Side: 瑠火
「だから、師匠〜。
その件はもう何度も謝ってるでしょう?
いい加減に許してくださいよ〜」
小動物のように、狛治さんの後ろをちょこちょこと歩き回る少年。
「何度も言わせるな、慶吾。
俺は許すと言っているだろう。
強くなるためには、お前が何をしようが構わない。
強い柱と戦えた事にも感謝している」
狛治さんの方は、慶吾と呼んだ少年の方を見向きもせず、ズンズンと歩いていた。
「だから、そこじゃなくて〜。
戦いを止めた事、絶対根に持ってるでしょう?」
「それは・・・・・・許さん」
ボソッと囁くような呟きはしかし、離れていても普通に聞こえる声量である。
それだけで、表裏のない人柄が垣間見えた。
「ほら〜〜〜〜〜」
「しつこいヤツだ。
これでも感謝している。
俺は槇寿郎に死んで欲しく無かった。
圧倒的な力で捩じ伏せるつもりだった。
だが、最後の奥義・・・槇寿郎は、死ぬつもりだった。
もしお前が止めなければ、珠世でも治せたかどうか・・・」
「師匠・・・
それって、タテマエですよね?」
ピキッ。
そんな音が聞こえてきそうなほど、狛治さんのこめかみに青筋が立っていた。
胸の前で、左手の指を一本一本曲げてパキパキと鳴らす。
「ほう?
今夜は久し振りに100人組手と行こうか」
「いーやーでーすー!!
100人って、全部師匠じゃないですか!?」
「そうだが?」
「『そうだが?』じゃないですよ!
どこが100人組手なんですか!?」
「ちゃんと構えや技を変えているだろう?」
「あーもう!これだから脳筋の人たちは!!」
「大丈夫だ、慶吾。すぐに慣れる。
何事も登山だと思うから疲れるんだ。
底無し穴に転がり落ちると思えばいい」
「だから、いーやーでーすー!!
それってオレに選択肢は無いって事じゃないですか!?」
「慶吾、弟子に選択肢などある筈がないだろう?
もしそんなものがあるとしたら、それはお前が弟子でなくなった時だけだ」
「あー」「うー」と頭をガシガシ掻きながら、慶吾くんは折れた。
「あー、もう!分かりましたよ。
じゃあ夜のために、今から準備して来ます!
新しい罠、楽しみにしておいてくださいよ!」
「ようやく諦めたか。怠け者め。
お前こそ、覚悟しておけよ。
槇寿郎には不発に終わったがーーー」
「オレを殺す気ですか!?!?」
狛治さんは慶吾くんに対して、ニッコリと笑った。
「勘違いだよ、慶吾。
俺はお前の限界を見極めているだけ。
お前が手を抜かなければ死ぬことはない。
それに・・・」
「それに?何ですか?」
「ここには珠世もいる。
俺には医術の事は分からないが、槇寿郎のように、手足が欠損したくらいでは死にはしないだろう」
『あの人の手足が!?』
そう思った時には、私は動き出していました。
一人用の病室の外に出ると、狛治さんと慶吾くんが並んでいて、驚いた様子でこちらを見ていました。
「あの人は、槇寿郎さんは無事なの!?」
しかし、その時は分かりませんでしたが、治療直後の身体です。
急に視界がぐるっと歪んだかと思うと、急に床が近付いてくるのをどうすることもできませんでした。
「慶吾!珠世さんだ!」
「分かりました!」
痛みはありませんでした。
おそらく、倒れる私を狛治さんが支えてくれたのだと思います。
「・・・すみません。
お手間を、かけて・・・」
意識を失う前に視界に映ったのは、狛治さんの悲しげな表情でした。
「何故、謝る?
病で一番苦しいのはお前だ。
・・・今は無理をするな」
分かりづらいですが、瑠火は鬼の細胞を取り込むことによって、いくつかの能力を得ています。
部屋の外の様子が視えたのも、そのお陰です。