Side: あまね
日没から間もない宵の口。
一人、赫い刀を持った瑠火さんが立っている。
その視線の先、広い庭園には試し斬り用の巻藁が並んでおり、それらをぐるりと囲うように篝火が焚かれていた。
「すぅぅぅぅぅぅぅーーー」
燃えるような呼吸は、炎の呼吸の証。
それが、女性用の黒い隊服にかかる。
私にも見えるということは、正しく強者の証。
「ふぅぅぅぅぅぅぅーーー」
彼女を最も良く見渡せる庭先に夫、産屋敷耀哉。
私と槇寿郎様がその左右に並ぶ形で座っていた。
本来であれば、私は一歩引くべき立場。
このような形になったのは、瑠火さんの希望があってのこと。
それについては二人とも「瑠火の頼みなら」と何も言いませんでした。
「・・・いきます」
開幕の合図は、静かな、凛とした声音と共に。
大地に膝が着くほどに腰を落とし、腰元の刀に手をかけた瞬間に始まった。
「炎の呼吸、壱の型」
『不知火!』
その身に炎を纏うかのような、目にも止まらぬ踏み込みからの、斬り払い。
気付けば巻藁が一つ、宙を舞っていた。
先日まで重病人だったとは思えぬほどの軽やかな動き。
槇寿郎様の力強い型とは異なり、軽やかで美しい型だった。
「次!」
「はい!」
槇寿郎様が声を掛け、それに応える形で瑠火さんは次の目標へ向かう。
「炎の呼吸、弐の型」
『昇り炎天!』
下段に構えた刀を、上に向けて一気に振り上げる。
その軌跡は、猛る炎の円を描く。
「参の型」
『気炎万象!』
振り上げた刀に追従するように飛び上がり、上段から激しく振り下ろす。
炎の軌跡は二つ目の円を描いた。
息つく間もない連続技で、二体の巻藁がほぼ同時に斬り落とされる。
「次!」
「はい!」
槇寿郎様の声に応えるように、瑠火さんの声に気合が籠る。
腰を落とし、腰元で刀を大きく振り被る。
「炎の呼吸、肆ノ型」
『盛炎のうねり!』
正面全てを薙ぎ払うかのような、炎の剣筋が描かれる。
渦巻く炎が前方の巻藁を三体まとまて吹き飛ばした。
「次!」
「はい!」
上体を捻り込むように、上段に構えた刀を大きく振り被る。
彼女の柔らかな身体が、引き絞られた弓のようにピンと張り詰める。
「すぅぅぅぅぅぅぅーーー」
彼女の口元から、これまでになく大きな吐息が漏れる。
「炎の呼吸、伍の型」
『炎虎!!!』
ヒュッ!
私にはその剣筋が見えなかった。
気付いたら既に振るわれていた。
認識出来たのは、解き放たれた剣先から烈火の如き猛虎が走り、残る五体の巻藁を全て根こそぎ吹き飛ばしてしまった。
という事実だけ。
パチパチパチパチーーー
静寂を割って、拍手の音が響く。
「見事だったよ、瑠火。
死病から回復しただけでなく、この短期間で炎の呼気を身に付けるとは、見事と言う他ない。
よほど、槇寿郎の姿を見てきたんだね」
瑠火さんが刀を納め、夫に向かい礼をする。
顔を上げた際に浮かべた微笑みは、母と妻、双方の強さを感じさせるものだった。
「槇寿郎。君の妻は、本当に凄い人だね」
「ありがとうございます。
しかしお館様。まだ終わりではありません。
続いては、演武をご覧頂きたいと存じます」
「まだ続きがあるのかい?それは楽しみだ。
彼女を見ていると、私まで元気になっていくようだよ。
じゃあ、見せてくれるかな」
「承知致しました。
それでは、失礼仕ります」
ヒュン
風が吹いたと思ったら、瑠火さんと対峙する位置に槇寿郎様が立っていた。
日輪刀を履いた隊服姿。
ただ立っているだけなのに、長年柱として生き抜いてきた威風が漂っている。
瑠火さんとは違う。
力強く頼もしい立ち姿。
今でも彼が鬼に負けたなど、信じられない思いだった。
「瑠火、二刀を抜け」
「はい」
対する瑠火さんは、両手に刀!?
右手に赫い刀。左手に脇差を持ち、二刀をだらりと構えていた。
まさか非力な女性の身で、そのような選択をされるなんて。
流石に無謀ではないでしょうか。
しかも、相手は槇寿郎様。
どきどきしながらも、ふと夫の方を見る。
と、今日一番の真剣な瞳で、食い入るように二人を見つめる姿があった。
ああ、この瞳だ。
この瞳をされる時は、何かが起こる。
私もまた、二人の方へ視線を戻した。
「・・・参る!」