巨神聖戦記   作:芹沢亀吉

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#9

マリアはパウルの写真を眺めながら悲しそうな目をしている。

彼女の中では愛する息子パウルはもう亡くなったから諦めようという思いと、パウルはどこかで生きていていつか必ず会えるという思いが複雑に入り組んでいるのだ。

「あれからもう 6 年。あの頃に戻りたい。あの子の笑顔が見たい。」

 

するとテントの中にリン・チェンが駆け込んできた。彼女はアイリーンの双子の妹で、姉同様に考古学者として巨神の謎を追っている。ちなみにアイリーンは短髪、リンは長髪だ。

遺跡の最深部でモスラ幼虫の誕生に立ち会った 2 人は、他の調査隊員や警備兵達が逃げ帰った後もモスラが繭を作り羽化するまで見守ることにしたのである。

 

「マリア先生、そろそろ繭が羽化しそうですよ。」

「え?あ、わかりました。すぐに行きます。」

 

写真を片付けテントから出てきたマリアの目の前で、巨大な繭が裂け鎌状の前脚が、続いて頭が出てきて触覚が大きくゆっくりと動いている。モスラの羽化の瞬間だ。

 

「古文書によりますと、モスラの羽化に立ち会うと願いが 1 つ叶う伝承があるそうです。マリア先生は何か願いはありますか?」

 

リンの問いかけに対しマリアは真剣な表情で即答した。

「勿論あります。パウルに、私の息子にもう一度会いたい、それが私のただ 1 つの願いです。」

 

地元の人達と共にマリアとリンが見守る中でモスラは羽化を完了させ巨大な翅を開く。

朱蛾や南海胡蝶といった巨大な蛾や蝶の伝説が 1500 年以上前から伝わっている中国でモスラが誕生し羽化するのは別に不思議なことではない。

 

ここ雲南省の密林地帯は雨が降ることが多く丁度この時も大雨だったが、モスラの翅が発光した途端に雨雲が四散し始めた。雨が止んでも薄暗い密林だがその分モスラの身体の発光が際立っている。地元の人達もモスラの崇高さに感極まり言葉が出ない。

 

「モスラは奇跡を起こすのですね。」

 

「はい、それが巨神女王モスラです。」

マリアは一瞬だけ口を開くのを躊躇し、直後に自分の思いを打ち明ける。

 

「実は最近息子はこの世界のどこかで生きているという予感のようなものを感じるようになったんです。勿論これには何の根拠もありません。息子がもうこの世にはいない現実を受け入れられなくて希望的観測にしがみついているだけかもしれません。でも、でも、やっぱり。」

マリアは両目から溢れ出す涙が止まらない。心の奥底に秘めていたものをさらけ出したことで気力を使い、涙を堪えきれなくなったのだろう。リンは優しく微笑み、左ポケットから取り出したハンカチでマリアの頬をつたう雫を軽く拭いた。

ちなみに姉のアイリーンが右利きなのに対し、リンは左利きである。

「先生が仰った通り、モスラは奇跡を起こす存在です。そんなモスラなら息子さんを先生の元に導いてくれるかもしれません。モスラは存在自体が単なる伝説に過ぎないと長年言われてきました。ですが今私達の目の前にモスラがいます。伝説は真実だったんですよ。それならモスラの羽化に立ち会うと願いが 1 つ叶う伝承も昔から語り継がれてきた真実の可能性も十分あります。」

 

リンに励まされたマリアは泣くのを止め微笑んだ。この微笑みは悲しみを押し殺した無理矢理な笑顔などではない。リンの言葉で希望を取り戻した安堵の笑顔だ。

 

「あ、モスラが飛び立とうとしています。」

 

「モスラもマリア先生を心配していたんですよ。さっきからずっと先生を見ていましたし。でも先生はもう大丈夫であることがわかって安心し、今から出発するわけです。」

 

飛翔を開始したモスラは 2 人の頭上を旋回すると、そのまま東方向に飛んで行った。

 

「マハラ マハラ モスラ (マハラ マハラ モスラ) ターマ ターマ モスラ (ターマ ターマ モスラ) ラーバン グエッラ ラバナン (ラーバン ラーバン グエッラ ラバナン ラーバン ラーバン グエッラ ラバナン)」

 

リンとマリアが輪唱しているのはチェン姉妹が発見した遺跡の壁に記されていた太古の歌で、人知を超えた存在であるモスラを称えるため当時の人々が歌っていたものだ。

「モスラはここに帰ってくるのでしょうか?」

 

「それはわかりません。でも確実に言えるのは、モスラはマリア先生と私を、そしてこの雲南省の人達を敵とはみなしていないということです。巨神は皆人類の敵だから滅ぼすべきと主張する人は多いですが、私達はその主張が間違っていることをこの 10 日間で実証出来ました。今日本で暮らしている姉にもこのことはいつか伝えたいです。さあ、私達も帰りましょう。」

 

モスラを見送った 2 人はテントの片付け等帰る準備を始めた。なお地元の人達が案内してくれるので帰り道は問題無い。

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