Side: 瑠火
まん丸な月が、敷地を明るく照らし出していた。
獪岳さん、慶吾くん、沙代ちゃんの三人が、あの人と対峙している。
夫の鍛錬の様子をよく見ていたから、なんとなく分かってしまう。
あの人の立ち回りは圧倒的だった。
獪岳さんはまだ力量不足。
沙代ちゃんはサポート役。
唯一の勝機は、全く行動の読めない慶吾くんだけ。
「遅い!!」
「獪岳!一旦引け!」
「ぐっ!クソ!!」
「慶吾、次はお前だ!」
「残念、そこです!」
「な!?
こんなところまで落としーーー」
「今だ!沙代ちゃん!!」
「えいっ!えいっ!」
「チッ!!ゲホッゴホッ!!
な、なん、ゲホッゴホッ!!
いき、が、ゴホッゴホッゴホッ!」
「特製粉わさび爆弾です!
獪岳!反撃だ!!」
「・・・ハッ!!
いや、呆けてる場合じゃない!
やってやる!やってやるぞ!!」
「かいがく、いけー」
「ゲホッゴホッゴホッ!
き、さま、ゴホッゴホッゴホッ!
ちょう、しに、ゴホッゴホッゴホッ!」
「まずい!師匠が目を瞑った!
獪岳、引けええええええ!!」
「え?」
雪結晶の紋様が地に走る。
「グハッ!!」
物凄い勢いで殴り飛ばされた獪岳さん。
そのままの勢いで家にぶつかり、壁を破ったまま動かなくなっていた。
「「あ!」」
「かべ、こわれちゃった・・・」
「マズい!愈史郎さんに見つかったら・・・
え?師匠が消えた!?逃げたな!!」
「お〜ま〜え〜ら〜」
「ゆ、愈史郎さん!?
違うんです!これには訳がーーー」
「ふふっ」
広い敷地で遊んでいるとしか思えないやり取りに、思わず笑ってしまう。
「瑠火さんも、だいぶ元気になりましたね」
先ほどから診察をしてくれているのは、珠世さん。
鬼、という事だが、恐怖は感じられない。
彼女は人間の側に立つ存在だった。
息を吸ったり吐いたりしながら、診察は進んでいく。
「ええ、おかげさまで。
はじめは、本当に、悩みました・・・
息子達に、どんな顔をして会えば良いのかと。
でも、あの子達を見ていると、色々と考えるのが馬鹿らしくなってしまって・・・
それに、貴女のような鬼もいると知れました」
珠世さんの手が、肌の上から内臓の動きを丹念に確認していく。
「・・・私は、私のような鬼を二度と生み出さないために、研究を続けているのです。
貴女は見ず知らずの、しかも鬼である私を信じてくれました。
たとえこの身は鬼であろうと、信頼には信頼で応えたい。
貴女をご主人とご子息に会わせます、必ず」
胸の辺りをとんとんと優しく叩かれる。
何をしているのかは分からない。
でも、信頼しているお医者さんに触れられるのは、不思議と心地よく、安心感があった。
「・・・貴女の苦労は、私には想像もできませんが。
貴女の心は、人間よりも、人間らしいですね」
珠世さんの手が止まる。
診察を終えたのか、慣れた手つきで開けていた衣服を元に戻していく。
「やめてください。
私は・・・褒められるような者ではないのです・・・」
和服の帯を自分で巻きなおしながら、私は提案した。
少しだけ、ずるい言い方で。
「・・・ねえ珠世さん。
私が元気になったら、煉獄家にご招待させて下さい。
もちろん、愈史郎さんも。
恩を返すは人の道。
どうか、煉獄家を不知恩と言わせないでください」
「・・・ずるいですね」
そう言って、困ったように珠世さんは笑った。
「ええ。ずるいんです」
自信を持って、衒わない素直な言葉を送る。
すると根負けしたように、珠世さんから笑顔が溢れた。
「ふふふっ・・・
では、煉獄家の名誉のために。
その時はお伺いさせて頂きます」
「ええ、喜んで。
静かな夜に、軒先で風鈴の音を聞きながら月を眺めている時間が、とても風情があって良いんですよ」
「風鈴ですか・・・
それは楽しみですね」
その後
「ちなみに、猗窩座さん達は招待されないんですか?」
「いえ、その・・・夫が・・・」
「あ、その・・・すみませんでした」