巨神聖戦記 作:芹沢亀吉
数日後、一ノ瀬は恩師である山神伸一郎教授に呼ばれた。
山神は日本生物学会の権威で、人工多能性幹細胞の生成でノーベル生理学・医学賞を受賞している。研究室に一ノ瀬が入った途端、山神は土下座した。
「一ノ瀬さん、僕は君から頂いたゴジラ細胞でとんでもないことをしてしまった!本当に申し訳ない!」
唐突な土下座に戸惑う一ノ瀬に対し、山神は防衛省の要請に従いゴジラ細胞で核エネルギーを無力化する抗核バクテリアを開発しようとしたこと、東日本大震災で亡くなった愛娘、英理加の細胞を混入した薔薇が枯れてきたためゴジラ細胞を混入したことを打ち明ける。
一ノ瀬は生命を冒涜する恩師の暴挙に愕然とした。山神が指差した薔薇は完全に枯れ黒く変色している。
「ゴジラ細胞を混入した途端に薔薇は全部枯れてしまった。知っての通りゴジラ細胞は培養不可能だし、ゴジラ細胞から取り出した染色体を様々なバクテリアに植え付け抗核バクテリアを作ろうとしたが、どのバクテリアもゴジラ細胞の染色体と全く適合せずすぐに死んでしまう。一ノ瀬さん、貴方が正しかった。ゴジラは細胞1 つになっても我々人類にいいように使われるのを断固拒否している。」
確かに山神の暴挙に愕然とした一ノ瀬だが彼を責める気にはなれない。一ノ瀬自身幼馴染の親友英理加の死を深く悲しんだ身であり、愛娘の死に納得いかず何とか生かそうとしたり、国からの予算を削られ研究自体が困難な状況で防衛省からの依頼を断れなかったりした山神の気持ちも十分わかるからだ。
苦渋の表情で真実を一ノ瀬に話した山神は徐々に穏やかな表情になっていく。
「実を言うと抗核バクテリアの開発が失敗した時僕は安堵した。核兵器を無力化しゴジラをも抹殺しうる抗核バクテリアを手にした日本政府は、それこそゴジラどころではない怪物と化すからな。抗核バクテリアの開発に失敗した僕は用済みらしく原発再稼働差止訴訟に参加した件を咎められ大学を辞めることになったが、権力者の顔色伺いながら研究するのにうんざりしていたから丁度いい。」
山神は引き出しから取り出した退職届を懐に入れ研究室を出て行った。原発推進という国策に反対の意を示した教授が大学を追われる日本の全体主義度合いの深刻さに、一ノ瀬はやり場のない怒りを感じている。
「日本男児の恥、山神伸一郎に天誅を!反日学者は八つ裂きにするべし!国賊山神が所属していた全国学術会議も直ちに解散させ大和魂を持つ学者だけを集めた新たな学術会議を結成せよ!13:47/2019/6/21 まほろば・すさのお」
この卑劣過ぎる書き込みを行った「まほろば・すさのお」は楠木のハンドルネームで、ノーベル賞受賞者の山神を「日本の誇り」と持ち上げていた癖に原発再稼働差止訴訟に参加した途端に手のひらを返し誹謗中傷を開始した卑劣な輩は楠木以外にも数多い。
ノート PC で山神への中傷を眺めて満足した楠木は、背後の本棚から「護国聖獣伝記」なる怪しげな本を取り出した。
「護国聖獣、
実はこの楠木、自衛隊内部に極右団体「皇国義勇軍」を密かに結成していて、特に陸自には団員がかなり多い。
「軽部に作戦を台無しにされ謹慎処分、誠に無念であります!しかし轟天号完成の暁にはあの無能総理も建造発案者である楠木司令官の謹慎を解かざるを得なくなるのは必定です!高天原を追放されるも見事に八岐大蛇を退治されたスサノオノミコト同様の捲土重来を期待しております!護国聖獣に関しましては現在調査中です!By 湊川護 14:03/2019/6/21」
たった今楠木が受信したこのメールを読めばわかるように、「皇国義勇軍」の団員達は楠木を熱烈に崇拝している。
「捲土重来か。門長見てろよ!俺は轟天号の完成を、そして護国聖獣の復活を待つ!絶対このままでは終わらんからな!」
いざとなればこの団員達を決起させクーデターを起こす気満々な楠木は、どう見ても危険人物である。