巨神聖戦記 作:芹沢亀吉
武道館では ZERO-NIPPON のド派手なライブが続いていて、ライブの様子を生中継中の TV 番組「サウンドステーション」ではスタジオでヘラヘラ笑っているタレント達の駄弁も絶賛生放送中だ。
「僕今年で 20 歳ですけど、日本に生まれて本当によかったです。だって世界最強と言われたあのアメリカをあっという間に陥落させたんですよ。本当に凄い国です。やっぱり世界で一番強くて偉大な国はこの日本なんですよ。」
「僕が中学生だった頃日本は物凄く景気良くて、世界中から"Japan As Number One"とまで言われたんだ。そしてもうすぐまたそう呼ばれる日が来るよ。何ていったって日本人は天皇陛下を戴く世界で一番偉大な民族なんだからね。」
旧皇族の宮田国臣が若手タレント達に過去の日本の栄光を自慢している。
日本人を世界一偉い民族と位置付けるのは他の全ての民族を劣等民族扱いするのと同じだ。何気なく TV を点けるとこの番組だったので、一ノ瀬はすぐに TV を消した。
「最近こういう番組多くて本当にうんざり。アイちゃんみたいな在日外国人が大勢いる現実を無視して日本には日本国民しかいないという前提なのが本当に無理。日本国民という物言い自体に在日外国人をのけ者にする差別的意味合いがあるんだから。あの矢口蘭堂とかいう政治屋も国民の犠牲とか言ってたけど、在日外国人をのけ者にしている自覚が無いのが本当に悪質。」
「私も正直ああいう番組は観ていて気分悪いからすぐ TV 消すよ。ところで由衣ちゃんはこの画像をどこで入手したのかな?」
アイリーンは空っぽになった犬用の皿を片付けながら一ノ瀬に質問した。
なおペロは相変わらずいびきをかいている。元々顔面が真っ黒な上しわくちゃなので、目を閉じて寝ているパグ犬はどこに目があるのかよくわからない。
「数日前に Mr. A なる人物からメールで送られてきたんだけど、最初はスパムメールかと思ってびっくりしちゃった。Mr. A はゴジラ細胞の特殊性に関する私の論文を読んでくれた人みたいで、ゴジラに関してこういう資料もあるからと送ってくれたわけ。でも私はあくまで生物学者だから、考古学者であるアイちゃんにこの壁画の画像を見てもらおうと思ったんだ。」
すると一ノ瀬のスマホが振動した。通知を見ると未読メールありと表示されている。スマホの振動に反応して目を覚ましたペロは小走りで一ノ瀬に駆け寄ってきて物言いたげな表情で彼女を眺めた。一ノ瀬は微笑みながらペロの背中を撫でる。
「来た来た、Mr. A からだ。実を言うと彼から今度直接会って話したいことがある、来る時は必ず 2 人以上で、待ち合わせ場所で壁画の画像を印刷した紙を目印として掲げて欲しいとメールがあったんだ。今日来たのはアイちゃんを誘おうと思ったのもあってね。」
メールを読んでもらうためスマホをアイリーンに手渡した一ノ瀬は、リュックからウェットティッシュを取り出しペロの顔のしわの間を丁寧に拭く。パグ犬は顔のしわの間に汚れがたまると皮膚炎の原因になるので手入れが欠かせない。初めのうちは顔のしわの間を拭かれるのを嫌がりテーブルの下に隠れたこともあるペロだが、今ではすっかり慣れて一ノ瀬が顔を拭く間じっとしている。
アイリーンは Mr. A の正体がわからず不安だったが、研究のため行くべきだという思いもある。Mr. A からの新しいメールには待ち合わせ場所は奈良の興福寺五重塔前、日時は 4 日後の 14 時と記されていた。大阪在住の一ノ瀬と京都在住のアイリーンが合流するにはもってこいの場所だ。ペロの顔を拭き終わった一ノ瀬にスマホを返したアイリーンは同行を承諾した。
4日後に奈良で会う約束をした一ノ瀬は、ペロを連れアイリーンのアパートを後にした。外に出たペロは一ノ瀬を引っ張りながら小走りで夜道を駆けていく。一ノ瀬とペロを見送ったアイリーンは例の壁画の画像を眺めながら親友と過ごしたひと時の余韻に浸る。
「そこのお姉さん、ちょっといいかな?」
突然歩道を歩く一ノ瀬に声をかけてきたのはオープンカーに乗る若者達で、皆一ノ瀬とは真逆の派手な格好をしている。一ノ瀬は右ポケットの中で素早く防犯ブザーを構え、若者達が少しでも危害を加える素振りを見せればすぐ鳴らせるようにした。
「それパグだろ?中国原産の鼻ペチャ犬。すんげえ食い意地張ってるって聞いたけど、実際どうなんだ?」
「え?あ、うん、物凄く食い意地張ってる。さっきも友達と一緒に食べようとした夕食を狙ってて大変だったんだよ。」
ペロを興味深そうに見つめながら無邪気に話す若者達に拍子抜けした一ノ瀬だが、同時に不思議な安堵感を感じ微笑んだ。
「おい見ろ、吠えてやがる。」
一声「わん」と発したペロを見て嬉しそうにはしゃぐ若者達の様子が余りにも面白くて、一ノ瀬は笑いを堪えるのに必死である。こういう無邪気で下心の無い男性に対しては一ノ瀬も嫌悪感が湧いたりはしない。
「お姉さん、最近ワンジャック、犬の誘拐もあるみたいだから気をつけろよ。じゃあ僕達はこの辺で失礼。」
右手を小さく振ってカーステレオを鳴らしながら走り去るオープンカーを見送った一ノ瀬は、京阪電鉄七条駅に向け歩き出した。