Side: 猗窩座
未だ襲撃の痕跡が残る境内に、ポツンと一人佇む幼い影。
行冥の後ろに隠れていた子供が、そこに立っていた。
「ーーーーーー!」
俺の声に振り返るなり、すぐに近付いてきて、
服の袖を引っ張りながら、何かを訴えようと口を開く。
しかし、声が出なかった。
口は動く。
手も足も問題なく動いている。
しかし、話す時に喉が動いていない。
「ショックで声を無くしたか。
俺の言葉は分かるか?」
「ーーー!」
コクコクと頷いて返す。
「よし。声以外は問題ないな。
獪岳が意識を取り戻した。
行冥がどこにいったか知らないか?」
「ーーー!!」
ふるふると首を振る。
眉を寄せたと思ったら、袖を引っ張る力が強くなる。
この辺りに気配がない事は分かっているが、何か情報を知っているのかもしれない。
「どっちの方角だ?」
「ーーー!」
コクリと頷いて、指を刺した。
小さな指が示す先。
人里から離れた場所に、大きな屋敷が建っている。
「分かった。お前も来るか?」
「ーーー!」
コクコクと頷く。
「口を開くな。掴まってろ」
軽く沙代を抱き上げると、屋敷へと向けて地面を蹴る。
瞬間、夜空に姿が消えた。
大地を蹴り、枝を蹴り、幹を蹴り、風となって夜空を駆け抜ける。
瞬く間に屋敷の前に立っていた。
「着いたぞ」
そう伝えると、沙代は胸にしがみついていた手を離し、パッと地面に飛び降りる。
辺りをキョロキョロと見渡して場所を確認すると、再び袖を引っ張り始める。
その行き先は大きな屋敷ではなく、離れの方に向かっていた。
「なかなか良い度胸だ。
その先だな?」
声の代わりに、大きく頷く。
二人して屋敷の裏手へと回った。
人目に付かないような場所に、木造の格子が見えてくる。
「・・・牢屋か。
沙代、ここに何かあるんだな?」
「ーーー!」
コクコクと頷いて、袖を引っ張る力が強くなる。
「ちょうど誰もいないな・・・」
遠慮なく手刀を振るい、木格子を外す。
手足で薪が割れるのだから、この程度のことは容易かった。
牢屋の中を眺める。
最近までここに人が閉じ込められていたような、生活の気配があった。
よくよく床を見れば、誰かが正座していた跡のようなものが見える。
その正座の跡から、だいたいの脚の大きさが読めてくる。
おかしい。
この脚の大きさには見覚えがあった。
「まさか、ここに行冥が?」
「ーーー!」
コクリと頷く。
「人間の悪意が牙を剥いたか。
しかしそうなると、行冥の命は・・・」
「ーーー!!」
ふるふる、ふるふると首を振って、涙を流す。
「そうだ。まだ殺されたと決まったわけではない。
しかしそうなると、この屋敷が怪しいな・・・」
「ーーー???」
頭をコテンと傾けて疑問を浮かべる。
「行冥が誰かに陥れられたとしたら、
犯人は土地の権利を狙う人間の可能性が高い。
そういうヤツらは、大抵大きな屋敷に住んでいるものだ」
「ーーー!!!」
プンプン!怒ってます!というような表情。
思わず苦笑が漏れる。
しかし、笑ってばかりもいられない。
ここから先は、鬼の時間だ。
膝を着き、沙代と目線を合わせる。
「沙代、お前は家に帰れ。
ここから先は俺一人で探る」
「ーーー!!」
ふるふる、ふるふると首を横に振る。
「危険だ。それに、足手纏いになる。
お前は家に帰れ」
「ーーー!!」
瞳に涙を浮かべながら、首を横に振る。
「分かった。後で結果は伝える。
だから今日のところは家に帰れ」
「ーーー!!」
いやいやと、首を横に振り続ける。
「・・・何故そこまで嫌がる?」
「いえ、いあ、あー。
あーう、あいお。
あーいあ、あーいお」
声にならない声が、微かな音となって空気を震わせる。
「・・・何が言いたいのか分からん。
しかし、鬼をも恐れぬ気概は気に入った。
一緒に来るなら、命の保証は無い。
それでも付いて来るか?」
「ーーー!」
コクリと頷く。
「分かった。
しばらくの間、お前を守ってやる。
俺から勝手に離れるなよ」
「ーーー!」
首に手を回し、抱きついて来る。
「・・・チッ」
首にしがみ付く沙代を、そのままくるりと背中に回し、右手だけで背負う格好になる。
「いくぞ。
しっかり捕まって、口を閉じていろ」
膝にグッと力を込め、一瞬で屋根瓦の上へと飛んだ。
「ここから先は、絶対に物音を立てるな。
いいな?」
「ーーー!」
コクリ。
二階の窓を開け、そのまま静かな闇の中に溶け込んでいった。