つまりおまえたちは世界の外から、漂流してきたのか?
おまえたちがそこから離れて、次の世界に行こうとした時
見たこともない神が、おまえたちの前に現れたと?
「余所者。お前たちの旅は、ここまでだ」
空間に黒い歪が出来たそこから、見知らぬ女性が現れた。彼女は冷たい瞳で二人――空と蛍を睥睨する。
突然現れ、敵意を全面に出す女性に蛍は驚き、そして警戒する。
「誰っ!?」
「この『天理』の調停者が、ここで『人の子』の驕りに終焉を」
女性――天理を名乗る彼女の右の手に、小さな四角いキューブが現れる。それが2倍程の大きさに肥大化した時、空と蛍は足元に異変を感じて飛び上がる。
直後、その場には地面から生えたように、天理の掌にあるキューブと似たそれが、空と蛍がいた空間を侵食した。
その敵対的な行為に、飛び上がった先で空と蛍は翼を広げ、剣をその手に握る。そして天理に向かって剣を構えて飛び込んでいく。
天理は二人の抵抗を予測していたかのように、片手を二人に向けて伸ばす。天理の背後からは、沢山のキューブが連なったものが飛び出していく。それらは、まるで手足のように統率の取れた動きで空と蛍を襲う。
しかし空と蛍は、それらの妨害をするりと抜け出して、天理の元へ。
同時に天理へと剣を振るった空と蛍だが、天理からの冷たい視線を感じた空は剣を手放し、大きく飛翔する。天理によって放たれたキューブから逃れられた空だったが、妹の蛍は動かない。動けない。
「蛍!」
天理のキューブに剣先を捕まれた彼女は、増殖するキューブに飲み込まれた。そしてキューブは減少していき、小さな一つのキューブとなり天理の掌に収まった。
そこに蛍の姿、はない。
小さなキューブに視線を向ける天理に、険しい顔をした空は天理の背後へ回り、光輝く拳を放つ。
大きな爆発が起こり、息を乱す空は――直後に目を見開く。目の前には大小のキューブが連なるそれ。
空の手を捕まえたそれは、1つのキューブとなり、そして空を侵食していく。
「待て……どうするつもりだ! よくも俺の妹を――」
空の視界は、天理のキューブに飲まれて暗転した。
こうして、見知らぬ神が俺の妹、蛍を連れ去っていった
そして、俺も神に封印され、本来の力を失うことになる。
数多の世界を乗り越えてきた俺たちは、ここで囚われの身となった……
砂浜に絵を描いて説明していた空は、そこで顔を上げて首を振る。
「果たして、それから何年経ったのか? 俺にはもう分からない。でも、いずれ必ず突き止めてみせる」
拳を握り、決意を顕にする空。彼の隣にいる浮遊物――パイモンは、その独白を静かに聞いていた。
「目覚めてから、ずっと一人で彷徨っていた。2ヶ月前、君と出会うまで……」
「おう! あの時おまえがいなかったら、オイラはもうとっくに溺れ死んでたからな……」
ずっと苦しげだった空の表情は、そこでようやく緩んで柔らかい雰囲気になった。パイモンとは、釣りをしていた時に空がたまたまパイモンを釣り上げてからの仲だ。
「だから、オイラも案内役頑張るぜっ!」
大きく胸を張ってドヤ顔でそう言ったパイモンに、空は微笑んだ。そして海と空をしばらく眺めた後、
「そろそろ出発の時間だ、行こう!」
パイモンがそう言うと、空は岩から腰を上げて立ち上がる。パイモンの案内に従って海沿いに歩いていくと、水スライムが一匹現れる。
「うおっ、スライムだ!」
「倒していこう」
いつの間にか剣を持っていた空は、軽やかに剣を振るう。五段の攻撃をした後に、重撃を放つ。
水スライムを倒した空は、剣をシュッとしまい込む。そして再びパイモンに着いて行き、ワープポイントを解放する。
陸に向かって進む二人は、そこで立ち止まる。道に人一人分以上の大きな段差があったのだ。
「進めなそうだな……登っていくか。登るにはスタミナを使う。回復には時間が必要だ」
こくりと頷いた空に、満足げにパイモンは笑顔を見せる。
「じゃあ、ルートを決めたら出発だ。目指すは……『
段差を登りきった空は、パイモンと話しながら七天神像へと向かう。きょろきょろと周りを見渡しながら、空はパイモンの言葉に相槌を打っていく。
「この世界にいる七柱の神のうち、どれを探してるんだ?」
「うーん……わからない」
「そうか?」
それでも何か聞いた話の中で思い当たるものはないかと、うんうん唸っているパイモン。それを微笑ましく眺めながら歩けば、大きく拓けた場所に出る。
そこから眺める景色は感嘆の息が思わず出るほどだ。
「おぉ――!」
一足先に景色を見ていたパイモンの歓声も聞こえないくらい、美しい景色。
しかしパイモンも自分の役割を思い出したのか、真面目な顔で話し出した。
「あれが、『七天神像』だぞ。神を象った象は七神の象徴として、この大陸に点在してるんだ。七つの元素の神のうち、これは『風』を司るものだな」
なるほどと、空は七天神像を見つめる。
「おまえの探してるのが、この風の神かどうかは知らないけど……
「理由?」
「ほら、言葉は
行くぞ、とパイモンは動き始める。
右から坂道を降りながら、空はパイモンの話に耳を傾ける。
「もちろん、神が答えてくれるかは、やってみないと分からないけどな……よし、急ごう!」
飛ぶスピードが上がったパイモンに、空は走って着いて行く。坂道を駆け下りれば、目の前はもう七天神像だ。
ただ、神像があるのは湖の真ん中にある小さな島の上だ。
「そのまま泳げるぞ!」
パイモンの言葉に、空はそのまま湖に入る。そして湖を泳いで渡りきる。
軽く水を落として、空は七天神像に近づき、金属部分にそっと触れる。すると、何かに反応したのか、七天神像の持つ玉が光り、何か力を感じるそれが空の胸に触れ消えた。
「どうだ? この世界の『元素』を感じたか? どうやら、おまえは神像に触れるだけで、『風』の元素力を手に入れられるみたいだな。この世界の人が力を得るには、お前みたいに簡単じゃないんだぞ……」
「おかしいよ」
「おかしいは神様にとって失礼だぞ!」
ぷんすこと軽く怒るパイモンに、空はすぐに謝る。機嫌を直したパイモンは、街が見える方角を指差す。
「ここから西へ行くと、自由の都『モンド』に行けるんだ。モンドは『風』の都市で、七神の中で風神を祀ってるんだ」
「風神……」
「神像から力を得られるおまえなら、そこで神の手がかりを入手できるかもな? それと、モンドには吟遊詩人がたくさんいるから、妹さんの情報が手に入るかもしれないぞ」
妹の情報と聞いて、はっとした顔をする空に笑顔をみせ、パイモンは空に手を差し伸べる。
「よしっ、じゃあ行くか! この世界の『元素』は、おまえの祈りに応えた。いい兆しだと、オイラは思うぞ」
パイモンの言葉にそうだと良いなと微笑んだ空は、彼女の背後に出現した炎スライムを視認して顔を引き締める。
剣を持った空は、自分の中にある元素力を解放する。右手から放たれた風は炎スライムを吹き飛ばした。けれど、この力はまだ全力じゃない。
再度現れた炎スライムを、風で引き寄せ力を溜め込み、そして吹き飛ばす!
「風刃!」
元素の力を解放すると、出現した元素エネルギーを獲得出来た。それは、新たなる強力な元素の力……空は思い描くままに風元素の力を解放する。
「風と共に去れ」
四体の炎スライムは、空が生み出した竜巻に巻かれていく。とんっと地面に宙から降りた空は、一息つく。
空の戦いぶりを見ていたパイモンは、どこか羨ましそうな顔をする。
「これは、『七天神像』に貰った風元素の力だ。あぁ……オイラもこんなかっこいい戦い方が出来たらなぁ!」
パイモンは空を飛んでて羨ましい、と空は思ったが、まあお互いに隣の芝は青いというやつだろう。
風元素でパイモンと遊びつつ、空はモンドへの道を歩く。途中で壊れた荷馬車を見かけて覗き込みながらも、穏やかな空気に癒される時間が過ぎた。
しかし、その空気もまた潰える。二人の頭上を、巨大な龍が通ったのだ。
「うわっ、なんだあれ? なんかでっかいやつが……空を飛んでるぞ! 森の奥へ行ったみたいだ。気をつけて進もう!」
「森は……モンドへ向かうには必ず通るの?」
「そうだぞ!」
気を付けよう。
空は気を引き締めて森――囁きの森――へ足を踏み入れた。木々の間をそっと歩いて抜けていくと、パイモンが何かに気付いた。
「ん? 見ろよあれ……」
二人は顔を見合わせて、木の影からそっと覗き込んでみる。
そこにいたのは、先程二人の頭上を通って行った龍と、緑の服を着た少年だった。
「……怖がらないで。安心して、ボクは帰ってきたよ」
「アイツ……ドラゴンと話してる?」
龍に話しかける少年に、パイモンは不思議そうに呟いた。
そしてその時、空の纏う風元素が反応した。それに驚いたパイモンが大きな声を上げると、龍は二人の方を向いて咆哮し、少年に爪を振り下ろした。
慌てて飛び退いた少年は、険しい顔をする。
「……誰!?」
そしてそのまま数歩後ろに下がると、少年は青い羽根を散らして消えてしまった。
それに続くように、龍もそこから飛翔して飛び去っていく。その場には、静けさだけが残った。
「危なかった。吹き飛ばされるところだった! おまえの髪をつかんでおいて助かったぜ」
「あのドラゴンに狙われなくてよかった」
全くだと、安堵に胸をなでおろしたパイモンは、むむむと先程少年がいた場所を見た。
「さっきは何があったんだ? 食われるかと思ったぞ。絶対、あのドラゴンと話してた奴が関係してるよな」
「ドラゴンと話すのは普通なの?」
「普通じゃないよな……。ん? なんだあれ?」
パイモンが指し示したのは、龍がいた場所に浮いている赤い石だ。龍がいた先程まではなかったはず。
首を傾げた空とパイモンは、顔を見合わせる。
「あの石、赤く光ってる? 近くで見てみようぜ」
一目散に飛んでいくパイモンを追いかけ、空もその石の元へ駆ける。
「気をつけろ! 嫌な感じが……する」
「気を付けるのはパイモンも一緒だ」
パイモンが空を心配するように、空も同じようにパイモンを心配する。
石は空にも分かるほど、何だか嫌な気配を放っていた。
「こんな石、見たことない……なんなんだこれ? 危ないってことだけは分かるな。とりあえず回収しておくか」
「待って、危ないから俺がやる」
「おう。……よし、回収完了! 急いでここを出よう!」
空が慎重に回収した後、パイモンはモンド側の森の出口へ飛び始めた。空も長居するのは良くないだろうと、パイモンに並んで森を走り抜ける。
出口に着いたと思ったその時、二人の耳に足音と女性らしき声が入ってきた。
「ねぇ――あんた! 待ちなさいっ!」
横から飛び出してきたのは、赤いリボンが特徴的な少女だった。黒茶色の髪を揺らして飛び出してきた彼女は着地によろめいた後、二人に体を向けた。
「風神のご加護があらんことを。私は
彼女の出身地流の挨拶なのか、アンバーは胸に手を当てた後に斜め下へ向けた。そして、不思議そうな顔で二人に話しかけた。
「あんた、モンドの人じゃないよね? 身分の証明は出来る?」
「落ち着いて、怪しい者じゃないんだ――」
「怪しい人は皆そう言うわ」
パイモンの言葉にじとりとした声でアンバーが返す。
はわわと焦るパイモンを制し、空は口を開いた。
「初めまして、空だ」
「ここら辺の地域じゃ、珍しい名前ね。それからその……マスコットはなんなの?」
「非常食だ」
「全然違う! マスコット以下じゃないか!」
場を和ませようとした空のユーモアは、パイモンのマジギレによって瓦解した。
「とにかく、旅人よね。近頃、モンド城の周辺で大きな龍が出没しているの。だから、早く城に入った方がいいわ」
心配してくれていたようだと理解し、アンバーの言葉に空は素直に頷く。
それに気を良くしたのか、元より人のいい人間だったのか、アンバーは顔を明るくして提案した。
「そうだ! ここからモンドまでそう遠くないし、このは騎士の務めとして城まで送ってあげる!」
「え? 任務があって城を出たんじゃないのか?」
「勿論任務もあるわ。でも安心して、任務を行いながらでも、あんたたちの身を守ることくらいはできるから」
ふふんと自信ありげに言ったアンバーは、それに、と続けた。
「怪しい者を放っておく訳にもいかないからね!」
「こっちを信用していないようだ」
「あ、うっ……ごめん。優秀な騎士にあるまじき言動だったね。謝るよ、えっと……見知らぬ、その……尊敬できる旅人さん」
「ぎこちない!」
「『騎士団ガイド』に決められた言葉に不満でもあるの!?」
決められてるのか……とパイモンが呟いた。
空が苦笑していると、アンバーが近くにまで来ていた風スライムを発見する。
宙に浮かんだ敵を当番するのは、流石の空にも難しい。どうするかと悩めば、アンバーが弓を構える。
炎の元素を纏った矢は正確に風スライムを撃ち抜いた。
「おぉー、すごいな!」
「なんたって
「流石だ」
賞賛に嬉しそうにしたアンバーは、モンドに向かおうと上機嫌のまま先導をする。
「ねぇ、得体の知れない旅人さん。何しにモンドへ?」
「
「へぇ〜、家族を探してるのね」
少し寂しげな空の横顔を見たアンバーは、心配そうに沈黙する。しかし何かを思いついたのか、ぱっと顔を明るくして話し出した。
「そうだ! 今請け負ってる仕事が片付いたら、城内にお知らせを……」
「そういえば、任務ってなんなんだ?」
「簡単よ、見ればわかるわ」
こっち、とアンバーが案内した方向に向かうと、ワープポイントがあったので開放する。
ワープポイントの向こう側には――
「あっ、『
「逃がさないで――」
アンバーが狙いを定めて撃ち抜いた、炎元素の影響を受けたヒルチャールを、空が吹き飛ばす。
「……ハァ!」
「最近、荒野の化け物が城に近付いてきてるの。今回の任務は、その巣の掃除よ」
アンバーは囮のウサギ伯爵を投げて2体のヒルチャールを引き付けている間に、高台にいるヒルチャールを撃ち落とす。
爆発したウサギ伯爵に吹き飛ばされたヒルチャール二体と、落ちてきたヒルチャール一体に向かって、空は元素爆発を発動させる。
「消えるんだ」
炎元素の影響を受け、炎の竜巻となったそれは、あっという間にヒルチャールを全滅させた。
「ふぅ、楽勝楽勝〜。でも、あんたも戦えるなんて思わなかった……。支援ありがとう。ねぇ、戦ってどう思った?」
「まあまあ」
剣を仕舞いながら、空は答えた。
パイモンはそれよりも、もっと重要な事を気にしているらしく、隣で唸っている。
「なんでこんなところに『ヒルチャール』が現れるんだ? こういう奴らは普通、都市から離れたところに巣を作るよな?」
「そうね、本来だったら荒野にいるはずね。でも最近、
「だから、こいつらの活動範囲も段々城の方に?」
「そう。でも今日また一つ巣を片付けられたから進展はあったわ」
笑ってそういうアンバーに、空は感心する。
旅人にも不安を抱かせないように振る舞う姿は、まさに民を守る騎士そのものだ。
「さあ、私に着いてきて! 真面目で優秀な騎士が、あんたたちを城まで守ってあげる」