Side: 瑠火
その日、大事な話があると伝えて夫を呼んだ。
真剣な表情で私の言葉を待つ夫に向けて、
三つ指をつきながら、しずしずと丁寧に頭を下げる。
「槇寿郎さん、お願いがあります。
私を鬼殺隊士として戦わせて下さい」
瞬間、夫の顔から優しさが消え、戸惑いと怒気が溢れ出した。
「は!?
何を言う!瑠火!
せっかく助かった命を、無駄に散らす気か!」
こんなに取り乱す夫を見るのは、私の病気が決して治ることはないと言われた時以来だろうか。
その様子に、不謹慎ながらも、心が温かくなる。
しかし、ここで引くくらいなら、そもそもこんなことを口にはしない。
頭を上げ、ずっと溜め込んでいた思いを伝える。
「助かった命だからです。
前々からずっと考えておりました。
もしもこの身体が生きる事を選べたなら、
私は、貴方や子供たちと共に在りたいと」
「瑠火、その思いは嬉しい。
嬉しいが、無謀が過ぎる。
鬼どもはそのように容易い相手ではない。
柱の私とて、猗窩座には敵わなかったのだ・・・
もう二度と、お前を失いたくはない。
頼むから考え直してくれ」
優しく諭すような夫の言葉が心に波紋を呼び起こす。
波紋はやがて凪ぎ、静かな決意だけが残った。
固い決意を込めて、夫の目を見つめる。
「では、もしも私が、狛治さんから一本取れば、隊士として戦うことを認めて下さいますか?」
「そんな事は不可能だ!!
何を言い出すかと思えば・・・
鬼殺隊士を、我々を舐めるな!!」
その時、偶々近くにいたのか、珠世さんが驚いた様子で話しかけてくれた。
「お二人とも、少し声が大きいですよ」
あっと驚いた様子で、夫が頭を下げる。
私の命が助かったと聞いて以来、この様子。
夫の中では、お館様と同じくらい尊敬すべき人になっているらしい。
「珠世さん、失礼致しました」
「いえ、気を付けて頂ければ大丈夫です。
それよりも、瑠火さん。本気ですか?」
「え?」
「知りませんでしたか?
鬼は、普通の人よりも耳が良いんですよ」
「それはつまり・・・」
「はい。
申し訳ありませんが、聞こえておりました。
ですが、槇寿郎さんの心配も尤もです。
普通の人より少し強い身体になったとは言え、
貴方は普通の人間です。
せっかく助かった命です。
いたずらに危険に赴くのは、医者としても看過できないのですが・・・」
その言葉を受けて、夫の目が『それみたことか』と訴えてくる。
正直、少し鬱陶しい。
「珠世さん。
お館様に恩を受け、鬼殺隊に夫を持つ者として、ただ座して待つことは、生きているとは言えません。
力ある者は、その責務を果たさなければなりません。
私は、死にに行くのではありません。
生きるため、使命を果たしに行くのです」
「・・・決意は固いようですね。
ですが、どれだけ言葉を並べようと、
力がなければその責務は果たせませんよ」
「珠世さんの言う通りだ」
訂正。
夫がかなり鬱陶しい。
「珠世さん、本当にありがとうございます。
しかし、私の決意は揺らぎません」
「そうですか・・・
しかし、困りましたね。
貴女が槇寿郎さんくらい強ければ、私からは何も言いませんが。
医者としては、貴方が死なないと保証ができるまでは、そのお願いに頷くことはできません」
決して意志を曲げない者。
過度に心配し、認めぬ者。
立場上、看過できぬ者。
膠着した状況を破ったのは、この場に現れた最強の鬼だった。
「面白い話をしているな。槇寿郎」
「猗窩座・・・」
「瑠火、聞こえていたぞ。
まさか俺から一本取れると、本気で思っているのか?」
「はい。
煉獄家の者に、二言はありません」
「ほう・・・」
「・・・・・・」
「なるほど、良い目をしている。
少しは楽しめそうだ。
良いだろう、立ち合いを認めよう。
一本と言わず、一撃でも俺の防御を抜くことができれば、強者としてお前を認める」
「猗窩座!?」
「心配するな、槇寿郎。
女を甚振る趣味はない。
こちらから一切の攻撃はしないと誓おう。
それに、このくらいの条件が無ければ面白くない。
瑠火、覚悟は良いか?」
「その条件で構いません」
「では決まりだ」