???「これは廃棄されるはずだった、ただの日記帳……糊で閉じられたページの一部よ。本来の持ち主は鷹野であり、入江に渡ったもの。鷹野による語りのようなもので、ここに置いておく必要があったからよ。どうしてかって? あなたがたに覗き込んでほしかったからに過ぎないわ。一部の酔狂な人たちにとっては面白い……かもしれないわね。少なくとも私は楽しめたわ」
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——昭和から平成。そして——
いまも現存する入江診療所の一角にあるベッドの上で横たわる彼女——鷹野は、自らの上半身を起こすと腰と尻の位置を整え、ベッド横の備え付けられた椅子に座る所長に向けて語りかける。現所長である私——入江は、彼女の喋りを遮らないよう思い思いにお話いただけるようベッド用サイドテーブルを脚側から動かし、上に置かれたカセットテープの録音ボタンを押すと最低限の動きにとどめた。
「静かに暮らしたい。望みはそれだけよ。以上も以下もないわ。もう、いいのよ。私は……」
書類上では『東京』との関わりが無くなり、今はただの一般村民になったのよ。入江所長や部下だった小此木や上の者の計らいもあり、今も興宮と雛見沢を行き来しているの。以前と変わらずに診療所で働いたり分校で校医をさせて貰っているわ。全てを許されたわけではないのは解っている……つもりよ。過ぎ去りし雛見沢で起こしたことへの禊……償うためにも、当時のことを含めて記しておいた多量のスクラップ帳を抱えて、この地に骨を埋めることを私自身が決めたのだから。
私のことを知らないまま新しく入村してきた子も居れば、知っていて住み続けてくれている村民も居るの。長くお付き合いのある方は、昔の私も今の私もよく知ってくださっているのもあって、有事の際には頼られることも少なくないわ。くすくすくすっ、私が居た限りでは稀有に終わったようね。以前のように賑やかな、穏やかな毎日を過ごす……これ以上の幸せはないわ。
知恵先生は、春頃だったかしら。ご旅行の話をしてくださったり、ご自身の名前を冠した場所での記念撮影と写真をお裾分けいただいたことがあるわね。記録ごと消えてしまったけれど……記憶には残っているわ。ただ、私自身が忙しくしていた時期があってね。いつの間にか他校に赴任したことを後で知って、さよならの挨拶も出来なくて少し悔やんでいるの。新天地でもきっとカレーの神様をしているんじゃないかしら。いつかどこかで会えることを祈りたいわね。
実はその、新しく転入してきた子なのだけれどね。気付いたら居た、が正しいのかもしれないわ。名前は――。念のためのカルテは作成してあるわ。その子の名誉のためでもあるのとプライバシーは尊重しないといけないから、伏せさせてもらうわね。この記録——日記帳を記し始めた頃に限っていえば、そこまで重要視していた子では無かったのよ。
バレンタイン間近のある日のことも覚えて……いるわ。さすがに食べかけを渡しはしなかったけれど、セブンスマートの帰りがけに通り掛かった生徒に、購入した幾つかのチョコを少し分けたこともあった……かしら。この辺りの記憶が薄っすらとだけあって、もしかしたら間違っているのかもしれないけれど、温かな思い出であり記憶のひとつよ。
あれは……何のときだったかしら。羽入ちゃんに、からいものを押し付ける子が居たのよね。困っていたから助けたくなっちゃって、たまたま手に持っていた買い物袋から、甘くて美味しいシュークリームと交換――お供えをしたことがあったわね。
その羽入ちゃんに、数々の悪行を見透かされた上で……赦されたような気がしたの。全てがチャラになる訳ではないことを承知の上でだと今になって思うわ。
ある時私は、悟史くんを探しに来ていた詩音ちゃんに……私が数年前、雛見沢のみんなや鹿骨市内の村人たちに酷いことをしていた話をどこからか知ったみたいで……糾弾されたの。
これまで静かに過ごしていたはずのこの地で……許されたと思っていたのは私だけで、本当は敵対者なのだと。詩音ちゃんにとっては、私をまだ『憎むべき存在であること』を布告されたの。
あはははっ、詩音ちゃんには許されていなかったみたい。それは、双子の姉妹である魅音ちゃんにも許されていないことをも意味すると。果ては園崎家にも薄っすらと嫌われているのかもしれないのだと。私が寿命を迎えるその時まで……いいえ、その刻すらも許してはいただけないでしょうね。
そのような時に、転入してきた子が前に出てきてくれてね。面識はあってもお互いをあまり知らないはずなのに。此処での私についてを、事情を知らない詩音ちゃんにお話をしてくれたこと、本当に……ありがたかったわ。
私の罪はまだ許されていないのだと。本当に許される時は……いいえ、来ない……わね。来るはずは、無いわ。彼女たちには許されないことをしたのだもの。
……詩音ちゃんに、あんなふうに詰められて……息をするのを忘れていたッ! 頭に血が集まっていくのを感じたッ! 周りの全ての音が聞こえなくなってッ! 堪えきれずにいた涙があふれて目の前は見えなくなって……手には拭いきれなかった涙が、腕も足も身体も震えが止まらなくてッ……もう一度聞き返そうとした時には既に、詩音ちゃんの姿は消えていたの。いいえ、私が、見ようとしなかった。見えないようにしていた……のかもしれないわ。
一二三おじいちゃんの研究を基に、悟史くんや沙都子ちゃんを検体にしての症候群の撲滅に明け暮れた日々も、小此木の暗躍で得た情報も、入江所長の協力無しでは成し得なかったことも、ジロウさんとの数々の積み重ねも。此処で静かに生きてきた日々も、これまでの全てを。何もかも……幻想、私の妄想ッ! 現実は非情ッ!
あぁあぁ……うぅうぅ……あぅう……私は……生きていては駄目なのね。生きる資格など、未来を語る資格など、ないもの。私はっ、ここには居てはいけない存在なんだって。思い知らされたの……
——……ごめんなさい、ここまでを話すまでにたくさん疲れてしまったから、お休みをいただけるかしら。えぇ、また今度があれば、続きのお話を、したいわね……
まぶたが降りゆっくりと閉じられていく様子を私は静かに見守ると、録音を停める。すぅすぅと寝息を立てて眠る彼女は苦悶の表情をしていたが、じきに柔らかな微笑みへと変わっていったのを見届ける。おやすみなさい、せめて幸せな夢を。私が傍におりますから、目が覚めたらきっと。私の小さな願いは届いたでしょうか。
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これは鷹野三四氏による当時を思い出していただいての記憶と記録の一部を残していたものです。門外不出だったのですが彼女への弔いになるのではと思ってのことと、少ないながらも当時を知る者、理解る方に伝われば良いのではないかと思慮した結果、公開へ至った次第です。
これをあなたがたが読んだならば、わたしたちは既に生きる屍となりましょう。願わくは……
――入江 京介。
——IRIE Kyousuke.
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……これは、とある場所での鷹野の記録であり記憶の一部です。わかる人に。理解できる方に。そしてあの場面に遭遇されたかたがたに。えぇ、『私』なのです。えぇ、『私』でした。帰ることが出来るなら、とうの昔にやっています。ですが、戻れそうにないので明かしました。ご理解ご了承いただけると幸いです。