Side: 瑠火
焦茶色の着物に、くすんだ藍色の動き易い野袴姿。
ただの数打の刀を腰帯に佩き、庭に立つ。
相対する狛治さんは、紺色の着物を黒帯で締めた人間の姿。
構えもせず、両腕をだらりと下げたまま立っている。
つまり、まだ私は敵と認められていない。
まずは彼に、その認識を改めてもらうことから始めなければ。
月明かりに照らされ、二人の立ち合いが始まる。
「立会人は、この煉獄槇寿郎が行う。
一撃でも猗窩座に攻撃を当てることができれば、瑠火の勝ちとする。
猗窩座は一切の攻撃を行わないこと。
もしこれを破った場合は、すぐに立ち合いを止め、その方の負けとする。
両名とも、それでよろしいか?」
「構わない」
「構いません」
「では、始めッ!!」
『この一戦で、煉獄家の未来を切り拓く!!』
「フゥゥゥゥゥゥゥーーー!!」
口元から炎の呼気が漏れる。
先手必勝ーーー
腰を低く低く、大地に深く落とし、抜刀の構えを取る。
「炎の呼吸、壱の型!」
『不知火ーーー!!』
「!!!」
速攻で振り抜かれたその一撃は、しかし、目の前の男には通用しなかった。
「その技は既に見た。
槇寿郎の技はもっと力強かったぞ」
人差し指と親指で、刀の切っ先を掴まれている。
それだけで、両手に握る刀が全く動かなかった。
『うそ!?』
彼がパッと指を離した瞬間、刀を戻し、意識を切り替える。
『弱気になるな!
今はただ、全力をぶつけることだけを!』
庭先で夫の鍛錬する姿を、ずっと見てきた。
刃が振るわれる音で、その良し悪しが分かるほどに。
それらを全力でぶつける。
「フゥゥゥゥゥゥゥーーー」
「炎の呼吸、弐の型!」
『昇り炎天!!』
始まりの呼吸以来、数百年の歴史を持つ、炎の呼吸。
その全てが、狛治さんには通用しなかった。
「・・・もう終わりか?」
力の差はまるで赤子と大人。
構えを取らせるどころか、全く相手にされていない。
ただ不思議なことに、あれだけの型を続けた後にも関わらず、身体は少しも疲れてはいなかった。
『不思議ですね。
絶望的な状況にも関わらず、身体はまだ動く。
今なら、もっと呼吸を深められそうな気がします』
「スゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーー」
「フゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーー!!」
口元からチラチラと覗くだけだった炎が、急に溢れ出す。
ドクンーーー!
「スゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーー」
「フゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーー!!」
呼気が夏の陽光のように輝き始める。
ドクンーーー!!!
身体中に熱い血が巡り、力が漲ってくる。
『身体が熱いーーー』
チラと狛治さんの方を視る。
『なに、これ・・・』
視える。
身体が透き通って視える。
内臓や筋繊維一本一本の動きが、綺麗に視えている。
不思議と今なら、いけそうな気がした。
試しに狛治さんに向けて、壱の型の如く、
今の呼吸のままで腰元から刀を振り抜く。
「なーーー!?」
まるで狛治さんの動く未来が分かるかのように、先回りをして、その右腕を切り落としていた。
身体が熱い。
そして、軽い。
振り返ると、そこには鬼の姿をした猗窩座さんが立ち尽くしていた。
「新たな呼吸を生み出したか。
・・・お前の勝ちだ、瑠火。
その瞳、至高の領域に近い」
バチンーー!
切り落とした右腕が瞬時に元に戻る。
「瑠火。お前の言葉は正しかったと認めよう。
女の身でありながらその強さ。敬意を表する」
「ハァ、ハァ、ハァ・・・」
一撃に全ての集中力を要した。
全身から汗が噴き出し、疲労が一気に押し寄せてきたような感覚を覚える。
「槇寿郎!
立ち合いは終わりだ!」
「瑠火!!」
ふらっと倒れそうになる体を、駆けつけた槇寿郎さんが支えてくれた。
全身が疲れてはいても、とても晴れやかで、爽やかな気分だった。
痣の発現はありませんが、覚醒を果たしました。
ただし、肺以外は普通の内臓なので、長時間の維持はできません。