アンバーの指示に従ってモンド城へ向かって歩いていた三人は、パイモンの嗅覚によって寄り道をする事になる。
「ん? なんだあれ……いい匂い!」
パイモンがふらふらと釣られたために、空とアンバーは顔を見合わせて苦笑してから、彼女のあとをついていく。
その先には、冒険者らしき女性が鍋の前に立っていた。
「次は何作ろうかしら……ん? 君たちも冒険者なの?」
「通りすがりの旅人だよ、料理の準備か?」
「旅人さんね、いらっしゃい。私はリン、冒険者協会所属、サバイバルのプロよ。見ての通り、料理を研究しているの」
リンが背負った大きなリュックサックには、色んな食材が詰め込まれていた。
「『腹が減っては冒険ができぬ』というのが『サバイバルの心得』の第一項目だからね」
「ピクニック! オイラも大好きなんだ! オイラの仲間も、料理が得意なんだ。そうだろ?」
「簡単なものしかできない」
難しいものはいつも蛍が作ってくれていた……と感傷に浸ってしまう空だったが、
「そうなの? 鍋の準備は出来てるから、腕前を見せてみて!」
話聞いてた?
という言葉を、空は飲み込んだ。
感傷に浸る暇すらない。
「サバイバルのプロ直々の指南を受けられるチャンスは滅多にないわよ! キノコと鳥肉が桶に入ってるから、それで[鳥肉と野生キノコの串焼き]を作って!」
まあそれなら自分でも作れる。
空はリンの示した桶から鳥肉とキノコを取り出して、調理を始めた。
鳥肉を骨から剥がし、一枚になった肉を半分に切る。そしてキノコのカサと棒の部分を切り離した。串に肉を二つ刺して、最後にキノコのカサの部分を刺して、焼く。
いい塩梅になった頃に火から離せば出来上がりだ。
「もう出来たの? うん……いい匂いがするわ。では、いただきます……」
[鳥肉と野生キノコの串焼き]を頬張ったリンを、パイモンは真面目な顔で見つめている。
「(もぐもぐ)……ふむ」
「(ごくり!)」
「うーん! 思ったより美味しい! 君やっぱりセンスあるわね」
「へへへっ、そうだろ!」
「君の腕なら、もっと難しい料理に挑戦してみてもいいわよ。私の荷物にまだ生の食材が少しあるから、君にあげるわ。料理のお礼よ」
「え? いいのか? おまえの食べるものなくなっちゃうぞ?」
「大丈夫よ、野外探検で食材はたくさん手に入るから。君たちも周りをよく観察することね。それから、『鹿狩り』で食材と料理を販売しているから、時間がある時に寄ってみるといいわ」
「うんうん、情報ありがとう……っておい! オイラにも[鳥肉と野生キノコの串焼き]残しといてくれよ!」
(ずっと食べながら話してるなあ、この人)
リンと別れ、三人はモンド城へと足を踏み入れた。
異国情緒溢れる国、穏やかな風が吹くその城は、風車がくるくると回っている。
石造りとレンガ造りの住宅はアーチ型など様々だ。
「あらためて紹介させてもらうわ。風と蒲公英と牧歌の城、自由の都――
「やっと野宿しないで済むな」
パイモンの心からの言葉に、空は力強く頷いた。パイモンと出会って2ヶ月、ずっと野宿だったからだ。
「でも、城内のみんなは……あまり元気じゃなさそうだ」
「最近、みんな風魔龍の件で頭を悩ませてるからね。でもジンさんがいれば、きっと全て上手くいく!」
「ジンさん?」
「
すごい人みたいだ。
それほどの人なら、風神のことを知っているかもしれない……。
空は少しだけ、期待を胸に抱いた。
「そうだ。一緒に騎士団本部へ行く前に、あんたに渡したいものがあるの。さっき一緒にヒルチャールの巣を片付けてくれたお礼だよ」
「おいおい! オイラにはないのかよ?」
「えっと……パイモンちゃんには使えないものだからね。でも今夜は、モンド名物の[ニンジンとお肉のハニーソテー]をごちそうしてあげる!」
「[ニンジンとお肉のハニーソテー]!」
嬉しそうに反芻したパイモンに、空は良かったねと声をかける。
「とにかく、私についてきて。今から……高いところに行きましょう」
大通りを歩いて、アンバーはモンドの奥を目指す。彼女が言うには、
「普段、この辺は賑わってるんだけど……最近は風魔龍のせいで、商人や旅人がめっきり減ってね。でも、曲がり角にある酒場はあまり影響を受けてないみたい……むしろ、いつもより繁盛してる?」
大通りを歩くアンバーは小首を傾げる。まあ酒場というものは、得てしてそういうものだ。
鹿狩りを通った後に、左へ曲がって階段を上がる。そこから右へ風車をぐるりと回って進めば階段が見えた。その階段を上がると、奥に二つ階段が見えるが登らずに右へ曲がる。そこから先の階段を上がると噴水と、その前にいる吟遊詩人が見えてくる。そこから左右に伸びる階段を上がりきれば、
「階段……多いね、モンド」
「高低差がないと飛べないからね」
ふぅと息を吐いて額を拭った空は、そこから教会前の広場へと足を向けた。
そして、目的の場所に着いた三人は立ち止まる。
「それで、お礼っていうのはね――じゃーん、風の翼よ!」
アンバーが空に渡したのは、背中に付ける翼だった。
「偵察騎士はこれで空を駆け抜けるの! モンドに住む人達も、みんなこれを愛用してるんだ。ここに連れてきたのは、あんたにこれの良さを体験してもらいたかったから!」
「随分と熱く語るんだな」
「『風』はモンドの魂だからね。さあ、さっそく風の翼の性能を試しましょう。操作は簡単だけど、指示はちゃんと聞いてね」
空はパイモンとアンバーに見守られながら、広場から勢いよく飛び降りた。
バサリと翼の広がる音がして、空は宙を飛翔する。空を滑空するのは天理との戦い以来で、高揚すると同時に妹の姿が脳裏を過ぎってまた沈む。
頬を撫でて流れる風が、その沈んだ心を慰めてくれる。気を取り直して前を向いた空は、鹿狩り前の噴水広場に着陸した。
しかしそれとほぼ同時に、風が荒れ始める。不穏な空気が、立ち込める。
「うそっ……」
モンド城に飛翔してきた風魔龍は、ぐるりぐるりとモンドの空を飛ぶ。そして風魔龍が咆哮を上げれば、空の元素爆発とは比べ物にならない竜巻が起こった。
濁った灰色の暴風の嵐は、モンドへ災厄を連れてくる。逃げ惑う人達を視界に捉えつつ、空はアンバーと共に竜巻から逃れるために走り出す。
しかし空は竜巻に巻き込まれ、上空に放り出されてしまう。風の翼を広げてなんとか宙で体勢を直すものの、すぐに風魔龍が突っ込んでくる。
何とか直撃は避けたものの、風魔龍の翼に当たって空中で転がるように移動する。再度風の翼を広げて、空は何とか安全を保った。
しかし驚くことに、空はゆっくり降下する事無くその場に留まり続けている。
「あれ? 風の翼って……こんなに長時間滞空できるのか?」
空に巻き込まれて空中にいるパイモンは、不思議そうに呟いた。
「落ちないように、ボクが千年の流風に助けてもらったんだ……。想像してみて、この風を集中させるんだ。雲を突き破るようにね……」
「この声、誰だ!?」
困惑するパイモンに見て、空は逆に冷静になる。
この声の主は空を助けてくれている。敵ではない。ならば、その声に耳を傾けてもいい。
空は集中し、風を手元に集中させる。そしてそれを――風魔龍に、発射!
「効いている……? これなら」
空は集中して風を練り上げ、何度も風魔龍へと当て続ける。そんな空をパイモンは隣で応援しつつ、吹き飛ばされないように空の髪にしがみついた。
そうして何分、何時間経ったのか。
風魔龍は一度高い声を上げてから、モンドから離れていった。
竜巻が収まり風魔龍がモンドから離れたためだろう、謎の声の主のが言っていた千年の流風は空を滞空させることなく、彼はゆっくりとモンドへと降りていった。
駆けつけたアンバーが、大丈夫かと空の体を確認していると、そこに拍手の音が響いた。
「巨龍と戦えるほどの力を持っているとは……。我々の客人となるか……それとも新たな嵐となるか?」
呟いたのは、謎の青い男性だった。
「風魔龍が……城内を襲ってる! ガイア先輩、
「待て、アンバー。見たことないヤツがいるんだが?」
アンバーの隣にいる男性が、警戒したように言葉を遮る。眼帯をした男性――ガイアは、そう言って空を見た。
「あっ……そうだった。こちらはガイア先輩、私たちの騎兵隊長なの。この人は、えっと……遠いところからきた
(遠いってことしか分からないのか……)
「事の経緯は、こう……」
アンバーは何処か思案げなガイアに、空とパイモンの事情を話した。アンバーの話に適切な補足と相槌を入れたパイモンは満足げだ。
「なるほど、モンドへようこそ。しかし、こんな最悪なタイミングで来るとはツイてない。俺にも分かるぜ、血縁者と離れ離れになるツラい気持ちがな」
本気で同情しているような、辛そうな顔をしたガイアにうっかり心を許しそうになった空は、
「それから、何で風神を探してるかは知らないが……誰にでも言いたくない秘密はある。お前もその口だろう? ははっ、だから聞かないでおいてやるぜ」
――大変胡散臭い。
空の心の扉が音を立てて閉まった。
「とにかく、騎士団を代表して礼を言うよ」
「どういたしまして。お礼は?」
「……モンド名物の[ニンジンとお肉のハニーソテー]でどうだ?」
「それはさっき聞いた」
アンバーからご馳走して貰う約束だ。
素っ気ない空の返事を気にしない事にしたのか、ガイアは話を元に戻した。
「さっきの風魔龍との戦いで、守られた市民は全員お前たちの活躍を目撃した。代理団長もお前たちに興味があるみたいでな。騎士団本部までどうか来てくれないか」
空はパイモンと顔を見合せた。願ってもない事だ。ジンという代理団長は、風神のことを知っているかもしれない。妹のことも……。
断るという選択肢は、空にはなかった。
「ここが、騎士団本部みたいだな。入るか」
パイモンの言葉に頷き、空は騎士団本部の扉を開ける。入って手前の扉を開くと、そこには二人の女性が待っていた。
「代理団長様、連れてきたぞ」
入ってきた空とパイモン、ガイアとアンバーを見て、二人の女性は安堵の表情を見せた。
「……と、ここまでの経緯はこんな感じだ」
アンバーと同じ説明をガイアが今度は代理団長に向かって説明する。
代理団長は、少し考える素振りを見せた後に空に微笑んだ。
「なるほど。モンドへようこそ、風と共に訪れし旅人よ。私は代理団長のジン。こちらはリサ、騎士団の図書館司書だ」
「あら、人手不足を手伝いに来た良い子ちゃんかしら? かわいいわね。ただ、タイミングがあまり良くないわ……」
金髪のポニーテールの女性は代理団長のジンと名乗り、隣の紫色の服に身を包んだ妖艶な女性はリサと紹介された。
空は軽く頭を下げて挨拶した。
「風魔龍が目覚めてからずっと、このモンド周辺をうろついてるの。ここ一帯に大きな混乱をもたらしているわ」
リサは困ったように眉を下げて、今のモンドの状態を説明する。
「おまけに今のモンドは、元素の力と地脈の循環が子猫ちゃんが遊んだ後の毛糸玉みたいになっていてね。魔法使いにとっては、最悪の状況よ……肌も気分も調子悪いわ……」
「それがなければ、尋ね人の張り紙を出すよりも、騎士団がもっと効率のいい方法で君たちを助けられるのだが。もう暫く、モンドに留まっていてくれ。
ジンの頼もしさに感心すると同時に、抱え込んでしまう危うさに気付いた空は、緊張を解すために口を開いた。
「騎士団に任せた。宿屋はどちらに?」
「おい、サボるなよ。オイラたちも手を貸すべきだぞ」
いやこれは緊張を解すためのユーモア溢れるジョーク……のはずだったのだが。
パイモンに真面目に諭された空は、空回りした自分にいたたまれなくなって無言で頷いた。
「じゃあ作戦を練るとするか」
「風魔龍がモンドに攻めてきたことで、逆に災いを終結させるきっかけを与えてくれた。それとリサの魔法で探査したところ、モンドを包む暴風の源が分かったんだ」
「ほぅ? ……どこなんだ?」
「放棄された
「私達の目標は、放棄された四つの神殿のうち、この三つだ。三つだけの理由については……みんな分かっていると思うが」
「分からないんだけど」
「後でまた聞こう……」
「