Side: 慶吾
立板の周りに、紫色の千日紅が並んで咲いていた。
「あゆみ・・・
オレ、強くなったよ」
笑いながら、のんびりと大地に胡座をかく。
「師匠以外の知り合いも増えた。
槇寿郎さんも生きている。間に合ったんだ。
あの人は元々強いから、助かったようなものだけど」
一人、空の向こう側を見つめるように、語りかけていった。
「そういえば、槇寿郎さんとの出会いは、最悪だったなぁ・・・」
「お前は、鬼か?」
突然目の前に現れた男。
燃えるような髪の色、燃えるような色の羽織を、黒い衣服の上から羽織った男が、右手の刀を突き付けながら言い放った。
「・・・は?
オレが、鬼?」
「銃も持たず、夜な夜な獣を刈り続ける者がいる。
おおよそ、人間の為せる術ではない。
・・・お前の事だな?」
見ただけで分かる。目の前の男は強い。
鍛えられた体格、隙のない構え、目線、そして今の時代に似つかわしくない獲物。
「オレは鬼じゃない!人間だ!」
「・・・だろうな。獣の血の臭いしかしない。
まったく、とんだ無駄骨だ」
そう言うと男は興味を失ったかのように、踵を返そうとした。
その背中は、強者の威風を纏っていた。
「・・・鬼なら一人知っているよ」
「なに?」
その言葉に、再び男の視線がこちらを向くのを感じる。
師匠も去って久しいこの頃。
果たして自分は強くなっているのか、知りたかった。
自分の領域が、師匠以外の者にどれだけ通じるのか、試してみたかった。
「オレの家族は、鬼に殺された」
「そうか。それで、自身の手で仇討ちがしたいのか?
やめておけ。奴らは日光か、この特殊な刀でしか滅ぼせない。
特殊な闘法を身に付けない限り、ヤツらは倒せん」
目の前の男であれば、たとえ鬼用の罠であっても死ぬことは無い。
そんな予感が、期待が、どくどくと心臓から全身に行き渡っていく。
「いいや。必要ない。
仇討ちなら、オレを鍛えてくれた人が、代わりに果たしてくれたよ」
「ほう?お前の師は誰だ?言ってみろ。
ひょっとしたら、知っているかもしれん」
だから、その気になって貰う事にしよう。
幸い、ここはオレの領域。
「いいや。おじさんは絶対知らない。
だって、オレを鍛えてくれた人も、鬼だったから」
「なんだとーーー?」
一歩引いて、足下の草むらに隠していた蔦を引く。
ヒュンーーー
男の立っている場所に向けて、大量の矢が放たれた。
「ふん!」
男が抜刀した刹那、矢は全て切り落とされていた。
何をしたのか、全く見えなかった。
ゾクゾクと身体が高揚していく。
『やった!この人は強い!』
頭の中で、高速で戦術を組み立てながら、
一足飛びに男との距離を空け、林の中に逃げ込んでいく。
「おじさん、強いね!
オレを捕まえられたら、全部教えてあげるよ!」
脚も手も、何をするにも引っ掛かる蔓の罠。
少し歩いただけで、丸太や矢が飛び交う地帯に、
避けた先にピンポイントで設置してある落とし穴の数々。
そして、師匠の花火を参考に作った、特製の手投げ爆弾。
調味料を混ぜ合わせて作った粉爆弾の数々。
対鬼用。
正確には対師匠用に用意した、えげつない罠を、今宵は全て披露しよう。
あの人には、それくらいしないと勝てない。
おそらく、師匠レベルの強者だ。
色々考えていくと、ワクワクして来る。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」
「・・・鬼が人間を鍛え育てる筈がない。
気紛れにせよ、いずれは喰うつもりだろう。
ならば、いずれ鬼は戻ってくる。
面倒だが、あの子供は保護しておくか」
『鬼さんこちら、手の鳴る方へ』
この言葉が大正時代の東京に存在したかどうかは分かりませんでしたが、盲鬼はあったようなので、妄想で補完しました。