未来の花   作:ZANGE

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第32話
Side: 瑠火


狛治さん 後編

晴れた日は大抵、あの人がやってくる。

 

夜は鍛錬、昼は病人の世話と、休む事を知らないような働きぶり。

 

一度「休まないで大丈夫ですか?」と尋ねたら、

「鬼は眠る必要がないし、休みたいとも思わない」と言われた。

 

「でも、偶には気分転換でもどうですか?」と言ったところ、

「今は任務の指示もないから、十分気分転換になっている」とのこと。

 

いったいどんな大変な職場なのだろうかと疑問に思ったのも束の間、よくよく考えたら上弦の参ほどの者が上司と呼べるのは、一人しかいない事に気付く。

 

気付いて、知らぬ間に、ここにいる方々にかなり毒されて来たなと苦笑が浮かんだ。

 

そう。

ここでの生活にも、だいぶ慣れてきた。

慣れてきたからこそ、心が急いてしまう。

 

早く子供たちに会いたい。

でも、今のままの姿で会って、どうしよう。

 

『せめて、元気な姿を子供たちに見せたい』

 

そんな事を考えながら、満足に動かせない身体に、もどかしさを感じていたある日。

 

 

 

とんとんと、ドアを叩く音と共に、

「瑠火、入るぞ」

と、いつもの声がする。

 

「どうぞ」

と了承を告げると、ドアが開いていく。

 

不思議な事に、今まで一度たりとも、都合の悪い時にドアが叩かれた事はなかった。

強さを極めんとする者。

おそらく何かしらの気配を敏感に感じ取れるのだろう。と結論づけ、これ以上詮索するのを止めた。

下手に藪を突きたくはない。

 

そんな不思議な力を持つ鬼が、今日はどうした事か、部屋に訪れるなり私の身体をじろじろと見つめてくる。

しかし、邪な悪意を全く感じない。

 

おそらく何かしらの意味があるのだろう。

と、目を逸らしながら妙な居心地の悪さに耐えていると、いつの間にか至近距離に来ていた彼に、不意に両肩を掴まれた。

 

「!?」

 

「瑠火!」

 

「な、なんですか?」

 

いえ、別に鬼だから怖いとか、そういう事ではないのです。

ただ、心の奥まで見通すような青の瞳に見つめられると、どうしても緊張してしまうのです。

 

「・・・そろそろ歩けるんじゃないか?」

 

「へっ?」

 

咄嗟に変な声が出てしまったのは、きっとあの人が悪い。

 

詳しく話を聞くと、ここ数日で私の身体中の血の巡りがどんどん良くなっていたと教えてくれた。

そして今日、体内を循環する血の巡り、筋肉を通る血管が元気な人間と同じくらいまで回復したと。

 

難しい事は分からなかったけれど、元気に歩けるかもしれないという期待が、微かな不安を上回った。

 

早る心を抑えながら、

「歩いてみたい」と伝える。

 

すっと履き物を用意してくれ、身体の向きを変えるのも、慣れた手つきで支えてくれた。

 

それでも、私が一歩を踏み出せずに逡巡していると、

「最初は危ないかもしれないから」と、優しく肩を貸してくれた。

 

「すぅーーー。

 ふぅーーー」

 

深呼吸を一つ。

そして、前に身体を押し出す。

 

『杏寿郎!千寿郎!』

 

ふと、二人の幼い笑顔が脳に浮かぶ。

 

無意識の内に、勢いよく前のめりに倒れそうになる私の身体を、隣の鬼はうまく力を流すように、まるでそこにいるのが当たり前だったかのように支えてくれた。

 

「よく立ったな。

 体に負担はないか?」

 

まるで地に足が吸い付いているかのような安定感。

肩を支えられている限り、私が倒れる事はないと、はっきり分かった。

 

「ええ、問題ありません。

 それより、少し歩いてみたいと思います。

 このまま肩をお借りしていても構いませんか?」

 

「構わない。好きなように歩けばいい」

 

その言葉に勇気を貰い、一歩、二歩。

ゆっくり、ゆっくりと。

足を前に、足を前に、一歩ずつ歩き始めた。

 

一歩進む。

 

楽しい。

この歩みの先に、杏寿郎がいる。

 

また一歩進む。

 

嬉しい。

この歩みの先に、千寿郎が待っている。

 

一歩進む。

 

幸せ。

この歩みの先で、槇寿郎さんが待っている。

 

まだ進む。

 

明るい。

こんなにも私は動けたのか。

 

まだまだ進む。

 

心地いい。

身体が全然苦しくない。

 

まだ歩ける。

まだ歩ける。

 

大丈夫。

私は大丈夫。

 

私はこんなにも元気ーーー

 

 

 

 

 

気付いたら、密閉された窓際に行き着いていた。

 

「猗窩座さん。

 もし私がこの窓を開けたいと言ったら、どうしますか?」

 

「瑠火・・・俺を、恨んでいるか?」

 

「・・・鬼は、憎いです。

 知り合いを何人も殺されました」

 

「そうか・・・」

 

「知り合いが一人、また一人といなくなる度に、

 この世に鬼がいなくなる事を夢見てきました」

 

「そうか・・・」

 

「何故何も言い返さないのですか?あなたは強い。

 こんな病弱な人間一人、殺すのは簡単でしょう?

 それとも、今は殺さない理由でもあるのですか?」

 

「・・・俺に、お前は殺せない」

 

「あなたは夫を殺しかけていて、

 どうして私を殺せないなどとーーー」

 

「でも恋雪・・・それだけは、出来ないよ」

 

「・・・え?恋雪?」

 

「・・・え?あ!!」

 

「・・・猗窩座さん。話して下さい。

 納得のいく話であれば、私はこの恨みを一生背負って生きていきます」

 

「・・・つまらない話だ」

 

「それは私が決める事です」

 

真剣さを声に乗せると、その思いが届いたのか。

彼は観念したかのような表情を見せた。

 

一瞬、ふっと身体が浮いたかと思うと、凄まじい早技で、私の体は病室のベッドの上に戻っていた。

しかも、全く痛みを感じさせずに。

 

この人は優しい。

その優しい人が鬼となった理由を、私は知りたかった。

 

彼は右手で和服の胸元を弄りながら、青い瞳を彼方へと向けて話し始めた。

 

「・・・ずっと昔、口先ばかりで、何一つ守れなかった男がいた・・・」

 

そうして、狛治さんは人間だった頃の話を教えてくれたのです。




正直な話、ストックが切れました。
さて、どこまで続けられるか。
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