナーもどき]だの、[素人野郎]だの言っていた奴はもう居ない。

 

 

「桜木ー!次はウルフルズ歌ってくれー!!」

 

 

「いーや!!ここはアジカンだろー!!」

 

 

「間をとってサカナクション歌えー!!」

 

 

「「なんで!!?」」

 

 

 向かい風すら追い風に変えちまう。アイツの起こすトラブルはいつだって、こうしてアイツの背中を押す力に変わっていくんだ。

 そう思いながら、俺は桜木の姿を見ていた。

 

 

東「.........アイツ、そういや元気してっかな?」

 

 

東條「え?.........ああ、多分大丈夫よ。案外海外のファッションスタイルとか楽しんでそうじゃない?」

 

 

沖野「えぇ?嫌ですよ俺?海外かぶれになって帰ってくんの。ただでさえ強面なんですから.........」

 

 

 俺の隣で急に、東から話が始まる。そういえば、コイツらも四人組で、研修生の時はいつもつるんでたなぁ.........

 沖野達四人組の一人、そいつは今、海外出張って事で、アメリカのトレセン学園支部でトレーナーを育てている。レース文化は日本より長いが、あちらさんはよそから多くの事を取り入れる。あの中で一番真面目で柔軟性もある奴に、白羽の矢が立った訳だ。

 

 

沖野「それにしても、5年かぁ.........」

 

 

東條「電話もしてないわね、そういえば」

 

 

東「そろそろ帰ってくるんじゃないか?理事長も4、5年前くらいで帰ってくるって言ってたし」

 

 

 四人、というのは何とも奇妙な数字だ。何かをやるにはうってつけの人数。少なすぎず、多すぎもしない。心から信頼の出来る仲間が居れば、離れていても、その繋がりを感じることが出来る。

 

 

南坂「その人がどのような人かは分かりませんけど、今帰ってきたらきっと驚くでしょうね」

 

 

桐生院「ですね!!」

 

 

古賀「カッカッカッ!!違いねぇな!!」

 

 

桜木「南坂さーーーん!!!」

 

 

南坂「うぇ!!?」

 

 

 懐かしい顔を思い出し、談笑に浸っている最中。突然ステージの方から声が聞こえてくる。しかもそれは、ここにいる南坂を呼ぶ声だった。

 流石の南坂も、これにはびっくり。素っ頓狂な声を出して驚いていた。

 

 

桜木「ちょっと喉キツいんで俺の代わりに一曲歌って!!!得意でしょ[さあ]!!!」

 

 

南坂「えぇ!!?い、いや!!!アレは学生時代に調子良い時に歌えてただけで!!!今歌えるかは.........」

 

 

沖野「ハハ!いいから行け、よっ!!!」バシン!!!

 

 

南坂「あいた!!?」

 

 

 前に出る事を渋る南坂の背中を叩いて送り出す沖野。どういう曲は分からねぇが、まぁ難しいんだろうな。

 心配しなくても、ここにいる連中はもう盛り上がりゃなんでも良くなってんだ。どこをどう間違えたって気にする連中は一人として居ない。

 

 

古賀「行ってこいよ。俺達はここで待ってるからよ」

 

 

桐生院「南坂さんのギター!楽しみです!!」

 

 

東「という訳だ。腹括って行け」

 

 

 俺達の言葉を聞いて、覚悟が決まったのか、その足で南坂はステージへと上がって行った。桜木からギターを貰い、ストラップを肩に掛ける。なんだ、結構様になってんじゃねぇか。

 

 

古賀「.........今夜は、全員いい夢が見られそうだな」

 

 

東條「そうですね.........明日からまた、いつもの日常の始まりです」

 

 

沖野「大変ではあったが、こうして振り返ってみると、今年の感謝祭は楽しかったなぁ」

 

 

 この時間が終わりを告げようとしている。それに少し、名残惜しさを感じつつも、俺達はそのステージを見守っていた。南坂のギターも歌声も、普通に良く聞こえてくる。

 周りのトレーナー。ウマ娘。そして観客達を大いに巻き込みながら、今年のファン感謝祭は無事。終わりを告げた。

 

 

 

 

 

  ......To be continued.........?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「いよいよ、か」

 

 

 チームメイトは居ないミーティングルーム。そこで俺は、カレンダーを見ながらそう呟いた。

 4月26日。その日は、奇跡を起こした三冠バ。トウカイテイオーと、うちのチームのエースであるマックイーンが直接対決する、春の天皇賞が開催される。

 

 

桜木「.........ああ、お前。日本に来るのは初めてだから分かんねぇか」

 

 

「.........知っているさ。それくらい」

 

 

 目の前の長机でレポートを黙々と書いて行く海外から来た研修生の男。そのぶっきらぼうな返しに苦笑いを浮かべつつも、俺はターフの上に居る彼女を思い出していた。

 

 

「.........勝てるのか?お前は」

 

 

桜木「さあな、俺だったら負けてるよ」

 

 

 その俺の言葉に静かに反応しつつも、男からの返事は無かった。時間の無駄だったかと言うように、先程よりその心持ちを残念にしながらペンを走らせている。

 

 

桜木「.........けどな」

 

 

「.........?」

 

 

桜木「あの子は勝つぞ。俺はそう、感じている」

 

 

 俺は、先の見えないことは信じない。何故なら裏切られた時、ショックを受けるからだ。そして、勝つとも思わない。それは結局、俺の思い込みに過ぎないからだ。

 けれど、確かに感じている。勝利の予感を。これまでの努力をどれだけ引き出せるかが鍵だ。

 .........そう。俺はその自分の感じた直感を、他の誰でもない。未来とか経験とかでもない。それを、煌めく時を待っているこの王冠を、信じているだけだ。

 

 

桜木「見とけよ。[世界の門]に挑戦する前に、この日本で起こる頂上決戦をな」

 

 

「.........」

 

 

 身体の底から湧き上がる強い何か。今までにないこの感覚は、まだ正体が掴めていない。それでも、それが悪いものでは無いことは分かっていた。

 高ぶる心と、決戦前夜。それを胸に、俺は最後の、不安要素を潰して行った。

 

 

 

 

 

次回 山あり谷ありウマ娘

 

 

 天皇賞頂上決戦篇。

 

 

 

 

  ......To be continued

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