山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜   作:ギノっち@カマタラル

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理事長「紹介ッ!海外出張から帰ってきたトレーナー及び、研修生だ!!」T「なん...だと...?」

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 広い広い草原の上。どこまでも行けそうで、どこにも行きたくない気持ちにさせる程の涼やかな風が頬をそっと撫ぜた。

 

 

「諦めなさい」

 

 

桜木「は.........?」

 

 

 唐突に頭に響いた声。それは、女性の声であった。まるで、全てを包み込む聖母。異常なのは、それが声だけで伝わってきたという事だ。

 数瞬遅れて、疑問に思う。諦めるとは、一体どういうことだろう?気が付けば草原の風は心地良さを失い、突風と雨風の予感を鼻腔で感じ取る。

 

 

「それが、世界にとっての最善なのです」

 

 

桜木「世界って.........なんだよ.........?」

 

 

 徐々に虚ろになっていく視界。その世界。ぶらりと揺れる目に映る世界に自分の体を支えようと手を伸ばす。

 だが、その手は何も掴めなかった。まるで、今の自分には、支えられる何かが無いとでも言うように.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四月の風が温かさを帯び始める中頃。この季節になると、本州の方で生活している俺は若干の眠さを感じ始める。

 

 

桜木「おはようございま〜す.........」

 

 

桐生院「おはようございます!桜木さん!」

 

 

 新人トレーナー達が集まる職員室の扉を開け、欠伸を噛み殺しながら挨拶すると、俺の隣のデスクに座っている桐生院さんが元気よく挨拶を返してくれる。この子は本当、いつも元気だな.........

 

 

桐生院「桜木さん、今朝理事長から集会があるって来ましたよ」

 

 

桜木「今朝って.........今8時半だよ?桐生院さん何時から居るの?」

 

 

桐生院「7時にはもうここに座ってました!」

 

 

 なんて人だ。朝弱い俺とまるで正反対じゃないか.........若さって羨ましい.........まぁ、一個か二個下くらいだと思うけど、そう思えるほど彼女から感じるバイタリティは若々しいのだ。

 

 

桜木「.........それじゃあ、午後の授業は集会になるんすね」

 

 

桐生院「そうなりますね。今度は一体何が始まるんでしょう?」

 

 

 純粋にキラキラとした目で先を予想し始める彼女を見た俺は、もう自分には無い物を見ている感覚に陥る。

 いや、確実に無いな。俺はもうあの権力ヤクザロリっ子理事長の突発的な集会はトラウマでしかない。また俺に何か押し付けてくるんじゃないかと今からビクビクしている。

 

 

桜木「.........何も無い事を祈るしかない、か」

 

 

桐生院「?」

 

 

 呟いた言葉に祈りを込めながら、俺は職員室でやる事を済ませ、いつも通り自分のチームルームへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 そして迎えた午後の集会。トレセン学園は普通の学校と同じように、座学や大抵の体育等、一般常識を学ぶ為の時間割がある。

 だが、レースに参加する者、そして今回の様に理事長の突然の思い付きによる集会で、単位が取れない場合も多い。

 大学と同じようなカリキュラムのシステム故、最短で中等部は三年。高等部も三年で卒業出来るようになっているが、まだ設立されてそれをした子は居ないらしい。

 

 

桜木(最低単位取れりゃ何年居ても大丈夫らしいけど、こう集会が多いとめんどっちいよなぁ)

 

 

「おい」

 

 

桜木「.........はい?」

 

 

 唐突に隣から声を掛けられる。その声には少々嫌悪感が感じ取れる為、俺は嫌々ながらそれに返事をし、視線を向けた。

 

 

ナリブ「なぜアンタが私の隣なんだ」

 

 

桜木「知らんよ。また理事長のわがままでしょ」

 

 

 本来であれば、クラスでまとまって座っているウマ娘と、トレーナーでまとまって座っている者。しかしこの場においては何故か、そこから離れた所に二人まとめてパイプ椅子に座らされている。

 当たって欲しくない予感はいつも当たるものだ。ブっさんのため息を聴きながら、俺も心の中で文句を垂れ流す。

 

 

桜木「それにしてもブっさんよぉ」

 

 

ナリブ「その呼び方はやめろと言ってるだろう」

 

 

桜木「今日何やるか聞いてる?生徒会なんしょ?」

 

 

ナリブ「全く.........そんな話は聞いていない。第一、生徒会が関わる集会なら会長もエアグルーヴもクラスから外れているだろう」

 

 

 これまた不機嫌そうに顎で指し示すブっさん。その先を見ると、高等部クラスの列に並び、着席している二人が見えた。そう考えると、前もって無茶振りを覚悟する事が出来ないと悟ってしまう。

 そして遂に覚悟の瞬間がやってくる。理事長がステージの上に上がったからだ。また何か無茶振りを振られるかもしれない。その恐怖が俺の身を縮み込ませる。

 

 

やよい「宣言ッ!!これより、特別集会を行う!!礼ッ!!」

 

 

 その一言に合わせ、生徒トレーナー共々席に座りながら、頭を垂れる。三秒ほど下げた後、合図もなく一斉に頭を上げる。

 憂鬱だ。死刑宣告なら早くしてくれ。俺は早く楽になりたい.........

 

 

やよい「皆に集まってもらったのは他でもないッ!!先日、海外へ出張に出ていた我が学園のトレーナーが帰国した為だ!!」

 

 

桜木(はぇー。海外にもトレーナー派遣するんすねぇ)

 

 

 いつか俺にも下されそうな出向ではある.........いや待てよ。まさか入れ替わりで行け。なんて言われないだろうな?怖くなってきた.........

 

 

やよい「登壇ッ!!今回はそのトレーナーを紹介しようと思う!!懐かしいと感じる者も、新しく顔を見る者も是非!!仲良くしてやって欲しい!!」

 

 

桜木(一体どんな.........うわ)

 

 

 そのトレーナー。男がステージの階段を上がっていく。その時は別に何も感じなかった。 唯一思ったのはカッコイイ服着てるなー。という感じだった。

 だが、彼が正面を向いた時に度肝を抜かれた。上着のチャック全開は別にいい。俺も普段からそうしてる。だが中に何も着てない。どうして?その屈強に鍛え上げられた肉体を見せつけたいのか?これが分からない。

 

 

「紹介に預かった、黒沼だ。5年前まではここでトレーナーとして職務を全うしていたが、出張で今までアメリカの方に行っていた」

 

 

桜木(こ、怖ぇ〜.........)

 

 

 強面の容姿に低い声。男らしいと言えば聞こえはいいが、正直とてもトレーナーには見えない。誓って殺しとかはしなそうだが、それでも怖い。

 

 

桜木(黒沼さんだってよ、知ってるか?)

 

 

ナリブ(ああ、だが昔はもっと普通の感じだったぞ)

 

 

黒沼「そこォッ!!!」

 

 

二人「!!?」

 

 

 片手にマイクを持ち、空いている方の手で俺達を勢いよく指を差す黒沼さん。恐らく私語を咎めてきたのだろう。見かけ通り、かなり厳しめな人だ。

 

 

黒沼「人が喋っている時に私語を挟むな」

 

 

ナリブ(.........アンタのせいで怒られたぞ)

 

 

桜木(ごめんなしゃい.........)

 

 

 これは完全に俺が悪い。ごめんよブっさん。でも近くにいたお前が悪い(ガードベント)

 そんなこんなで、黒沼トレーナーのありがたいお話は進行を進める。アメリカで学んだことや、新しいことに挑戦する事。

 そして、俺が最も共感する部分。精神は、肉体を超えることが出来るということ。彼のその信念を聞いたお陰で、俺は彼に対する苦手意識は既に無くなっていた。

 

 

黒沼「以上で、俺からの話は終わりにしたい。だが、ここにいる皆にもう一人。俺から紹介したい奴がいる。俺が出張していたデトロイトトレセン支部でやる気のある奴だ」

 

 

桜木(へー。海外にもトレセンってあるんだ.........)

 

 

 今度は怒られないよう、一人心の中で言葉を零す。流石に心の中にまで指摘はされないだろう。タキオンやマックイーンと違って。

 だけど.........デトロイトか。懐かしいな。あそこに行ったのももう一年も前になるのか。いやはや、時が過ぎるのも早いものだ。当時はいい思い出とは言えなかったが、今思えば、いい経験ができたと思う。

 

 

桜木(元気にしてっかな。パールさん達)

 

 

黒沼「上がってこい。自己紹介もしてくれ」

 

 

「.........初めまして」

 

 

 目を瞑りながら、過去の回想に浸る。なんか隣から少し脇腹を押される感覚があるが、今俺は思い出に花を咲かせているのだ。邪魔しないで欲しい。

 

 

「デトロイトから来ました。日本に来るのは初めてで、とても緊張しております」

 

 

 それにしても、悠長な日本語だな。きっとここに来るまでに勉強してきたのだろう。全く違和感を感じない。姿はまだ見てないが、きっと真面目な―――

 姿も見ず、勝手な憶測で判断していると、不意に隣から強い衝撃を感じ、横にぶっ飛ばされる。 2mほど先にあった壁に背中を打ち付けてから、俺は思考を張り巡らせた。

 誰?ブっさん。何故?分からん。どうした?全然分からん。

 

 

アキネイター「もしかして。ジャガー(けものフレンズ)」

 

 

桜木(お前は誰だ?)

 

 

 どうやら頭に強い衝撃を受けたせいでよく分からない存在が頭に入り込んだらしい。ここから出ていけ。

 だが、奴のお陰でだいぶ正気に戻ってきた。俺はぶっ飛ばしてきたブっさんの方を見て怒ろうと思ったが、様子が明らかにおかしい。

 顔は青ざめ、身体は怯えるように小刻みに震えている。周りの人達も何事かと言うように俺達の方を見ている。一体どうしたというのだ?

 

 

桜木「あ、あはは.........すいません。持病のバカが発作しました.........」

 

 

全員「.........はぁ」

 

 

 なんでだ、なんでそれで納得したように全員ため息を吐いたんだ。俺が何をしたって言うんだ?流石に自分から壁に激突する程変態じゃない。どちらかと言えば人からやられるのが好きだ()

 頭を抑えながら椅子をもどし、ブっさんの隣に座る。一体どうしたと言うのだ。

 

 

桜木(びっくりしたわ.........どうしたのよいきなり)

 

 

 そう小声で聞いても、ブっさんは答えない。言葉を発しない。代わりにその人差し指を、ステージの方へと静かに伸ばした。仕方なく、俺はそちらの方向へと視線を送る。

 

 

桜木「.........」

 

 

桜木(.........)

 

 

桜木「()」

 

 

 絶句も絶句。それはもう大絶句だった。マイクを手に持ち、流暢に日本語を話す外国人の姿を見て、俺もブっさんと同じように、身体を恐怖で強ばらせた。

 

 

「.........申し遅れました。私、デトロイトから来ました。リッティン・シュナイダーと申します」

 

 

 その名に覚えはない。そして、それだと言うのにそれが嘘だと言うことがすぐに理解出来る。目の前にいる男はリッティンなんかでは無い。そいつは.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(こ、殺し屋来ちゃったァァァァァ.........!!!?????)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう。俺がデトロイトで対峙した、ニコロ・エバンスであった。

 

 

ニコロ「実は、私にはトレセン学園の知り合いが二人います。それは、ミスター桜木と、ナリタブライアンです」

 

 

ニコロ「彼らの存在が無ければ、今私はこの場にいません。なので、私は彼らに感謝したいです」

 

 

 いやいやいやいや!!?要らないんですけど!!?こっちは久々にお前の顔みて生きた心地しないんですけど!!?

 あれ、おかしいな.........別れ際は結構普通に話せてたのに、しばらく経つと耐性なくなっちゃってるな。

 

 

桜木(.........どうするよブっさん)

 

 

ナリブ←いやいやというジェスチャーを静かに、だが必死にした後に、お前だけ行けと指を差す

 

 

桜木(そんな殺生な!!?)

 

 

 何だこの子。あまりのストレスに喋れなくなっとるやんけ。おもしろ(脳死)いや全くおもしろくないが?(手のひらくるくる)こいつ何言っちゃってる訳?(おめぇだよ)

 やばい。精神が二つに別れ始めてる.........俺も相当ストレスが掛かってるってことか.........

 

 

やよい「招致ッ!!ナリタブライアンと桜木トレーナーは登壇してくれ!!」

 

 

ナリブ「今、私は人生で一番身体が動かない.........」

 

 

桜木「ブっさん。それが鬱だ。一つ大人になったな」

 

 

 俺も重い腰を何とか上げ、無限に続いて欲しいとすら思うステージへと上がる階段を昇る。本当に無限に続いて欲しい。ケツワープとかしないから。お願いします。

 そんなふざけたことを思いつつも、ステージへと上がり、あの元殺し屋。ニコロ・エバンスと再び向き合う。あの時のような威圧感こそ感じないものの、正直怖い。

 

 

ニコロ「.........久しぶりだな。ミスター桜木」

 

 

桜木「.........おう。頑張ってんだな。正直ここで会うとは思ってなかったぜ。ニ―――」

 

 

ニコロ「.........」ニコ

 

 

桜木「.........リット」

 

 

 彼の名を口にしようとした瞬間。命の危機を感じた俺は、何とか留まり、奴が口にした名前をあだ名にして呼んだ。

 なんだアレ、ただ笑っただけなのになんでこんな怖いんだ。お前実はあれだろ。俺の事を抹殺しに来たんだろ?ターミネーターなんだろ?

 

 

桜木「ま、まぁ、ここで学べる事は多いぞ。なんせ中央のトレセン学園だ。トレーナーウマ娘共に優秀な人材が揃っている。頑張れよ」

 

 

桜木「俺からこのくらいだ。ブっさんは?」

 

 

ナリブ「体調が悪い。立っているだけでやっとなんだ。何も言えん」

 

 

 本当に具合が悪そうだ。心做しかげっそりとしている気がする。あのブっさんが。まぁ、それも仕方が無いだろう。俺も今は多少マシになったとは言え、やはり辛いものを感じる。

 .........だが、それでも、ここまで来た奴に対して、俺は少なからず、嫌な気持ちは抱いていない。

 身体が先か、心が先か、或いは同じ速度で答えを出したのかは、自分でも定かではない。それでも俺は、目の前の男に対して、手を差し出していた。あの日、コイツの伸ばした手を、思わず掴んでしまったように。

 

 

桜木「俺が言うのも変なんだが」

 

 

ニコロ「.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ。お前の夢が見つかる。日本のトレセン学園へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニコロ「.........ふっ、変わらないな。貴様は」

 

 

 呆れたような、それでいて、どこか嬉しそうな顔でそういう奴も、あの日と同じ様に、俺の伸ばした手を、しっかりと掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「と、言うわけで。今日からデトロイト帰るまでニコが俺のチームでサブトレーナーとして配属された!よろしくぅ!」

 

 

全員「ちょっと待って(ください)!!!」

 

 

 あの理事長が急遽開いた集会から一時間ほどたった、学園のグラウンド。トレーナーさんから、今日はここに集まる様に言われて来てみれば、そんな事を言われました。

 いえ、別にいいのです。彼がそういう所で突拍子もないのはいつもの事ですから、気にしていません。気にしているのは、その彼の隣でペコリと頭を下げる男性の存在です。

 

 

マック「あ、貴方いま!!ニコと言いませんでしたか!!?つ、つまりそれって.........」

 

 

桜木「あー.........ほら、ニコッとした笑顔が素敵だろ?つまりそういうことだ」

 

 

マック「どういうことですの!!?」

 

 

タキオン「マックイーンくん.........私は頭が痛くなってきた.........今日のトレーニングは休ませてもらうよ.........」

 

 

ウララ「えー!!?ダメだよタキオンさん!!ウララと一緒にデビュー出来ないよ!!」

 

 

 彼の隣に居る男性。それは先程の集会でナリタブライアンさんの様子を見る限り、明らかに彼から聞いていた、元ヒットマンの方です。元とはいえ、以前命を狙われていた方にどうしてそう、易々と隣に置けますの?

 

 

デジ「ひょわー.........元本職の方なんですね.........つ、つかぬ事お聞きしますけど、武術の方とかって.........」

 

 

ニコロ「シューティングだ。日本では確か、しゅうと?と呼ばれているらしい。日本の有名プロレスラーが設立した格闘技だ」

 

 

デジ「うわーお!!デジたんも知らないくらいマイナーなお陰で真実味がありますねぇ!!」

 

 

 どうやら彼女は先の質問で、彼が本物だと理解した様です。興奮と恐怖で変な反応を見せていますが、そのうち収まるでしょう。いつもの事です。

 

 

桜木「プロレスならマックイーンも出来るぞ」

 

 

マック「話を振らないでください!!」

 

 

ニコロ「ミスター桜木。俺はもしや嫌われているのか?」

 

 

桜木「当たり前だろ。俺は殺されかけたんだぞお前に」

 

 

 目の前でコミカルなやり取りを見せるお二人。私も何だか頭が痛くなってきました.........もうツッコミを入れる気力もありません.........

 そんな話の終わりを感じ取ったのか、トレーナーさんは瞬時に雰囲気を切りかえ、トレーニングを見る顔へと切り替わりを見せます。

 

 

桜木「よし、今日のトレーニングについて話すぞ。まずライス」

 

 

ライス「!は、はひ!」

 

 

桜木「この前の皐月賞は惜しかったな。けど、課題点も見えてきた。今日からは以前のマックイーンと同じように、スタミナを重点的にトレーニングしてもらう」

 

 

 そう言いながら、彼はライスさんに対して、前回の皐月賞の敗因と、その改善案を話し始めました。どうやら、彼は彼女の事を生粋のステイヤーだと感じているようです。

 

 

桜木「ブルボン。皐月賞一着おめでとう。目標に一歩前進したけど、油断するなよ」

 

 

ブルボン「はい。マスター。トレーニングのプログラムをお願いします」

 

 

桜木「確かに中距離は走れるようになってきた。それでもやっぱり得意な子と比べれば荒はある。完全に体を慣らす為に、今日から東さんと黒沼さんに指導をお願いしてある。仲良くしろよ」

 

 

 その言葉を聞いて、ブルボンさんは耳をピンと一瞬張ったあと、直ぐに返事を返していました。トレーニングに他のトレーナーの方を付けるのは初めての試みですが、彼女は楽しみにしているように思えます。

 

 

桜木「タキオン、お前はデビューが近い。スピードスタミナ共に及第点ではあるが、サボり癖が祟って調子がガタつくと走りもガタつく。本気で走らなくていいから今日から流す程度に.........」

 

 

タキオン「分かっているよトレーナーくん。走れば良いんだろ?全く、私はウマ娘だよ?走らないなら一体何をすると言うんだい」

 

 

桜木「今日から流す程度に死ぬ気で走れ」

 

 

タキオン「.........???」

 

 

 彼の話を遮ったせいで、怒りをぶつけられるタキオンさん。まぁ、普段からトレーニングを休みがちでしたし、この反応は仕方ありません。身から出た錆。自業自得です。

 

 

桜木「ウララ!!」

 

 

ウララ「はーい!!」

 

 

桜木「さっき俺が皆に言ったこと!!復唱!!」

 

 

ウララ「うぇー!!?えっと、えっと.........ライスちゃんはスタミナ!!ブルボンちゃんは、他のトレーナーのところ!!タキオンちゃんは走る!!」

 

 

桜木「ようし。レースに関する集中力が着いてきたな。今日はいつも通り、身体をめいいっぱい動かして、気になるもの全部追いかけるんだ。外に出たっていい」

 

 

ウララ「ええ!!?良いのー!!?やったー!!!」

 

 

 ピョンピョンと飛び跳ねながら、その嬉しさを身体全体で表現するウララさん。このチームを癒す存在です。是非メジロ家に住んで欲しいくらいです。頑張れば人参で来てくれるでしょうか?

 

 

桜木「最後にマックイーン」

 

 

マック「っ!はい」

 

 

桜木「この前渡した超重量の蹄鉄を付けて、ウララについて行ってくれ」

 

 

マック「.........え?そ、それだけですか?」

 

 

桜木「ああ」

 

 

 彼はそれだけ言って、その顔を私から背けました。以前まででしたら、こんな事一度も無かったのですが.........一体、どういう風の吹き回しでしょう?

 流石にその意図を聞こうとした時、彼は思い出したようにあっ、と声を上げ、もう一度私の方へと向きました。

 

 

桜木「そうだ、今自然体で走るフォームは完成されてるから、それが本当に自分に合っているのか考えてくれ」

 

 

マック「え、あっ.........はい」

 

 

桜木「ようし。俺はここに居るから、困ったら呼んでくれ。各自しっかりトレーニングすること!解散ッ!!」

 

 

 皆さんの意識を切り替える為、その両手を叩き、空気を振動させます。それが伝わったのか、皆さんはそれぞれ言われた事をやる為に動き始めました。

 私も彼に言われた通り、ウララさんの傍で、彼女の動向を見守ります。

 

 

ウララ「よろしくね!!マックイーンちゃん!!」

 

 

マック「え、ええ.........よろしくお願い致します。ウララさん」

 

 

 彼の意図を掴みきれないまま、私は目の前で蝶を追いかけ始めたウララさんとはぐれないよう、併走を始めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニコロ「.........見なくて良かったのか?トレーニング」

 

 

 学園のグラウンドの整備された芝の上。風が吹けば、まるで波のように波紋の広がりを見せる緑の海に腰を下ろした。

 コイツの言う事も最もだ。トレーナーである人間がトレーニングを見ないというのは、仕事をしていないと言われても仕方ない。だが、これが俺のやり方だ。

 

 

桜木「俺は、学生時代の役割はその後の人生の歩き方の勉強だと思っている」

 

 

桜木「組織で生きていても、自分で考えて行動し、その場の状況でどう判断するかが大切だ。俺はあの子達に、その判断力をつけて欲しいと思っている」

 

 

ニコロ「.........だが、あの芦毛のウマ娘は少々いたたまれなかったぞ」

 

 

 腕を組みながら、俺をその目で睨みつける元ヒットマン。やめたとはいえ、その気迫はやはり凄まじいものを感じる。

 とはいっても、今のマックイーンにしてやれることはひとつも無い。彼女に今必要なのは、心の底から生まれた、自然に対する疑問なのだ。

 

 

桜木「.........お前さんには、俺のトレーニング法を教える必要があるな」

 

 

 頬を撫でる風に、少々寂しさを感じながらも、俺はそこから立ち上がる。背中を張り、伸びをしながら大きな欠伸を零す。

 ストレッチをしながら、自分の中にある仮説を引っ張り出す。正直、これが正しいとはまだ言えない。だが現に、マックイーンは既にその論理の三分の一を体得している。不安はあるが、疑いはない

 

 

桜木「良いか、日々生きる俺達人間の動きは、野生だった頃に比べて無駄が多すぎる」

 

 

桜木「その無駄は習慣、食事、睡眠、全てが影響している。身体を動かす上で無駄は完全に邪魔な物だ。だからまず、無駄を取っ払う」

 

 

ニコロ「.........」

 

 

 口元に手を当て、俺の仮説をゆっくりと噛み砕くニコロ。だが、理解にはまだ程遠い。俺自身、机上の空論だと思っていたものだ。彼女がいなければきっと、そのまま終わっていた。

 

 

桜木「自然体で走る。無駄な体力消費を無くし、最小限で走る事が出来る。勿論、体に負担もそうかからんから怪我の確率も低い」

 

 

桜木「そしてその状態で全力疾走ができるようになる。これが第一段階。今マックイーン.........芦毛の子が居る段階だ」

 

 

 昨年の春の天皇賞。この技術のおかげで勝てたようなものだ。先行で逃げに圧力を掛け、後方とっては遅いタイミングで仕掛ける事によって、温存した体力でレースを踏破する。

 正に、長距離を走る彼女にとっては天から与えられたスタミナだと言っても過言ではない。だが、初めてあった時はそれをフルに扱うにはまだ、彼女は気を張りすぎる節があった。

 

 

桜木「そして今言った次の段階。なぜ、そう走らなければ行けないのかを考え、自分で答えを出すこと」

 

 

桜木「今の走り方が答えでも、答えじゃなくてもいい。誰かに言われてとかじゃなく、しっかり自分で納得した走りになれば、何があっても自分の走り方を疑うことは無い」

 

 

桜木「.........絶対勝てるという自信を持ったあの子は、強いぞ?」

 

 

ニコロ「.........!そうか」

 

 

 俺の言う事に納得したのか、ニコロはようやくしかめ面から、いつもの仏頂面へと戻った。その顔はどこか、安心したようにも見える。

 正直、走り方じゃなくてもいい。何故走るのか、なんで走らなければならないのか、その心の持ち方を確かにするだけで、第二段階はいい方向に向くと思っている。

 精神は肉体を超えられる。今日聞いたその言葉が、俺の行動を強く肯定してくれている。

 

 

桜木「.........次の天皇賞ももうすぐだ。急ピッチでやっていくぞ」

 

 

 二週間後に控えた大決戦。その日までの時間は残り少ない。俺の切り札が、奇跡を起こしたテイオーにどれだけ通用するのか、楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

ウララ「お魚さーん!!待て待てー!!」

 

 

 バシャバシャと音を立て、トレセン学園のジャージを全て濡らしていくような勢いで川の中を楽しそうに進むウララさんを見ながら、ぼんやりと考えを巡らせます。

 今の走り方。それが果たして本当に自分に合っているのか。そんな事、分かるわけもありません。彼と作りあげたこの走りが、間違いなわけがありません。

 

 

マック(腕をもう少し強く.........?いえ、それでは身体から上手く力が抜けないわね.........)

 

 

ウララ「マックイーンちゃん!!」

 

 

マック「!!?ど、どうしましたか?ウララさん?」

 

 

ウララ「なんだか、怖い顔してるよ??」

 

 

 気付けば彼女は、魚を追いかける事を止め、ズボンの裾から水を垂らしながら私の顔を覗き込んでいました。

 先程の私の顔を真似しているのでしょうか?眉間に力強くシワを作る姿が、大変愛おしいです。

 

 

マック「フフ、ごめんなさい。ちょっと考え事を.........」

 

 

マック「.........ウララさんは、何故。走るのですか?」

 

 

ウララ「えー?楽しいから??」

 

 

 その答えは、概ね予想通りのものでした。彼女にとって走るという事は、心の底から楽しいもの。それは、普段のトレーニングを見ていても、よく分かることです。

 現に、ここに来るまでの間も、追いかけるものをころころと変えながらも、その方法は全て走るだけ。回り込んだり、追い込んだりではなく、ただその背に向かって駆けて行く。

 ふと、自分は何のために走っているのだろうと、答えが出ないとわかりつつも、何となく考えてしまいます。

 今までは、メジロの為。おばあ様の為に、この身を、レースに投じてきました。昨年の天皇賞の時だって、その思いは変わらなかったはずです。

 

 

ウララ「.........?マックイーンちゃんは走るの楽しくないの?」

 

 

マック「え?も、勿論楽しいですわ!でなければあんな.........」

 

 

 .........あんなに、自分の身を削り、倒れながらも、鍛錬することは無い。けれどそれを言ってしまえば、今までの私を否定することに繋がります。

 メジロの使命。誇りに掛けた誓い。おばあ様への憧れ。そのどれをとっても、楽しいとは程遠い、自分に課した義務の様なもの。

 

 

マック(.........私にとって、走るとは一体。なんなのでしょう.........?)

 

 

 これが彼の思惑か、それとも、私が勝手に嵌ってしまっただけなのか、定かではありません。ですが私はここに来て、自分がどうして走るのかという理由を、見失ってしまうのでした。

 

 

 

 

 

  ......To be continued

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