山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜   作:ギノっち@カマタラル

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マックイーン「骨折してしまいましたわ......」

 

 

 

 

 

桜木「先生.........!!マックイーンは!!マックイーンはどうなんですか!!?」ガシッ!

 

 

「おおおちおちおちついてくだだだ」

 

 

マック「トレーナーさん.........揺らしてしまったらお医者様も喋りにくいと思いますわ」

 

 

 私がそう指摘すると、彼はそこから一瞬で身体の動きを無くし、ストンっと元々座っていた椅子に座り直します。

 ここは以前、テイオーが入院していた病院。ライブが終わった後、彼に手を無理やり引かれ、ここに連れてこられました。

 勝負服のまま連れていかれそうでしたので、慌てて学生服に着替え直しましたが、良い判断だったようです。

 

 

「端的に言うとですね。マックイーンさん」

 

 

マック「はい」

 

 

「折れてます。骨折です」

 

 

マック「え「ええええぇぇぇぇぇ!!!??」.........」

 

 

 まさか骨折していたなんて.........という驚きの声をあげようとした所、彼はそれに被せるように声を上げました。しかも、私が上げようとしていた声の数段上の驚き具合です。

 

 

「あの」

 

 

桜木「どどどどうしようマックイーン!!?これからの予定が!!!あいや、割と白紙だったんだけどね!!?天皇賞終わったらなんて考える暇もなかったんだけども!!!」

 

 

「えっと」

 

 

桜木「いやでもさぁ!!?流石に流石にじゃんねぇ!!?ここから勢いよく破竹の快進撃って、そんな感じだったじゃん!!?どうするの〜!!?これからー!!?り、リハビリの本とか俺買っとかないとだよね!?ね!!?」

 

 

マック「.........フフ」

 

 

桜木「え.........?」

 

 

 ダメです.........笑ってはいけません。彼だって一生懸命なんです.........笑ったら、可愛そう.........

 けど.........もう、限界です.........!!!

 

 

マック「アハハハハハっ!!!」

 

 

桜木「ど、どうしたのさ!!?」

 

 

マック「だ.........だって......私が怪我してるのに.........ふふ、自分の事みたいに.........!!」

 

 

 お医者様も見ていると言いますのに、私は笑い声を抑えることが出来ませんでした。優しい表情だった彼も、気付けば少し不機嫌そうにムスッとした顔をしています。

 ひとしきり笑い終えた後、笑い過ぎたせいで出てきた涙を指で拭い、溜息を吐きました。

 

 

マック「はぁぁ......お腹痛い.........」

 

 

「.........えっと、復帰の話なのですが、六ヶ月は安静にして下さい。ただ、元通り走れるようにしたいのなら、それ以上掛かります」

 

 

桜木「マジ.........っすか」

 

 

 がっくり。という音が聞こえてきそうな程に、彼は目に見えて落ち込みました。私の活躍を確信していた、という現れだと思うと少し気恥しいですが、いつまでもそう下を向いて居られたくはありません。

 

 

マック「全く、たかが骨折です。しっかり治せばまた走れるようになりますから」

 

 

桜木「だ、だってさ.........」

 

 

マック「だってもヘチマもありません!!幸い、今年はライスさんとブルボンさんはクラシック。ウララさんとタキオンさんはデビュー。私が走れない分のお給料は賄えるでしょう?」

 

 

桜木「そういう話じゃないんだけど.........」

 

 

 先程よりやや不機嫌そうな顔で、彼は私を見てきました。こうしてみるとやはり、長い時間をかけたおかげでお互い本心を見せあえる様な関係になったと思います。

 私はそんな彼に一言謝罪すると、べつに。なんて素っ気ない返事を貰ってしまいました。言葉とは裏腹に、ちょっと傷付いたみたいです。

 

 

桜木「.........いやホント、どうしようか」

 

 

マック「そうですわね.........いっそのこと、一緒にバカンスにでも行きましょうか?」

 

 

桜木「マックイーンさん。僕、チームトレーナーなのよね。一応」

 

 

マック「あら、すっかり忘れてましたわ」

 

 

 こうして会話を繰り返していくと、トレーナーさんもいつも通りの調子を取り戻して、明るい感じに戻ってきます。やっぱり彼はこうでないと。

 そう思っていたのもつかの間、不意に咳払いの声が聞こえてきました。

 

 

「もしかして、私の存在。忘れてます?」

 

 

二人「あっ.........///」

 

 

 少々咎めるような口調でお医者様にそう言われた私達は、ただその顔を赤くするしかありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「アタシのターンッッドロー!!!うっしゃー!!!スキップ3枚でまたアタシのターンだー!!!」

 

 

白銀「ああ!!?何言ってんだお前頭いかれちゃってんの!!?これどうみたって通行止めの標識なんですけど!!!自分ルール作るのやめて貰えますか〜???」

 

 

ゴルシ「いや、自分ルールはお前だろ.........?大丈夫か?」

 

 

桜木「いや、なんで職員室にいんの?なんで俺のデスクでウノやってんの?」

 

 

 マックイーンの骨折が診断された翌日。朝の朝礼の為に新人職員室に入ると、俺のデスクでUNOしてるバカ共が居た。

 コイツらの姿を見てるとうじうじしてるのがバカらしくなってくる。俺はため息を吐きながら、荷物をデスクの上に置いた。

 

 

桜木「おら、用がないならさっさと帰れよ。ここはトレセン学園トレーナーの職員室。ウマ娘はともかくとして、お前はほぼ部外者だろ」

 

 

白銀「.........俺ぁ、テメェがぴぃぴぃ泣いてんじゃねぇかと思ってよ」

 

 

桜木「あ.........?」

 

 

 一瞬、煽られたと思いガンを飛ばすように白銀の顔を見てみる。だがそこに居たのは、ぎこちなく頭を搔く男の姿であった。

 

 

ゴルシ「こう見えてコイツ、おっちゃんの事心配してんだぜ?愛しのマックちゃんが骨折しちまったからなー」

 

 

桜木「そのマックちゃんの前部分は必要無い。見ての通り俺は普段通りだ。分かったらお前らは骨折しちまった張本人の所まで行って慰めてこい」

 

 

二人「へーい」

 

 

 俺が叱りつけるようにそう言うと、奴らは渋々と言った様子で引き上げて行った。自分勝手そうに見えて、実は他人の事を一番考えている。二人共、そういう奴だ。

 俺は仕方がないと許すように、鼻を鳴らすように空気を抜く。朝礼まであと少し。時間を潰そうと、レース資料を見る為にデスクに座った。

 

 

桜木「.........後片付けくらい、しろよな」

 

 

 カバンを退けてみると、UNO以外にも沢山のボードゲームが俺のデスクの上に散乱していた。

 今度は呆れの溜息を吐きながら、俺はとりあえずそれらをデスクの引き出しへとしまっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「チャンスですわ」

 

 

イクノ「どうしたんです急に」

 

 

 車椅子の肘掛に肘を立て、顔の前で手を組みます。今、このお昼休みのチームルームには私と同じように骨折したテイオー、炊飯器で何か調理してるタキオンさん。煽りに来たのか慰めに来たのか分からないゴールドシップさんに、それに着いてきた白銀さん。そして、私の車椅子を押してくださるイクノさんが居ました。

 

 

マック「今、私はとんでもない好機に巡り会っているのです」キラーン

 

 

テイオー「えっと、話が見えないんだけど.........?」

 

 

タキオン「ふふん、大方。『アレ』だろ?」

 

 

マック「!.........ええ、『アレ』。ですわ」フフン

 

 

 やはり彼女もチームメイト。私の考えを理解してくださっているみたいです。長い年月を掛けて一緒にトレーニングをしていると、こうして彼女とも分かり合えるのですね.........!

 高まった高揚感の中、私は声を上げようとしました。それに合わせるように、彼女もその声を上げます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トレーナーさんと距離を急速に縮めますわ!!!」

「スイーツをとことん貪り食べるということだろう!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「えぇ!!?」

 

 

マック「ちょっと!!!流石に身体を動かせない中そんな暴挙に出れるわけないではありませんか!!!」

 

 

 どうやら、通じあっていたというのは勘違いだったようです.........うぅ、中々ショックが大きいです.........

 タキオンさんと同様に、周りの皆さんも大きく驚きを見せています。ふふふ、そうでしょうそうでしょう。なんせ、相談した時はあまりの私のヘタレっぷりに怒りを露わにしていましたから。

 .........自分で言ってて、何だか悲しくなってきました.........

 

 

イクノ「あの、一つ聞いても良いですか?」

 

 

マック「?はい」

 

 

イクノ「マックイーンさんと桜木トレーナーはもう既に、トレセン学園一、固く強い絆で結ばれていると言っても過言では無いです。これ以上は必要ないかと」

 

 

 .........あら?もしかして私、イクノさんにまだ相談していませんでしたっけ?や、やってしまいましたわ.........!!ど、どう言い訳したら.........

 

 

ゴルシ「何言ってんだよアイアンメイデン!!「イクノディクタスです」どっちでもいいだろ!!!大して変わんねーよ!!!」

 

 

ゴルシ「今以上に仲良くなりてーって言ってんだから!!!これしかねーだろ!!?」コユビピン!!!

 

 

イクノ「.........?.........!.........!!?」

 

 

マック「あぁ.........///」カァ〜

 

 

 最初は、ゴールドシップさんの小指の意図に理解が及ばなかったイクノさんですが、徐々に理解を示し、驚愕と恥ずかしさで表情を覆いながら、私の顔とその小指に視線を行ったり来たりさせていました。

 また.........また一人、しかも今度は、私の失態でまた.........本心を知られてしまいました.........!!!

 

 

白銀「.........?いや、赤くなってる所悪ィけど俺も居んぞ?」

 

 

マック「貴方は良いんです。私より先に私の恋心に気付いてましたから」

 

 

ゴルシ「良いのかよ」

 

 

白銀「フッ.........恋愛マスター翔也様は、迷える子羊をLoveという地獄に叩き落としちまうのさっ」ファサ

 

 

 そう言いながら、そこには無いはずの髪をまるであるように片手で払う白銀さん。まぁ、この人はいつもこの様な感じなので無視でいいでしょう。

 

 

タキオン「いやはや、まさかマックイーンくんから、『トレーナーさんと距離を縮めますわ!!!』なんて事を、その口から聞けるなんてね〜!!?」ニヤニヤ

 

 

マック「うぐっ.........」

 

 

ゴルシ「奥さ〜ん、聞いてるこっちが恥ずかしくなってきちゃいますことよ〜?」ニヨニヨ

 

 

マック「うぅ.........」

 

 

テイオー「ボクソウイウノスキー!!」

 

 

マック「み、見世物ではありませんよ!!!///」

 

 

イクノ「お、応援します!頑張ってください!」

 

 

マック「い、イクノさん.........!」

 

 

 あぁ、こんなにも頭数はいらっしゃいますのに、まともに応援してくださるのはイクノさんだけですのね.........まぁ、前回の事がある為、さほど期待はしていませんでしたが.........

 そう思っていると、私に向けられたテイオーの視線が面白い物を見る物から、興味のある物へと変わっている事に気が付きました。

 

 

マック「.........何か?」

 

 

テイオー「ううん、恋って凄いんだねって」

 

 

全員「.........?」

 

 

テイオー「だってだって!!レースしながら意識できるってことはさ!!それとはまた違うドキドキなんでしょー!!?どんな感じなんだろー!!♪それに早くなれるじゃん!!」

 

 

 一人でキャイキャイと声を出しながら楽しそうにしているテイオー。その姿を見て、イクノさん以外、私を含めた全員がため息を吐きます。そんな単純なものでは無いのです。

 

 

マック「全く.........そこまで行くのに苦労するんですのよ?」

 

 

ゴルシ「そうそう。これで早くなんならアタシはもう銀河一超特急ゴルシちゃんプレスだぜ?」

 

 

タキオン「ゴールドシップくんの例えばよく分からないが、通常ならば、身体が思うように動かない。思考がまとまらない、感情をコントロール出来ないとレースにとってはハンデに他ならないからねぇ」

 

 

白銀「そうだぞガキんちょ。せめて俺レベルまで強くならねぇと」

 

 

全員「それは今は無理」

 

 

 あっけらかんとそう言ってのける彼ですが、ああ見えてもテニスのプロ選手。しかも、世界一を取った人物です。流石に、一学生の身分である私達が今到達できるほどのものではありません。

 そう思っていると、不意にタキオンさんが思い出したかのように発言しました。

 

 

タキオン「.........そう言えば、白銀くん。君は去年の世界大会、決勝戦の最後のセットのアドバンテージ。君は一つ壁を越えたような強さだったが、どういう感じだったんだい?」

 

 

白銀「あ?ああ.........」

 

 

 唐突な質問。テレビのインタビューで散々聞かれるような質問ですが、タキオンさんが聞きたいのはきっと、そういう事ではありません。彼女は分かりきった事は聞かないですから。

 そして、その質問の意図を理解した彼は、思い出すようにして頭で考えます。やはり普段はあんな感じですが、地頭はよろしいようです。

 次第に頭だけでは限界が来たのか、その場から立ち上がり、少し離れて素振りを始めました。きっと、頭のイメージでは最終セットの様子が映し出されているのでしょう。

 

 

 その時でした。

 

 

白銀「.........ッッ!!!」ブワッ!!!

 

 

全員「!!?」

 

 

マック「.........!!?い、今何か、白い物が.........!!?」

 

 

 彼の体から、白いオーラが吹き荒れます。テレビで拝見した際は、体の表面の汗が水蒸気になっているのではと考えていましたが、今ここで見ると、それは確かにオーラと言って差し支えないものでした。

 

 

白銀「あー思い出した。なんかよ、俺に必死で語りかけてくるバカみてェでヒステリックな声が聞こえたんだよな」

 

 

マック「えぇ!!?」

 

 

タキオン「そ、それで!!?どうしたんだい!!?」

 

 

白銀「あ?んなもん決まってんだろ?テニスコートじゃねぇ事は分かったから素っ裸になって踊ってたら黙りこくったから死ねっつってやったよ」

 

 

全員「うわぁ.........」

 

 

 や、やっぱりおかしい.........この人、おかしいに輪をかけておかしい人です。なんであの人はこんな人とお友達なのでしょう.........?理解に苦しみます。

 

 

白銀「けどよ。そしたら身体の奥底から力が湧いてきてな、ありゃ正に。[奇跡を超える]って感じだったぜ?言葉にしてみるもんだよな」ケラケラ

 

 

マック「.........!」

 

 

『[俺達二人]はッッ!!!奇跡だって超えてるんだぜッッッ!!!!!』

 

 

 その奇跡という言葉に触発されたのか、私の脳裏にあの時響いた声がもう一度再生されました。

 あの時のあの言葉。彼の心に根差す、全てを覆す気になれる言葉。あの日確かに、私と彼の心は、一つになった。そう、感じております。

 

 

イクノ「そう言えば、テイオーはあのレースで無敗記録が途切れてしまいましたね.........」

 

 

テイオー「あ、そう言えばそうだったね」

 

 

ゴルシ「そう言えばって.........悔しくねーのかよ!!?」

 

 

 これまた、今更思い出したようにあっけらかんと言い放つテイオー。それに対し、ゴールドシップさんは至極真っ当な指摘をします。

 ですが、テイオー本人は少し考えた後、照れるようにその頬を人差し指で掻きます。

 

 

テイオー「えへへ.........最初はボクも、悔しかったよ?マックイーンに負けるかもーって思ってさ、カイチョーみたいになっちゃったし」

 

 

テイオー「でも.........初めて負けた。ちゃんとしたレースで、しかもマックイーンに。これはちゃんと受け止めなきゃなーって思ってさ」

 

 

テイオー「逆にマックイーンじゃなきゃ、悔しくて泣いてたかも!!」

 

 

 満面の笑みを見せながら、彼女は私の方を見ました。全く、その太陽みたいな顔をこちらに向けられると、少し恥ずかしくなってしまいます。それではまるで、私が特別みたいな感じではありませんか。

 

 

イクノ「マックイーンさんでなければ.........どうしてですか?」

 

 

テイオー「うぇ!!?え、えっと〜.........」

 

 

 少々聞きにくい気がした疑問を、イクノさんは気にせずズバッと聞いてきます。困惑したテイオーはチラチラとこちらを伺うように見てきますが、私の方を見られても困ってしまいます。

 次第に、イクノさんの視線が耐えきれなくなった彼女は白状するように言いました。

 

 

テイオー「.........もー!!マックイーンはボクのライバルなのー!!全力で戦って負けちゃったらさー!!逆にスッキリするもんでしょー!!?」

 

 

マック「ら、ライバル.........?」

 

 

テイオー「そうだよ.........今まで勝手にボクがそう思ってただけだし.........マックイーンはそんな事気にしないで、レースしてそうだし.........ボクだけ恥ずかしい人みたいじゃん!!」

 

 

 彼女から時々、並々ならぬ思いが込められた視線を感じられる事はありましたが、まさかライバル認定されていただなんて.........そんな事、思ってもいませんでした。

 私は、ただ彼女を恐れていた。無敗で三冠を取った彼女を、普段ならばいざ知らず、レースの時は自分ではどうしようもないほど、彼女の事が恐ろしかった。

 そんな彼女は、私をライバルだと思ってくれていた.........そんなの、申し訳が立つはずがありません。

 

 

マック「.........私は、貴女の事が怖かった」

 

 

テイオー「え.........?」

 

 

マック「無敗で三冠。それを取るための実力、努力、そして奇跡のような運命力。その全てをぶつけられてしまえば、私は粉々になってしまうのではないかと。そう思っておりました」

 

 

 では、私が取るべき行動は一つだけ。彼女の為に、隠していた心をさらけ出すこと。それしか、彼女に対する罪悪感が拭えないと考えました。

 

 

マック「気が気ではありませんでした。だからあの時は、貴女を見ないよう必死でした。けれど.........そんな事を聞かされれば、話は別ですわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また戦いましょう。今度はお互い、ライバルとして」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「!.........うん!!」

 

 

 そう強く頷いた後、彼女は照れるように笑顔を振りまきました。そんな姿を見ていると、私も自然と笑みが零れてしまいます。

 ライバル.........今まで、考えたこともありませんでした。思えば、誰かに勝つために走るのではなく、レースに勝つ為に走っていた私にとって、未知の存在。

 その存在がまた新たな、[走りたい理由]になってくれるやも知れません。

 

 

タキオン「.........まぁ、意気込むのは良いが」

 

 

白銀「まず足を何とかしろよな。一流のスポーツマンは怪我に気をつけるもんだぜ?」

 

 

二人「.........はい」

 

 

 まさか、ここで彼に指摘されてしまうとは思ってもいませんでした。反論できる余地は何も無く、ただただ気の抜けた返事をテイオーと共にすると、チームルームにはささやかな笑い声が響きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖野「良いかぁ?担当が怪我した時こそ平常心っ、トレーナーっつうのは、いわば女房役だ。相手がどうしたいかを常に気に留めつつ、相手から言ってくるのをひたすら.........聞いてんのか?」

 

 

桜木「?もひほんひいへまひはお。ははえ、ほほおおひふえっひゃうあいんふお!!!うんめー!!!(もちろん聞いてましたよ。ただね、ここのお肉めっちゃ美味いんすよ!!!うんめー!!!)」

 

 

東「.........まぁ、なんだ。 肉焼きに来てんだ。そういう話する場所じゃないって事だ。沖野」

 

 

 油が熱されることで出すパチパチとした音。それが人の数より多いならば、普通に話しているだけでは勿論音が掻き消される。

 ここ、焼肉チェーン店[美味美味(ウマウマ)肉天国]で、俺は春の天皇賞の勝利祝いだかマックイーンの骨折の慰めだかよく分からない会を開いている。

 メンバーとしては、面識のあるトレーナー達が殆どだ。リギルの東条さんも誘ってみたらしいけど、資料をまとめなきゃ行けないらしくパスされたっぽい。大手のチームは大変ですな。

 

 

「特上カルビ三人前なのー!!」

 

 

沖野「はぁ.........あのなぁ、俺は長い間トレーナーしてっから何とかけろっとしてられるけど、お前さんは違うだろう?」

 

 

桐生院「ま、まぁまぁ。桜木さんも色々あって大変ですから.........あっ、ビール注ぎますね」

 

 

 ああ、桐生院さんの優しさが心に染みる.........本当、喜んでいいやら悲しんでいいやら分からない状態だ。せめて、整理を付けるまで待って欲しい。

 俺はジョッキに注がれたビールを一気に三口ほど飲み、肉の油で濡れた喉を潤す。やはりビールは店飲み。缶ビールなぞ邪道じゃい。

 

 

桜木「ぷはーっ、ほんっとう神様ってぇのは酷いやつだわ。元々良かれと思って白紙にしてた予定をよぉ、わざわざ余計なお世話で強制的にホワイトアウトさせてきやがってよォ!!!」

 

 

東「おい!まさかもう酔ってんのか!!?」

 

 

桜木「くっそー!!!酔ってねぇって言いてぇけど言ったら酔っ払い認定なんだろ!!?じゃあこれしかねぇ!!!アタシ、酔っちゃった♡」

 

 

黒沼「気色悪い。肩から手を離せ」

 

 

桜木「ちぇっ、いけずぅ」

 

 

 せっかく場を盛り上げようと思ってたのに、黒沼さんったらホントにお堅いんだから!!!やんなっちゃうわ!!!

 .........なーんて、おふざけに浸る事が出来たら、俺も楽になれたんだけどなぁ。

 

 

桜木「.........ゴク」

 

 

 さっきみたいに豪快に飲むことはせず、ちびらと一口ビールに口をつける。普段は苦くて飲みたくないものだが、今はこの苦味に意識を割ける分、都合が良い。

 

 

南坂「それにしても、この時期に怪我は大変ですね.........」

 

 

沖野「お前さんとこはあんまし怪我とか縁がないよな?」

 

 

南坂「お陰様で。大きい怪我はネイチャさんが初めてでしたので、少し不安でしたが、まぁなるようになりましたしね」

 

 

 そう言えば、南坂さんの所のナイスネイチャも、皐月賞前に割と大きな怪我をしていた。クラシック三冠も、最後の菊花賞に出場するだけだったが、彼女の存在はそれ以上に大きい気がする。

 

 

桜木(.........怪我、ねぇ)

 

 

 なんとも忌まわしいものだ。俺の夢だと思っていたものも諦めさせたのも他でもない、怪我だ。俺の場合はまぁ、不幸な事故とでも言うべきだろう。

 なんせ、話を聞いた所によるとトラックにぶち当てられたらしい。しかも利き腕の根元の肩だ。お陰で当時の一日分の記憶はぶっ飛んでるし、未だに古傷が痛む時がある。

 不幸中の幸いは、俺がまだ生きてて、異世界転生などと言う俺の知っている、俺を知っている人が居ない中で繰り広げられる虚しい物語にならなくて済んだ。という事だ。

 

 

東「骨折ならまだ治る。そう気を落とすなよ、桜木」

 

 

桜木「.........そうっすね」

 

 

沖野「まぁなんにせよ、愛しのマックイーンが怪我してる中だ。お前はしゃんとしとけよ」

 

 

桜木「うるへぇ」

 

 

 突然の言質トラップに引っかかるような事はなく、俺は沖野さんを睨みつけてそう言った。

 全く。俺は別にそんなんではない。ただ、あの子が初めての担当で、初めての重賞を取った子で、初めて一緒に目標を達成できた子だからだ。これから先も、色々な初めてを体験出来ると思っていたのに.........

 

 

桜木「.........?」

 

 

黒沼「お前が暗いと、それが担当にも移る。今は精神の為に、食え」

 

 

 目の前に焼かれた肉を大盛りに乗せられた皿がずいっと横から現れた。最初は何かと思ったが、黒沼さんからの言葉で、この人の気遣いだということが分かった。

 

 

桜木「.........んじゃ遠慮なく♪いただきまーす!」

 

 

沖野「おいおい、それじゃあ本当に父親みたいだぞ?」

 

 

黒沼「沖野は気遣いが出来ないからな。俺がするしかないだろう」

 

 

沖野「んだとぉ!!?」

 

 

 焼肉屋の狂騒さは、普段過ごすような食事処とは比較にならないほど騒がしい。特に、人が集まる今の時間帯ならば、人の声も、肉を焼く音も一層強くなる。

 だが、今俺の周りの音は、とても楽しげだ。そんな楽しげな空気に包まれながら、宴は夜遅くまで続いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........んあ?」

 

 

 ゆっくりと意識が覚醒に近づく。頭が妙にずっしりと重く、そして鈍痛がする。さては、昨日飲みすぎてしまったのか?

 全く.........記憶が無くなるまで飲むなんて、アイツらと飲む以外でそんな飲み方するなんて思ってもみなかった.........今後気を付けるとしよう。

 

 

桜木「.........?」

 

 

 ベッドから足を横にずらし、地面に足をつける。だと言うのに、普段ならば感じるはずの冷たさが感じられない。

 だがそれもすぐに原因は分かった。まだ目が覚めきっていないのだろう。覚醒に近付いてるだけで、完全にと言う訳では無い。

 

 

桜木(.........顔、洗うか)

 

 

 二日酔いをしているはずなのに、何故か足は真っ直ぐ歩く。洗面所に行くまでの道のり。そこで、ようやく異変に気付く。

 .........あれ、洗面所。こんなに遠かったか?それに、家具の配置、違くないか.........?

 その疑問と共に、記憶が溢れ出す。模様替えした記憶だ。だがそんなもの、実際に起きた事は無い。

 

 

桜木(なんだ、夢かよ.........)

 

 

 結局、これは夢だと結論づいた。だったら話は簡単だ。起きるまでこの夢を見ればいい。少々不気味な夢だが、最近はもう普通の夢は見れなくなってきてる。堪能するのも良いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、思っていた。その洗面所の鏡を見るまでは.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「っ......なんだよ...これ.........!!?」

 

 

 その鏡に映っているのは、身体は確かに自分の物であった。来ている服も、背丈も、その特徴的な髪も、すべて自分のものだ。

 だが、一つだけ。致命的に違う物がある。それは、[鏡の中の存在が仮面を被っている]事だ。

 

 

「諦めろ」

 

 

桜木「っ!!お前.........!!!」

 

 

桜木「今更そんな事できっかよ!!!ここまで来ちまってんだぞッッ!!!」

 

 

「諦めなさい」

 

 

桜木「っ、テメェ.........!!!」

 

 

 鏡から聞こえてくる声。それは確かに俺の物だった。だから俺は真っ向から否定した。それを自分だと認めたくはないから。

 そして、背後から聞こえてくる謎の声。春の天皇賞の時に聞こえてきた時と[違う声]だが、この声は、今年に入って俺の夢に現れてくる。

 

 

桜木「誰なんだよッッ!!!諦めるとか何とか言ってさッッ!!!」

 

 

桜木「俺はどうなるんだよ!!!また諦めて!!!そうなったら.........今度こそ.........!!!」

 

 

 惨めな気持ちが、心の底にじわりと生み出されていく。もし。もしまた、諦めてしまったら。ようやく見えた綺麗な景色からまた、色が抜けてしまったら.........今度こそ、折れたまま、立ち直れなくなる.........

 

 

「貴方の物語は、ここじゃない。ちゃんとした役割に徹しなさい」

 

 

「それが世界の為であり、未来の為だ」

 

 

桜木「.........俺にどうしろってんだ!!!そうやって頼むだけ頼んできやがって.........!!!」

 

 

 惨めさはやがて、自分の無力さに対する悔しさや怒りへと変わる。俺はついに、その拳で鏡を叩き割った。

 

 

 無数に散らばる破片の一つ一つに、俺の姿があらゆる角度から映し出される。その全てに、俺の顔には仮面が張り付いている。

 

 

「ここで諦めれば、苦しみは無い」

 

 

「ここで止めれば、絶望も無い」

 

 

桜木「やめ...ろ.........!!」

 

 

「「さぁ.........」」

 

 

 二つの声が重なり合う。俺の身体はまるで、地球の重力を一点に集中させたように、地面へと伏せられる。そして不意に、家全体を揺れ動かす風の音が聞こえてくる。

 

 

 全てが吹き飛ばされ、豪雨や暴風が俺の体を襲う。まるで、この先に待っている困難を暗示しているかのようなその地獄の中でさえ、俺は変わらず重力に縛り付けられている。

 

 

「「諦めなさい(るんだ)」」

 

 

桜木「俺......は.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、それでいいわけ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「っ.........!」

 

 

 その時だった。気が付けば、いつもつけている王冠のアクセサリーから、光が溢れ出していた。まるで、何かが起きるレースの時のように.........

 そして、声が聞こえた。それは確かに、春の天皇賞の時に聞こえた物と[同じ声]であった。

 

 

「まだその時も来てないのに、呆れるわ」

 

 

桜木「ざっけん.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「なぁぁぁああああああッッ!!!」ガバッ!

 

 

 勢いよく、重力なんかに負けないよう、一呼吸の間に立ち上がろうとした。しかし、気が付けば既に夢の中ではなくなっていた。

 

 

桜木「はぁ......はぁ......?」

 

 

 気持ちの悪い汗がどっと溢れ出す。汗で濡れている額を拭うと、不意に外から鳥たちのさえずりが聞こえてきた。

 時計を見ると、時刻は午前の四時半。まだ起きるにはだいぶ早い時間帯だ。だが、あんなものを見てしまった手前、今からまた寝るのは抵抗がある。

 

 

桜木「っ、クソッタレめ.........頭いてぇのは夢じゃねぇのかよ.........」

 

 

 ようやく意識が覚醒しきるのと同時に、今度は本格的な二日酔いが襲ってきた。ズキズキとした鬱陶しい痛みこの上ないが、眠気を覚ますのには丁度良かった。

 

 

桜木(一体、これから何が起きるってんだ.........?)

 

 

 最近見る、夢。それは普通の夢とは違い、俺に何かを諦めるよう問いかけてくる。最初はなんなのか分からなかったが、今はようやく、わかってきた。

 きっと、マックイーンの事だ。彼女に抱いている期待を、捨てろと言ってきている。そんなこと出来る訳が無い。する.........訳が、無い。

 だと言うのに、この胸の内に生まれる焦燥感は本物で、何かが起こるという予感もまた、本物だった。

 

 

桜木(夢の存在は確かに掴んだ.........けれど)

 

 

 自分の右手を握りしめ、そこに視線を向ける。確かに、夢を掴んだ感触を感じている。だと言うのに.........この夢は、するりと手の間を抜けそうで、何より.........

 

 

桜木(俺は、マックイーンの手を、ちゃんと掴んでるのか.........?)

 

 

 『一心同体』。その言葉には不安などでは到底崩れる事がないほど、言葉以上に、俺達二人にとっては大切な物だ。

 でも.........この先、それが崩れることがあるとしたら.........そう思うと、怖くて仕方が無かった。

 

 

 だが、だんだんと重さを増していく頭痛により思考は一旦リセットされる。これ以上考えるのは、健康体でも毒になる。体調を崩している今は、尚更だろう。

 そう思い、俺は頭痛薬を取りに、そのままリビングへと向かって行った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

???』の足音が聞こえてくる.........

 

 

 

 

 

  ......To be continued

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