山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜   作:ギノっち@カマタラル

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新しい平和な日々の出来事

 

 

 

 

 

マック「はぁっ、はぁっ!」

 

 

 放課後のチャイムが鳴り響く夕方のグラウンド。既に冬は終わったとは言え、まだ夏の感触は感じられない薄暗さが、空を覆います。

 何故走るのか、何故、走らなければならないのか。それを見失い、不安に駆られた私はこうして一人。誰も居ないトレーニングコースで、走り込みをしていました。

 

 

マック(どうしましょう.........もう天皇賞まで、残り少ないのに.........!!)

 

 

 天皇賞には、テイオーが出る。あの三冠を取った、奇跡を起こした、トウカイテイオーが。もし今のまま戦えば、勝てないかもしれない。その不安が更に、私の自己満足のトレーニングに拍車をかけます。

 

 

マック(もう一度.........!!?)

 

 

 もう一度、今度は姿勢を少し逸らして.........そう思い、三歩ほど走り出そうとすると、不意に身体のバランスが崩れました。どうやら、地面の凹凸に気づくことが出来なかったようです。

 ですが、身体は地面に当たることなく、一人で立つには有り得ない傾きから、体勢を戻されました。

 

 

「よう」

 

 

マック「っ、トレーナーさん.........すみません、また勝手な自主トレを.........」

 

 

 私のお腹辺りを、その手で支えて。何とか体勢を戻して下さったのは、トレーナーさんその人でした。

 変な人です。トレーニングが始まる頃はあんな素っ気ない感じでしたのに.........なんだか今日は、彼にいつも以上に振り回されている気がします。

 

 

桜木「構わないさ。不安なんだろ?」

 

 

マック「ですが.........」

 

 

桜木「大丈夫。マックイーンはもう自分が倒れるまでしないって分かるし、今は俺が着いてる.........今度はちゃんと、倒れる前に支えられただろ?」

 

 

マック「.........!」

 

 

 彼はそう、満足そうな顔で、優しい笑顔でそう言いました。その姿にまた、胸が締め付けられる。それでいて、どこか悪くない気持ちになってしまいます。

 私は彼の前で二度、倒れています。それも、意識を失い、支えられた後は、自分の足で立っていられないほどのオーバーワークをしていました。

 あの頃から考えれば、私も、そしてトレーナーさんも、成長したのかも知れません。

 

 

マック「.........トレーナーさん」

 

 

桜木「.........?」

 

 

マック「私は、テイオーに勝てるのでしょうか.........?」

 

 

 彼の前で思わず、不安を口にしてしまいます。そんなつもりなど、毛頭なかったのに。どうやら思っていた以上に、追い詰められてしまっていたようです。

 ですが、彼は何も言ってはくれません。静かに、それでいて、真剣な眼差しで私の目をじっと、離さず見つめてきます。

 

 

桜木「.........さぁな、先の事は、誰にも分からない」

 

 

マック「っ.........」

 

 

桜木「だからこそ、考えるんだ。俺達にはそれしか出来ない代わりに、それが出来る、この地球に居る唯一の生物だ。だから、最後まで悩んでみろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後まで悩み抜いて、[奇跡(テイオー)を超えて]見せろ、マックイーン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........!」

 

 

 その言葉には、何よりも信頼が込められていました。私ならば、きっと乗り越えられるという信頼。彼にそう、言われたのならば、私も応えざるを得ません。

 それがメジロとしての.........彼と共に歩んできた、メジロマックイーンとしての果たすべき.........誓いなのです。

 

 

マック「.........分かりました。きっと超えてみせます。彼女が起こした奇跡を、きっと.........!!!」

 

 

 私はそう、彼に言いました。今はこれ以上、弱気な姿を見せる訳には行きません。

 トレーニングコースの端に座る彼の存在に支えながら、私は空が暗くなるまで走り込みを続けました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニコロ「.........」

 

 

神威「.........」ペラ

 

 

 日本のトレセン学園、そこはアメリカにあるそれと同等、いや、それ以上の設備が取り揃えられている。正直、ここまでとは驚いた。

 俺は今、資料室の一つであるビデオルームで、とあるレースの記録を観察している。俺の夢に現れた、門にゆかりのあるレースだ。隣には、この学園のデータの番人とも呼ばれている男が居る。

 

 

ニコロ「.........なぁ、このウマ娘は―――」

 

 

神威「アレッジド。アメリカ生まれのアイルランドで活躍したウマ娘で競走成績は10戦9勝。今見てるやつの翌年の凱旋門賞も連覇してる」ペラ

 

 

ニコロ「.........」

 

 

 本を読みながらも、映像資料に目を向けずに今先頭を走っているウマ娘の名と、その戦績を語る。この男の頭にはきっと、ここにある資料全てが頭に入っているのだろう。

 

 

ニコロ「やはり、記憶力が鍵か......」

 

 

神威「?んなもん必要ないだろ。やりゃ覚える。覚えたら忘れないようにするだけだぞ」

 

 

ニコロ「.........それが出来れば苦労はしないだろ」

 

 

 さも当然と言うように、目の前にいる男はそう言ってのける。桜木と言い、この神威創という男と言い、日本のトレセン学園には規格外が多すぎる。

 俺は隣にいる男に、ある種の恐怖を覚えながらもビデオを巻き戻そうとリモコンを手に取った。その時、突然。入口のドアが勢いよく開け放たれた。

 

 

「おいっ!!玲皇から聞いたけど殺し屋来てんだってェ!!?」

 

 

ニコロ「」

 

 

神威「うっせーなそうだよ!!翔也やめろ刺激すんな!!殺されんぞ!!」

 

 

白銀「うるせェッッ!!!お前を今すぐこの場で屠ってやらァ!!!創がッッ!!!」

 

 

神威「んで俺なんだよォォォォッッッ!!!!!」

 

 

 目の前に現れた二人の男。うち片方は俺の方を指差し、宣戦布告とも取れる発言をする。どうやら俺の正体がバレてしまっているらしい。

 所属していた組織はあの後壊滅した為、身の危険は無くなったが、ゴタゴタに巻き込まれるのは面倒だ.........この場で始末してしまった方が.........

 そう思っていた時、不意に肩に手を載せられる。その方向を見ると、部屋に入ってきたもう一人の男の方だった。

 

 

「do you like nattou?」

 

 

ニコロ「no」

 

 

「oh......sorry,I kill you」

 

 

ニコロ「.........?」

 

 

 何故だ。なぜ目の前の男は俺を殺そうとしている?ダメだ、全く訳が分からない。一体俺はどこに来てしまったんだ?お前は一体何者なんだ?

 

 

白銀「テメェ宗也ッッ!!!抜けがけしてんじゃねっぞ!!!俺がぶっ殺すんだからテメェ引っ込んでろ!!!スクラップにすんぞォ!!!」

 

 

神威「かっくいい!!!惚れちゃいそうだぜ世界ランカー!!!」

 

 

黒津木「I am the bone of my sword」

 

 

三人「なんて?」

 

 

 なんなんだ本当にこの白衣を着た男は、文法がめちゃくちゃじゃないか。全く意味がわからない。

 そしていつの間にか目の前では俺をそっちのけで取っ組み合いの喧嘩が始まってしまった。アメリカでも見た事ないぞ、このレベルの大人の喧嘩は.........

 

 

ニコロ(.........夢への足取りは、また今度調べるか.........)

 

 

 そっとビデオルームを抜け出した俺は、そう思いながら廊下を歩く。途中にこやかな事務員の女性とすれ違ったが、ビデオルームに入って行ったのを見かけたが、俺はそれ以上関わり合いたくないため、その場を直ぐに去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「最近、変な夢を見るんです」

 

 

ゴルシ「ほえー。なんでアタシに言うんだよ」

 

 

 昼過ぎ頃のターフの上で座りながら、アタシはおっちゃんと将棋を打ってた。おっちゃんはルールも知らないど素人だけど、案外楽しめた矢先に、急にそんな話を振られた。

 いや、アタシはお医者さんじゃねーから。なんでそんなこと言われなきゃいけねーんだよ。純粋にただ怖ーよ。

 

 

桜木「だってなんか宗也含めた三人たづなさんにダートに埋められてるし、そもそも安心沢先輩はそこら辺専門外だし」

 

 

ゴルシ「いや、それでも仕方ねーなってなんねーけど?」

 

 

 何したんだよ黒津木のおっちゃん。そのうちほんとにトレセン学園首になっちまうぞ.........

 とまぁ、あのアタシが本心から心配するレベルで、おっちゃんを含めたイツメンはマジで頭がおかしい。正直ボケに回ってる暇なんてねーんだよな。

 

 

桜木「で、どうなんですか先生」

 

 

ゴルシ「いや、先生じゃねーから、普通に精神科に行った方がいいんじゃねーの?」

 

 

ゴルシ「.........特に、アンタに諦めろっつってくるんだ。アタシにどうこうできる問題じゃない.........っての」パチン

 

 

桜木「.........あれ、もしかして詰み?」

 

 

 おっちゃんの大将のコマを、これ以上動かせない位置に追いやった。全く。一人将棋詰めてる所に対面座ってくるなんてなかなか肝が座ってるぜ!

 

 

ゴルシ「さー帰った帰った!アタシはテイオーとこれから友情トレーニングすんだ!!敵国レグルスにくれてやる塩はひとつまみもねーぜ!!」

 

 

桜木「ちぇっ、あわよくば沖野さんの作戦を盗み聞いてやろうと思ってたのに.........」

 

 

ゴルシ「マックイーンが聞いてたら泣いてるぞ.........」

 

 

 全く。油断も隙もありゃしねーぜ!!このトレーナーは!!勝てりゃいいのかよ!!そういう所が良いんだけどな!!

 .........でも、あのおっちゃんが相談してきたんだ。割と追い詰められてんのかもしんねー。正直アタシにどうにかできる問題じゃねーけど、一応相談してみるか.........

 

 

ゴルシ「えっと.........あったあった!これをウマフォンに差し込んで.........」

 

 

 アタシは収納ケース型将棋盤を開けて、中にある物の一つを取り出して、ウマフォンに差し込む。

 そうすると、画面は一度暗転してから立ち上がり、アタシにとって見知った画面に切り替わる。

 そういえばあのアプリどうなってんだろ.........?じいちゃんに相談する前に開いてみっか!!

 

 

ゴルシ「.........あれ、サ終してやがる.........嘘だろ......?アタシ、このゲームに三分も費やしたのに.........」

 

 

 貴重なアタシの三分を費やしたゲームが終わってる.........まだチュートリアルもやってねーのに.........

 ショックのあまり、アタシはウマフォンを将棋盤の中に詰め込んでふて寝した。そしてテイオーとの並走があるまで、アタシは夢の中でアナコンダが掘った土の中で映画を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 ほのかな温かさが照りつける太陽を避けるように、木の葉で作られた影に身を置き、そしてその幹を背もたれにして体を投げ出す。

 ゴールドシップに追い払われた姿を見られれば、ふて寝だと思われるだろう。実際、半分はそれだ。

 少し涼し気な風が身体にあたり、故郷の北海道を思い出し、少しだけ。感傷に浸る。

 誰にも、何も言わずに飛び出したあの日よりかは、自分は大人になったのだろうか?或いは、あの日に少しだけ、戻れたのだろうか?そんな答えの出ない問答をしていた。

 

 

黒沼「.........こんな所にいたのか、桜木」

 

 

桜木「あぇ?ああ、どうもっす」

 

 

 眠らない程度に閉じていたまぶた。若干太陽の光を感じていたが、その光を遮る様に、黒沼トレーナーが姿を見せた。最初は怖い声だと思っていたが、こうして聞いてみると、落ち着いてくる。

 

 

黒沼「まだ昼だ。職務怠慢と言わざるを得んな」

 

 

桜木「はは、ぐうの音も出ませんね。ブルボンの様子はどうです?」

 

 

黒沼「.........中々いい脚を持っている。東に聞いたが、あの娘は元々、スプリンターだったそうだな」

 

 

 それを聞いて、俺は久々に思い出した。あの子がまだ、違うトレーナーの元にいた頃を。

 スプリンター。短い距離を、短い時間で、流星の如く走る存在。彼女の脚も、流星になれる素質があった。

 だが彼女が望んだのは三冠。どんな近道よりも、人よりも遠く、険しい道程を彼女は自ら望んでいた。

 

 

桜木「.........人は、忘れる生き物です」

 

 

桜木「数ある流れ星の名前なんて覚えてない。けれど、何度も地球圏の近くを通る彗星の名前は、ずっと覚えているもんなんですよ」

 

 

黒沼「.........そうか。ミホノブルボンは、彗星か.........」

 

 

 その言葉は、いつもの周りの反応とは違い、俺を肯定してくれている物だった。きっとこの人も、俺と同じことを、ブルボンに対して思ってくれているはずだ。

 けれど、黒沼さんは先程までの優しい雰囲気を一変させ、厳しい空気を俺に浴びせ始める。

 

 

黒沼「お前のトレーニング方法は今までに無いほど革新的だ。だが、あれを放置するのはどういう了見だ」

 

 

ウララ「あっ!ちょうちょー!!待て待てー!!」

 

 

ライス「えぇー!!?う、ウララちゃん!並走中だよー!!?」

 

 

 そう指を差す先には、並走中にも関わらず、蝶に気を取られてコースをはずれるウララの姿があった。

 確かに、傍から見ればあれは欠点だ。トレーナーであるならば、誰がどう見ようと、それはそれにほかならない。

 だけど、彼女の強みは[そこ]にある。見方を変えればそれは、強い武器になることだってある。

 

 

桜木「黒沼さん。例えば仕事に集中している時、部屋の明るさがいつもより少し暗かったり、温度が少しだけ変わっている事に気付きますか?」

 

 

黒沼「.........どういう意味だ?」

 

 

桜木「.........気付くんですよ。ウララは」

 

 

 ウララは良く周りに、集中力が無いと言われる。確かに俺も最初はそう思っていた。彼女の集中力を高める事が、勝ちに繋がる物だと。

 だが、それは少し違った。確かに集中力は高くなったが、以前とは変わらない。気になるものがあれば、ウララは追いかけてしまう。

 

 

桜木「どんな些細な事でも気付くんです。いつもと違えば、例え集中していたとしても彼女は気付く。そう―――」

 

 

ウララ「そういえばライスちゃん!!今日いつもより!!こう.........ぐわー!!って強い感じだったよね!!」

 

 

ライス「う、うん!!ライス、長い距離を走るのが得意かもって、お兄さまに言われたから.........その、マックイーンさんの真似をしたんだ.........!」

 

 

桜木「.........他の娘の、些細な変化とかにもね」

 

 

 彼女は決して、集中力が無い訳では無い。彼女は、気付く力が強すぎるのだ。知識がない分、それは今レースに活かす事は出来ないが、それさえ身に付けば彼女は勝つことが出来る。

 .........まぁ、あまり速くは無いが、それでもビリを獲る回数はぐっと減るだろう。幸い自信はいつも満々だ。メンタルケアももちろんするが、そこまで手を焼くことは無いと思う。

 

 

桜木「.........っと言う訳なんで、俺はここで見守りを―――」

 

 

黒沼「ダメだ。お前がしっかりしないことで迷惑を被る奴もいる。自覚を持て」

 

 

桜木「相変わらず手厳しい.........はいはい。桜木さんもしっかりトレーナーしますよっと」

 

 

黒沼「.........全く、なんなんだアイツは」

 

 

 

 

 

 ―――ようやく奴はその重い腰を上げ、木陰から陽の光を身体に浴びせた。こんなやる気のないトレーナーは今までで初めてだ。

 

 

黒沼(.........だが、実力は本物だな)

 

 

 奴の観察眼。間違いない。そこら辺に居る、いや。ここに居るトレーナーより一歩も二歩も先を見据えている。でなければ、スプリンターであるミホノブルボンに三冠を取らせようなどとは思わない。

 

 

「どうだ?うちのサブトレーナーは」

 

 

黒沼「.........沖野か」

 

 

沖野「おう。久々の日本の空気はどうだ?」

 

 

黒沼「ここは平和でいい。身の危険を感じずに居れるからな」

 

 

沖野「おいおい.........あっちで一体何があったんだよ.........」

 

 

 ウララの方へと歩いていった桜木を見送っていると、背後から沖野に声をかけられる。この顔も声も、五年ぶりだ。

 

 

黒沼「.........正直、今はまだ熱意を感じられん。あの男が本当にG1を獲ったのか?」

 

 

沖野「.........今は、感じられねぇだろうさ。だけど二週間後。きっとそれがお前にも分かる」

 

 

黒沼「.........天皇賞か」

 

 

 俺は視線を沖野から、ウララ達の方にいる桜木に移す。先程まで手ぶらだったはずだが、いつの間にやら虫あみや虫かごを携え、蝶を真剣に追いかける奴の姿があった。

 奴は優秀だ。それは認めよう、だがそれでも、今の俺には目に映る奴の姿が、勝負に向いている奴の姿ではない。

 

 

沖野「ああ、担当を信じきった時のアイツは、強いぞ」

 

 

黒沼「.........!」

 

 

 俺は、そう断言する沖野を見て驚いた。普段ウマ娘にしか目がないという程、人に関してはあまり関心がないコイツが、ここまで言うんだ。それはきっと、本当なのだろう。

 

 

沖野「まっ、お前の前でやる気がなさそうに見えんのは、もしかして父親だと思われてんじゃねぇか?」

 

 

黒沼「バカを言うな。俺はまだ二十代だ」

 

 

沖野「見た目や声の感じからして、俺からも歳上に見えちまうからな」

 

 

 どこか面白そうに俺を見る沖野に、俺はささやかな抵抗として鼻息を立てる。だが、少々反抗的な息子を持つ親はきっと、こういう気持ちなのだろう。

 いつか見れる、奴の本気を楽しみにしながら、俺は学園の中へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故、ウマ娘は走るのでしょうか?

 

 

 自分の為?人の為?

 

 

 自分の栄光の為?それとも、他人の期待の為?

 

 

 そんな考えがぐるぐると、行き場のない。ゴールのない問いを続けながら、私はそのコースを走り続けます。それでも、答えなど一向に分からないまま、まるで、灯もない道をひたすら進んでいるかのようにさえ思えてきます。

 

 

マック(っ、これではテイオーには到底.........!)

 

 

「ちょっといいかしら.........?」

 

 

 勝てない。そう心が決めつけてしまう直前。不意に後ろから声を掛けられました。振り向いてみると、そこには沖野トレーナーが担当するチーム[スピカ]。サイレンススズカさんが立っていました。

 

 

マック「スズカさん.........?私に何か.........」

 

 

スズカ「ここじゃなんだから、少し離れましょう?」

 

 

マック「.........?はい」

 

 

 彼女はしっかりしているようで、どことなく掴めない感じがします。トレーナーさんとはまた違う、純粋にふわふわしている感じです。

 私は彼女の意図が掴めないまま、そのままその後ろを着いていきます。トレーニングコースから外れ、良くトレーナーさんが休んでいる木の幹へと連れてこられます。

 

 

スズカ「喉、乾いてない?」

 

 

マック「お、お気遣いありがとうございます。喉は大丈夫ですわ」

 

 

スズカ「そう、誰かの背中を追い掛けるなんてあまり無かったけど、悪くないわね」

 

 

 その彼女の言葉から察するに、偶然私の傍に居て声を掛けた。ということでは無いようです。どこかの場面で私を見て、追いかけてきた.........ということでしょうか?

 木陰に座り始めたスズカさんを見て、私もその隣に座ります。どこか、安心感と言いますか、張り詰めた空気が肺から抜けていく感覚がありました。

 

 

スズカ「.........何か、悩んでる?」

 

 

マック「っ.........なぜ、そう思ったのですか?」

 

 

スズカ「だって、マックイーン。最近なんだか考え詰めてるようだったから.........違った?」

 

 

 どこか抜けているようで、どこが鋭い。メリハリが効いている、とでも言うのでしょうか?他の人から指摘されるより、なんだか衝撃が強かった気がします。

 言うべきか、言わないべきか、そんな考えを頭に過ぎらせていると、彼女は私の顔をのぞき込み、その瞳で私を見ました。何故か彼女には、言った方が良い。そんな考えが頭を巡りました。

 

 

マック「.........実は」

 

 

 私は、彼女に話しました。彼に言われた事。自分の走りが合っているかという事。それを考えている内に、なぜ走っているのか、わからなくなってしまった事。

 聞いている間、スズカさんは真剣に私の話に耳を傾けてくださいました。

 

 

スズカ「そう、そんなことが.........」

 

 

マック「自分でも、分かっています。こんな大切な時期に、考えるべきことではないと.........」

 

 

スズカ「ううん、きっとそれは、貴方にとって、そしてあの人にとって、大切なことだと思うわ」

 

 

 微笑みを私に向け、木から広がる葉の外側。青い空が広がる先へと目を向け始めた彼女。その姿は、今の私にとって、どこか達観したように見えました。

 

 

スズカ「私もね。どう走ればいいんだろう?って、悩んでた時期があったの」

 

 

マック「スズカさんが.........?」

 

 

スズカ「ええ。貴方達と同じ時期にチームに入ったでしょ?あの時。私は色んな人に言われたの」

 

 

スズカ「[大逃げなんて賭けみたいな事せずに、セオリー通りに走れ].........って」

 

 

 そんなことを言われていたなんて、今まで知りませんでした。私の知っているスズカさんはずっと、レースの先頭に立って、それを譲ることなくゴールへと向かう。

 正に、我が道をゆくという言葉がふさわしいほど、彼女の走りは、彼女の全てを形成しているものだと思っていました。

 

 

マック「そ、それで.........?どうしたのですか?」

 

 

スズカ「もちろん。その通りにしたわ。けどね?何だか身体に力が入らなくなったの」

 

 

スズカ「走ってて楽しくない。レースで一着になれない.........ああ、私。何の為にここにいるんだろう.........って。その時はずっと思ってた」

 

 

スズカ「だけど、ある人が言ってくれたの」

 

 

 楽しそうな表情で。それでいて何かを思いついたように彼女はハッとし、私の方を向きました。突然の事でしたので、私はびっくりして、少し身を引きました。

 ですが、彼女はその引いた分を積めるように私に向かって体を前に倒します。一体、何を言われるのでしょうか.........?

 

 

スズカ「1+1が2になるのはなんでだと思う?」

 

 

マック「え、えぇ!!?」

 

 

 唐突な問いに、頭が混乱します。しかも、算数.........いえ、何故ということは証明問題ですから、数学に該当するでしょう.........うぅ、苦手な分野ですが、このメジロマックイーン!完璧に答えてみせますわ!!

 

 

マック「.........コホン、一本の指を出して、もう片方の手で一本の指を出します。これをふたつ合わせると.........どうですか!!?2になりますわ!!」

 

 

スズカ「ふふっ、マックイーンは考えるより体を動かした方が良いわね♪」

 

 

マック「な、えぇ!!?」

 

 

 な、何故ですか!!!私はちゃんと証明して見せましたわ!!!だって、1が2つあったら2に.........あら?そもそも、1とは?2って一体.........?

 ますます訳が分からなくなってきた私に対して、スズカさんは静かに笑いを漏らします。私がこんなに困っているというのに.........

 

 

スズカ「ふふふ、ごめんなさい.........あの時の私と全く同じような答えだったから......つい.........ふふふ」

 

 

マック「もう!わ、笑いすぎです!!」

 

 

スズカ「.........ふぅ。それでね、その人は作戦とか勝ち方とか、回りくどい考え方は私には合わないって言ってくれたの」

 

 

 先程の笑顔とは打って変わり、今度はどこか懐かしむような顔でそう言うスズカさん。その表情はやはり、嬉しそうです。

 

 

スズカ「[誰にも抜かされないように走る。抜かされそうになったらそこから差すように走る。君にしか出来ない走り方だ。だから、君がやれ].........その人はそう言って、私の出来ることを肯定してくれたの」

 

 

マック「.........素敵な方ですのね」

 

 

スズカ「あら?貴女もよく知ってる人よ?」

 

 

 私の顔を見ながらどこか不思議そうな表情で、彼女はそう言いました。私のよく知っている.........?そんなこと言う人なんて、私の周りに.........いえ。そんな.........

 

 

マック「まさか.........」

 

 

スズカ「ええ。多分貴女の想像してる人よ」

 

 

マック「.........はぁ」

 

 

 そのまさかがあってしまいました。全く。彼は一体その優しさをどこまで振り撒けば気が済むのでしょうか?そんな悪態を心の中でついていても、その行動に嬉しさを感じている自分がいます。

 困っている人を見たら、放っておけない。悩んでいる姿を見たら、優しくしてしまう。そんな姿に惹かれてしまったんです。嬉しくないはずがありません。たとえそれが、自分以外の誰かであっても。

 

 

スズカ「.........貴女はすごいわ」

 

 

マック「へ.........?」

 

 

 唐突に、彼女から私を褒める言葉が飛び出しました。本当にいきなりでしたから、それがなんのことか、さっぱり分かりませんでした。

 けれど、それがどういうことなのか。彼女が次に口を開いた時。理解することが出来ました。

 

 

スズカ「誰かの為やお家の為に走る。私にはきっと真似出来ない」

 

 

スズカ「ふふ、私はね、誰かの為に走るって事は出来ない。多分、そういう性分だと思うの。先輩としてダメよね?」

 

 

マック「そ、そんなことは無いと.........」

 

 

 彼女はそう。軽く自虐のように言いました。けれどそこには卑屈さは無く、寧ろどこか誇りのような物が感じ取れました。

 

 

スズカ「けどね?それが私なの。きっとみんなもそう。誰かの為に走れないけど、自分のために走れる。逆の人も居る」

 

 

スズカ「なんのために走るのか、走らなければならないのかは、私にも分からないわ。けれど、走れない理由と、走りたい理由はあるの」

 

 

マック「走れない理由と.........走りたい、理由.........?」

 

 

 そんなこと、思いつきもしませんでした。ずっと、何の為に走るのかしか考えていなかった私にとって、それはある意味、光のような考え方。

 自分の中で、何かが掴めそうな感触を感じていると、不意にスズカさんがその場から立ち上がり、体を気持ちよさそうに伸ばし始めました。

 

 

スズカ「貴女も、そんな難しく考えないで?走ってきて、何が嬉しかったか、何が辛かったのかを思い出して?」

 

 

マック「ありがとう、ございます。スズカさん。おかげでなにか分かりそうですわ」

 

 

スズカ「うふふ、お礼なら.........」

 

 

マック「.........?」

 

 

桜木「.........!〜〜〜♪」

 

 

 彼女が指し示した方向には、こちらをしっかりと見ていた彼の姿がありました。必死に視線を逸らして口笛を吹き始めましたが、誤魔化し方が下手っぴです。

 全く。どうやら最初から彼が仕組んだことのようです。心配なら心配ですと、私にハッキリ伝えればよろしいですのに.........

 

 

マック「申し訳ございません.........わざわざトレーナーさんの言う事を聞いてもらって.........」

 

 

スズカ「良いのよ。貴女の事を気にしていたのは本当だから。力になれたなら嬉しいわ」

 

 

 私も立ち上がり、スズカさんと向き合います。思えばこうして、彼女と真剣に走りについて話すのも初めてな気がします。これからももっと、こういう機会が増えるかもしれません。

 そう思っていると、彼女の視線が私の後ろ。トレーナーさんの方に向いた事を感じました。その方向を見ると、先程まで居た彼はもう、姿を消していました。

 一体何を気にしたのでしょう?彼女の行動に首を傾げる暇もなく、不意に彼女の口元が、私の耳に近づいて来ました。

 

 

スズカ「そっちの方の相談も受けるから。一人で悩まないでね?」

 

 

マック「そっち.........って?.........!!!」

 

 

スズカ「ふふふ、高等部の子にはそういう子も多いから何となく聞いてみたけど、当たってたみたい♪」

 

 

 どこか緩くてふわふわなサイレンススズカさん。けれど、時折。レースの時のような鋭さを持つ勘は、侮れないものだと知りました.........

 どこか面白い話の種を見つけたのか、彼女は嬉しそうに私の前から去っていきました。一方の私はと言うと、先程立ち上がったにも関わらず、へなへなとその場に座り込んでしまいます。

 

 

マック(す、スズカさんにもバレてるだなんて.........一体、誰なら隠し通せるのよ.........)

 

 

 他人にバレバレな自身の恋心。一番バレて欲しい彼には伝わらず、周りにばかりもてはやされる。そんな現状に一向に進展する気のない彼との間柄.........

 彼女の提案も良い物かもしれない。そう思いつつも、今はまだと気合いを入れ直ます。まだ、やるべき事はあるのです.........

 でもいつか、この思いを告げられる時が来たのなら.........そう思いながら、私はもう一度走り込みを始めます。

 その時は何故か、少しだけ。いつもより身体が軽くなったように感じました.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued

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