Side: 獪岳
目の前に鬼の顔がある・・・
俺を虫けらのように殺そうとした、憎い鬼の顔が。
力なく項垂れるその顔を、拳で思い切り殴りつける。
殴る。
「死ね!」
殴る。
「死ね!」
殴る。
「死ね!!」
既に意識も無いのだろう。
口から虚なダミ声が漏れる。
ダミ声が漏れる度ーーー
衣服が、
手が、
足が、
かまいたちにあったかのように浅く切られ、血が流れ落ちる。
「つッッッ!」
切られた瞬間は熱いが、それだけだ。
傷口も浅い。
自分が路傍のゴミのように見下されていた、あの目。
殺そうが殺すまいが己の気分次第という、あの瞳。
自尊心を木っ端微塵に打ち砕かれた、あの瞬間。
あの時の心の叫びに比べれば、なんて事はない!
アレだけ恐ろしい存在感だった鬼が、今はもう怖さを感じない。
弱い!
弱い!!
なんて弱い!!
思い切り脚で蹴った。
「とっとと死ね!」
落ちていた石で頭からぶん殴った。
「俺は虫ケラとは違う!」
目を、鼻を、口を、大きな石で殴りつけた。
「俺はお前とは違う!!」
鬼からはもう、一滴の血も流れなかった。
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
手が痛い。
足が痛い。
血が滲み出ていた。
視界が霞む。
血を流し過ぎたかもしれない。
「・・・・・・?」
視界が明るくなった気がして、
ふと、空を見上げる。
暗かった空の色が、青に染まっていく。
「あ・・・・・・」
ほんの数瞬前まで燃え盛っていた、汲めども尽きぬ怒りの炎。
それなのに、自分でも驚くほど自然な、落ち着いた声が漏れ出ていた。
暁降ちーーー
空が、世界が青い光に照らされて見える。
どこまでも広がる青、青、青。
言葉が出ないほどに、綺麗だった。
そして見上げた空は大きかった。
ちっぽけな寺に立つ自分が、殊更ちっぽけに見えた。
何か、小さな自分が洗い流されていくような、不思議な感覚だった。
「・・・強くなりたい・・・」
視界が滲む。
「ギィ、ゥゥゥゥゥゥ・・・」
視線を落とす。
日の出が近い事を感じ取ったのだろう。
動くことすら出来ず、ただ呻き声をあげるだけの鬼がいた。
小さかった頃、セミの羽を引きちぎった時の事を思い出す。
気まぐれな子供の機嫌一つで死んでしまう、ちっぽけな虫けら。
そう思ってしまえば、不思議ともう、どうでも良かった。
「・・・・・・」
鬼は間もなく消滅する。
どうせなら、罪の意識も一緒に消して欲しかった。
夜明け前の境内を歩く。
小さな黒い影がいくつも倒れていた。
子供の死体。
今朝までは、元気に走り回っていた顔が浮かぶ。
近づくに連れて、みんなの姿が鮮明に見えてくる。
「・・・グ・・・うぐ・・・」
オレガコロシターーー
ソウダ、オレガコロシターーー
オレガ鬼ヲヨビコンダーーー
「・・・グゥ・・・ゥゥゥ・・・」
あの青い空を見てしまったからーーー
頭がズキズキと痛みを訴える。
視界が滲んで、何も見えなくなる。
あの時は、こうする他に生き延びる道は無かった。
あまりにも無力だった。
鬼は、もうすぐ消える。
けれどもそれは結果論で、あの時感じた絶望から言えば、夢物語に過ぎない。
俺の現実、俺の罪は、間違いなくここにある。
誰が悪い?
俺が悪いのか?
いや、そんな事はない!
殺したのは鬼だ!
鬼が悪いんだ!
「ククク・・・俺はガキの肉が好きなんだ」
嫌だ!
死にたくない!
「ガキ、一人か?・・・馬鹿なヤツだ」
嫌だ!
死にたくなかった!
「ククク・・・どんな声で泣き叫ぶか、楽しみだなァ」
嫌だ!
俺は死にたくない!
「一撃だ。
この一撃を避けられたら、お前を認めてやる」
堂々たる立ち振る舞いをした、別格の鬼。
「彼の才能は、このような場所に収まるものではありません」
「最後に助けを呼んでくれて、ありがとう獪岳」
悲鳴嶼さん・・・
「全力を出せ!!!」
右手!?
俺の右手がーーー!!?
「ハッ!?」
「フン、やっと起きたか」
ぼんやりとした頭で、声のした方を見る。
全く知らない男がそこにいた。
薄青藤色のショートヘアに、シャツの上から白袴を着た少年が立っている。
「お前は大怪我をしていた。
ここに運ばれたので治療をしたが、数日間意識がなかった。
ちゃんと覚えているか?」
大怪我。
という言葉に反応して、右手を見る。
そこには慣れ親しんだ腕が存在しなかった。
左手で、残った右肩を掴む。
「・・・はい。覚えてます」
「ふむ、記憶の混濁も無し、と。
体の方は後で詳しく検査する。
珠世様に報告してくるから、少し待っていろ」
誰も居なくなった部屋。
一人になった途端、失った右腕がズキズキと疼き始めた。
「イタい、イタい、イタい。
でも、そうか・・・
やっぱり、夢じゃないのか・・・」
獪岳→大怪我で寝てた
珠世→日々の業務・薬の作成中
愈史郎→珠世に言われて頻繁に患者を診ていた
猗窩座→愈史郎に言われて隠れ家を離れていた