巨神聖戦記 作:芹沢亀吉
配下の武将達を朝鮮半島に侵攻させた豊臣秀吉は朝鮮人の耳や鼻をそぎ落とし日本に持ち帰るよう命じた。ここ京都にある耳塚はその時日本に持ち帰られた耳や鼻を埋めた塚である。
その耳塚に静かに手を合わせる一ノ瀬の傍らではパグ犬のペロが鼻を鳴らしながら鎮座している。ぺちゃっとした顔が特徴的なこの小型犬は、耳と顔面だけ真っ黒でそれ以外はベージュ色と毛色も個性的だ。
「お待たせ。そろそろアイちゃんのところに行こうか。」
一ノ瀬が話しかけた途端にペロは彼女を引っ張りながら小走りで西方に向け駆け出した。
耳塚の南方には通し矢で有名な三十三間堂があり、堂内には千体もの千手観音像や個性的な姿形の二十八部衆像が安置されていて参拝者達の度肝を抜く。二十八部衆は風神雷神と共に千手観音に仕える 28 の鬼神達で、ガルーダ(迦楼)、ガンダルヴァ(乾闥婆)、ナーガ(難陀龍王)も含まれている。
アイリーン・チェンはアパートの両隣の部屋から響く万歳の声に身体の震えが止まらない。
常日頃から中国人というだけで日本国民から数々の嫌がらせを受けていたアイリーンは自衛隊がワシントン D.C.を陥落させたニュースを観て興奮した日本国民からさらに邪悪な嫌がらせを受けることが容易に想像出来たからだ。
するとアイリーンの部屋のインターホンが鳴った。
「アイちゃん、私一ノ瀬、一ノ瀬由衣。一緒にご飯食べよっか。」
親友の訪問を知ったアイリーンはすぐに扉を開け一ノ瀬に抱きつく。アイリーンに抱きつかれた状態で素早く部屋に入り扉を閉め施錠した一ノ瀬は彼女の好物である大豆ミート餃子がたっぷり入ったナイロン袋を見せる。
「わざわざありがとう。丁度これ食べたいと思ってた。あ、ペロちゃんも来てくれてありがとう。」
2 人でナイロン袋を開くと焼きたての餃子の匂いが部屋中に充満した。一ノ瀬と一緒に部屋に入ったペロはその匂いに惹かれ取り出された餃子を凝視している。ペロが前脚を伸ばして餃子を触りそうになったので、慌ててアイリーンがドッグフードを用意した。
「ペロちゃん、相変わらず食い意地張っているね。」
「太りやすい犬種だから餌の加減とか運動量の調整とか結構大変だし、物凄く自我が強くて犬は飼い主に従順という固定観念を土台から崩すくらいだけど、そこも含めて何だか憎めない不思議なワンちゃんなんだよね。」
夕食を食べる 2 人は犬用の皿に盛られたドッグフードに頭を突っ込む小型犬を眺めながら微笑んでいる。だが急にアイリーンの表情が暗くなった。両目には涙が浮かんでいる。
「ごめんね、中国人の私と仲良くしているせいで由衣ちゃんまでスパイ呼ばわりされちゃって。それに聞いたよ、あの映像観た教授達から由衣ちゃんが酷いセクハラ受けているって。折角販売差し止めの訴え通ったのにこれじゃ意味無いよ。」
「気にしない気にしない。私は他国を差別するために日本を凄い国だと褒めそやす連中と同類扱いされるのが嫌だから、かえって有難いくらいだよ。それに販売の差し止め通ったお陰で死ぬのを思いとどまった人もいるわけだしちゃんと意味あるから。でもそうやって私のことを真剣に心配してくれるのは凄く嬉しい。あ、面白いものを持ってきたんだ。ちょっとパソコン使ってもいいかな?」
アイリーンからノート PC を借りた一ノ瀬は USB メモリーを差し込みウイルスチェックを行う。ちなみにアイリーンの PC の待ち受け画面は巨大な龍の絵柄である。一ノ瀬がフォルダ内の画像の一枚を拡大すると肉食恐竜に似た姿の巨大な存在が 3 つの首を持つ龍と激闘を繰り広げる様子を描いた壁画が画面一杯に表示された。ドッグフードを一心不乱に食べていたペロも画面を覗き込む。
「由衣ちゃん、これってゴジラと何かが戦っている様子を描いた壁画?」
「以前アイちゃんは王なるギドラが太古の昔にいたという話を私にしてくれたけど、これがそうじゃないかな?」
「ギドラ、即ち1つにして無数。1つの胴体から複数の首が生えているギリシャ神話の海蛇ヒュドラはこの存在を元にしていると言われている。そしてこの壁画の龍も 1 つの胴体から 3 本の首が生えている。間違いない、壁画に描かれているのは王なるギドラ、そうキングギドラ。」
巨神について研究し続けてきた 2 人が時間を経つのを忘れ話し込む傍らでは、満腹になったペロがいびきをかいている。